四度目の鴉   作:Astley

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 遅くなって本当に申し訳ない! 急に寒くなったせいで体調を崩してました! 皆さんもお気をつけて!


Chapter 4
26:友情


 スプーンを持ち、皿によそわれた()()を掬う。ピカピカの白米と、それにかかっている茶色のソース。鼻孔を刺激するスパイシーな匂いに、思わず涎が垂れそうになる。

 スプーンを口に運び、()()を含む。米の甘さと、ソースの辛さが絶妙なハーモニーを奏でる。

 なるほど。中流階級以上の家庭の子供たちは、しばしば()()を一番の好物に挙げるというが、それも納得がいく。

 三度目までの自分は、こうした行為がどれほど大事で大切なのか気付いていなかったというのだから、本当に救いようがない。

 

「621、辛さは大丈夫か?」

 

「うん!! 目っ茶苦茶、美味しい!!」

 

「そうか。なら、よかった」

 

 アイスワームの撃破と、その裏で行われていたアーキバスによる艦隊の奪取。これらにより戦力の過半を喪失した封鎖機構は、ルビコンからの退去を余儀無くされた。

 結果、ルビコンを覆っていた封鎖のベールは跡形もなく剥ぎ取られ、星外との物流は大幅に増加。それは、ルビコン市場における輸入食品の流通の大幅な増加という恩恵を齎した。

 今までは希少過ぎて頻繁には手が出せなかった白米やスパイスも、今の時勢であればずっと楽に手に入る。だから、ウォルターは早速621のためにそれらを取り寄せ、そして()()を振る舞ったのだった。

 

「これが、カレーライス……レイヴンの表情が、嘗てないほど幸せそうです」

 

「ああ。子供はみんなコイツが好きなんだ。俺も子供の頃は、母さんによく作ってもらっていた」

 

「ウォルターも好きだったのですか……ウォルター、後で作り方を聞かせてもらっても?」

 

「勿論だ、エア」

 

 満面の笑顔の621と、しみじみと寂しそうに、しかしどこか懐かしそうにするウォルターを見て、エアは何かを決意した。

 ただでさえお世話になっている身なのだ。恩返しの手段は多ければ多いほどいいのだ。

 

「しかし、久しぶりに食べると旨いな。スパイスから拘って作った甲斐があった」

 

 ウォルターは、一口一口味わって食べる。ルビコン入りして以来、初めてのカレーライスなのだ。今後ウォッチポイント・アルファの調査に出向くことになれば、地下空間ゆえこうした食事を取ることは難しくなる。だから、今のうちにしっかりとその味を噛み締める。

 そして、ウォルターの対面では、621が凄まじい勢いでカレーライスを掻き込んでいた。口の周りやテーブルにカレーが付いていて、はしたない。

 ウォルターは一瞬注意しようかと考える。しかし、一度ウォッチポイントの調査が始まれば、当分はこんな贅沢はできなくなるのだ。

 だから、今だけは何も心置きもなく食事を楽しんで欲しかった。なので、今言うべき言葉は注意ではなく──

 

「621、おかわりはいるか?」

 

 621は、ハムスターのように頬を膨らませたまま勢いよく首を縦に振った。

 

「そうか。今取ってくる。待っていろ」

 

 テーブルを立ち、キッチンへ向かう。今日はできる限り621に幸せになってもらおう。だって、きっと自分が621に料理を振る舞えるのは、()()()()()だから。

 

(621は、きっと人とコーラルの共生を成し遂げる。それがどんな形で実現されたとしても、もともとコーラルを焼き払おうとしていた俺に居場所なんか無い)

 

 恐らく、ウォッチポイント・アルファの最深部に集積コーラルはある。それをどうするにせよ、自分のような異物は621とエアの邪魔にしかなるまい。

 オーバーシアーの一員であるということ。コーラルを焼き払うことに全身全霊を賭けてきたこと。そこに付随する種々の因縁は、きっと人とコーラルの共生を妨げる障害となる。

 恐らく集積コーラルに到達する前後で、自分は二人の前から消えなければならないだろう。だから、せめて、今だけは。ウォッチポイント・アルファの調査が始まるまでのこの短い間だけは。二人の未来のためになることをしよう。そんな決意を、ウォルターは胸のうちに秘めていたのだった。

 

(……俺が消えるまでに、621にマナーも叩き込まなければならないな……)

 

 悲惨な有り様の621のテーブル周りを見て、そんな決意も抱くのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「621、仕事だ。これより巨大地下施設、『ウォッチポイント・アルファ』の調査を開始する。アーキバスからは先行調査の依頼を取り付けておいた。連中は変わらず独立傭兵を露払いに使う方針らしい」

 

 モニターの前に座る621とエアの前で、ウォルターはブリーフィングを始めた。いよいよ集積コーラルを巡る戦いの、最後の一幕が始まったのだ。

 

「ベイラムは先んじてレッドガン数名とMT部隊を突入させている。動きに焦りが見られるのは、アーキバスの戦力増強に対抗する意図からだろう」

 

 モニターに映し出されたのは整列した多数のMTと、三機のAC。G3 五花海のAC、鯉龍(リーロン)。G5 イグアスのAC、ヘッドブリンガー。そしてG6 レッドのAC、ハーミットだ。

 四度目でも変わらぬ突入メンバーに、最早安心感すら覚える。

 

「まずは深度1。この縦穴区画を、お前には降下してもらう」

 

 半透明の3Dモデルで表示されたのは、長く深い筒状構造物。これこそがウォッチポイント・アルファの入り口。通称「深度1」だ。

 三度目のまでの同ミッションを思い出して、621は懐かしい気分になる。まさか四度もここに足を運ぶことになるとは。ノスタルジックな思いに浸ってしまうのも無理はない。

 初めてこのミッションに挑んだ時は、大苦戦させられたものだった。封鎖機構が残していった防衛兵器に、長い縦穴という初めての戦場。そして何よりも、超火力を誇る防衛砲台、“ネペンテス”。寿命が縮む思いをさせられたのも、今ではいい思い出だ。

 そして二度目以降では、パルススクトゥムを構えて壁に機体を擦り付けるだけの簡単なミッションと化したこともまた、いい思い出だ。それに気付いてからは、あまりの簡単さに拍子抜けしたものだ。そして今回も、きっと同じように簡単に達成できるだろう。621は、そんな風に気楽に考えていた。

 

「先行したベイラムの部隊の一部がこの区画に残り、防衛戦を張っている。後から来るものを迎撃する構えのようだ」

 

「えっ」

 

 記憶と違う。621の記憶では、ベイラムの部隊は無策でここに突入し、半数をネペンテスに消し飛ばされたのではなかったのか。

 

「迎撃部隊の指揮を取るのはG3 五花海だ。彼は深度1の最下層に陣取り、防衛網全体を操っている」

 

「えっ、えっ」

 

 記憶との大きすぎる差異に、思わず声が漏れる。五花海だと? レッドガンの裏切者が、どうして防衛戦の指揮官を? 疑問は尽きない。

 

「アーキバスからは、彼の排除を依頼されている。防衛網を潜り抜け、最下層でACと戦う。厳しい戦いになるだろう」

 

「いや、ちょっ」

 

「どうした、621」

 

「レイヴン? 何かあったのですか?」

 

 あまりにも挙動不審が過ぎたのか、ウォルターとエアに心配されてしまう621。どうにか言い繕おうとするが、何も思いつかない。なので、思ったことを全部素直にぶちまけた。

 

「いや、今までのベイラムの傾向から考えたらさ、無策で部隊を突っ込ませて防衛兵器に半壊させられるとか、それぐらいやりそうなのになって思って」

 

「いやに具体的な予想だな……だが、お前の分析も概ね合っている」

 

 621は一瞬「()()」が具体的過ぎて怪しまれはしないかと不安になったが、存外ウォルターはそれを「621の分析」として納得しているようだ。人とコーラルの共生のために勉強も頑張っていたことが、こんな形で功を奏するとは。

 

「お前の予想通り、ベイラムは部隊を無策で突っ込ませた。その結果、部隊の一割が防衛設備に消し飛ばされた」

 

 モニターに映されるのは、花のような姿をしたその砲台。それこそが、“ネペンテス”であった。やはり四度目でもそいつはベイラムに牙を剥いたようで、どうやって手に入れたのか、ネペンテスに消し飛ばされるMTの写真が表示される。

 

「だが、一割が壊滅した時点でイグアスが痺れを切らしたらしい。上層部の指示を無視して単独で突入し、一人でネペンテスを破壊したようだ」

 

「ええ……」

 

 アイスワーム戦で吹っ切れたことが、こんな結果を齎すとは。表示されるのは、またまたどうやって手に入れたのかわからない写真。そこには、ネペンテスの残骸の前に立つヘッドブリンガーが写っている。621は、本当に三度目までとは大きく違う歩みを進めているのだと自覚させられた。

 

「これに対し、ベイラムの上層部はイグアスに謹慎処分を言い渡した」

 

「……はぁ~、ベイラムはさあ……」

 

「……何故あの企業は、いつもこういう判断しか下せないのでしょうか……」

 

 ウォルターから告げられたイグアスの現状に、二人して呆れ果てる。部隊半壊を防いだ英雄に対する扱いがそれか。

 イグアスの奮闘がなかった場合どういう結果を迎えるのか知っている621としては、最早ベイラム上層部に対して殺意すら湧いてくる。

 

「621、エア。覚えておけ。人の組織は常に感情に左右される。時にこういう不合理な判断が罷り通ってしまうことすらある。これはその好例と言えるだろう」

 

「だからって……ここまで愚かになれるなんて……」

 

「これは序の口だ。エア、今後も人と関わっていくと言うのなら、これくらいは想定しておけ」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 身近な人間二人が色々な意味で滅茶苦茶有能なエアにとって、無能な人間たちの営みは相当新鮮に映ったらしい。その声色には、困惑と不快感が多分に含まれていた。

 

「イグアスの奴も報われないな。せっかくこれだけの活躍をしたってのに、その結果が謹慎処分だなんて……」

 

 621も、不快感を露わにする。傭兵としては、敵の無能は喜ぶべきなのだろう。しかし、個人としての感情が、イグアスの不当な扱いに憤っていた。

 

「そうだな。だが、前線の部隊も馬鹿ではない。上層部の思惑に反して、存外彼らは上手くやっているようだ」

 

 ウォルターはモニターを操作する。表示されたのは、処分報告書や仮設懲罰房の映像記録。つまりは、イグアスの謹慎の様子を示すもの。イグアスが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを示す証拠の数々だ。

 

「621、エア。これらの記録にはおかしな点がある。わかるか?」

 

「おかしな点……?」

 

「それは一体……?」

 

 突然の質問に、621とエアが揃って考える。621は目を細めてじっとモニターを見つめ、エアは顎に手を当てて首をかしげる。

 

「わかった!」

「わかりました!」

 

 二人揃って手のひらをポンと叩く。見事にシンクロした二人の動きは、ウォルターの心を和ませる。ブリーフィング中だというのに、ウォルターは笑みを零した。

 

「二人とも気付いたようだな。その通りだ。このデータは改竄されている」

 

「やっぱり!」

 

「そうだと思いました」

 

 気を取り直してウォルターは、発見したその事実を二人に告げる。それに対して二人が返した反応は、納得。やはりこの二人はどこまでも有能だ。ウォルターとしても鼻が高い。

 ウォルターは、映像記録を拡大して表示する。

 

「この影を見ろ。わかりにくいが、この光の当たり方なら、こういう影ができることはない。不自然だ。これは、この映像がフェイクであることを表している」

 

「「えっ」」

 

 二人が返した反応は、困惑。てっきりそこから気付いてくれたものだとばかり。予想外の展開に、一瞬気まずい空気が流れる。

 

「……お前たちも、ここからデータの改竄に気付いたんじゃないのか?」

 

「いや、そんな細かいとこに気付けるのはウォルターだけだって……」

 

「なるほど、影の形に注目するのですね……勉強になります」

 

 二人がこうしたフェイクを見破れるまでに成長したのだと思い込んでしまっていたウォルターは、気まずさから天を仰ぐ。

 

「……二人とも、どこからこれが改竄されてると気付いたんだ?」

 

「いや、だって……イグアスの奴がこんな大人しく謹慎を受け容れるわけがないし……」

 

「私はデータの暗号化方式からです。ただ記録しただけの映像では、この方式の暗号化が使われることはありません。少なくとも一度は別のアプリを経由しているでしょう」

 

「……そうか」

 

 二人が自分とは全く違った着眼点から改竄に気付いたと知り、ウォルターはなんだか複雑な気持ちになる。二人とも、もう自分がいなくてもある程度は情報戦に耐えうるようになってくれたと思ったのに。エアはともかく、621に関してはぬか喜びもいいところだ。

 

「まあ、とにかくだ。この記録が改竄されたものであるということは、一つの事実を示している」

 

「それって……イグアスは謹慎してないってこと?」

 

「恐らくそうだ。上層部には捏造した嘘の記録を渡して、実際のイグアスは自由の身である可能性が高い」

 

「そっかぁ……よかったぁ」

 

 思わず621は安堵した。アイスワーム戦での共闘を経て、621はなんだかんだ彼に友情のようなものを感じていた。

 だから、彼の無事を知って素直に喜んでしまう。自分たちの目的を考えれば、イグアスとの敵対は避けられないというのに。

 621とて馬鹿ではない。だから、すぐにそのことに気付く。

 

「いや、よくないわ。イグアスは敵だ……傭兵なら、敵が自由になってることを喜んじゃ駄目だ」

 

 飽くまでも自分は傭兵であり、ウォルターの猟犬なのだ。喜ぶべきは自分たちの利益。イグアスが謹慎処分されず、自由になっているということは、こちらの陣営が不利になったことを意味するのだ。敵の優位を喜ぶ傭兵が、どこにいるというのだ。

 だが、ウォルターにとって、イグアスの自由を喜ぶ621の姿は喜ばしいものに映った。

 

「621、肩を並べた人間に好感を抱き、その幸せを願うのはごく普通のことだ。だから、その感情は大事にしろ」

 

「ウォルター……でも、集積コーラルを目指すのなら、あいつと殺し合うのは避けられない。なのに幸せを願うなんて――」

 

「それでもだ。確かに、いざ殺し合う段階になったら、そんな感情は不要だ。邪魔にしかならない。だが、その時まではそういう感情は大事にしておけ。お前の人生は、きっと戦うだけには留まらない。そうなったときに、きっとその感情は役に立つ」

 

「ウォルター……」

 

 ウォルターは何となく予感していた。621の人生は、ただ戦うだけの傭兵で終わりはしないと。そうして戦い以外の困難に直面したとき、きっと621の人間性は事態を切り拓くのに役立ってくれるだろう。

 だから、傭兵には不要なその感情を肯定する。それこそが必要なものだとして。最も、ウォルターならそんな予感がなくともそれを肯定していただろうが。

 

「例えお互いがどんな立場にあろうとも、“友人”は大切にしていいんだ。それが人間というものだ」

 

「! そうか……わかったよ。ありがとう、ウォルター」

 

 ウォルターが肯定してくれたのなら、きっとこの感情は持っていてもよいものなのだろう。そう信じて、621はイグアスの無事を願う。

 謹慎処分をやり過ごしたとしても、本来の仕事であるウォッチポイント・アルファの探査は危険だらけだ。いつ命を落としてもおかしくはない。

 だから祈る。せめて、直接対峙するその時までは。きっと、無事に生きてくれと。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 惑星封鎖機構の敗走は、ルビコン全土に様々な影響を齎した。企業勢力は集積コーラルを確実に手に入れるために、ベリウス地方に残していた戦力の大半を中央氷原へと移動。これによりベリウス地方では企業の影響力が弱体化し、解放戦線の活動が活発化し始めている。

 三度目まででは、解放戦線のこうした動きは、悲しいことに企業の残存戦力だけで十分に対処されてしまっていた。しかし、四度目では違う。「壁」もストライダーも健在な四度目の解放戦線は、ベリウス地方の残存戦力を追い出せるかもしれないくらいには強力だ。実際、既に追い出し始めていたりもする。

 だから、通常なら企業の妨害に遭っていただろう作戦も、問題なく遂行できる。例えば、R()a()D()()()()()()()()()()とか。

 

「お、俺のマッドスタンプがあーっ!?」

 

「や、やったぞ! いくら私でも、ドーザーなんかには負けんよ!」

 

「「……」」

 

 関係構築の一環として行われた目の前の模擬戦を見て、カーラとドルマヤンは揃って閉口する。あまりにも低レベルな戦いであった。アリーナランク下から一位と二位の対決。戦闘中に頻発する謎の停止や誤操作。MT同士の方が、まだ見ごたえのある戦闘を見せてくれるだろう。

 背後で行われているチャティとツィイーの高度な機動戦も相俟って、その戦いはあまりにも悲惨に映った。

 

「……おい、ドルマヤン。本当にあんな奴らを実戦レベルにまで育て上げられると思ってんのか?」

 

「……私とお前の二人がかりなら、ワンチャン何とか……」

 

「いや、無理だろ。ラミーはアタシがあれだけ見てやってこのザマだ。せいぜい番犬程度が関の山さ」

 

 カーラとて、ラミーの悲惨な腕前を放置していたわけではない。番犬以外の仕事も任せられるようになったら便利と考えて、何度か彼の腕前を磨こうとしたことがある。だが、その結果がどうであったかは、今の彼の腕前を見ればわかるだろう。

 だから、カーラからすれば、ラミーを一人前にするなどというのは遠い夢でしかない。

 だが、ドルマヤンにとってはそうではなかった。

 

「カーラ。確かにラミーは腕が悪い。才能もまあ、はっきり言ってないだろう。だが、それ以上にアセンブルが合っていない」

 

「なんだって?」

 

 明け透けな物言いに、思わずカーラが聞き返す。カーラとてAC乗り。専門家には負けるだろうが、それでもアセンブルにはそれなりの自信がある。

 だが、歴戦の勇士たるドルマヤンからすれば、まだまだ児戯であった。

 

「お前は知らんようだがな、近接武器の威力は腕部に依存する。あの腕部……WRECKERと言ったか? 見たところあれは、伝達速度を犠牲に反動制御を強化した腕部と見える」

 

「! 見ただけでそこまでわかるとはね……」

 

 カーラは素直に感服する。詳細なカタログスペックを見ることなく、目視だけでパーツの特性を当ててみせた。

 アイビスの火以前からACに乗り続けてきたドルマヤンにとって、ACは自分の身体そのものですらあった。故に、621ですら不可能な、このような職人芸もできるのである。

 

「恐らくチェーンソーの反動を抑えるためにあのパーツを選んだのだろうが……残念ながら、近接武器の威力に直結するのは伝達速度の方だ。あれではチェーンソーのポテンシャルを、一割も引き出せていないだろうな」

 

「一割だと? それは本当なのか?」

 

 カーラはムッとする。自分のところで設計したパーツの使い方について、外様から批評されたのだ。面白いはずがない。

 だが、それでもカーラはドルマヤンの言葉に耳を傾ける。何せ、彼女は先程ドルマヤンと模擬戦を行い、そして敗北していたからだ。ACの扱いについては、間違いなく向こうの方が上手なのだ。

 

「そうだな……一度、二人の武装はそのまま、フレームだけを交換してみろ。それではっきりする」

 

「それだけで変わるもんかねえ……」

 

 カーラは顎に手を当てながら、マッドスタンプとバーンピカクスの方に目を向ける。

 そこでは、ちょうどダナムがなかなかACから降りてこないラミーを心配して、マッドスタンプに駆け寄っているところだった。

 

「君、大丈夫か? もう模擬戦は終わっているんだ。早く降りて、一度休憩を──」

 

 ダナムが言い終わる前に、マッドスタンプのコアが開く。ふらつきながらコックピットから降りてきた大男は、()()()()()()()

 

「うおっ!? …………ど、どうした!? 一体何が──!?」

 

「ダぁナムぅ!!!」

 

 ボサボサで不潔な大男の号泣というトラウマものの光景を至近距離で見せられたダナムは、一瞬頭が真っ白になってしまった。

 そして、それ故にラミーの()()()()への対処が遅れてしまった。

 

「てめえのせいで、俺は無敵じゃなくなっちまった! 俺は“インビンシブル”ラミーなのによぉ!? なんてことをしてくれたんだ!」

 

「ぐおおおっ!!? ら、ラミー……ぐ、ぐるじい……やめでぐれ……」

 

 なんとラミーは、その巨体でダナムを抱き締めたのだった。ダナムは生身では結構強い方であったが、ラミーほどの大男に絞められては、抵抗することすら叶わない。

 

「か、カーラ! ラミーの様子がおかしい! ダナムが危ない!」

 

「いや、大丈夫さ。あれは危害を加えようとしてるわけじゃない」

 

 仲間の危機に取り乱すドルマヤンとは裏腹に、カーラは酷く落ち着いていた。というのも、ラミーの真意がわかっていたからだ。

 ラミーは一度抱き締めるのをやめ、ダナムの両肩を掴む。ダナムを自分の正面に立たせ、彼と目を合わせる。

 絞殺されかけた上にドーザー特有の()()()()()()瞳に見つめられ、ダナムは殆ど泣きそうであった。

 

「てめえ、本当に(つえ)えんだなあ! 俺感動しちまったよ! 俺さあ、ボスやチャティ以外の誰かに負けるのは、これが初めてなんだよ!」

 

「あ、ああ……」

 

 明らかに怯えているダナムを他所に、ラミーは一方的に捲し立てる。その様子は酷く上機嫌にも見えた。

 

「今日からてめえは俺の戦友(ライバル)だ! よろしくな! ダナム!」

 

「え、あ、はい」

 

 恐怖に思考を歪められたダナムに、この一方的なライバル宣言を拒否するという選択肢はなかった。眼に涙を溜めたまま、力なく首を縦に振ることしかできない。

 

「な? 言っただろう? アイツ、自分を負かした奴には素直だからさ」

 

「……あれを素直で片付けていいのか?」

 

 オッサン二人が抱き合い、泣き合い、友情を育むという感動的な(地獄のような)光景を見せられたドルマヤンとしては、素直という言葉の意味を疑わざるを得なかった。

 

「まあ、アイツはキマりすぎてて記憶が一日しか持たないからな。それまでの辛抱さ」

 

「……逆を言えば、アレに勝ってしまったら一日ああいう風にされるということなのか? ……奴とだけは、絶対に模擬戦はせんようにしよう」

 

「それがいい。あんたみたいな華奢な老人じゃあ、そのまま絞め殺されちまうよ」

 

 あのドルマヤンが、ランク最下位に恐れおののいている。その光景があまりにも()()()ものだったのか、カーラはいつまでもケラケラと笑っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 地面に埋め込まれた巨大な円形の扉の前に、漆黒のACが降り立つ。これから展開されるのは、今までの周回には存在しなかった対多数戦。必然不安や緊張も大きくなる。だから直前でもう一度アセンを確認。

 

R-ARM UNIT:MA-J-200 RANSETSU-RF(バーストライフル)

L-ARM UNIT:MA-J-200 RANSETSU-RF(バーストライフル)

R-BACK UNIT:BML-G2/P05MLT-10(10連ミサイル)

L-BACK UNIT:SONGBIRDS(連装グレネードキャノン)

 

HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE

CORE:CC-2000 ORBITER

ARMS:NACHTREIHER/46E

LEGS:VP-422

 

BOOSTER:ALULA/21E

FCS:FCS-G2/P10SLT

GENERATOR:DF-GN-06 MING-TANG

 

EXPANSION:ASSAULT ARMOR

 

 今回のアセンブルは軽量寄り中量二脚と言ったところか。621曰く、対多数戦と聞いて装甲を厚くした重量機を持ち出す奴は素人らしい。どれだけ分厚い装甲も、囲まれれば無意味。故に火力を維持したまま機動力を上げる。

 軽量化のために反動制御に乏しい腕部を採用したので、手持ちの武装は低反動なバーストライフル二挺。それ以外はほぼほぼいつも通り。そんなアセンブルであった。

 

「621、エア。準備はいいか?」

 

「もちろん」

 

「大丈夫です」

 

 巨大な扉が、ゆっくりとその口を開けていく。姿を現すのは、底も見えぬ深い縦穴。

 

「生きて帰る保証もない、深い探査となるだろう。だが――」

 

 621は縦穴へと飛び込む。最上部に停止している大型リフトの上に降り立ち、最後の覚悟を決める。レーダーを見れば、三度目まででは存在しなかったはずの大量の赤い光点。最早今までの知識は役には立つまい。

 

「――やり遂げられるとすれば、お前たちだけだ。コーラルに、辿り着いて見せろ」

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

 四度目であり、同時に初めてでもある“地中探査-深度1”が、その幕を開けようとしていた。

 そして同時刻。その縦穴の底にて。一機のACが、部下からの、そして()()からの通信を聞いていた。

 

『五花海隊長! 敵性反応です! 独立傭兵レイヴンが現れました!』

 

「いよいよですか……聞いていましたね? 皆さん。全機、配置についてください」

 

『『『『『了解!』』』』』

 

 MT乗りたちの敬礼が響く。寸分違わぬタイミングで繰り出されたそれは、彼らの連携が極まっていることを示していた。それを聞いた()()()()()()()()()()()()()()は、彼に話しかける。

 

『おい、五花海。てめえは本当にあの野良犬に勝てるっていうのかよ?』

 

「勿論ですよ、イグアス君。そのための()()ですから」

 

『あいつはそんな小手先の策なんかが通じる相手じゃねえ。悪いことは言わねえから、さっさと拠点まで戻ってこい。そこで俺が迎え撃ってやる』

 

 イグアスの言い草はぶっきらぼうだが、そこには確かに戦友への心配と悪友への信頼が含まれていた。だからこそ、五花海はそれらの感情を受け止めた上で、自信を持って断言してやるのだ。

 

「いえいえ、イグアス君。あなたはやはり深度2の探査に専念してくださいな。背中から撃たれるような事態は、このG3 五花海が防いで見せましょう」

 

『……そんな「作戦」なんかで本当にあいつを倒せんのかよ? 総長から「直接対決だけは絶対に避けろ」って有難いお達しがあったばかりじゃねえか』

 

「おやおや、心配してくれるとは。やはり、イグアス君は優しいですねえ」

 

『茶化してんじゃねえ!』

 

 戦闘直前とは思えぬ緩いやり取りが通信に流れる。だが、それこそが()()()()()()()()()が戻ってきた証だ。会話を聞かせられていたMT乗りたちは確信する。自分たちの勝利を。

 あの「壁越え」以来消えてしまっていた、ベイラム最強の部隊、無敵のレッドガン。それが遂に帰ってきたのだ。負けるはずがない。

 

「イグアス君。あなたが心配すべきなのは、私の死ではありません。レイヴンが生きているうちに、彼に借りを返せなくなることではないのですか?」

 

『チッ……まあ、ここは戦場だ。俺も腹は括ってる。もしそうなったら、あいつの墓に酒でもぶっかけてやるさ』

 

「彼が死人になっても借りを返すとは、律儀ですねぇ」

 

『……そうなってくれることを祈ってやるよ、五花海。だから全力であいつをぶっ殺してやれ』

 

 悪友と戦友を天秤にかけ、今は戦友を選ぶ。彼が無事に生き延びられるように、レイヴンとは自分の手で決着を付けたいという感情にも蓋をして。

 その思いを受け取った五花海は、覚悟を決めた。相手はV.I フロイト(企業の最高戦力)すら退けた化け物。だが、それでも。勝機はある。何故なら――

 

「イグアス君。よく見ておきなさい。何故22という低いアリーナランクの私がG3の地位に就いていられるのか。その理由を御覧に入れましょう」

 

――彼はルビコン最悪の詐欺師であるからだ。

 




621
 食事中のマナーがなってない駄犬。生まれを考えれば仕方なくはあるんですけどねえ……

エア
 621の胃を掴むことを目論む嫁。新しい身体ならそんなこともできちゃいます。

ウォルター
 子の心親知らず。なんで勝手に消えようとしてるんですか。

ベイラム
 最早安心感すら覚えるほど安定のクソ無能。集積コーラルを目指すのかレッドガンをいじめるのかどっちか片方だけにしろ。

イグアス
 五花海の戦友。覚醒した結果、レッドガンの運命を変え始めた男。これはレッドガンの英雄と呼ばれる日も近い。

五花海
 ……どうしてこうなった? なんか勝手に動きまくった結果なぜか深度1で621を迎え撃つことになった人。その活躍は次回。

ラミー
 ダナムに負けた結果、彼を戦友に認定。ダナム以外にも日常的に負けてる? 覚えてないからノーカンです。なんか強化フラグが生え始めているが、果たして……?

ダナム
 不幸にも戦友認定されてしまった男。大丈夫! 明日になればまた見ず知らずに戻れるから!

カーラ
 存外プレイヤーみたいに全ステータスを数字として確認できる人間ってのは少なくて、彼女ですらアセンにはガバがあるんじゃないかなって妄想してみたり。

ドルマヤン
 なんかRaDにも訓練を付け始めたよこのジジイ。フラットウェルの胃は死ぬ。

 ということでついに始まったChapter4。書き始めた当初はこんなに原作から乖離することになるとは思わなんだ。なんで五花海が防衛線を敷いて、ドルマヤンがRaDを鍛えてるんですかねえ……もうワケがワカラン……。
 次回は621VS五花海withベイラムMT部隊。詐欺師の本領発揮、ご期待ください。
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