深度1での激戦を終えたその夜。日が沈み、辺りはすっかり暗くなっている……かどうかは、このウォッチポイント・アルファの中からではわからないが。少なくとも時計は、今がそういう時間帯であることを主張している。
深度1に停泊した拠点ヘリの中では、621は既に就寝済み、エアはその傍にいて、ウォルターは一人書斎でパソコンを眺めていた。モニターに表示されているのは今回のミッションの戦闘ログ。
ウォルターにとって、今回のミッションは反省点の多いものであった。何せ、あと一歩で621が死ぬというところまで追い込まれたのだ。五花海の策略を見抜けず、いいように嵌められてしまった。相手が最悪の詐欺師であったことなど、なんの言い訳にもならない。621が死んだら終わりなのだ。
だから、ウォルターは食い入るようにログを見返す。そして、そんな風に夜を過ごすうちに、一つのことに気付いた。
「エアが機械に強いのは知っていたが……まさかACの腕をここまで動かせるとはな」
エアがLEAPER4のシステムに入り込んで左腕を乗っ取ったが、その時の動きはウォルターから見ても優れたものであった。
「エアには悪いが……やはり、どうしても二人で戦場に出て欲しいと思ってしまうな」
戦場では味方が一人増えるだけで生存率は大幅に違ってくる。以前にも考えたことだが、もし621とエアの二人体制で出撃できるようになれば、如何なる困難をも乗り越えられるだろう。滅多なことがあったとしても、きっと死にはしない。それは、とても魅力的に思えた。
「勿論本人の意思次第だが……」
本人が望まないなら、絶対に戦場には立たせない。そうは思うのだが、同時に、エアならば絶対にこの提案を受け入れてしまうだろうな、という確信があった。彼女の献身性の強さは、ウォルターも知るところだ。戦場に出て、直接621を守れる。そんな甘美な誘いを、きっと彼女は断れない。
「……本当にやるとしたら、徹底的な訓練が必要だな」
あの手の人間には……いや、人間ではないが、しかしああいった心の持ち主には、守りたい誰かを守るためならば自分の身がどうなろうと気にしないという危うさがある。だから、本当に彼女を戦場に出す場合、彼女が自分自身を守れるように、技術的にも精神的にも厳しい訓練をつける必要があるだろう。
「まあそれ以前に、エアを戦場に出すためには根本的な問題が残っているのだが……」
ここまで621とエアが共に戦うという構想を練っていたが、現状それは原理的に不可能であった。エアは“機械に強い”が、ACレベルの複雑な兵器を十全に動かせるほどではない。今回やってみせたように、せいぜい腕一本が限界だ。
「エアにACを動かしてもらうなら、コーラル技術を使ったACでなければならない」
前に本人が語った通り、エアはコーラル技術を用いた機械ならば手足のように動かせる。そして、そのようなACがこの世に存在していることをウォルターは知っている。だが、生憎その現物は持ち合わせていない。
「確か、技研のデータベースに……」
ウォルターはフォルダを漁る。確かにコーラル技術を使ったACの現物は今は無い。
「……あった」
モニターに表示されたのは二機のAC。一機は、全身EPHEMERAフレームの真っ白なAC。フレーム自体は何の変哲もないEPHEMERA一式だが、しかしその武装と内装は全く異なっていた。
「データは完全に再現されている。これを使えば、シミュレータ上とは言えエアをACに乗せてやれる」
いつも621の力となれることを求める彼女に、一度それを体験させてやるのも悪くはないだろう。
「だが、この武装は使わせられないな」
このACに搭載されている武装群。
ウォルターは思う。エアからしてみれば、これらの兵装はあまりにも非人道的――否、非コーラル道的であるだろう。ジェネレータとFCSは原理上変えるわけにはいかないが、武装はいくらでも変えられる。
こんなものを使わせる必要は無いのだ。
「ひとまずは一般的な技研ACの武装構成に変更しておこう。決して初心者向けとは言えない武装だが、しかしEPHEMERAフレームとの相性の良さは侮れない」
右手を
一仕事終えたウォルターは、表示させていたもう一機のACに視線を向ける。原理的に考えれば、
「…………」
この機体に込められた
「……いつから俺はそんな感傷的な考えをするようになったんだ」
思わず浮かび上がった馬鹿らしい考えを捨てさり、作業に集中する。シミュレータにエア仕様のEPHEMERAのデータを組み込まなければならないのだ。余計なことを考えている暇は無かった。
その後、エアが心配になって顔を出しに来るその時まで、書斎にはキーボードの音が鳴り響き続けたのだった。
◆◆◆◆◆◆
翌日。朝食を終えた三人はいつものブリーフィングルームに集まっていた。
「621、仕事の続きだ」
仕事モードのウォルターの声に、621は背筋を伸ばす。
「深度2の探査を行ってもらう」
スクリーンに映し出されたのは、半透明な3Dモデル。昨日探査した縦穴、“深度1”の下に、入り組んだ構造の巨大な建造物が見える。それこそが通称“深度2”であった。
「この区画は横にも広く、物資輸送のための線路が張り巡らされている。複雑な道中には物陰や死角も多い。閉所での戦闘に備えておけ」
深度1とは打って変わって、深度2は非常に複雑な構造をしている。必然、求められる戦闘スタイルも変わってくるだろう。だが、そんなことよりもずっと気になることが621にはあった。幸いにも、それについてはすぐにウォルターが説明してくれそうだ。
「昨夜、エアが先行したベイラム部隊の通信ログを拾ってきてくれた。それによると、奴らは既に深度2の大半を制圧し、拠点化し始めているようだ」
やはり、三度目までとは大きく違う。ネペンテスによる壊滅が無かったことになったお蔭で、この周回のベイラムは順調に探査を進めているようだ。
「既に深度3に踏み込むまで秒読みという段階に入っているらしい。想定よりもかなり早いペースだ。アーキバスも相当焦っているのか、こちらに突入を催促する連絡まで寄越してきている」
まさか集積コーラル争奪戦でベイラムが優位に立つ世界線があるとは。621としてはそんな謎の感慨深さを感じざるを得ない。
「ベイラムの陣頭指揮を執っているのはG5 イグアスだ。奴が最前線を切り拓くことで、このハイペースを維持している。そこでだ」
ウォルターの視線が621の方へと向く。621は、次に何を言われるのか何となく察したのだった。
「アーキバスから追加で依頼が来ている。今のベイラムの要、G5 イグアス。奴を排除してほしいそうだ」
◆◆◆◆◆◆
R-ARM UNIT:
L-ARM UNIT:
R-BACK UNIT:
L-BACK UNIT:
HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE
CORE:CC-2000 ORBITER
ARMS:VP-46D
LEGS:VP-422
BOOSTER:ALULA/21E
FCS:FC-008 TALBOT
GENERATOR:DF-GN-06 MING-TANG
EXPANSION:ASSAULT ARMOR
「よし、オーケー」
拠点ヘリのガレージにて。621は今回のミッションのためのアセンブルを組んでいた。機体コンセプトは射撃戦と格闘戦の両立。深度2は基本的に狭い場所が多いが、しかし一部区画は機動戦ができるくらいには広い。故に、求められるのは遠距離の撃ち合いにも、近距離の殴り合いにも、どちらにも対処できる機体。それが今回のアセンブルだ。
「621、準備はできたか?」
「うん、ウォルター。いつでも行けるよ」
「本当はもっと休ませてやりたかったんだが……アーキバスからの催促がうるさくてな……」
「いやいや大丈夫。これぐらいよくあることさ」
申し訳なさそうに視線を下げるウォルターに対し、コックピットから顔を出した621は首を横に振る。傭兵に強行軍は付き物だ。あの激戦の後に休息がたったの一日だけというのは、思うところが無いわけではない。しかし、ベイラムよりも先に集積コーラルに辿り着かなければならないのは自分たちも同じなのだ。故に、アーキバスの催促に乗ってやるのも、やぶさかではない。
「エア、これ以降の深度では広域レーダーによる情報支援はできない。だから、621のことを頼む」
「勿論です。お任せください」
ザイレムでもそうだったように、エアならばレーダーが使えない場所であっても問題なく支援できる。レーダー波の届かない地下構造物において、彼女ほど頼もしいオペレーターは存在しないだろう。
「俺もできる限りのサポートはするが、結局はお前たちの感覚が頼りだ。……二人とも、生きて帰れ」
「「了解!」」
621はコックピットを閉じ、エアはお手伝いロボから621の頭の中へと移る。ウォルターもオペレーター席へと座り、全員準備完了だ。ヘリの底部が開き、LEAPER4がその姿を表す。
「行くぞ。ミッション開始だ」
LEAPER4がヘリから切り離され、重力に従って落下する。それと同時に621はLEAPER4との神経接続を確立する。
『メインシステム、戦闘モード起動』
聞き慣れたシステムボイスと共に広がっていく感覚。着地と同時に、LEAPER4が621の身体となる。
「行きましょう、レイヴン。ここからが地中探査の本番です」
「ああ、行こう」
否応なしに緊張感が高まっていく。深度1で
隔壁にアクセス。深度1と深度2を隔てる扉が、ゆっくりと開いた。
◆◆◆◆◆◆
同時刻。深度2にて。
「ACの反応! 識別信号は……レッドガンではない!」
「レイヴンだ! やはり、奴はアーキバスに付いたか!」
俄かに騒がしくなるMT乗りたち。それも当然だろう。相手はあの最強の傭兵。鉄壁と思われていた五花海の防衛戦を壊滅させた相手なのだ。
だが、それでも彼らの士気は高い。
「レイヴンが何だ! ただの一匹狼……いや、一匹鴉如き、連携して当たれば……!」
「そうだ! 俺たちはレッドガンだ! イグアス隊長の手を煩わせるまでもねえ!」
現在深度2の最奥部を攻略中のイグアスが、背中から撃たれるようなことなどあってはならない。だから、刺し違えてでもレイヴンを落とすと、彼らは覚悟を決める。血の気の多い彼らは、自分たちでレイヴンを倒すのだと信じてやまなかった。
だが、そこに水を差す存在がいた。
『てめえら……何馬鹿なことを言ってやがる』
他ならぬイグアス本人だ。
「イグアス隊長! 探査の方は大丈夫なのでありますか?」
『技研の木っ端人形程度、てめえらと話す片手間でもぶっ壊せるわ』
「流石はイグアス隊長!」
MT乗りたちの上擦った声援に対して、通信の向こうから面倒臭そうな溜息が聞こえてくる。MT乗りたちの態度に思うところがあるのだろう。だが、それを察したとしてもMT乗りたちはその態度を改める気は更々無かった。誰が常に最前線に出て自分たちのために道を切り拓いてくれる英雄に対して、舐めた態度を取れようか。
『てめえらみたいな雑魚が何人集まったところで、
「心配してくださるのですか? 流石は隊長!」
『……チッ』
イグアスは頭を抱える。ちょっと前までは自分はレッドガンの爪弾き者だったのに、いつの間にやらこんな扱いだ。アイスワーム戦以降、イグアスに対する他隊員の態度はずっとこんな調子だ。
(まあ邪険にされるよりかはずっとマシだが……)
技研の無人MTを片手間で始末しながら、イグアスは天を仰ぐ。
『お前たちもわかってんだろ? アイツの強さを。悪いことは言わねえ。MTが戦って勝てる相手じゃねえ。さっさと逃げちまえ』
レイヴンの情報は、最優先警戒対象としてレッドガン全員に叩き込んだはずだ。戦闘ログだってある分を全部見せている。ならば、MTでレイヴンと対峙することが如何に無謀なことなのか、冷静に考えればわかるはずだ。さっさと頭を冷やして、無駄な玉砕はやめろ。そんな思いからの忠告は、しかしMT乗りの一人によって思わぬ答えで返された。
「ええ。わかっております。我々では決してレイヴンには勝てない。悔しいですが、事実です」
『は?』
「な、貴様!?」
「何を言っている! 我らレッドガンの力があれば、鴉一匹――!」
一人のMT乗りが発したのは、冷酷な現実であった。その弱気とも取れる発言には、同じレッドガンの隊員たちも非難轟々であった。
『てめえら一度黙れ。耳障りだ』
「「……」」
だが、そんな喧噪はイグアスの一声で静められた。
『野良犬の戦闘ログは見てんだろ? ならわかるはずだ。無理なもんは無理なんだよ』
冷水をかけられた頭に、さらに現実を叩きつけられる。隊員たちとて、わかっていないわけではないのだ。自分たちとレイヴンの、その間にある圧倒的な力の差を。
ただ頭ではわかっていても、納得できなかっただけなのだ。それをこの勇気ある隊員は、今一度突き付けてくれたのだった。
『いいか? てめえらの出番はここじゃねえ。野良犬は俺に任せて、ここは大人しく――』
「いいえ! それは違います!」
落ち着いた隊員に避難を促すイグアスだったが、それを突然遮られる。遮ったのは、さっき現実を語った
『ああ? お前さっきは――』
「隊長! 確かに我々ではレイヴンに勝てません! だけど、少しでも消耗させることはできるはずです! 我々全員で奴を削って、最後に隊長に託す! それが最も確実な方法であるはずです!」
『……』
一理あった。レイヴンを倒せる可能性があるのはイグアス一人だが、傷つけるだけなら誰にだって可能性がある。それを全員で少しでも蓄積させれば。
自らを捨て駒と定義して、信頼できる仲間に願いを託す。隊員間の絆が強いレッドガンだからこその戦略だ。
『チッ、馬鹿野郎どもが……』
苛立たし気なイグアスの声が通信に響く。
『しょうがねえ、野良犬との交戦を許可してやる』
「! 隊長!」
MT乗りたちの顔に歓喜の色が溢れる。我らが英雄に頼りにされている。ただそれだけで、天にも昇る気持ちであった。
『ただし!』
「……!」
『死ぬことは
「「「「「隊長!!」」」」」
通信越しに尊敬と忠義をぶつけられて、イグアスはうっとおしそうに顔を顰める。
『勘違いすんなよ。てめえらが死んでミシガンの野郎にどやされるのは誰だと思ってる? 隊長様に迷惑をかけたくなかったら、死んでも死ぬんじゃねえぞ』
「「「「「隊長!!!」」」」」
またしても特大量の畏敬をぶつけられて、イグアスは溜息を吐いた。どうして自分はこんな立場になってしまったのか。ただミシガンを一発ぶん殴れれば良かったはずなのに。
意図せず偶像になり果ててしまった自分の立場を嘆く。だが、どういうわけか悪い気はしなかった。
『わかったらさっさと仕事に戻れ。てめえらの声は喧しくて堪んねえんだよ』
それっきり通信が切れる。もうイグアスの声は聞こえてこない。だが――
「行くぞお前ら! 少しでも隊長を楽にしてやるんだ!」
「「「「「おおぉーー!!」」」」」
――もう既に、士気は上々だ。
◆◆◆◆◆◆
「全く、あの馬鹿どもと来たら……」
直前まで聞こえていた部下たちの声を思い返す。自身を慕う呼び声。クソほどうっとおしいが、嫌いではない。
「クソが、こんな場所に放り込まれたってのに、よくあんな元気を出せるもんだ」
上の命令が無ければこんな日もあたらない場所など御免だというのに。だが、アイツらと一緒ならこんな場所も悪くないように思えてくる。
「人の気も知らないで、いい気なもんだ」
口先では罵声が飛び出ているが、その表情はどうしようもなく笑顔であった。
「さて、それじゃあ――」
一旦思考を打ち切って、目の前の隔壁を開ける。開いた隔壁の先に待ち受けるは、青い人型の機械。ACより一回り大きいそれは、封鎖機構が残していった防衛兵器の一つだ。
「託されちまったんだ。悪いが、てめえは速攻で片付けさせてもらうぜ。木っ端人形」
構える人型に対し、イグアスは歯をむき出して笑ってみせた。
621
運命を変えまくった結果今までの知識が役に立たなくなってきたタイプの逆行系主人公。621の明日はどっちだ。
ウォルター
やっぱり621の生存のためにエアに戦場に出てほしいけど、エアの生存のためにエアに戦場に出てほしくないジレンマ。長らく一緒にいたせいで、エア本人の意思がどっちに向くかが予想できてるのも拍車をかける。
エア
順調にAC搭乗フラグが立ち始めてる娘。でも本編でのSOLとかECHOとかの操縦を見る限り、エアちゃん絶対才能あると思うの。
コーラル技術を使ったAC
本編時点で二種類あるけど、エアちゃんにはEPHEMERAの方が合ってそう。元々無人機だからね。
レッドガン
イグアスがネペンテスを破壊しただけなのに運命変わりすぎでは? イグアス隊長に鴉狩りの願いを託して、自分たちは捨て駒に徹します。覚悟決まりすぎぃ!
イグアス
エンフォーサーと対峙。もうお前が主人公でいいよ。
というわけで深度2導入編。封鎖機構の防衛兵器たちはイグアスにボコボコにされたので出番はありません。なので次回繰り広げられるのは621vsレッドガン第二ラウンド。乞うご期待。