四度目の鴉   作:Astley

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 明けましておめでとうございます(激遅) 黒神話悟空って知ってる?(言い訳)


42:最後の火

 構えるアストヒクとマインドβ、それを幾重にも包囲する無数のマインドα。スッラに重い一撃を加えたとて、依然状況は圧倒的不利なまま。

 だというのに。不利なはずの621とドルマヤンは、笑っている。有利なはずのスッラは、焦燥感に声を詰まらせる。流れが、変わろうとしている。

 

「ッ! 無人機ども! もう一度奴らを分断しろ!」

 

 だからスッラは、すぐさま指示を飛ばした。完全に流れを掴まれるわけにはいかない。「流れ」という不可視で曖昧なものが、戦場においてどれほど大きな力を持っているか。それをスッラは、知っていたから。

 流れは断たねばならない、二人の連携と共に。一対一では圧倒できていたのだ。分断さえできれば、勝機はいくらでもある。

 

「レイヴン! 背中合わせだ!」

 

「ああ!」

 

 621たちも、ここで分断されれば終わりなことくらい分かっている。だから、背中合わせ。彼我の距離をゼロとし、割り込まれる隙を物理的に消す。

 

「かかったな! 下等生物どもが!」

 

「「!」」

 

 だが、それこそがスッラの狙い。分断を防ごうと、二機が密着するのは読めていた。だから、そのタイミングに全火力を叩き込む。

 二人を取り囲む無人ACたちが、バズーカを、ミサイルを、オービットを、プラズマ投射機を。一斉に叩き込む。

 密着したままでは動きが封じられる。故に、回避は不可能。かと言って、離れればその瞬間に無人ACが突撃し、無理矢理割り込んで分断する。そうすれば勝利は必然。どう足掻いても勝つのはこちら。スッラはそう確信していた。

 

「群れることが人の本質だと嘯くのなら! 群れたまま死んでゆけ!」

 

 無数の無人ACによる一斉掃射。それは最早、弾幕などと呼べる生温いものではない。ただの壁だ。死の壁だ。

 それが迫ってくるというのに、二人は冷静だった。それぞれ弾速の異なる四つの壁。それを眺めながら、まるで雑談でもするかのように零す。

 

「ふむ、これは……」

 

()()()()()()()()()()()()で行けそうじゃないか?」

 

「うむ、それで行こう」

 

 言葉は最小限。二人以外には絶対伝わらない、伝言とすら呼べない雑な言葉の羅列。だが、それで伝わる。

 一度は殺し合い、今は協力し、そしてお互い猛者同士。それだけあれば通じ合える。だから、これから巻き起こる曲芸も、結局は必然の範疇なのだ。

 一つ目の壁は、プラズマ投射機の壁。無数の鉄球が、四方八方から二機に襲い来る。それに対しマインドβは身を屈め、アストヒクはパルスブレードを最大出力で発振。

 

「見ておれ、レイヴン」

 

「ああ、楽しませてもらう」

 

 瞬間、アストヒクが刃を振りぬいた。それは、一見するとただの回転斬り。横一文字に振りぬかれた()()に、全ての鉄球を叩き落す力などない、はずだ。だが。

 

「ッ!? 馬鹿な!?」

 

「ハハッ、すっげぇ」

 

 アストヒクが刃を振るうたびに、遅れて無数の剣筋が発生する。それらが鉄球を次々弾き飛ばし、一つとして二人に届かない。

 621は思い出す。曰く、達人の太刀筋は肉眼には速すぎて、一回にしか見えなくてもその実無数に斬っているということがあるとかないとか。

 眉唾物だと思っていた噂話も、目の前で実物を見せられれば信じざるを得ない。ドルマヤンは、間違いなくその域にある。

 しゃがむマインドβの隣で繰り広げられる、まるで()()()()()()()()が如き優雅な()()。だが、その優雅な動きからは考えられぬ数の斬撃が周囲に巻き起こる。緑白色の剣筋だけが、その本性を教えてくれる。

 気付けば鉄球は全て弾かれていた。同時に、アストヒクの関節が一時的にダウン。その場に崩れ落ちる。乱舞の負荷は、ACにはあまりにも大き過ぎた。当たり前だ。あんな動きをして無事なのは、それこそ神か何かだけだろう。

 

「次は、俺だ!」

 

「ああ、任せたぞ!」

 

 崩れ落ちたアストヒクに、マインドβが乗る。その間にも迫ってくるは、第二の壁。オービットによる、レーザーの弾幕。

 621は迷うことなくパルスシールドをマニュアル制御に切替。出力を大幅に引き上げ、シールドの面積を最大限に拡大。これならば、足元のアストヒクまで覆える。

 だが、拡大したところでシールドはシールド。前面は防げても、横や後方からの攻撃は素通しだ。

 

「シールドの正しい使い方、見せてやるよ!」

 

 そんなことは621も分かっている。だから621は、アストヒクの上でサイドブースターを全開にする。

 巨大なパルス防壁を抱えたまま、マインドβが高速で回転し始めた。これならば、全方位からの同時掃射も防げる。無数のレーザーは、()()()構えられたシールドに遮られ、全て当たる前に防がれていく。

 

「フン。いくら出力を上げたところで、これだけの弾幕! パルスシールド如きでは――!?」

 

 スッラが駆るマインドαの、その頭のすぐ横。そんなすれすれのところを、青い光条が駆け抜ける。スッラは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 目の前に広がるは、青い光に包まれるマインドβ。レーザーの雨霰を受けてシールドを破られるどころか、その全てを()()()()て逸らしている。完全に包囲するフォーメーションが災いして、受け流されたレーザーは漏れなく無人ACに突き刺さり、その装甲を焼いていく。

 

「見事なものだ! こうまで精密な操作ができるとはな!」

 

「この星には猛者が多すぎんだよ! あんなボスラッシュをされちゃあ、こうもなる!」

 

 原理は単純、ただシールドを斜めに構えるだけ。正面から受け止めさえしなければ、これほどの弾幕相手でもシールドを持たせられる。無論、それだけで切り抜けられるほど甘い弾幕ではないが。

 しかし、621ほどの精密制御があれば、レーザーに対して常に完璧な被弾角度を維持することができる。受け流してしまえば、ダメージは最小限。嵐のような弾幕相手でさえ、持たせられる可能性がある。

 

「頼むから、持ってくれよ!」

 

 出力を無理矢理引き上げてるせいで、シールド発振部が赤熱し始めている。だが、恐らくは防ぎきれるはずだ。今は自分の計算を信じて、防ぎ続けるしかない。

 

「まずい! オービットが――!」

 

 スッラが唸る。無人ACのオービットが、徐々に撃ち落とされ始めたからだ。数百、数千発のレーザーを撃ち込んでいるのだ。そのうち受け流されたレーザーが、ちょうどオービットを貫いたとしても不思議ではない。

 一機落とされたのを皮切りに、次々とオービットが落ちていく。その度に嵐は弱まり、視界を焼く青い光が薄くなる。

 やがてレーザーの嵐は止んだ。シールドが完全に壊れたその瞬間に。二つ目の壁は、撃った張本人だけが蜂の巣となっただけに終わったのだ。

 

「三つ目、来るぞ!」

 

「よし! 合わせろ!」

 

 ドルマヤンの呼びかけに、621は快く応える。三つ目の壁、バズーカの弾幕。これは簡単だ。プラズマ投射機やオービットほど弾速が速くないソレは、垂直上昇(ジャンプ)で避けられる。いくら弾幕が濃かろうと、真上までカバーすることはできないのだから。

 二機は同時に跳躍、同時にブースターを全開。真っ直ぐ上へ加速し、足元に殺到する特殊榴弾を見下ろす。これで、三つ目も無力化。なんということはない――

 

「っ! やはり来るか!」

 

 背後から一機の無人ACが、アサルトブースト全開で突撃してくる。死を恐れない無人ACだからこそできる、捨て身の特攻だ。

 二人が空中に跳んだのを、スッラは分断のチャンスと捉えたのだろう。実際、踏ん張りのきかない空中で片方がACに衝突されれば、二機を引き剥がすには十分な衝撃が発生するだろう。

 

「まあ、知ってた」

 

 だが、この二人には想定内。だから利用できる。この後控える四つ目の壁――爆導索ミサイルの弾幕から逃れるには、この方が望ましい。

 

「「とうっ!」」

 

 特攻する無人ACを、二機が同時に足蹴にする。寸分違わぬ完璧なタイミングで、二人は無人ACを踏み台にしたのだ。

 突進の勢いを推進力に変換し、壁蹴りならぬA()C()()()で更なる跳躍。四つ目の壁はその高い誘導性で追い縋ろうとしてくるが、弾速の遅さ故まだ遥か下方。追いつかれることは、決してないだろう。

 一つ目の壁から四つ目の壁まで、ここまで経過時間およそ十数秒。言うなれば一瞬の出来事。だが、流れは完全に――

 

「ドルマヤン、アサルトブースト準備」

 

「反撃か。流石はレイヴン」

 

 この程度で、流れを変えたなどとは思わない。依然数の差は圧倒的なのだから。勝つためには、完膚なきまでに流れを粉砕する一撃が必要になる。だから621は反撃まで見据えていた。

 マインドβが、アストヒクから借りたライフルと、そして残弾少ないオービットを構える。スッラは理解していなかった。この男(621)に、精密狙撃のできる銃器を渡す意味を。

 621は、四つ目の壁(ミサイルの群れ)に向けてライフルとオービットを連射。完全に逃れたはずの脅威に銃弾を撃ち込む621を、スッラは訝しむ。

 

「奴は、一体何を……?」

 

 621の行為は、無意味にしか思えない。最早四つ目の壁からは逃げきれていて、今更迎撃する意味などない。

 いや、迎撃どころか、621の弾は一発もミサイルに命中していない。ただただ全て掠っているだけで――

 

「ッ!?」

 

 瞬間、スッラの血の気が引いた。いや、引くような血の気はその身体に残っていないはずなのだが。

 二機を追いかけていた四つ目の壁。その一部が、こちらへと翻る。全部ではないといえど、「壁」を作るほどの量のミサイルだ。一部だけでも、相当な量である。

 それが突然こちらに飛んできたのだ。ファンタズマ・ビーイングですら、血の気が引こう。

 

「猟犬め! 本当に何をしやがった!」

 

 スッラは迫り来る爆導索ミサイルをオービットで迎撃しながら、全力で後退。だが、量が量だけに焼け石に水。

 

「このミサイル……ノズルに弾痕――!?」

 

 ミサイルに注視したことで、スッラは気付く。こちらに向かってくるミサイルの群れ。その全てが、噴射口を撃たれていることに。それこそが今この状況のトリックだ。

 621は、ミサイルの噴射口を撃ち抜いていた。それも、ただ撃ち抜くのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()よう、噴射口の一部だけが潰れるように計算して。

 

「化け物め!」

 

 ファンタズマ・ビーイングでもないただの人間に許される所業ではない。ミサイルを撃ち落とすだけだったら今の自分にもできる。だが、狙った敵に当たるように撃つだなどと。

 プライドに罅が入る音がする。人を超越したはずの自分を、人が超えているなど! ないはずの頭に、血が上りそうになる。だがそこはスッラも歴戦の傭兵だ。すぐに気を静め、目の前の事態に集中する。

 ミサイルはすぐそこ。迎撃し切れなかったミサイルが、目の前まで迫っている。ここはクイックターンで後ろを向き、アサルトブーストで一気に距離を取るべき。

 そう判断したスッラはクイックターンでミサイルに背を向け――

 

「それを、待っていた!」

 

「ッ!!?」

 

――そこで漸く、マインドβとアストヒクが真上を陣取っていることに気付いた。この大量のミサイルすら、結局は囮。

 本命は、ミサイルで気を引いてからのアサルトブーストによる急襲。迎撃と回避に意識を割かせて、その隙に視界外をアサルトブーストで駆けたのだ。

 上空から急降下する二機のAC。反転直後で隙だらけのスッラに、それを躱す術は無い。

 

「逃げるなよ! 折角のプレゼントなんだ!」

 

「がッ!?」

 

 マインドβが、急降下キックによりマインドαの足を無理矢理止める。

 

「先達なら、若人の贈り物くらい喜んで受け取らんか!」

 

「や、やめッ――!!」

 

 アストヒクが空中で縦回転し、マインドαのコアに踵を叩きつける。落下の速度を完全に横方向の衝撃へと転換した、見事な回転蹴りであった。

 そして蹴った方向には、当然ミサイルの群れ。瞬間、数十発の爆導索ミサイルが一斉に起爆する。通常のACならば即大破するであろう、凄まじい爆発であった。

 

「……これで終わると思うか?」

 

「いや、アイツの執念はこんなもんじゃない」

 

「では、爆炎が済むと同時に仕掛けるぞ」

 

「了解。俺がアイツを、あんたが分断を。違いないな?」

 

「うむ、違いない」

 

 真の強者にとって、言葉は単なる確認だ。作戦は、通じ合った心の中に自然と生じてくる。そこに齟齬がないか、ただそれだけの作業。

 万に一つも食い違いなんてあるとは思えないが、しかしここは戦場だ。万が一を避けるために、自然と言葉は口をついて出てくる。

 そして、確認の結果やはり齟齬はない。反撃の時だ。二機のACは、同時にアサルトブーストを起動。爆炎が完全に消える前に、その中へと突撃する。

 

「「!」」

 

 瞬間、二機が左右に散開。その間を、レーザーとバズーカが通り抜ける。やはり、まだ生きていた。そうだろうと思っていた。

 恐らくオールマインドはあらゆる陣営のあらゆる戦闘データを持っている。どうしてそこに、自分とイグアスのあの死闘が無いと思えるだろうか。

 奴の情報処理能力を以てすれば、()()すら再現できるかもしれない。その疑念は、今確信に変わった。これだけのミサイルを食らって生きているとは。間違いない。スッラはイグアスの受け身を――

 

「ッ!!」

 

 ギリ、と。コックピットに響く、歯軋りの音。人の研鑽を、無断で拝借しようなどと。自分とて、見様見真似で勝手に習得させてもらった身ではあるが。しかしそれはそれとして、目の前の猿真似にはどうしようもなく不快感が募る。

 そんな621の心情を知ってか知らずか、ドルマヤンはさらに出力を上げる。横並びだった二機から、アストヒクだけが突出していく。その左手に、光の刃を携えて。

 

「波状攻撃か!」

 

 スッラの強化された頭脳は、その意図をすぐさま割り出す。恐らく、同時攻撃では防がれると考えたのだろう。だから、タイミングをずらして絶え間ない攻撃を加える。なるほど合理的だ。

 

「強化された私が相手でなければな!」

 

 スッラはプラズマ投射機をその場で回し、防御の構えを取る。

 シールドの効果的な使い方は()()()()()()()()()()()。ACの視覚システムを通して、さっきの621の動きはオールマインドに送信済み。そしてオールマインドは既にその分析を終え、そのデータをこちらに返信している。

 

「さあ、来い!」

 

「生憎だが――」

 

 完璧な角度で回転するプラズマ投射機。それは、621のパルスシールドと同じく、あらゆる攻撃を受け流すだろう。そんな絶対の守りに対してドルマヤンは――

 

「――お前の遊びに付き合うつもりはない」

 

「なっ!?」

 

――スッラの頭上を飛び越えた。まるで彼など眼中に無いと言わんばかりに。否、「まるで」などではない。今のドルマヤンにとって、スッラは本当に眼中に無かった。

 勝つために、自分の役割に徹する。今の自分の役割は、スッラと戦うことではない。

 

「レイヴン、ここは任せるぞ」

 

 スッラを置き去りにし、超音速で飛び立つ先にいるは、無人ACの群れ。スッラは夢中でミサイルから逃げるうちに、無人AC群から遠く離れてしまっていたのだ。つまり、今が分断するチャンス。

 通じ合った心の中で、レイヴンは言っていた。自分ならば、スッラに勝てると。一対一でさえあれば、後れを取ることはないと。

 ならば、邪魔な無人ACの足止めこそが自分の役目。幸い、対多数戦は一騎打ちよりも得意だ。

 ルビコニアンの戦いは、いつだって不平等だった。敵は技研に封鎖機構に企業。どいつもこいつも、数も質も揃った圧倒的な強者。そんな奴らから居場所を守るために、自分は一騎当千の(つわもの)となるしかなかった。

 そして、今こそその真髄を見せるとき。

 

「カァーッ!!」

 

 猿叫を上げながら、ドルマヤンは群れに突貫する。回転しながらパルスブレードを振り抜き、数機をまとめてなます斬り。

 無人ACが一斉にバズーカで反撃してくるが、こんなもの児戯に等しい。

 

「チェーィッ!!」

 

 跳んできた砲弾は、一刀のもとに斬り落とされる。そして次の瞬間には、撃った無人ACの目の前にアストヒクがいて、そして無人ACは真っ二つとなる。圧倒的であった。

 

「ッ! このままでは!」

 

 スッラは焦る。まだ数百機いる無人ACが、すぐに全滅することはないはずだ。だが、鬼気迫るアストヒクの戦いぶりを見ていると、いずれは必ず全滅させられるであろうことは想像に難くない。

 そうなれば、自分は一人で621とドルマヤンの二人を同時に相手することになる。無理だ。勝てるはずがない。

 

「だったらその前に猟犬を殺す!」

 

 ドルマヤンが無人ACにかかり切りということは、621はフリーということだ。ならばこの間に621を撃破し、改めて自分と無人ACでドルマヤンを封殺する。それこそが最善手。

 スッラはドルマヤンを意識外に追いやり、621に集中する。視界の中央で像を結ぶ、マインドβ。武装はバーストライフルにレーザーダガー。たったそれだけ。先の攻防で破損したパルスシールドも、弾切れのオービットも、既にパージされてもうない。なんと心許ない装備であろうか。

 

「随分とみすぼらしい格好になったものだな。猟犬」

 

「ああ、お陰様でな。今の俺に負けたら一生ものの恥だぞ」

 

「クク、その通りだ。では、確実な手段で勝ちをもぎ取らせてもらうとしよう」

 

 スッラはプラズマ投射機による防御を維持したまま、オービットを起動。通常よりも高い位置に追従させ、投射機による盾よりも上にそれを配置する。鉄壁の防御はそのままに、オービットによる一方的な射撃もできる形になったということだ。

 無論、それを黙ってみてる621ではない。飛び上がったオービットを見た瞬間、即座にライフルを発射。オービットを撃ち落とそうとする。

 だが、オービットは見覚えのある緩急機動でこちらの射撃を回避。弾丸は掠りもしない。

 

「無駄だ。お前の回避機動は完全にマスターしている。オービットに真似させるくらい造作もない」

 

「他人をパクってばっかだなお前。オリジナルはないのか?」

 

「案ずるな。これからオリジナルとなるのだ。リリースにより、私が全人類のオリジナルに、な」

 

「……かける言葉もねえよ」

 

 旋回軌道を取るマインドβと、直立不動で防御するマインドαの間を、弾丸とレーザーが飛び交い続ける。ACとオービットによる、射撃の応酬。しかし、お互いが()()()()で躱すので被弾はゼロ。マインドβに傷一つなく、さりとてオービットは落ちず。ものの見事な膠着状態だ。

 

「無駄だ。私の戦術は完璧だ。貴様は貴様自身の技術によって殺されるのだ」

 

 実際、スッラの防御を正面から突破する方法はないだろう。この防御法がどれだけ堅牢かは、他ならぬ自分が一番知っている。だって、自分がオリジナルなのだから。

 

(そう、()()()()の突破は不可能)

 

 回り込むのだって無理だろう。さっきの自分は高速回転しながらこの防御を維持していたのだ。それを分析して糧としているなら、回り込もうとする自分に対して即座にクイックターンで角度を合わせることくらい絶対できる。

 

(横や後ろから攻めるのも無理。となれば――)

 

 防御態勢のまま一歩も動かないスッラ。その頭上を忙しなく飛び回るオービット。621は両者に弾丸を撃ち込み続ける。

 だが、前者は撃っても弾かれ、後者は撃っても当たらない。まさに無駄。こちらだけが一方的に消耗する、無意味な悪足掻き。

 

(そうアイツは思ってるんだろうな)

 

 仕込みは済んだ。スッラは全く気付いていないだろうが。コックピットで、621は口角を上げる。

 結局のところ、勝敗を決するのはどんな技術を持っているかではない。それをどう使うかだ。だから未だに戦場では、人間が最前線を張っているのだろうに。

 

(ま、上位者気取りの猿真似野郎じゃわからないか)

 

 軽蔑と共に思考を打ち切り、そして()()の時を待つ。重要なのは位置とタイミング。オービットが最適な位置にいて、しかも発射直前である必要がある。だから、その瞬間を辛抱強く待ち続ける。

 

「どうした猟犬? 疲れてきたのか?」

 

「っ! まだまだ!」

 

 マインドβの各所をオービットが掠り始める。これだけの長期戦。621の集中力も限界――

 

(なわけねえだろ。この程度の演技に騙されやがって)

 

 甘い回避も、通信に乗った息を呑む声も、全てが演技。単なるハッタリだ。621の被弾が増えれば増えるほど、スッラは「このまま同じ行動を続ければ勝てる」と的外れな自信を抱くことになる。実際はただ掠ってるだけだとしても。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()を、ますます嬉々として掲げてくれるだろう。

 それに、いくらこちらの集中力が持とうとも、武装が限界なのだ。ドルマヤンのお下がりライフルとダガーだけでは、長期戦なんて以ての外。だから()()()()()()()()にできるあの防御をやめさせるわけにはいかないのだ。スッラがドルマヤンの無人AC殲滅に焦って、いきなり攻勢にでも転換されたら寧ろその方がキツイのだ。

 そしてマインドβは、足をもつれさせ転倒した。

 

「馬鹿め!! 終わりだ!!」

 

 スッラは即座にマニュアル制御でオービットの出力を最大にし、そのまま発射――

 

「馬鹿はお前だ!」

 

――する直前に、621の放った弾丸がオービットを掠める。その一射は、オービットの姿勢制御スラスターの一つを正確に潰していた。

 

「馬鹿な!? 回避機動は取らせていたはず――!?」

 

「俺が俺の動きの対策を考えていないとでも思ったか!」

 

 この四度目における『未踏領域探査』、そこで行われたラスティとの決闘で、ラスティは確かにあの緩急機動をやって見せた。それ以来621はずっと考えていた。ラスティのように、緩急機動をマスターした敵ともう一度対峙する可能性を。

 だから自らの戦闘ログを何度も見返して、自分自身の動きを徹底的に研究していたのだ。621にとって、緩急機動はもはや脅威足り得ない。どのタイミングに隙があるのか、完璧に把握しているからだ。事実、オービットは撃ち抜かれた。

 そして、オービットの姿勢制御スラスターが潰れたということは――

 

「ぐわっ!?」

 

――傾いたオービットが、最大出力でマインドα自身を撃ち抜く。このタイミングを待っていた。オービットが自滅を狙える位置にいる時間と、緩急機動の隙がちょうど重なるこのタイミングを。

 そして、その時は来た。瞬間、621はアサルトブーストを全開にして急接近。ライフルを捨て、右腕を伸ばす。

 

「くっ! だが私の防御はまだ――!」

 

 変わらずスッラはプラズマ投射機で盾を張る。621印の絶対防御。それは、伸ばされた右手を受け流――

 

「っ!? 馬鹿な!? 何故!?」

 

――せない。弾かれるはずだったマインドβの右手は、しっかりとプラズマ投射機の、その先端の鉄球を掴んでいた。

 

「流石の俺も、後ろからオービットに撃たれてまでそんな精密操作はできないからなあ!」

 

 この絶対防御を維持するには、来る攻撃全てに対して最適な角度を維持する必要がある。当然、予想外の一撃で計算外の衝撃が加われば、その瞬間に最適な角度は崩れることになる。

 621は、自分ですらそこからリカバリーするのは不可能だと知っていた。であるならば、それをコピーしただけのスッラも、当然。

 その推論の正否は、今この状況が雄弁に教えてくれる。右手にがっちりと掴まれたプラズマ投射機の鉄球部分。この状況が、欲しかったのだ。

 

「やっと尻尾掴んだぞ人間擬き!」

 

 鉄球を掴んでも、621はアサルトブーストを止めない。尚も加速して、スッラのすぐ脇を通過。当然、プラズマ鎖はピンと伸ばされ、長さが限界に達する。

 

「こうだ!」

 

「なっ!?」

 

 621がスッラの周りを回り始め、鎖はマインドαに巻き付いていく。突然のことでスッラが反応できないのをいいことに、二周、三周……ぐるぐると周囲を回れば、そこにはACの簀巻きの出来上がり。なんの抵抗もできないサンドバッグの完成だ。

 後はこのままダガーで調理して――

 

「舐めるなっ!」

 

 瞬間、マインドαから漏れ出す緑白色の光。621は即座にマインドαを蹴って後方へ跳ぶ。

 あれは間違いなくアサルトアーマーだ。鎖を強引に引きちぎり、拘束を脱そうというのだろう。巻き込まれてはかなわない。

 だがアサルトアーマーは距離さえ離せば安全――

 

「死ねぇっ!! 猟犬!!」

 

「!」

 

 パルスの爆発の中から、マインドαが跳び出してくる。それは、特設ラボ防衛(23:翼の意味)にて、ラスティが編み出した技術。アサルトアーマーの莫大な反動を推進力とし、機体そのものを弾丸とする職人芸。

 アサルトアーマーすら超える圧倒的加速度で放たれたソレは、安易に距離を取った相手に対する最大のカウンターとなる()()()()()

 

「がっ!?」

 

「予想通り」

 

 気付けばスッラは床に埋まっていた。何が起こったのか、全く理解ができなかった。だが、ことはスッラが考えるよりもずっと単純。

 621はただ乗っただけだ。飛んでくるマインドαに、一分のズレもなく正確に。結果、推進ベクトルを下方にずらされたスッラは、勢いそのまま床にめり込んだのだった。

 そもそも621は、スッラがラスティの技術を使ってくることを予測していた。イグアスや自分の技が模倣された時点で、それも間違いなくコピーしているだろうと当たりを付けていた。

 だから、対処できた。どれだけ速かろうとも、来ることが分かっていれば対処は容易だから。

 

「無様だな。ウォッチポイントから何も成長してないのか?」

 

「っ!! 貴様!!」

 

 地面に押し付けられ、身動きを封じられたスッラ。その姿は、ウォッチポイント・アルファでの最期を思い起こさせる。またしてもスッラは同じ構図で「詰み」にされたのだ。

 実は621には、スッラが絶対防御を使った時点でこの盤面まで見えていた。何せ、スッラと対峙するのはこれが四度目だし、何より彼は傲慢でプライドが高いから御しやすい。思い通りに誘導することくらい、訳ないことであった。

 そして621の描いた絵図通り、スッラに反撃の手立ては残されていない。あとはあの時と同じように、無防備な背中にダガーを振り下ろし続けるだけ――

 

「舐めるなと、言ったはずだ!」

 

「うおっ!?」

 

 瞬間、マインドαが爆ぜた。否、正確にはマインドαが埋まっている穴が爆ぜたというべきか。

 とにかく、勝利確定だと思っていた状況で突然発生した爆風は流石に避けきれず、621はスッラから吹き飛ばされる。

 だが吹っ飛ばされながらも621は、穴から飛び出たマインドαをすぐさま観察し、先の爆発の正体を割り出した。

 

「なるほど……! ゼロ距離発射でミサイルを自爆させて抜け出したか!」

 

「フッ! あの頃の私とは違うのだよ! 私は超越したのだからな!」

 

「ポンコツAIにおんぶにだっこな癖に、よく言う!」

 

 オールマインドと接続し、判断力を飛躍的に高めたスッラならば、自爆同然の危険な脱出策だって導き出せる。

 埋まったまま爆導索ミサイルを撃ち、誘爆による衝撃で抜け出すなど、かつてのスッラでは絶対に思い付けなかっただろう。

 

「今度こそ終わりだ!! 猟犬!!」

 

「っ!」

 

 下がる621に、スッラは即座にクイックブーストで追い付く。そしてそのコアにゼロ距離で特殊バズーカを突き付け──

 

「せいっ!」

 

 撃たれる前に、621はバズーカを蹴りあげた。

 

「チッ! 無駄な足掻きを!」

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

 蹴り上げられ、宙に投げ出されたバズーカ。それを巡って二機のACが同時に跳ぶ。命懸けのジャンプボール。あるいは、ジャンプバズーカとでも呼ぶべきか。

 片やオールマインドによる演算補助を受けて、計算で最適な跳び方を選ぶスッラ。片や四度も生きた経験を総動員して、経験則で最適な跳び方を選ぶ621。両者同時にバズーカへ手を伸ばす。

 そして――

 

「取った!」

 

――621が声を上げる。お互いが同じタイミングで同じ跳び方をすれば、後は重量の問題だ。レーザーダガー一本の621と、武装を満載したスッラ。であれば、この結果は必然であろう。

 バズーカを奪った621は、即座にそれをスッラに突き付ける。彼我の距離はゼロ。()()()()()()、躱せない間合いだ。

 

「フン! 馬鹿め!」

 

 だが、スッラは余裕綽々に笑う。

 

「ACの武装は持ち主以外が撃てないようロックがかかっている! そんな基礎すら忘れたか!」

 

 そう、621にこのバズーカは撃てない。だから、この争奪戦は全て無駄。猟犬が無駄に跳び、無駄に無防備な姿を晒しているだけ。そうスッラは笑う。

 だが、621はそんなスッラを鼻で笑い返してやる。

 

「馬鹿はお前だ」

 

「何を――っ!!?」

 

 瞬間、マインドαのコックピットを衝撃が揺らす。ファンタズマ・ビーイングに揺れる身体などないはずなのに、しかし揺れる心が明確な隙を作る。それだけ、621の行動が予想外だったということだ。

 

「撃てなくても、()()()()使()()()はできるよな?」

 

 そもそもスッラが持っていたバズーカは、()()44-141 JVLN ALPHAだ。「銃剣バズ」とも称されるソレには、「用途が分からない」「外して軽量化しろ」などと散々こき下ろされてきた、あの銃剣が付いていた。

 それが今、マインドαのコアに突き刺さっている。621とドルマヤンの同時攻撃で付けられたX字の傷の、その中心に。

 武装がロックされて撃てなかったとしても、銃剣自体は単なる物理実体だ。その鋭さは、微塵も失われない。

 

「だが、この程度で――!」

 

「いや、終わりだよこれで」

 

 621はレーザーダガーを起動。そして、それをバズーカに振り下ろした。内部の榴弾が一気に誘爆し、その絶大な激力は当然銃剣にも伝わる。

 

「即席パイルバンカーさ」

 

「がはっっ!!!?」

 

 マインドαのコアに、深々と銃剣が刺さる。それは、駆動に必要なバイタルパートを完全に貫通していた。

 

「決まりだな、スッラ。一生ものの恥だ」

 

「お、の……れ……」

 

 マインドαのカメラアイから光が消える。勝敗は決した。621が、勝ったのだ。

 

「さて、じゃあドルマヤンを手伝いに行くか」

 

 まるで何も大した事なかったかのように。マインドβは軽い足取りでその場を後にした。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「チェァァア!! エェェーイ!!」

 

 相も変わらずに鳴り響く猿叫は、AIすらも痺れさせる。そうして動きを止めたところに、一閃。また一機、また一機と無人ACが叩き斬られていく。

 

「これだけ斬ってもまだ終わらんか! 全く、数だけは一丁前に揃えおって!」

 

 だが、数が多い。今この瞬間にも撃墜数の増加は止まっていないものの、一向に敵機の数は減っている気配がない。

 何故ならオールマインドは、この時点で確実に621を封殺しようと、無人ACのほぼ全てをここに投入していたからだ。二人は気付いていないが、実はこの施設に後から何機も何十機も何百機も無人ACがやってきていたのだ。いくら減らしても減らないわけだ。

 

「スッラよりマシとはいえ、これではいずれジリ貧か」

 

 ドルマヤンはこれまで、無人AC相手には一度も被弾していない。だが、当然ながらドルマヤンは人間だ。疲れもするし、ミスもする。

 しかも相手は疲れ知らずの無人機の軍勢。「万が一」という不安が浮かび上がってくるのも、無理のない話なのだ。

 そして不安は頭のキレを鈍らせる。

 

「せめてレイヴンがこっちに来てくれれば……っ!」

 

 刃が引っ掛かる。一刀両断するはずだったパルスブレードは、無人ACの中程までで止まってしまったのだ。斬り抜けるつもりだったのに、足が止まってしまう。

 こんな明確な隙を、他の無人ACが見逃すはずもなく。全機一斉にバズーカを構え――

 

「せいっ!」

 

「レイヴン! 来てくれたか!」

 

――マインドβが、チャージレーザーダガーでそれらを纏めて薙ぎ払った。

 

「ご壮健なようで何よりだよ、ドルマヤン!」

 

「私がこの程度で死ぬとでも?」

 

「今まさにそうなりかけただろうが!」

 

「ハッハッハッ! その通りだ! 私も焼きが回ったか!」

 

 ここにいるのは、ボロボロのAC(アストヒク)武装の大半を喪失したAC(マインドβ)。無数の無人機を相手取るにはあまりにも心許ない。

 だが、二人の心には一片の不安すらない。

 

「まだ死んでくれるなよ! エンボディの暁には、アンタにルビコニアンを纏めてもらわなきゃならないんだからな!」

 

「この老人にまだ働けと言うのか! 独立傭兵というヤツは随分と鬼畜なんだな!」

 

「勘違いで俺を殺しかけた罰さ! これで贖罪が済むなら楽な方だろ!」

 

「ハッ! 全くだ! これでは死ぬに死ねんな!」

 

 緊張感の欠片もない軽口の応酬。だが、そこからは全く想像できない凄まじい斬撃の嵐が、無人ACを斬り刻む。最早反撃一つ許さない。あまりにも理不尽な蹂躙劇が、そこに開かれていた。

 

「ところでダナムとラミーはどうなったんだ? こっちに向かってきてるはずなんだろ?」

 

「ふむ、そういえばそうだったな。今通信を――」

 

 今の二人には、雑談する余裕だってある。そして話題は未だ来ない増援の話へ。確か、スッラや無人ACと交戦する前(39:火をつける者)に、彼らがこの第117番工廠に来ると言っていた。

 時間的に、そろそろ来てくれてもいいはずだが――

 

『お、俺のブラッドスタンプがあーっ!?』

 

『ら、ラミー君!? クソッ! 仕方がない! すまんが、ラミー君だけ回収して一時撤退させてもらう!』

 

「「……」」

 

 工廠に、ただ無人ACを切断する音だけが響く。二人とも、無言だった。

 

「……鍛えたんじゃなかったの?」

 

「……何事にも、向き不向きというものがある」

 

「残酷だな、世界って」

 

 あまりにも辛辣な結論も、この場においては仕方がないだろう。自分たちの命が懸かっているのだから。ランク最下位とその一つ上に期待したのが馬鹿だったというのか。

 

「結局こいつらは俺たちで片付けるしかないってことか。まあ、弱いから正直なんとでも――」

 

「レイヴン!!」

 

「え?」

 

 爆音。そして、吹き飛ぶアストヒク。621ほどの傭兵でも、今何が起きたのか一瞬理解できなかった。

 視界に映っているのは、倒れるアストヒク。それから、バズーカから白煙を上げるマインドα。無人ACの射撃を食らったというのか? あのドルマヤンが?

 

「は? え? 何が……ドルマヤン、お前に限って――」

 

「そうだな。この老兵に限って、無人ACの射撃に当たることなどあるはずがない」

 

「っ! なんで、お前が――!」

 

「だが、()の射撃なら話は別だ」

 

 聞き覚えしかない声。あるいは、さっきまで聞いていた声。それが、ドルマヤンを撃ち抜いた無人ACから鳴り響く。

 

「お前も変異波形と一緒に生活していたならわかるだろう? 私のような存在にとって、肉体の消失は死を意味しない。ここにいる全ての無人ACが、私の身体となり得るのだよ」

 

「そんなんでよく人間を名乗れたものだなぁ!! ()()()ァァァアアア!!」

 

 さっきまで確かにただの無人ACでしかなかったはずの一機。それが、今はどうしようもないほどに人間らしい仕草を見せている。

 敢えて無防備に両腕を広げてみせているのは、明らかに煽りの意図があってのものだ。無人機がしていい動きではない。

 

「無駄な努力、本当にご苦労様。さあ、諦めて投降したまえ。無駄に苦しむ必要はない」

 

「くっ!」

 

 621は、歯噛みするしかない。先にも述べた通り、アストヒクはボロボロで、マインドβは大半の武装を喪失。今もう一度スッラと戦ったところで、勝てる確率は殆どない。

 つまりは詰み。もう、どうしようもないのだ。

 

「……レイ、ヴン」

 

「ドルマヤン! 大丈夫なのか!」

 

 倒れていたアストヒクが起き上がる。装甲は黒く焼け焦げていて、関節からは異音がしている。誰が見ても限界だった。

 だが、アストヒクはマインドβを庇うように前に出る。そして、ドルマヤンは言った。

 

「レイヴン。ここは私に任せて先に行け」

 

「は? お前、何言ってんだよ! そんな機体であいつらに勝てるもんか!」

 

「では、二人だったら勝てるというのか?」

 

「それは……!」

 

 621は、何も言えない。自分たちは既に限界まで出し切ってしまった。例え二人で迎え撃ったとて、さっきのように上手くは行くまい。恐らく、共倒れになる。そうなるくらいなら――その考えは、621にも理解できる。理解はできるが――

 

「分かっているのか! レイヴン! お前がいなくなれば、誰がコーラル・エンボディを成し遂げる!」

 

「!」

 

 そう、この場でどちらの方が戦略的に重要かと言えば、間違いなく621なのだ。ウォルターもエアも、解放戦線もRaDも。皆、エンボディに可能性を賭けたのだから。

 

「分かったらさっさと行け! 時間はないのだぞ!」

 

「っ!」

 

「案ずるな。あの時の償いをするためにも、絶対に死にはせんさ」

 

「……その言葉、覚えたからな」

 

 そして621は、背を向けてアサルトブーストを起動した。マインドβの背中が、急速に小さくなっていく。621は、振り返らなかった。

 ドルマヤンはそれを満足そうに眺め、そしてスッラたちに向き直る。

 

「猟犬だけは逃がすつもりか。だが無駄なことだ。お前のような老いぼれに時間稼ぎなどできるものか。すぐにでもお前を殺し、その後ゆっくり猟犬を甚振ってやる」

 

「フン。何が無駄なものか。人でなしの貴様には分からんだろうがな、火というものは消える瞬間にこそ輝くものだぞ?」

 

「この期に及んでまだそんなオカルトに頼るか。これだから生身の人間は愚かなのだよ」

 

「そうだな。1+1は2ではないというオカルトに完敗したお前が言うと説得力が違う」

 

「っ! 殺す!」

 

「殺すだと? 勘違いするな。私がお前を殺すのだ。たった一機のボロボロのACに、数の有利もファンタズマ・ビーイングも、何もかも覆されて無様に敗北する。そんなオカルトこそ、お前の死に様に相応しい」

 

 もはや何度目とも分からぬ煽り合い。そして、達する結論はいつも同じ。「こいつとは相容れない」。

 自らの存在証明のために、目の前の異常者には消えてもらわなきゃ気が済まない。ただの嫌悪と呼ぶには、あまりにも根源的な感情。それが両者の胸を満たしていく。

 

「もう忘れたのか? 私は死ねぬ身、人類よりも上位の存在。貴様はそもそも勝負の土俵にすら立てていない」

 

「死なぬなら猶のこと都合がいい。お前はできるだけ苦しめながらじっくり嬲り殺しにしたいと思ってたところだ。幾万回叩き斬り、恐怖と屈辱で心を殺してやろう」

 

 もはや出てくる言葉が虚勢なのか本心なのか、それすら分からない。それでもドルマヤンは、己を張り続ける。

 未来を担うのは、間違っても自分のような老人ではない。今逃がした少年こそが、そうであるのだ。であるならば、今自分がすべき役割とは――。

 

「さて、お喋りは終わりだ」

 

 スッラが、その取り巻きの無人ACが、一斉に構える。どうやら、時間稼ぎはここまでのようだ。

 

「なんと、気が早い。お互い貴重な老兵同士、積もる話題もあるだろう?」

 

「抜かせ。さっきまで殺す気満々だった癖によく言う。貴様なんぞにこれ以上話すことはない」

 

「全く、つれない奴よ」

 

 もうこれ以上、先延ばしにできそうにない。だから、ドルマヤンは構える。あるのはボロボロのACただ一機のみ。いるのは生い先短い老人ただ一人のみ。それでも、この命を未来に繋げられるというのなら。

 

「行くぞぉ!! スッラァ!!」

 

「死ねぇ!! ドルマヤン!!」

 

 そして真紅のACは、一片の躊躇すら見せずに飛びかかっていった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「クソッ! もっと速度出せないのか! このACは!」

 

 誰もいない、何の影もない施設の中を、マインドβが高速で駆けてゆく。さっきまで背中に響いていた戦闘音も、今は聞こえない。それが十分に距離を離せたからなのか、それとも戦闘が既に終わってしまったからなのか。621には、判断がつかない。

 そんな最中、マインドβのカメラアイに光が射した。

 

「光? やっと出口か!」

 

 本当に広大な工廠であった。数分間アサルトブーストを吹かし続けて、漸く出口が見えてくるとは。

 よほどオールマインドは621を警戒していたようだ。

 

『帥父及び独立傭兵レイヴンに伝達! こちらはツィイー! ダナムに代わり117番工廠付近に到着! アーシルも一緒だ!』

 

『こちらアーシル! 独立傭兵レイヴン、貴方のACをヘリに積んである! 脱出したら受け取りに来て欲しい! 力になるはずだ!』

 

「ツィイー! アーシル! あいつらも来てくれてたのか!」

 

 ダナムとラミーは()()なってしまったが、後詰めはちゃんと用意されていた。これなら、なんとかなるかもしれない。

 621はレーダーで二機の位置を確認すると、そちらに向けてブースター全開。音速でかっ飛び、山を二つほど超えれば、もうそこには一機のACと一台のヘリコプターが見えている。

 

(あれは拠点ヘリ! 解放戦線が取り戻してくれてたのか!)

 

 彼らを確認した621は、今度は各種ブースターを後ろ向きに全開。急激なGが身体を押し潰そうとするが、もはやこの程度は慣れた。涼しい顔で機体制御し、ブースターを細かく吹かして着地点を調整。狙いはちょうどツィイーたちの目の前。

 どうせLEAPER4を取り戻した時点でこんなACはお役御免なのだ。多少荒っぽい着地をしてしまっても問題はないだろう。そしてマインドβは()()した。

 

「うわっ!? な、なんだ!? アーシル、下がれ!」

 

「て、敵!? こんな時に――!?」

 

 砂煙が巻きあがる。驚かせてしまったことを多少申し訳なく思うが、しかしこれが一番速い着地なので仕方ない。

 

「俺だ! レイヴンだ! アーシル、機体を!」

 

「れ、レイヴン!? い、今着陸する! ツィイー、周囲の警戒を!」

 

「あ、ああ! 独立傭兵レイヴン! よくぞご無事で……!」

 

 ツィイーが慌てて周囲を警戒し始める中、アーシルが拠点ヘリを降下させる。何百回と見た重厚な威容が、砂煙を吹き飛ばしながら降りてくる。

 

(よかった。これでドルマヤンを助けに行ける)

 

 621の胸に安堵が広がる。ACのみならず、パーツとガレージまで付いてきたのだ。これなら負ける方が難しい。

 

「アーシル、ガレージを開けてくれ! すぐに――」

 

 そして、言葉は途切れた。最後まで紡ぐことは、できなかった。だって、彼らは見てしまったのだから。遥か彼方、山の向こう。そこで轟々と燃え上がる、()()()()を。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「さっきからなんなんだ貴様は! 死に損ないの下等生物風情が、調子に乗るなあ!!」

 

「……」

 

 飛び交う無数のバズーカ。その中を、赤い人型が駆ける。ボロボロの装甲では、一撃食らっただけで致命傷だというのに。まるで恐れなどなく、アストヒクは弾幕の中を潜り抜ける。()()()()()()()()な、粒子の軌跡を引いて。

 

(不思議だ。死んでない方がおかしい状況なのに)

 

 異常なまでに冷静な自分。いや、別にそれ自体は異常なことではない。死を覚悟したことによって精神が研ぎ澄まされ、極限の集中力を発揮する。所謂、ゾーン。自分も何度か経験したことがある。今もそれが起きただけだ。

 異常なのは機体の方だ。

 

(エネルギーが減らん……)

 

 どれほどブーストを吹かそうと、一ミリも減らないエネルギーゲージ。異常なほど、嘗てないほど赤い粒子を噴出する自分の機体。こんなものは、初めての経験だ。

 

(何が起きている? コーラルの異常増殖? だが、なぜ?)

 

 無限のエネルギーにものを言わせ、急制動で弾幕を回避。そのついでにスッラに急接近し、周囲の雑魚ごと一刀両断。

 

「がっ!? 私の身体を、よくも……!」

 

 スッラが倒れたと思ったら、また別の無人ACからスッラの声がし始める。さっきからずっとこんなことの繰り返しだ。だが――

 

「言っただろう? 幾万回叩き斬り、恐怖と屈辱で心を殺してやると。このままでは現実となるぞ?」

 

「ほざけ!」

 

 だが、無駄ではない。一つずつ、否、数つずつ。本当に地道な作業であるが、着実にスッラの残機を削ってきている。まだ底は見えないが、いつかは。

 

「無人AC! アサルトアーマーだ! いい加減仕留めろ!」

 

 無人ACたちが一斉にアサルトブーストを起動し、ドルマヤンへ突貫する。とにかく距離を詰めて、アサルトアーマーの範囲攻撃ですり潰そうというのだろう。

 確かに数百機の無人ACが一気にアサルトアーマーを放てば、蟻の通る隙間すら残りはしない。ボロボロのアストヒク一機、これで仕留められないはずがない。

 そうしてアストヒクの周囲を取り囲んだ無人ACが、一斉にパルスの光を溢れさせる。スッラは数瞬後にあるであろう、仇敵の無惨な死に様を幻視して笑みを浮かべ(波形を震わせ)――

 

「無駄なことを」

 

「っ!!?」

 

――そして、予想外の結末に絶句した。ドルマヤン相手に無人ACを近づけさせたのは愚策であった。なぜなら彼は近接戦において、ルビコン最強なのだから。

 無限のエネルギーという強すぎる味方を得たドルマヤンならば、縋りつく数十機の無人ACを、アサルトアーマーを撃たれる前に斬り刻むことくらい余裕なのである。

 

「一体どんな手品を使っている! 無限のエネルギーなど、そんな馬鹿なことがあるか!」

 

「さてな。どんなタネだと思う? 見逃してくれたら教えてやらんこともない」

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 本当はドルマヤンもタネはわからないのだが。しかし、散々煽られたのだ。このくらいの煽り返しは許されるだろう。

 

(しかし、本当になぜ……?)

 

 ドルマヤンはわからない。コーラルは真空中や高密度状態で増殖が促進されるが、今はどちらでもない。

 

(まさか本当にオカルトか?)

 

 そもそもコーラルは謎の多い生き物だ。研究は未だ途上で、わからないことの方が多い。まだ人類の知らない増殖要因があったって、不思議じゃない。

 

(もしかして、()が……? いや、そんなはずはない)

 

 あまりにもセンチメンタリズムが過ぎる発想を、頭を振って掻き消す。あり得るはずがない。()()はもういない。自分が見捨てたのだから。

 ドルマヤンが()()するジェネレータ、IA-C01G: AORTA。その中に封じ込めたコーラル。ドルマヤンは、アイビスの火の後に、最後に彼女と交流したその場所を訪れていた。そしてそこに彼女はなく、あったのは焼け燻ったコーラルのみ。

 若きドルマヤンは、それをジェネレータとした。自分は彼女の意志を継いでいるのだと、そう自分に言い訳するために。彼女に報いるためにも、これの力で多数のコーラルを守る。大のために小を犠牲にするというお題目のもとに、ただいたずらにコーラルを苦しめてきた。

 

(本当に馬鹿な小僧だった)

 

 無人ACを、たまにスッラ本人を膾斬りにしながら、そうドルマヤンは自嘲する。そんなものはただの欺瞞に過ぎないのに。自分の行いが彼女の意志に反していることくらい、心の奥底ではわかっていたろうに。

 だが、そんな矛盾だらけの自分は、いつの間にかルビコンの寄る辺なき民たちの支えとなってしまっていた。この悍ましい行いを止めるには、もう遅すぎるところまで来てしまっていたのだ。

 

(こんな私を、今更君が許してくれる訳ない。だからこれも、きっと何かの偶然――)

 

『あなたと、そのセリアという方との間に何があったかはわかりません。でもきっと、セリアはあなたが泣くことを望んでいないと思います。だから、泣かないでください』

 

『いえ、わかります。だって私も、同じ変異波形ですから』

 

『きっとセリアも、あなたに会う前はずっと孤独だったはずです。だけど、そんなところをあなたに救われた。ちょうど私がレイヴンに救われたように』

 

『それは、私たちにとって一生ものの恩なんです。だから、例え裏切られても、突き放されても、最後は笑顔になって欲しいと願ってしまう』

 

「……」

 

 脳裏を過る、エアの言葉。ザイレムでレイヴンと対峙したとき(18:もしもの自分)の記憶が蘇る。今、ここにある事実は一つ。コーラルが、自分を生かそうとしている。それ以上に、何がある?

 

「レイヴンさえ逃がせれば御の字と思っていたが――」

 

 ブースターから、排気口から、装甲の隙間から。赤い粒子が漏れ出し続ける。機体出力は上がり続け、しかし自壊する致命的なラインだけは絶対に超えない。これだけのことがあって、私はまだ彼女を疑うというのか?

 

「――こうまでお膳立てされたなら、意地でも死ぬわけにはいかんな!」

 

 無数のバズーカ、無数のミサイル、無数のオービット。その全てを、ブレードで叩き切る。心做しかブレードの刃の色が、赤みがかっているような気がする。斬れ味も、いつもより良いかもしれない。

 

「もう損害など知らん! 自爆上等ですり潰せ! 自分自身を弾にしてでも奴を落とせ!」

 

 スッラももう、なりふり構っていられない。無人ACに下した指示は、あまりにもヤケクソ。だが、速度の乗ったACは斬り落としたとしても残骸が弾丸として飛んでくる。ある意味合理的だ。

 

「相手がこの私と、()()()でなければな!」

 

 アサルトブーストで突撃してきた無人ACを、即座に数十分割。斬り分けられた残骸は放射状に飛び散らかり、アストヒクには当たらない。

 きっと今の自分は、アイビスの火以降では一番生を渇望しているだろう。それが残滓でしかないとはいえ、愛する人が自分を応援しているのだから。絶対に、死ぬわけにはいかない。

 

「遅い!」

 

 四方八方から突っ込んでくる無人ACを、弾幕を避ける容量で往なす。そうすれば目標を外れた無人AC同士が目の前でぶつかり合い、無様な団子を形作る。見苦しいのでさっさと叩き切る。これで十機くらい纏めて撃破。

 

「木偶人形どもが! さっさと突撃しろ!」

 

 またしても全方位から迫る無人AC。だが、全部直撃コースだったさっきとは違い、今度は一機だけ直撃軌道で、残りは動いたら当たるような軌道。

 これは足を止めて、当たる一機だけさっきのように放射状に斬り分けるのが最適か。

 

「この下等生物が! いい加減に――」

 

 周囲を無人ACたちが通り過ぎて行き、一機が全力でぶつかりに来る。ドルマヤンはブレードを構え、そして射程圏内に入った瞬間に振りぬき――

 

「――死ね!」

 

「っ!?」

 

――その無人機が、突然プラズマ投射機でブレードを防いだ。思わぬ展開に、ドルマヤンは目を見開く。

 

「かかったな! 私の身体にはこういう使い道もある!」

 

「ぐああっ!!」

 

 アストヒクに無人AC()()()()()が直撃し、墜落する。タネは簡単、無人ACが斬られる直前に憑依するだけ。ファンタズマ・ビーイングとなったスッラだからこそできる、初見殺しの騙し討ちであった。

 AC一機分による質量特攻の破壊力は、決して侮れない。アストヒクの左腕は根本から捥げ、もはや使い物にならない。ドルマヤンは、最後の武器を失ったのだ。

 

「やっと落ちたか。下等生物の分際で、手間をかけさせる……!」

 

「がっ……く、ぅ……」

 

 限界を迎えたアストヒクの中で、ドルマヤンは呻く。全く、世界は残酷だ。どれほど生きたいと、勝ちたいと願っても、所詮戦場は実力勝負。結局勝つのは、より強い方なのだ。そうドルマヤンは自嘲する。

 

(こんな時くらい、オカルトが起きて私が勝ってもいいだろうに……!)

 

 心の中で運命を呪う。しかしすぐに思い出す。さっきまで自分は、とんでもないオカルトに味方されていたではないか。その上でこんなことを願うとは。全く以て欲張りな老人だ。ドルマヤンはまた自嘲する。

 熟練の戦士としての直感が告げている。ここから生き残る術はない。だったらせめて、この死を無駄にはしない。

 

「生い先短い癖に無駄に粘りやがって。嬲り殺したいところだが、猟犬も追わねばならん。貴様はさっさと殺し――!?」

 

「! こ、これは!?」

 

 あとは何でもいいから一発でも撃てば終わるというのに。スッラは、その引き金を引けなかった。目の前の光景に圧倒されてしまったから。

 ブースターや排気口や、装甲の隙間どころではない。アストヒクの穴という穴から、赤い奔流が――否、これは奔流どころではない。津波と呼ぶのも生温い。

 

「コーラル濃度が、危険値を超えている!? こんな短時間で――!」

 

「そうか、セリア……君も、同じ気持ちか」

 

 上昇し過ぎたコーラル濃度は、ACの装甲を侵食するレベルにすら達している。視界全てを赤で埋め尽くす勢いで、粒子が施設中に満ちていく。

 

「まさか貴様()……!!」

 

 スッラの脳裏に浮かぶ、決して無視してはいけない可能性。このままここに留まれば、最悪自分も死ぬ。不死身なはずの自分が。

 

「無人機ども! さっさとここから脱出しろ! 私は一足先に離脱する!」

 

「ククク、もう遅い!」

 

 ドルマヤンは笑う。スッラには恐らく逃げられてしまうだろう。変異波形がどれほど無法な存在なのか、自分もよく知っているから。

 だが、オールマインドの大事な戦力である無人ACたちは、絶対に逃げ切れまい。もうコーラルは施設全体に充満しているのだから。

 

「私は、未来に託させてもらう!」

 

 モニターに目を向ける。唯一残ったアストヒクの武装。たった一発、最後まで取っておいた生命線。それを、ここで使う。火をつけるには、きっと十分なはずだ。

 

「レイヴン、エア! 成し遂げてみせろ! お前たちの手で、人とコーラルの共存を実現してみせてくれ!」

 

 道半ばで倒れる自分の情けなさが憎い。だが、命と引き換えにオールマインドの戦力を大幅に削れば、きっと彼らなら成し遂げてくれる。なあ、そうだろう? セリア。

 

「今まで、すまなかったな。セリア。いや――」

 

 最期の入力。ボロボロのアストヒクから、真っ赤なパルスの奔流が迸る。きっと、これがこの星で犠牲になる最後のコーラルとなるだろう。いや、そうなるはずだ。そうしてくれるはずだ。

 

「――今までありがとう。セリア」

 

 そして、最後の火は点けられた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あ、あれは、い、一体!?」

 

「向こうは、確か帥父がいた場所じゃ……! 帥父はご無事なのか!?」

 

 空すら真っ赤に染めて、最後の火が燃え上がる。アーシルとツィイーが狼狽えている様すら、621の目には映らない。一人の老人の、その人生最後の輝き。一片たりとも、見逃してはならない。そう621は感じていた。

 轟々と、最後の火は燃え盛る。それは、ルビコンの未来を賭けた戦いの、本当の始まりを告げる狼煙。621が地道にばら撒いてきた火種は、これを以て燃え広がり、ルビコン全土を覆い尽くすことになる。

 だが、今の621にとってはそれすら些末なことであった。忘れてはならない。彼の覚悟を。彼に託された希望を。だから、今の自分には悲しんでいる暇などないはずなのに。

 

「……!」

 

 不思議と、涙が勝手に溢れてくる。長い傭兵生活で、感情をコントロールする術など身に着けたはずなのに。

 

「ドルマヤァァァン!!!」

 

 621は叫ぶ。尽きぬ悲しみに突き動かされて。そして決意する。きっとこれを、最後の犠牲にする。人にとっても、コーラルにとっても。

 

(見ていてくれ、ドルマヤン)

 

 きっと、エンボディを成し遂げてみせる。

 




621
 四度目で操縦技能がカンストしつつある鴉。全方位からの攻撃を全部受け流したり、ミサイルの軌道を撃って変えたりする化け物。

ドルマヤン
 未来に希望を託した老兵。死は避けられなかったが、原作よりは遥かに有意義で満たされた死を迎えられたはず。きっと今頃あの世でセリアと語らっていることでしょう。
 それはそれとしてこのお爺ちゃん遂にACで水鳥乱舞を撃っちゃったよ。化け物か?

スッラ
 イキりチートおじさん。でも実際戦闘力は化け物。見せた技は即座にラーニングされるし、倒しても残機がある限り復活してくるし。クソか?

ラミー、ダナム
 ラミーはACが爆散しました。でも、四度目では無能生存体に覚醒したので生きてます。それはそれとして二人そろって無能すぎる。

アーシル、ツィイー
 描写外で拠点ヘリを奪還してました。二人そろって有能過ぎる。おかげで次回からLEAPER4君ですぜ。

 ということでVSスッラ第一回戦完結編。更新が遅れて本当に申し訳ございません! 黒神話悟空にかまけて小説更新を怠ったアホがいるってマ?
 今回の戦いの結果は、ドルマヤンを失った代わりにオマちゃんの戦力の大半を道連れにした感じ。戦略的にはルビコニアンの勝利と言えるかも? しかしオマちゃんにはまだ第二、第三の手を持ってますし、アーキバスもちょっかいをかけてきます。本当に大変なのは(執筆難易度的な意味でも)これからなんじゃ。
 次回は「レイヴン再び空を駆ける」の巻。ベリウス地方から集積コーラルのある中央氷原までひとっ飛びするには、やはりアレしかねえよなぁ!
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