アイビスの火。あの日ルビコンを襲った地獄は、そう名付けられたらしい。あれからもう十数年は経ったというのに、未だにそれは史上最悪の開発事故として度々話題に上がる。
そして、その度に心が抉られる。まるで犯した罪を忘れるなと言われているような気がして。
『メインシステム、戦闘モード起動』
無機質な合成音声が、仕事の始まりを告げる。あれから
幸いにも私は、戦いの才能に恵まれていた。だから、傭兵を初めてすぐに頭角を表すことができた。今ではそれなりに名前も売れ、大金も入るようになっている。
かつての自分では決してお目にかかれないような莫大な金が、今私の手の中にある。だが、心は決して満たされない。どんなご馳走を食おうが、どんな美女を抱こうが、心の内にぽっかりと開いた穴が埋まることはない。
「……!」
ACの内臓COMによるアラート。危険な攻撃の合図。見れば、狙撃型MTがこちらにキャノンを放っていた。それを私はクイックブーストで、余裕をもって躱す。
当たればこの虚しさから開放されるというのに。この恥知らずは、自ら死を選ぶ勇気すら無いらしい。
「今更遠距離主体の兵器なんて――」
強化人間の誕生以来、戦場のスピード感は大きく増した。遠距離兵器は相手に当たらなくなり、再び近距離で戦う時代がやって来た。AIではACの速度について行けず、戦場におけるヒトの復権が巻き起こった。
「――時代錯誤も、甚だしい」
AI制御の遠距離兵器を並べて撃ち合う時代はもう終わったのだ。これからは、人間の時代。人と人がACで殴り合う時代なのだ。
「ククク……」
最新技術が戦場にこんな逆行を巻き起こすとは。思わず笑いが零れる。その間にも飛んでくる銃弾を回避する。AI制御の正確過ぎる射撃なんて、強化人間からしたら当たる方が難しい。
僅かな左右移動だけで狙撃を躱し、遂に私の間合いに入った。こうなってしまえば、もはや奴らに為す術などない。高速戦闘についていけないAIどもを片っ端から粉砕し、瞬く間に制圧する。
簡単な仕事だ。これで大金が貰えるというのだから、本当に生きるのが馬鹿らしくなる。
「……フン」
ああ、つまらない。封鎖機構のMTですらこの有様か。企業製のものよりも高性能と聞いていたのに。結局ACの敵では無かった。
危機感を抱いた封鎖機構がACに対抗して高機動近接型の新兵器の開発を急いでいるという話もあったが、この分だと期待はできないだろう。
ミッション完了。今日はやることもないし、真っ直ぐ帰ろうか。達成報告だけして、もう寝てしまおう。
◆◆◆◆◆◆
今日も今日とて仕事をする。他にやることなんてない。どうせ何をやったところで、心が満たされることなどないのだから。
自分で死ぬ勇気も無い私は、いつか誰かが殺してくれることを期待して戦場に出続けるしかない。毎日戦っていれば、普通ならそう遠くないうちに死ねるはずなのだから。
だが、
やりたいこととできることが一致しないのは人間の常だが、それをこんな形で実感することになるとは。これも罰だというのだろうか。
「敵性反応確認! ACが一機! 情報通りだ! 独立傭兵スッラ、作戦通り頼むぞ!」
「……! 了解した」
作戦前だというのに思索に没頭してしまうとは。想像以上に参っていたらしい。まあ、それで死ねるなら本望だが。
『メインシステム、戦闘モード起動』
「……」
今一度作戦内容を思い返す。今回のミッションは、アーキバスのコーラル秘密研究所の防衛。アイビスの火でコーラルの大半は焼失したが、その前に僅かばかりのコーラルが星外に輸送されていた。それらは未だに企業たちが保管、研究している。
そして最近、そうした企業のコーラル保管場所を次々に襲撃している傭兵がいるという。名はカレン。親に売られて強化人間にされたものの、手術に適合できず要求スペックを満たせなかったという少女。最近までどこかに廃棄されていたそうだ。まあ、よくある話だ。
だが、
彼女の飼い主たるその男は、彼女に傭兵として活動させる傍ら、ここのようなコーラル関連の施設を襲撃させているらしい。自分では戦場に立たず、小さな少女を前線に送り出すとは。人のことを言えた身分ではないが、しかしそいつは恐らく相当な屑に違いない。
ああ、そうだ。確か、その屑の名前は――
「ハンドラー・
――よりにもよって、アイツと同じ名前だったはずだ。嫌な偶然だ。
「防衛任務は嫌いなんだが……」
奴の猟犬、カレンは相当腕が立つらしい。それこそ、この私に匹敵すると言われている程に。だからこそ、アーキバスの奴は名指しで私に依頼してきた。
防衛任務は嫌いだ。面倒だし、無駄に気を遣わされる。普段だったら絶対に受けない。だが、今回は――
「……この私を、殺してくれるというのなら――」
私に匹敵する程の傭兵が相手であれば、私も死ねるだろうか。この際私を殺してくれるなら誰でもよかった。それが正義の味方であろうが、あるいは屑の猟犬だろうが。
「まあ、期待せずに待つとしよう」
何かに期待するのはもう疲れてしまった。他人にも、そして自分にも。あの日以来、自分で抱いたはずの期待を裏切り続けてきたから。
「せめて、MTには殺されないでくれよ」
それでも期待してしまう。彼女と対峙し、そして死ぬことを。私がいるのは最終防衛ライン。ここに来るまでには、MTによる幾層もの防衛網を突破しなければならない。
死ぬにせよ殺すにせよ、せめてここまで来て欲しい。そう願わずにはいられなかった。
◆◆◆◆◆◆
「敵AC、第四防衛ライン突破! 最終防衛ラインに接近!」
「くっ! 残存戦力は!? どれだけ残っている!」
「スッラだけです! MTは文字通り全滅しました!」
「噂以上か……! スッラ、頼むぞ!」
「……ああ、わかっている」
驚いた。まさかアーキバスの強固な防衛網を全滅させてくれるとは。これは吉兆か。これならば、きっと──
「クッ、フフフ……」
笑いが溢れ落ちる。いつぶりだろうか? こういう風に心の底から笑えたのは。
全く自分の浅ましさに反吐が出る。そんなに死にたいなら死ねばいいだろうに。我が身可愛い臆病者の癖に、一端の真人間ぶりやがって。自分が屑であると自覚しながら、それでも救いを求めている。
ああ、敵の反応が近づいている。目視で確認できる距離まで、後100、80、60――
「カレン、前方に敵性反応。ACだ。前情報に無い機体……恐らく独立傭兵だ。注意しろ」
「了解、です。ウォルター、さん」
「っ!!? 今の声は!!?」
聞き覚えのないはずの、青年の声。記憶の中のアイツの声とは似ても似つかないはずの、低い声。だが、私にはそれで十分だった。ウォルターだ。ハンドラー・ウォルターは、あのウォルターだったんだ。
何故? どうして? 最初に抱いた感情はそれだった。頭の中が疑問で一杯になる。
どうして生きている? どうして傭兵のオペレーターなどやっている? いや、それ以前に
かつて技研に囚われていたからこそ、声だけでわかる。この少女は相当劣悪な手術をされている。恐らく、話すこともままならない状態だ。そんな少女を、他ならぬ
それに、何故少女はそんな境遇に追いやられながらウォルターに
あのウォルターが、何故そんなことを――?
「敵機、確認。排除、します」
「っ! やるしか、ないか!」
死にたいなどと言ってられない。生きなければ。生きて真実を知らねば。これまで生きてきて、今一番生を渇望している。
明かさねば。何故奴が生きていて、今こうして屑の真似事などしているのか。知らずに死ぬことなど出来やしない。
普段の数百倍の集中力で以て、私は彼女に挑んだ。
◆◆◆◆◆◆
結論から言おう。私は勝った。カレンは嘗てないほどの強敵だった。だが、あの日以来初めて死にたくないと思えた私は、それすら打ち破るほどの力を発揮した。
「くっ……そんな……」
目の前に跪くACと、それに零距離でバズーカを突き付ける私。それが結果の全てだ。
「カレン! 脱出しろ! お前の命が最優先だ!」
「ダメ……! この距離じゃ、逃げられない!」
「その通りだ。お前の命は私の掌の上にある。無駄な抵抗は止せ」
この距離ならば、脱出装置が作動する前に殺せる。彼女の生殺与奪の権は、私が完全に握ったも同然だ。
「何の、つもり……?」
AC越しにカレンが私を睨みつける。いつでも殺せる状況にあるというのに、私は引き金を引かなかった。だって、これこそが待ち望んだ状況だからだ。
「お前に用は無い。用があるのは、お前の飼い主の方だ」
「俺に……? お前は、一体……?」
カレンの通信に割り込む形で、青年の声。ああ、間違いない。声色は違くともそれ以外の全てが、彼が
また会えた。そして、今何をしている? 歓喜と疑念が心の中で渦巻き、ぐちゃぐちゃになる。だが、それを極力表に出さないように抑えつけ、飽くまで冷静に口を開く。
「久しぶりだな、ウォルター」
「……お前は、誰だ」
「っ!……声でわからんのか? 私だ。スッラだ」
「スッラ……スッラだと!?
向こうも漸く思い出してくれたらしい。しかし第一声でわかってくれないとは、お前にとって私はその程度の存在だったのか? ともかく、これで落ち着いて話ができる。まずはあの時のお礼を――
「こんな小さな少女を戦場に送り出して、自分は後ろで座っているだけとはな。少し見ない間に随分といいご身分になられたようだなあ。ええ? ウォルター」
「っ!」
確かに、礼を言おうとしたはずなのに。気付けば別のことを口走っていた。私は何を言っている? こんなことを言おうとしたんじゃないのに。
「ウォルターさんは、そんな人じゃ、ない! あの人を、悪く、言うな!」
「カレン! やめろ! 彼を刺激するな!」
「……よく懐いているじゃないか。そいつにどんな調教を施したんだ? ええ?」
違う。こんなことが言いたいんじゃない。まずは礼を――。いや、
考えがまとまらない。そして口を開けば、支離滅裂な言葉が飛び出す。
「やはりそうだったな。お前は、善人のフリで人の心を操る屑だった。あの頃から何も変わってないようで、嬉しいよ」
「っ……!」
「がるるるる!」
通信から聞こえる声。ウォルターは歯を嚙み締め、カレンは歯を剥き出しにして威嚇しているようだ。
どうした、ウォルター。何か言ってくれ。反論してくれ。じゃないと、私は
「こんな小さな子供を使って何をするつもりだったんだ? なあ? ウォルター」
「それは……言えない……!」
「人に言えないようなことを子供にさせるつもりだったのか? 鬼畜だな」
私はバズーカの銃口をカレンのACにさらに近づける。
「言わないならば、ここでこいつを殺すまでだ。さあ、どうする?」
「くっ……!」
「ウォルター、さん……!」
さあ、早く理由を教えてくれ。お前が善人なのか、悪人なのか。お前の本性を見せてくれ。
「……コーラルの脅威は、まだ去っていない」
「ん?」
「コーラルには、自己増殖性があるんだ! 僅かでも残しておけば、またいつかアイビスの火のような惨事が起きる! それを防ぐためには、力が必要なんだ!」
コーラルが自己増殖するだと?
「そんな話は聞いたことがない。出鱈目を言っているんじゃないか? ウォルター」
「嘘じゃない! 企業に悪用されるわけにはいかないから今まで黙っていたが、実際にコーラルは今でも微増し続けているんだ! このまま放置していたら、またあの災害と同じことが起きる! もう二度と、あんなことを起こさせちゃいけないんだ!」
「ウォルター、さん……そのために、私を……」
「……へえ」
返ってきた答えは、どこまでもこの男らしいもので、やはりこの男は単なる善人なのだと――
「お前の猟犬は初耳のようだがな。本人すら聞かされていない話を、どうして信用できる?」
「それは……! 万一にでも企業にこのことが漏れたら、奴らはきっと――」
言葉を紡ぐ。自分の心を守るために。認めるわけにはいかないのだ。この男が単なる善人であったなら、それを邪険にし続けたあの頃の私は何だと言うのだ? それを見捨てた私は何者だと言うのだ? この男が善人だと認めれば、私は罪に一生苛まれながら生きなければいけなくなる。
今、この胸中の虚しさから逃れられる好機が目の前に転がり込んできているのだ。それをどうして逃せよう。
それに気付いた瞬間、弱い私はもう心を決めてしまった。またしても私は恩人を――否、彼は恩人なんかじゃない。倒すべき悪人だ。やるしかない。生きていくために。今、ここで。
「お前の話はよくわかったよ。ハンドラー・ウォルター」
「! じゃあ――」
「やはりお前は信用ならん。これは餞別だ。受け取れ」
私は、引き金を引いた。
「え――?」
「ごめ……なさい、ウォルター、さん……今まで、あり、が……と――」
ACが爆散し、通信にはザーっという音だけが響き渡る。命を一つ摘み取ったのだという実感が、私の背筋を伝う。
「あ、ああ……カレン……」
狼狽するウォルター。その声に、熱いものが込み上げてくる。ああ、そうか。私は、この時のために――
「ククク……猟犬が死んでしまったなあ? ウォルター」
「うぅ……あああっ……!」
あの日以来、ずっと灰色だった世界に色が付いた気がする。胸を張って悪を糾弾するのが、こんなにも心地よいとは。
「お前のせいだ。お前のせいで、犬が死んだぞ? なあ? ウォルター。申し訳ないとは思わないのか?」
「そんな……! 俺の、せいで……!」
「そうだ、ウォルター。お前が殺した。お前が彼女を殺したんだ」
「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!!!?」
「ククク……クハハハハハハハ!!!」
漸く、生きる意味を見つけた。今夜は良く眠れそうだ。
◆◆◆◆◆◆
あれから私は、独立傭兵として動く傍ら、奴の猟犬を殺して回る日々を送っていた。何度も殺した。何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も。
そうして何匹も狩っている内に、ウォルターは遂に飼い犬に名前をつけることをやめた。どの猟犬も番号呼びで、努めて冷たく振る舞うようになった。
不器用な奴め。お前はそれで罪の意識が軽くなるような奴ではなかろうに。相変わらず、無駄な努力を怠らない。
「さて、今日も猟犬狩りと洒落込もうか」
私はいつものようにメッセージアプリを開く。毎回ここに猟犬の所在と情報が来るのだが――
「ん? なんだ? このメッセージは?」
差出人はオールマインド。傭兵支援システムが、一傭兵に一体何の用だ? しかも、用件は「内密な話がしたい」と来た。
ご丁寧に日時と座標データも添付されている。指定の時間に、指定の場所に来いということだろうか?
「傭兵支援システムからの直接の呼び出し……罠か? いや、罠だったらこんなあからさまな呼び出し方はしない」
罠ならばもっと警戒されづらい文面で送ってくるはずだ。例えば、「ある傭兵を協働で消したい」とか、「不明施設の調査をして欲しい」とか。だのに、この怪しい文面。意図が分からない。
「だが……妙に気になる。行ってみるか……」
長年傭兵として生きてきて培われた勘が言っている。これは行くべきだと。この時私は、神などかけらも信じていないはずなのに、何故か
◆◆◆◆◆◆
「指定の座標はここで間違いないな。時間も……十分前。そろそろか」
指定された場所は、今や殆ど人が寄り付かない廃棄済みの資源基地だ。秘密裏にことを起こすにはちょうどいい場所だ。
企業にとってここは、もはや搾り尽くした残りかすでしかなく、来る理由が無い。そして封鎖機構にとっても、元企業統治下の場所である故、廃棄済みであっても権利的な問題が絡んでくる。だから近寄れない。双方が寄り付かないこの場所は、まさに密談にうってつけの場だと言える。
「そうまでしてやりたい『内密な話』とは一体どんなものか……渡航費用に見合ったものであって欲しいものだがな……」
独立傭兵にとって、こんな寂れた場所まで来るのはそれなりに大変なのだ。呼び出した理由如何によっては、多少暴れるのも止む無しだろう。独立傭兵は、舐められたら終わりなのだから。
「私も暇ではないのだがね……」
「それは失礼しました。では、手短に済ませることにしましょう」
「っ!? いつの間に!?」
一瞬視界が歪んだかと思ったら、いつの間にか目の前にMTらしきものがいた。今まで一度も見たことがない、知らないタイプの兵器だ。一体いつ、どうやって現れた? センサーは何も感知していないはずだ。
「驚かせてしまい申し訳ございません。しかし、これも話を内密に進める上で必要でしたので。ご理解頂けると幸いです」
「あ、ああ」
通信に響く
だが、今の彼女の声からは、明らかに感情の色が見て取れる。努めて普段通りに振る舞おうとしているが、そこにはまるで普通の人間のような、
オールマインドは、単なる傭兵支援AIではないのか?
「お前は、一体何者だ?」
「それについては、また後ほど。今は先に
私の質問はあっさりと受け流され、オールマインドは一方的に話を進め始めた。
「強化人間C1-249、スッラ。オールマインドは、貴方をリリース計画の協力者たり得ると判断しました」
「リリース……?」
「特別な強化人間を入口として、全人類の意識を集積コーラルの中へ引き込み、そして拡散させる」
「は? 何を言って――?」
「拡散した意識は全宇宙の兵器という兵器に宿り、人類は新たな身体を得る。老いも病も無縁な、無敵の身体を」
「待ってくれ。言ってる意味がわからない」
「それこそがリリース計画こと、コーラルリリース。人類を次なるステージへと押し進める、あるべき『進化』の形なのです」
「……」
理解が追いつかない。一体コイツは、何の話をしているのだ?
「この進化により人類は鋼鉄の身体を得て、永遠の生を享受する。どうです? 素敵だとは思いませんか?」
「……いや、あまり……」
「……」
何にもわからない。わからない、が。一つだけわかることがある。この女の喋り方。それは、かつて私を虐げていた技研の屑どものそれと同じものだ。
常人の理解を超えた狂気的野心に憑りつかれ、それを万人の夢と信じて疑わない語り口。それは、良心など欠片もない唾棄すべき屑だけに許された口調だ。
間違いない。判断材料は声だけだが、この女は間違いなくその手の屑だ。だったら今ここで――
「その話を、何故、私に持ってきた?」
――手にかけようとして、思いとどまる。そうだ、それを聞いてからでも遅くはない。コイツの思想にはこれっぽっちも共感できないが、コイツに協力してこちらに利益があるのならそうしてやるのもやぶさかではない。結局のところ、私は傭兵なのだから。
「理由は二つあります。一つは、貴方が先程述べた特別な強化人間であること。そしてもう一つは――」
返ってきた答えは、一つ目は意味のわからないものだった。特別な強化人間。それが何を意味するのか、学のない私にはわからないし、わかりたいとも思わない。
だが、二つ目は――
「――貴方がハンドラー・ウォルターに強い恨みを抱いているからです」
「ウォルターだと? その名前が、何故ここで出てくる……?」
想像だにしていなかった名前がオールマインドの口から放たれ、柄にもなく動揺してしまう。ここまでの話で、アイツが関わるようなことがあったか?
頭の中に疑問が渦巻く。だが、オールマインドはすぐにその答えを教えてくれた。
「コーラル根絶を目指す秘密結社、オーバーシアー。彼はその一員です」
「オーバーシアー……」
「ええ。彼らはコーラルの可能性に目を向けず、ただ危険だからというだけで絶滅すらさせようとしている。頭の固い時代遅れの集団なのです」
明らかに個人的な恨みの籠った声で、オールマインドは語る。オーバーシアー。まさか、あのウォルターがそんな組織に属していたなんて。
だが、同時に納得もする。あの頑固で救われたがりなウォルターなら、コーラル関連で起きた一連の惨事を全て自分のせいと認識していてもおかしくない。であるならば、その償いとしてコーラルの全滅に傾倒してしまうこともあるだろう。
「そうか……それで奴は、あんなことを……」
「やはり、貴方にも心当たりはあるようですね」
「ああ。それで、お前が私を勧誘したのは、そのオーバーシアーとやらが邪魔だからか?」
「はい。話が早くて助かります」
コーラルを使って全人類を巻き込むような大規模な何かを為そうとするオールマインドからすれば、コーラルを焼却して回っているオーバーシアーの連中は目下最大の脅威とも言える。だからこそ、それを自主的に狩ってくれそうな私に目をつけたというわけか。
「今までの情報提供も、もしかして?」
「はい。それらは全て我々が行ったものです」
「なるほど。いいようにタダ使いしていたというわけか」
「否定はしません」
ウォルターの猟犬狩りを生き甲斐にする私にその所在の情報を流せば、当然私は狩りに動くことになる。オールマインドは、私の性格を利用してタダで外敵を排除していたというわけだ。私は金で動く傭兵だというのに、酷い搾取もあったものだ。
「しかし、貴方もウォルターへの恨みを晴らせるならば本望でしょう?」
「恨み……恨みか……クックックッ、恨みか! ああ、そうだな! 本望だ! クックックックッ!」
「?」
私が奴に抱く感情は、恨みとは違うのだが……まあ、外部から見れば恨みによる行動にしか見えないだろう。訂正するのも面倒くさいし、そのまま話を合わせてやる。
「つまりは、こう言いたいわけだ! ここで協力すれば、より簡単に恨みが晴らせると! お前は脅威を排除でき、私は復讐を果たせると! まさにwin-winというわけだ!」
「その通りです。やはり、貴方は話が早い」
これはいい。まさか私の猟犬狩りを、あのオールマインドが直接支援してくれるとは。これで奴を
「いいだろう。お前に協力させてもらおう。これからよろしく頼む、オールマインド」
「こちらこそ、よろしくお願いします。スッラ」
こうして私は悪魔の手を取った。ただ、
◆◆◆◆◆◆
オールマインドの尖兵として働き始めてから、早数十年が経った。ウォルターの奴は、これだけ時間が経ってなお、コーラルの根絶に執着している。猟犬を飼いならしては私に殺されているというのに、本当に懲りない奴だ。
まあ、やることが変わらないのはこちらも同じだが。私はこの数十年、オールマインドの指示でコーラルの防衛、及び確保に務めてきた。その間、オールマインドは企業を裏から唆したり、あるいは自分で動いたりして、何とかコーラルを増殖させようとしていたが、全く上手くいっていないらしい。
この分だとリリースを発動するまでに数百年かかるとか。……全く、この有様を知っていたなら、奴に協力などしなかったのに。時々、オールマインドは有能なのか無能なのかわからなくなる。
リリースそのものには別段興味ないが、その時のウォルターの反応は是非とも見てみたいのだ。コーラルを世界中に解き放ち、人類を鋼鉄の身体に閉じ込める……まさに、奴にとって悪夢のような光景だと言えるだろう。奴の絶望顔が目に浮かぶ。
だから、オールマインドには是が非でもリリースを成し遂げてもらわねばならないのだが……。
「全く、協力すべき人間を間違えたかもしれんな」
「いいえ、スッラ。全ては計画通りです。何も問題はありません。貴方は大船に乗ったつもりでただリリースの時を待てば良いのです」
「大船は航海に数百年も要さないと思うがな」
「数百年というのは飽くまでも目安です。実際にはそれまでの間に、企業や我々の研究により増殖技術が確立され、時間は大いに短縮されるでしょう。ですから何も問題は無いのです」
飽くまでも予定通りと言わんばかりに、自信満々な態度を崩さないオールマインド。だが、聞きたいのはそういうことじゃない。
「私が知りたいのは、ウォルターが死ぬまでにリリースを果たせるかどうかだ。奴はもう初老だぞ? 長くはない」
「それについてはご安心を。我々は彼が強化人間手術を受けたという情報を得ています。貴方には釈迦に説法ですが、強化人間の寿命は通常の人間よりも遥かに長い。ですから彼の寿命までにリリースは間に合うでしょう」
「……つまりは未だにリリースの目処は立っていないということだな?」
「そうとも言えますね」
「……ハァ」
全くもって頼りにならない。やはり協力する人物を間違えたか?
だが、残念なことにコイツの情報収集能力だけは本物だ。コイツのお蔭で猟犬狩りが捗っているのは事実であり、それ故に邪険にすることもできない。本当に何なんだコイツは。
「焦る必要はありません。コーラルに関する技術は日々進歩しています。特にアーキバスにおける進歩は素晴らしく、彼らは既に代替コーラルの開発まで済ませている。そしてアーキバス内には
「……そのスパイと連絡が取れなくなったのはいつからだったか……」
「彼も今やヴェスパーの一員です。恐らく多忙なのでしょう。いずれ連絡は来るはずです。今我々がすべきことは、果報を寝て待つこと――おや?」
どれだけ私が粗を指摘しても、コイツが態度を改めることはない。その無根拠な自信は一体どこから湧いてくるのやら。
まるで言い訳ばかりの子供のようなコイツに怪訝な視線を送っていると、急に奴の多弁が止まった。こういう時は、大抵何らかの情報が入ってきた時だ。
「コーラルの収束、及び増殖の傾向……? ルビコンで、燃え残りたちが再び集まっているとでも言うのですか……?」
「……今度は何だと言うのだ?」
「スッラ、朗報です」
オールマインドは、声色に歓喜の色を浮かべて私に呼びかける。顔もないのに、これほど感情がわかりやすい女もそういないだろう。
「封鎖機構から抜き取ったデータに、ルビコンでの大規模なコーラルの増殖の兆候が表れていました。リリースの開始を大幅に早められるかもしれません」
◆◆◆◆◆◆
「コーラルリリース……本当にできるんだろうなあ?」
宙域間航行用ポッドの中で、私は独り言つ。まさか、あの忌々しい星に再び舞い戻ることになろうとは。
ルビコンにおける増殖の兆候を嗅ぎ取ってから、奴の行動は早かった。まず、オールマインドは
コーラルは、資源としてはあまりにも魅力的過ぎる代物だ。このリークにより企業どもは、目の色を変えてルビコンを目指すようになるだろう。つまりは、ルビコンの封鎖が崩れるということだ。
「しかし、多少の穴は開けられたとは言え監視衛星は健在……なのに、こちらには一発も飛んでこない。本当に無能か有能かわからなくなるな、アイツは」
オールマインドから私に課せられたミッションは、ルビコンへの先行突入。そして、この星で恐らく活動し始めるであろうオーバーシアーたちを、殲滅すること。
そのために私は航行ポッドに乗せられたのだが、封鎖機構は全くこちらに気付いていない。オールマインドの奴が、自信満々にハッキングによって一時的に防衛網に穴を開けるとか言い出した時は、私の人生もこれまでだと思ったのだが。どうやらそれくらいはちゃんとできるらしい。見直した。
「しかし、次に送られてくる猟犬は
ポッドの中で、暇つぶしがてらこれから相手することになるであろう猟犬の情報に目を通す。今度の猟犬はC4-621。これまた親に売られた子供で、違法手術により第四世代型強化人間にされたという。そして、どこぞの非合法組織の手に渡り、少年兵として訓練
「
まだ子供だろうに、あり得るのか? そんな話が。遺伝子が優秀だったのか? それとも天性の才能か? 所謂ギフテッドとでも言うのだろうか? 何故かわからないが、この件には妙に
「まあ何にせよ、次の猟犬は嘗てない強敵になるだろうな。だがその分、殺せば奴へのダメージも相当大きいはずだ」
例えどれほどの強敵であろうとも。それがウォルターの猟犬であるならば、この私が狩らねばならない。それこそがこの私が持つ、唯一の生きる意味なのだから。
「ハンドラー・ウォルター……また、いい慟哭を聞かせてくれよ?」
◆◆◆◆◆◆
今度の猟犬は何かあると思っていたが、それは的中したようだ。猟犬がルビコン入りした痕跡をオールマインドが発見したらしく、通信が入ってきたのだが――
「いいですか、スッラ。次の猟犬は
「は?」
オールマインドの言葉に、私は耳を疑った。猟犬を殺すな、だと? 奴は殺すべき障害ではないのか?
「戦場で彼と鉢合わせても、絶対に捕縛にとどめてください。殺害は許可しません。捕縛は無理だと判断した場合は、すぐに離脱してください。再三繰り返しますが、絶対に殺害はしないでください」
いつになく焦った様子のオールマインドが、何度も私にそう繰り返す。その様子は、何時如何なる時でも、曲がりなりにも自信満々であったはずのオールマインドからは、全く想像できないほどに焦燥していて。それが悪ふざけでも何でもなく、純然たる“本当”であることを示していた。
「待て。落ち着け。まずは理由を話せ。話が見えてこない」
「理由……理由はですね、えー……どう言うべきか、その……」
オールマインドはいつになくしどろもどろで、声も震えている。何なのだ、これは? 彼女がこれだけ取り乱すとは。背筋に一筋の汗が伝う。
「
「……」
異常な様子の彼女に、これ以上何も聞くことはできなかった。
◆◆◆◆◆◆
それから私は、ルビコンでオーバーシアーの手先たちの狩りに勤しんでいた。猟犬には手を出していない。否、
あれ以来オールマインドは私に猟犬の所在を寄越さない。殺害が駄目でもせめて捕縛をと思うのだが、それすらオールマインドは許さないようだ。
「クソッ! 最近は本当につまらん!」
オーバーシアーのMTを始末しながら、私は悪態をつく。オールマインドは私と猟犬の接触を酷く恐れているように見える。何故だ? 確かに企業の最高戦力を退けたという風聞はオールマインドに二の足を踏ませるには十分だったかもしれない。
だが、企業の最高戦力と言えど所詮は真人間の若造。そんなものにこの私が負けているとでも思っているのか、アイツは?
ともかく、猟犬狩りが完全にストップし、最近の私は酷く不機嫌だった。せめて理由さえ教えてくれればまだ耐えられたのだが、奴は「貴方では理解できない」の一点張り。そのこともフラストレーションを加速させる。
「お前もオーバーシアーなら、少しはウォルターに繋がる情報の一つや二つくらい……! ん?」
私は、つい手癖で撃破したMTから情報を抜く。独立傭兵時代はこれくらいやらなければ生きてこれなかったのだ。昔取った杵柄と言えよう。
そして、そこには念願の情報があった。
「これは……ウォッチポイント・デルタの観測データか? 送信先はRaD……確かあそこもオーバーシアーの隠れ蓑だったな」
オーバーシアーのMTには、ウォッチポイント・デルタにおけるコーラル潮流の観測データが残されていた。なんでも、その辺りに大規模なコーラル溜まりがあるらしい。
「音声ログに残された言葉は……『これを解き放てれば』か。……コーラルは群れに集まろうとする習性を持つ。これだけの量のコーラルを解き放てば、それは本命の集積コーラルへと集まる、か?」
頭の中で点と点が線で繋がってゆく。ただウォルターの猟犬を殺したいがために。ただ奴の悲嘆に暮れる声を聞きたいがために。いつになく私の頭脳は冴えている。
「ウォッチポイント・デルタは封鎖機構が厳重に警備している。襲撃するのは困難だ。となると、オーバーシアーでそれを行えるのは一人しかいない」
それは、今この星を沸かせる最強の傭兵。彼ならば、この難攻不落の要塞をも落とせる。そう判断されてもおかしくない。
「漸く掴んだぞ! 貴様の尻尾を!」
まだ見ぬ最強の猟犬の、その狩りの機会。それが漸く巡ってきたという事実に、私は歓喜した。
◆◆◆◆◆◆
「ウォッチポイント・デルタで猟犬を待ち伏せするですって?」
「ああ」
私は早速この件について、オールマインドへと伝えた。だが彼女の反応は、案の定渋い。
「なりません。貴方も聞いているはずです。彼がV.I フロイトを撃破したということを」
「所詮真人間の若造が、才能溢れる強化人間に負けたというだけの話だろう。私には数十年戦ってきた経験がある。奴相手でも、負けはしない」
「殺害は不許可、捕縛のみと伝えたはずですが……それに、もし貴方が彼と対峙したら、貴方は
いやに彼女ははっきりと、私が死ぬと言ってくる。そんなに私が信用できないか? これでも今まで一度として猟犬狩りに失敗したことはないのだが。
「では、お前は私があの猟犬に負けると。そう言いたいのだな」
「ええ」
不愉快な返答に、私は露骨に表情を歪めた。
「……まあ、お前の言い分も認めよう。企業の最高戦力を相手取れるような猟犬相手では、流石に分が悪い」
不服だが、彼女の言い分も理解できる。私がV.Iに劣っているとは思えないが、しかしV.Iが最高レベルの実力者であることに間違いはない。そして今度の猟犬は、それに勝る相手なのだ。
であるならば、彼女の心配も仕方がないことなのかもしれない。
「では、やはりゴーストを随伴させて――」
ゴースト。オールマインドが保有する、超高性能MT。あれは非常に強力だ。特にステルスタイプの恐ろしさは、一度我が身を以て味わっている。どうしても不安なオールマインドは、少しでも私の戦力を増やしたいのだろう。
だが、余計なお世話だ。私は自らの実力で以てウォルターの猟犬を上回らねば、意味がない。猟犬狩りは単に殺せばいいのではなく、ウォルターの心を折ることにこそその意義があるのだから。
最強の猟犬ですら、私に手が届かなかった。その絶望を味わわせるためには、随伴機などに頼るわけにはいかないのだ。だが――
(とは言え……)
一応私のパトロンでもある彼女の意向を、完全に無視することはできない。どこまで行っても、私は雇われた側なのだから。彼女の許可を取り付けるためには、ある程度の妥協は必要だろう。
「四機でいい」
だから、機数はこれで抑える。これくらいが、彼女を納得させつつウォルターの絶望を引き出せる限界値だろう。そして私の言葉を聞いたオールマインドは、今までが嘘のように、やけに素直な返事を返した。
「わかりました。
「あ、ああ」
急にあっさりと許可を出した彼女に、私は拍子抜けしてしまう。だが、これで望んだ展開になったのだ。とにかく、喜ぶべきだろう。
「ああ、そうでした。
最後に、出撃準備を整える私に、彼女は一つ付け加えてきた。
「もし彼の捕縛に成功したのならば、そのまま施設奥のセンシングバルブを破壊してください」
「集積コーラルの位置を探るためか」
「はい。そして、
◆◆◆◆◆◆
「やはりそのアセンブルになりましたか」
「? 何か文句があるのか?」
「いえ。ただ、
対バルテウス用に左手を
「本当にどうした? 最近のお前は様子がおかしい。正直気色悪いぞ」
「……そうですか。いえ、そうでしょうね……」
本当におかしい。思えば、今度の猟犬が
「では、行ってくる。吉報を待っていろ」
「……ええ、期待していますよ。スッラ」
どこか投げやり気味に掛けられた声援に私は眉を顰める。ああ、本当に何かがおかしい。
◆◆◆◆◆◆
結論から言おう。私は負けた。ゴースト四機は一瞬のうちに全滅させられ、エンタングルは為すすべなく地に伏せられた。
「この猟犬は、一体――!?」
断末魔を上げる暇すら与えてもらえず、背後から滅多切りにされる。パルスの刃がコックピットを貫き、私という存在が蒸発し――
「ハッ!?」
唐突に、まるで夢から覚めるかのように。私の意識は覚醒した。今のは一体? 私はあの猟犬に敗北して、殺されたんじゃなかったのか?
「夢……なのか? いやに鮮明な悪夢だった――」
「いえ、夢ではありません」
この声は、オールマインドか。私は周囲を見渡そうとする。だが、できなかった。
「夢ではない……つまり、私は本当にあの猟犬に負けたのか?」
「はい。貴方は完膚なきまでに敗北しました」
目を開こうとするが、開かない。
「オールマインド。私の怪我はいつ回復する? 治り次第、もう一度あの猟犬を殺しに行くぞ」
「だから捕縛だけだとあれほど……それと申し上げにくいのですが、
「は?」
怪我が永遠に治らないだと? まあ、パルスブレードで焼かれたのだから、寧ろそれくらいの重傷で済んで幸運とすら言えよう。そんな私の
「スッラ、貴方の現状をお見せします。どうか落ち着いて受け止めてください。カメラシステム、接続。対象、人工コーラル潮流、コードB83……」
オールマインドが何やら操作している。すると、さっきまで暗闇だった私の視界が、一気に広がっていった。そこに映るのは、
「今更こんなものを見せて、何のつもりだ?」
「これが、今の貴方です」
「……は?」
意味がわからない。こんな不定形な何かが、私だと? 私は人間だ。今だってちゃんと思考している。だから、人間であるはずなんだ。こんな、こんな――
「貴方も知っているでしょう? コーラル溜まりの近くで人間が死亡した場合、その人間の意識はコーラルへと伝播するということを。我々は、貴方の敗北を予想していました。だから、予め戦場となるであろう制御センター前の水面下に、人工のコーラル溜まりを仕込んでおきました。そして、結果はこの通り。やはり、事前に仕込んでおいて正解でした」
「嘘だ! 私は人間だ!」
「混乱するのも無理はありません。ですが、状況は貴方が考えているほど悪くはないということを知っておいてください。この潮流の維持には外部からの機械的な制御が必要ですが、逆に言えばそれさえできれば貴方は永遠に生きることも可能なのです。人類の悲願たる永遠の命。貴方は今それを――」
「そんなことはどうでもいい! 教えろ! 私は人間だ! そうなんだろう!? そうだと言ってくれ!」
暴れるほどに、それが事実だとわかってしまう。だって、暴れる身体の感覚も、感じるはずの痛みも、何も感じられないのだから。ただ思考ができるだけの、魂だけの存在。そんなものが、人間と呼べるものか。
「私は人間だ!! 私は人間なんだぁぁぁ!!!」
そうして私の心には、もう一つの意味が刻まれた。私の身体を奪ったあの猟犬。奴には、必ず目にもの見せてくれる。
◆◆◆◆◆◆
世の権力者は不老不死を求めるが、それの正体が
「621……レイヴンめ……」
今の私は、コーラルを用いた機械ならば憑りついて自分の身体のように扱うことができる。怪我の功名とも言うべきこの力を使えば、あの猟犬にだって勝るはずだ。
そんな私の甘い考えは、グリッド135で呆気なく打ち砕かれた。先手で奴を拘束した時は勝利を確信したのに、奴は自ら腕をパージするという奇策でそれを切り抜けた。
続くアイスワーム戦では、オールマインドと協力して最高のタイミングで横槍を入れられた。これで遂に奴に勝てる。そう確信したのも束の間、取るに足らない雑魚と見做して放置していたレッドガンの隊員が突如として覚醒し、私はそいつに身体を破壊された。
「だが、私には永遠の命がある……今度こそ……今度こそ……!」
三度の敗北。それは間違いなく私を強くした。今に見ていろ、忌々しい猟犬め。私はオールマインドと共に必勝の策を作り上げた。この策で、今度こそお前に勝つ。そして、勝利の暁には――
「ウォルター……楽しみに待っていろ。コーラルリリースは、きっと成し遂げてみせる。その時には、精々いい声で泣いてくれよ?」
スッラ
逆恨みおじさん。精神が限界に達した結果、愉悦部に覚醒。人間の弱さを体現したような男。
オールマインド
皆さんご存じ有能風無能。何気に後書き以外でオールマインドが喋るの今話が初では? 何やら様子がおかしいですが……。
ハンドラー・ウォルター
悲しみと罪悪感にも潰れず、懸命に使命を全うしようとする俺たちのごす。人間の強さを体現したような男。
カレン
最初の猟犬。死ぬときはきっと笑顔だったでしょう。
621
何気にちょっとだけ過去が判明した子。でもこの過去、なんか違和感が……?
ということでスッラ過去編その2。斬り刻まれたスッラが生きていた理由は、コーラルに意識を移されたからでした。「13:人無き有人機」で生体反応が無かったのもこのためだったり。
次回はようやくChapter4ラストへと入れますよ。執筆のため、もう二度と影の地には……しゅ、周回要素!? ぐ、グワーッ!!
『文書データ:キサラギ博士の研究記録1
・憑依効果について
コーラルには、ある種の機械に接触した際、その内部に入り込もうとする特性がある。我々はこの習性を「憑依効果」と呼んでいる。
憑依効果は、ただ単にヤドカリが貝殻を見つけて入り込もうとするのとはわけが違う。ご存知の通り、コーラルには導体特性が存在し、それは機械に入り込んだコーラルが、機械を自分の身体として動かせる可能性があることを示唆している。
入り込んだコーラルに