星の三つ子   作:大空

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【お知らせ】
今回の話、といいますか単行本未収録分の内容に合わせる形で過去話の『ルビー』『友達』を少し修正しています。
具体的な内容を下に透明文字で記載しておきますので、読み返すのめんどくせぇという人は反転して確認して下さい。

#ここから修正内容#
『ルビー』:最後のカミキ視点にて快楽殺人鬼要素の変更、及びリョースケに関する描写の削除。
『友達』:冒頭のアクア出演のCM鑑賞シーンにてマリンが愛梨のことを忘れている描写の変更。

#ここまで修正内容#

話の流れが大きく変わるほどの変更ではありませんがお知らせでした。


凶報

 

 

 

★ ★ ★ ★

 

 

 

 久々に会った愛梨さんはララライにいた時と比較してなお一層美しくなっていた。

 

 連絡を絶っていた愛梨さんにまた連絡をしたのはとあるCMを見たから。

 

 正直に言って正気とは言い難い行動であった自覚はしている。だって彼女は僕にとって『傷』以外の何物でもないはずなのに。

 

 でもあの頃と違って大人に近づいた今なら違う感じ方が出来るかもしれない。この胸の穴を埋めてくれるかもしれない。(アイ)で満たせるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ―――後になって思えばこんなことの判断もまともに出来ないくらいに僕は壊れていたんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 愛梨さんが僕に笑顔を向けてくる。

 満たされない。

 

 愛梨さんが僕に語り掛ける。

 満たされない。

 

 愛梨さんと並んで歩く。

 満たされない。

 

 愛梨さんが僕の腕をとる。

 満たされない。

 

 愛梨さんが僕を抱きしめる。

 満たされない。

 

 愛梨さんが僕に口づ■■■■。

 満たされない。

 

 愛梨さんが僕を■■■■■■■■■。

 満たされない。

 

 満たされない満たされない満たされない満たされない満たされない満たされない――――――。

 

 それどころか(こころ)を満たそうと代わりを注ぐとその勢いで(こころ)が更に壊れていくようで。

 

 

 

 愛梨さんとの逢瀬をいくら重ねても意味がない。それどころか毒にしかなっていない。

 

 でも止められない。愛梨さんは戻ってきた(おもちゃ)に夢中で止める気がない。

 

 

 

 愛梨さんでは彼女の代わりにはならない。僕が満たされることはない。そんなことは分かり切っていたのに。

 

 今日もまた僕は愛梨さんとの逢瀬を重ねる(彼女の代わりを求め続ける)。無意味なのに止められない。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを続けて1年と少し経ったある日のこと。

 

 その日、僕は目的もなく夜の街をさまよっていたら突然声をかけられた。

 

「あれ、もしかしてヒカルか?」

 

「……清十郎さん?」

 

「やっぱりヒカルか! 久しぶりだなぁ! 突然ララライを辞めちまって心配してたんだぞ!」

 

 振り返るとそこにはララライでお世話になっていた清十郎さんが、愛梨さんの旦那さん(何も知らない哀れな人)がいた。

 

 清十郎さんは僕を心配してくれているのかしきりに話しかけてくる。

 

「…ずいぶん顔色が悪いが大丈夫か? 何か悩みでもあるなら聞くぞ?」

 

 それを聞いていたらふと黒い衝動が沸き上がる。

 

 

 

 

 

 

 こういうのを『魔が差した』というんだろうか。

 

「清十郎さん――――――」

 

 

 

 

 

 

 この後、僕はこの日のことを文字通り死ぬほど後悔することになる。

 

 

 

★ ★ ★ ★

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 とある土曜日の朝の斉藤家、アクア達は家族で食卓を囲んでいた。

 三つ子がわいわいとしながらも時折アクアやミヤコの注意が入る。そんないつもの平和な場であったのだが―――

 

 

 

 

『速報です。先ほど、女優の姫川愛梨さんと同じく俳優である夫・上原清十郎さんが軽井沢町のコテージにて遺体で発見されました』

 

 

 

 

「「は―――?」」

 

 BGM代わりにつけられていたテレビ、そこに映されていた朝のニュース番組で突然知らされた訃報。

 普段であれば時に気に掛けることはないであろうものだが、そこで出てきた名前が知り合いのものであれば話は別であった。

 食事の手を止め、目を見開いてアクアと壱護はテレビの画面を凝視した。

 

 アクアよりも先に我に返った壱護が子供が見るものではないと判断しテレビのチャンネルを変えようとリモコンを手にする。しかしそれに気づいたアクアが待ったをかける。

 

「待って父さん!」

「待ってってアクア…いやでも――」

「お願いだから…!」

 

 アクアの真剣な様子に一瞬悩むもリモコンを置く壱護。その後はアクアと一緒にテレビをじっと見つめる。

 しかし速報ということもあって大したの情報は得られなかった。状況からおそらく心中だろうという程度である。

 

「……」

「…アクア」

 

 ニュースの話題が切り替わってもアクアはじっとテレビを無言で見つめたままであり、そんなアクアに何と声をかけたらいいかと悩む壱護。

 

 その横でアクアと壱護ほどではないがテレビに注目していたマリンが突然椅子から立ち上がる。

 

「――――――お母さん、私お手洗い行ってくるね」

「え、あ、えぇ。行ってらっしゃい」

「…お姉ちゃん?」

 

 マリンの様子に何となく違和感を感じるミヤコとルビーであったが、それと問う前にマリンはお手洗いの方へと歩いて行ってしまう。

 感じた違和感の原因が分からずミヤコとルビーは互いに顔を見合わせ首を傾げる。

 

 ミヤコとルビーの横でテレビを注視したままだったアクアが壱護の方を向いて話しかけた。

 

「父さん」

「なんだ? アクア」

「さっきのニュースなんだけど…大輝さんのことを何も言ってなかったよね?」

 

 アクアの言葉に壱護はハッとすると顎に手を当て先ほど見たニュースの内容を思い返す。

 

「……そうだな。大輝君の名前は一切出てなかった。つまり大輝君は無事か――――――」

 

 それとも遺体がまだ見つかって無いか、とは壱護は口に出せなかった。

 

「父さん、お願いがあるんだけど」

「お願い? なんだ?」

「なんとかして大輝さんの無事、確かめられない?」

「―――――」

 

 アクアからの願いに思わず壱護はアクアを見つめる。しばらく二人で見つめあっていると壱護が笑みを浮かべアクアの頭に手を乗せる。

 

「任せとけ」

「……ありがとう父さん」

「よし、それじゃあ…ミヤコ!」

「何かしら壱護?」

「悪いが先に出社するからアクア達をよろしく頼むぞ」

 

 先ほどのアクアと壱護の会話はミヤコにも聞こえていたため、ミヤコはそれを快諾する。

 

「わかったわ、行ってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる。アクア、ルビー、行ってきます」

「「いってらっしゃい父さん/パパ」」

 

 アクアからの願いを叶えるために壱護が先に出社しようとリビングから出ると手洗いから戻ったマリンと鉢合わせる。

 

「マリン、俺は先に事務所に行くことになったから今から出る」

「あ…うん、わかった」

「…? マリン、お前もなんかあったか?」

「え? ううん、何もないよ」

「そうか…? それじゃあ行ってくる」

「うん、行ってらっしゃいお父さん」

 

 壱護もマリンの様子に違和感を覚えたものの、今はアクアからのお願いを優先し、マリンの頭を撫で家を出て行った。

 

 壱護を見送った後にマリンがリビングに戻ると、それに気付いたミヤコが声をかける。

 

「あ、おかえりマリン。壱護は先に出たわよ」

「知ってるよ。さっき廊下ですれ違ったから」

「あらそう?」

 

 短いやり取りを済ませるとミヤコはじっとマリンの顔を見つめる。

 

「? どうしたのお母さん?」

「…いえ、なんでもないわ――――――勘違いだったのかしら」

 

 お手洗いに行く直前に違和感を感じていたが、今のマリンは普段と変わらないように見えたためミヤコは娘の観察を止めた。

 

「よし、それじゃあ朝から色々あったけど私たちももう少ししたら出るから、あなた達朝ごはん早く食べちゃいなさい。食べ終わったら歯磨きもするように」

「「「はーい/はい…」」」

 

 突然のニュースに騒がされた斉藤家であったが、とりあえずは一区切りがつきミヤコの一声で朝食を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

「父さん!!」

 

 朝の苺プロのオフィス、音を立てながら勢いよく扉が開きその音に負けないほどの声量でアクアが叫びながら入室する。

 普段ならば絶対にアクアがしない登場にオフィス内の視線が集まるが、事前に壱護が説明していたためそれに驚くものはおらず同情するような表情をしている者が多かった。

 

 アクアに呼ばれた壱護は自分の机から立ち上がると、アクアに近寄り目線を合わせる。

 

「アクア…すまないが情報はまだ入ってきてない。何人かにニュースを逐一確認してもらってるが今のところは何もなし、姫川さんのマネージャーさんに電話もしてみてはいるんだが…あちらさんもてんやわんやなんだろうな、全く繋がらん」

「そっか…」

 

 情報がまだ入ってきていないという事実とこの状況で何もできない自分の不甲斐なさにアクアは落胆する。

 それを見た壱護はアクアの頭にそっと手を置き撫でてから立ち上がりミヤコに声をかけた。

 

「ミヤコ、ちょっといいか」

「どうしたの?」

「アクアなんだが…今日は休ませる方向でいいか?」

「えぇ、そうね…今日の仕事先はお得意さんだし事情を説明すれば…」

「ちょっと待って!」

 

 アクアの調子を考慮して休ませるべきかと相談していた斉藤夫妻であったが、それにアクアが待ったをかけた。

 

「アクア…?」

「あ、えっと、その…休みになってじっとしてたら色々考えこんじゃいそうだし、むしろ仕事があるなら行かせて欲しい、かな」

「……いいのか?」

 

 こくりと頷くアクアの様子に壱護は顎に手を当てて思案すると再びミヤコに話しかける。

 

「ミヤコ」

「何?」

「今日なんだが、お前がアクアについてやってくれるか? マリンとルビーは俺がついていくから」

「それはかまわないけど…どうしたのよ急に」

「まぁ…あれだ。こういう時には父親より母親が傍にいたほうがいいだろ」

「あぁ、そういうこと。いいわよ、了解」

 

 壱護とミヤコが会話を終えると、今度はミヤコが屈んでアクアと視線を合わす。

 

「アクア」

「何? 母さん」

「あなたの希望だからお仕事には行きます。ただし問題があればすぐに言うこと、私に気を使って何も言わないのは無しよ。わかった?」

「うん、分かった。ありがとう父さん、母さん」

 

 アクアがそう言うとミヤコは無言で息子の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――クア、アクア!」

「え!? あ、母さん?」

「…はぁ。着いたわよ」

 

 朝のやり取りから1時間ほど経った時、アクアはミヤコから声をかけられる。

 視線を上げて窓の外を見ると見覚えのある駐車場だった、どうやら目的地に着いたらしい。

 

 そんな息子の様子にミヤコはため息をつく。走行中も話しかけてはいたがほぼ無反応であったし、今も強めに呼びかけるまでミヤコの声に気付いていないようであった。

 

 無理やりにでも休ませるべきだったかと考えるミヤコをよそにアクアはシートベルトを手早く外す。いつものようにミヤコが車の扉を開けてくれるのを待ち、開いた扉から外に出――――――られなかった。

 

「母さん?」

「……」

 

 アクアは車から降りようとしたのだがミヤコが出入り口を塞ぐように立っており、アクアに視線を向けている。

 その視線に少しひるみながらも何故入り口を塞いでいるのかがアクアには分からない。

 

「えっと…母さん、そこに立たれると降りられな――――うわっ!?」

 

 何故通せん坊をされているのかアクアはミヤコに問いかけようとしたが、それを最後まで言う前にミヤコに正面から持ち上げられた。

 突然のミヤコの行動に抵抗もできなかったアクアは、訳も分からず混乱していると車のドアを閉め終えたミヤコにしっかりと両腕で抱きかかえられる。

 

「か、母さん? お、降ろして欲しいんだけど…」

「却下。今のぼうっといてるあなたを一人で歩かせられません。来る途中だって何回話しかけても無反応だったんだから、少なくとも控室まではこのままよ」

 

 降ろして欲しいとアクアは懇願するも拒否されてしまう。しっかりと抱えられているうえ、乗車中にミヤコから話しかけられていたことに気付いてなかったのも事実であり、アクアはされるがままでいた。

 

「…恥ずかしいんだけど」

「あーあー、お母さんアクアに無視されて悲しかったなぁー」

「む、うぐ…」

 

 思いっきり棒読みであったミヤコの台詞だがそれでも今のアクアには効果的であったようで、抵抗を諦めて落ちないようにミヤコの首に腕を回す。それを確認したミヤコはゆっくりと歩き始めた。

 

 ミヤコの腕の中に揺られながらアクアは思う。そういえばこうして抱えられるのは久しぶりだな、と。

 

「ねえ、母さん」

「なぁに、アクア」

「重くない?」

「全然」

「そっか…」

 

 現状を恥ずかしく思い頬を赤く染めるアクアであったが、それとは別に何か温かいものを感じていた。

 

 そのおかげか今朝から続く沈んだ気持ちは完全とは言えないものの解消され、アクアは今日の仕事をいつもと変わらずにこなすことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 今日の仕事を手早く片付けたアクアは昼前には苺プロへと戻ってきていた。マリンとルビーはまだ戻っておらずオフィスのキッズスペース(定位置)で一人過ごしている。

 ミヤコのおかげで大分気持ちを持ち直していたアクアであったが、一人でいるとやはり今朝のことが気になるのか浮かない表情をしていた。

 そんな様子のアクアを放ってはおけないと手の空いた職員やレッスンの休憩中の候補生達が慰めようと世話を焼くも効果は芳しくなかった。

 

 アクア自身も周囲に心配をかけていることは自覚してはいるもののどうすることもできない。今はただ情報を待つしかできない事実にも歯がみながらアクアが過ごしていると、ミヤコの机の上に置かれたスマホから着信音が鳴り響く。ミヤコが画面を確認するとそこには壱護と表示されている。

 

「はい、ミヤコ。どうしたの壱護――――――本当に? …そんな質の悪い冗談言うとは思ってないわよ、一応の確認よ確認。えぇ…えぇ分かった――――それじゃあまた後で」

 

 短い通話を終えるとミヤコは席を立ちアクアの方へと近づく。アクアも着信音が聞こえていたためかミヤコの方をじっと見ていた。

 

「アクア、今壱護から連絡があったんだけど―――」

「うん」

 

 ミヤコの方へと視線が固定されているアクア。その表情にはこれから告げられるであろう言葉への期待と不安が入り混じっていた。

 事情を壱護から伝えられている職員達も仕事を忘れてその光景を固唾をのんで見守っている。

 

 当事者であるアクアとその周囲、ともにその緊張が高まっていく中ミヤコの口から電話の内容が告げられる。

 

「―――大輝君、無事が確認できたそうよ」

「…………本当?」

 

 告げられた内容をかみしめる様に貯めた後に小さくアクアが聞き返した。

 

「ええ、本当」

「―――っ、ぅ」

 

 ミヤコの返事を聞いた途端、アクアの眼から涙が溢れる。

 

 それをみたミヤコは息子を優しく抱きしめ、周囲で見守っていた職員達も最悪の結果ではなかったことに安堵するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、斉藤家のリビング。アクア達は眠る準備のために寝室へ、ミヤコも入浴のために席をはずしており、壱護がリビングで一人寛いでいるとリビングのドアが開き誰かが入ってきた。

 最初壱護はミヤコかと思ったがそれにしては足音が軽い、ならばアクア達の誰かだろうかと顔を向ける。

 

「ん? アクアか、どうした?」

 

 壱護が顔を向けた先にいたのはアクアだった。ミヤコではなく壱護に用があったようでそのまま壱護の方へと近づいてくる。

 

「えっと…その、今日はありがとう、父さん」

「大輝君のことなら気にすることないぞ、俺も気になってたしな」

「それでも、本当に感謝してるから」

「そうか…」

 

 息子からの感謝を噛みしめていた壱護であったが、アクアがまだ何かを言いたげであることに気付く。

 いっそ自分から尋ねるかとも思った壱護であったが何となくアクアが自分から口を開くのを待っていた。

 

 壱護が待っていることに気付いたアクアが一瞬俯いた後に顔を上げ壱護の方へと視線を向ける。

 

「…またお願いがあるんだけど、いい?」

 

 今朝は突然の訃報に意識が行ってしまっており意識してはいなかったのだが、ある程度落ち着いた今壱護はふと思う。アクアから頼み事をされるのはずいぶんと珍しいのではないかと。

 壱護の記憶にある限りアクアから何か頼まれたのは彼が2歳の頃、映画への出演が決まって苺プロに所属することになった日くらいであった。

 それ以外でアクアの方から何かを頼まれるということは壱護の記憶の中では無かった。それどころか普段壱護やミヤコの方から何か欲しい物はないか、何か食べたいものはないかと尋ねてもそのままマリンやルビーに委ねてしまうほどだ。

 そんなアクアからのお願いだ、父親としてはなんとしても聞いてやりたいところだった。

 

「何でも…とは言えねぇけど、とりあえず言ってみてくれるか?」

「うん、えっと――――――」

 

 珍しいアクアからのお願い。その内容は壱護にとって予想外のものであったが、その内容に口元を上げアクアの頭を撫でながら快諾するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫川愛梨と上原清十郎の心中事件はワイドショー等でも大々的に取り扱われはしたものの、加害者被害者ともに死亡していることもありそれほど長く取り扱われることもなく、すぐに梅雨やその夏の猛暑等のありふれた話題に取って代わられた。

 事件のことがテレビなどで取り扱われることがなくなってから2月ほど経ったある日のこと、都内のとある児童養護施設を一人の女性が訪ねていた。

 スーツ姿のこの女性は姫川愛梨の元マネージャーであった。

 

 現在彼女はこの養護施設の中の応接室にて施設長と向かい合っている。

 

「急な訪問なのにご丁寧に、すみません」

「いえいえかまいませんよ……大輝君のことは私たちも気にかけていますしね」

 

 マネージャーが今日訪れた養護施設は事件の後、大輝が入ることになった施設である。

 

「あの…大輝君は今どのような様子でしょうか?」

「あんな形で両親を亡くしてしまったこともあってか、あの子はまだ周囲とは距離がありますね」

「そう…ですか」

 

 マネージャーと施設長が話をしていると応接室のドアのノックされる。

 施設長がどうぞ、とドアが開き施設の職員であろう女性とそれに連れられて一人の少年が入室する。

 連れられていた少年は大輝だ。何故自分が連れてこられたのか分からないという表情をしていたが、部屋の中にいる母親の元マネージャーの姿を見ると驚いた様子を見せる。しかしすぐに自分が呼ばれた理由に合点がいったのかすぐに平静を取り戻した。

 

「……お久しぶりです」

「えぇ、お久しぶり、大輝君」

 

 短く挨拶を済ませると大輝は彼女に問いかける。

 

「それで…今日はどうしてここに?」

「実はね、うちの事務所に大輝君宛ての荷物が来たから届けに来たの…といっても事務所に送ってくれって私が言ったんだけど」

「俺に…?」

 

 疑問を解消するための質問の回答でまた新たな疑問が出来てしまった。

 首を傾げている大輝にマネージャーは自身の荷物の中から一つの包みを取り出してそれを手渡す。

 

 手渡された箱は大人のマネージャーなら片手で持てるサイズであったが子供である大輝には少々大きかったため、大輝はそれを両手で持つ。そして不思議そうにマジマジと箱を見つめると包装紙には大輝の名前が印刷されており、そのそばに送り主の名前が、『斉藤アクア』と書かれていた。

 

「斉藤…アクア」

「斉藤アクア君、覚えてるかな? 1年くらい前に大輝君と共演した子なんだけど」

「うん、覚えてる」

 

 母親があんな風に可愛がっていた相手だ、嫌でも忘れられなかった。

 

「事件のあった日にね、アクア君のお父さんから連絡があったんだ」

 

 マネージャーの言葉を大輝は静かに聞いている。

 

「大輝君は無事かってね。その時に聞いたんだけど最初に大輝君の無事を確認して欲しいってアクア君が言ったんだって」

「……なんで」

「なんでかは私にも分からない。でもアクア君はとても優しい子なんだなって思ったかな」

「……」

 

 マネージャーの言葉が途切れると大輝は手に持った箱の包装紙を剥がしていく。

 ビリビリと音を立てながら出てきた中の箱には見覚えのある菓子店のマークが印刷されていた。

 

「これ…」

 

 呟きながら箱を開けると中には個包装された焼き菓子が、大輝が好きだからと愛梨が度々用意してくれていたのと同じものが並んでいる。

 大輝はその内の一つを手に取り袋を開け、菓子を口に運ぶ。

 

 今大輝がいるのは養護施設であり、決められた時間以外での飲食は褒められたものではないかもしれない。だが横にいる施設長は止めたりせずに優しく見守っている。

 

 舌と鼻に広がる甘みと香り、以前は良く食べていた今となっては少し懐かしさすら感じる味。母との思いでの味とも言えるかもしれない。

 

「…うっ、ぐ、ひっく…」

 

 記憶と違う部分があるとすれば少し塩味を感じる所だろうか。

 

 

 

 

 

 

 菓子を食べる大輝をしばらく見守っていたマネージャーが仕事があるからと帰った後、未だに鼻をすすってはいるものの大分落ち着いた大輝はマネージャーと同じくじっと見守ってくれていた施設長に話しかける。

 

「あの、先生、お願いがあるんですけど」

「お願い? ふむ、言ってごらん」

「俺の後見人の、金田一さんに頼んで欲しいんですけど――――――」

 

 

 

 

 

 

 この年から毎年2回、夏と冬にアクアと大輝は互いに菓子を送りあうようになる。

 直接会うことや話をしたり、手紙のやり取りなどもない、ただ互いに保護者経由で送りあうだけ。

 世間一般からすれば非常にか細い、それだけの関係。

 

 この繋がりが切っても切れないほど太く強固なものへと変わるのは、まだ先の話である。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 世界中どこの家庭にでもありふれているであろう朝ごはんの時間。私はこの時間が大好きだ。

 

 朝以外のごはんの時間が嫌いというわけではないのだけれど、夜はお父さんかお母さんのどちらかが仕事や接待でいないことが多いし、お昼は家族どころか私達三つ子ですら最近は揃ってないことも増えてきた。だから大体全員揃っている朝ごはんの時間が一番だ。

 

 今朝の献立は焼き鮭とお味噌汁、冷奴に白いご飯。以前初めて白米がごはんに出てきたときは思わず身構えてしまったけれど今はもう普通に食べられる、むしろ好きかもしれない。

 

 自分のフォークを使ってごはんを食べる。うん、今日もおいしい。

 

 食べながらチラリと一緒にごはんを食べているアクアとルビー見る。二人ともお行儀よくもぐもぐしててとってもきゃわ~だ。

 

 因みにルビーは私と同じでフォークを使ってるんだけどアクアはお箸を使ってる。前世のころからお箸ってちゃんと持ててなかったし何となく苦手なんだよね、でもいつまでもフォークなのもダメだろうし今度アクアに頼んでルビーと一緒に練習に付き合ってもらおうかな。私とルビー用の練習用のお箸もちゃんと用意してくれてるし。

 

 そんな風に考えながらごはんを食べているいつもの光景。普段と変わらない一日が始まると思っていた。

 

 

 

 

 

 

『速報です。先ほど、女優の姫川愛梨さんと同じく俳優である夫・上原清十郎さんが軽井沢町のコテージにて遺体で発見されました』

 

 

 

 

 

 

 ――――――え?

 

 愛梨さんと清十郎さんが? 亡くなった? なんで?

 

 思わず画面を見つめる私。お父さんがチャンネルを変えようとしたけどアクアに止められてそのままニュースが流れる。

 

 速報ということもあってか情報量は多くはなく時間も短いそれが終わるとアクアは何やら考え込んでいて皆そんな様子のアクアを心配そうに見つめていた。

 

 …アクアに注目が集まっていて良かったかもしれない。きっと今の私の顔を見られてしまったら心配をかけてしまうだろうから。

 

 とりえずを落ち着かせるためにお手洗いに行こうと思ったのでお母さんに一言伝えてから席を立つ。

 

 お母さんとルビーがこの時の私の様子に違和感を感じていたようだけど、私にそれを気にしている余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 お手洗いに入ってドアを閉めた私はそのままドアへともたれかかり、両手で頭をかかえる。

 

 頭の中でさっきまで見ていたニュースの内容を思い返す。

 

 状況からおそらく夫婦で心中したのだろうって言ってた。

 

 (アイ)がララライに居た時間は短かったけど愛梨さんと清十郎さんは仲が悪いようには見えなかった…たぶんだけど。

 

 そんな二人が心中なんてするとなるとよっぽどのことがあったんだと思う。

 

 心当たりが一つだけある。上原大輝君。愛梨さんと清十郎さんの息子()()()()()()()()()()()()。でも実際の父親は清十郎さんではなくて―――

 

「――――――あ」

 

 ここでふとあることに気付いてしまった。

 

 大輝君の本当のことを知っていたのは私の知る限り3人。大輝君を産んだ母親の愛梨さん、付き合いの中で察した(アイ)、そして…ヒカル。

 

 

 

 ヒカル。カミキヒカル。大輝君の本当の父親、そして前世()の元彼で、今世(私達)の…アクアの言い方を借りると遺伝上の父親。

 

 そして(アイ)が最後まで愛していた(愛したかった)人。

 

 

 

 気付いてしまったのは愛梨さんと清十郎さんの心中の原因が私の想像通りに大輝君だった場合、ヒカルと大輝君にも何かあったのではないかということだ。

 

 自分から別れようって言った(アイ)に、生まれ変わって別人になった(マリン)に、彼を心配する資格なんて無いのかもしれないけれど。

 

 大輝君のことも背負えないなんて言ってしまった(アイ)にはあの子を心配する資格なんて無いのかもしれないけど。

 

 そもそも心配なんてしたところで今の私に何かできることがあるわけじゃない。でも嫌な想像が湧いてくるのを止められなくて。

 

 

 

 どのくらいそうしてただろうか、そろそろ戻らないと皆に心配されてしまう。あ、戻る前に鏡で顔を確認しなくちゃ………ひどい顔だ。

 

 いつものように鏡の前で笑顔を作る(嘘をつく)。よし、いつも通りの可愛い顔だ。

 

 

 

 お手洗いから戻るときにお父さんとすれ違った。私達より先に事務所に行くらしい。全員揃った朝食ではなくなってしまって少し残念だ。

 

 いってらっしゃいという前に何かあったかと心配されてしまった…あれ? ちゃんと笑顔を作れてる(嘘をつけてる)…よね?

 

 念のため鏡の前に戻って笑顔を調整してからリビングに戻ると今度はお母さんが心配そうにじっと見つめてきた。

 

 あれ? 念のために調整したのにまだダメだった? あれれ?

 

 お母さんはすぐになんでもないと目線を戻したけど…後でもう1回調整しとかなきゃ。

 

 

 

 その後残っていたご飯を食べた。

 

 さっきと変わらずおいしいはずのご飯がほんのすこしおいしくなくなっていたのは―――きっと冷めちゃったせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 事務所に行くまでの間にアクアの様子がおかしかったからお母さんにどうしたのか聞いてみたら、ニュースでは流れなかった大輝君の安否を気にかけているのだと教えてくれた。

 

 なんでアクアも大輝君のことを? と思ったのだが以前の愛梨さんとアクアが共演したCM、あのCMでアクアのお兄ちゃん役をやっていたのが大輝君だったそうだ。最後に会った時は2歳か3歳くらいだったから気が付かなかった…大輝君大きくなったね。

 

 このことを聞いたとき今朝から私の心にのしかかっていたものがほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

 ヒカルのことは私だけにしか分からないけれど、大輝君のことに関してはアクアも一緒に支えてくれているような気がして。

 

 

 

 事務所に着いたらお仕事の説明をいつものように受ける。今日のお仕事はアクアとは別だった。できれば一緒に居たかったんだけど残念だ。

 

 一緒に居られないならせめて早く帰れるようにビシッと決めようと意気込んでお仕事に臨んだんだけど、今日は私とルビーだけじゃなくて他所の子も一緒だったのもあって思っていたよりも時間がかかってしまった。同じ他所の子でもかなちゃんとならもっと早く終われるからやっぱりあの娘はすごいんだなぁと思う。

 

 苺プロに戻るとアクアの顔色が今朝よりも良くなっていた。近くのスタッフさんに聞いてみるとどうやら大輝君の無事が確認できたらしい。

 

 よかった…大輝君が無事なんだったらヒカルもきっと無事―――だよね?

 

 誰にも言えない不安をごまかすように私は良かったねと言いながらルビーと一緒にアクアを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、自宅の子供部屋で寝るまでの間アクアとルビーと3人で過ごしていると、アクアがお父さんに話があると部屋を出て行った。

 

 それから少ししてお手洗いに行くと言ってルビーも部屋を出る。ほんの少しの間だけだろうけど私は部屋で一人になった。

 

 アクアとルビーと、お父さんお母さんや苺プロの皆と一緒にいるのは楽しい。だから忘れられていたのだけれど一人になるとどうしてもヒカルのことを考えてしまう。

 

 大輝君は無事だったのは喜ぶべきことなのだろう、だけどもヒカルのことは何もわからない。心配するのが私一人だけで、私以外誰もヒカルのことを知らないのだから当然ではあるのだけれど。

 

 気付けば布団の上に座って膝を抱えていた。膝に額を押し付ける様にうつむいて、頭の中では暗い想像がぐるぐると回っている。

 

「マリン―――?」

 

 そんな風にしているとアクアが戻ってきていたようで名前を呼ばれる。―――見られたくない所を見られてしまった。とっさに平気な風を装う。

 

「あ、アクアおかえりぃ」

「うん、ただいま。―――マリンも何かあった?」

「? 何かって?」

「いや、何でもないならいいんだけど…」

 

 そう言いながらアクアは私を心配するような目線を、とてもやさしい目線を向けている。

 

 この顔前にも…あぁそうだ宮崎の病院でつわりが酷かったりした時なんかに私の心配をしてた時のごろーせんせと同じ顔なんだ。同一人物みたいなものなんだから当然だけど。

 

 このままだと聞かれたくないことを聞かれてしまいそうなのでごまかすように私はアクアに抱き着く。

 

 そうするとアクアはしっかりと抱きとめて背中に腕を回してくれる。

 

 むぅ…最初のころは抱き着くたびに「マ、マリン!?」なんてどぎまぎしていたものなんだけど、しょっちゅうこうしているせいかすっかり慣れてしまったようだ。こんどルビーと一緒に何か新しいスキンシップを考えよう。

 

 そんなことを考えているとアクアが優しい声色で話しかけてきた。

 

「マリンが今何を悩んでいるのか、俺には分からない。でも無理に聞き出すなんてことはしない。話してもいいと思えるまでずっと待つから。もしその時が来たら話して欲しい」

 

 ―――どうやらバレバレだったようだ。

 

「…なんで分かったの?」

「家族だから、かな」

「……そっか」

 

 きゅっとアクアを抱きしめている腕に力を入れる。するとアクアは私の背中をポンポンと叩いてくれる。じんわり伝わってくる体温が温かい。

 

 

 

 

 

 しばらくそうしていると部屋の入口のほうから何やら視線を感じる。はて、と思い視線を向けるとそこには小さな影がこちらを覗いていた。というかルビーだ。

 

 ルビーは部屋の外から私たちの方を目を見開きながら何故かわなわなと震えている。そんな様子もかわいいと思うが何をしているのだろう。

 

 アクアは入り口を背にしているから完全に死角になっていてルビーに気付いていない。声をかけるか少し迷ったけどかわいいルビーをもう少し堪能してからにしようと思ったらルビーが声を上げた。

 

 

 

―――浮気!?

 

 

 

 ……兄妹でなにを言っているんだろうかこの娘は。

 

 ルビーが叫んだことでアクアもルビーがいることに気付いて顔だけで振り返る。

 

「…兄妹で何を言ってるのさ」

 

 アクアも全く同じことを思っていたらしく少し面白い。

 

 アクアの言葉を聞いたルビーが頬を膨らせながら私怒っていますといった様子で近づいて―――あ、これ演技だね。その証拠に

 

「ルビーも交ざる?」

「交ざるー!!」

 

 私が誘うと怒った演技なんて即投げ捨ててルビーはアクアごと私に抱き着いてくる。うーんかわいい。

 

 その後はお母さんに寝なさいと言われるまで私達3人でいちゃいちゃしていた。そのおかげか完全ではないものの私の心も軽くなった気がする。

 

 

 

 

 

 ヒカルと大輝君のことを話すことは今の私にはまだ出来ない。でもいつか決心がついたらアクアに…ルビーにも話をしようと思う。

 

 そう決めた私は布団の中で目を閉じた。




 カミキ視点、本文、マリン視点の3本でお送りいたしました。

 今回は愛梨と清十郎の心中関係のお話でした。愛梨の扱いに関しては生存するパターンも考えはしたのですが原作と変わらずになりました。生存パターンだとアクアが狙われマリンとルビーが黒星不可避ですし。

 今回非常に難産であれもこれもと書き足してたら(多分)1話での最大文字数更新しました。マリン視点とか別の話に分けても良かったんですけど暗めの話を複数話連続にしたくなかったんで仕方ないね。あとこの作品暗い話はその話のうちに解消してたんですけど流石に今回は無理でした。






 今回の更新で本作の総文字数が10万字を超えました。400字の原稿用紙250枚ですよ。学生の頃の読書感想文とか論文とか大嫌いだった自分からすると信じられない文量です。これもいつも読んでくださっている皆様のおかげです本当にありがとうございます。
 これに合わせて小説情報の状態を短編から連載に変更しました。今後ともよろしくお願いします。
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