それはそれとして独自解釈モリモリの結果、五花海が超強化されてしまいました。苦手な方はご注意を。
621の視界に、縦穴の最下層が見えてくる。ネペンテスの残骸は既に撤去されていて、あるのは円形の広場のみ。そこに待ち受けるのは、二つの機影。五花海のAC、
鯉龍はベイラムと大豊のパーツを採用した混成フレーム。防御力を重視した四脚型ACだ。その武装構成は右腕に
機体構成からして、一対一を捨てて味方との連携を重視した機体だ。分裂ミサイルはその軌道上、見ている分には容易に回避できるが、視界外から放たれた場合は621ですら躱しきれない。自分に注意を向けていない相手にちょっかいをかけるなら、最適な武装とも言える。
そしてそんな分裂ミサイルを鬱陶しく思って五花海を狙えば、今度はその堅牢さに阻まれることになる。鯉龍は元々重量級の頑丈なパーツで組まれているACであり、その上左肩にはシールドまで装備している。生半可な火力では傷つけることすら儘ならない。本人の操縦技能が低くとも、堕とすのは容易ではない。
無視すればミサイルで攻め立てられ、狙えば耐えられる。それが鯉龍というACだった。一対一なら脅威になり得ないが、味方と連携されたらどこまでも厄介になれる。
そんな鯉龍に僚機として随伴しているのは、四脚MT高火力型。両手にガトリングガン、背部に9連バズーカを装備したタイプだ。
どの武装も、当たればACですら洒落にならない破壊力を持つ。特に9連バズーカの威力は致命的だ。全弾直撃すれば最悪一撃死すらあり得る。目を離すのは自殺行為だ。
(厄介な組み合わせだ……! 四脚MTに注視すればミサイルで削られて、かと言って五花海を狙ったら四脚MTの火力で消し飛ばされる!)
621の額に嫌な汗が流れる。621は今までの周回の中で、彼を三度も殺したことがあった。しかし今の五花海相手に、そんなことはなんの気休めにもならない。もはや別物なのだ。ベイラムの強みを活かせる彼がどれほど恐ろしいかは、この縦穴で十分過ぎるほど味わった。
だから621は、いつになく集中力を引き上げる。苦戦は必至、最悪負けることすらあり得る。腕前の優劣など問題ではない。事実上
「ようやく直接
「心にも無いことを……!」
621は落下しながら先制攻撃を放つ。ライフルを、10連ミサイルを、グレネードを。全ての武装を四脚MTに向けて放つ。
相手の要は四脚MT。あれさえ落としてしまえば、後は低火力で硬いだけのACしか残らない。
「おやおや、手癖が悪い。まだ私が話している途中ですよ? 無視はいただけないですねえ」
「チッ!」
五花海が即座に四脚MTの前に立ち、シールドを構える。四脚MTに向けた攻撃は、全て彼のシールドへと吸い込まれていった。
先制攻撃に失敗した621は、そのまま重力に引かれて底へと落ちていく。四脚MTの射程内に入る前にできるだけ削っておきたかったが、それも叶わないようだ。
ならば、後は地力で上回るのみ。難しいことを考えるのはエアとウォルターに任せればいい。自分はただ、力で以て相手の策を食い破るだけだ。
「621、お前は四脚MTに集中しろ。五花海はこちらで見る」
「彼の動きは私たちが逐一伝えます! だからレイヴンは一刻も早く四脚MTの撃破を!」
「わかった! 頼む!」
自然と作戦が決定し、即座にその通りに動く。五花海を完全に意識外へと追いやり、視界には四脚MTしか映さない。621は真っ直ぐ四脚MTの方へとブーストを吹かした。
621の動きに迷いはない。だって、二人のことを完全に信頼し切っているから。
そして、そんな621の駆るLEAPER4の動きを見て、五花海は口角を上げる。
「やはり、ただ強いだけの集団ではないようですね。相当強固な信頼を築いてきたと見える」
五花海ほどの切れ者ともなれば、動きを見ただけでわかる。対面する相手の実力だけでなく、その属するチーム全体の実力、そしてその結束の強さまで。全て一目で看破できる。
「相手にとって不足なし。気を引き締めて行きますよ、コンチェ」
「了解です! 隊長!」
五花海は四脚MTのパイロットに活を入れる。お互いに気合い十分。相手は最強の傭兵と、そのオペレーター。
だからどうした。こちらは最強の部隊の最強の詐欺師と、それに仕える百戦錬磨の古強者。負けるはずがない。
「飽くまでも打ち合わせ通りに。作戦通りにさえ進められれば、勝利するのは我々ですから」
飽くまでも淡々と、まるで何でもないことかのように五花海は語る。
LEAPER4が縦穴の底を踏み締めるのと同時に、鯉龍と四脚MTも動き出す。今、傭兵と詐欺師の戦いが、幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆
「621、ミサイルが来るぞ」
「レイヴン、八時の方角からです! 前方に回避を!」
ウォルターとエアの警告が響く。警告通り、左後方から誘導弾。621はそれに目を向けることすらせず、ただ前方へのクイックブーストで躱す。
「コンチェ、今です!」
「レイヴン、その首貰った!」
「っ!」
回避先に待ち構えるのは四脚MT。さっきまで別の場所にいたはずのソイツは、いつの間にかこちらの前方に移動していた。
向けられる九つの砲口。回るガトリングの銃身。だが、その程度で恐怖するようなら、今日まで生きていられるはずがない。
621は飽くまで冷静であった。後ろや横への回避は間に合わない。ならば、
四脚MTがこちらに向く前に反撃しようと、クイックターン。一気に片を付けようと、
「させませんよ」
「チッ!」
しかし、五花海がミサイルを発射したのを見て即座に離脱。せめてもの悪足掻きに、四脚MTにライフルとミサイルを撃っておく。だが、奴の重装甲相手では、あまり効果がないようだった。
「クソッ! さっきからずっと
「やはりG3に選ばれるだけはあるな。動きを読むのが抜群に上手い」
ウォルターが語った通り、五花海は戦況把握に関してはこの場の誰よりも優れていた。621が攻撃しようとするタイミングを目敏く察知し、ちょうどそれを邪魔するようなタイミングでミサイルを放ってくる。
ウォルターとエアのおかげで決定打こそ食らっていないが、それは相手も同じ。いつまでも同じ流れを繰り返していては、いずれ数の差でこちらがジリ貧になる。
「なんとかしないと……!」
621の声に僅かばかりの焦りが滲む。三度目までの弱さは一体何だったのか。
四脚MTを少しでも削ろうと、両手のバーストライフルの発射機構を切り替える。しかし、その瞬間に三発の分裂ミサイルがこちらに飛んできた。
「レイヴン!」
「ああ!」
阿吽の呼吸。エアがハイライトしたミサイルの位置を、一瞬で把握。四脚MTに叩き込むはずだったバースト射撃を、ミサイルに向けて放つ。両手のバーストライフルから放たれた二対六発の弾丸は、正確にミサイルを捉えていた。空中で三つの爆発が巻き起こる。
「レイヴン、このままでは……!」
ミサイルに気を取られたその一瞬で、四脚MTが距離を詰めていた。どうやらレッドガンの方で、機動面に独自のカスタマイズを施しているらしい。それをこの土壇場になるまで隠していたとは、五花海の副官は伊達ではない。
「まずっ――!?」
さっきのように回避されることを防ぐためか、四脚MTは既にガトリングを空転させている。おまけに9連バズーカも発射体勢に入っている。発射まで秒読み。前にクイックブーストをしたとて、今から回避は間に合わない。
瞬間、621の身体が考えるよりも先に動く。選択したのはアサルトアーマー。その火力で向かってくる弾を蒸発させて、一旦仕切り直すつもりであった。
「この時を待っていました!」
しかし、LEAPER4から溢れ出すパルスの奔流を見た瞬間、五花海は思わず笑みを浮かべた。
「鴉は網にかかったのです!」
「えっ?」
五花海の突然の行動に、あの621ですら一瞬呆けてしまった。まさかパルス爆発の予兆を前にして、アサルトブーストまで使って
しかし、その直後に621は己の失策を悟った。鯉龍からもパルスの奔流が溢れ出す。つまりはアサルトアーマーだ。お互いがアサルトアーマーを放った場合、その特性上先に放った方だけがスタッガーに陥ることになる。
「しまっ――!!??」
二つのパルス爆発の後に残ったのは、スタッガーに陥ったLEAPER4と、アサルトアーマーこそ食らえどまだまだ動ける鯉龍、そして無傷の四脚MT。
「コンチェ! 一気に削りますよ!」
「了解!」
鯉龍がミサイルとマシンガンを、四脚MTがガトリングと9連バズーカを、それぞれ一斉に放つ。スタッガーに陥ったACでは、回避する術などない。久しく感じていなかった機体を激しく揺さぶられる感覚は、否が応でも621の危機感を呼び覚ます。苦戦するとは思っていた。だが、まさかここまでやられるとは。
「まだだっ!!」
スタッガーから復帰した瞬間にアサルトブーストを起動。二機の攻撃範囲から強引に抜け出す。
「621、無事か!?」
「レイヴン、機体のダメージが増加しています!」
「問題ない! まだ戦える!」
傭兵である以上、任務を放棄して逃げ出すわけにはいかない。だから621は、意地を張る。自分はまだ戦えるのだと。実際大ダメージこそ負ったものの、戦闘継続自体はまだまだ可能であった。
(アイビスや四度目のアイスワームに比べれば……!)
過去の苛烈な戦場に比べれば、これは余裕な方だ。そう自分に言い聞かせ、奮起する。
「とは言え、このまま同じ戦い方をしても、また同じことになって死ぬだけだよな……どうするべきか……」
いくら戦意を震わせようとも、こればかりはどうにもならない。五花海の無敵の布陣を突破する方法を見つけられなければ、遠からずその網に絡めとられて死ぬだろう。
「せめてミサイルさえ何とかなれば……」
分裂ミサイルの対処法は、現状二つだけ。一つはクイックブーストによる回避。もう一つは分裂する前に撃ち落とすこと。どちらを選択するにせよ、ミサイルに気を逸らされてペースを崩されることに変わりはない。
「もしかすれば、これでミサイルを……」
「ん? どうかしたのか、エア?」
エアの呟きが聞こえてきたのはそんな時だった。一縷の希望を求めて、621はエアに問いかける。
「いえ、この状況を打破できるかもしれない策を思いついたのですが……正直あまりにも無謀過ぎて、実際にできるかは――」
「何だっていい。言ってみてくれ。今は猫の手も借りたい」
「わかりました。では――」
そうして語られた策は、確かに無謀としか言えないようなものだった。例え命の懸かった場面だとしても、
「ウォルター、どう思う? 俺は行けると思うけど……」
「俺に聞かれてもな……
この策の要はエアだ。彼女の
「それでもだ。きっとエアにはウォルターの言葉が必要だ」
だがそれでも621はウォルターに言葉を促す。自分では駄目なのだ。どうしてもエアに対して甘くなる。今の彼女に必要なのは、飽くまでも客観的な判断。激励の言葉などではないのだ。
だから、ウォルターは考える。果たしてエアは言った通りに策をこなせるのか。今までの彼女の行動を思い返し、それらを判断材料とする。
「……」
ここで判断を誤れば621は死ぬ。必然、ウォルターの口数も減ろう。押し黙り、慎重に考える。だが、こうしている間も621は五花海たちの攻撃に晒されているのだ。時間はかけられない。故に――
「わかった。エア、やってみせろ。俺はお前に賭ける」
「――! わかりました! レイヴンは、絶対に私が守ってみせます!」
――
「よし。じゃあ頼むぞ、エア!」
「勿論です! 私が、あなたをサポートします!」
ルビコン最凶の詐欺師を前に、エアは覚悟を決めた。
◆◆◆◆◆◆
五花海は歓喜していた。あのレイヴンを、あの
(イグアス君には感謝をしないといけないですねえ)
もしイグアスが先行してネペンテスを破壊していなければ、きっとこうはならなかっただろう。部隊の大半を消し飛ばされ、ベイラムの無能どもに見捨てられ、最後は泣く泣くアーキバスにでも身を寄せる羽目になっていたかもしれない。
そして、アーキバスによって捨て駒同然に扱われて、信頼できる部下もいない状態でレイヴンと対峙していたかもしれない。もしそうなったら、自分は精一杯の虚勢を張りながら、やけくそに突撃するしかできないだろう。そんな、
だが、そうはならなかった。未だにレッドガンはアーキバスと拮抗し、勝ちの目は見えている。
「レッドガンの勝利を確たるものにするために!」
彼にとって、不安定要素となるのはレイヴンただ一人。それさえ排除してしまえば、後はどうとでもなる。アーキバスなど、自分の頭脳とミシガンのカリスマ、そしてイグアスの戦闘力があれば如何様にでも捻り潰せる。それは過信でもなんでもなく、彼の優れた頭脳が導き出したたった一つの
「あなたには、消えてもらわねばならないのですよ!」
詐欺で捕まりブタ箱にぶち込まれるはずだった自分に、レッドガンという居場所をくれた人のために。そして、自分が今もレッドガンのG3として戦える環境を守ってくれた人のために。詐欺師は、いつになく本気であった。
「コンチェ! ミサイルを撃ちます! 十秒後に突撃を!」
「了解!」
レッドガンの専用回線に叫ぶ。レイヴンの隙を見極めてミサイルを撃つ。文字にすればただそれだけのことだが、それには驚異的な集中力を要する。詐欺師として人間を観察してきた今までの経験。その全てを総動員して、レイヴンの動きを見極める。決して逃しはしない。
「コーラルを得るのは我々レッドガンなのです! アーキバスでも
興奮で語気が強まる。今五花海たちは、レイヴンを挟むような位置関係にいる。LEAPER4は
予想通りの展開。今ミサイルを撃てば、レイヴンの未来は二つに一つ。ミサイルに対処すれば、その隙を四脚MTに突かれてガトリングとバズーカを浴びせられる。ミサイルを無視して四脚MTに集中し続けるのなら、当然ミサイルが当たる。
どちらにせよLEAPER4の耐久は削られる。これを繰り返せば、先のスタッガーで大ダメージを負っているLEAPER4はいずれ落ちる。
「さあ、鴉狩りも大詰めです!」
三発の分裂ミサイルが放たれる。絶対にレイヴンの対処が遅れるであろう、必中のタイミング。その刹那に放たれたミサイルは、弧を描いてLEAPER4に忍び寄る。
そして充分にLEAPER4に接近したミサイルは、分裂してターゲットを包囲する──
「は?」
──前に全ての撃ち落とされた。レイヴンは一切ミサイルの方を見ていない。背後から迫るミサイルを、一瞥することすらなく正確に射撃してみせたのだ。
「今のは!? いや、それよりも今の動き……!?」
今の一瞬のLEAPER4の動きに、言い様のない気持ち悪さを感じる。今、確かにレイヴンは確かに四脚MTに集中していた。そして、その集中は一瞬たりともブレなかった。なのに、ミサイルは撃ち落とされている。
「まさか、これは……!」
抱いた違和感を確かめるために、もう一度ミサイルを放つ。レイヴンはミサイルに気付く様子は全くなく、四脚MTにグレネードと10連ミサイルを放っている。しかし、ミサイルが接近した瞬間に、LEAPER4の左腕が
「間違いありません! 左腕だけ別人が制御している!」
左腕以外は四脚MT相手に十全の機動戦を仕掛け、左腕だけがミサイルの迎撃に当たっている。こんな動きは、一人の人間にはどうあがいても不可能。つまりは別の誰かが操っていることだ。
「遠隔操縦ですか? しかし、遠隔でこれほどの精度は出せるはずがない。一体どうやって……」
当たり前だが、飛んでくるミサイルを狙って撃ち落とすには、相当な操作精度が要求される。それはとても遠隔操縦で達成できるようなレベルではない。だから意味が分からない。五花海をもってしても、目の前で起きている現象の説明がつかない。
そうこうしている間に、レイヴンは順調に四脚MTを削っている。いくら機動力にカスタムを加えようと、四脚MTは四脚MT。ミサイルによる援護がなければ、レイヴンに勝てるはずがない。
「このままでは……コンチェ……!」
三度ミサイルを放つ。LEAPER4は、四脚MT相手に全力の戦闘機動を取っている。そして、その左腕だけが人間なら物理的に不可能な動きで背後を向き、ミサイルを迎撃した。人型兵器としてあり得ない挙動に、五花海の混乱はますます加速する。
「いいぞ、エア! 上手いじゃないか!」
「その調子だ。引き続き迎撃を頼む」
「はい! お任せください!」
そして、そんな不可解な動きのトリックはエアにあった。今のLEAPER4の左腕を動かしているのは621ではない。エアだ。
だから、621は左腕をエアに託した。621一人だったら、鯉龍と四脚MTの二正面作戦に対処することはできない。しかし、鯉龍の迎撃を完全にエアに託してしまえば、621は全力で四脚MTの相手をすることができる。
「やっぱりエアなら絶対できるって信じてたよ!」
「レイヴン、ありがとうございます!」
無論、制御させるのが腕だけであるとはいえ、ACの操縦が初見であるエアにミサイルを撃ち落とすなどという曲芸ができるかどうかは賭けであった。だが、これまでエアは、621の操縦技術を、文字通り誰よりも近い位置で見続けてきた。人間だったら見るだけで学ぶことなどできるはずがないが、彼女は人間ではない。621が戦闘を行うとき、彼女は621のサポートのために毎回ACのシステムに入り込んでいた。だから、彼の戦いぶりを
「エア、またミサイルが撃たれた。マーカーで表示する」
「ウォルター、助かります!」
エアの迎撃が上手くいっている理由はもう一つある。それはウォルターの存在だ。エアが迎撃しやすいよう、撃たれた瞬間にミサイルを強調表示させる。ミサイルの発射を早く察知できれば、その分狙いを付ける時間も多くとれる。長年猟犬たちの
「621、四脚MTの損傷が拡大している。あと少しだ」
左腕が使えない程度で四脚MTに負ける621ではない。ミサイルを気にしなくていい今、621に負ける理由は無かった。グレネードと10連ミサイルで順調に装甲を削り、相手の背後を取り続けることで反撃を許さない。
「エア、ミサイルだ。お前への対策なのか、角度をずらして発射している。無駄な努力だと教えてやれ」
「はい!」
三発のミサイルが、それぞれ別の角度から飛来する。まさに、LEAPER4を取り囲むような軌道。それに対して、グレネードの反動で動きを止めているはずのLEAPER4の左腕が動く。人間の左腕には不可能なその動きは、ともすれば生理的嫌悪を感じさせる。
そもそもACは人体こそ模しているが、人体そのものではない。だからその可動域は、人体のそれを優に超える。しかし、ACが神経接続によって動かす兵器である以上、その動きはどうしても搭乗者の常識の範疇を超えなくなる。だが、エアが操る場合は違う。生身の身体、生身の動きという偏見を持たない彼女ならば、ACの可動域を最大限活用できる。
だからこそのこの動き。撃たれたミサイルに対して、左腕は最短経路で狙いを付ける。そして一発、二発、三発。順番に放たれた弾丸は、寸分の誤差なくミサイルに吸い込まれていった。
「ありがとう、エア。そろそろ終わる」
迎撃に集中していたためにエアは気付いていなかったが、既に四脚MTはボロボロであった。
「まだだ! 隊長の援護が無くとも、独立傭兵の一人くらい……!」
「いや、終わりだ」
決死の覚悟で放たれた9連バズーカを621はあっさりと躱し、その隙を突くはずだったミサイルはエアによって容赦なく撃ち落とされる。最早相手に打つ手なし。LEAPER4は即座にグレネードを構え、発射した。
「コンチェ! もう十分です! 脱出を!」
「くっ……隊長、申し訳ございません! 脱出します!」
二発の榴弾によって四脚MTは限界を迎え、遂に爆散した。パイロットには脱出されたようだが、相手は間違いなく手駒を一つ失った。そして、二対一と一対一は丸っ切り別物だ。こと、この戦場においては顕著だ。
「後は、お前だけだ」
「っ! しかし、ここまでの戦いであなたも消耗している! 私の勝ちの目は揺らがない!」
「果たしてそうかな?」
五花海がミサイルを放つ。三発の分裂ミサイルは、LEAPER4に向かって飛――
「なっ、なんだとぉ!?」
――ぶ前に全て撃ち落とされた。左腕のライフルでちょうど三発。
621は、アサルトブーストで鯉龍に急接近する。分裂ミサイルはリロード中。だから五花海はマシンガンをばら撒く。
「まだです! 理気の流れは、まだこちらにある!」
「
マシンガンは一発も当たらない。621は、五花海に接近しながら右へ左へ緩急をつけて機体を振っている。それは、FCSを騙す動きだ。621相手に、FCSでこの手の銃器を当てることは不可能であった。
「まだ……まだ……!」
再び鯉龍から溢れ出すパルスの奔流。だが、621は臆せず鯉龍に接近。そして、パルス爆発が起きる前に鯉龍を足蹴にし、踏み台にして跳躍する。
直後、真下でパルス爆発が巻き起こる。だが、621は遥か上空へと逃れている。宙返りする621の視界に映るのは、アサルトアーマーの反動で動けなくなっている鯉龍。当たらないアサルトアーマーの後に残るのは、致命的な隙だけなのだ。
621は空中で上下逆さまのままグレネードを構え、発射。
「ぐあっ!?」
放たれた二発の榴弾は、鯉龍の両肩を正確に撃ち抜いた。シールドと2連分裂ミサイルが爆炎に包まれ、そのまま大破する。後は、とどめを刺すだけだ。621は空中でライフルを構え――
「!? 621、上だ!」
「!」
――突如アラートが聞こえてきたために、条件反射的にクイックブーストを吹かした。
「上からの砲撃? 一体何が――」
直後、まばゆい光で照らされる戦場。621は、それに覚えがある。そうだ、あれは三度目の人生での出来事。オールマインドの誘いに乗り、奴と合流するためにウォッチポイント・アルファを逆走したとき。合流地点でV.IIIとなったペイターを撃破し、その後オールマインドは621を回収するために
そして、現在第一層の防衛設備は全てレッドガンのコントロール下に置かれている。当然、
「だから言ったでしょう? 理気の流れは、まだこちらにあると!」
「この反応は……! レイヴン、リフトの上に多数の砲撃型MTを確認! 数はおおよそ30機ほどです!」
「なんだって!?」
621は思わず空を見上げる。リフト下部から放たれる眩い光のせいで見づらいが、リフトの端々から砲撃型MTが顔を覗かせているのが見えた。そして、その全てがキャノンの銃口をこちらに向けているのも。
「621、避けろ!」
瞬間、鳴り響くアラート。甲高い警告音が、コックピットに響き続ける。危険な攻撃を知らせる赤いマーカーが、視界を埋め尽くす。
「
「っ!」
上からは砲弾の雨が、横からは五花海による残った武装での攻撃が飛んでくる。いくらFCSを騙す動きができようとも、数の暴力の前では無意味だ。なんとかギリギリで攻撃を回避するが、それもいつまで持つかわからない。
反撃をしようにも、リフトはこちらの射程外で止まっている。ACはコア理論に基づいた兵器だ。遠距離戦では分が悪かった。
「あなたほどの猛禽相手に、網が一枚で済むと思えるほど私は楽天家ではありませんので」
「! このMTは!」
広域レーダーに映る情報から、ウォルターは自身の失策を悟る。今ここでリフトに乗っているMT。これらは先の機雷地帯に配置されていたMTと同一のものだった。
思えばあの時気付くべきだった。何故五花海が縦穴の中腹で隔壁を自ら開いたのかを。あれは621が無視したMTたちから注意を逸らすための行動だったのだ。機雷が全て落ちた後に来た道を引き返されて、MTを殲滅されたらこの作戦は瓦解する。だから、煽るような言動も併せて確実にこちらがMTを無視して降りるように仕向けた。隔壁をくぐった時点で、621は既に網の中だったのだ。
「クソッ! こんな状況で五花海と戦うのは流石に無理か!? まずはMTをなんとかしないと……!」
雨あられと降り注ぐ砲弾を、なんとかクイックブーストとステップで回避する。鯉龍はシールドを失ったとて、重量級ACだ。倒すには時間がかかる。ならば先に狙うべきはMTの方だ。
彼らは攻撃の届かない距離にいる。だが、届かないならば、届くまで近づけばいい。あの高さでは通常のブースト移動だと絶対に届かないが、621には通常でない移動手段がある。だから思い切って壁へとブーストを吹かし――
「それは読んでいました!」
――瞬間、壁が爆発した。
「うわああぁぁっ!?」
「621!」
「レイヴン!」
一発でACをスタッガーに持っていく大火力に、LEAPER4の動きが止まる。当然、それを見逃すレッドガンではない。この好機を逃さんと、次々に砲弾が撃ち込まれていく。
(まずい、まずい、まずい!!!)
左腕は限界を迎えてちぎれ飛び、頭部も装甲が弾け飛んでカメラアイが剥き出しになる。コアは装甲が剥がれ落ちて、コックピットブロックが露出する。まさに、限界間近であった。
「っ!!!」
「おや、ギリギリ仕留めきれませんでしたか。悪運が強いですねえ」
あと一発で死ぬ。そのギリギリのタイミングで、LEAPER4が復帰する。621は即座にクイックブーストを全開に吹かし、離脱。直後に、LEAPER4があった場所に十数発の弾丸が突き刺さる。
「大丈夫ですか、レイヴン!?」
「大丈夫……とは言えないな」
コックピットにまで火花が散っている。ここまで追い込まれたのはいつ以来だったか。長らく忘れていた命の危機が、621の背筋に冷たいものを走らせる。それは、傭兵になったばかりの頃には何度も感じていたはずのもの。最早親しみすら覚えるレベルで共にあったはずのそれを、久しぶりに感じる。それはどうしようもないほどに頭を冷やし、飛躍的に回転を速めていく。
「レイヴン、一度爆発した場所ならばもう一度爆発することはないはずです! そこから壁を蹴っていけば――」
「いや、恐らく無理だろうな。奴がそれを想定していないとは思えん。二層、三層に渡って爆弾を設置していてもおかしくない」
エアとウォルターの話し声がやけに鮮明に聞こえる。いつもなら集中力の大半を戦闘に注ぎ込んでいるせいで、多少なりともくぐもって聞こえるはずなのに。
「壁に攻撃を加えて爆弾を破壊すれば――!」
「駄目だ。爆発の形状と色からして、あれは耐衝撃性の特殊爆薬だ。信管が作動しない限り爆発しない。恐らく五花海が遠隔で信管を制御している」
やはり鮮明に聞こえる。かと言って、戦闘に集中していないわけでもないらしい。さっきまで大きく動いて躱していた砲弾を、全て紙一重の動きで避けていく。何も考えてない。何も感じない。なのに、
「逃げ道は上しかない以上、ミッションを放棄して逃げることもできない…… クソッ! 打つ手は無いのか!」
「敵を全滅させるしか……! だけど、どうやって……!」
焦る二人とは裏腹に、どこまでも心が凪いでいる。あまりにも静かだった。避けきれない砲弾やミサイルを撃ち落としてなお、この状況の打開策を熟考する余裕があるほどだった。
「これほどまでに粘るとは……! しかし全ては無駄な努力! あなたに理気の流れは決してやってこない!」
五花海が何かほざいているが、無視。砲弾を避けるついでにリフトを見上げる。高さはざっと壁蹴り十回分ほどか。壁面の爆弾は、ウォルターですら気付けないほど巧妙に隠されていた。しかも、あれだけ用意周到な五花海のことだから、それを二重、三重と仕込んでいるだろう。それだけ緻密な工作を、この十回分の壁面全てに施すことは、果たして可能なのだろうか。
絶対に無理だ。恐らく、壁蹴りの始動点さえ潰せればいいと考えて、ある程度の高さまでしか工作していないはずだ。
(だけど、俺が届く高さは絶対爆弾で塞いでいるはずだ)
上方向に目一杯ブーストを吹かせば、二回分の高さは稼げる。そこまでは爆弾が設置されていると考えていいだろう。ならば、後は如何にしてそこから爆破されないように高度を稼ぐかという問題だ。
(いや、行けるな)
極限まで加速された621の頭脳は、即座にその答えを導き出した。恐らく、これならば行ける。リフトの上まで飛ぶことができる。それさえできれば、この状況を突破することは容易。621は本気でそんなことを考えていた。
(唯一の問題は、鯉龍がアサルトアーマーを使える場合、この策は使えないということ。今の奴の状態は――)
621は鯉龍に目を向ける。そのコアの後方は展開していて、赤熱した排熱機構が露出していた。つまりは、まだアサルトアーマーは使えない。
(位置関係は……大丈夫だ。ちゃんと俺と奴の間に
ここまでの長期戦で、既に自分もLEAPER4も限界が近いのだ。だから、待っている暇などない。二人に相談する間もなく、即実行に映す。
まずは右腕のライフルを捨てる。そして、そのままアサルトブーストを起動。向かう先は鯉龍の方角。上から降り注ぐ砲弾は、勘で機体を左右に振って回避する。
「! まだ抵抗しますか!」
五花海は両手の武装をLEAPER4に向け、発射。ミサイルとマシンガンがLEAPER4へと殺到する。今のLEAPER4なら、一発でも食らえばお陀仏だ。だから、621は道中にあった
ミサイルもマシンガンも装甲版に阻まれ、LEAPER4には一発も当たらない。そのまま621は装甲版で鯉龍に激突する。
「うおっ!?」
衝撃で五花海の操縦が一瞬途切れる。そして、その一瞬さえあれば十分だった。五花海が動けないのをいいことに、621は鯉龍ごと加速していく。LEAPER4はみるみる速度を上げていき、同時に、アサルトブーストの角度を上へ上へと上げていく。
「なっ!? 貴様、まさか――!」
そろそろエネルギーが切れる。ちょうどエネルギー切れと同時に鯉龍が壁にぶつかるように調整したつもりだったが、上手くいったようだ。けたたましい金属音を響かせて、大体
当然ながら、この状態では爆弾を起動することはできない。自分が巻き込まれてしまうからだ。だから、五花海は自分を踏み台にして跳躍したLEAPER4を見送ることしかできない。これでLEAPER4の現在の高度は壁蹴り三回分。つまり、爆弾が無い
「残念でしたね! あなたが何らかの手段でそこまで高度を稼ぐことは想定済みです!」
――蹴ろうとした瞬間に壁が爆発した。五花海はこの戦いに望むに当たって、621の戦闘ログは得られるだけ全部集め、そしてそれらを分析していた。621は
きっと彼は自分の想定すら超えて、この爆弾の檻を抜け出すに違いない。そう考えた五花海は、部下に無理をさせてでも爆弾の壁を延長させた。ブーストの限界高度から、さらにもう一回り、壁蹴り一回分。それはまさに、五花海の病的なまでの慎重さが作り出した必殺の罠であった。だからこそ――
「悪いが、こっちもそれくらい想定済みだ」
「!!? なぜ生きている!!?」
――爆炎の中からLEAPER4が飛び出したとき、五花海は思考が停止するほどの衝撃を受けた。見れば、LEAPER4の足元には装甲版がある。それを見て五花海は理解した。
621が鯉龍を踏み台にしたとき、LEAPER4は尚も右手に装甲版を握っていた。そして、
「なぜだ!!? なぜ私の策が見破られた!!?」
錯乱気味な五花海の様子は、彼の策が全て破られたことを意味していた。それを尻目に621は語る。
「なぜって、ここまで散々お前の慎重さは見せつけられたからな。
ここまで五花海はあらゆる策謀を二段構えにしていた。機雷で動きを封じてからの砲撃と見せかけて、閃光弾での足止め。四脚MT二機による攻撃と見せかけて、機雷の雨。機雷の雨が本命と見せかけて、わざと残した逃げ道の爆破。信頼できる部下とのコンビネーションアタックと見せかけて、リフトからの砲撃の雨。
だから、壁の爆弾も一段だけとはどうしても考えられなかった。たったそれだけの理由。たったそれだけの判断。策謀もクソも無い単純な帰納法。そんなものに、五花海の最後の砦は崩されたのだった。
「ぬぐぐ……まだです!! MT部隊!! 奴は一発でも当てれば死にます!! 攻撃を集中させるのです!!!」
爆風を装甲版で受け、サーフィンの要領で宙を飛ぶ621は、装甲版を乗り捨てて跳躍。そのまま壁に取り付き、そして壁蹴りで遥かな距離を駆け上がっていく。砲撃MTが狙おうとするが、速度の乗ったLEAPER4相手では狙いも付けられない。そして遂にLEAPER4がリフトの上に表れた。
「撃て! 撃ちまくれ! 所詮は死にかけのAC一機! 隊長の手を煩わせるまでもない!」
今のLEAPER4は、左腕を失っている上に右腕は武装をパージ済み。しかも全身から火花を吹いている。対して、こちらは三十機以上のMT。近接戦に弱い砲撃型MTであったとしても、数の暴力で押し切れると普通は考えてしまう。
これを慢心と呼ぶのは、あまりにも酷だろう。油断と呼ぶにはあまりにも合理的な判断であった。だから、これから起こることは、彼らのせいではない。ただ単純に、621という存在があまりにも理不尽だっただけだ。
◆◆◆◆◆◆
「何なんだよ、アイツ……おかしいだろ……」
半壊したMTの中で、隊員の一人がそう零す。追い詰められた鴉は、あまりにも容赦が無かった。砕けた装甲の隙間から、そいつの戦いぶりが見える。
「俺のことはいい! 撃て!」
まだ健在のMT乗りの一人が叫ぶ。だが、その言葉通りにする者は誰もいない。右腕でMTを抱えたLEAPER4を撃ち抜けるほど人間をやめたものは、この場にはいない。レッドガンの最大の強みである結束力。それが最悪の形で自分たちに牙をむいた瞬間であった。
勿論、何人かの隊員はそれでも覚悟を決めて攻撃を強行した。しかし、そのような行動を取った者は621に優先的に狙われ、あるものは蹴られ、あるものはミサイルで爆撃され、あるものはグレネードで消し飛ばされた。残ったのは、仲間を手にかける恐怖に竦む烏合の衆のみ。そんなものは相手にすらならない。ただ虚しく蹂躙されるのみだ。
「クソッ! 早く、早く下がってくれ!!」
そんなリフト上の惨劇を、五花海は通信越しに眺めることしかできない。621が上がってこれないよう、リフトをかなり上の方に停めていたのが仇となった。これでは、壁蹴りができない五花海ではリフトの上に上がることができない。
だから、リフトを降下させて、自分が上がれるようになるまで部下が生き残ってくれることを祈るしかない。
「! やっとですか!」
漸く上がれる高さに来たリフトに、五花海はすぐさま飛び上がった。そこで見たものとは――
「よう。遅かったな」
――リフト中央に立つ一機のACと、破壊され尽くした三十機ばかりのMT。あまりにも凄惨な光景であった。
「そんな……全滅? 栄光あるレッドガンが……高々一匹の鴉に……?」
真っ黒なACがこちらに近づいてくる。たった一発でも攻撃を当てれば即死するはずのそれが、今では逃れ得ぬ死神にしか見えない。奴は三十機以上のMTを相手にして無傷で勝利したのだ。ならば、たった一人でそんなのと対峙する自分は? MTより性能が上なんてことはなんの気休めにもならない。
「あ……あぁ……!」
全ての策を破られた詐欺師など、翼を捥がれた鳥にすら劣る。そんなものが、鴉相手に生き延びられるものか。
「く、来るなあああぁぁぁ!!!」
迫りくる死神にマシンガンを撃ちまくる。しかし死神はそれをすり抜けるように躱し、そしてその右腕は鯉龍へと伸び――
◆◆◆◆◆◆
「鯉龍の撃破を確認。パイロットは……脱出したようですね」
「ミッション完了だ。621、よく頑張った」
「漸くか……はあぁぁぁ~、もうこんなのは二度とごめんだ」
621はコックピットで一息つく。まさか消化試合でしかなかったはずの地中探査 - 深度1で、死を覚悟するほどの苦戦を強いられるとは。
「あ゛~、早く帰って寝たい……」
「今ヘリを向かわせている。少しだけ待っててくれ」
LEAPER4のコックピットでは火花が飛び、そのせいか焦げ臭い匂いもする。居心地がいいとは言えなかった。
(この分なら深度2以降も今まで通りとは行かないだろうなあ……)
今から先のことを考えて、621は憂鬱になる。レッドガンの構成人数が具体的にどの程度かは知らないが、確か相当な人数であったはずだ。今回のミッションで殲滅したのはほんの一部に過ぎない。未だ健在な大半は、深度2の調査に乗り出していることだろう。
(このまま行けば、そいつらの相手もすることになるんだろうなあ。そうなったら、当然
G5 イグアス。アイスワーム戦で吹っ切れて、今では凄まじい近接格闘能力でレッドガンの最前線を切り拓く男だ。
(前は共闘したけど、今度は殺し合うのか。それは、何というか――)
――嫌だなあ。それは間違いなく621の偽らざる本音であっただろう。だが、そう思った理由は――
(だってアイツの格闘、滅茶苦茶動き良かったし。戦ったら絶対一筋縄じゃ行かない。しかもアイツ俺のことを野良犬って煽ってきてウザイし。だから嫌なんだよ、アイツと戦うの。そうだよ。それで嫌なんだよ。それ以上でもそれ以下でもない)
――それは、果たして彼の本心なのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
621たちがウォッチポイント・アルファで激闘を繰り広げているその一方で。ベリウス地方、グリッド086にて。フレームを交換したラミーとダナムの対戦を横目に、話し込んでいる二人がいた。
「ほれ見ろ。やはり私の言った通りじゃないか」
一人はサム・ドルマヤン。
「ああ、あんたの言った通りだよ。こっちの方がアイツらに合ってるなんてね」
もう一人はシンダー・カーラ。解放戦線とRaDの頭領が肩をそろえて話し合う。少し前では想像すらできなかった光景が、今では毎日の恒例行事となっている。巡り合わせとは不思議なものだと、傍に仕えるチャティは思った。
「だから言ったのだ。年の功は大事にすべきだと。大体お前は、カタログスペックにばかり目を向けて――」
「あー、はいはい。わかってますよ、おじいちゃん」
いつものように始まるドルマヤンの小言を、カーラは面倒臭そうに一蹴する。これも最近の恒例行事であった。ドルマヤンがカーラのACの使い方にダメ出しし、それをカーラが受け流す。受け流されたドルマヤンは腹を立て、議論はヒートアップしていく。それが、いつもの流れ。
巻き込まれては堪らないと、二人の周囲にいた人々は次々と去っていく。チャティも、ツィイーも、アーシルも。その他大勢のドーザー及びルビコニアンも。誰もかれもが去っていく。一応彼らはそれぞれの組織のトップの護衛としてその場にいたはずなのに。
組織のトップが別の組織のトップと二人きりでいるというのは、言いようもなく危険な状態だ。何せ、どちらかがどちらかに危害を加えようと思えば、簡単にできてしまう状態だからだ。それを防ぐためにお互い護衛を付けているというのに、今彼らは全員トップを見捨てて逃げ出した。パワハラ老人の説教は、それほどまでに面倒臭いのだ。
カーラは憤慨する。またしても自分一人が生贄に選ばれたことに。どうしていつもこうなってしまうのか。組織の長という自分の立場を呪う。こんなことをするためにRaDを乗っ取ったわけではないのに。
「さて、人払いは済んだか」
だが、今日ドルマヤンが口にしたのは、いつものパワハラ説教ではなかった。
「は? アンタ、何を――」
「単刀直入に聞こう。お前たちはどんな方法で人とコーラルの共生を為そうと考えているのだ?」
告げられた質問に、カーラは自身の肝がどこまでも冷えていくのを感じた。
「何を、言って――」
「とぼけても無駄だ。私はかつて変異波形と交信していた。アイビスの火以前、お前がどこにいたのかも知っている」
それはある意味とどめの言葉であった。カーラはウォルター経由で、変異波形が電子戦に於いてどれほど無法な性能を誇っているのかを知っている。自身の
「……アンタ、何が目的だい?」
「お前と同じだ。人類を守るために、人とコーラルの共生を為す」
「それをどう信用しろと?」
「お前なら当然ザイレムでの戦闘ログは見ているものと思っていたが」
「……チッ」
本当にこの老人は何処まで知っているというのか。あの戦闘ログにアクセスできるのは解放戦線とウォルター陣営の人間のみ。つまり、ドルマヤンは自分とウォルターの繋がりを確信しているということになる。
さっきまではただの鬱陶しいパワハラ老人にしか見えなかった彼が、今は底知れない怪物に思えた。
「……わかったよ。ビジターに免じて、今はアンタを信用してやるよ」
「ありがとう。それで話は戻るが、どのような方法を考えている?」
話はまたそこに帰る。結局ドルマヤンが一番気にしているのはそれだ。できれば共生を成し遂げたいとは思っているが、しかしドルマヤンはどこまでも人間だ。現実的な方法が無いのならば、再びコーラルを抑え込むためにその「搾取」を再開する覚悟もある。今後の身の振り方を決めるためにも、これだけは聞いておかなければならなかった。
だが、カーラの答えは期待しているようなものではなかった。
「それがねえ……未だに有効なヤツが見つかってないんだよ」
「なんだと? もう時間が無いのではなかったのか? コーラルの増殖は近い内に臨界点に達するのではないのか? そんな悠長にしていていいのか?」
ドルマヤンは凄む。その剣幕に、思わずカーラは後ずさった。
「い、いや、あるにはあるんだが……現実的でないというか、前提条件が厳しすぎるというか……」
「何だっていい。話してみろ」
そうしてカーラがドルマヤンに語ったのは、621が見つけた論文、「コーラルエンボディ」についてだった。話を聞かされたドルマヤンは、口元に手を当てて思考に没頭する。目も閉ざして、完全に考える態勢に入っていた。
「どうだい? 悪くない話ではあるんだけど、やっぱりどうしても
熟考するドルマヤンを無視して、カーラは思いの丈をぶちまける。自分としても、惑星を丸ごと焼き払ったり、命あるコーラルを根こそぎ焼失させたりなんてことはしたくないのだ。
だから、他の方法はないか必死になって探ってきた。それでも、現状可能性があるのは「コーラルエンボディ」だけであり、それですら前提の時点で頓挫している。これでは、嘆きたくもなろう。
「いや、足りる」
だが、いつの間にか目を開けていたドルマヤンが、小さくそう溢した。
「ハァ? アンタ話聞いてたのかい? コーラルエンボディを起こすためには――」
「わかっているとも。それを実現するものが、このルビコンにある」
確信に満ちたドルマヤンの発現に、カーラは眉を顰める。自分は集積コーラルを探すうえで、このルビコン3のほぼ全域を調べている。エンボディが可能なほどの量の
「これは話すよりも実際に見てもらった方が早い」
だがドルマヤンは構わず話を続ける。
「後からこの星に来たお前は知らんだろうが……
「……アドバイスどーも。まあ、今回ばかりは素直にアンタに従わせてもらうよ」
ぶっきらぼうに話を終えるカーラに、ドルマヤンは満足そうな顔で頷く。彼の齎した情報が、人とコーラルの共生の鍵となるのかどうか。それが明かされるのは、もう少し先のことだ。
◆◆◆◆◆◆
「しかし、アンタはなかなかに策士だねえ。パワハラ老人の振りをして部下を遠ざけて、他人に聞かせられない話ができる環境を作るとはねえ」
「は? 何を言っている。私がお前に言ってきたことは、全部本心からの言葉だぞ」
「……このパワハラクソジジイ!!」
621
身内以外には割と容赦無いタイプの鴉。卑怯上等、生きてる方が勝ち精神は傭兵の常。それはそれとしてイグアスには複雑な感情を抱いてます。
ウォルター
何だかんだ戦闘時のエアは、621の言葉よりも彼の言葉の方を頼りにしてるんじゃないかなって。まさに大黒柱。
エア
変異波形ならCIWSだってやれちゃう。やっぱりこの子割と無法な性能しているのでは?
五花海
なんでこの人こんなに強化されてるの? プロットに無い策を張り巡らすのは執筆難易度が激増するからヤメロォ!!
レッドガンに対する忠誠心は本物。なおベイラム。
コンチェ
地理詳しくないクソにわかなのではっきりしたことは言えませんが、孔雀川(コンチェ・ダリヤ)の最も上流に五花海が位置しているらしいですね。五花海の副官にはピッタリな名前なんじゃないでしょうか。
カーラ
今度はパワハラ老人のターゲットにされた悲しきお人。寿司の件といい、本作のカーラやたらと不憫じゃない?
ドルマヤン
覚醒パワハラジジイ。間違いなく人類のためになることをしているのだが……どうしてこうなった?
ということで遅ればせながら地中探査 - 深度1ALT後半戦。書いてるうちに楽しくなっちゃって、なんか五花海の強さが盛りに盛られちゃったけど後悔はしてません。これじゃあ本編のクソ雑魚っぷりが説明できなくなっちゃうよ……(原作乖離)
次回は地中探査 - 深度2。レッドガンが存命なので、当然ここも大幅に変わってきます。お楽しみに。