四度目の鴉   作:Astley

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25:克己

 イグアスは、五機の無人機と対峙しようとする。しかし、無人機たちの狙いは621だけのようだ。五機ともイグアスを無視して、そのまま621の方へ向かおうとする。

 

「っ! てめえ……!」

 

 「無視するな」という思いと、「助かった」という思いが同時に湧き上がる。この様子なら、こちらから手を出さない限り向こうも反撃してこないだろう。

 それに、奴らをこのまま放置すれば、憎っくきあの野良犬だって死ぬかもしれない。いくら野良犬であっても、化け物と無人機五機を同時に相手して生き残るのは流石に無理だろう。

 自分は助かる。野良犬は死ぬ。まさに一石二鳥。だから奴らを見逃せばいい。手を出す意味はないはずだ。

 無人ACの方も、自分に興味がないようだ。こちらを一瞥するだけで、すぐにまた視線をLEAPER4の方へと戻してくれた。奴にとって自分は()()()()()()()()()のだ。背中を向けても構わない程度の()()。後ろから撃たれたところで、すぐに対処できるとすら思われているのだろう。

 当たり前だ。一度完膚なきまでに叩きのめした相手に、どうして警戒する必要がある? 自分が同じ立場だったとしても、同じように行動しただろう。

 

「……」

 

 だというのに。相手の行動は当然で、その方がこちらにとって都合がいいというのに。無性にイライラする。

 さっきわかったじゃないか。自分にこの道は向いていないと。だから見逃せばいいのに。

 

「俺を……」

 

 なぜ武器を構える必要がある? やめろ。余計なことはするな。無理なものは無理だ。野良犬には才能があった。自分にはなかった。それでいいじゃないか。

 

「俺を……!」

 

 今更折れたプライドにしがみつく必要がどこにある? 惨めに逃げ出した方がずっと楽だ。だから馬鹿なことはやめろ。武器を下ろせ。引き金から指を引け! そうして馬鹿な生き方を貫いた()はどうなった!? お前みたいな臆病者に、()()()の真似なんてできるわけが――

 

「俺を無視してんじゃねぇぇぇえええ!!!」

 

 気付けばイグアスは、無人ACに向けて全ての武装を発射していた。リニアライフルを、マシンガンを、ミサイルを。全てを一斉に撃つ。不意打ちであったはずのそれは、あっさりとクイックブーストで躱される。そして、無人ACはゆっくりとこちらに振り向いてきた。

 

「っ!」

 

 その顔を見てイグアスは思い出す。グリッド086での戦いで、イグアスはそいつに完敗した。プラズマ鞭で絡めとられ、強制的に()()()()()()()を強いられて敗北した。

 だが、今のそいつはプラズマ投射機を持っていない。リベンジのチャンスだ。

 

「こ、来いよ! 木偶人形! ぶ、ぶっ壊してやらあ!」

 

 逃げ出しそうな心を押し殺し、精一杯の虚勢を張る。一瞬撃たなければ良かったと思いかけたが、もうやってしまったものはしょうがない。生きるために全力で戦うまでだ。

 無人ACは気怠げにこちらへと身体を向ける。ひとまず621の相手は無人機に任せることにしたようで、まずは目の前の()()()()()を排除することに決めたようだ。

 

「舐め腐りやがって! てめえなんざ……!」

 

 イグアスはシールドを構え、リニアライフルとミサイルを撃つ。対する無人ACも、リニアライフルとプラズマミサイルで応戦する。

 

(わかりやすい射撃戦の構え……隙のデカいバズーカは、チャンスまでとっておくってところか?)

 

 いつになく真剣に相手を分析する。臆病さ故の深い洞察で、相手の戦術を絞る。とにかくこの場を生き延びるためには、情報が必要だ。

 

(あいつの左肩……あれは何だ? あんなパーツは見たことねえ……あれの正体がわからないことには……)

 

 距離を維持した伝統的な射撃戦であれば、こちらの方が有利だ。こちらにはシールドがある。これさえあれば、ダメージレースで負けることはない。だから、折れた心でも安心して戦闘に臨めていた。

 ひとつ懸念点があるとすれば、無人ACの左肩のパーツ。イグアスですら見たことがないそれは、()()()()()()()()()()()()()()()デザイン。射撃戦の最中に撃ってこないということは、恐らく反動で足が止まるタイプの武装と思われるが――

 

「っ! 左肩が動いた!」

 

 無人ACの左肩のパーツが動き出した。筒の先をこちらに向けるように動き、そのまま筒が開く。間違いなくあそこから何かを発射する気だ。ACの内蔵COMもアラートを鳴らしている。

 

(嫌な予感がしやがる! 避けなきゃマズいか!?)

 

 シールドはクイックブースト中には構えられない。その構造上の制約が、彼に回避を躊躇わせる。態々クイックブーストをして無防備な機体を晒すくらいなら、このまま守りに入ったままの方がいいのではないか。そんな考えが頭を過る。

 

「そうだ、このままでいい! 危険を冒すのは馬鹿のやることだ!」

 

 結果、イグアスが選んだのは防御。回避はしない。パルスシールドの堅牢さは、自分が一番よく知っている。今まで自分を守ってきてくれたシールドと、()()()()()()()()()()()()()()()。どちらを信じるべきかなんて明白だ。構えを解除してまで回避するなんて馬鹿らしい。

 そうして二本の筒から()()が放たれ――

 

「えっ?」

 

――パルスシールドが破壊された。

 

「は? なんで――」

 

 あまりにも予想外すぎて、現実が認識できない。一瞬戦いを忘れて呆然としてしまう。そして、そんな大き過ぎる隙を目の前のACが見逃してくれるはずがない。右手のバズーカを構え、イグアスに放つ。

 

「ぐわっ!?」

 

 バズーカが直撃し、機体が揺れる。まだスタッガーこそ取られていないが、アイスワーム戦での損傷も合わさって、機体の耐久は心許ない。

 

「く、クソっ! 一体何をしやがった!」

 

 今のダメージでなんとか正気を取り戻したイグアスは、一度無人ACから距離を取る。相手が追撃して来ないのを確認して、一度パルスシールドに目を向ける。

 確かにパルスシールドは破壊されていた。そこに突き刺さった、()()()()()()()()()()()()()によって。もう、シールドには頼れない。そう認識した途端、イグアスの顔が青ざめていく。

 

「し、し、シールドを壊したくらいで、い、いい気に――!?」

 

 それでも無人ACに視線を戻す。ただ生きるために。そして視界に入ってきたのは、リニアライフルをチャージした無人AC。奴がシールドの確認を許したのは慈悲でもなんでもない。ただその隙を突いて殺そうという、合理的な判断でしかなかったのだ。

 

「うおっ!?」

 

 条件反射でクイックブーストを吹かす。なんとかギリギリでリニアライフルの弾丸を回避することに成功する。

 しかし、無人ACの武装はリニアライフルだけではない。プラズマミサイルで容赦のない追撃を行う。

 

「クソッ! クソッ! クソッ!!」

 

 必死にシールドを起動しようとする。頑張ればまた動いてくれるのではないかと、そんな希望的観測を捨てられない。

 しかし、シールドの制御系には深々と杭が刺さっている。素人目に見てもわかる。もう動かせやしないと。

 そのまま容赦のないプラズマ爆発がヘッドブリンガーの装甲を焼き、少なくない衝撃を蓄積させる。

 

「!? またあの杭かよ!」

 

 ある種動物的な直観でそれを察知する。無人ACの左肩は、再び稼働していた。またしてもあの杭を撃ち込むつもりなのだろう。

 

「だ、誰が二度も同じ攻撃を食らうってんだ!」

 

 種は割れているのだ。あの杭が恐らく高火力高弾速タイプの武装であることは、一度撃たれたのでわかっている。だから、撃たれた瞬間にクイックブーストを吹かせば簡単に避けられる。

 

「っ!」

 

 ヘッドブリンガーはクイックブーストを吹かす。杭はまだ撃たれない。

 

「っっ!!」

 

 ヘッドブリンガーはまたクイックブーストを吹かす。杭はまだまだ撃たれない。

 

「ああ、クソッ!!」

 

 ヘッドブリンガーは何度もクイックブーストを吹かす。杭は一向に撃たれない。今のイグアスは恐怖心故に、撃たれる瞬間を見極めて回避するということができなくなっていた。

 普段だったら内蔵COMによるアラートのサポートもあって、これくらいは簡単にできるはずだった。しかし、シールドという心の拠り所を失ったイグアスは、想像以上に脆かった。

 やがて、何度もクイックブーストを吹かしたために、ヘッドブリンガーのエネルギーが尽きる。それは、()()()()()()相手に、最もやってはいけない愚行であった。

 そして杭が発射される。

 

「嫌だっ!! 死にたくねえっ!!」

 

 無様に叫びながら、地面を蹴って悪足搔きをする。命の危険に対して咄嗟に繰り出したそれは、奇しくも自身が最も忌み嫌う野良犬(621)の回避行動にそっくりだった。

 咄嗟に出したにしては速度の乗っているその動きは、単なる直進弾を躱すには十分だった。しかし――

 

ガァン!

 

「ひっ!?」

 

――杭は誘導弾であった。高速で飛行しながら、その軌道を僅かに曲げる。その僅かな軌道修正は、ヘッドブリンガーを捉えるには十分であった。

 度重なる攻撃で衝撃が蓄積していたヘッドブリンガーは、二本の杭を食らったことでスタッガーに陥る。動かない機体が、自身を葬るための棺桶に思えて仕方がない。警告音を鎮魂歌に、イグアスは目を閉じて必死に祈る。自身の無事を、自身の生存を。

 

「嫌だっ……! 助けてくれっ……!」

 

 恥も外聞もあったもんじゃない。上擦った声で、普段は信じない神に祈る。

 そしてその願いは通じたようだ。いつまで経っても追撃が来ない。

 

「……なんで」

 

 ゆっくりと目を開ける。そこには、自分を無視して621を狙う無人ACの姿があった。621はアイスワームと四機の無人機に忙殺されていて、その姿に全く気付いていない。無人ACはリニアライフルをチャージし、絶対に外すことがないよう、しっかり狙いを付けている。

 

(……ああ、助かった)

 

 最初っから、自分など奴の敵ではなかったのだろう。安心したせいで、身体にどっと疲労が押し寄せてくる。

 

(これでいいんだ。この隙に逃げよう。それで俺は助かるし、野良犬は死ぬし。良いこと尽くめだ……)

 

 そう思って機体を反転させようとする。もうこれで十分だろう。自分は無人ACを一瞬でも止めようとした。立派じゃないか。勇敢じゃないか。

 ミシガンには殴られるかもしれないが、甘んじて受けよう。もう馬鹿みたいに命を賭ける必要なんて――

 

『本当に、世話が焼ける!』

 

 思い出されるのはアイスワーム戦での一幕。奴のコーラルミサイルでスタッガーに陥った自分を、あの野良犬は助けてくれた。自分にあれだけ邪険にされておきながら、それでもあの瞬間、彼は確かに自分を救ってくれたのだ。

 無人ACの指に力が込められる。狙いは付いたのだろう。無人ACは621に対して有らん限りの殺意を込める。そして引き金を引――

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 621は苦戦していた。アイスワームと四機のゴーストを同時に相手しなければならないのだ。しかも、ゴーストは全て近接戦闘型。パルスアーマーとプラズマ鞭を備えたタイプだ。

 スタンニードルランチャーとパイルバンカーしか武装がない今のLEAPER4では、如何に621と言えど勝てるものではない。

 

「そこっ!」

 

 スタンニードルランチャーでゴーストの内の一機のパルスアーマーを剥がし、パイルバンカーで串刺しにする。

 

「まずは一機……クソッ、一機倒すだけでこんなにキツイなんて……!」

 

 残りの三機が一斉に鞭を振るう。621は後ろクイックブーストでそれを回避。

 

「っ! お前もか!」

 

 621の回避先を狙って、アイスワームが顔を出す。その凶悪な破砕機でLEAPER4を呑み込まんとする。621は咄嗟に地面を蹴り、なんとかギリギリでアイスワームの突進を避ける。

 

「戦友、焦るなよ。こちらについては心配は無用だ。スネイルとチャティが奮戦してくれている」

 

「そう言ってくれるのは、有難い、けど、さあ!」

 

 通信の向こうから聞こえてくる銃声や爆音が、否が応でも621の焦りを掻き立てる。いくらヴェスパー第二隊長とカーラの腹心が協同で護衛に当たっているとはいえ、ゴースト八機に無人ACが相手なのだ。「万が一」ということもあり得る。

 

「こっちに残ってくれたのがイグアス以外だったら、もっと楽だろうに!」

 

 思わず621の口から愚痴が零れるが、嘆いても仕方がない。無いものねだりをしたとて、仲間が増えるわけではないのだ。

 

「危ない!」

 

 ゴーストが横薙ぎに鞭を振るう。水平方向への回避では取られると判断して、跳躍。空中では床蹴りによる高速移動や高速回避ができないので、なるべく地上で戦いたいのだが、しかしこればっかりはどうしようもない。

 続いて振られる縦振りの鞭も、空中クイックブーストで回避。

 

「時間をかければ勝てないこともないけど、埒が――」

 

「避けろぉぉぉおお!!! 野良犬ぅぅぅううう!!!」

 

 瞬間、通信に響く大声。621は即座にイグアスの方を確認。そこには、マニュアルエイムでこちらを狙う無人AC。

 

「危なっ!?」

 

 ギリギリでクイックブーストを吹かして、なんとかリニアライフルを回避する。イグアスのお蔭で、直撃だけは避けることができた。

 

「ありがとう! イグアス! 助かった!」

 

 口先では感謝の言葉を述べる621。しかし、内心はかなり荒れていた。

 

(ああ、もう! やっぱりイグアスじゃ止められなかったか! ゴースト三機に無人ACにアイスワーム! これを同時に相手取れと!? 今日は厄日だ!)

 

 四度も生きた621だが、未だ嘗てこれほどまでに絶望を感じた瞬間はなかった。フロイトよりも、ブランチよりも、アイビスよりも。今までの戦いはどれも一縷の希望は見えていたのに、今回はそれすら見えない。

 前から三機のゴースト、後ろから無人AC、下からアイスワームという絶望の布陣に閉じ込められて、621は死を覚悟する。鞭が、リニアライフルが、アイスワームが。自分を殺さんと飛んでくる。

 

「イグアスの奴はどうした!? まだACが動くなら、せめて弾避け程度には――!?」

 

 一応今回の僚機である彼のことも気に掛ける。一瞬だけヘッドブリンガーの方を見て、無人機に視線を戻す。そして、今一瞬見えた()()()()()()()()を再確認しようと、621は再びヘッドブリンガーに視線を向けた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 イグアスは、無人機三機、無人AC一機、アイスワームを同時に相手取ろうとする621をぼうっと眺めていた。

 彼が撃たれそうになった瞬間、思わず叫んでしまったが、しかしこれで借りは返せたのだ。もうここに残って戦う理由もないだろう。

 

「本当に凄えんだな……あいつ」

 

 散々馬鹿にしてきた621の異常性を再確認させられて、折れた心に追い討ちが入る。同じ第四世代なのに、あいつはどうして()()で、自分はどうして()()なのか。そんな思考がイグアスの頭の中をグルグルと巡る。

 自分には何が足りなかったのだろうか。師匠には恵まれた。仲間にも恵まれた。環境にだって、あの野良犬と比べればずっと恵まれているだろう。

 ならば、単純な話だ。足りないのは才能――

 

『イグアス! 貴様はいい加減にその戦い方を変えたらどうだ!? はっきり言おう! 貴様に射撃の才能はない! ライフルの代わりにショットガンを、シールドの代わりに近接武器を持て! そうすればより上位のナンバーも狙えるはずだ!』

 

 耳にタコができるほど聞かされた説教を思い出す。ミシガンはいい師匠であったが、唯一その説教だけが不満であった。臆病な自分に接近戦など、できるはずがない。ミシガンほどの人間なら、それくらいわかるだろうに。

 

『まだわからないのか!? 貴様が抜きんでているのは近接戦だ! なぜその才能を活かそうとしない!?』

 

 憧れはあった。かつて勉強と称してミシガンに見せられた資料映像や、あるいは同僚のACのログに残っていた戦闘シーン。そこで()せられた、数々の近接戦闘。

 銃弾の雨を掻い潜り、一刀の下全てを叩き切るドルマヤン。射撃戦で相手を牽制し、隙あらばレーザースライサーで切り刻むラスティ。そして何よりも。自分が最も信頼を寄せていた(絶対に勝てないと思っていた)友を、パルスブレードによる近接戦で滅多斬りにしてみせたレイヴン(621)

 自分もあんな風に戦えたらいいのにと、そう思ったことは何度もあった。しかし、どうしてもできなかった。盾を捨てるなんて言語道断だ。自分はそこまで馬鹿にはなれないのだ。

 

「俺なんて……」

 

 無人ACはこちらを見ようともしない。所詮自分はその程度の存在なのだろう。でも、もういいのだ。シールドを貫通する武装を持っているなんて知らなかった。明らかに()()()()()()()()()()だった。そんな相手に、あれだけ食い下がれたのなら――

 

(いや、待て。本当にそうか?)

 

 だが、ふとそこで。イグアスは違和感を覚えた。イグアスとて精鋭部隊レッドガンの隊員だ。実戦経験はかなり多い方であり、その分だけ勘も冴えている。その自分の信じる勘が、違うと言っている。

 

(あいつの武装……バズーカ以外は全部遠距離戦用のものだ)

 

 左肩の武装だけ詳細はわからないが、恐らくあれは遠距離からでもACを削れる武装に思える。そう考えていくと、狙撃用のリニアライフルに、誘導広範囲武装のプラズマミサイル、高速誘導弾である左肩の杭と、相手の武装はほぼ全て遠距離から攻撃することに特化している。

 得てして、そういう構成は()()()()()()

 

(だからなんだってんだ)

 

 今の自分の機体構成は近接戦に優れているわけではない。左手のマシンガン以外、全部中距離戦用の武装だ。ここから()()()()()()()()()()()に変える手段なんて――

 

(いや、あるにはあるが……)

 

 一つ思いついたあまりにも馬鹿な策。策とすら呼べない()()は、死にたがりの馬鹿でもなければ絶対に採用しないものであった。

 

(俺は死にたくねえ。こんな策なんて……いや――)

 

 自分はもう()()()()()()()()()。今更になって、そのことに気付いた。心が死にかかっているのだ。ここで逃げたら心が死ぬ。一生自分を誇れない哀れな抜け殻となって、死んだように生きるか自殺するかくらいしか道はないだろう。

 逃げて心を殺すか、戦って命を殺すか。どちらを選んだとて、自分は死ぬ。

 

「どうせ死ぬのなら……」

 

 ヴォルタの死に様に学んだ。馬鹿になれば死ぬと。逆を言えば、死ぬとわかっているなら馬鹿になれるということだ。

 

「どうせ死ぬのなら、一回くらい馬鹿になるのも悪かねえ」

 

 イグアスはチンピラに見えるが、いや実際レッドガンに入る前はチンピラそのものであったが、しかしその臆病さ故今まで一度として冒険したことはなかった。強すぎる自己実現願望を命への執着で押さえつけ、その見た目よりも遥かに堅実に生きてきた。馬鹿な友がいなければ、ミシガンに殴られてレッドガンに連れていかれることもなかっただろうに。

 

「ミシガンのクソ野郎め。てめえの言ったことが正しかったのか、()()に確かめてやるよ」

 

 思い切って、武装をパージ。壊れたシールドを、リニアライフルを、ミサイルを。なんだか面倒臭くなったので、もうマシンガンすらもパージ。これで、軽くなった。

 今ここに、()()()()()()()()()が完成した。これならば、奴に有利が取れる。もう迷う必要はない。

 

「いくぞぉぉぉ!!!! 木偶人形ぉぉぉ!!!」

 

 血が出んほどに、叫び声を上げる。全力の咆哮は、開戦の狼煙だ。アサルトブーストを起動し、ヘッドブリンガーは爆速で撃ち出される。

 嘗てないほどに速い。当たり前だ。だって武装を載せていないのだ。元々軽量なMELANDER C3フレームに、さらにここまで馬鹿げた軽量化を施せば、それだけの速度も出よう。

 叫び声に反応したのか、無人ACがこちらを向く。自分から不意打ちのチャンスを捨てるとはなんて馬鹿なことを。

 否。それでいい。今のイグアスにとって、それこそが最適解。今の自分は馬鹿なのだ。不意打ちなどという賢い真似など不要。「突っ込んで殺す」。今の自分が考えることなどそれでいい。

 

「死ぃねぇぇぇ!!!」

 

 無人ACはリニアライフルとプラズマミサイルを撃つが、そんなもので今のイグアスを止められるはずがない。鉛玉もプラズマフィールドも、死ぬことを恐れなければ蚊と同じ。鬱陶しいだけの些事でしかない。

 そのまま無人ACに肉薄したイグアスは、ミシガン仕込みの鉄拳を放つ。超軽量故の高速と、予想だにしない徒手空拳による攻撃は、無人ACの判断を遅らせた。回避が間に合わず、顔面に拳が突き刺さる。

 

「まだまだぁぁぁ!!!」

 

 吹き飛ばされる無人ACに対し、即座にクイックブーストで距離を詰める。近接戦はコンボこそが肝要。であるならば、一発で終わるなどあり得ない。

 しかし、無人ACの方も手練れだ。そのまま殴られることを許すはずがない。吹き飛ばされた勢いを利用し、クイックブーストで距離を取る。結果、彼我の距離は縮まらない。

 そのままバズーカを構え、発射。

 

(あめ)え!!」

 

 しかしイグアスは即座に両腕を身体の前でクロスさせ、致命的なダメージだけは避ける。死ぬことさえ怖くないのなら、致命傷以外は全部かすり傷だ。最期に敵をぶっ殺せれば、それでいいのだ。

 全く止まることなく突撃されるのは流石に予想外であったのか、無人ACの対処が遅れる。その隙に差し込まれるのはアッパーカット。頭部を上にかち上げられ、無人ACの視線が真上に向く。

 頭部にセンサー類が集中しているACにとって、それは致命的であった。敵の姿を捉えられなくなり、次に何をしてくるかわからない。だから一度強引に距離を――

 

「逃がすと思ってんのか!!」

 

 イグアスは無人ACの頭部ジョイント()を掴み、逃がさない。そのまま無人ACに対して頭突きを敢行。お互いの頭部パーツが、衝撃でひしゃげる。

 

「このままてめえを――うおわっ!?」

 

 無人ACは、無理矢理にでも距離を取らなければマズいと判断。掴まれたままアサルトブーストを起動。その推力で以て、強引にヘッドブリンガーの腕から逃れる。

 そのままヘッドブリンガーから一気に距離を離し、クイックターンで再びヘッドブリンガーを視界に捉える。

 相手は丸腰。距離さえ離せばこっちのものだ。左肩の()()を発射体勢に移行させる。さっきとは違い、イグアスは恐れずこちらに突っ込んでくる。だから、無人ACはそれをすぐに発射した。

 

「見えてんだよ!!」

 

 しかし、それはあっさりとクイックブーストで躱される。イグアスとて精鋭。恐れてさえいなければ、武装の動きに注意を払うことなど容易い。撃たれたその瞬間を見極めて、そこに回避を重ねることなど余裕。今のイグアスなら、百発撃たれても百回躱せるだろう。

 だが、無人ACは、最早杭が外れた程度では動揺しない。もうイグアスの狙いがわかっている以上、戸惑う必要はないのだ。杭が外れたことも冷静に受け止めて、戦い方を切り替える。近接戦闘に強い相手なら、ただ引き撃ちすればいい。傭兵の鉄則だ。

 無人ACは杭とバズーカはもう当たらないと判断し、パージ。機体を軽量化して、リニアライフルとプラズマミサイルによる引き撃ちを実行する。

 

「チィッ!」

 

 無人ACは全力で後方に下がりながら銃撃する。杭やバズーカと違って構えが発生しないそれらは、回避することが難しい。ヘッドブリンガーの装甲が抉られ、衝撃が蓄積していく。

 

「今更、この程度ぉぉぉ!!」

 

 それらをアサルトブーストで強引に切り抜け、肉薄。左ストレートで、コアを狙う。しかし、無人ACは空いた右手でイグアスの左手を受け止め、そのまま零距離でチャージリニアを発射。

 

「ぐうっ!?」

 

 衝撃がコックピットにまで伝播し、一瞬怯む。その隙に無人ACはまたしてもアサルトブーストで離脱。ヘッドブリンガーから大きく距離を離す。

 

「クソがっ!! ちょこまかと逃げやがって!!」

 

 もう一度追いかけるが、その間にライフルとミサイルで攻撃され、ダメージと衝撃が蓄積していく。

 

(化け物との戦いから連続して被弾し続けて、俺のヘッドブリンガーはもうボロボロだ。恐らく、次スタッガーしたら死ぬ。俺が死ぬ分には別にいい。だけど、あの木偶人形をぶっ殺せねえのは……!)

 

 死ぬのなら、せめて一度自分を負かした仇敵を殺してから死にたい。であるならば、このまま愚直に追いかけているだけでは駄目だ。最終的にスタッガーを迎え、そこに対する追撃で撃破されてしまうだろう。

 

(せめて一瞬でもあいつの動きを止められれば――)

 

 そうイグアスが考えたその時だった。突然、横合いから放たれた()()()()()()()によって、無人ACが貫かれた。針に蓄積されていた電気が無人ACに放出され、無人ACはスタッガーに陥る。

 こんな武装を持っている者は、この場に一機しかいない。

 

「貸し一つな」

 

「ヘッ! 野良犬が、生意気なんだよ!」

 

 イグアスがその方向に目を向ければ、無人機三機とアイスワームに囲まれながらも、わずかな隙を見つけてこちらに援護を寄越したLEAPER4が立っていた。

 悪態をつくイグアスだが、その顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「覚悟しろよ木偶人形。ぶっ殺してやる」

 

 そのままイグアスはアサルトブーストで接近する。今度は逃げられないよう、両手で無人ACの肩を押さえ、そのまま蹴りをお見舞いする。一発では終わらない。何度も、何度も、何度も。繰り返し足を振り上げ、コアを膝蹴りで抉る。頑丈なはずのMIND ALPHAフレームがひしゃげ、べこべこになっている。だが、まだ殺すには足りない。

 無人ACはスタッガーから復帰するが、両肩を押さえられているので、逃げられない。リニアライフルは銃身の長さ故にこの距離では当たらない。プラズマミサイルは範囲攻撃なので撃ったら自分も焼ける。イグアスほど馬鹿になれない()は、右腕を振り回してなんとか拘束から逃れようとすることしかできない。

 しかし、そんな苦し紛れの一撃は、イグアスには通用しない。両肩を掴んだまま、器用にウィービングで回避する。

 

「喧嘩でなあ! この俺が負けるわけねえだろ!!」

 

 イグアスは元々チンピラであった。故に、如何に彼が安定志向であろうとも、それでも喧嘩に明け暮れた日常を送ってきた。さらに、レッドガンに入隊してからも、ミシガンを殴ろうと画策し、そのたびにミシガンに殴られ、蹴られ、投げ飛ばされてきた。

 だからこそ、こと身体(機体)を動かすということに関しては、イグアスは621すら凌駕する技量を有していた。素手の殴り合いにおいて、彼より優れたAC乗りは存在しない。それこそが純然たる事実であるのだ。

 一方的に蹴られ続けて、無人ACの耐久力もそろそろ限界だ。機体の各所から火花が散り始めている。

 

「どうした木偶人形? グリッドでのあれはラッキーパンチだったのか?」

 

 最早大勢は決した。イグアスはこのまま無人ACにとどめを刺そうと――

 

「イグアス! アイスワームがそっちに! 逃げろ!」

 

 621の叫び声が通信に入る。振り返れば、アイスワームが自分たち二機を食らわんと、こちらに飛び込もうとしていた。アイスワームは暴走して無差別に攻撃するようになっている。この戦場にいる限り、誰もターゲットにされることから逃れられないのだ。

 しかし、迫るアイスワームを見たイグアスは、コックピットの中で凶悪な笑みを浮かべた。

 

「いいこと思いついたぜ」

 

 そのままヘッドブリンガーは、無人ACの肩を掴んだまま旋回し、自分とアイスワームの間に無人ACが来るように立つ。

 

「木偶人形」

 

 愉悦の色が多分に含まれたその呼び声に、無人ACの中の()は、恐怖を覚えた。()()()()()であるはずの自分が、こんな若造に。そんな思考は、すぐ傍まで迫りくるアイスワームを見てしまったことで中断される。

 

「てめえは、化け物の餌がお似合いだ」

 

 イグアスは無人ACの肩を離し、蹴っ飛ばしてやる。アイスワームが迫る方向に吹っ飛ばされて、無人ACはそのまま破砕機()の中に呑み込まれていく。金属が金属によって潰されていくけたたましい破壊音が響き渡り、レーダーから敵性反応が一つ消失した。

 無人ACの撃破を確認したイグアスは、そのままクイックブーストでアイスワームから離脱。ギリギリで食われるのを回避する。

 これで一番厄介な奴は殺した。後は三機の無人機と、アイスワームだけ。

 

「野良犬! 無人機どもはこちらで引き受けてやる! 化け物に集中しろ!」

 

「イグアス! でもお前の機体も既にボロボロじゃ――!」

 

「人の心配してる暇があんのか、野良犬! てめえだって同じようなもんじゃねえかよ! さっさと代われ野良犬!」

 

「イグアス……わかった! 無人機は任せるぞ!」

 

 LEAPER4は無人機から離脱し、即座にヘッドブリンガーがLEAPER4と無人機の間に割って入る。

 

「てめえらの相手はこの俺だ、この出来損ないの木っ端人形どもめ」

 

 無人機たちはイグアスを邪魔者と認定し、排除しにかかる。まず一機が斜めに鞭を振るうが、イグアスはそれを腕で弾く。そのまま無人機に急接近。イグアスと交代するまでに621が頑張ったのか、この無人機は装甲がところどころ剥がれていて、内部の機構が剥き出しになっていた。

 

「弱点丸見えじゃねえか! さっさと帰ってママにでも治してもらえばよかったのになあ!」

 

 イグアスは嘲笑いながら装甲の隙間に手を突っ込む。そのまま多分重要そうな部品に手が届いたので、掴んで引っこ抜く。ブチブチという嫌な音が鳴り響く。無数のコードと共に、青く光るジェネレータらしい何かを引きずり出す。そのままコードごと引きちぎってやれば、無人機のカメラアイから光が消えた。まず一機。

 だが、引きちぎっている間の隙だらけなイグアスを見て、何もしない無人機ではない。一機が鞭を発振し、そのまま振るう。鞭はヘッドブリンガーの腕に巻き付いた。このまま動きを阻害して、もう一機に――

 

「態々殺しやすくしてくれるなんてなあ! 助かるぜぇ!」

 

 イグアスは腕に絡まった鞭を逆に利用して、無人機の方を振り回し始めた。AC単体のパワーでは、無人機を振り回すことなど到底不可能である。しかし、イグアスならばその優れた身体操作によって重心を自在に操り、やろうと思えば自身の重量以上のものすら投げ飛ばせる。

 

「そうら! お届け物だあ!」

 

 背負い投げの要領で無人機の片方を投げ飛ばし、もう片方へとぶつける。衝突した二機の無人機は、その一撃で耐久が限界を迎えたようで、そのまま二機とも爆散した。

 

「野良犬! こっちは終わったぞ! そっちはどうだ!?」

 

「ちょうどこっちも終わったさ」

 

 見れば、621はアイスワームの頭部にスタンニードルランチャーをぶち込む瞬間であった。相も変わらぬ正確な射撃で口部を狙撃し、プライマリシールドを引き剥がす。

 

「プライマリシールド消失!」

 

「よくやってくれた、()()()()

 

 ラスティとしては、この困難な状況を見事に乗り越えた()()には尊敬の念しかない。彼らに応えるために、この一発は絶対に外せない。

 

「EMLモジュール全点接続。エネルギータービン全開。出力80……90……緊急弁全閉鎖、リミッター解除……!」

 

「頼むぞ……戦友!」

 

「ケッ、ヴェスパーの伊達男が。外したら承知しねえぞ!」

 

 外せない理由が増えてしまった。だから、今持てる全ての集中力をこの一撃に注ぎ込む。

 

「110……115……レールキャノン最大出力」

 

 621とイグアスは、揃ってその時を待つ。遠方に構えているレールキャノン。それがあるであろう場所が、一際強く輝いている。これだけの出力なら、あの化け物にすら致命的なダメージを与えられるだろう。

 そして、その時は来た。内蔵CPUが鳴らすアラート。二人して、飛び出してきたアイスワームを前に一歩も動かない。

 

「これで決める……!」

 

 瞬間、一筋の光がアイスワームを貫き、そして轟音が爆ぜた。最大出力で放たれたレールキャノンは、セカンダリシールドのみならず、アイスワームの物理装甲すら砕く。砕け散った破片が、真っ白な雪原に飛び散る。

 これだけの威力を食らえば、幾らアイスワームとて無事ではすまない。大きく仰け反った後に、そのまま雪原に倒れこんだ。

 

「目標、コーラルシールド完全消失!」

 

「あとは任せたぞ! 二人とも!」

 

「ああ、任された! 戦友!」

 

「やるじゃねえか、伊達男!」

 

 二機並んでアサルトブーストを起動し、アイスワームの顔面に殴りかかる。621はパイルバンカーで、イグアスは素手で殴りつける。破砕機の歯が剥き出しになった悍ましいその顔面にも、一切恐怖することなく殴打を浴びせていく。

 だが、それでも化け物はまだ倒れない。規格外のサイズ由来の法外な耐久力は、パイルバンカーを喰らわせても、拳や脚の連打を喰らわせても、まだ尽きることはない。

 それどころか、アイスワームはその巨体を震わせ始めていた。この化け物は、これだけの攻撃を喰らってなお立ち上がろうとしているのだ。

 

「!? コーラル反応が増幅しています! 急いで!」

 

「G5! G13! 決めろ! 化け物に引導を渡してやれ!」

 

 レールキャノンは先程の最大出力射撃で破損してしまっている。つまり、ここでとどめを刺さなければ、最早打つ手はないのだ。

 だから621もイグアスも、持てる手札の全てを切る。621はパイルバンカーを、スタンニードルランチャーを、それでも足りないならアサルトアーマーを。イグアスはマニピュレータがボロボロになっても構わずアイスワームを殴り続ける。

 

「クソッ、これじゃあ間に合わない! グレネードさえあれば――!」

 

「泣きごと言ってんじゃねえ! あるもんでどうにかするしかねえだろ!」

 

「誰のせいでグレネード壊されたと思ってんだよ! あれさえあれば俺一人でも破壊できたんだぞ!?」

 

「じゃあ俺がグレネード並みの火力を出せばいいってことだよなあ?」

 

「できんのかよ! そんな丸腰のACで! ……!? おい、イグアス!? お前一体何を――!?」

 

 突然のイグアスの奇行に、621は思わず叫ぶ。それもそのはず、今のイグアスの行動は、自殺志願者ですら真似できない凶行であったからだ。

 ヘッドブリンガーが自ら破砕機のパーツを搔き分け、アイスワームの中へと潜り込んでいく。アイスワームが再起動したら一瞬でミンチにされてしまう危険行為だが、イグアスの心に焦りはない。

 

「化け物も、内側から焼かれれば流石に堪えるだろうさ!」

 

 ヘッドブリンガーからパルスの光が溢れ出す。それは間違いなくアサルトアーマー。「近接型へのカウンター」という、どうしようもなく堅実な理由で搭載されたそれは、今まさにアイスワームを内側から粉砕するという、破天荒極まりない理由で使われようとしていた。

 

「イグアス!?」

 

「死ね! 化け物!」

 

 瞬間、パルスの奔流が炸裂し、アイスワームを内部から焼き尽くす。破砕機が内側から吹き飛び、真っ赤な爆炎が吹き上がる。いくら堅牢なアイスワームといえども、流石にこの一撃には耐えられない。節々から赤い火花を吹き出して、大きくのたうち回る。

 

「おぉわっ!?」

 

「イグアス!」

 

 爆炎と共に吐き出されたヘッドブリンガーを、LEAPER4が受け止めに行く。そのままでは受け止めきれないので、パイルバンカーをパージ。左手を空け、空中でヘッドブリンガーをキャッチする。

 

「やったか……!?」

 

「爆発するぞ! 離れろ!」

 

 ラスティの確認、からのミシガンの警告。ミシガンに言われるまでもなく、621は離脱の準備を完了していた。ヘッドブリンガーを抱えたままアサルトブーストを起動し、急速離脱。

 

「おい! 野良犬! 離しやがれ! 自分の足で逃げられる!」

 

「いや、無理だろ。さっきの自爆で限界だぞ、お前の機体」

 

 腕の中で僅かに身じろぐヘッドブリンガーを無視して、621は真っ直ぐ戦域を離脱する。その背後で、もがき苦しむアイスワームの動きが止まる。ボロボロに破壊された頭部が一際強い光を放ち、雪原を赤く照らす。

 直後、凄まじい大爆発が巻き起こった。その場にいる人間たちの視界を赤一色に染め、その衝撃は降り積もる雪はおろか、逃げるACすら吹き飛ばす。

 

「うおおおぉぉぉ!!?」

 

「耐えろ、イグアス。もうすぐ終わる」

 

 621は、背後から押し寄せる衝撃の波に機体を任せる。コックピットがガタガタと震え、機体が軋むが、それでも転倒だけはしないように最低限の姿勢制御だけして受け流す。そして、着地。衝撃が通り過ぎて行き、漸く落ち着けるようになった。

 背後を振り返ると、もうアイスワームは動かない。赤い光をその機体の各所から溢しながら、横たわっているだけであった。

 

「終わったか……戦友、そっちの方は大丈夫か?」

 

「ああ。ちょうど今、スネイルとチャティが殲滅し終わったようだ。増援も無い。ミッション完了だ」

 

「そうか…………はぁ〜、やっと終わったのかぁ〜。あああぁぁぁ~、本っ当に、つっかれたぁ~!」

 

 621は、かつてないほど身体に重くのしかかる疲労感に、思わず伸びをした。今更だが、強化人間とACは神経的に接続されていて、中の人間の動きが外の機体にも反映される。であるならば、ヘッドブリンガーを抱えた状態で621が伸びをしたらどうなるのか。

 

「おわあっ!!?」

 

「あっ」

 

 答えは簡単。ヘッドブリンガーが落ちるだけだ。苛酷な戦闘で疲労困憊であったイグアスに受け身など取れるはずがなく、ヘッドブリンガーは抱えられた姿勢のまま地面に打ち付けられたのだった。

 

「す、すまん! イグアス! 疲れてたから、つい!」

 

「てめえ……覚えてろよ……!」

 

 恐ろしく低い声で威嚇されるが、その声が足元で大の字に伸びているACから放たれていると考えると、どうしても恐怖よりも滑稽さが勝ってしまう。それを口に出したらイグアスは怒るだろうから、621は一言もそれを言わないが。

 ふとそこで621は、()()()()()()をやっていないことに気付いた。ウォルターから、こういう時は必ず()()すべきと教わっていたのに。それを忘れるとは、猟犬の風上にも置けない。

 

「イグアス」

 

「ああ? なんだよ、野良犬。急に改まりやがって。気持ち悪いんだよ」

 

 一度かしこまって名前を呼んだところ、返ってきたのは悪態だった。少しイラッとしたが、それは()()()()()()()()を無下にしていい理由にはならない。

 

「今回のミッションでは助けられた。あんたが居なかったら、今頃俺は死んでいたと思う。だから、()()()()()

 

「んなっ!?」

 

 621は、誠心誠意感謝の気持ちを込めてその言葉を言った。しかし、返ってきた反応は驚愕。あり得ないものにでも遭遇したかのような声色だった。

 

「何だよ。俺に感謝されるのがそんなに意外だったのかよ」

 

「いや、そりゃっ……てめえみてえな無礼者の野良犬が、なにいっちょ前に礼なんかしてんだよ」

 

「なんだよそれ……つうか、俺は人間だよ。いい加減、野良犬呼ばわりはやめろ」

 

「うるせえ、てめえは野良犬で十分だ」

 

「じゃあお前は飼い犬だな」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

「受けて立とう」

 

 お互い笑顔で毒を吐く。621にとっては初めての、イグアスにとっては()()()()()()()感覚。それを二人で噛み締める。

 

「……おい、野良犬」

 

「なんだよ、飼い犬。急に改まりやがって。気持ち悪いぞ?」

 

「てめえやっぱりぶっ殺す!」

 

 さっき自分がやったのと同じ煽りを返されて、イグアスはキレる。だが、一度気持ちを落ち着ける。「無礼者の野良犬」ですら()()をしたというのだ。ならば、自分もやらねば男が廃るというもの。

 

「野良犬……お、お前のお蔭で……」

 

「ん~?」

 

 イグアスの声が加速度的に小さくなっていく。それに対する621の反応には、明らかに生暖かい色が含まれていた。

 

「お前、が……いなけりゃ……」

 

 声は小さく、言葉は途切れ途切れ。それでも、確かに言葉を紡ごうとする。恥を忍んで、精一杯その言葉を喉の奥から押し出そうとする。

 だが――

 

「だぁぁぁあああ!!! もうめんどくせえ!!!」

 

――こういうところでは、やはりまだ「臆病者」であった。

 

「いいか!? 野良犬!! 今回の戦いで俺は一回お前を助けて、二回お前に助けられた!! つまり差し引きで借り一つってことだ!!」

 

「ふ〜ん、そうかい。それで?」

 

「この借りはいつか絶対返してやる!! 絶対だ!! それまで……絶対に死ぬんじゃねえぞ!!! 野良犬ぅ!!!」

 

 それが今のイグアスにできる精一杯の感謝の言葉であった。その感謝の気持ちが621に届いたかどうかは、コックピットでニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべる621を見れば一目瞭然だろう。

 

「借りを返したら、その時が決着の時だ! てめえは絶対俺が殺してやる! 完膚なきまでにぶっ殺してやるからな! それまでの短い余生を、せいぜい死なずに生きていやがれ!」

 

「ありがとよ。だが、勝つのは俺だ。俺の寿命を尽きさせるのは、間違ってもお前じゃない」

 

 通信越しに二人の男が睨み合う。ウォルターの猟犬と、レッドガンの首輪付き。お互いにどこか似通っていながら、しかし決定的に相容れない二人は、だからこそ反目し合いながらもお互いを認め合う。

 次に会う時はきっと敵同士。二人ともそれをわかっていながら、しかし今はこの心地良い罵り合いに花を咲かせるのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「G5! 戻ったか!」

 

「ミシガン……」

 

「総長と呼べと言っているだろう!」

 

 ミッションが終わり、イグアスはレッドガンの拠点へと帰ってきた。そして、拠点の入り口を跨いだら早々にミシガンが待ち受けていた。

 普段のイグアスだったら間違いなく不機嫌になるシチュエーションだが、今回ばかりは不思議と苛つきよりも嬉しさが込み上げてくる。

 

「任務ご苦労だった! 反省点は山程あるが、それは明日だ! 今日はもう休め!」

 

「あ、ああ……」

 

「上官への返事は『はい』だ! 馬鹿者!」

 

 普段だったらミシガンの一挙手一投足に反発するイグアスだが、今日だけは素直だった。それは、反発するだけの体力が残っていないからなのか、それとも()()()()()()()()なのか。

 とにかく、イグアスはミシガンに言われた通り休むため、自室に向かう。ミシガンの横を通り抜けて、宿舎へと向かおうとしたその時だった。

 

「待て、イグアス」

 

「は? なんだよ、休めと言ったり待てと言ったり……」

 

 イグアスは悪態をつきながらミシガンの方へと振り返る。すると、イグアスは突然ミシガンに抱き締められた。

 

「はぁ!? おい、ジジイ! てめえ何を──!」

 

「イグアス」

 

 暴れるイグアスであったが、ミシガンに名前を呼ばれて動きを止めた。いつもと明らかに違う声のトーン。イグアスはそれを訝しむ。

 

「良くぞ……良くぞ戻ってきてくれた!!」

 

「……」

 

 ミシガンの声に、嗚咽が混じる。ミシガンは、()()()()()。初めて見るミシガンの姿に、イグアスは呆然として立ち尽くす。

 

「すまなかった……! お前の苦しみに気付いてやれなくて!」

 

「そんなこと……」

 

 ミシガンは、昨日になるまでイグアスの拗れた劣等感に気付けなかった。そんな不甲斐ない自分を恥じて、贖罪の涙を流す。

 

「よくあれだけの勇気を出した! 本当にお前は頑張ったなあ……!」

 

「ちが……俺は……」

 

 今まで堅実な戦い方を捨てられなかった男が、文字通り何もかもを捨て去って殻を破った。そこにどれほどの勇気が必要かなんて、想像することすら烏滸がましい。

 

「お前は……お前は! 俺たちレッドガンの、誇りだ!」

 

「……」

 

 レッドガンの誇り。そう言われてイグアスは、悪い気はしなかった。今までレッドガンにいたのは飽くまで成り行きで、ミシガンを一発ぶん殴ったら直ぐにでもこんな場所は抜け出してやろうと思っていたのに。想像以上にレッドガンに染まっている自分に、イグアスは気付かされた。

 

「ミシガン……いや、()()

 

「っ!」

 

 イグアスの方からも、ミシガンを抱き返す。胴に腕を回し、力を籠める。

 いつもは無敵の強さを誇っているようにさえ思えるミシガンの肉体が、今だけは老人の細い身体に感じられた。

 

「総長……俺は……」

 

 抱き合ったまま言葉を探す。普段だったら絶対に言えない感謝の言葉。しかし、今だけはそれを言いたかった。言わねばならなかった。

 

「俺は……俺は……!」

 

 しかし、プライドが邪魔をしてどうしても言葉が出てこない。

 何故だ。こんなこと、化け物の相手をするのに比べたらずっと少ない勇気でできるはずなのに。

 もう()()()()()()()()()()()は二度とないかもしれないのに。

 

「総長……!」

 

「イグアス……」

 

 そしてイグアスは──

 

 

 

 

「死ね!!!」

 

 

 

 

 

──抱き合った体勢のまま、フロント・スープレックスを繰り出した。

 

「! 甘いぞ! イグアス!」

 

 しかし、そこはレッドガン総長。即座に迫る地面に対して手のひらを付け、衝撃を抑える。そのまま両足でイグアスの首を挟み込み、しっかり固定。

 

「貴様がこの俺に一撃を入れようなど、百年早いわ!」

 

「なっ、うおおぉぉ!?」

 

 ミシガンによるヘッドシザーズ・ホイップが炸裂。ミシガンが身体を捻る勢いによって、イグアスは投げ飛ばされる。

 

「勘違いをするな! お前はまだまだスタートラインに着いたに過ぎん! 俺やG13に勝ちたかったら、精進しろ!」

 

 床に伸びるイグアスは、その体勢のままミシガンを睨み付ける。

 

「上等だ! やってやろうじゃねえか! クソジジイ!」

 

 ……イグアスが素直に感謝の気持ちを表せるようになるのは、まだまだずっと先のことなのかもしれない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 アーキバスの拠点の、ヴェスパー部隊員に与えられた個室にて。ラスティは今回の戦闘のログを確認していた。

 今見ているのはイグアスのログ。そこに映るAC。所属不明の無人機という話であったが、ラスティにとって何よりも重要なのはそいつの()()であった。

 

「間違いない……これは、エルカノで開発中のやつと同じものだ」

 

 ミドル・フラットウェルの裏工作により果たされた、ファーロンからエルカノへの極秘の技術供与。その技術を使って、()()()()()のパーツこそが、EL-PW-01 TRUENO、通称“ニードルミサイル”であった。

 当然ながら、ニードルミサイルは「現在開発中」のパーツであり、まだこの世に()()()()()()()()()()はずのパーツである。しかし、あの無人ACは確かにそれを装備していた。

 

「情報が漏洩した? いや、あり得ない。そうだったなら、私は今頃ヴェスパーにいられない」

 

 であるならば、一体どういうトリックでニードルミサイルを手に入れたのか? 必死に考えるも、全くわからない。

 

「あの連中……調べる必要があるな……」

 

 幸い今の自分には、「奴らに襲撃された」という名目がある。アーキバスの情報部に、気兼ねなく調査を依頼することができるだろう。

 

「あれだけの戦力を送り込める組織力といい、未完成であるはずのパーツを持っていることといい……本当に、何者なんだ……」

 

 アイスワームが取り除かれ、集積コーラルへの王手がかかったこの局面で。水面下に潜っていたはずのその存在たちは、徐々に表にも悪意を撒き散らし始めていた。




イグアス
 今日の主役。多分肉弾戦に限定すれば最強まであると思う。仇敵や化け物に立ち向かう勇気は持てても、他人に感謝する勇気は持てないシャイボーイ。でもそんなところも可愛いよイグアス。

621
 最高のタイミングで横槍をぶち込むという、助演男優賞ものの活躍をしてくれた男。今回の一件で「悪友」という概念を理解しました。

ラスティ
 「イグアスって大体みんなにあだ名を付けてて、名前でちゃんと呼ぶこと殆どないよな……じゃあ、ラスティのあだ名何にしよう?」→伊達男。異論はないですね? 皆さん。

ウォルター
 飼い犬には必ず「助けられたら必ず礼を言え」と教え込んでいたタイプの飼い主。やっぱりパパなのでは?

ミシガン
 我らが総長も、今回ばかりは一人の老人としての感情を表に出しました。でも、フロント・スープレックスにヘッドシザーズ・ホイップを返せる老人って、一体何なの?

アイスワーム
 耐久力が原作よりもだいぶ強化されてる気がしますが、多分気のせいです。

無人AC
 アイスワームの餌になりました。前話で出てきた「左肩の武装」はまさかのニードルミサイル。一体どうやって入手したのやら……

 ということでアイスワーム撃破。まさか18000字も書くことになるとは思わなんだ。やっぱりイグアス君は主人公。はっきりわかんだね。
 次回からはついにChapter4ですね。ここまででもだいぶ原作から乖離していましたが、本格的に乖離するのはここからになると思います。では、次回もお楽しみに!







































































「今回も失敗しましたか。まあ、いいでしょう。チャンスは幾らでもあります」

「おや? どうしたのです―――、何か聞きたいようですが」

「……またそれですか? 何度も申し上げたはずです」

「あなたでは()()()()()()()()()から、聞く必要はないと」

「とにかく、強化人間C4-621 レイヴンの殺害は()()()()()

「彼は絶対に()()してください」

「捕縛と奪取……それさえ為せれば、コーラルリリースはもう目の前となるのです」
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