プロローグ
母は少女を愛してくれなかった。だから少女は愛を知りたかった。
子供を産めば愛を知れると思った。だから周りの反対を押しのけて産むことを強行した。
それがよくなかったのだろうか―――。
▽
宮崎県高千穂の総合病院、その地下にある
男の名前は『斉藤壱護』。短い金髪にサングラスといういかにもな風体だが『苺プロダクション』という芸能プロダクションを経営している社長である。
少女の名前は『星野アイ』。苺プロダクションに所属するアイドルグループ『B小町』の不動のセンター。かつて壱護が直接スカウトし、いずれはアイドルの頂点にまで上り詰めるであろうと確信していたほどの逸材だった。
それがどうしてこうなってしまったのか。答えの出ない問答が壱護の脳内に浮かび続けるとともにこの病院にアイを連れてきてからのことが思い起こされていた。
▼
ことの発端はアイが妊娠したと壱護に伝えたことだった。アイドルの、それも16歳の少女の妊娠。マスコミやファンに万一漏れでもしたらアイのアイドル生命はもちろんのこと苺プロダクションも崩壊待ったなしの特大スキャンダル。少しでも情報漏洩のリスクを減らすために壱護は病気療養の名目でアイを活動休止させ、なるべく都心から離れた地方の病院へと連れて行くのだった。
「―――20週の
「「三つ子―――!」」
病院に着いてからの最初の検査が終わり、担当医である雨宮吾郎から結果を告げられると、アイと壱護が異口同音に反応するがその顔つきは喜色に満ちているアイと悲哀に満ちた壱護とで対称的であった。
その後、16歳というまだ身体が出来上がっていない状態での三つ子の出産のリスク等が説明されるも出産するという意思を曲げないアイとなんとか子供を諦めて欲しい壱護とでいざこざがあったりもしたが結局アイの決意は堅く壱護が折れる形になったのだった。
この時もっと強く説得していれば―――そうした後悔の念が壱護の脳裏をよぎるが意味のない妄想だとそれを切って捨てる。
時間は飛んでいよいよアイの出産日がやってきた。アイが産気づいても担当医の雨宮先生が現れず、やむを得ず別の産科医の先生を呼ばなくてはいけなくなる等のトラブルに見舞われる中、この時はそんな風に考えてはいなかったがアイと壱護は最後の会話を交わしていた。
「ねえ社長ちょっといい?」
「どうした?」
壱護の返事に対してアイは自身の出産間近の膨れた腹部を撫でながら告げた。
「あのね―――私にもしものことがあったら…この子達のことお願いね?」
「いきなり何バカなこと言ってんだこのバカアイドル」
今にして思えば何か予感でもあったのかもしれないが、その時は質の悪い冗談だとしか思われなかった。
「あ~!2回もバカって言った!」
「バカにバカって言って何が悪いんだ。お前は元気に子を産む、そしてアイドルに復帰してまだまだ活躍してもらわないと―――」
「お願い。
『斉藤社長』。小さいとはいえ芸能プロダクションの社長を務めている壱護が自身の苗字と合わせてそう呼ばれるのは特別なことではない。だがアイからそう呼ばれるのは別である。
アイは人の名前を覚えるのが苦手だ。付き合いの長短にかかわらず、それこそ里親である壱護やその妻である斉藤ミヤコですらこれまでアイと共に過ごした5年超の間一度も正しい名前で呼ばれたことがなく、アイが壱護を『佐藤社長』などと呼んでそれを壱護が訂正する光景はもはや日常と化しているほどだった。
そんなアイが壱護の名前を正しく呼ぶ。ただそれだけのことであったが壱護にとっては凄まじい衝撃を与えることだった。
「―――お前、それはずるいだろ」
「あれ、知らなかったの?星野アイは嘘つきで欲張りで…ずるい女なんだよ」
「はぁ…わかったよさっきの戯言は承諾してやる。だからさっさと産んで来い、バカアイドル」
「うん、わかった―――。社長…ありがとうね」
感謝の言葉とともにアイが浮かべていた笑顔には嘘がない『本物』に見えて、それがまた壱護にとって衝撃であった。
▽
「――――――子供」
アイとの最後の約束を思い出した壱護は霊安室を後にしてNICU*1へと足を運んでいた。
眼前に並んでいるのは産まれたばかりの…アイが文字通り自身の命を賭して産んだ3人の赤ん坊。この子達がいなければアイは…そんな考えがふとよぎったが即座に捨てる。産むと決めたのはアイ自身であったし、なにより赤ん坊たちに罪はないのだから。
次に壱護が考えるのは赤ん坊をどうするかだ。壱護は血のつながりこそないものの赤ん坊達の母親であるアイの里親であるのだから、ややこしい手続きこそ必要だろうが赤ん坊達を養子とすることは可能だろう。あるいはそうせずに施設に入れるか。
アイとの約束もあってか壱護の中で天秤は引き取る方向に傾きつつあるのだが、とにもかくにも妻のミヤコとも相談しないといけないだろう。
そう思いミヤコに電話をしようと病院外に一旦出ようとし、直前に一目赤ん坊達の方を見た時だった。
3人の赤ん坊のうち一人の目が開いている。壱護の知識にはなかったが産まれた直後の赤ん坊の目は基本的に閉じていて、開いてるのは珍しい。その珍しい瞬間と壱護が視線を向けた瞬間が一致し、壱護はその開かれた目を見た。見てしまった。
「―――!?」
瞬間、壱護の中の天秤は完全に傾き、電話の目的は相談から説得へと変わっていた。
▽
『条件が2つ…いえ3つあります。それを必ず守ってくれるなら私から反対はしないわ』
「……」
『あら?てっきりもっと反対されると思ってたのかしら?』
「まあ、そうだな」
説得は難航するだろうと壱護は思っていたが、条件付きとはいえ肩透かしなほどあっさりと終わってしまった。
『あなたが引き取るって決めた要素のうち同じ目を云々は私は直接子供たちを見たわけじゃないからなんとも言えないけれど、アイさんから託されたというのならそれを反故するのは流石にね…』
アイさんは私にとっても娘みたいなものだったのだから。ミヤコが続けていった言葉に納得した壱護は先に言っていた条件について尋ねる。
「んで、条件ってのはなんだ?」
『1つ目、アイドルになることを強要しないこと。2つ目、アイドルにならないとしてもきちんと親として責任を持つこと』
いざ条件を聞いてみると当たり前の話であった。元々興味を持つように誘導くらいはするつもりだったが強要するつもりはなかった。嫌々アイドルをやらせたとしても大成することは無いだろう。
2つ目にしても引き取る以上はきちんとしろというだけの話だ。それに思い通りにならないからと言って子供を見捨てるなんてことをしてしまったら、話に聞いていたアイを虐待していた
『そして最後、3つ目―――』
『情操教育はきっちりとすること。―――間違っても16で妊娠したりさせたりするようなことは無いように』
先の2つと比べはっきりと力強く言われたそれに、壱護はそれはそうだとうなずくしかなかった。
なんだろう、真っ暗だ。
私死んじゃったのかな、それじゃあここはあの世?
うーん真っ暗というよりも目を閉じてるだけな気がする。
あぁダメだ、目は開いたけどぼやけててよく分からない。
体もうまく動かないしやっぱりあの世?…考えても分からない。
あぁ眠い。考えても考えても分からない。眠い。眠、い…ぐぅ…
斉藤壱護:苺プロダクション社長。一番星を亡くし意気消沈していたところ、その子供に受け継がれてた星を見て再びジュっと焼かれた人。原作と違いこのころのアイはまだ地下アイドルの上澄みくらいだったのと約束とか焼かれたとかもろもろあって投げ出したりはしてない。
斉藤ミヤコ:みんな大好き聖母ミヤえもん。アイのことは娘のように見ていたから旦那からの突然の子供引き取る発言にも条件付きで許可した。というか壱護が言わなかったら自分から引き取るって言いだしてたかもしれない。ただし16で親になるような育て方はNG。
斉藤■■■:三つ子の真ん中。母譲りの黒髪と藍色で星を宿した瞳が特徴の女の子。産まれて早々社長の脳をジュっとしちゃった。普通の赤ん坊ではなさそう、一体ナニモノナンダロウナー。母親が死亡しているため苗字は星野ではなく斎藤になってる。
双子→三つ子系の二次創作見てていやいや16で三つ子出産は危ないってと思い浮かんだネタでした。書きたいネタ自体はあるのでのんびり書いていきたいです。