四度目の鴉   作:Astley

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 今回は短めです。


36:コーラルの守護者

「これは……この湖の全てが……」

 

「……辿り着いたか、621」

 

 621の眼下に広がる、広大な湖。水面に漂う赤い光や、湖岸にへばり付いた真っ赤な粒子。それらが、この湖がただの湖でないことを嫌でも教えてくれる。

 それもそのはず、眼前の湖こそ、彼らが求めた集積コーラルなのだから。

 

「企業の追手が来る。その前に調べるぞ」

 

「了解」

 

 ウォルターの指示を受けて、621は湖へと降りる。落下中の621の視界に、()()の声が飛び込んでくる。

 エアの、大切な人の同胞たち。彼らもまた、621が守りたかったものたちの一つであった。人と彼らと、そのどちらかが消えねばならない。そんな悲しい終わり方はもう嫌だったのだ。だから621は、人とコーラルの共生に拘った。

 そして、それは遂に終着を迎えようとしている。コーラルエンボディ。手段はもう得た。後は、それを実践するだけ。そのためには、集積コーラル周辺を制圧する必要がある。

 

「よいしょ、っと」

 

 LEAPER4が湖面に着地し、衝撃が621に伝わってくる。この湖は、集積コーラルの一部が地面に湧出してできたものだ。だから、その水深はそこまで深くはない。

 だが、()()湧出しただけでこれだけの湖ができるのだ。集積コーラル本体は、一体どれほどの量だと言うのか。考えただけでも気が遠くなる。

 

「コーラル潮位が上がっている……自己増殖が、ここまで進んでいたとはな……」

 

「『破綻』が起きるまで、もうあまり猶予は残されていないようです。……とは言え、私たちは間に合った。後は、RaDと解放戦線さえ待てば――」

 

「いや、まだだ。まだ一つ、やることが残ってる」

 

 目的の場所に到達して浮かれているエアは気付いていないが、621には確かにその声が見えていた。自分たちを外敵と認定し、排除しようとする声が。

 人の都合で機械の中に閉じ込められ、動力として無理矢理増やされ、燃やされ続けた怨嗟。それを抱きながら、しかし人の意思が伝播するコーラルの性質故、コーラルの守護者たれという作成者の願いも一緒に抱えて。結果生み出されたのは、誰彼構わず、ただ向かってきた者を敵と認定する歪な守護者の意思。

 それを、621は感じている。四度も生きて、極限まで高まったコーラルに対する感受性が、暴走した自己防衛本能を鮮明に感じ取っている。そして、その意思が感じられる方角に視線を向ければ――

 

「! あれは……!」

 

「あの機体は……C兵器!?」

 

 宙を優雅に舞う、真っ白な人型。翼のようにも見える肩も相俟って、その姿は天使を思い起こさせる。だが、その実態が天使などとはほど遠いことを、621は知っている。

 

「『アイビスシリーズ』……やはり稼働していたか……!」

 

 天使が――否、IB-01:CEL 240(アイビス)が地上に舞い降り、そして横一列にビットを展開する。ビットから漏れ出す赤い光は、その強い殺意の証だ。

 

「……備えろ、621。もう一仕事だ……!」

 

「ああ……!」

 

 621は、全神経をアイビスに集中させる。四度生きて、たった二度しか戦ったことのない相手。その二度は、いずれも全身全霊を賭けた死闘であった。だから、その心に一片の雑念も無く、全てをアイビスに向ける。

 そして621の殺意を感じ取ったアイビスも、完全に臨戦態勢に入る。再びふわりと浮かび上がり、エネルギーをチャージ。装甲の隙間から漏れ出す赤い光はさらに強くなり、本能が死の危険を強く訴えかけてくる。

 

「――――!!!」

 

「レイヴン! 来ます!」

 

 621とエアにだけ知覚できる、声なき声。それが一際強くなった瞬間、アイビスは動き出した。

 アイビスの初動は、ビットを斉射しながらの突撃、そして同時にその腕部にエネルギーを集束し光波ブレードの発射準備。直線的なビットの射撃で相手を動かし、本命である光波ブレードを偏差射撃で確実に当てる、アイビスのAIに刻み込まれた必勝の戦術。

 

「――――!」

 

 内臓AIと半ば意識が一体化したアイビスのコーラルたちは、必中の確信を以てそれを振るう。今まで相手してきた者(封鎖機構の機体)たちは、誰一人としてこれを躱せなかった。

 だから、目の前の外敵も、絶対に。

 

「――――!!?」

 

(その動きは、もう三度目なんだよ!)

 

 だがそんな確信は、あっさりと打ち砕かれる。621にとって、この動きを見るのは三度目。ならば当然、回避の仕方も身に沁みついている。

 ビットの斉射に対しては、単純な横移動。ビットは狙いが甘く、偏差射撃をしないので、水平移動だけで回避できる。そして斉射の後の光波ブレードは、直前で逆方向にクイックブースト。光波ブレードは偏差がキツイが、それは逆を言えばこちらの移動ベクトルを少し変えるだけで勝手に外れていくということ。慣れれば脅威ではない。

 

「――! ―――!」

 

 明後日の方向へと飛んでいく光波ブレードを尻目に、621はアサルトブーストを起動。焦るアイビスを、全速力で追いかける。

 二度戦ったから知っている。この一連の攻撃の後に、アイビスは必ず息継ぎの為に足を止める。コーラルジェネレータは莫大な出力を得られるが、一度エネルギーを使い切ると長いインターバルを必要とする。それはアイビスシリーズとて、例外ではない。

 実際621の視界の先では、エネルギーを使い果たしたアイビスが足を止めていた。

 

「――――!!!」

 

「逃がさない!」

 

 必死に足掻くアイビスに対し、621はマニュアル操作で反動を殺し、チャージリニアとスタンニードルランチャーを同時発射。二つの弾頭は同時にアイビスに突き刺さり、その衝撃はアイビスを一気にスタッガーへと持っていく。

 これで、アイビスは暫く動けない。()()の最大の武器である、機動力を奪った形になる。当然、こんな好機を逃す621ではない。

 

「まずは、一撃!」

 

ガゴンッッッ!!!

 

「――――!!!?」

 

 左腕のパイルバンカーを最大出力でチャージし、アイビスに叩き込む。

 IB-01:CEL 240は機動力を極限まで高めるために防御を犠牲にした機体だ。故にその刺突は彼らにとってあまりにも重く、たったの一撃でその胸部に物々しいひび割れが出来るほどであった。

 

「――! ――! ――!!!」

 

 生まれて初めて感じた、死の恐怖。それに突き動かされて、アイビスは全力でLEAPER4から距離を取る。

 生き残るために、インプットされたデータから知識を引き出す。反応からして、相手はAC。近接指向の有人兵器だ。ならば、射程距離は短いはず。距離を離して高速飛行すれば、大半の射撃を無視できる。

 そんな思考のもと、アイビスは弧を描いて空を翔ける。その動きは如何なる現行兵器よりも速く、これに射撃を当てることなど――

 

ガァン!!!

 

「――――――!!?」

 

 突如身体(機体)が揺れ、ACS負荷限界を知らせる警告音が鳴り響く。アイビスは自身に何が起きたのか、全く理解ができなかった。

 ACは愚か、狙撃用MTの攻撃すら躱せる超軌道で動いていたはずなのに。身体(機体)には()()()()と、()()()()()が深々と突き刺さっている。一体、どうして。

 

「まさか回避行動中のアイビスに当てるとは……だが、いいぞ621。その調子で畳みかけろ」

 

「了解」

 

 何のことはない。ただ621が、またしてもチャージリニアとスタンニードルランチャーの同時撃ちを当てたというだけ。

 四度目の人生の中で、三度目までを遥かに凌駕する強敵たちと戦ってきた621は、完全に戦闘能力が極まっていた。

 それは射撃の腕も例外ではない。FCSでは追いきれないアイビスの超軌道も、今の彼ならばマニュアルエイムで狙いきれる。

 それに、アイビスがどれだけ速かろうとも、その動きを制御するのは所詮人に劣るAIとコーラルの原始的知能の融合体。動きそのものは、特段複雑でもない。

 これなら、戦友の方が遥かに当てにくかった。それが621が抱いた偽らざる感想であった。

 

「――――!! ――――!!」

 

 アイビスは空中でもがき、なんとかスタッガーから復帰する。距離が離れていたため、追撃こそ貰わなかったアイビスだが、彼らの意識には621に対する恐怖が強く刻まれていた。

 今だって十分距離が空いているだろうに、アイビスはさらに後ろへブーストを吹かし逃走を図る。

 同時に、まるで威嚇でもするかのような動きと共に――否、それは正しく威嚇であったのだろう――ビットを全機LEAPER4へと飛ばす。

 

「逃がさないって、言ったろ!」

 

 それに対して、621の行動は早かった。即座にアサルトブーストを起動し、逃げるアイビスを追いかける。

 さっきは狙撃を命中させた621だが、やはり基本的に射程距離でACはアイビスに勝てない。弾の届かない距離から一方的にビットを飛ばされれば、流石の621と言えどいつかは限界を迎える。

 だから、とにかく近づく。幸い近接指向兵器であるACの突撃力は、アイビスの逃走にすら追いつける。LEAPER4を取り囲むビットから無数の赤い光条が放たれるが、ACの加速力はそれらを置き去りにできる。

 

「――――――!!!!」

 

「この感情は……! レイヴン! 反撃が来ます!」

 

「っ!」

 

 追い詰められた生物が見せる反応は、種族に関わらずたった二種類しかない。即ち、逃走か闘争。そしてアイビスは、闘争を選んだ。

 近接指向の兵器に、近接戦を挑む。AIだけだったら決してしなかった判断を、コーラルの自己防衛本能は選ぶ。死中に活あり、生中生無し。それは原始的な知能ですら知っている、自然界の法則だ。

 

「だったらこっちだって!」

 

 両腕から赤いブレードを発振するアイビスに、本能が警鐘を鳴らす。だが、死中に活があるのはこちらも同じ。近接戦ならば、望むところ。

 

「―――!」

 

 最大チャージのコーラルブレードが二振り。それを容赦なく、アイビスは振るう。活性コーラルによる攻撃は、装甲による軽減が不可能。故に、ACであっても一撃で致命傷を負いかねない。

 だが。

 

「――!?」

 

「格闘戦は、こっちの土俵だ!」

 

 それは、刃が当たった場合の話だ。ラスティのスライサーの基部を蹴り上げて攻撃を防いだことのある男が、どうしてアイビス相手に同じことができないと思えるだろうか。

 それぞれ振るわれる二振りの刃に対し、その根本の腕をパイルバンカーと蹴りで弾く。

 

「捕まえた!」

 

「――!!? ――!!!」

 

 そして621は即座に右手のリニアライフルを手放し、その手でアイビスをがっちりと掴む。

 先述した通り、IB-01:CEL 240は機動力を極限まで高めるために徹底した軽量化を施した機体だ。それ故に、単純な力比べではMTにすら劣る。ましてや、AC相手では勝てるはずがない。

 LEAPER4に拘束され、アイビスは足掻く。だが、重量も馬力も向こうの方が上。間合いの内に入られているのでコーラルブレードは届かないし、ビットは呼び戻すのに時間がかかる。つまりは、詰み。

 

「まずは、墜とす!」

 

 621はアイビスを掴んだまま、アサルトブーストを起動。分の悪い空中戦を強制的に終わらせるべく、地上へ向けて全力で加速する。

 その間にパイルバンカーの冷却も完了。王手を刺す準備は整った。

 

「次に、一発!」

 

「―――――!!!?」

 

 アイビスが地面に衝突するちょうどその瞬間に、最大チャージのパイルバンカーを撃ち込む。衝撃の逃げ場を絶ったその一撃は、アイビスの内部にまで響き渡る。

 

「最後に、もう一発!」

 

「―――――――――!!!!!!」

 

 そして、地面に叩きつけたアイビスの胸元に、ゼロ距離スタンニードルランチャー。深々と刺さった針から電流が放出され、アイビスを内側から蹂躙していく。621の視界に、断末魔の如き凄まじい叫び声が見える。

 装甲の薄いアイビスがこれだけの連撃を受けて耐えられるはずもなく、アイビスは一度大きく仰け反った後、ぐったりと倒れ込んだ。無秩序に飛び散る赤い光が、彼らが意識を手放したことを知らせてくれる。

 

「敵機コーラル反応……停止……」

 

「……終わったか。後は周辺地域の安全を確保して――」

 

 それを見たエアとウォルターは、終わったのだと()()した。アイビスの目から光は消えていて、621の勝利を確信してしまうのも仕方がないのだが。

 

「いや、まだ終わってない!」

 

「「!?」」

 

 だが、621だけは知っている。アイビスシリーズの真価を。ジェネレータを完全に破壊しない限り、周囲の環境から無限にエネルギーを得て復活する彼らの恐ろしさを。だから、621だけは臨戦態勢を解除しなかった。

 

「ジェネレータを完全に破壊しないと! アイビスシリーズは!」

 

 一度落としたリニアライフルを拾いなおし、またしてもゼロ距離でアイビスに撃ち込む。何発も、何発も。冷却が済み次第パイルバンカーもぶち込む。こんな強敵とこれ以上戦うのはごめんだった。

 だが、アイビスの開発者とて、コーラルジェネレータの危険性は重々承知している。あのような代物を、そう簡単に壊せる場所に置くはずがない。

 だから、621の執拗な追撃は、まだジェネレータには届かない。そして――

 

「これは……!? レイヴン! そこから離れてください!」

 

「え? うわっ!?」

 

 突如として真っ赤な爆発が巻き起こり、LEAPER4を吹き飛ばす。たった一撃で数百メートルも吹き飛ばされたLEAPER4はスタッガーに陥っており、この爆発の威力が如何に凄まじかったのかを物語っている。

 

「い、今のは一体……?」

 

 身体(機体)が動かない中、顔だけ上げてアイビスの方を見る。轟々と燃え盛る真っ赤な爆炎。その中で、一つの影が佇んでいる。

 

「――――――――――!!!!!!」

 

「っ!?」

 

 四度も生きて一度も見たことがない、凄まじいまでの叫び声。そこに込められた感情は、考えなくてもすぐにわかった。即ち、怒りと殺意。

 炎の中心で、全身がひび割れた天使が静かにこちらを見据えている。身体中のひび割れから真っ赤な炎が溢れ出ており、凄まじい熱量は陽炎すら生み出している。

 

「これは……やっちまったか?」

 

 621は小さく溢す。彼は今、初めて実感した。未来を知っているからといって、必ずしも前よりいい未来を選べるとは限らないことを。

 




621
 早く決着させようとしたらやらかした人。だってこんな展開になるなんてわからないじゃん……。

IB-01:CEL 240
 封鎖機構が集積コーラルに何もしなかったのって、信じて送り出した兵器たちがみんなコイツに虐殺されたからなんじゃないかっていうフロム脳。でも第一形態は今の621相手では実力不足でした。
 第二形態? まあ、怒りで強化されるのは全生物の共通の性質みたいなところあるし……。

 ということでVSアイビス。とはいえ殆ど無傷で蹂躙してしまいましたが。ぶっちゃけどうしても四度目の621が、今周回のイグアスやラスティ以上にアイビスに苦戦する絵が思い浮かばなくて……。
 でも大丈夫! 次回はアイビスちゃんの四度目限定強化フォームお披露目回になりますので! アイビスちゃんの活躍が見たい方は次回をお待ちください!
 それにしても「!」「?」「―」だけで感情表現するの難しすぎて草。








































『文書データ:キサラギ博士の研究記録3

・変異波形について
 我々はついに見つけた。コーラルの女王とも呼べる、その上位存在を。
 コーラルは個体数が一定以上になると、その群体の中に規則的な波形を生じるようになる。今までそれは、単なる対流か何かだとしか思われていなかった。だが、最新の研究により、他ならぬその波形こそが、群れ全体を統制するエネルギー波を発生させていることが判明した。
 これこそがコーラルの女王に違いない。まさか何の変哲もない個体群が寄り集まることで女王を形成するとは。だが、こうした形態はある意味合理的と言えるかもしれない。
 蟻や蜂のような生物は、もし女王が何らかの理由で死亡した場合、そのコロニーは滅びを待つのみとなってしまう。だが、コーラルの場合は違う。彼らの女王は、飽くまでも個体群に生じた波形であり、コーラルの一個体ではない。故に、コーラルが大量に死滅するようなことがあろうとも、波形さえ移すことができれば女王の存在は維持されるのである。
 これは、一度生まれた女王は、コーラルの群れの中ならばいつでもどこにでも存在できるということを意味している。つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にでもならない限り、女王が消滅することはないとすら言えるのである。何という驚異的な生存能力だろうか。
 我々はこうしたコーラルの女王を、「変異波形」と名付けた。彼女に対する研究を進めれば、我々は更なるコーラルの活用を見出すことができるだろう。




























































 ところで、観察の結果変異波形は()()()()()()()()()()()()()()()()()していることが判明している。これは、もしかすれば、変異波形も人間と同じように知性を持ち、意思を持つ存在なのではないのか? 何らかの手段で、彼女と人間的なコミュニケーションを取ることが可能なのではないのか? そんな疑問を私は抱いている。
 この発想を同僚に話してみたところ、狂人でも見るような目で見られてしまった。……別にいい。かの高名なガリレオも、初めはその理論を受け入れてもらえなかったのだから。後世の人々がその理論の正しさを証明するまで、彼ほどの人物ですら狂人扱いされていたのだから。
 今回も、同じこと。いずれ証明される。どちらが正しかったのか。そして、その頃になって今更私の頭脳に畏怖するがいいさ』
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