赤坂アカ先生、横槍メンゴ先生。最終回お疲れさまでした。そして推しの子と言う作品を生み出してくれてありがとうございます。
選択肢を与えられたとき、そのどちらを選ぶかという悩みは全人類が経験したことがあるだろう。
今日の夕飯の献立程度の軽い物から、進学先の学校や就職先の企業等の自分の人生を左右する可能性が高い重いものまで世の中には選択肢にあふれており、それに頭を悩ませる人も同じようにあふれているものである。
そしてある朝の苺プロ、ルビーもまたそんな選択肢にあたまを悩ませる一人になっていた。
甲か乙か。あちらが立てばこちらが立たず。究極と言っていいかもしれない二者択一。
「うぅ~…」
「ルビー。どっちに着いてくか決まった?」
「も、もうちょっとだけ待ってママ!」
などと大袈裟な言いかたをしたもののルビーの休みの日に仕事が分かれてしまった兄と姉、そのどちらに着いていくかというだけの話なのだが。
本日数度目であるルビーの"もうちょっと"にミヤコとそのそばにいるアクアとマリンは思わずため息をついた。
答えが出ずに悩んでいるルビーの姿はそれはそれで愛らしい。故にミヤコやアクア、マリンはいくらでも答えが出るまで待てたが残念ながら時間は待ってくれない。
このままでは埒が明かないとアクアがマリンに話しかける。
「マリン、じゃんけんするぞ」
「じゃんけん? あぁそういうこと? 分かった」
アクアがマリンにじゃんけんを提案する声は当然近くにいるルビーにも聞こえておりその視線がアクアとマリンの方へ、正確には突き出された二人の手へと向いた。
じゃんけんほい、の掛け声とともに両者の手が出される。結果はアクアがパーでマリンがグー。
「よし、それじゃあルビー。今日は俺と一緒でまた3人バラバラになったら今度はマリンとルビーが一緒だ、いいか?」
「う、うん。ありがとうお兄ちゃん…あとママごめんなさい」
「ま、このくらいなら問題ないわ」
ルビーの予定が決まると、ルビーが悩んでいる間に打ち合わせを進めていた壱護からミヤコへと声がかかる。
「決まったか? それじゃあアクアとルビーはミヤコと、マリンは俺とだ。少し時間が押してるからテキパキ行くぞ」
「「「うん!/分かった」」」
何はともあれ本日もお仕事の時間である。
アクアとマリンのじゃんけんの結果、ルビーは今日アクアについていくことになった。
一方でマリンは今日一人なのかと言えばそうではなく、壱護以外にも同行者がいた。
「今日はよろしくね、マリンちゃん」
「うん。よろしくね、ニノちゃん!」
現在のB小町センター、ニノこと新野冬子。今日のマリンの仕事はとあるドラマの本読み、その共演者が彼女であった。
今日本読みを行うスタジオへの道中、壱護の運転する車内でチャイルドシートに座るマリンはご機嫌であった。
普段からニコニコとしていることが多いマリンであったが今日はそれに加えて鼻歌も歌っている。ミヤコならば録音しようとしただろうな等と壱護が考えていると、壱護と同じくマリンの鼻歌を聞いていたニノがマリンに話しかけた。
「マリンちゃん。今歌ってる曲って『嘘つきの私』?」
「え? うん、そうだよ。この曲私すきなんだぁ」
『嘘つきの私』はB小町の曲であるためニノの知る曲ではある。だがこの曲はマリン達三つ子が生まれるよりも前の曲であるうえ、コアなB小町ファンでなければ知らないであろう知名度のない曲だ。ライブのセトリに入ることもない、なんならB小町であるニノですらマリンの鼻歌を聞くまで存在すら忘れかけていたほどであった。
「…社長ちょっとマリンちゃん達に英才教育しすぎじゃないですか?」
「まてまて、確かに興味持って欲しくて
「…社長があの子達に何を期待しているかは分かってますけど、アイドルのライブなんて幼児に見せるものじゃないですよね」
「そりゃあ俺とミヤコだって最初は子供向けのアニメとか見せてたんだけどよ。たまたま俺が家でお前らのライブ映像を見返してた時にアクアとルビーが異様に食いついてな、マリンも興味ありそうだったからそれからは
壱護の言い分に一応の納得をしたニノは変わらず隣で鼻歌を歌っていたマリンへと視線を向ける。それに気づいたマリンが顔をニノの方へと向けてコテンと首を傾けた。
「? どうしたのニノちゃん」
「ううん、何でもないよ。あ、そうだマリンちゃん。良かったら私も一緒に歌ってもいい?」
「一緒に? うん、いいよ!」
ニノの提案を嬉しそうに受け入れるマリン。そして間もなくマリンとニノのデュエットが始まった。
「「――――――♪」」
ファンがどれだけ望んでも聞くことができない特別ライブ。
そんな特別なBGMを背景に、壱護は目的地へと車を走らせるのだった。
本日の目的地であるレンタルスタジオに到着し車から降りた時、ニノは何やら視線を感じた。
ライブ中などでステージの上で感じている足元からの視線。それなり以上に売れているアイドルであるニノにとってはもはや慣れ親しんだと言ってもいいかもしれないそれだが、今彼女が立っている場所は他より高いステージ上ではなく駐車場のアスファルトの上である。ならば今ニノよりも低い位置から視線を向けられる人物など一人しかいない。
ニノが視線を下げるとそこには思った通りマリンがニノのことを見上げていた。
何も言わずにじっと見つめてくるマリンにニノが首を傾げていると、マリンが両手を広げる。
「
「へ!? え、あ、台本…あぁそういうことか――――――もう、しょうがないなぁ」
いきなり自分のことをお姉ちゃんと呼び抱っことせがむマリンに驚くニノであったが広げられたその手に握られている台本を見て今日の自分達の役である主人公の友人とその妹、その中で妹が姉に抱っこをせがむシーンがあったことを思い出した。
台本になぞらえた可愛らしいおねだりにニノは同じく役の台詞で返しながらマリンを抱きかかえる。赤ん坊の時はよく抱っこしていたなぁ等と考えながらその時よりも大きくなった子供の重みをニノが感じていると車を施錠し終えた壱護が近づいて来た。
「よし、それじゃあ行くぞ…って何してんだ?」
「抱っこって言われちゃいまして…ねぇーマリンちゃん」
「ねぇー」
「まあいいか…ってそのまま行くのはいいけど転んだりしないようにだけ注意しろよ」
「こうみえて鍛えてますから大丈夫ですよ」
先導する壱護に並ぶようにニノがマリンを抱えたまま歩き始めた。
スタジオ内にたどり着くと、壱護から挨拶回りに行くからとマリンの世話を頼まれたニノ。マリンの提案で台本を確認しながら時間を潰しているとニノ達の方へと近づいてくる人物がいた。
「よう、妹その1」
「妹…その1?」
「あ、監督! こんにちは!」
「あれ、マリンちゃん知ってる人…って監督さん?」
近づいてきていたのは五反田監督だ。初対面であったニノがマリンに知り合いかと尋ね、マリンが言った監督というワードに反応したがその答えが返ってくるよりも先に五反田監督が口を開く。
「監督の五反田だ。前に俺の撮った映画に出演してもらったんだよ」
「苺プロダクションのニノと言います。 映画…『それが始まり』ですか?」
「お、知ってくれてんのか」
「はい、あの映画、私達B小町…同じアイドルグループのメンバー皆で見に行きました。ホラー作品ってあんまり見たことなかったんですけど面白かったです」
「あれは俺としてもいい出来だったからな、楽しんでもらえたなら良かった」
ニノが他のメンバー達と映画を見に行ったという話に気を良くする五反田監督。
隣で聞いていたマリンもその話に反応する。
「ニノちゃん達もあの映画見てくれたんだ」
「うん。皆で休みの日に一緒にね」
「どこが一番面白かった?」
「うーん…やっぱりマリンちゃん達が出てたところかなぁ。アクア君とルビーちゃんも凄かったよ」
「エヘヘ~」
まるで姉妹のように仲のいい二人の様子に五反田監督はキャスティングの成功を感じた。
「っと、そろそろ戻んねぇとな。それじゃあな、期待してるぜ、お二人さん」
「は、はい! ありがとうございます!」
「じゃあね~監督」
戻る五反田監督を見送るニノとマリン、その後二人は時間が来るまで台本の確認を続けるのだった。
本読みは滞りなく終了し、立ち稽古が始まった。
前述の通り今回の役はニノが主人公の友人役でマリンはその妹、ニノはメインに近いサブキャラクターでありマリンはそのサブキャラクターの更にサブキャラクターであるため、マリンの出番はニノと比べてもそう多くはなかった。それに加えてマリンは子供なので登場シーンの稽古は優先して行われ、割と早い段階で今日の仕事が終了することとなる。
マリンの出演シーンの稽古が終わってもニノのシーンはまだ残っているため、壱護は一旦マリンを苺プロへと送り帰しその後ニノの迎えに来ようとしたのだがそこでマリンが待ったをかけた。
「ねえお父さん」
「うん? どうしたマリン」
「えっと…苺プロに帰るんじゃなくてニノちゃんの稽古を見ていたいんだけど、ダメ?」
「別に構いやしないが…結構遅くなっちまう予定だけどそれでもいいか?」
「うん、大丈夫。ありがとうお父さん」
マリンからの予想外のお願いに多少驚いた壱護であったが特に問題はないだろうと了承する。しいて言うならマリンの帰りが遅くなることでルビーが拗ねる可能性があったがそこはアクアに頑張ってもらうことにした。
壱護が予定の変更を苺プロに連絡し、マリンとともに稽古の見学をしていると休憩に入ったニノがマリン達の方へと近づいて来た。
先に帰ると知らされていたマリンがいることにニノは驚く。
「あれ? 社長、マリンちゃんは先に帰るって話じゃありませんでした?」
「俺もそのつもりだったんだけどよ、マリンがお前の稽古見学したいって言い出してな」
「えっマリンちゃんが私の…? マリンちゃん本当?」
「うん…ダメだった?」
「ダメなわけないよ、マリンちゃんが見学していってくれるなら私もっと頑張れちゃうんだから」
そう言いながらマリンの頭を撫でるニノ。マリンも気持ちよさそうに目を細めて笑っている。
それを横で見ている壱護は本当の姉妹のようだなと思うのだった。
▽
「お疲れ様です社長…ってあれマリンちゃん寝ちゃったんですか?」
「おうお疲れ。ちょっと前までは頑張って起きてたんだけどな、限界だったらしい」
すっかり日も落ちてしまった時間、ようやく稽古が終わりニノが帰り支度を済ませ壱護の元へと行くとそこには壱護に抱えられすやすやと眠っているマリンの姿があった。
壱護の言うように直前まで起きていたマリンであったが眠気が大きくなってきたのかうつらうつらと舟をこぎ始め、壱護から眠いのなら寝ていいと言われるも「やだ起きてる」と言っていたのだが睡魔に勝てなかったらしい。
「感想聞こうかと思ったんですけど寝ちゃってるなら無理ですね、残念」
「まあ悪いが今日は諦めてまた明日以降にしてくれ」
「はぁい。それじゃあ帰りましょう社長」
「おう」
マリンにとっては普段よりも遅くなった帰宅時間。結局起きることなく車まで運ばれたマリンは静かにベビーシートに体を預け眠っており、その頭をニノは優し気な表情を浮かべながら撫でていた。
壱護はときおりその様子をバックミラー越しに眺めながら車を走らせる。そこには穏やかな時間が流れていた。
「社長」
「うん? どうした?」
しばらくの間無言で車に揺られていたニノが不意に壱護へと話しかける。
「―――マリンちゃん達ってアイの子供ですよね?」
言った瞬間、ニノの体が左右に大きく揺れる。告げられた内容に動揺した壱護がハンドルの操作を誤ったからだった。
「駄目ですよ社長。私はもとよりマリンちゃんも乗ってるんですから、安全運転してもらわないと」
「あ、あぁ。そうだな…スマン」
思わずハンドルの操作を誤ってしまうほど動揺した壱護であったが、すぐに冷静になるとしばし考えこんだ後にニノへ話しかける。
「―――運転しながら話すようなことじゃねぇな。どっかで止めてからでいいか?」
「はい。それで大丈夫です」
無言のまましばらく車を走らせていると道端にコンビニが見えたので壱護はそこの駐車場へと車をとめる。
少し待ってろとニノへと告げてから壱護はコンビニへと入っていく。
数分後に戻ってきた壱護の手にはビニール袋が下げられており、運転席へと戻った壱護はビニール袋の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すとニノへと手渡す。
「ほれ」
「ありがとうございます」
手渡されたそれを素直に受け取り礼も言ったニノであるが、それに口を付ける素振りはない。一方で壱護は気持ちを切り替えるためか自分の分のミネラルウォーターのキャップを開けると少量を口に含んで飲み込む。
「――――――いつから気付いてたんだ?」
「…否定されないんですね」
「冗談で言ってる雰囲気じゃあねぇしな。ごまかしても無駄だと思っただけだ―――んでいつからだ?」
壱護からの問いにニノは言葉を整理するためか数秒ほど目をつむり考え込んだ後に口を開く。
「一番最初に疑ったのは初めて会って少ししたくらいです。ただこの時はすぐに思い違いだったと考え直しました」
「そりゃまたどうして?」
「答える前に聞かせて欲しいんですけど、社長とミヤコさんにはアイとの間に血縁関係は無かったんですよね?」
「うん? あぁ、俺とミヤコとアイの間に血縁関係はねぇな」
壱護がどう答えるか分かっていたニノはその回答にですよね、と小さく呟き俯く。そしてそのまま話し始めた。
「…社長とミヤコさんが本気でマリンちゃん達を愛していたから、血の繋がりが全くない他人の子をあんな風に愛せるって思えなかったんです」
「―――なるほどな」
ミヤコがアクア達をどれだけ可愛がっているのかといえば苺プロで親馬鹿といえばミヤコを指すようになっているほどであるし、壱護もミヤコほど溺愛ぶりを皆に見せることはないものの十二分にアクア達を愛しているだろうというのは周囲に伝わっており、それが斉藤夫妻と三つ子の間に全く血の繋がりがないという事実を隠し以前周囲に説明した三つ子がミヤコの親戚の子であるというバックストーリーを真実であると認識させていた。
「とすると確信したのはいつなんだ?」
「映画です」
「映画…って言うと『それが始まり』か?」
「えぇ、そうです」
ニノが思い返すのは以前マリン達が出演した映画、『それが始まり』。公開後にB小町のメンバーで見に行こうと予定を合わせて映画館に足を運んだ時のこと。
「あの映画でのあの子達の演技。あのどうしようもなく引き付けられ魅了されるようなオーラ。あれを見た瞬間、マリンちゃん達とアイの姿が重なって離れなくなったんです」
きっかけを語ったニノは一呼吸挟み、隣で眠っているマリンの頭をやさしく撫でながら再び口を開く。
「一度意識してしまったらもうダメでしたね。マリンちゃん達のあらゆる姿にアイの面影を感じてしまって…特に
「なるほどな…」
ニノの言い分は壱護としても納得のいくものだった。壱護とミヤコもアクア達がアイの子であることを知っているため普段からニノと同じような感想を持つことは多々あったのだから。
ここで壱護はどうしても聞いておかなければならないことに思い至りニノに質問をする。
「そういえばだが、他の二人も気付いているのか?」
ニノ以外のB小町メンバーである高峯とめいめいが事実に気付いているのかいないのか。その答え次第でこれからの対応が変わるためどうしても聞いておかねばならなかった。
その質問に対しニノは目線を下げてしばし考え込んでから口を開く。
「――――――多分気付いてはいない…と思います。アイのことは二人とも過去のことだって割り切ってますし。私は、その…」
「アイに執着してたから、か?」
「―――! ……気付いてたんですね」
「…まぁな」
アイの生きていた当時、壱護はアイだけしか見ていない、他はないがしろにしているなどとB小町のメンバーからは思われていた。その全てが間違っていたわけではない、アイを贔屓していたのは事実であったのだから。しかし他のB小町の面々に無関心だったかと言えばそんなことは無かった。
ニノの言葉に短く返した壱護は真剣な面持ちで更に続ける。
「それで? 何か望みでもあるのか?」
「はい? 望み……ですか?」
若干の緊張を含ませて問いかけた壱護に対して、その質問が予想外だったのかキョトンとした様子のニノ。
壱護もまた予想外であったニノのリアクションに拍子抜けしたのか、先ほどよりも軽い態度で続ける。
「いやほら…なんというかこう、あるだろ? この秘密をバラされたくなければー、みたいな感じの奴だよ―――ってなんで俺の方からこんなこと言ってるんだか」
「あ、あぁ~…そう言う奴ですか――――――特には無いですね」
「特に無いって、だったらなんで急にこんなこと聞いて来たんだよ?」
「急にってわけじゃないんですよ? 前から聞こうとは思ってたんです…でもこの2年くらい社長と二人きりになったうえで話をする時間がある機会が無くて…」
「あぁ…なるほど」
言われてみればと壱護は納得する。アクア達が芸能活動を始めてからというもの壱護とミヤコはなるべく子供達のそばに居られるようにしていたうえにニノ達B小町はアイドルグループ、ニノ個人の仕事よりも高峯とめいめいが一緒にいることが多く、壱護の記憶にある限りニノと長時間二人きりになる機会は無かった。
「それに―――」
「それに、なんだよ?」
「あの時…アイが死んですぐの時の私がこのことを知ったとしたら社長の言うように何かしらの要求なりしたかもしれません。けど―――」
けど、そう言って口を閉じたニノは隣で寝続けているマリンの頭を優しく撫で始め、少しの間そうし続けた後に再び口を開く。
「そういうことをするには――――――仲良くなりすぎちゃいましたから」
「……そうか」
ライブ等でニノは『いつもニコニコニコニコ 笑顔のニノですっ!』という挨拶を良く使っている。それほどに笑顔が自慢で彼女チャームポイントでもあった。
しかし今車のバックミラー越しに見えている彼女の顔。マリンの頭を撫でながら浮かべている優しいほほ笑みが、壱護には過去のどの笑顔よりも魅力的に見えていた。
壱護とニノの間にあった緊張が解れてからしばらくの間互いに沈黙したままであったがニノが先ほどまでの会話を思い返しながら口を開く。
「それにしても…社長意外と私たちのことちゃんと見てたんですね」
「あん? そりゃどういうこったよ。俺結構誠実にお前らのこと受け持ってるつもりだったんだが?」
「あ、いえ今はそんな風には思ってませんよ? ただアイがいた頃はアイのことしか見てないんだろうなって割と本気で思ってたんで…」
「あ~…、いや、まあアイを贔屓してたって言われりゃ否定はできねぇけどよ。だからって他を全く無視してたわけじゃないぞ?」
壱護の言い分にクスクスと笑いながらもニノは分かっていると返す。なんとなくからかわれている様にも感じた壱護はアイの話題が出たためか自分の知っているニノの秘密についての話を振ってみることにした。
「色々知ってたが気を使ってたことだってあったんだぞ? 例えばお前ら揃いも揃ってわざわざ申告制でOKにしてたのに申告せずに彼氏作ってやがっただろ。お前もだぞ、ニノ」
「…本当にちゃんと見てたんですね―――まあ一番肝心なアイのこと見落としてたみたいですけど」
「うぐ…いやそれは……そう、なんだけどよぉ」
ニノからの返しが効いたのか狼狽える壱護。話題を変えるためにニノへ話を振る。
「男といやぁニノ、お前彼氏とは最近どうなんだ?」
「いや、なんですかその質問。お父さんですか」
「バッカやろうお前、ガキの頃からの付き合いでもう10年以上になるんだぞ、言っちゃなんだがお前らも俺にとっちゃ娘みてーなもんだよ」
壱護の言葉にはニノとしても納得できる点はある。元々苺プロのモデル部門にキッズモデルとして所属していた彼女は後にアイドル部門へと壱護からスカウトを受けて今へと至っておりその付き合いは確かに10年を超えている。
故に娘みたいなものという壱護の言い分も理解はできた。ただその得意げな表情がなんとなく気に入らなかったニノは少しだけ突き放すように口を開く。
「別れましたよ」
「―――へ?」
「だから別れました、4年くらい前に。ついでにそれからはずっと独り身です」
ニノの言葉に一瞬呆然となり直後冷汗が流れる壱護。先ほどの穏やかな沈黙はどこへやら、気まずさだけの沈黙で車内が満たされており唯一穏やかなマリンの寝息だけが清涼剤となっていた。
「……悪い」
「いいですよ、別に。勝手に男作って勝手に別れた、それだけですから」
「……そうか」
あんまりな空気に耐えかねた壱護がそろそろ帰るかと呟き、そうですねとニノが短く返す。
ゆっくりと進みだした車の中、壱護とニノの間に会話は無く眠っているマリンの寝息だけが微かに聞こえている。
車の座席に背中を預けながらニノは思い返す。4年前に宮崎の地にて罪を犯してしまったかつての恋人のことを。
罪の意識に耐えられなかったのだろう、自首すると言って別れた彼を。
約束したわけではないが罪を償い終えたらまた話をしたいと思っている彼を。
彼を止めなかった自分にも罪はあるであろうにもかかわらず迷惑はかけないと行ってしまった彼を。
静かな車内、窓の外に流れる夜景をニノはじっと見続ける。
その顔に表情は無かったが、見る人によってはきっと、泣いている様にも見えただろう。
今日も悪夢で目が覚める。寝汗が酷く張り付く服が不快だった。
悪夢から目覚める度に脳裏へと焼き付けられる記憶。4年前の宮崎での記憶
宮崎から戻った直後はアイへの憎悪によって隠れてた、しかしアイが死んだという知らせを聞いてそれが霧散すると顔を出してきて自分の中で膨れ上がる罪悪感。
それは俺なんかにはとても耐えられるものではなかった。だから自首した、そうすることでこれが少しは軽くなるだろうと信じて。
しかし自首した俺に待っていた警察からの知らせは不起訴処分。普通ならばこれを喜ぶのかもしれないけれど俺にとってはそうでもなかった。
俺があの医者を殺した場所は確かに山の中ではあったが街道からそう離れた場所じゃない。実際俺とニノが夜中であっても簡単に降りて確認に行けたくらいだった。
なのに警察は死体も痕跡も発見できなかったと言う。俺でもそんなことはありえないだろうと思ったのだがそれが覆ることは無かった。
ひょっとしたらアレは俺の白昼夢かなにかだったのあと都合のいい妄想までしてしまうほどに。
だがやがて俺は悪夢に襲われることになった。
毎日欠かさず見る男と
警察に捕まって楽になるなど、時間と共に忘れるなど許さないとでも言いたげに。
―――明日もまた俺はこの悪夢とともに目を覚ますのだろう。
新野冬子:芸名はニノ、現B小町センター。ずっと自分の中で燻っていた疑問を壱護にぶつけた。4年前、アイが死亡した当時なら苺プロが滅茶苦茶になるようなこともしでかしたかもしれない。だが今の彼女にとって三つ子は弟妹のような、息子娘のような大きな存在になっていて、それを壊すなんてことはもうできなくなっていた。罪を犯したかつての恋人と罪を償ってから再会することを願っている。が、その時が来ることは恐らくこない。それはもしかしたら彼女への罰なのかもしれない。
菅野良介:4年前に宮崎の地にて罪を犯した青年。アイへの憎悪が死去によってなくなってしまい抑えられてた罪悪感に耐えられなかった。そのため自首するが結果はまさかの証拠不十分による不起訴処分。現場は山中とはいえそう深くもない場所であったにも関わらず遺体どころか痕跡すら発見されなかった。結果逮捕されることはなかったが代わりに自分が殺した男と鴉の悪夢にうなされ続けることになる。これから先それがいつまで続くかは分からない。いつ終わるとも知れぬ悪夢、これがきっと彼への罰なのだろう。
本作におけるリョースケの結末のお話でした。彼に関してはそうするか頭を悩ませました。原作と違ってアイを殺害することはありませんしかといってこの時点で吾郎を殺してるので放置するわけにもいかず…
原作でも明言はされていなかったと思う内容ですが本作においてニノとリョースケは吾郎の遺体確認後にすぐさま逃げています。じゃあ誰が吾郎の遺体を隠したンデショウネ。
原作は終了してしまいましたが本作はまだ続きますので引き続き応援いただけましたら幸いです。