「まさかな」
放課後の教室でグラハムは呟いた。
よもや、クラス代表に名乗り上げることになろうとは。
本来ならば乙女座故のセンチメンタリズムな運命を感じるものだが……
正直、私はクラス代表には興味がない。
私の興味はあくまでIS。
社会に影響を与えたこともそうだが実際に操縦してみると、やはりISの性能には驚かされる。
MSとは違い直感的な操作を要求される機体だが、その性能はまさにMSのそれ。
入学試験として刃を交えた楯無の専用機はまさにガンダムと戦っているかのような気分をグラハムは味わった。
そして代表候補生を鼻にかけるセシリアが専用機でないはずがない。
「フッ、私も大概だな」
パイロットとしての血が騒ぐ。
「織斑、エーカー」
すでに授業は終わっている。
女子生徒達が教室を出ていく中、こちらに来る千冬に呼ばれたグラハムは思考を止めた。
「千冬姉――」
バシン、という音とともに一夏に出席簿がさく裂した。
グラハムが見ているだけでもこれで三回目。
懲りないものだ。
「織斑先生だ。二人に話がある」
よく聞け、と彼女は前置きをする。
「お前たちのISだが、予備機がない。そこで、学園で専用機を準備することになった」
「?」
あらかじめ聞いていたグラハムは今さら驚かなかったが、事情が読み込めていないらしい一夏に千冬はため息をつく。
「教科書を読め」
「ハ、ハイ」
鋭い視線に急かされるように一夏は教科書を開いた。
3ページ。その3行目。
簡単にまとめよう。
ISのコアは世界に467機分しかない。
コアはプロフェッサー篠ノ之にしか作れないうえにプロフェッサーはもうコアを作っていない。
コアは基本的に国家機関と企業、研究機関にしか与えらず、コアに関してはアラスカ条約で厳しく管理されている。
「つまりそういうことだ。本来なら専用機は国家代表、もしくは企業の所属の者。そして一定の実力を持つ代表候補生にしか与えられない。が、お前たちは事情が事情だ。データ収集が目的で専用機が与えられることとなった。分かったか」
「な、なんとなく」
よし、と頷くと千冬はグラハムへと視線を向けた。
「エーカー、お前の部屋のキーを渡すから職員室まで来い」
「了解した」
一夏と別れ、グラハムと千冬は職員室に入った。
千冬はデスクに座るとルームキーを取り出した。
「一応言っておくが二人部屋で、更識がルームメイトだ」
「了解した。ところで私のISは?」
鍵を受け取りながら気になっていたことをグラハムは尋ねた。
「あまりに独創的だったから馬鹿にいろいろ聞かれる羽目になったが、すでに製作が行われているはずだ」
「馬鹿?」
「いやなんでもない。それよりも仮に設計図通りに作らせたら、搭乗者への負担は現行のISをはるかに超えるぞ」
「無視していただいて結構。それに前にも言った通り、多少は強引でなければガンダムは口説けんよ」
「……わかった。だが、後で音を上げても聞かんからな」
「望むところだと言わせてもらおう」
いつも通り自信に満ちた声で応えた。
ああ、とグラハムは付け加える。
「ただし、期限は月曜日までにしてもらいたい」
「そればかりは作る連中の腕次第だな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ちょっといいかな?」
職員室を出てすぐにグラハムは呼び止められた。
声のした方を見ると、クラス代表に最後に名乗り出た女子が立っていた。
夕日を浴びたブロンド混じりの銀髪をショートカットで整え、淡い緑色の瞳をしている。
スカートこそ短いが制服を堅実に着込んでおり、背はグラハムよりも幾分か小さかった。
いつもなら女性の顔立ちなどに興味のないグラハムだが、どこか気弱そうな表情の中に不釣り合いなほど強い意志を宿した瞳が印象的だと思った。
「グラハム・エーカー君、だよね?」
「そうだ。君は確かルフィナ・スレーチャーだったな」
「ルフィナでいいよ。一応アメリカの代表候補生をしてるの」
「…………」
アメリカという国名、エースパイロット、そしてスレーチャーというファミリーネーム。
その二つの単語がグラハムの過去を抉るように刺激する。
「えっと……名前、変かな?」
困った表情をするルフィナにグラハムは自分がどんな顔をしていたのか気づいた。
鏡を見れば恐ろしいほど無表情な金髪の少年が見えたことだろう。
「失礼。気にしないでくれ」
冷静を装って答えるグラハム。
らしくないな、と心の中で苦笑しながら用件を尋ねた。
「用件を聞いても構わないだろうか」
「さっき、セシリアさんとの事なんだけど……」
「ああ」
「あの、気にしないでね?」
何をと聞くまでもなく思い当たる節のあったグラハムは気にするなと笑った。
「確かに日本を侮辱されたことに何も思わないわけでもない。だが、武士道を志す身として元より気にするつもりはないよ」
「えっと、そうじゃなくて……」
言うべきか悩んでいるのだろうか、しどろもどろになりながらもルフィナは思いきった。
「男の人を見下してたけど、学園のみんながそういうわけじゃないから」
彼女自身嫌なことだと思っているのだろう。
どこかセシリアへの険が入っている声音に対し、グラハムはまたしても笑みを向けた。
「そのことなら言うまでもないが、私は気にしていない」
フッと笑みに不敵さを浮かべグラハムは大仰に宣言した。
「道化というのであれば,言葉ではなく、行動でその評価を覆して見せるまでだ」
「…………」
「どうかしたかね?」
「あ、ごめんね。なんか、すごいなあって……」
「私は見ての通りただの高校生だ。それと、グラハムで構わんよ」
じゃあグラハムとほっとしたように笑うルフィナにグラハムは意外なものを見つけたような目をしていた。
「しかし、不思議だな」
「え?」
「今の世界の情勢は男卑女尊、セシリアのような考えを持つことなど珍しくもないだろう」
この世界に来てから目にした新聞やテレビといったリソースは明らかに女性優遇を当然のことのように報じており,女性はともかく男性もまたそれを当たり前のように受け入れているふしがある。
わずか10年足らずのこと、これは異常とも取れる変化だ。
だがそれを目の前の少女は否定している。
そのことがグラハムの興味を誘った。
「そうかもしれないけど……私はそういうのはイヤなの」
イヤだとルフィナは言った。
代表候補生として特に優遇されてきたはずの少女がだ。
「女の人だけじゃなくて男の人もがんばってきたから今の社会があるんだよね。それなのに、女性の方が偉いって……ISが使えるだけなのに」
今の風潮を根源から否定するかのような言葉。
自分の立場を否定しているとさえとれる言葉。
それも明らかな感情のこもった言葉にグラハムは遮ることはせずただ聞き入る。
「だ、だから、尊重しようってことなら男の人にだってしなくちゃだめだよね」
「…………」
「……変、かな? そういうの」
グラハムが無言だったことにまた不安げな顔をするルフィナ。
しかしその目はしっかりとグラハムを見つめていた。
自分の意見を曲げることのない強い意志を秘めている。
そうグラハムは思った。
「いや。私は君の考えを支持するよ」
「……ありがとう」
はにかむように笑顔を見せたルフィナにグラハムも笑い返す。
しかしその脳裏にはある人物の影が付きまとうように離れなかったのは彼自身にしか分からないことだった。
――ルフィナ・スレーチャー、か……