四度目の鴉   作:Astley

37 / 50
 今回独自解釈があります。ゲーム的に考えればこうはならなそうなんだけど、でもこうなった方が戦闘シーンが面白いじゃん?


34:頂点捕食者

 LEAPER4とスティールヘイズが同時に駆けだす。お互いの選んだ最初の一手は、奇しくも同じ。横方向へのクイックブースト。つまりは、射撃戦の構え。互いに円を描く軌道を取りながら、両機共に右腕のライフルを相手に向ける。

 

「戦友。あの時とは違うということを、証明してみせる」

 

「ああ、望むところだ」

 

 かつて、『壁』で対峙したときは、621が一方的にラスティを下すこととなった。621の緩急をつけた動きに対してラスティは殆ど射撃を当てられず、逆に621のマニュアルエイムの射撃はほぼ全てスティールヘイズに命中していた。

 だが、今は――

 

「っ! その動き!」

 

 621のリニアライフルが、スティールヘイズを掠める。確実にクリーンヒットさせるつもりで撃ったはずなのに。スティールヘイズは見覚えのある動きで――否、()()()()()()()()()()()()()()でこちらの射撃を往なしている。

 

(あれは、俺の動きだ!)

 

 FCSを騙す緩急。相手にマニュアルエイムを強いる、621の最大の盾。それを今、ラスティが使っている。その事実に、621の心は震えた。剥き出しの歓喜と闘争心が、笑みとなって621の顔に浮かぶ。

 

「回避だけではないさ!」

 

 スティールヘイズの右手のライフルが、LEAPER4の装甲を削った。それはつまり、向こうもマニュアルエイムで射撃しているということ。

 

「腕を上げたな! 戦友!」

 

 621は直撃だけは避けているが、しかし何度も弾丸がLEAPER4を掠り、そのたびに装甲が削り取られていく。かつては一方的だったはずの射撃戦は、今や完全に互角の様相を呈していた。

 

((このまま削り合うだけじゃ(では)勝てない!))

 

 射撃戦の最中、この膠着状態を崩そうと両者同時に右肩の武装を放つ。LEAPER4の右肩から六機のドローンが、スティールヘイズの右肩から三発のプラズマミサイルが発射される。合計九発の誘導武装が戦場に放たれ――

 

「「っ!!」」

 

――直後に全て爆散した。ドローンに蓄えられたエネルギーが、プラズマミサイルに詰め込まれたプラズマ物質が、それぞれの持ち主自身を焼き払う。なんのことはない。ただ両者共に撃たれた直後のドローン及びミサイルを撃ち落としたというだけ。状況を変えるための誘導武装は、むしろお互いの自機を焼くだけに終わる。

 

「ここまでするか! 本当にどこまで強くなるんだ! 戦友!」

 

「君にだけは言われたくないさ!」

 

 自爆したことなど引きずってはいられない。お互いにとって、お互いが最大の宿敵なのだ。次から次へと、切れる手札は切ってゆかねば。そうでなければ、数瞬後には屍となって転がるだけ。

 だから両者は、同時に足を止めて左肩の武装を構える。LEAPER4がEARSHOT(大グレネード)を、スティールヘイズがS()O()N()G()B()I()R()D()S()を。構えに使う時間は最小限。発射の反動など、自分ならば無理矢理抑え込めるし、きっと相手もそうしてくる。そんなどうしようもないほどの信頼が、お互いに最速でトリガーを引かせる。

 一発の大型榴弾と、二発の小型榴弾。それらは空中で衝突し、直後に洞窟全体を揺らがすほどの大爆発が巻き起こった。着弾地点を中心に咲き誇る大輪の爆炎は、二機のACを呑み込まんとするほどに大きい。

 だが、621は迷いなくその爆炎の中へと突っ込んでいった。機体が焼かれるのも構わず、アサルトブーストを起動。真っ赤に塗りつぶされた視界の中で、勘だけで()()()()()()()を計る。そして左腕のパルスブレードを発振すると同時に爆炎が晴れ――

 

「! やっぱそうするよな!」

 

「以心伝心なようで何よりだ! 戦友!」

 

――目の前に、レーザースライサーを起動したスティールヘイズがいた。お互い考えることは同じ。爆炎を隠れ蓑に接近して、近接戦に移行する。ならば、ここからはシンプルな剣戟だ。

 お互い同時に得物を振るう。パルスブレードもレーザースライサーも、その原理の大元は同じ。高エネルギー物質を、力場によって刃の形に固定しているだけ。そして、その力場同士は互いに反発しあう。故に――

 

「「っ!」」

 

――緑の大刃と、青の両刃がぶつかり合う。まるで物理的な刃のように。火花の代わりに緑と青のエネルギーを散らし、二機のACが刃越しに睨み合う。駆動系に有らん限りのエネルギーを注ぎ込み、その出力を以て刃を押し込む。

 

(パワーではこちらが勝っている! このまま押し切れれば……!)

 

 鍔迫り合いは、LEAPER4の方が有利だ。射撃戦と近接戦の両立を目指したVP-46Dと、軽さと空力特性を追及したNACHTREIHER/46Eでは、当然前者の方がパワーに優れる。実際、スティールヘイズではLEAPER4のトルクを抑え込めず、均衡は崩れ始めていた。このまま押せば、すぐにでもスティールヘイズの体勢を崩すことができる。

 

「まだだ!」

 

「!」

 

 だが、それを許すラスティではない。ラスティは、一瞬だけレーザースライサーの発振を止めた。621からしたら、鍔迫り合いの最中に急に相手の刃が消えた形になる。当然、力を込めていたLEAPER4は急に支えが無くなったことで、前につんのめった。

 こんな隙だらけの相手を逃すラスティではない。再びスライサーを起動し、その刃を倒れ込むLEAPER4に振るう。

 

「こっちだって、まださ!」

 

「!!」

 

 だが、621もこうなることは予想済みであった。あの戦友が、このまま鍔迫り合いで押し負けることを良しとするはずがない。その信頼は、今この場においては彼に対する最大級の警戒心という形で現れていた。

 警戒しているのなら、対処できる。前につんのめったLEAPER4は、その勢いに逆らわずに前転。天地が逆さまになったその瞬間に、スティールヘイズ目掛けて右足を伸ばす。つまりは蹴りだ。

 スティールヘイズの左腕が蹴り上げられ、スライサーが弾かれる。今度はラスティが隙を晒す側だ。621としてはこのまま追撃したいところだが、しかしパルスブレードは先の鍔迫り合いのせいでオーバーヒートしている。故に、追撃に選んだのはリニアライフル。チャージしたそれをスティールヘイズのコアに押し付け、ゼロ距離射撃で削りにかかる。

 

「全く以て以心伝心だな! 戦友!」

 

「っ!? お前も――!?」

 

 スティールヘイズのコアに銃口を押し付けるのと同時に、LEAPER4のコックピットに伝わる些細な衝撃。それが何を表しているのか、621にはわかる。()()()()()()()。同じように、銃口を。

 見れば、体勢を崩されながらもスティールヘイズは右腕のライフルをLEAPER4のコアに突き立てている。

 

「「ぐっ――!!」」

 

 瞬間、同時に響く衝撃。チャージリニアが、三点バーストが、両者のコックピットを盛大に揺らす。堪らず二人は即座に後方クイックブーストを吹かし、両者の間合いは振り出しに戻った。

 

「ハァ、ハァ……戦友。これでも君は私を情けないと言うか?」

 

「フゥー……言うわけないだろ。ちょっと予想外だ。ここまで強くなってるなんて」

 

 今一度距離が離れたので、621は改めてスティールヘイズを観察する。初めて見るアセンブル。恐らく、()()()()()()()()()に調整した新たな構成だ。右腕はMA-E-211 SAMPU(バーストハンドガン)を下ろし、代わりに左肩のMA-J-200 RANSETSU-RF(バーストライフル)を持ってきている。そして空いた左肩には、SONGBIRDS(連装グレネード)を積んでいる。対AC戦を重視して、火力と衝撃力を底上げした武装構成と言えるだろう。

 

「この程度で驚かれるのは心外だな。まだまだ私の手札は有り余っているというのに」

 

「そりゃあ楽しみだ。全部切らせて、その上で上回ってやるよ」

 

 成り行きで戦闘は一時停止したが、戦意は微塵も衰えない。むしろどんどん心の底から溢れてくる。ただひたすらに、目の前の戦友(ライバル)に勝ちたい。身分も使命も、今はなんの意味も為さない。今ここにいるのは、たった二人()()()()()()だけなのだから。求めるものはただ一つ、勝利のみ。

 

「では、続けようか。戦友」

 

「ああ」

 

 休憩はここまで。両者ともに、身体の内側から溢れてくる衝動に突き動かされて、再び全身に力を籠める。それに呼応するように、二体の巨人は唸りを上げる。ジェネレータが、アクチュエーターが、モーターが。身体中のなにもかもが、ライバルに全てをぶつけられる歓喜にうち震えていた。

 そして、戦闘は再開する。621は左肩のグレネードを構え、ラスティは真っ直ぐ前にアサルトブーストを吹かす。621は射撃戦を、ラスティは格闘戦を狙った。ここにきて、二人の思惑が初めて食い違った。

 

「「――!」」

 

 一瞬の無言。しかし、二人にとってそれは永遠にも感じられた。迫るAC。向けられる銃口。ここで外してしまえば、ラスティの思惑が通ってしまう。ここで食らってしまえば、レイヴンの思惑が通ってしまう。実力が拮抗している以上、相手に流れを掴ませるわけにはいかないのに。

 極限の緊張によって無限に引き延ばされた一瞬の中で、絶対に当て(避け)なければならない一撃に全神経を注ぐ。要は読み合いであった。どっちの方向に、どの程度の速度(角度)でどのタイミングで回避(射撃)するのか。自分のそれは予測させずに、相手のそれは的中させる。そんな無理難題を為さねばならない。

 

(見える……ギアが、モーターが、シリンジポンプが、次の動きを教えてくれる……!)

 

 だが、読み合いにおいて一日の長があるのは621の方であった。

 人の筋肉は考えるよりも前に動き、それ故に達人はそれを見極めて一手先を読むという。そして621レベルでACを知り尽くしていれば、同じ理論をACに当て嵌められる。

 ACとは、人間の意識と同調して動く兵器だ。故に、そこには無意識の動きも反映される。ACにおける筋肉、即ちその駆動系に。

 装甲の隙間から僅かに顔を覗かせるスティールヘイズの内部機構。その蠢きが、ラスティの次の回避行動を何よりも雄弁に語っている。

 

(0.3秒後、右に出力70%でクイックブースト!)

 

 完全に読み切れた。だが、621はそれを微塵も表に出さない。飽くまで読み合いに迷いながら狙っているフリをする。予想通りの未来から変えないように、機体全体を使って演技する。

 

「そこ!」

 

「っ!?」

 

 そして、()()()が来る直前で一気に狙いを変えてトリガー。ラスティからすれば、ちょうど回避したタイミングで回避先にグレネードを撃たれた形になる。まさに回避は不可能。流れを掴んだのは、621――

 

「は?」

 

「危なかった。まさかこんなに早く一枚切らされるとはね」

 

 621の脳は、一瞬目の前の光景の理解を拒んだ。おかしい。グレネードが直撃したはずではなかったのではないか。何故爆発が起きていない。弾はどこにいった。どうしてスティールヘイズは()()()()()()()()()()()()()。疑問は尽きず、理解はできない。

 しかし、直後に()()()()()()()()()榴弾がスティールヘイズの背後で爆発したことで、621は全てを理解した。

 

()()()()()!?」

 

「ご明察だ、戦友。それと――」

 

 驚愕で一瞬思考が停止しかける。621ですら、弾丸を斬り払うなどという芸当は無理だ。いや、弾丸に刃を当てるまではギリギリできるかもしれないが、飛んできた弾丸を自分に当たらないように斬るなんて。

 そんなことを考えていた折――

 

「――私の間合いだ」

 

「っ!!」

 

――目の前にスティールヘイズがいた。当然だ。グレネードが当たらなかった以上、スティールヘイズを止めるものは何もない。その速力を以てすれば、間合いなどあっという間に詰められる。

 再びLEAPER4目掛けてスライサーが振り下ろされる。621は咄嗟にパルスブレードを発振してそれを受け止め、もう一度鍔迫り合いに持っていこうとした。

 しかし、ラスティは鍔迫り合いに持ち込まれる前にスライサーを回転させ、ブレードを受け流す。パワー負けすることがわかっている以上、まともに打ち合う気などさらさら無いようだ。

 そしてもう一度スライサーが振るわれる。レーザースライサーは連撃を要とする武装だ。一度防いだくらいでは止まるわけがない。迫る刃に対して、621は回転するスライサーの基部を、即ち回転の中心を蹴ることで防御と離脱を同時に行う。ここならば刃は無く、故に安全に蹴れる。蹴りと同時に後方へクイックブーストを吹かせば、また彼我の距離は開く。

 今度は間合いを詰めさせはしない。そう決意した621は、リニアライフルを連射し、同時にレーザードローンを射出する。グレネードのような単発射撃では斬られるだけだ。数による飽和攻撃で、スティールヘイズを押しとどめる。

 

「甘い!」

 

「っ!? 化け物にも、程ってもんがあるだろ!」

 

 しかし、そんな621の思惑はあっさりと瓦解した。なんとラスティは、リニアライフルが着弾するタイミングでスライサーを回転させ、弾丸を全て斬り払っていた。グレネードを斬るのとはわけが違う。無数の弾丸に対してその弾道を瞬時に把握し、一発一発全て完璧なタイミングで斬り払わなければならないのだ。それは621ですら不可能な、ラスティだけの神業であった。

 しかも、ラスティはそんな神業を披露するついでに、ライフルでこちらのドローンを撃ち落としている。多方面からの飽和射撃ならば、という621の淡い希望は、実践する前に潰されていたのだ。

 

「君には及ばないさ!」

 

「嬉しいねえ! そんな高く買ってくれてさあ!」

 

 称賛の言葉とは裏腹に、振るわれる刃はどこまでも殺意に満ちている。621は斜め前にクイックブーストを吹かし、すれ違うように回避。

 するとラスティは即座に機体ごと回転し、後ろに逃れた621に対して横薙ぎにスライサーを振るう。621はそれを跳躍して回避。

 跳ぶ621に対し、ラスティは即座にライフルを連射。621は最大出力でブレードを発振し、パルスの刃をコアの前で横に構える。弾丸は刃に焼かれて蒸発し、LEAPER4に届かない。

 瞬間、ラスティも跳躍し、さっき621にやられたように、今度は彼がパルスブレードの基部を蹴り上げた。刃の盾は跳ね上げられ、強制的に剥がされる。残ったのは、無防備なLEAPER4だけ。

 

「貰った!」

 

「いいや、まだだ!」

 

 だが、621の顔に焦りの色はない。何故ならこうなることは予想済みだから。だから、ブレードを盾にした時点で既にアサルトブーストを起動していたのだ。ブレードを蹴られているまさにその間に、エネルギーのチャージは済んでいる。

 

「がっ――!?」

 

 弾丸の如きスピードで撃ち出されたLEAPER4を、スティールヘイズは避けられない。大質量を直接ぶつけられ、コックピットの保護すら超えて凄まじい衝撃がラスティを襲う。肺の中の空気を全て吐き出させられ、反撃もままならない。

 そのままLEAPER4は、一切減速することなくスティールヘイズを床に叩きつけた。大ダメージを与える絶好の機会だ。だが、パルスブレードはさっきの防御で冷却中。だから621は、スティールヘイズのコアにリニアライフルを突き立てる。最大まで電磁加速した弾丸をゼロ距離から叩き込み、一気に勝負をつけようというのだ。

 

「まだなのは、こちらもだ!」

 

「っ! アサルトアーマー!」

 

 スティールヘイズのコアが展開し、冷却用のフィンが露出する。アサルトアーマーの前兆。故に621はスティールヘイズを放して、後ろクイックブーストを数回吹かす。

 直後、スティールヘイズから緑白色の光が溢れ出し、それはパルスの奔流となって爆発した。だが、距離を取っているので621は安全――

 

「そう来ると、思ってた!」

 

――などという道理は、彼相手には通じない。だから弾丸も斯くやという速度で吹っ飛んできたスティールヘイズに対し、621は既に横クイックブーストを吹かしていた。

 以前、ブランチと戦った際(23:翼の意味)にラスティが編み出していた技術。アサルトアーマーの凄まじい反動を推進力として、機体そのものを弾丸として撃ち出す狂気の沙汰。それをこのタイミングで切ってくることは、想定の範囲内であった。

 

「それは、私もさ!」

 

「何っ!?」

 

 唯一想定外だったのは、ラスティがその必殺の切り札とも言えるその一枚を、()()()()()()()として用いたこと。621の想定では、スティールヘイズはその必殺の威力故に、自機の横を通り過ぎてそのまますっ飛んでいくものと思っていた。

 まさかラスティがこの一撃を避けられることまで想定していて、故に吹っ飛んでいる最中全力で後方にブーストを吹かし、ぴったり621の真横で止まってくるなんて考えられるはずもなかった。

 

「Gで死ぬぞ!?」

 

「これで死ぬなら、その程度だったということさ!」

 

 超加速を急減速で打ち消して、その身体には凄まじいGがかかっているはずなのに、ラスティは再びスライサーを振るい始める。その動きに衰えは全く見られず、Gによるダメージなど全く感じさせなかった。

 

「そこまでして勝ちたいのか!? この俺に!」

 

「ああ、そうさ!」

 

 三度、近接戦の間合いになり、621はスライサーをブレードで弾く。叩き込まれる連撃を、持てる全ての手段を使って防ぎ、躱し、往なしていく。

 

()()()()()()()か!?」

 

「! 流石だな、戦友! 通信越しでそこまで分かるとはな!」

 

「笑ってる場合か!」

 

 621の指摘通り、ラスティは先の急減速によるダメージで吐血していた。超高速を無理矢理ゼロに戻した反動は大きく、強化人間の強靭な身体さえ貫通して血が溢れてきていた。だが、今のラスティにとって、そんなことはどうでもよかった。

 

「笑いもするさ! 『壁』で君に敗れたあの日から、ただ君に勝つことだけを目指して鍛えてきた! 今! 漸く! そこに手が届きそうなんだ!」

 

「戦友……」

 

 自分の身すら顧みず、ただひたすらに殺意をぶつけてくる。そんな戦友に621が抱いた感情は、僅かばかりの心配。そして()()

 憧れの存在が、今はわき目も振らず自分を求めている。それが、こんなにも嬉しいことだとは。今、ラスティはヴェスパーとしてではなく、解放戦線としてでもなく、ましてや、戦友としてでもなく。ただの一人の男として自分に挑んできたのだ。

 それに応えないなどという選択肢はなかった。傷つく戦友に対して抱いていた一縷の心配を、ここに捨てる。ただ戦意(殺意)と歓喜に心を染め上げて、「死んでほしくない」という当たり前の感情に蓋をする。本人が言ったのだ。()()()()()()()()と。その通りだ。本来、戦場に手加減など不要なのだ。

 コックピットで、621はらしくもなく口角を上げた。

 

「悪いが、まだ届かせてやる気はない!」

 

「いいさ! それなら勝手に届かせるまでだ!」

 

 言葉の応酬をしながらも、刃の応酬を全く止めはしない。繰り出される連撃をパルスブレードで防ぎ、パルスブレードがオーバーヒートしたら今度は立ち回りと体術で避ける。

 スライサーの連撃の合間に挟まれる蹴りに対しては、自身も蹴りを放って相殺する。足と足がぶつかり合い、火花が飛び散る。

 

(やっぱりまともに打ち合ったら勝ち目がない! 唯一の勝ち筋は――!)

 

 一見互角に見える剣戟だが、その実621の方が消耗は大きい。連撃に向いたスライサーと、一撃の重みに賭けたブレード。比較すると、前者の方がオーバーヒートまでの猶予が長くなっている。

 故に、剣戟の最中で先にオーバーヒートするのはブレードの方だ。どこかのタイミングで、必ず刃を消して息継ぎする必要がある。刃無しでスライサーの連撃を捌くのがどれほど困難なのかは、敢えて説明するまでもないだろう。

 だから、このまま接近戦を続ければ、先に621が力尽きることになる。だが距離を離したところで、銃撃は全部斬り払われ、ドローンは出した直後に撃ち落とされる。遠距離戦でどうにかできる相手ではない。必然的に、接近戦でどうにかするしかないのだ。

 故に、621は唯一の勝ち筋を辛抱強く待つ。()()()が来るのは、恐らくそろそろのはずだ。

 

(いくらスライサーがオーバーヒートまで長くても、永遠に刃を出しておけるわけじゃない! 俺の見立てが正しければそろそろオーバーヒートになるはず! その瞬間に全火力を叩き込む!)

 

 つまりは、『壁』の時と同じ。徹底してラスティの連撃を往なし続け、スライサーがオーバーヒートした瞬間に攻勢に移る。スライサーさえなければ、あの流れるような連撃も弾丸を斬り払う防御も不可能なのだから。

 故に、621は全身全霊で連撃を捌き続ける。

 

(そろそろのはずだ)

 

 スライサーによる連撃はブレードで受け流す。いくつか受け流しきれなかった斬撃が、LEAPER4に細かい裂傷を付けていく。

 

(そろそろ――)

 

 蹴りは蹴りで往なす。消耗の分だけこちらの蹴りは拙く、故に脚部のダメージはこちらの方が大きい。モーターが悲鳴を上げている。

 

(もうそろそろ――!)

 

 至近距離で唐突に放たれるプラズマミサイルは、回避不可能だ。だから、せめて痛み分けに持ち込む。敢えてミサイルに突っ込んで最速で起爆させ、スティールヘイズも爆風に巻き込む。先の裂傷にプラズマ爆発が入り込み、傷を焼き広げていく。

 

(あとちょっと――!)

 

 突然の跳躍から撃ち下ろされたSONGBIRDSに対しては、クイックブーストで直撃を避けて、爆風は横に構えたブレードで受ける。受け切れなかった爆風が、LEAPER4の四肢を燃やす。

 

(あとほんの少し――!)

 

 不意に放たれたライフルは、もう装甲で受けるしかない。致命傷だけは負わないように、コアの装甲が一番厚い部分で受ける。今は問題なく受けられたが、何度も繰り返せばいずれは抜かれるだろう。

 だが、そんなことは起こらない。何故なら、()()()が来たのだから。

 

(今!)

 

 ラスティがスライサーを振るう姿は何度も見てきたし、何なら自分でスライサーを使ったこともある。故に、そのタイミング管理は完璧だ。オーバーヒートするその瞬間を狙って、最大出力でブレードを発振。そのままスティールヘイズに斬りかかり――

 

「甘い!」

 

「っ!? なんで!?」

 

――その一撃はスライサーで防がれていた。確かにオーバーヒートするタイミングのはずなのに。おかしい。自分がタイミングを間違えるはずがない。だって、四度も傭兵人生を生きているのだ。

 そんな621の混乱は、間違いなく大きな隙であった。またしてもラスティはスライサーを回転させ、621の斬撃を受け流す。そして、無防備なLEAPER4にその刃を振るった。

 

「貰った!!」

 

「ッ!!」

 

 混乱の最中にあっても、621の持ち前の反射神経はしっかり仕事をした。コア目掛けて振るわれるその刃に対し、彼の身体は既に回避行動を取っていた。だが、それは一度晒した大きな隙を埋め切れるほどのものではない。

 コアへの一撃こそ回避したものの、末端までは避けきれなかった。スライサーの刃がLEAPER4の右腕を捉え、切断する。リニアライフルを握ったままの右腕が、くるくると宙を舞う。

 

「があぁぁぁッッ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 生存本能に突き動かされて、621の身体が勝手に反撃する。無い隙を無理矢理こじ開けて差し込んだ蹴りは、一度距離を離すには十分な威力を持っていた。再び振り出しに戻った間合いの中で、どちらともなく手を止める。

 スティールヘイズは直立したままLEAPER4を真っ直ぐ見つめ、LEAPER4は膝をつき地を見下ろす。

 

「クッ……ソぉ……! ハァ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……いつそんな手品を習得したんだよ……!」

 

「生憎私も学んでいるのだよ、前の敗北にね。同じ手はもう食らわんさ」

 

 621の優れた観察力は、タイミングがズレたトリックを今更ながら看破した。それは、打ち合っていない時は最低出力で見せかけだけの刃を作り、打ち合う瞬間や斬る瞬間だけ出力を引き上げる。そうすれば、発熱量は最小限に抑えられ、オーバーヒートまでの時間をぐっと伸ばすことができる。

 当然ながら、この技術はそう簡単にできるものではない。打ち合うタイミングを完璧に把握していなければ、ただ刃を折られ、斬られることになるのだから。そんな技術を戦友が習得することになるとは。

 ただ『壁』で勝利したことが、ここまでの結果を呼び込むとは。全く以て、バタフライエフェクトという奴は思いがけない。そんなことを考えながら、621は自嘲気味に笑う。

 

「戦友、降伏してくれ。君の機体は右腕を失った。勝ち目はもうない。無駄な抵抗はやめてくれ」

 

 さっきまでの熱に浮かされた様子が嘘のように、冷静そのものな声のラスティに諭される。確かにそうだ。ただでさえ押され気味だったのに、右腕まで失ったのだ。射撃戦の要であったリニアライフルはもうない。はっきり言って勝ち目は無いのだ。

 621の理性が、傭兵としての冷酷な部分が告げている。もう十分だと。既に勝負は決していると。どう考えても撤退するべきだ。ただ戦略的に正しい判断を下すだけ。そこになんの恥じらいがある?

 

「戦友」

 

 621は、LEAPER4は、顔を上げてスティールヘイズを見据える。

 

()()()()()()()()()()()?」

 

「!」

 

 膝に力を込める。大丈夫だ、まだ機体は動く。つまり、戦える。

 

「俺が、()()()腕一本飛ばされただけで逃げ帰るような奴に見えてたのか? だとしたら、心外だな。戦友」

 

「……っ」

 

 息を呑む声が聞こえる。言葉の意図は伝わったようだ。『壁』で左腕を斬られて撤退したラスティには、この煽りは相当効いただろう。

 

「……続ければ、最悪死ぬぞ? 戦友」

 

「アンタが言ったんじゃないか。死んだらその程度って。安心しろよ。お前にだけは殺されない。絶対に殺されてなんかやらない」

 

「……そうか」

 

 息を吐く声が聞こえる。吐き出したのは、怒りか慈悲か。

 

「いいだろう。続けようか、戦友」

 

「ああ。望むところだ」

 

 再び殺意が二人を繋ぎ止める。もう、止まる理由はない。勝敗が決するまで、殺し合うだけだ。

 

「「行くぞ」」

 

 二機のACは、やはり示し合わせたかのように同時に駆けだす。今度はLEAPER4もスティールヘイズも、どちらも前に踏み出した。

 急速に距離が詰まってゆく。その僅かな時間の中で、621は考えていた。

 

(見栄張っちゃったけど、正直右腕が無いのは滅茶苦茶辛い。この状況で戦友に勝つには、俺が今まで積み上げてきた全部をぶつけるしかない!)

 

 四度の人生の、その集大成。それこそが今だ。ウォルターの猟犬としてではなく、一人の独立傭兵としてでもなく。ただの621として、ただのレイヴンとして、今ある全部を叩きつけてやる。それこそが唯一残った最後の勝機。

 そして、距離はゼロとなる。その瞬間。刃がぶつかり合うこの瞬間ならば。

 

「っ!? カメラを!?」

 

 ラスティの視界が突然ホワイトアウトし、一瞬怯む。原理は単純。刃がぶつかる瞬間に、レーザードローンを射出して撃っただけ。普通に射出したら撃ち落とされるだけだが、至近距離で打ち合う瞬間ならば、咄嗟の迎撃は不可能。だからドローンを展開できる。

 そしてドローンさえ展開できれば、後は()()()()()()を真似するだけ。『壁』でフロイトに見せつけられたレーザードローンの精密操作を、621は確かにモノにしていた。スティールヘイズの“目”を正確に撃ち抜き、一時的に視界を奪う。

 そして621はすかさずブレードを振りかぶった。

 

「まだだ!」

 

「! 流石!」

 

 視界を潰されていては正確な防御などできるはずもなく、ラスティにできたのはがむしゃらな回避だけ。しかし、それですら直撃を避けるには十分だった。パルスの刃はプラズマミサイルを刻むだけに終わる。

 

「決着を急ぎすぎたな! 戦友!」

 

 そして、このわずかな間でラスティの視界が回復した。否、回復()()()。所詮は機械の視覚。システムを一度再起動してしまえば勝手に直る。ラスティの勝利への執念は、リスクの大きすぎる選択肢ですら迷わず選ばせた。

 すると、今ここにいるのはブレードを振り切った姿勢のLEAPER4と、視界が回復してプラズマミサイル以外万全のスティールヘイズ。つまり、状況は逆転したと言える。ラスティがこんな好機を逃すはずがない。

 

「とどめだ!」

 

 スライサーを起動し、隙だらけのLEAPER4へと振り下ろ――

 

「っ! これは、グレネード!?」

 

「接近戦には、こういうやり方もあるんだよ!」

 

――せない。()()がスティールヘイズの左腕に突っかかっていて、それ以上全く動かない。

 それは、かつてザイレムでドルマヤンがやって見せた戦法。銃身の長い武装を相手の腕に押し付け、武器を振るうことを阻害する。それを今、621はEARSHOTでやって見せた。グレネードという重厚な長筒は、スティールヘイズの細腕を止めるには十分であったのだ。

 

「左腕は、貰うぞ!」

 

 621は、自爆すら厭わずトリガーを引いた。大口径の榴弾がゼロ距離で発射され、大爆発が二機を包み込む。眩い爆炎が燃え盛り、そしてその中から飛び出す物体が()()。一つはグレネードを犠牲にしたLEAPER4。もう一つはスティールヘイズ。そして最後の一つは――

 

「くっ! 左腕が!」

 

――空中を舞う、スティールヘイズの左腕。グレネードのゼロ距離発射により、根本から引きちぎられていた。

 

「だが、まだ武器は残っている!」

 

 ラスティは右腕のライフルを構える。今のLEAPER4は、ライフルとグレネードを失っている。つまり、射撃戦の能力は著しく低下しているということだ。ならば、スティールヘイズの機動性にものを言わせて引き撃ちすれば、削り切れる。

 それは621とてわかっている。だから、一芝居打つ。621は右肩のレーザードローンを発射態勢にした。カタツムリのような形状のそれがカバーを開き、内部のドローンを露出させる。

 必然、ラスティはLEAPER4の唯一の射撃手段であるそれに注意を惹かれることになる。ドローンが発射された瞬間に撃ち落とせるよう、意識の何割かはそこに割かれる。それこそが621の狙いだ。

 

「ほら!」

 

「!? 何を――!?」

 

 ラスティは、眼前で起きたことを一瞬認識できなかった。当然だ。戦場は命がかかった場である以上、そこで行われる行動には必ずある程度以上の合理性がある。逆に言うと、戦場で突然余りにも非合理的な行動を起こされた場合、見てる方は思考を停止せざるを得なくなるということでもある。

 だから、最強の傭兵であるレイヴンが、この土壇場で、唯一の射撃手段であるレーザードローンを、不意にパージするなどという奇行を見せられたラスティは、間違いなく短くない間思考を空白に染め上げられた。

 

「舐めるな! ドローンが無くなったのなら、本体を撃てばいいだけのこと!」

 

 だが、そこはラスティだ。確かに短くない時間混乱させられたが、すぐに正気を取り戻す。そして、LEAPER4にライフルを向けなおす。少し距離を詰められたが、まだ問題ない。

 決して外さぬよう、ラスティはLEAPER4に全幅の注意を払う。その瞬間、右腕のライフルが突然爆散した。

 

「なっ!?」

 

「策謀は、二重に張るのがトレンドだぜ? 戦友!」

 

 それは意識外からの攻撃だったが、しかしラスティの反射神経はそれを確かに捉えた。ライフルが複数の青い光条に貫かれて破壊されたのを。

 

「レーザードローン!? どうやって――!?」

 

「自分で考えろよ、戦友!」

 

 パージしたはずのレーザードローンが何故今ここにあるのか。脳裏に無数の可能性が過り、そして()()()()()()()()()パージされたレーザードローン本体を見て、結論に達した。

 

「あらかじめ起動していた!?」

 

「大正解!」

 

 ことは簡単。パージする前に内部のドローンを起動させておいただけ。そしてラスティの注意が自分の方に移った瞬間に、開いたカバーからそれらを出させ、ライフルを撃っただけ。

 それは、かつて深度1で五花海がやって見せた戦法。二重の策謀により本命を隠し、確実に目的を遂行する。それは確かにラスティの攻撃手段を一つ奪った。

 

「だが、まだだ! より高く飛ぶのは、私だ!」

 

「いいや、譲れない! 頂点は、俺だ!」

 

 ラスティは最後に残った武装――SONGBIRDSを、LEAPER4に向けて構える。LEAPER4は先の近接戦や自爆同然のゼロ距離グレネードにより、限界間近なのだ。だから、これさえ当ててしまえばこちらが勝つ。

 今度はお互いスティールヘイズのグレネードに全ての集中力を注ぐ。ここを当てれば、ラスティの勝ち。ここを外せば、621の勝ち。今日何度目かもわからない極限の緊張感。再び一瞬が無限に引き延ばされていき――

 

「今だ!」

 

「っ!?」

 

――瞬間、スティールヘイズから溢れ出すパルスの奔流。戦いの中で成長することは、何も621に限った特権ではない。囮に集中させ、本命で仕留める。621が今やって見せたそれを、ラスティはこの土壇場で取り入れてみせた。

 グレネードこそが勝敗を決すると思い込ませて、その本命はアサルトアーマー……否、アサルトアーマーの反動を利用したあの突撃。抑えるべき反動を推進力として、スティールヘイズそのものを弾き飛ばす。

 グレネードに集中していた621にそれを避ける術はなく、スティールヘイズの脚がLEAPER4に突き刺さった。

 

「やったぞ! 戦友、私は君を超え――!?」

 

 勝利の高揚感が身体を支配しかけるが、戦士として積んできた経験値が冷や水をぶっかける。感触が軽い。直撃させたのなら、もっと重い反動がこちらにも返ってくるはずだ。それなのに、これではまるで()()()()()()()()()()()()()()()――

 

「決着急ぎすぎんのは、アンタも変わらないな? 戦友!」

 

「!?」

 

 突撃を受けて大破するはずのLEAPER4は、立ってそれを受け止めていた。ただ左腕を身体の前で横に構えるだけで。

 

「馬鹿な!? あれを食らって、無事なはずが――!?」

 

「無事さ! 俺と()()()だけは、無事で済ませられるんだよ!」

 

 それは、かつて深度2でイグアスがやって見せた技術。ACSをオフにし、生身の格闘術の延長で受け身を取る。そうすることで、受けるダメージと衝撃の大半をカットする。かつて621を苦しめたそれは、今この場ではどうしようもないほど有効なカウンターの一手となっていた。

 

「やっと、俺の間合いだ!」

 

「っ!!」

 

 突撃したのが仇となり、離した間合いが詰まってしまった。近接攻撃手段を失ったラスティでは、これ以上詰められたらもう為す術は無い。つまり、今度こそグレネードが勝敗を決する。

 

「だが、この距離ならば!」

 

 間合いが詰まるということは、つまり着弾までが早くなるということ。この間合いは、621だけに味方しているわけではないのだ。

 

(戦友の動きは何度も、何度も何度も何度も何度も見返した! 外すはずがない! 絶対に!)

 

 もう何回も戦闘ログで見返してきた動きが、ラスティの目の前で繰り広げられる。大丈夫だ。これなら当てられる。外しはしない。トリガーを引く。そして二発の榴弾が続けて放たれて――

 

「――!!?」

 

――LEAPER4の背後で、()()の爆発が起きている。そして、LEAPER4はパルスブレードを振り切っている。

 それは、ついさっきこの場でラスティがやって見せた技術。飛んでくる弾を、そのベクトルを見切って斬り払う。二発の榴弾は、ちょうど二回の斬撃で四つに斬り分けられていた。

 

「ありがとう、戦友。俺はまだ、強くなれる」

 

 そのまま621は、パルスブレードを二回振るった。一振り目でグレネードを切断し、二振り目でスティールヘイズの右腕を切断する。後に残るのは、両腕と全武装を喪失したスティールヘイズだけ。つまり、勝負は決したのだ。

 

「戦友。これでもまだ続けるか?」

 

「……いや、もう十分だ。完敗だよ、戦友」

 

 ボロボロのLEAPER4とスティールヘイズが、お互い真っ直ぐ向き合う。もうそこに殺意も戦意もない。あるのは、死力を尽くした後の、心地よい余韻だけ。さっきまでの激闘が嘘のように、二人静かに向き合っていた。

 

「よく思い知らされたよ。まだまだ、私は君に届かないと」

 

「そんなことない。いいところまで行ってたじゃないか。戦友」

 

 お互いの健闘を称え合う。実際、お互いにとって今のお互いこそが最大の強敵であった。今まで経験してきたどんな困難よりも、戦友こそが越えがたい壁であった。だからこそ、戦いが終わってしまったのが惜しい。もっと長くお互いの全てをぶつけ合いたかった。だが、ボロボロのACが、二人の立場が、課せられた使命が、それを許さない。もうただの621とラスティではいられないのだ。

 

「戦友」

 

「どうした、戦友」

 

 ラスティが呼びかける。立場の都合、勝敗が決したのならこの場を去らねばならない。だから、最後に許されるのは一言だけ。

 

「いつか必ず、君を超えてみせる」

 

「!」

 

 ラスティはそれだけ言って、そのまま振り返ってアサルトブーストで飛んでいった。機体反応が遠ざかってゆき、やがて完全に消失する。離脱したようだ。

 

「……望むところだ。戦友」

 

 決意を胸に、言葉を零す。戦友ならば、本当にいつか自分を超えてくるかもしれない。過去四度の人生の中で、誰も成し遂げられなかったことを本当に実現させてくるかもしれない。何故だか621は、漠然とそう信じられた。

 

「でも、それまでは高い壁でいてやるからな」

 

 それはそれとして。タダで負けてやる気はさらさら無いらしい。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「エア、621の様子は?」

 

「ぐっすりと寝ています」

 

「そうだろうな。あれだけの激戦を征した後だ」

 

 ラスティとの決着を付けた後。621は今までの周回と同じように技研都市を発見し、それでミッションは終了。そのまま拠点ヘリに帰投することとなった。621は帰るなり寝室に直行し、今は完全に熟睡している。

 

「本当に、凄まじい戦いでしたね……」

 

「ああ……」

 

 今回の激戦は、傍から見ていることしかできない二人からしても、感じるものがあった。戦士と戦士の果たし合い。合理性をかなぐり捨てた渾身の激突。その根底にあるのは、どこまでも純然な闘争心であった。

 言葉を飾らなければ、今回の戦いは完全に無駄な戦いでしかない。やろうと思えば回避できたはずの戦いだった。なのに、621は態と戦う方向に持って行った。それはどこまでも無意味な行いなはずなのに、何故だかエアはそれを糾弾する気にはなれなかった。

 

「エア、今日のことは覚えておけ。あれが人間だ」

 

「……はい。決して、忘れません」

 

「それでいい」

 

 それはきっと、人とコーラルの共生を為す上で必要なことだから。闘争は決して好きではないが、しかしその中に感じたものは無視していいものじゃないと。そう感じさせられたから。

 だからエアは、今日見た全てをじっくりと噛み締める。そんな様子のエアに、ウォルターはためらいがちに口を開いた。

 

「……エア、今後の予定を伝えておく。621を十分に休息させたら、あいつと一緒に技研都市の最奥を目指してもらう」

 

「! それって、もしかして――!」

 

「ああ。企業に使われるのはもう終わりだ」

 

 つまり、これからは企業の意向を無視して集積コーラルを目指すということ。

 アーキバスは先行調査の打ち切りを通達してきたが、もはやそんなことは関係ない。今が、絶好の裏切り時であった。

 

「これからさっきのに勝るとも劣らない激しい戦いが起こる……いや、俺たちが起こすことになる。エア、お前も十分に休憩しておけ」

 

「わかりました……ウォルターも、無理はしないでください」

 

「わかっている」

 

「なるべく早く寝てくださいね? レイヴンが心配しますから」

 

「わかっている」

 

「また生返事して……! 本当にわかってるのですか!?」

 

「だから、わかっていると言ってるだろう。無理はしない。今が正念場だからな。これからコーラルを巡って、俺たちはアーキバスと全面戦争することになる。解放戦線とRaDが味方についてくれるとは言え、厳しい戦いになるだろう。だから、その前に取れるだけの休息は取るつもりだ」

 

「わかってるならいいですけど……本当に早く寝てくださいね?」

 

「わかっている」

 

「全く……おやすみなさい、ウォルター」

 

「ああ。いい夜を」

 

 そうしてウォルターは、621の部屋へ向かうエアを見送った。一人残されたウォルターは、パソコンに目を向ける。休息は必要だが、今はそれ以上に情報が必要であった。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。アーキバスのことをもっと知っておくためにも、とにかく今はアンテナから得られた情報をなるべく早く見ておきたかったのだ。

 これだけやったら寝る。そんな言い訳を心の中でしつつ、ウォルターは情報を精査していく。

 

「これは……第三隊長が死んだ件か。第二隊長の預かりになっていたが、その後進展はあったらしいな」

 

 野良のエンフォーサーに襲撃されて戦死したとされていたV.III オキーフ。しかし、スネイルはその情報に違和感を感じ、更なる調査を進めていた。

 

「なるほど……あの戦闘ログは合成だったか。第二隊長も、能力だけは確からしいな」

 

 記されているところによると、オキーフのACに残されていたログ、即ちエンフォーサーとの戦闘の映像は、全て合成だったらしい。何者かがACにハッキングし、真犯人を隠すために偽のログを置いていったようだ。

 非常に巧妙なフェイク映像はアーキバス情報部の目すら騙しおおせたが、しかしスネイルにはお見通しだったようだ。

 

「改竄前のログの復旧も、既に大方完了しているか。やはり、スネイル直下の人員は相当優秀らしい」

 

 スネイルの勅命により、ログの解析、及び復旧はかなり進んでいた。お蔭で、改竄前のログもかなり見れる状態になっている。

 

「折角だ。ことのついでに見せてもらおう」

 

 ウォルターは、オキーフの本物の戦闘ログを再生する。流石に一度改竄されたのを復旧しただけあって、画質は悪くノイズも多いが、しかし十分に見れる。ウォルターは無言でその映像を解析していた。

 

「下手人はACか……。エンフォーサーではない」

 

 映っていたのは、ACとの戦闘。相手は全身をMIND ALPHAフレームで統一したACで、武装構成は右手に44-141 JVLN ALPHA(特殊バズーカ)、左手にMG-014 LUDLOW(マシンガン)、右肩にVvc-703PM(プラズマミサイル)、左肩に45-091 JVLN BETA(爆導索ミサイル)というもの。何故だかウォルターは、そのアセンブルに既視感を感じた。

 

「この戦い方……どこかで……?」

 

 荒い画質と多量のノイズのせいでわかりにくいが、しかしウォルターは映像の中のACの動きを解析していく内に、どこかで見たような感覚を感じた。

 

「いや、これは……」

 

 どこかで見た、などというレベルではない。その動きを、その戦い方を、自分は何度も見てきたはずだ。幾度となく自身の猟犬たちを殺してきたその動きと、映像の中の動きが急速に一致していく。

 

「違う! そんなはずはない……!」

 

 だが、それはあり得ないことであるはずだ。()は死んだ。621が殺したはずだ。なのに、見れば見るほど映像のACと()が重なって見えてくる。

 

「何故生きている……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スッラ!」

 

 亡霊でも見たかのような表情で。ウォルターは、絞り出すようにその名を口にした。

 




621
 四度の戦役を経て、本格的に人間を辞め始めた鴉。苦戦するたびに相手の技術を吸収してさらなる強化が入ってる気がする。どんだけ強くなるんだこの化け物。

ラスティ
 過去最高に621を苦戦させたが、一歩及ばず。でもドローンを即落ちさせたり、銃弾を切り払ったりしてる辺り、こっちも大概人間を辞めてる。

エア
 原作エアと違い、闘争に対して肯定的にはなれません。でも今回の闘争には感じるものがあった様子。

ウォルター
 無茶すんなって言われてんだからさっさと寝ろ。

オキーフ
 下手人は無人AC改めスッラでした。ログの改竄をしたのは間違いなくなんとかマインドです。

スッラ
 何とびっくり今まで何度か登場してきた謎の無人ACの正体は、スッラでした~!! ……バレバレだった? それはそう。

 ということでVS戦友決着編。お互いがお互いを高め合った結果、なんかZ戦士同士の頂上決戦みたいになっちゃったけど後悔はしてない。
 ブレード同士の打ち合いは多分実際にはできなさそうだけど、できたほうが絶対カッコいい戦闘シーンが書けるので、本作ではできるってことにしておきます。仕方ないね!
 次回は幕間。多分幕間を二話ほど投稿したら、ついにChapter4ラストへと入る予定。なる早で上げるので待っててね!(信用0)


















































「いよいよですね。最大の好機が、遂に訪れようとしている」

 いつになく上機嫌な()()が、あからさまに歓喜を隠し切れていない声でそう漏らす。最近ずっとコイツはこんな調子だ。また何かをやらかさなければいいのだが。

()を捕縛し、そして我々はコーラルリリースを成し遂げる……もう邪魔されることも、()()()()()()()()()()こともなく。人類は次なるステージへと上がるのです!」

 彼女は勝ちを確信した様子であったが、しかし()としては不安しかない。こちらの手駒は決して多くはない。組織的に叩かれれば、そのまま終わるかもしれないのだ。
 私はそんな胸中をそのまま彼女に打ち明けた。私としても、コーラルリリースは為されなければならないのだから。
 しかし、彼女はどこまでも余裕そうな様子で答えた。

「心配性ですね、()()()。しかし、問題はありません。ことが順調に運んだ場合、そもそも手駒すら必要なくなるのですから」

 それはわかっている。しかし、往々にして物事というのは思い通りにはいかない。私自身、そうであったから。だから、不測の事態に対する備えとして手駒は確保しておくべきだと、私は進言した。
 すると、またしても彼女は余裕な様子で言葉を紡ぐ。

「手駒はあります。十分すぎるほどに。キサラギ博士の残した理論は、我々に大きな力を齎してくれました。たとえ正面から戦わざるを得なくなったとしても、我々が負けることは決してないでしょう」

 そう言って彼女が私に見せてきたのは、一つの論文だった。内容はわからないが、どうせ碌なものではないだろう。何せ、あのキサラギ博士の論文なのだから。

「勝利は確実です。大船に乗った気でいてくださいな、スッラ」

 ()()()()()()()()()()()と題されたその論文を前に。顔などないはずの彼女が、酷薄な笑みを浮かべたような気がした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。