異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
自分より倍近くは重いボクサーの身体が吹き飛ぶレベルのアッパーなんか分かりやすいですね。これが、同体重のボクサーだったら……?
次の試合は、通常のペースよりも遥かに早い日数でやって来た。トーナメント形式だから仕方はないのだが、それに合わせて体重をコントロールするの結構大変なんだけど?
ちなみに、現在俺が出場しているのは全日本大会である。初手から出場するべき規模じゃねえだろと言いたいのは分かるが、オーナーが「お前のパンチを見せてやれ!」と何かを見透かした目で言ってきたので仕方ない。
「オーナー。今回の相手って、どんな特徴のボクサーだっけ。歴が自分より長い以外、自分は知らないんだけど」
「お前、試合直前でその発言はどうなんだよ。少しぐらいは自分で調べても……いや、別に良いか。この前みたいに力んでなきゃ、前情報なしでも順当に勝てるしな」
試合直前になって、控室で相手ボクサーの特徴を聞くとか舐めてると言われてもおかしくないのだが、オーナーは特に咎めてこなかった。どうやら、前回以上に俺の勝ちを既に確信しているらしい。
「今回の相手は、前回と違って身長によるリーチ差がほぼないボクサーだ。それに生粋のインファイターだから、基本的に足を止めて打ち合う場面が多くなるだろうな」
「ふーん、インファイターか……」
「あと、かなり目に自信があるタイプのボクサーだな。被弾が多くなりがちなインファイターでありながら、パンチをマトモに受ける回数がかなり少ない。目が良いのか、野生の勘が優れているのかまでは知らないが」
「じゃあ、近距離でのカウンター主体か。器用だね、随分と」
「パンチの破壊力がそこまで高くない弱点を、カウンター主体のスタイルを取る事で克服しているから、確かに器用なボクサーと言える。だが、マックには通じないだろうよ」
実に楽しそうに笑うオーナー。どうやら、彼には俺が負けるビジョンが全く見えないようだ。
片眉を上げてその理由を言うように促すと、笑みを深めながらオーナーが口を開く。
「最近になって、お前のジャブはカウンターを取れるかどうかが怪しいぐらいに洗練されてきてるからな。それに、仮に必殺カウンターを受けても大して効かない、あるいはゾンビみてぇに立ってくるって事も前回で立証済み。どうだ、これだけでも既に負ける要素は皆無に近いだろ?」
「……過大評価って気もするけど、自信にはなる」
「カウンターに対して、余裕を持って逆カウンターを仕掛けられると言ってもか?」
「うん、一気に負ける気がしなくなったわ」
自信は大切だが、油断と慢心はしない。油断や慢心ほどに怖い敵はないから。
なお、その油断と慢心は自身の心の弱さから表に顔を出す物である。ボクシングはゴリゴリのコンタクト競技でありながら、最終的には自分の弱さとの戦いになる……と、俺は考えている。
いつだって、最大の敵は己自身なのだ。
負けられないと毎回思いながら試合に臨んでいるなら、油断なんて以ての外だろう。
「マック。今回はジャブを丁寧に、かつ大胆に当てていけ。カウンターが取れないと分かれば、相手はかなり動きづらくなる。芋を引いて逃げ腰になったら、その時には……」
「その時には?」
「――ぶちかませ」
声のトーンが1つ落ちたオーナー。ゾクリ、ゾワリと俺の胸中に何かが到来した。
心臓付近が、焼け付くように熱い。早鐘も打っている。だが、決して不快ではない。むしろ、闘志が沸々と湧いてくる。
無意識に口角が吊り上がった俺を、オーナーは不敵な笑みで見やりながら、肩をバシリと叩いた。
「今日の主役はお前だ、マック。目にもの見せてやれ!」
「……ああ。全力で、やってやるさ」
控室を出て、会場への入口へと向かう。
閉ざされた扉越しでも、観客の熱気が伝わるぐらいに中は盛り上がっているようだ。
扉が開く直前、俺はやや目深にフードを被る。そうする事で、初めて見える文字の刺繍があるから。
〝不屈の闘魂〟
〝お前のパンチを見せてやれ!〟
〝Yuna〟
扉が開いた。
1つ深呼吸してから、俺は焼け付くような熱気で包まれた会場へ飛び込むのだった。
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優奈side
病室で、私はiPadの画面をジッと見つめている。
かなり画面と顔との距離が近いので、普段なら定期的に私の様子を見に来る看護師さんには小言を言われるのだが、今日に関しては特にお咎めなしだ。
それどころか、続々とiPadを覗き込む人が増えている。良いのかそれで。業務は?
「お、始まったのかい?」
遂には主治医までもが興味深げにiPadを覗き込む始末。他の患者は大丈夫なのだろうか。
そう思って尋ねてみると、「面倒な仕事は全部院長に押し付けてきた!」と実に清々しい笑顔でサムズアップする主治医。多分、試合が終わったらお説教だろうな。
これ、私も怒られたら嫌なんだけど。流石に大丈夫か? 要らぬ心配で終わってくれる?
そうこうしている間に、ケン先輩が会場内へ入場した。スウェットに付いているパーカーを、かなり目深に被っているようで、真正面からだと口元しか見えていない。
「ふふ……」
だが、私は笑みを零した。
口角が僅かに上がっている、ケン先輩と全く同じように。
「やっぱり嬉しいよねぇ。優奈ちゃん、めっちゃ頑張って縫ったし。受け渡しの時も、どこか幸せそうだったもんな〜」
「ちょ、何で先生知ってるの!?」
「受け渡しはたまたま見てたし、縫ってた件は担当のナースさんさんから……あ、でも心の内に留めておけって言われた気もする! ごめんよ〜」
「ええ、ちょっと……すっごい恥ずかしい。あ〜、もう!」
良い人だ。底抜けに、本当に良い人なのは分かっているのだ。でも、口が途轍もなく軽い……!
そこは静かに見守って欲しかったです、はい。
熱くなった頬を隠すように頬杖を付きながら、私はiPadに視線を固定した。底抜けに優しい目で見られるの、私としては恥ずかしさが勝つので耐えられないのである。
バサリとスウェットを脱ぎ捨てたケン先輩がカッコ良すぎて、ニマニマが漏れてしまったのは、多分きっとバレてない。バレてないったらバレてないのだ。
「優奈ちゃん。今回、彼が戦うボクサーはどんな戦い方をするんだい?」
ルール説明をする合間に、主治医がそんな事を尋ねてきた。
プロの試合だけではなく、アマチュアの試合も私は結構な頻度で見ているので、今回の相手がどんなボクサーかは知っている。
「生粋のインファイター。至近距離でのパンチの見切りが得意な」
「あれ、彼もインファイターだよね? かなり不利な気がするけど……」
なるほど、確かにそう見えるな。
軽量級相応の素早さはあるが、特段優れているかと言うとそうではない。素早さだけならば、もっと優れているボクサーは沢山いる。よって、一撃離脱型とは言えない。
アウトボクサーともまた違うだろう。身長がボクシングの世界ではそこまで高くないので、リーチは必然的に短くなる。そうなると、残された道はインファイターとしての道だけだ。
ケン先輩のパンチの破壊力は軽量級のそれじゃないが、当たらなければ意味がない。そう考えると、同じぐらいのリーチかつ見切り……いやカウンターが得意なボクサーは天敵になると考えるのが普通だろう。
しかし、私はそうは思っていない。
断言できる。
「大丈夫。ケン先輩が勝つから」
あの人は、この世界のバグ枠だ。
スマブラで暴れるリトルマックの性能を、再現可能な限りインストールしてしまった、ある意味とんでもない怪物と言える男である。
負ける訳が、ない。
「本当に、心から信じてるんだねぇ」
……そうとも言うね。
大好きな人だもの。信じて当然さ。
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今回は、初めての試合時よりも遥かに落ち着いた心持ちで、試合開始のゴングを迎えられた。
「ボックス!」
コールと共に、前回以上に俺は前へ出る。相手もインファイター。お互いに近寄らなければ始まらない。
ピーカブースタイルで顎と腹を隠しながら、頭を左右に揺らして攻撃の機会を伺う。
時折肩や足を動かしてフェイントも仕掛けてみる。しかし、相手は動かない。フェイントにはそこまで引っ掛からないタイプのボクサーらしい。
相手からの牽制を頭を振って回避しながら、次なる策を考える。フェイントへの対応が上手いならば、下手に小細工する方が危ないだろう。相手の虚を突けるフェイントだが、反面威力は落ちやすい上に、完璧に読まれてしまったら負けに直結する。
ならばと俺は、小細工なしで1発だけ最速の左ジャブを叩き込む事にした。様子見のつもりで。
眠っちまいそうなぐらい脱力して……いる事を悟られないように振る舞いつつ、相手が前に出たタイミングを見計らって爆発的に加速。懐に入って左ジャブを放つ。
バンッ!
「……あれ?」
やけに良い手応え。そして音。
カウンターが得意なボクサーらしいので、躱される事を想定してかなり集中力を上げていたのだが。俺の目は、全く左ジャブに反応できずクリーンヒットを貰った対戦相手が見えていた。
咄嗟にジャブを放った左腕を引っ込めると、右のショートフックをすぐさま放つ。何となくだが、大チャンスな気がしたのだ。打てるだけ打ってしまえ。
やはり相手は俺のパンチに反応せず、右ショートフックをマトモに受けた。またもや快音が鳴り響き、拳には良い手応えが伝わる。
このまま3発目の左ショートアッパーまで叩き込もうと構えた俺だが、俺のパンチは相手がフラリと斜め前に出た事で空を切った。
相手の動きを思わず追うと、力なくダウンする姿が目に映った。マジで? そんな強く打ち込んでないだろ。
俺がどれだけ首を傾げても、ダウンした事実は変わりない。ニュートラルコーナーへ行き、釈然としない心を抱えたまま相手を見守る。
相手はカウントを聞いた事で、やっとパンチをマトモに受けた事を知ったような反応をした。いつ、どうやって倒されたのかも分かっていないらしい。
「良いぞマック! けど焦るなよ! 今のうちに深呼吸して脱力しておけ!」
抜くべきとこでは力を抜く。オーナーの言葉を思い出し、俺は軽く腕を振りながら深呼吸して待つ。
対戦相手は何とかカウントが終わるよりも前に立ち上がれたが、ダメージはかなり大きいようだ。足に力が入っておらず、プルプルと膝が笑っている。
瞳に宿る闘争心は全く衰えていない。むしろ増しているのだが、身体的ダメージを超越するまでには至っていないな。
「くっそ……!」
対戦相手は悪態をつきながら、距離を詰めてきた。ここで逃げ回る選択肢は取らないらしい。下手に後退するよりも、パンチを見切り続けた方が良いって判断か。
スピードをそこまで意識していないジャブを打てば、目をガッツリ開いた相手が最小限の動きで回避していくので、俺の予測は間違っていないだろう。極限まで隙を減らし、パンチ終わりに反撃を受けないように立ち回っているのでカウンターは飛んでこないが、大きい動きを伴うアッパーやフックは危険だろうな。手負いの獣だとしても、カウンターパンチは怖い物がある。
徹頭徹尾、オーナーが提案した作戦を遂行する事にしようか。〝ジャブを丁寧に、かつ大胆に当てていく〟だ。
単発ジャブからダブルジャブに切り替えると、1発目を誘い水にして回避させ、その先に拳を置く戦法を取る。
基本的には2発目のジャブもガードが間に合っており、何なら打ち終わりに反撃の起点を作ろうとするジャブが飛来するが、スリッピングで対処して相手に主導権を握らせない。
ガードから反撃ではワンテンポ遅いと相手も分かっているようで、何とか回避と同時のカウンターを狙っているが、ついさっきのダウンの要因である最速左ジャブがチラついているようだ。中々、大胆なカウンターを狙おうとしないでいる。
とは言え、ダブルジャブのリズムに慣れられてカウンターされるのは困るので、ここらで新しい動きを見せて行こうではないか。
さっきまでのダブルジャブは、どちらも顔面を狙った物である。よって、相手のガードはかなり上がってきており、僅かながら無防備なボディが見えている状況だ。
何度か頭を振りながら接近し、先程よりスピードを上げたジャブをまずは1発放つ。
「チッ!」
それにも反応する対戦相手だが、さっきよりも苦しそうだ。体勢が崩れている。
すぐに追撃のジャブを顔面に飛ばす……目線を送りながら、拳はボディに飛ばした。
体の動きで見せるフェイントには強いようだが、目線のフェイントに対応するのは少しだけ苦手なようで、相手の反応が一瞬遅れる。
それでも、多少不格好ながらもガードの体勢を取ってパンチを受ける準備を整えられるのは素晴らしい反応速度だと思う。
だからこそ、惜しい。
詰めが甘い。
ボディ付近に構えられたガードに拳が届く寸前に、腕に力を入れて動きをピタリと止める。そして、予備動作なしで拳を一気に鼻へと叩き付けた。
「ぐあっ」
マトモに拳を受けて、対戦相手が蹈鞴を踏む。単なるジャブの打ち分けだけでも、ここまで相手を幻惑する事ができるのは、ボクシングの面白い点と言っても良いだろう。
シンプルだが、それ故に奥深い。極めれば、ジャブだけで勝ち上がれるようにもなれるだろうな。
「行けマック! ぶちかませぇ!」
オーナーの声と共に、爆発的に俺は距離を詰める。好機を逃がしはしない。
ワン・ツーパンチでコーナーへと押し込むと、苦し紛れに飛んだ相手の右ストレートにクロスカウンターを取る形で左ジャブを捩じ込む。
グラリと揺れた相手の顔に、追撃の右フックを叩き込み、下がった顔を持ち上げるようにして更に左ショートアッパー。跳ね上がった顔面を捕まえるような形で左ジャブをすぐさま打ち、フックとアッパーのコンビネーションをまたぶちかます。それを、ひたすら高速で延々と繰り返す!
「ジャブジャブ! ラッシュラッシュ! ……よし今だ、K.O.アッパーカットォ!!」
一瞬にして大きくしゃがみ込むと、地面を強烈に踏み抜いて腰を回旋さけて爆発的なエネルギーを生み出し、それを全て右拳に乗せて天を衝くように振り上げる!
「エイヤッ!」
拳が命中したのは、対戦相手の顎。今日1番の快音と共に、拳には嫌な感触が伝わる。
大きく浮かび上がった対戦相手の身体は、リングの外へ飛び出て観客の方まで飛翔した。慌ててキャッチに入った相手側のセコンドのお陰で事なきを得たが、ありゃ続行不可能だろう。白目を剥いてるし。
カンカンカンカーン!
少し遅れて、試合終了を告げるゴングの音が鳴り響いた。
会場は、不気味なぐらいに静まり返っている。それもそうか。あんな惨状を起こした奴の勝利を讃える気は起きないだろうよ。
スーパーフライ級の人間が繰り出したパンチだと言うのに、受けたボクサー地面から軽く2メートルは浮いてた。落下によってコーナーポストに突き刺さらなかったのは、不幸中の幸いと言っても良いだろうな。
俺はレフェリーに腕を上げてもらってから、軽くお辞儀をしてリングの外へ出た。対戦相手の様態が心配だ。
だが、駆け寄る事は許されなかった。前に立ちはだかった相手側のセコンドが、俺を怪物でも見るような目で射抜いていたから。
「この、バケモノめ……」
チクリ。僅かに心が痛む。
ああ。随分と久しぶりに、その言葉を聞いた気がするよ。
軽く深呼吸すると、俺は相手側のセコンドを真っ直ぐに見やる。
「バケモノで結構だ。俺は負けられないから。勝つためなら、怪物にもバケモノにもなってやる。ああ、勘違いはしないでくれよ。薬物なんかに頼るつもりはないからな」
あんな物なくても、俺は強くなれる。俺は、俺自身のポテンシャルを心から信じている。
気迫に押されたのか、目を俺から逸らした相手側のセコンド。俺もまた、彼から目線を切った。
肩を叩いたまでは良かったが、何を口にしたら良いのか分からないオーナーに軽く笑みを向けてから、俺は会場を後にするのだった。
バケモノ、か。
誰だって、心に住まわせているだろうに
今回の対戦相手は、避け攻撃とカウンターにジャスガを武器としたボクサーです。素のパンチ力は低いですが、ボクシングはタイミングが命のスポーツですので問題なし。意識外からの攻撃が1番強いので。
なお、マックくんは最速だと見てからカウンターはまず不可能の左ジャブを持ってるので、最悪レベルに相性が悪い模様。多少力を抜いたジャブでも、回避でギリギリ。仮にカウンターを繰り出しても、それに対してカウンターを返せるだけの反応速度持ち。可哀想だね。
いきなり百裂攻撃するのはちょっと現実味がないので、初代ラッシュは弱3段を超速連発にしました。え、これも現実味がないって? それはそう。でも、ギリギリ我々でも再現が可能なんで許してください()
次回、ありふれ二次創作だと掘り下げられる事の多い夏祭り編です。