IS学園には操縦訓練用のアリーナをいくつか備えられており、主に実機訓練や試験などに用いられている。
そのうちの一つ、第四アリーナに試験を受けるべくグラハムは移動していた。
ピットに立つ彼の目の前には先ほど起動させてしまったIS《打鉄》が鎮座している。
本来であればISの搭乗には専用のスーツが必要になるが男性用など用意されているはずもなく、グラハムはパイロットスーツのまま試験に臨むことになった。
「背中を預けろ」
千冬の指示に合わせてグラハムは打鉄に身をゆだねる。
すると、幾多の機械音が重なり彼は打鉄を纏った。
「装着はできたようだな」
ああ、とグラハムは頷く。
満足げな彼だが空色のパイロットスーツと金髪に重厚な鉄色のISは恐ろしく不釣り合いだった。
「ならば、まずは機体の説明だが」
「その必要はない。今すぐ模擬戦を始めてくれ」
遮って発せられた言葉に千冬は顔をしかめる。
「何を言って――」
「どうのような状況でも即時に対応する。そういう資質がパイロットに必要だと私は考えている」
意志の強い目を千冬の目に向けるグラハム。
彼の言っていることは無茶苦茶だ。
ISは搭乗者保護機能があるとはいえ一歩間違えれば大ケガを負うこともあるし、最悪死ぬこともありえる。
学園という場所の都合やグラハム本人の問題もある。
そもそも素人でありISの存在すら知らなかった彼が概要を聞いただけで動かせるはずもない。
実際、入学試験で満足に動かせた初心者は合格者の中でも極めて少ない。
にもかかわらず目の前の男は一歩も引く気は無いらしく、千冬はため息をつかされた。
「ならば好きにしろ。ただし、泣き言は聞き入れんからな」
「心遣い、感謝する」
千冬は答えず管制室へと向かった。
グラハムはMSに乗っているときのように機体のチェックを行う。
眼前にいきなり投影モニターが映るのに感嘆の笑みを浮かべながらも手間取ることなく確認を進めていく。
武装は近接ブレードが二振りにバルカンが袖にそれぞれ一門ずつ。
まるで《サキガケ》だな、とグラハムは呟きながらチェックを終えた。
カタパルトへ足を固定し、身を屈める。
「グラハム・エーカー、出るぞ!」
アリーナへと飛び出したグラハムは中央部へと飛ぶ。
はじめてながらその制動はなかなかのもので滑らかな動きで停止線の上で止まった。
MSよりも直感的な動きが要求されるな、とグラハムは心中で感想を述べる。
この独特な操作には慣れが必要だが、この模擬戦でものにできるだろうか。
いや、
「そうする必要があると見た」
と、センサーがISを認識した。
正面、反対側のピットからISが一機こちらへ向かってくる。
打鉄と比較すると装甲が明らかに少ない水色のIS。
どうやら試験の相手のらしく、センサーが機体情報を提示してくる。
「第3世代型IS《ミステリアス・レイディ》か」
右手にランスを持ったその機体がグラハムと中心から同距離で止まった。
相手が武器を持っていたのでグラハムも抜刀するような動きで左手にブレードを握る。
水色のショートヘアーに赤い瞳の少女は今のグラハムと同年代に見える。
『エーカー、聞こえるか』
オープンチャンネルから千冬の声が聞こえる。
「ああ、聞こえている」
『今から目の前にいる更識楯無と模擬戦をしてもらう。シールドエネルギーを0にすることが勝利条件だ』
「了解した」
グラハムは目の前の女子にブレードを突き付け、古武士のように名乗る。
「あえて名乗らせてもらおう、グラハム・エーカーだ」
「更識楯無。この学園の生徒会長よ」
よろしくね、と楯無は微笑む。
端から見れば人のよさそうな笑み。
だがグラハムはそこからただならぬ強者のにおいを嗅ぎつけていた。
わずかに口端が緩みかかっていることに気づいたグラハムは刀を下ろすと右拳を胸に当て、己を制しつつも鼓舞する。
「全力を望む!」
これからの戦いにグラハムは自身の高揚を感じ取っていた。
『では始める』
千冬の合図とともにブザーが鳴り響く。
先に動いたのはグラハム。
彼はブレードを振りかぶり、前方向へと突進した。
横一文字に振られたブレードを楯無はランスの穂先を当てることで受け止める。
何かを察知したかのように火花が散る前にグラハムは大きく後方へと飛んだ。
直後、ランスに搭載されたガトリング砲4門が展開し無数の弾が放たれるが、後退することで得た空間の中で最小限の動きで回避する。
すぐさま穂が突き出されるが瞬時にブレードが弾き、スラスターを吹かせた勢いで蹴りを浴びせる。
さらに互いの得物を幾度もぶつけ、単純ながら紙一重の戦いを繰り広げていく中で、グラハムの動きは楯無の動きを凌駕していた。
動きそのものはかなりの荒削り。
操縦技術の差を埋めて有り余るのはグラハムのMSパイロットとしての経験だ。
相手の動きから次の行動に出るまでのラグが限りなく短く、一瞬で楯無が成すことを半瞬早くグラハムはこなす。
そもそもMSパイロットとIS操縦者では要求される状況判断能力に違いがある。
MSパイロットは状況を判断してから行動を決め機体を操作するまでをほぼ一瞬でこなさなくてはならない。
ISの機体操作は四肢の動き,命令に合わせてほぼオートで行われる為、行動を決定した時点で機体の動きは実行されている。
つまり同じ瞬時の動きでも経る過程の数が多い分MSパイロットの方が状況把握と即断力を高水準で求められる。
コンマ何秒にも満たない差でしかないがMSパイロットがISに乗れば、操縦イメージが直接反映される分反応速度と動作精度の面で通常のIS操縦者を凌駕しうるのだ。
そして世界屈指のMSパイロットであるグラハムは国家代表相手にその状況をつくりだしていた。
だが状況に反してグラハムの表情は険しい。
相手は第3世代型。
第3世代型は相応の特殊兵装を持っているというのが先ほどの千冬の話から知り得たことだ。
だがこの相手はそれをまだ使っていない。
全力できていないのだ。
その状況に怒りすら覚える。
グラハムは軍人であり武人でもある。
おそらく彼女は試験官として本気を出しているであろうことは軍人としてのグラハムは理解している。
だが、鎧武者を駆り、久しぶりに目を覚ました武人としてのグラハムがそれを由としなかったのだ。
こちらは全力を望んだにも関わらず出し惜しみをするとは……!
「……手を抜くか。それとも私を侮辱するか!」
得物をぶつけて鬩ぎあいになった状態から楯無を弾き飛ばしブレードを構え直す。
「IS、引導を渡す!!」
止めとばかりにブレードを振る。
――だが斬撃は何かに弾かれた。
それは水を螺旋状に纏ったランスだった。
「――これは」
「これが私のミステリアス・レイディの力。少しお姉さんも全力でいかせてもらうわ」
楯無が水をドレスのように纏う。
このISは水を操ることができる。
不思議なことではあるがグラハムはそれを些細なこととして思考から切り捨てる。
相手は全力になった。
それで十分だ。
では、ワルツの時間と洒落込もう。
グラハムは一気に加速し上段に構えたブレードを振り下ろす。
楯無は後ろに跳ぶことで斬撃をかわし、ランスを勢いよく突き出す。
突き出される直前にグラハムはバルカンを撃つがそれらを全て水のヴェールによって防がれる。
その合間から繰り出されてきた突きを横薙ぎに振るったブレードで防ぐ。
弾こうとするグラハムより先に楯無はランスを戻し、新たに左手に握られた剣を振るう。
だがその振るい方に違和感を覚えたグラハムは咄嗟に右腕を剣先から自身を守るように構えた。
直後、右手の衝撃とともにエネルギーが削られる。
――蛇腹剣か!
あのヴェールにバルカンは無意味と判断したグラハムは直後にブレードを振るい牽制する。
楯無はランスを振るい、振るわれたブレードの軌跡をずらしそのまま一気に突き出す。
突きはグラハムを捉え、回転するランスにエネルギーを大きく奪われる。
「グッ!?」
不覚を取ったグラハムはしかし内心では喜びがあった。
そうだ、これとやりたかった!
突き出されたランスを蹴り上げ、右拳を左腰で握る。
すると出現したブレードを引き抜くように後ろへ引く。
突き出した右のブレードは蛇腹剣によって防がれるが、それこそが狙い!
右手を柄から離し、踏み込みと同時に加速を入れる。
残った左手のブレードを最大速度で突き出す。
刃は水のヴェールを貫き、楯無を穿たんとばかりに直撃する。
シールドバリアーによって穿たれはしないが、故に楯無は突き飛ばされる。
ブレードを両手に握り直し追撃しようとしたとき、
「……ねぇ」
と、オープンチャンネルから楯無の声が聞こえる。
「湿度が高いと思わない?」
直後に緊急展開された情報にグラハムは目を疑った。
異常なまでに湿度が上昇している。
そのときグラハムは気づいた。
楯無の狙いに。
「IS学園の生徒会長と言うのは、最強の称号なのよ」
楯無の言葉が聞こえた直後、グラハムを包み込むように爆発が起きた。
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爆発を見た楯無は左手の蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を量子化した。
わずかに上がっている息を整える。
「織斑先生に怒られちゃうわね」
試合前にこれは入学試験だということで『アクア・クリスタル』の機能を封じて戦うことを要求されたためそうしていた。
だが彼の異常な操縦センスと情熱を前に全力で戦ってしまった。
それにしても、と楯無は思う。
これほどの男の子がいたなんてね。
聞けば孤児院を飛び出してきた子らしいが正直信じがたい。
本当に信じられないことばかりやってのけてくる。
ランスを構える彼女の微笑が浮かぶ。
「まさか耐えるなんてね」
水蒸気を切り裂いて、打鉄がその姿を現した。
そのISに乗る童顔には似つかわしくない大きな傷跡を持った少年。
彼の顔はまさに笑み一色だ。
ほんと、なんなのかしら。
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ここまでやるとは!
グラハムは興奮を抑えることができなかった。
エネルギー残量はギリギリあるといったところ。
袖を楯に装甲の薄い部分を防御していなかったら落とされていただろう。
楯無と名乗ったISパイロットも今の技で決めにかかっていたらしく、驚きの混じった笑みを浮かべている。
どうやらこちらのことが気になるらしい。
水のドレスを纏いランスをこちらへと構える姿は「何者だ」と楯無が、いやISが言っているかのようにグラハムは感じた。
当然だ。
この戦い、すでに試験などという言葉で言い表せるほど安いものではなくなっている。
それ程の相手が何者であるか気になるのは無理もないこと。
ならば礼儀を尽くそう。
そう、改めて名乗ろう!
ISへと刀を構え、重心を前に倒す。
スラスターを噴かせる直前、彼は高らかに言い放った。
「グラハム・エーカー、