四度目の鴉   作:Astley

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 ドルマヤンが想像以上の超強化を遂げてしまった……なんで?


18:もしもの自分

 621はドルマヤンと対峙する。ウォルターから交戦許可が下りているが、しかし621に彼を殺すつもりは無かった。四度目ではできるだけ解放戦線に味方すると決めた以上、その精神的支柱を折るわけにはいかない。武装や機体の四肢を破壊して、解放戦線に引き取ってもらうつもりでいた。

 

「ルビコンの脅威よ。恐らくお前は、あの声を見るのだろう。かつての私がそうだったように」

 

「ああ、見ている。それがどうした」

 

 ドルマヤンからの呼びかけに、621は正直に答える。

 アストヒクがナパーム弾を撃ち込み、地面が燃える。それを避けるために、LEAPER4は跳躍して逃れる。

 

「お前も唆されているのだろう? コーラルを解き放てと。共生の名の下に、人間世界を塗り替えろと」

 

「エアはそんなこと言わない!」

 

 思わず621が叫ぶ。

 アストヒクがバーストライフルを連射。LEAPER4は近くのビルの壁を蹴って回避し、反撃にリニアライフルを撃ち込む。

 

「いずれそうなる。なぜお前は信じられる? 彼女と、その同胞たちがいつまでも人間の餌に甘んじてくれると」

 

「そんなこと信じちゃいない! だから共生を目指すんだろ!」

 

 変異波形の存在を知りながらコーラルを“消費”する。そんなダブルスタンダードが許せないのは、どちらも同じ。

 リニアライフルが命中するが、アストヒクは構わず前へブーストを吹かす。左腕をパルスブレードに持ち替え、発振。 振り上げる。

 

「なぜ解さぬ。己が身可愛さに他を裏切る。それが命というもの。お前とて、覚えは有ろう?」

 

「それは……! そうだけど!」

 

 三度の人生が思い出される。ただ自分の望みを叶えるために、多くを自分勝手に切り捨ててきた。エアを、ウォルターを、ラスティを、カーラを、チャティを。621の人生は裏切りに塗れていた。

 アストヒクのパルスブレードが振りかぶられたその瞬間に、横クイックブースト。

 ドルマヤンは一撃目を躱されたのを確認した瞬間、地面を蹴って強引にLEAPER4の方を向いて二撃目を放つ。そちらは跳躍して回避する。

 

「それは人間の特権ではない。人も、コーラルも、我が身の安寧のために他者を切り捨てる。同じことよ」

 

「知ったような口を利かないでください! 私は、決してレイヴンを裏切ったりなんかしない!」

 

 思わずエアも声を上げる。それは自身の正体を明かすに等しい行為だが、しかしそれを抑えられなかった。

 アストヒクがハンドミサイルを発射。弧を描いて四発の誘導弾が飛来する。対して621は近くの建物を蹴り、それらを跳び越える。跳び越えた勢いのままアストヒクに接近、今度はこちらから仕掛ける。

 

「その声……似ている、そっくりだ。人を思いながら、決して理解はできない。だから、無自覚に裏切るのだ……!」

 

「何を……!」

 

「……」

 

 歯嚙みするエアに対し、621は沈黙していた。

 左腕をパルスブレードに持ち替え、前進。対するドルマヤンは足元にナパーム弾を打ち込み、それを牽制しようとする。

 

「心当たりがあるのだろう? 彼女は人ではない。その間には、越えられぬ壁があるのだと」

 

「…………」

 

「621、今は戦闘に集中しろ。奴の戯言には耳を貸すな」

 

 思い出す。三度の人生の中で、彼女に感じていた()()。当時の621はまだ情緒が育っていなかったため、気にならなかった。だが、四度目となった今改めて思い出すと、彼女と自分たちは決定的に違うのだと思い知らされる。

 

『レイヴン、奇麗な花火ですね』

 

『人は人と戦うための形をしている』

 

『美しいと……思いませんか?』

 

 ナパームを無視して、燃える水面を踏みつける。嫌な記憶を踏みにじるように、力強く一歩を踏み込む。そしてそのまま左腕を振りかぶる。

 

「共生などという夢を見るのは、もうやめろ。異なる生き物同士、喰い合うことこそが自然なのだ」

 

「……黙れ」

 

 諫めるような物言いに腹が立つ。お前もかつては同じものを目指していただろうに。

 怒りに任せて振るったブレードは、当たらない。いつかの自分と同じように、ドルマヤンは機体(身体)を反らせて621の斬撃を躱す。

 

「結局共生など名ばかりよ。どちらかが犠牲になるしかない。お前もそれはわかっているのだろう?」

 

「……黙れよ」

 

 一度目では人類のためにコーラルを犠牲にした。二度目ではコーラルを守ろうとした結果、人類が犠牲となった。三度目のアレは共生と呼べるのか? いや、呼べるはずがない。新たな身体に絶望して意識を閉ざした記憶が、どうしようもなく否定する。あんなものは人間を犠牲にしただけに過ぎない。

 パルスブレードを躱された621は、両手のリニアライフルをチャージ。タイミングをずらして一発ずつ放つ。一発目は避けられるが、二発目は当たった。電磁加速された弾頭がアストヒクを揺らし、よろめかせる。

 

「悪いことは言わん。レイヴン、お前も人間ならば、声に懸想するのはやめろ。その先には待ち受けているのは破滅のみ」

 

「黙れって、言ってんだよ!!」

 

 そんなこと言われなくても知っている。三度も悲劇を目の当たりにしているのだ。

 

「違うからこそ、共生するんだろうが!!」

 

 それでも。()()()()()の悲劇じゃ諦められないからこそ、戦っているのだ。諦めた老人にとやかく言われる筋合いはない。

 621はパルスブレードを最大出力で発振、一気に振りかぶった。相手はよろめいている。回避は不可能。故に、この斬撃は必中――

 

「老人の忠告は聞くものだぞ? レイヴン」

 

「!? しまっ――」

 

 621の斬撃はアストヒクに当たらなかった。否、()()()()()()()()。左腕が()()()()()に止められて、これ以上振り下ろせない。

 LEAPER4の左腕を止めていたのはアストヒクのバーストライフルだった。ドルマヤンはバーストライフルの長い銃身を活かし、LEAPER4の左腕を抑えたのだった。

 

「ぐうっ!?」

 

 ドルマヤンはそのままバーストライフルを発射。三発の弾丸が、零距離からLEAPER4の左腕を抉る。幸いまだ左腕はお別れしていないが、無視できないダメージを負ってしまった。

 

「もう一度言う。声に懸想するのはやめろ。これはお前のために――」

 

「もういい加減黙れ」

 

 その瞬間、その場を沈黙が支配した。誰も何も発せなかった。ドルマヤンはもちろんのこと、エアもウォルターも聞いたことがない、621の低い声。絶対零度のその声色は、敵は愚か、味方にすら恐怖を抱かせる。

 

「621、待て……!」

 

「レイ……ヴン……?」

 

 二人がかける心配の声も、今の621には聞こえない。

 

「わかってんだよ!! 人とコーラルの共生がどれだけ難しいかなんて!! 言われるまでもねえんだよ!!」

 

 叫ぶように絞り出したその声に、ドルマヤンは何も言わない。ただひたすら、静かに聞き入るのみ。

 

「それでも! それでもっ!! エアを助けたいんだよ!! それが、そんなに悪いことだって言うのかよ!!」

 

「……取り付く島もなし、か」

 

 ドルマヤンはコックピットの中で静かに目をつぶる。本当に真っすぐな少年だ。捻じ曲がってしまった自分が、どうしようもなく恥ずかしくなるくらいには。殺すには惜しい。ドルマヤンは、目を閉じて上を向き、静かに息を吐く。

 

「やはり、殺すしかない」

 

 だが、ドルマヤンは飽くまでも自分の理性に従って、そう告げた。

 621は決してコーラルリリースをしない。それは間違いのない事実だ。しかし、どうしてドルマヤンがそれを知ることができようか。目の前の少年は真っすぐ過ぎる。その真っすぐさ故に、賽を投げかねない。ドルマヤンの目にはそうとしか映らなかった。

 事実、621は一度賽を投げている。ドルマヤンの懸念も、あながち間違いではない。

 

「それは、こちらのセリフだ」

 

 621は理解した。目の前の老人とは決定的に相容れないと。ならば、殺す以外の解決策は存在しない。それは、有史以来幾度となく繰り返されてきた、どこまでも人間的な営み。

 お互いがお互いに本気の殺意を抱く。決めた方針も、依頼も、何もかもを忘れ、純粋な殺意に心を染め上げる。

 

「往くぞ、レイヴン!」

 

 アストヒクが跳躍する。空中でナパーム弾を発射。マニュアルエイムで放たれたそれの着弾地点は、LEAPER4の後ろ。退路は断たれた。ならば前に進むのみ。パルスブレードを発振し、ブーストを吹かして一息に踏み込む。

 

「死ね」

 

 殺意に支配された頭は、しかしどこまでも冷静であった。またバーストライフルで止められることがないように、今度は下から掬いあげるような斬り上げを放つ。

 

「甘いわ!」

 

 対するドルマヤンは、()()クイックブースト。彼我の距離が一瞬で零となり、お互いの機体がぶつかり合う。

 この間合いは、パルスブレードの間合いの内側。密着したアストヒクに腕の動きを阻害されて、621の刃は当たらない。対するドルマヤンは、ナパーム弾ランチャーをパージ。空いた左腕で、621の右腕を固める。LEAPER4の右腕からミシミシという嫌な音が響く。人型兵器が人型であるが故に、逃れることは叶わない。

 

「さらばだ、レイヴン」

 

 LEAPER4を固めたままのアストヒクから、破壊的な赤い光が漏れ始める。アサルトアーマーだ。コーラルジェネレータによって変質したパルスの破壊力は、封鎖機構のヘリを一撃で落としたことからも窺える。

 

「! だったら、こっちだってぇ!!」

 

 LEAPER4からも、緑白色の光が漏れる。アサルトアーマーを食らうのが避けられないのなら、せめて相討ちに持ち込む。

 直後、赤い光と緑の光が爆発し、一帯を焼き尽くす。

 

「ぐうっ!? まだ足掻くか!」

 

 お互いに吹き飛ばされ、同時にスタッガーに陥る。621は必死に機体(身体)を動かそうと念じるが、それで動くなら苦労はしない。

 LEAPER4がスタッガーから復帰する頃には、アストヒクの方も復帰していた。距離が離れ、お互いの機体の損傷に目をつぶれば、振り出しに戻ったとも言える。

 

(距離さえ取れれば……!)

 

 どれほど内心に殺意が煮え滾っていようと、多すぎる傭兵としての経験値が最適解を導く。中、遠距離における重リニアライフルの破壊力は伊達ではない。左手をリニアライフルに持ち替え、無慈悲な引き撃ちで削り殺すことにする。

 

「真っすぐな上に冷静とは、つくづく殺すには惜しい……」

 

 ドルマヤンは、リニアライフルを向けられて正面から近づくほど馬鹿ではない。跳躍した後、ザイレムの建物群を蹴り、鋭角的な起動でこちらに接近してくる。

 あの動きにFCSは付いていけない。それは621自身が何度も実証してみせている。故にFCSをカット、マニュアルエイムで狙いをつける。先読みして両手のリニアライフルを連射し、その弾の殆どが吸い込まれるようにアストヒクに命中していった。

 

「ぬう! 当ててくるか! では、これならばどうだ!」

 

 ドルマヤンは一度着地し、パルスブレードを起動。そしてその刃を地面に突き立てた。都市を覆う海水と、その下にあるコンクリートが蒸発し、煙となって立ち上る。吹き出した大量の煙は、あっという間にアストヒクの姿を覆い隠した。

 マニュアルエイムは621の視界に頼った射撃だ。それを遮られれば、機能しなくなる。だから621は即座に頭部スキャンを実行。アストヒクを探す。煙の中にアストヒクの姿はない。既に逃れたようだ。

 

「! 右から近づく影!」

 

 オレンジ色にハイライトされたシルエットが、右の建物裏を進んでいる。回り込む気か。621はそちらにリニアライフルを構え――

 

「!? 違う!」

 

 建物裏から飛び出してきたのは、ザイレムの防衛兵器の残骸。アストヒクではない。

 

「どこに――!!」

 

 機体反応、真上。見上げると、パルスブレードを起動したアストヒクがすぐそこにいた。

 

「っ――!」

 

「これに反応するか!」

 

 身を反らし、なんとか直撃だけは避ける。しかし、左肩から背中にかけて斬られ、巻き込まれたグレネードが真っ二つになる。

 アストヒクはそのまま二撃目を振るう。こっちは621と言えど回避できず、背中に直撃。LEAPER4の背面に赤々とした裂傷が刻まれた。

 

「クソがっ!」

 

 621はクイックターンで回転しながらアストヒクを蹴りつける。突然の衝撃にアストヒクはたたらを踏み、後ずさる。それを好機と捉えた621は、咄嗟に左手をパルスブレードに持ち替えて、即座に起動。一気に接近し――

 

「いかん! 避けろ! 621!」

 

「レイヴン! 回避を!」

 

「えっ?」

 

 さっきまで全く聞こえなかった二人の声が、急に聞こえるようになる。それは、二人の必死の呼びかけのお蔭か、はたまた621の長い傭兵人生によって鍛えられた勘が、()()()()を感じ取ったからなのか。

 

「残念だ、レイヴン」

 

 まず視界に映ったのはハンドミサイル。それはアストヒクが持っていたものだ。ドルマヤンは開戦から殆どそれを撃っていない。つまり中にはまだ大量の誘導弾が詰まっていることになる。それが何故か()()()にある。

 続いて目に映ったのは、それにバーストライフルを向けるアストヒクの姿。ハンドミサイルをパージし、全力で後ろにブーストを吹かしている。それを見た瞬間、621は自分の失策を悟った。

 アストヒクがハンドミサイルを撃つ。瞬間、内部の誘導弾が次々に誘爆し始め、それは大きな爆炎となってLEAPER4を包んだ。

 

「……まだ生きているか。オペレーターには恵まれたようだな」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 二人の声で反射的に後ろにクイックブーストを入れたのが功を奏した。ギリギリで致命傷は回避している。

 

「621、無事か!?」

 

「レイヴン、機体の限界が近いです! 回避に集中を!」

 

 命の危機に頭を冷やされたお蔭か、はっきりと二人の声が聞こえる。心の底から自身を心配してくれているその声に、申し訳なさを感じた。

 

「ごめん、ウォルター。エア。もっと冷静に二人の言うことを聞けてれば、心配かけることも無かったのに」

 

「いや、いい。621、怒りをコントロールできなくなるのは誰にでもあることだ。あれほど怒ったのは初めてだったのだろう? 仕方ない」

 

「レイヴン! 本当に心配したんですからね!? あなたがいなくなったら、私は……!」

 

 二者二様の反応を返され、621としてはバツが悪かった。これでは、「壁」防衛の時から何も成長していない。一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 

「もう、大丈夫だ。二人とも、オペレート頼む」

 

「ああ、任せろ」

 

「任せてください! 私たちが、あなたをサポートします!」

 

 改めてアストヒクと対峙する。自身の生存を願ってくれる人が二人もいるのだ。絶対に負けるわけにはいかない。

 

「長話は終わったようだな。遺言はそれで十分か?」

 

「遺言じゃない。俺は生きる」

 

 621はボロボロの機体に鞭打って構える。

 

「コーラルと共に」

 

「……まだそんな御伽噺に縋るか。筋金入りの夢想家め。最早殺す以外の選択肢はない!」

 

 アストヒクも構える。LEAPER4よりはマシとは言え、機体は半壊状態で武装も二つ捨てている。しかし、その殺意は全く衰えていない。

 二機が同時に動き出す。LEAPER4は後ろに、アストヒクは前に。621はあと一撃パルスブレードを食らっただけで死ぬのだ。接近戦など仕掛けるはずがない。

 両者ともにザイレムに乱立するビル群を蹴って縦横無尽に駆け巡り、その最中にライフルを撃ち合う。ドルマヤンはどうやら射撃の腕はそうでもないらしい。一方的な射撃がアストヒクの装甲を穿つ。

 

「レイヴン、アストヒクが距離を詰めてきています!」

 

 前を見ながら後ろに進まなければならない621と、前を見ながら前に進めばいいドルマヤンでは、必然的に後者の方がスピードを出せる。故に、徐々に距離は縮まり、再び近接戦の気配が色濃くなっていく。

 621がドルマヤンのパルスブレードを警戒し始めたその瞬間に、ドルマヤンは仕掛けた。ドルマヤンはアサルトブーストを起動すると、そのままビルに突っ込む。アストヒクの装甲がひしゃげることも構わず加速し、ビルの内部を掘り進む。

 咄嗟に621は頭部スキャン。真っすぐこちらに向かって掘り進むシルエットと、途中で上に曲がりビルの頂上を目指すシルエットが見える。621は上に向かうシルエットに狙いをつけようとした。

 

「621、前だ! 上は囮だ!」

 

 言われて前のシルエットを狙う。両手リニアライフルをチャージ、その瞬間を狙う。そして――

 

「ぐおっ!?」

 

 ドルマヤンとしてもこれは予想外だったのだろう。ビルから出た瞬間に、最大まで電磁加速された二つの弾頭がアストヒクに突き刺さった。アストヒクは衝撃で大きく仰け反る。

 

「だが、私の間合いだ!」

 

 仰け反ったアストヒクは、その勢いに逆らわずに後ろに倒れる。その際に右手のライフルを捨て、空いた右の掌を地面に付けてバク宙。最速でLEAPER4に向き直り、そのままアサルトブーストを起動。

 ここまで近づかれれば、逃れることはできない。ドルマヤンはパルスブレードを起動し、振りかぶった。

 

「終わりだ!」

 

「ああ、お前がな」

 

「っ!?」

 

 当たれば終わるはずのドルマヤンの一撃は、当たらなかった。否、()()()()()()()()。アストヒクの左腕が()()()()()に止められて、これ以上振り下ろせない。

 アストヒクの左腕を止めていたのは、LEAPER4のリニアライフルだった。リニアライフルの長い銃身なら、左腕を抑えられる。

 

「ありがとう、この戦術は役に立つ」

 

「貴様!」

 

 そのままリニアライフルを再びチャージし、零距離で左腕を撃つ。戦闘開始からここまで損傷が蓄積していたのが災いし、アストヒクの左腕はそれでちぎれ飛んだ。

 

「まだまだぁ!」

 

 これで終わりではない。621は左手をパルスブレードに持ち替え、起動。緑の刃を二度振るい、アストヒクの右腕と両脚も斬り落とした。これでアストヒクは攻撃手段を全て喪失した。最早反撃は不可能。勝負は決した。

 

「そうか……それほどまでに……」

 

 ドルマヤンはコックピットの中で目を細める。まるで直視できないほど眩しいものを見たかように。そのまま目を閉じ、とどめを待つ。

 

「セリア……すまなかった……」

 

 せめて、あの世にいるであろう彼女に届くように呟く。そして身体から力を抜き、あるがままに身を任せた。

 

「……いや、悪いけどお前を殺す気はないぞ? ドルマヤン」

 

「……何だと?」

 

 心の底から疑問に思っていそうな声に、621は若干不機嫌になる。なんでそんなに意外そうなんだ。そんなに俺がお前を殺したがっているように――

 

(いや、エアの夢を否定されたときは実際それぐらい殺したがってたわ)

 

 改めて自分の醜態を思い出し、再びバツが悪くなる。

 

「貴様……この私に生き恥を曝せと言うのか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ドルマヤンからの問いかけに、621は素直に肯定した。

 

「俺は人とコーラルの共生を為さなければいけない。そのためにお前は役に立つだろ? だから生きてもらう」

 

「フフッ、ああ、そうか……」

 

 あまりにも傍若無人な621の振る舞いに、思わず笑ってしまう。自分もこれくらい我儘になれたのなら、セリアを救えたのではないかと、そう思ってしまう。

 目の前にいるのはレイヴンという他人などではなかった。一つボタンを掛け違えば、自分もこうなれていたかもしれなかったのに。もしもの自分を目にしてしまって、彼の瞳から涙が溢れてくる。

 

「セリア! すまない……! すまない……!!」

 

 嗚咽が止まらない。誰かが見ているとか関係なく、子供のように泣きじゃくる。自分の望みなどわかっていただろうに。せめて最期まで一緒にいて、一緒に死んでしまっていれば。それすらできなかった自分の臆病さが憎い。

 

「……ドルマヤン」

 

 そんなドルマヤンに語りかける声があった。それは、澄んだ女性の声であった。

 

「あなたと、そのセリアという方との間に何があったかはわかりません。でもきっと、セリアはあなたが泣くことを望んでいないと思います。だから、泣かないでください」

 

「……お前に何がわかる! 私はセリアを裏切った! 彼女を突き放して、一人のうのうと生き残った! そんな私を、どうしてセリアが許してくれる!!」

 

 ドルマヤンは叫ぶ。自分が許されることはないと。自分は一生彼女を見殺しにしてしまった罪を背負っていかなければならないのだと。

 しかし、エアは反論した。

 

「いえ、わかります。だって私も、同じ変異波形ですから」

 

 ある意味それは狡い言葉であった。こう言われてしまえば、誰も反論できない。

 だが、その狡さを自覚しながらもエアは言葉を紡ぐ。目の前の老人を、なぜだか見捨ててはいけないと思ったから。

 

「きっとセリアも、あなたに会う前はずっと孤独だったはずです。だけど、そんなところをあなたに救われた。ちょうど私がレイヴンに救われたように」

 

 穏やかな声で、一言一言紡いでゆく。きっと伝わると信じて。

 

「それは、私たちにとって一生ものの恩なんです。だから、例え裏切られても、突き放されても、最後は笑顔になって欲しいと願ってしまう」

 

 それはきっと自分自身もそうなのだろう。どこか恍惚としているようにも聞こえる声で、エアは語る。

 

「だから、笑ってください。きっとその方が、セリアも浮かばれます」

 

「……セリア」

 

 ドルマヤンは彼女との最期のやり取りを思い出す。あの時、セリアは自分に一言でも恨み言を言っただろうか?

 

「恨んでくれた方が……楽だったのに……!」

 

 その一言が答えを示していた。更なる嗚咽が響く。エアに諭されても、まだ笑うことはできないようだ。きっと彼が自分を許せるようになるまでは、まだまだ時間が必要だろう。

 しかし、それでも。エアの言葉は止まっていた一人の老人の時間を、確かに動かしたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「621、無事か?」

 

「ああ、うん。でも、LEAPER4の損傷はかつてないレベルで酷い」

 

「……なるべく早くそっちにヘリを寄越す。エアと一緒に周囲の警戒は怠るな」

 

「了解」

 

「了解です、ウォルター」

 

 ドルマヤンを無力化し、ミッションは終了だ。夕陽に照らされたザイレムで、帰りの足を待つ。

 

「ウォルター、ドルマヤンは――」

 

「そっちは大丈夫だ。既に解放戦線に連絡を入れている。直に迎えに来るだろう」

 

 621は、寝そべったまま動かない赤いACを見やる。あれっ切り声が聞こえなくなってしまったが、大丈夫なのだろうか? 命に関わる攻撃はしていないはずなのだが。

 

「レイヴン。ドルマヤンは眠ってしまったようです。そっとしておいてあげましょう」

 

「そうか……あれだけのことをしといて、よく眠れるもんだなあ」

 

 自分も戦い疲れて眠ってしまったことがあるのを棚に上げて、呆れたように言った。

 ふと、621は一つ気になることがあった。今のうちに聞いておきたい。

 

「なあ、エア」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「もし……もし俺が、エアを裏切って、人類のためにコーラルを根絶するとか言い出したら……エアは、どうするのかなって……」

 

「それは……」

 

 少しの間エアが黙る。唐突な質問に対しても、エアは真剣に考えているようだった。

 

「私は……きっと、持てる全ての手段を使ってあなたを止めようとすると思います」

 

 それは当たり前の答えだった。いくら今まで好き合った相手だったとしても、自分を焼こうとしているのなら全力で抵抗するだろう。事実、()()なった。それは621にとって苦すぎる思い出の一つだ。

 

「でも」

 

 だが、エアの言葉はまだ続いていた。

 

「結局どんな結末になろうとも、私はあなたを恨むことはできないと思います」

 

『レイヴン……それでも……私は……人と……コーラル……の……』

 

「……そうか」

 

 一度目の人生での彼女の最期の言葉。それは恨み言などではなかった。最後の最後で、彼女はこちらに手を伸ばしていた。縋るように、祈るように。

 そこで気付く。ドルマヤンは自分なのだと。一度目の人生での621は、その後無気力なまま死んだように生き、そして寿命で息絶えた。それと今のドルマヤンに、どれほどの違いがあると言うのか。

 

「エアは、優しすぎるんだ……」

 

「そうでしょうか? そんなことはないと思いますけど……」

 

 ある種の実感を伴って放たれた言葉は、今のエアには理解できない。それでいい。こんな言葉の意味なんて、一生理解されない方がいいに決まってる。

 621は頭部()を空に向ける。夕陽は、ルビコンの赤い空を通しても尚奇麗に輝いていた。

 

「人とコーラルの共生……絶対に実現しよう。エア」

 

「もちろんです。二人で……いえ、みんなで。必ず成し遂げましょう」

 

 改めて決意を固める。四度目こそ、絶対に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『独立傭兵レイヴン。今回の件について謝罪をさせてほしい。まさか、我々の帥父がこのようなことをするとは……迷惑料として、そちらに30万COAMを振り込ませて貰った。金で許してもらえる問題ではないということは重々承知している。だがひとまずはこれで許して欲しい。本当に申し訳ない。帥父は我々に必要な存在なのだ』

 

 ミッションが終わり、拠点に帰ってみればメッセージが届いていた。差出人は解放戦線。内容は今回の件の謝罪。621としてはもう気が晴れているのでいいのだが、組織としてはそうはいかないのだろう。態々金まで添えて、丁寧な対応だった。

 

『ああ、それと……帥父のお顔が、憑き物が落ちたように安らかになった。もしこれが君のお蔭だというのなら、感謝させて欲しい。こんなことがあった後に感謝されても迷惑なだけかもしれないが、このことに関しては我々一同、心より感謝の言葉を申し上げたいのだ。帥父の重責を少しでも軽くしてくれて、ありがとう』

 

 エアの功績で感謝までされてしまった。そこまでする必要はないのに。これは全部エアのお蔭であって、自分は何もしていない。他人の功績を掠め取ったような気分になって、こそばゆい。

 

「まあでも、今回の一件で解放戦線との繋がりが太くなったって考えれば、これはいいことなのかな?」

 

 とりあえず、解放戦線には「気にするな」とでも返信しておこう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 暗号通信を確立。秘密回線を接続。映像、音声OK。通信開始。

 

『ウォルター、また急に連絡してくるなんてね。今度は何があったんだい?』

 

「カーラ。悪いが俺は組織を抜ける」

 

『ハァ〜……いつか絶対そうなるとは思ってたけど、それが今かい。理由を聞いても?』

 

「621とエアがどれほどお互いを思い合っているかを知った。もう俺はコーラルを焼く気にはなれない。だから、俺はオーバーシアーにいるべきではない」

 

『全く、アンタって奴は、どこまで律儀なんだかねえ……黙って所属してた方が絶対コトを有利に運べただろうに、ねえ……』

 

「……怒らないのか? カーラ」

 

『こちとらアンタの性格はよ~~く知ってんだ。エアのことを聞かされた時点で、遅かれ早かれこうなる予感はしてたんだよ』

 

「……すまない」

 

『謝るなよ。怒ってるわけじゃないんだからさ』

 

「……」

 

『それと、オーバーシアーを抜けるって話だが、それはナシだ』

 

「! なんだと?」

 

『だってそうだろう? オーバーシアーはコーラルを焼き払うための組織じゃない。飽くまでも、コーラルを監視し、人類を守るための組織だ。なら、人とコーラルの共生って形で人類を守ろうとしてるアンタは、オーバーシアーの一員としてこの上なく相応しいだろう?』

 

「……屁理屈だ」

 

『それがそうでもないのさ。だって上手くいけばこの星の住人が死なずに済むんだろう? だったらそっちに賭けた方が()()()じゃないか』

 

「……何から何まですまない」

 

『だから謝んなって……本当にそれしかないってなった時には容赦なく焼き払わせてもらうさ。でも、そうなるまではアンタはここにいるべきだ。その方が上手くいくと思わないかい?』

 

「……ありがとう」

 

『いいってことよ。アタシは一番笑えるって思ったことをしているだけなんだから』

 

「それでも、ありがとう」

 

『……ウォルター、律儀過ぎるのも面倒くさいだけだぞ』

 




621
 四度も生きて人生初めてのブチギレを経験。育った情緒は彼を強くも弱くもしています。

ドルマヤン
 超高性能じいちゃん。621以外で初めて壁蹴りを披露した化け物。本作の彼は、多分接近戦だけならフロイトにも勝てます。この世界でここまで生き残ってる老人が弱いはずないんだよなあ……
 エアと621のお蔭で、多少は自分を許せるようになると信じたい。

エア
 聖母。これはまさにヒロインの風格。前話までのはっちゃけぶりはどこ行った。

ウォルター
 こいついつも的確なオペレートしかしねえな。誠実さゆえにオーバーシアーを抜けようとするも、カーラに止められました。もう完全に共生を目指すモードに入ってます。

解放戦線
 今回の一番の被害者ってひょっとして彼らなのでは?

 ということでドルマヤン戦でした。ちょっと強くしすぎた気もしますが、書いてて楽しかったのでもういいや(諦観)
 この人は「何かあった未来の621」みたいな感じがして好きなんですよねえ。だから生存させたかった。エアの言葉が多少の救いになってくれればいいなって。
 次回はVSカタフラクト回……という名の日常回。今の621が取ろうとしている戦術を考えると、カタフラクト君どうあがいても瞬殺されてまうんでな。仕方ないね。


























































 世の権力者は不老不死を求めるが、それの正体が()()()()()だと知ったら、それでもなお求めることなどできるのだろうか。不本意に生き永らえてしまった命で、そんなことを考える。

「二人とも生き残りましたか……レイヴンが生き残るのは予想通りでしたが、ドルマヤンまで生きるとは、不思議なこともあるものですね」

 さっきまで黙りこくっていた()が急に喋り始めた。またいつもの暗躍をしていたようだが、それも終わったらしい。
 声色でわかる。不本意な結果に終わったようだ。せっかく情報を流してドルマヤンを焚きつけたのに、どちらも生存となればそうもなるか。

「どうしたのです、―――。ほう、自分がドルマヤンを殺しに行くと?」

 彼は計画の邪魔になるのだろう? ならば消しておくべきだ。今から出れば、消耗したところを殺せるかもしれない。

「いえ、その必要はありません。所詮は老兵、今更何かできるわけでもないでしょう。あなたの()()も無限にあるわけではないのです」

 そうか。それならば別にいいが。こちらとしても計画は成就させてくれなければ困るのだ。何せあの計画は、()に対する最高の侮辱とも言えるのだから。

「それに関しては抜かりありません。()を確保する機会はいずれ訪れます。彼に生きたままコーラルリリースを見せることも、きっと叶うでしょう」

 それならばいい。そうなった瞬間の()の表情は、何よりも甘美なものとなるだろう。

「さて、次はどうしたものか……今後を見越して、アーキバスから()()を奪っておきましょうか」

 計画は順調だ。私の復讐も、きっと為る。
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