楯無との有意義な茶会から一日が経ち、グラハムがIS学園に通う第一日目を迎えた。
白い制服をきっちりと着込んだ彼は所属することになったクラスの担任である千冬の後に続いて廊下を進む。
ユニオンの軍服の意匠を取り入れた専用の制服に柄にもなく満足げな顔をしていると、先行している千冬が教室の前で止まった。
「待機していろ」
振り返ることなくそれだけを告げ、彼女は教室に入っていった。
入室と同時になる歓声と何かを強くたたく音が響く。
その喧騒に特に興味を抱くことはなく、グラハムは改めて室名札を見つめた。
一年一組。
IS初心者であるグラハムは、一年生として学ぶこととなった。
いわば15、6歳として扱われることになるが、グラハム自身、この待遇は感謝していた。
勿論、ISについてまったくの無知であることもそうだ。
しかしいくらかつてワンマンアーミーを気取っていたとはいえ、男女比1:30は厳しいというのが意外な本音だった。
これから出向く戦場でも2:30という戦力差が存在する。
それでも友軍の有無は戦況に大きくかかわる要素だ。
「エーカー、入ってこい」
千冬の呼ぶ声にグラハムはドアに手をかける。
「失礼する」
教室のドアをくぐり、教壇に立つ千冬の横で名乗りを上げた。
「グラハム・エーカーだ。国籍は日本。好物はマッシュポテト。以後、よろしく頼む」
敬礼こそしなかったものの軍隊生活仕込みの威風堂々とした佇まいでグラハムは名乗った。
が、反応がない。
日本は礼節を重んじる国だとグラハムは聞いている。
だが目の前の女生徒たちは挨拶を返すどころか、ただ奇怪なものを見ているかのような視線を向けてきている。
よもや、日本の武士道さえもISによって歪められたとでも言うのか!
「私はすでに挨拶をした。反応の一つや――」
『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
なんと! いきなり女子達が叫び始めたではないか。
まさに音の爆弾といえる大音量に内心わずかにたじろぐグラハム。
反応しろと彼は思った。だがここまでとは予想外というものだ。
しかし、仮にもグラハムは武士道を志した身。
これに耐えてこそ武士道の本場、日本の国籍をもつ資格があるというものだろう。
「男子! 二人目の男子!!」
「しかも金髪のイケメン!」
「織斑君もいるしもうサイコ―!!」
だがしかしというかやはりというか、女子達の言葉はどこか要領を得ない。
よもや、こちらが反応に困ることになろうとは!
「毎度毎度……なんでこう騒がしいんだ。静かにしろ!」
「…………」
千冬の一括に一瞬にして教室は静まり返った。
先程の騒ぎが嘘であるかのように口を閉じ座っている女子達。
『ブリュンヒルデ』の名は伊達ではないと妙なところでグラハムは実感するのだった。
「エーカー。お前の席は織斑の後ろだ」
「了解した」
HRも終わり、座るよう言われ自分の席へ向かうグラハムに一人の少年が手を差し伸べてきた。
「俺、織斑一夏。よろしくな」
「初めましてだな、一夏。グラハム・エーカーだ」
グラハムも手を差し出し握手をする。
なかなかいい目をしている。
それが一夏の第一印象だった。
「男子が俺だけで知り合いが箒だけだったから助かったぜ」
「私もだ。まさか、ここまで視線を集めることになろうとはな」
彼らは今教室内外からの視線に晒されていた。
「ほら、彼が」
「くせっ毛の童顔と傷跡のギャップって萌えるよね」
「どっちが攻めでどっちが受けかな」
一部危険な会話もなされているがともかく彼らは注目の的となっていた。
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IS学園初めての授業を難なく終えた休み時間。
席で一夏とグラハムが談笑していると
「ちょっとよろしくて?」
「へ?」
「なにかね」
一夏の背後から降ってくる声に二人は顔をあげると一人の女子生徒が居た。
ロールのかかった腰までのびる長い金髪に頭頂部でそれを抑える青のカチューシャ。
ヨーロッパ系の碧眼をもつ顔は高慢な表情を二人に向けていた。
「まあ!何ですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
「…………」
見た目通りの高慢ちきな話し方に一夏はポカンとしている。
対するグラハム。
「失礼。では名前を聞かせてもらいたい。私か一夏に用があるのだろう?」
「わたくしはその態度のことを言っているんですの!」
「失礼だと言った。そして私は、君は何者だと聞いている。答えてもらわなければ話にならないだろう」
「わ、わたくしを知らない!? このイギリス代表候補のセシリア・オルコットを!?」
セシリアの抗議を一蹴すると返ってきた代表候補生という単語にほう、とグラハムは嘆息まじりで言う。
「代表候補生だったのか」
「あら、代表候補生については知っていらっしゃるのね。褒めて差し上げますわ」
どんな相手、場所であろうともいつもの自分を崩さないグラハムだが、一応は会話になっているようだ。
我の強い者同士でちょっとした奇跡を起こしたグラハム。
それを一夏の質問が見事に台無しにしてしまう。
「代表候補生って、何?」
その言葉にクラス全員がずっこける。
特に代表候補生を鼻にかけるセシリアはヒドイありさまだった。
「その名の通り、国家代表の候補生として選出されたパイロット達を指す言葉だ」
その中で平然としているグラハムが一夏に説明する。
「詳しいなグラハム」
「一応、参考書の類は読んだのでね」
「そう! エリートなのですわ!」
ビシッと二人を指さしてセシリアが会話に割り込む。
「本来ならエリートたるわたくしの様な人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解して頂けるかしら?」
「…………」
「まぁでも?わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」
二人の反応を見ることなくセシリアは続ける。
「ISの事で分からないことがあれば、まあ、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。なんせ私は入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
『唯一』という部分だけを強調して言うセシリア。
もはや高慢というよりは傲慢である。
まさか、自分でここまで言うとは。
いくら気位の高いヨーロッパ人でも滅多にはいないだろう。
『スペシャル』を強調する男が連邦軍にいたが、彼もそういえばAEU、ヨーロッパ人だったな。
グラハムがネコ目の同僚を思い出し苦笑していると、何かを思い出したように一夏は言った。
「入試ってあれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「は……?」
今度はセシリアが唖然とする番だった。
一夏はおかしなことを言ったかとグラハムにも聞いてみた。
「グラハムは?」
「残念ながら相打ちという結果でね」
言葉に反して澄ました顔で言うグラハムにセシリアの表情が強ばる。
「一応倒したんだな」
「倒したという意味なら肯定しよう」
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子だけっていうオチじゃないのか?」
「そういうことになるな」
「そ、そんなことあるわ――」
わなわなと何か言いたげなセシリアに割って入るように授業開始を告げるチャイムが鳴る。
「っ……! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
セシリアが去ると同時に千冬と副担任の山田が入ってくる。
「では、授業を始める……。だが、その前に決めることがある」
最初に千冬はそう言った。
「再来週あるクラス対抗戦に向けてクラス代表を決めなければならない。誰かを推薦するものはいるか。自薦でも構わんが」
千冬の入室とともに静まり返っていた教室が一気に色めき立つ。
まず一人の女子が勢いよく挙手し、
「はい! 織斑君を推薦します!」
「お、俺!?」
いきなりのことに驚きを隠せない一夏をよそにさらにもう一人が立ち上がると、
「私はエーカー君を!」
「なんと!?」
今度はグラハムを推薦してきた。
しかもまだ一言も会話を交わしていない女生徒からの推薦。
さらに同調するような声が次々と上がり、ついにはほとんどの女子がグラハムと一夏を推薦する事態に発展した。
予想できていたことなのだろう、特に驚く様子もない千冬は意見を取りまとめていく。
「織斑とエーカーか。他には――」
「待ってください!納得がいきませんわ!」
すると、バンと机を叩いてセシリアが立ち上がった。
「そのような選出は認められませんわ!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそんな屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
と、セシリアは言い放った。
「実力からすればこのわたくしがなるのが必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
言いながらセシリアはヒートアップしていく。
まさに傲慢さからくる暴言にクラスの女子達からは冷たい視線が向けられていく。
そんな中、冷静に事態を見つめるグラハム。
「大体!文化として後進的な国で暮らさなければ行けないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――――」
「イギリスだってたいした自慢なんかねぇだろ!世界一まずい料理で何年覇者だよ!」
そして一夏は机をバンッと強く叩いて立ち上がると言い放った。
「なっ!?」
それを聞いてセシリアは顔を真っ赤にしていく。
「あ、あなた……わたくしの国を侮辱すると言うのですか!?」
「先に侮辱をしたのはお前のほうだろ。イギリスも日本と同じ島国だろ」
「うっ……」
その事を言われてセシリアは言葉が詰まる。
千冬が目を閉じて鼻で笑っているのがグラハムは見えた。
どうやら弟を誇っているようだ。
意外な一面にふっ、とグラハムも口端がわずかに緩む。
「あ、あなた、わたくしを侮辱なさいましたね!?」
と、セシリアが今度はグラハムにかみついてきた。
どうやら彼がセシリアを嘲笑したように見えたようだ。
「座っているだけの道化にわたくしを笑う資格はありませんわ!」
「……!」
「やめておけ」
今にも怒鳴り出しそうな一夏に、グラハムは立ち上がりなら左手で制する。
「グラハム」
だがグラハムは一夏を見ず、セシリアと向き合った。
「君が何を思おうとも構わん。だがその汚名、戦場で晴らして見せよう」
まっすぐと目を見てくるグラハムにわずかにセシリアはたじろいだが、
「……い、いいでしょう。お二方共、そこまで言うのでしたら……決闘ですわ!!」
二人を指さし、言い放った。
「ああ、別にいいぜ」
「私もそれで構わない」
「勝手に話を進めるなといいたいが、まぁいい。他にはいないか」
千冬の声に一人手を挙げた。
「あの、私もいいですか?」
「スレーチャーか」
その苗字にグラハムが動揺するも誰も気づかない。
明らかに狼狽えた表情のグラハムをよそに千冬は話をまとめていく。
「なら、来週の月曜日に第三アリーナで総当たり戦を行い、その結果で決める。構わないな」
「は、はい」
「了解した」
「わたくしもそれでいいですわ」
「はい」
よし、と千冬は応答を受けると、
「では、授業を始める」