都内を走る1台の車。車内にいるのは2人、有馬かなと運転手である彼女のマネージャーだ。
後部座席に座っているかなは今日の仕事であるオーディション用の台本を熱心に読み込んでいる。その様子をバックミラーで確認したマネージャーは彼女に話しかけた。
「かなちゃん随分と熱心に読み込んでるけど…今日のオーディションはかなちゃんならまず大丈夫だと思うよ?」
マネージャーの言う通り今日かなが参加予定のオーディションは作品に箔を付けるためだけに行われ、かなの合格は決定しているような、言うなればほぼほぼ出来レースのようなものであった。
事務所側からわざわざそのことをかなに伝えたわけではないものの、元々年齢の割にしっかりしていた上にアクア達と交友を持つようになってからはあちらに引っ張られるようにさらにしっかりとしてきているかなならばそのことも理解しているだろうというのがマネージャーの考えであったのだが、それに反してかなは気合を入れて台本を読み込んでいた。
「……もしかしたらアクア達みたいな子が参加者の中にいるかもしれないじゃない」
「あぁ~…――――――なるほど」
かなが熱心になっている理由を口にして納得したマネージャーであったが同時にこうも思う―――あんな例外中の例外がそうそうあってたまるか、と。
しかし限りなくゼロに近いとはいえありえないとは言い切れないのも事実である。
台本を読み込むこと自体はいいことなのだからかまわないかと気持ちを切り替えたマネージャーはなるべくかなの邪魔にならないように静かに車を走らせるのであった。
オーディションの会場に到着したかなは初めは控室で待機しながら引き続き台本を読んでいたのだがふと集中が切れてしまった。
気分転換にでもなるだろうかと愛用のポーチを下げ帽子をかぶり、控室の外にでる。
ポーチの中にお金も少し入っていたはずだからジュースでも買いに行こうかと歩き始めるとかなの耳に誰かが話しているのが聞こえる。
ただ話し声が聞こえただけならかなはスルーしただろうが、話の中で"かなちゃん"と自分の名前が出てきたのなら話は別だった。
話し声が聞こえてきた方へと進むとそこにはかなと同じくらいの女の子とスタッフの一人であろう若い男が話をしていた。
「私がどうかしたの?」
「へ? …え、かなちゃん!? え?」
かなが話しかけると後ろから突然話しかけられたことに戸惑った男が困惑しながら振り返りかなのことを視認すると声を上げて狼狽え、今まで自分が話しかけていた人物とかなの方を交互に見る。
戸惑う男の態度に疑問を持ちながらかなは男を挟んで反対側にいる少女へと視線を向ける。
青みがかった黒髪をかなと同じようなショートヘアに切りそろえ、これまたかなと同じような帽子をかぶった少女だった。
少女の姿を確認したかなは男がこの子を自分と間違えて話しかけていたのだと察する。同時に役者を間違えるなんて失礼な奴だと怒りを覚えた。
失態を犯したスタッフが逃げる様に去っていくのを冷ややかな目で見ながらかなが呟く。
「失礼なスタッフね。まあこんなオーディションのために集められたんじゃ仕方ないのかもしれないけど」
かなの呟きに目の前の少女が反応する。
「こんなオーディション……あ、あのかなちゃん。さっきのスタッフさんが言ってたことなんだけど…」
「さっきのって…あの失礼なスタッフ?」
「う、うん…このオーディションは形だけで最初からかなちゃんが選ばれるって決まってるって…」
「あぁ、それ? ムカつくけど事実みたいね」
少女からの問いをかなは素直に肯定する。
「そんな…かなちゃんはいいと思ってるの? こんなズルっこ…」
「いいわけないじゃない」
「え―――?」
かなの回答に対して再び問いかけた少女。しかし被せるように返したかなの言葉に呆気にとられた。
少女の様子を気にすることなくかなは続ける。
「アクアが前に言ってたんだけど」
「アクアって…斉藤アクア君?」
「えぇそのアクアね。えっと…あぁそうそう『役者も結局は偉い人に雇われてるようなものだから、偉い人のやり方には一部の超大物以外は逆らえない』―――大体こんな感じだったわね」
「……」
以前にも今日のような形だけのオーディションに参加したことがあるかな。
その時にオーディションの実態を知ったかなが憤慨するという出来事があったのだが、一緒に参加していたアクアに先のようなことを言われて窘められるという一幕があった。
「だからいつか超大物女優になって、こんなオーディションする必要がないようになってやるんだから」
「かなちゃん…!」
堂々と啖呵を切るかなにきらきらとした視線を注ぐ少女。
その視線に気づいたかなは直前の自分の行動、初対面の相手の前で何を言っているんだと気恥ずかしくなり話題を変えようと少女に話しかける。
「ところで…あんたその恰好は私の真似?」
「え?あ、うん。そう…だよ。えっと、私かなちゃんのファンで、それで…」
少女の言葉はまだ途中であったがその内容に気になる部分があり、それを遮るようにかなが問いかける。
「"私の"? アクア達とは別に? 私だけ?」
「え? うん、アクア君達も凄いとは思うけど…私が憧れたのはかなちゃんだよ?」
「へ、へぇ~」
かなは知っての通り現在最も売れている子役の一人である。アクア達が対抗馬として現れたものの友人同士であることもあり互いが互いを引き立てあうように知名度を伸ばしている状態であった。
しかし、傍から見れば羨ましがられるような現状であるがかなにはそこに一つある贅沢な悩みを抱えていた。
前述の通りかなとアクア達は友達でありその仲の良さも周知されている。かなとしてもそれに不満はない。しかしそれ故にかなの耳に入る自身の評判はというと―――
『この間のかなちゃんとアクア君の共演が良かった』『かなちゃんとマリンちゃん、ルビーちゃんが着てた服がかわいい』『かなちゃんとアクア君達』『かなちゃんとマリンちゃん』『かなちゃんとルビーちゃん』etc…
このようにかなとアクア達がセットになってしまっているのだった。かな単独を称賛する声ももちろんあるのだが割合でいえば少なめである。
友達と一緒に褒められるのはかなとしてももちろん嬉しいのだが、それはそれとして自分だけを褒めても欲しいというある種の承認欲求が満たされない。これが今かなが抱えている贅沢な悩みである。
そんな状態のかなにとって自分に憧れたと言う少女の言葉は気分を舞い上がらせるのに十分なものであった。
「え? えっと、かなちゃんいきなりどうしたの?」
「一つ聞きたいんだけど」
「え、なぁに? かなちゃん」
かなの態度に疑問を抱くものの逆に質問をされてしまいそれに素直に返す少女。
「あんたは役者になりたいの? それとも私の真似がしたいの?」
「え? それってどういう…」
「いいから答えて」
「えっとぉ…」
何故かなが自分にこのような質問をするのか少女には分からないものの、推しからの質問なのだからと真剣に考え始める。
自身の質問に対して真剣に考えこむ少女を見て、かなもそれ以上は口にせず少女の返答を待つ。
「かなちゃんみたいな…ううん、かなちゃんと同じくらい凄い役者さんになりたい」
「ふぅ~ん…」
自然とかなを上に置いている少女の返答にかなは満足すると、今度は少女を観察するように全身を観察する。
かなのその視線に少女がたじろいでいると、かなは少女のかぶっている帽子に目を付けそれに手を伸ばし奪い取った。
「え、あ、かなちゃんそれ私の帽子…」
「あんた名前は?」
「え? く、黒川あかね」
突然帽子を奪われたことに少女が口を出すが、それを遮るようにかなが少女に名前を尋ねる。
その質問への回答を聞きながらかなは自身の肩にかけているポーチからペンを取り出し、少女の、あかねの帽子になにかを書き始めた。
「く、ろ、か、わ、あ、か、ね…と」と口にしながら何かを書き終えたかなはペンをしまうとそれをあかねへ差し出す。
「はい」
「…わぁっ!」
あかねが受け取った帽子にはかなのサインが、『ありまかな くろかわあかねちゃんへ』と書かれていた。
「かなちゃんありがとう!!」
「大袈裟ねぇ」
あかねが感嘆の声を上げていると、どこからかかなを呼ぶ声が聞こえてくる。
「あ、マネージャーが呼んでる―――あ、それと」
「?」
「凄い役者になりたいんだったら私の真似っ子なんてやめときなさい。特に帽子。ぜんっぜん似合ってないから」
じゃあね、と言いながら立ち去っていくかなを見送ると、あかねは手に持った帽子をじっと見つめる。
帽子から視線を外しキョロキョロと辺りを見渡すと窓が目に入り傍に移動するとおもむろに帽子をかぶり、窓ガラスに映る自身の姿を観察する。
「……そんなに似合ってないかな…?」
両親はかわいいと褒めてくれたのにかなには似合わないと言われたことに疑問を口にしながら、しばらく帽子の角度を変えたり体を捻ったりしてみるも答えは出てこない。
答えが出ないのはもやもやするもののずっとそうしていても仕方ないと観察をやめ、帽子を外す。
外した帽子に視線を向けると先ほど書かれたばかりのかなのサインが目に入った。
「えへへ」
今日のオーディションで役を得ることはできないだろうけども、代わりに手に入れた宝物をあかねはギュッと抱きしめるのだった。
▽
かなは真剣な面持ちで目の前のビルを見つめている。ビルそのものは特筆するほどでもない都内ならばいたるところに溢れかえっている雑居ビルだ。しかしこのビルは間違いなくかなにとっては特別な場所であるだろう。
かなの視線はビルの案内板に、正確にはそのうちの一部に注がれている。そこに書かれている文字は『㈱苺プロダクション』。
そう、今日かなは自身にとって因縁深い相手である苺プロへと足を運んでいた。
「えっとかなちゃん。もう10分くらいそうしてるけど緊張しすぎじゃない? ただ遊びに来ただけでしょう?」
「き、緊張なんかしてないし! いきなり何言ってるのママ! こ、これはあれよ武者震いよ!」
――――――と言ってもただ遊びに来ただけであるのだが。
普段の強気な態度はどこへやら。苺プロ、というよりかはアクア達三つ子が絡むと大体こうなってしまう娘にかなの母親ははぁとため息をつくのであった。
ことの発端は今より数週間ほど遡ったある日のこと。
「ねぇ、アクア――――――ちょっといい?」
「うん? どうしたんだ有馬」
「えっと…その」
とある撮影現場にて一緒になったかなとアクア。せっかくだからとかなが言いアクアと二人で台本を確認していた時のことだ。
かなとアクア達は友達である。それはお互いにそうだと認識しており、周知の事実であった。
しかし友達であるのだが、かなとアクア達はあることをしたことがなかった。
かなの所属している事務所は子役専門であるため、かな以外の所属タレントももちろん子供だ。
子供が集まれば当然その中で仲のいいグループもでき、事務所内でもそのグループで固まって雑談をしたりもする。
だが以前五反田監督が危惧していたようにかなは事務所の中では一人突出してしまっていることもあり友人がおらず、誰かと一緒にいることは無く一人で過ごしていることがほとんどであった。
しかし一人でいるとはいえ休憩室等を一人で占拠しているわけではなく、当然他の子供たちもそこにはおりかなが参加はしていなくともその会話の内容は耳に入ってきてしまう。
昨日お家によんでくれてありがとう。またお家に遊びにいきたい。今度は自分がそっちの家に行きたい。
他にも様々な内容が飛び交っていたが特に印象に残っていたのは互いの家に招き招かれの話題であった。
最初は友達同士でそういうのもあるのか、という程度であったのだが何度も耳にするうちにかなの中で羨ましさが日々募っていく。
つまりあることとは友達の家に遊びに行くことである。
そしてその後彼女は自身のマネージャーに相談してこう言われる。"とりあえず聞いてみろ"、と。
そんなアドバイスを受けてから数日三つ子の誰かと仕事でかち合えば聞いてみようと決め、仕事で一緒になったアクアに話しかけるかな。
しかしいざ話そうとすると気恥ずかしくなってしまい口ごもってしまう。
そんな様子のかなを急かしたりせず静かに待つアクアと頑張れと手ぶりのみで応援するマネージャーに見守られること十数秒ほど、意を決してかなはアクアに用件を伝える。
「こ、今度遊びに行ってもいい!?」
「え、遊びにって…俺たちの家に?」
思っていた以上に大きな声を出してしまったことに頬を赤く染めているかながアクアからの問いかけにコクコクと頷く。
「……大丈夫だと思うけど―――」
「ほんと!?」
アクアの返しに食い気味に反応するかな。そんなかなに小さく笑いながらでも、とアクアが続ける。
「遊びに来るのは大丈夫だと思うけど俺達の家に来るのはちょっと難しいと思う」
「…なんでよ」
「俺達って昼間は毎日苺プロで生活してるから基本的に家にいないんだよ」
「あぁそういえばあんた達の両親って事務所の社長副社長だったっけ」
「そうそう。だから遊びに来るのなら家じゃなくて苺プロってことになるんだけど―――」
「いいんじゃないか?」
両親から許可が取れるか分からない、アクアがそう続けようとしたらタイミング良く挨拶回りから帰ってきていた壱護がそれを遮った。
「父さんおかえり。あといいの?」
「おう、いいぞ。前のオンボロ事務所だったら無理だっただろうがな、今は部屋に余裕もあるから問題ない」
壱護の言葉を聞いて表情がパッと明るくなるかな。その横で善は急げと壱護とかなのマネージャーがお互いの予定を確認する。
「アクア達全員…だとこの日とこの日辺りが直近の休日になりますね」
「かなちゃんは~…直近はダメですね。もう少し後で、この辺りなら…ご両親にも確認しないといけませんが」
実際に決まった日取りは想像していたよりも遠い日になってしまったものの、かなはこの日一日を上機嫌のまま過ごすのであった。
そんなこんなで苺プロへと訪問することになったかな。当日苺プロの目の前で尻込みしていたもののなんとか気を取り直して中へと入る。
話は通っていたようで職員一同にも歓迎され、かなの母は夕方迎えに来るからと言い残して去っていき、かなはアクア達は今は休憩室にいるからと案内された。
そして休憩室に入ったかなはというと―――
「えっと…かなちゃん?」
「……ムゥ」
「えっとぉ~…」
何故かソファに座らず立ったままルビーを抱きしめて恨めし気な視線を休憩室の机を挟んで対面に座る人物―――メムに向けてられている。
意気揚々と休憩室の中に入ったかなであったがそこにはアクア達だけではなく他に誰かがいるのに気付いた。しかもその人物はルビーを膝の上にのせて楽しそうに談笑しているではないか。
自分が遊びに来る約束をしているのになんだそいつは、という嫉妬心がかなの中に芽生え、アクア達に挨拶をすると同時に見知らぬ人物の膝の上に座るルビーの腕を引っ張って抱きしめ、そして精いっぱいの敵意を込めて怨敵とばかりに睨む。
一方でそんな視線を向けられているメムの方はと言うと、突然現れてルビーを引っ張っていった女の子には驚いたもののその顔には見覚えがあった。
有馬かな。世間では"10秒で泣ける天才子役"として有名であるが、苺プロではそれ以上に"アクア達三つ子の友達"として認知されている女の子だ。当然メムもそれは知っているうえ、数日前にルビーが今日かなが遊びに来ることを楽しそうに話していたのを聞いていたため、かなの行動に最初は驚きこそしたもののすぐに理由を察することができた。
そして察してしまえば今自分のことを睨んでいるかなが、私の友達を盗らないでと行動しているのがとても可愛く見え、思わずメムは隣に座るマリンに話しかける。
「ねぇねぇマリちゃんマリちゃん」
「? どしたのメムちゃん」
「有馬かなちゃん。めっちゃかわいいね?」
「んふふ、でしょ~」
メムと同じような感想を抱いていたらしいマリンは楽しそうに同意するとソファから立ち上がりかなの傍へと歩いていき、かなの頭を撫で始める。
「なによ?」「なんでもないよ~」などと話しているかな達を温かい目で見つめるメム。
そんな視線に気付いたかながメムを睨むが全く怖くない。
もっと眺めていたいメムであったがチラリと時計を確認するともうすぐレッスンの始まる時間であった。名残惜しいもののそろそろ行かなければならない。
ならばせめてその前に挨拶くらいはとメムはソファから立ち上がりかなの傍へと歩みより目線を合わせる様にその場で屈むと、自分をじっと睨んだままのかなに向かってそっと手を差し出す。
「有馬かなちゃんだよね?」
「そうだけど…」
「私、苺プロアイドル部門所属のメムっていうの。ルビちゃ…ルビーちゃん達のお友達なんだ」
続くよろしくね、というメムの言葉を聞きながら差し出された手をじっと見つめるかな。
ルビー達が否定しない上にかなが部屋に入ったときに膝の上にルビーが乗っていたほどの仲であるのだから友達というのは本当なのだろう、ならば目の前の少女は自分の友達の友達ということになる。
そんなことを考えながらかなはおそるおそるメムの手に向かって自分の手を伸ばす。
ゆっくりと伸ばされるそれをメムだけでなくアクア達も固唾をのんで見守る中やがてかなとメムの手が重なる。
「……有馬かな。よろしく」
「――! うん、よろしくね。かなちゃん!」
友達の友達は自分の友達、などと単純には考えられないだろうけども、仲良くやっていけそうだとメムは満足げであった。
レッスンの時間だからとメムが退散した後の休憩室。一悶着あったもののそれも落ち着いてきた頃、アクアは自責の念に駆られていた。妹2人と友人がいるためこれまでの演技の経験を総動員して表面上こそ取り繕っているものの、仮に一人でいたとしたら頭を抱えてうめき声を上げていたであろう。
これから子供だけで遊ぼうというタイミングで何故アクアがこのような状態になっているのか、それはメムが退室してすぐにルビーが「それじゃあ何して遊ぼうか」と言い始めた時のことだ。この時アクアは女の子同士で決めて自分はそれに付き合えばいいと楽観視していたのだが。
「それじゃあ……えっと…何する?」
「え? …お姉ちゃん」
「え、私? ―――えっとぉ…」
この会話を聞いてアクアはしまったと後悔した。
かなの事情については以前に五反田監督から聞いていたし今回の訪問のきっかけとなった先日の口ぶりからして今日が初めての友人宅への訪問なのだろうということは想像に難くない。
次にルビーだが前世において幼少期から入院しがちであった彼女が友人を家に招く等出来ようはずもなかっただろう。
そして最後にマリン。彼女の前世であるアイは元々の家庭環境が劣悪であったうえに、年齢一桁の頃に施設に入っている。友人くらいはいたかもしれないがこちらもルビーと同じで家に招くということは出来なかったであろう。
一方でアクアはと言うと前世では両親がおらず祖父母に育てられたという点においては一般的な家庭ではないと言えるかもしれないが、それでも小中高大学と通っていたし、その過程で友人と呼べる存在も特別仲がいい相手だって複数いたのだ。勿論友人の家に遊びにいったこともあったし大学へと進み東京で生活していた間は自宅に友人を招いたこともあった。
だから自分が率先して動かなければいけないことくらいは少し考えれば分かるだろうに自分は何をしているんだとアクアは自分を責めていた。あくまで表面上は何事もないように装いつつ内心で、だが。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「っ!? え、あ、どうしたルビー」
「どうしたはこっちの台詞だよ。ぼーっとしちゃって。これから何しようかって話してたんだどお兄ちゃんからは何かない?」
「そうだな…」
頭の中で負のループに陥っていたアクアであったがルビーから声をかけられたことで意識が現実へと戻ってきた。
そしてルビーからの問いにどう返そうかと考えこむアクア。
考え込むとは言うがここはアクア達の自宅ではなく苺プロの事務所の中。遊ぶための玩具などもないためできることは限られている。
ゆえにそこまでの時間をかけずにアクアは答えを出す。
「それじゃあ映画でも見るか」
「映画?」
「そ、映画」
かなはアクアの答えに疑問を投げかけるがルビーとマリンは納得した様子だ。
今かな達がいる休憩室には大きめのテレビが設置されておりプレイヤーも接続されているのは見えている。しかし肝心の映画を見るための記録媒体が見当たらない。
そのことをかなが疑問に思っているとアクアが立ち上がり、それに続くようにマリンとルビーも立ち上がってかなにも行こうと言い、立つのを促す。
休憩室を出ていくアクア達にかながついていきながら目の前にいるマリンに話しかける。
「どこにいくのよ?」
「ん? 資料室だよ」
「資料室って…勝手に入ってもいいの?」
「勝手に入るのはさすがにダメだけど。許可貰えば問題ないよ? たまーに大きいテレビで映画とか見たくなったらお願いしてるんだぁ」
「へぇ~」
その後アクア達はミヤコに許可をもらい資料室へと赴く。
資料室の中には棚が沢山設置されており、ところどころ空白が目立つものの中には大量の映画などのパッケージが並んでいた。
「おぉ~…」
「ずらっとパッケージが沢山並んでるのってなんかいいよね」
「分かる気がするわね…映画なんかは普段ネット配信で見てるからなんだか新鮮かも」
「配信は便利だけどこっちはこっちで良さはあるよな」
かなとアクア、ルビーが雑談しているとマリンが適当にパッケージを手に取りながら話す。
「それじゃあ何見よっか。いろいろあるよ? アクションにラブコメ、SFにホr――」
「ホラー以外で」
「え、急にどうしたのかなちゃん」
「ホラー、以外、で」
「え、あ、うん」
マリンがホラーと言いかけると食い気味に拒否するかな。
どうやら未だトラウマは根深いらしい。
「ふわぁ~…ぁ」
映画を見終わり皆で感想を言い合った後、ミヤコが用意していた昼食のサンドイッチを仲良く食べたかなとアクア達。
腹ごしらえも済み次はどうしようかというタイミングでかなが小さくあくびをする。
「あれ、かなちゃん眠い?」
「……眠くない」
「沢山食べたからしょうがないんじゃないかな」
「……そんなに食べてない」
沢山は食べていないと返したかなだが、普段よりも沢山食べていたというのは事実だった。
しかし眠気もなく意識がはっきりしていたならかなはこう言うだろう、マリンとルビーのせいだと。
かながアクア達と昼食を食べていた時、唐突にマリンがこっちもおいしいよとかなの口元にサンドイッチを差し出してこう言ったのだ「あーん」と。突然のことに思わずそれを口にしてしまったが最後、それを見て目を輝かせたルビーまでもが「あーん」とかなの口元にサンドイッチを差し出し、かなは拒否できずにそれも口にする、そしてまたマリンがサンドイッチを差し出す。負けじとかなもマリンとルビーにサンドイッチを差し出して食べさせるが、かなは一人でマリンとルビーは二人、多勢に無勢であった。
その結果普段よりも強い満腹感からかかなは眠気に襲われてしまっていた。
「それじゃあお昼寝しよっか」
「お昼寝って…
休憩室のソファでは四人は眠れないだろうと言うかなにルビーは大丈夫と言いながらかなの手を引っ張り外へ。アクアとマリンもそれに続く。
仮眠室でもあるのだろうかと考えながらルビーに手を引かれるかなであったが、連れていかれた部屋を見て首を傾げることになる。
かなが連れていかれたのは苺プロのオフィス。なんでオフィスなのかが分からないかなであったがそのままオフィスの奥へと連れていかれ、そこにあったお馴染みのアクア達専用キッズスペースを見て疑問が解消―――
「いや、なんでオフィスにこんなのがあるのよ」
―――されるよりも先にツッコミが出てしまった。
その一言により周囲が、アクア達だけでなくオフィス内の職員やミヤコまでもがシンと静まりかえる。
急に静かになった周囲にかなが動揺していると、一人固まることなく周囲の反応に首を傾げていたルビーが口を開く。
「…これって普通じゃないの?」
「普通なわけないでしょ!?」
「…慣れって怖いな…」
「うん、そうだね…」
ルビーとかなの漫才を皮切りに周囲もざわめきを取り戻す。かなのツッコミに対して小声でかなに同意するアクアとマリン。そしてそれに確かにと同意するものや、中には「私初就職先がここなんでアレ普通だと思ってました」などというルビーと同じような意見まで聞こえてくる。
そんな周囲をよそにかながアクアに問いかける。
「それで? 結局なんでこんなのがオフィスにあるのよ?」
「あー…この間俺達が事務所で生活してるって話したの覚えてるか?」
アクアの言葉にかなはコクリと頷く。
「あの話って最近じゃなくて生まれたころからの話でさ、母さんも仕事のために家で俺達を世話し続けるわけにもいかなくて。それで事務所に連れてくることになって出来たのがアレ―――であってるよね母さん?」
「まあ大体はあってるわね。壱護と事務所にあなた達を連れていくのにどうするのがいいか考えた結果よ」
ちなみにキッズスペースはアクア達の成長にあわせて日々拡張されており、かなを足して子供四人が寝るのに問題ない程度の広さはある。もちろんアクア達が昼寝をすることも多いため枕代わりのクッションや毛布も完備されている。
アクアとミヤコの説明になるほどとかなが頷いているとルビーに手を引かれ、促されるままに靴を脱いでキッズスペースの中へ。
「いや待ちなさいルビー。これについては納得したけども、私まだお昼寝するとは言ってないんですけど?」
「まあまあいいからいいから」
「いやいいからじゃないわよ」
その後もかなの反論をまあまあで流しながらルビーは彼女を横にさせクッションを頭の下に入れ毛布を被せる。するとなんだかんだ言いながら満腹感からくる眠気には抗いがたかったようで。
「「すぅ…すぅ…」」
かなを引っ張る形で一緒に横になったルビーとともに仲良く寝息を立て始めるのにさほど時間はかからなかった。
かなを挟むようにルビーと反対側で寝ころびながら見守っていたマリンも眠くなってきたのかうつらうつらとし始めている。
そんな妹二人とかなの様子を温かい目で見ていたアクアも昼寝をしようかと横になる―――――前にミヤコへ話しかける。
「母さん、お休み」
「えぇ、お休みなさい」
心地の良いまどろみの中、ほんのわずかな寝づらさを感じてかなは目を覚ます、すると目の前にルビーの顔が。何故とかなは一瞬混乱するがすぐに寝る前の状況を思い出し冷静になるととりあえず起き上がろうとするが体が動かない。
よく見てみると未だ隣で寝続けているルビーに抱きしめられていた。わずかに感じた寝づらさの原因はこれかと納得していると横から声をかけられる。
「起きたか、有馬。おはよう」
「かなちゃんおはよー」
「おはよう。アクア、マリン。ていうか起きてるなら黙って見てないで
アクアとマリンに返事をしながら自分に抱き着くルビーを指さしなんとかしろと言うかな。
それを受けてアクアの脳内では気持ちよさそうに寝ている妹を起こしたくないという考えと折角遊びに来た友人が目を覚ましたのだから起こすべきかという考えの二つが浮かび、しばし悩んだものの状況の希少性から後者に天秤が傾いたようでマリンとともにルビーを起こしにかかる。
「ルビー、起きろ。ルビー」
「ルビー起きてー」
「んぁ…ふぁ、おはよーお兄ちゃんお姉ちゃん。あ、かなちゃんもおはよー」
「はいはいおはよー。そして起きたんなら離れなさい」
「うん? あぁかなちゃん抱き枕にしちゃってたのか、ごめんごめん」
「別に謝らなくてもいいけど…」
離れろと言いつつもいざ離れられると名残惜しそうにしているかなを尻目に目覚めたルビーがオフィスの時計を確認するともうすぐ午後3時になろうかというところだった。
この後どうするかを話し合おうとルビーが口を開こうとすると、それよりも先にミヤコがアクア達とかなに声をかける。
「アクア、マリン、ルビー、有馬さんもおはよう。休憩室におやつ用意してあるから手、洗ってらっしゃい」
「「おやつ!」」
寝起きもなんのそのと素早く反応したマリンとルビーがかなの手を引き手洗い場へと引っ張っていき、少し遅れてアクアもそれに続く。
皆でおやつを食べ、その後また映画を見て、またまた感想を言い合う。
家ではなく事務所ではあったものの1日中友達とともに過ごすこの時間はかなにとって初めてのもので今までのどんな時よりも楽しかった。
しかしそんな楽しい時間もずっとは続かない。本日2本目の映画を見終わって感想をアクア達とかなが語り合っていた時、それを遮るように休憩室のドアがノックされる。アクア達とかなが一緒にそれに返事をするとドアが開く。そこにはミヤコだけではなくかなの母親も一緒であった。
「ママ!」
姿を見せた母親に笑顔で声をかけるかなであったが、その後気落ちしたように視線を下におろしてしまう。
母親がやってきたということは帰宅の時間が、この楽しい時間が終わってしまうことに気付いてしまったから。
分かりやすく落ち込んでいる自分の娘の様子にかなの母親が少し困り顔を見せていると、同じように落ち込むかなに気付いたルビーがそっと近づきかなの手を取る。
「ルビー?」
「また遊ぼう?」
「…いいの?」
「うん! ね、いいよね、ママ?」
「もちろんいいわよ。まあ、お互い忙しい身だから休みが合うときだけになっちゃうけど」
ミヤコの言葉にルビーとかなだけでなくマリンも笑みを浮かべ、アクアはそんな三人を優しく見守るのだった。
かなにとって初めての体験、心の底から楽しかった一日の終わり。
夕暮れ時、かなの母は手を繋いでともに帰路につく娘に何気なく問いかける。
「ねえ、かなちゃん」
「なぁに? ママ」
「今日は楽しかった?」
話しかけてきた母親に視線を向けていたかなはその質問を聞き、今日一日を思い返しているのか少しだけ間を開けて答える。
「―――うん!!」
その表情は今現在彼女を照らしている夕焼けにも負けない、さながら太陽のような笑顔であった。
有馬かな:原作におけるライバルとグループメンバーと出会った皆大好き重曹ちゃん。アクア達と交友によって精神的にかなり安定しているのと主にアクアから色々入れ知恵されていた結果初遭遇のファンとグッドコミュニケーション。ちなみにこの時書いたサインは全文字平仮名な上サインらしい崩しとかもなくただ書いただけのもので本人的には完全なる黒歴史の遺物。事務所の他の子供たちが互いに家まで遊びに行っているのが羨ましかった。勇気を出して今回苺プロに初訪問したら友達の友達とエンカウント。友達と言うには時期尚早だが時間の問題だろう、よかったね。
黒川あかね:未来の名探偵あかねちゃん。推しと偶然出会ってお話してサインまでもらえたラッキーオタク。サインをもらった帽子は両親に頼んで買ってもらったケースに入れて大事に保管しており、時々眺めてニヤニヤしてる。両親には似合ってると褒められた帽子を似合ってないとかなに言われた理由が結局分からずこのあと心理学の勉強を始める。
メム:作中時間でデビューまでもう少しなアイドル候補生。レッスン前にルビー達と談笑していたら有馬かな襲来。かなとの初対面の感想は何このかわいい生き物。マリンちゃんもそうだと思っています。原作と違いかなとは同じグループのメンバーになることはない。でも友達にはなれるよね。
前書きに書いた通り明るい話が書きたかっただけの話でした。元々はあかかなの初邂逅がどれだけ遅くても5歳の間のこのくらいの時期までの話だったはず(原作3巻30話にてあかねのプロファイリングによる役作りは5歳から発言 + プロファイリングのための心理学の勉強を始めたのはかなに出会ったから)なので三つ子が4歳の内のどっかでこの話はやる予定でした。あかねと会うならついでにメムとも会わせようと方法を考えた結果苺プロに遊びに行く話に、そしたらあれもこれもと書いていくうちに後半ほぼかなと三つ子がイチャイチャしてるだけに…まあこんな話もあっていいよね。
原作があと2話で完結…原作どころかアニメの完結までに終われるかも分からない本作ですが引き続き応援いただけましたら幸いです。