当たり前だが、傭兵とて、常に戦っているというわけではない。一つ依頼をこなせば当然休息が必要になるし、そもそも依頼が来なければ戦う理由もない。621のような無名の傭兵であればなおさらである。
いくら移設型砲台とその防衛部隊を無傷で全滅させても、いくら輸送ヘリ破壊ついでに四脚MTを破壊しようとも、いくら大豊のテスターACをパイルバンカーで秒殺しようとも、劇的に依頼が舞い込むようになるわけではない。
(どうしよう……暇だ)
基本的に621は、戦闘以外のことは碌にできない。もう少し身体の機能を取り戻していればまだやれることはあるのだが、今の身体では本格的にできることが殆どない。
(このままボーっとしてるしかないのか……)
暇つぶしに過去を思い返す。思い出すのは二度目の生。ザイレムを撃墜し、エアと共にルビコンへと帰った621は、来たるべき破綻の回避策を二人で見つけるはずだった。
しかし、それに関して、621は全くの役立たずであった。621は戦うことしかできず、戦うことしか知らない。それ以外のことなど殆どできない。だから、回避策の模索はいつもエア任せで、自分はせいぜい企業の残党がルビコンに来るのを防ぐ程度のことしかできなかった。
(あの時俺も協力できてたのなら、破綻を回避する方法も見つけられてたのかな……)
実際どうなのかはわからない。戦闘以外のことに621が本気で取り組んだことなどないのだから。
(一度目も二度目も三度目も……ただ戦うだけしかしなかった)
だから、コーラルリリースが何なのかもよく知らないまま突き進み、そして決定的な人間世界の悲惨を招いた。
(ウォルターと、そしてエアを守るためには……もう、馬鹿のままではいられない)
621は、その四度の生の中で、初めて戦う以外のことをする決心をした。
◆◆◆◆◆◆
「うぉぅ……『ウォルター』」
「どうした、621」
一瞬口で言葉を発そうとした621だったが、すぐに気付いて合成音声に切り替える。やはり前の周で普通に喋っていた感覚が抜けていない。
「『俺たちはコーラルを求めてるんだよね?』」
「ああ、そうだ。コーラルさえ手に入れれば、お前も普通の人生を――」
「『そもそもコーラルって何なんだ? 仕事に関わることなら、知っておきたい』」
「そうだな……お前も知っておいた方がいいだろう」
そもそも621は、4度も生きておいて、コーラルに対して極めてふわっとした知識しか持っていない。「意思を持っていて、なんか凄いエネルギー源で、人体に有毒で、ヤバいドラッグにもなって、滅茶苦茶燃える」。そのくらいの認識である。あとは「自分のような旧世代型強化人間にも使われている」程度か。
コーラルによる破綻を回避し、エアと共に生きるためには、こんな体たらくではいられない。だから621は、身近にいる人間に頼った。
「621、まず、コーラルとは――」
その後、時間をかけて621はウォルターからコーラルについて学んでいく。結論から言えば、教わったことは先述した知識と大差なかった。せいぜい「ミールワームの餌にもなり、空気中に漂う不活性コーラルが恒星の光を遮るせいで寒冷化が起きている」という知識が増えただけか。
だが、この時間は無駄ではなかった。なぜなら、コーラルに対する二人の決定的な認識の違いを浮き彫りにできたのだから。
「『ねえ、ウォルター。コーラルに意思はないの?』」
「コーラルには微生物程度の意識があると言われている。これはコーラルが鳥や魚のように――」
「『コーラルが人間みたいに、喋ったり考えたりすることはないの?』」
それは、ある意味いじわるな質問であった。621は、既にその答えを知っている。
「……それはあり得ない。コーラルはそんな高度な思考ができるような生物ではない」
返ってきたのは否定の言葉。しかし、その顔には何か嫌なことを思い出したかのような、忌々しげな表情があった。
「『本当にコーラルが人間みたいになることはないの? 何かこう……ほら、SFとかでありそうじゃん?』」
きっとウォルターはエアに繋がる何かを知っている。そう確信した621は聞く口を休めない。語彙力がないせいで、出てきた言葉の大半は意味を為していない。それでも捲し立てるのを止めなかった。全てはエアとウォルターの両方に生きて欲しいがために。
そして621にとって最も幸運だったのは、ウォルターがそんな621の拙い言葉に真剣に耳を傾けてくれる人物であったことだろう。
「そうだな……一応、理論上はそうなる可能性があると、一人の研究者は主張していた。最も、猿がシェイクスピアを書き上げるよりも低い可能性だがな」
「『サルがシェイクスピア?』」
「確率が低すぎて絶対に起こらないことの例えだ、621」
だったら少なくとも二回は、そのサルとやらがシェイクスピアを書き上げたことになる。そんなくだらない思考を打ち切り、再びウォルターの言葉に耳を傾ける。
「コーラルはその情報導体特性から、人間の脳波が波形として伝播することがある。それも特別な操作は必要とせず、ただ人間の傍にある程度纏まった量のコーラルがあるだけで、な。そうして発生した波形は、元の脳波から独立して、まるでニューラルネットワークのような動きを見せるという。そういう意味ではコーラルは思考していると言えるかもしれない。だが、こうした波形は基本的にそのままコーラルの中に散逸して消失する。だから、コーラルが人間のように振る舞うことはあり得ない。ある研究者が言うには、何らかの要因で波形が安定しさえすれば、それが消えずに残って一つの人格として働くと言っているが、そんなものは──」
ふとそこで621の方を見やる。621は表情筋が死んでいるので、表情を変えられないはずだ。なのに、その顔はどこかぽかんとしているように思えた。
「すまない、621。夢中になりすぎた」
元孤児の強化人間に何を語っているのか。ウォルターは反省した。
「『大丈夫、ウォルターが嬉しそうなら俺も嬉しい。ただ、もっとわかりやすく説明してほしい』」
そう合成音声で語る621が笑っているように見えたのはきっと錯覚だ。ウォルターはそう断じて、今度こそわかりやすく説明する。
「つまり、コーラルには近くにいる人間の意思が宿るということだ。その殆どはすぐに消えていって、お前が言うように喋ったり考えたりすることはない」
「『なるほど……道理で……』」
何かに納得した様子の621を見て、ウォルターは訝しむ。だが、それ以上に嬉しさも感じていた。
機能以外は死んでいるはずの621が、明らかに感情を見せているのだ。であるならばこんな話、いくらでもしてみせよう。
「『さっき言ってた“一人の研究者”って?』」
621としてはそれが気になった。たった一人コーラルに人格が宿ることを主張した研究者。ある意味では、エアやセリアの存在を予言したとも言える存在だ。ならばその人は、ひょっとするとコーラルとの共生の手掛かりとなるかもしれない。
「技研の……ああ、これも説明しなければな。アイビスの火以前にコーラルの研究していた組織に、ルビコン調査技研というものがあった」
知っている、とは言わない。今の自分がそれを知ってるのは不自然だ。そう考えるだけの知能は621も持っている。
「技研はコーラルの研究に取り憑かれた狂人の集まりだった。その中でもとりわけ狂っていたのが彼だった」
顔を顰めて話すウォルターからは、その人物に対する悪感情がありありと見てとれた。
「
◆◆◆◆◆◆
車椅子を押して寝室に向かう。621があまりに話を強請り続けるものだから、随分と長く話し過ぎてしまった。本当は企業に621を売り込んだり、「友人」からの情報を整理したりといろいろ作業する予定だったのに、それも全て流れてしまった。だが、不思議とウォルターの心に後悔はない。
聞き疲れて眠ってしまった621を、ベッドに運ぶ。安らかな寝顔には、優れた傭兵としての側面など微塵も感じられなかった。
「…………」
621は自分と話していて楽しかったのだろうか。そんなことばかりが頭の中を過る。
ふと思い出すのは自身の幼少期。ウォルターの父親は、間違っても良い親と呼べる人物ではなかった。コーラルの研究に魅入られ、ウォルターを蔑ろにした屑のような人間。録な思い出などあるはずもない。
だが、一つだけ。今となっては何故そんなことをしたのか思い出せない。あるいは、それは親に見てもらいたい子供が興味を惹くためのアピールであったのか。
在りし日のウォルターは、一度だけ父親に彼の研究内容について聞いたことがあった。
『そうかそうか、お前もコーラルに興味があるのか!』
やけに嬉しそうな父の顔。嬉々として語られる非人道的な研究。およそ親子の会話ではない。だが、それでも──
『お前はきっと将来凄い科学者になれるぞぉ! 流石は私の息子だ!』
――あの瞬間が楽しかったこと。それを否定することは、ウォルターにはどうしてもできなかった。
(621も、俺の話を楽しんでくれたのだろうか?)
まるで父親のようなことを考えてしまった。そして、そんな自分に嫌悪感を抱く。
(親が子供を死地に送るものか。俺はどこまでいっても“
きっと長く話して気が緩んでしまったのだろう。入れ込みすぎだ。猟犬と飼い主として、一線は引かなければ。そう決心して、ウォルターは寝室を後にした。
◆◆◆◆◆◆
モニターに映る無数の論文を流し見る。それは、罪人たちの罪の記録。技研の“成果”に関するものだ。
(キサラギ博士か……)
来るべき破綻に備えて、技研の論文には全て目を通してある。しかし、彼の論文はコーラルに自我があることを前提としたものばかりであったので、その内容を本気にしてはいなかった。
なんとなく、久しぶりに彼の論文を纏めたファイルを開いてみる。作成日順に並べられた論文のタイトルを、上から順に見ていく。
“Cパルス変異波形の自我とヒトの類似性”
“Cパルス変異波形の自我を利用したコーラル流の制御”
“Cパルス変異波形の自我を利用した無人機の開発”
始めのうちは、まだ
“Cパルス変異波形によるヒトの人格の上書き”
“コーラルによる完全自立型特攻兵器の開発”
“コーラル流の制御と汚染を利用した有機物の選択的排除”
タイトルだけでわかる狂気にウォルターは顔を顰める。そして──
“コーラルリリース”
──彼の最期の論文。この論文の後にアイビスの火が巻き起こり、技研の人間は皆灰と消えた。
人とコーラルの共生の名の下に彼がたどり着いた、人間世界の悲惨。そのあまりにも人間性を軽視した進化論には、吐き気すら覚えた記憶がある。
(621はコーラルが人格を持つ可能性と、キサラギ博士の研究に並々ならぬ興味を示していた。だが……)
621の情緒を育てるのを最優先とするならば、これらの論文へのアクセス権を彼にも渡すべきなのかもしれない。
しかし、傭兵であるとはいえまだ子供である621に、こんな悍ましいものを果たして見せても良いのだろうか。
(……今は保留にしておこう。結局決めるべきなのはあいつ自身なのだから……)
キサラギ博士の論文のファイルを閉じる。彼が望むのなら、見せるべきだろう。優先すべきは621の意思なのだから。
そう結論付けてパソコンを閉じようとする。だが、その直前にふと一つの論文が目に入る。
“コーラルを利用した多人格統合型AIの開発とそれによる人類の管理”
キサラギ博士の論文は確かに悍ましいが、どれも実現不可能な与太話でしかなく、実害はない。
だが、
(コーラルに多人数の意識を溶かし、機械的に安定させることで、集合知に至る……そんな傲慢が、許されるわけないだろうに……)
だがその実物はアイビスの火によって焼失した
(……柄にもないことばかり考えてしまう。久々の長話で疲れているな)
ウォルターは思考を打ち切った。このまま考えていても、ネガティブな方向にしか転がらないだろう。ウォルターは一つ伸びをすると、そのまま椅子の上で目を閉じた。
テスターAC
画面外で爆散しました。南無三。
621
大切な人たちを守るためには、馬鹿のままではいられない。コーラルについて学ぶことを決意しました。人生でまともに勉強したことないので、その実力は未知数。
ウォルター
子供の戯言を真剣に聞いてくれる上にその感情の復活のためならば忌まわしい過去も喜んで語ってくれる聖人。お前ACの登場人物やめろ。あと睡眠はちゃんとベッドで取ってもろて。
父親関連の過去は捏造しました。幼ウォルターにもこんな経験があっていいはずなんだ……!
キサラギ博士
名前の時点でもうアウト。実態はもっとアウト。多分コーラルリリースを人類の進化と本気で思ってた狂人。
(以下フロム脳なので見なくていいです)
ストーリーとか情報ログを見る限り、コーラルが人間のような自我を持つことに技研に人たちの大半は気づいてないっぽいんですよね。一応口述録を見る限りだと、ナガイ博士は変異波形の発生を警戒するような言動をしてるので気付いているかもしれませんが、ナガイ博士がコーラルリリースなんて提唱するとは思えない。
じゃあそれなら誰がコーラルリリースを提唱したの?
→語られてないならオリジナルの狂人を生やしてもいっか!!
→キ サ ラ ギ 博 士 爆 誕
という流れで誕生しました。あんなものを提案する人間がまともなわけないんだよなあ……。
多人格統合型AI
唐突に現れたこの概念。一体何を表しているというのだ……。別にこれと全く関係ないのですが、本当に関係ないのですが、私はオールマインドは元々別の目的で作られていたが、目的のための手段として傭兵支援をしているという説の方が好きだったりします。本当に関係ないのですが。
ということで日常回(?)。今後のための伏線とか張ってたら結構長くなってしまったし、独自設定もりもりになってしまいました。今後も独自設定は増える可能性があるので、そこのところはご了承ください。
次回は……ダムかなあ?