異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
規則正しい機械音。そして、やけにくぐもって聞こえる俺の吐息。普通に生活していればまず耳にしない音2つは、意識を覚醒させる要素としては十分である。
目を開ければ、視界に広がるのは知らない天井。辺りを見渡すと、俺は腕から管を生やしていたり、口元には呼吸器を取り付けられていたり、バイタルを示す機械と接続させられていたりと、まあ混乱する要素だらけだ。視界の情報だけだと、病院って事ぐらいしか分からない。オマケに身体が全く動かないとくれば、誰であっても軽くパニックを起こすと思う。少なくとも俺は、必死に手元を探ってボタンらしき物を見つけようと躍起になるぐらいにはパニクった。
幸い、その動きで物音がしたらしく、少し離れてパソコンを打ち込んでいた医者らしき男……いや、主治医さんがすぐ気がついた。
「おお、目を覚ましたね〜」
アホみたいに焦っている俺とは真逆の、どこまでものびのびとした声音。ダメな人だと、聞くだけでイラッと来てしまうだろう。
だが、明らかに医者の格好をした人間が、焦りの1つも浮かべず俺を観察している様子を見て、少しだけ落ち着きを取り戻せた。取り敢えず、現時点では焦らなくても大丈夫だろうと思えたのである。
「いやあ、その心臓病を治療しないままずっと抱えて、これまで大変だったでしょ。よくこれまで倒れる事なく生きられたなって、手術の時から心底驚いてる」
「おれ、は……」
「あ、無理に喋らなくて良いよ。まだ麻酔が抜け切ってないから口が回らないだろうし。そのままリラックスして、僕の話に耳を傾けてくれるかな?」
主治医さんがつらつらと、分かりやすく要点を纏めながら俺の病状について説明してくれた。
曰く、遺伝性の心疾患。相当悪化していたが、治療がまだ間に合う段階ではあったらしい。もう少し遅ければ、完全に手遅れで手術しても無意味になったらしいが。
「悪化する前に、もっと早く来てくれと言いたいところだけどさ。多分だけど、どうしても来れない理由があったんでしょ? 君を運んでくれた彼からの話も鑑みると、変に名前だけ独り歩きしたが故に……って感じかな。ま、結果的に君は助かったんだ。このまま治療を継続すれば、間違いなく再発する事もなくなる。医者としては、異変を感じたら来てと言うべきだけども。僕としては、過程は何であっても最終的に助かったという事実だけあれば良い。 ……少しアイツと口調似てきたな。気をつけないと。さて、今後の事についても話そうか。まず、当然ながら君は入院してもらうよ。期限は、そうだな……回復力次第でもあるけど、1ヶ月は確実だね」
入院1ヶ月。それを聞いた時、まず考えたのは施設の人たちの安否である。
病院への襲撃よりも、鬼がいぬ間にとばかりに施設の人たちを襲われる可能性を考えてしまったのだ。
だが、この状態で「入院は嫌だ」と言えるはずもない。俺がどう言おうと、間違いなく強制入院だろう。
その後、2日もしたら2人部屋に移動すると聞いて更なる絶望を感じたのだが。
「同室の娘も僕が担当してるから、こっちとしては色々と楽なんだ……って、いきなりどうしたの? そんな虚ろな表情を浮かべて」
俺、めっちゃ人と話すの苦手である。特に見ず知らずの人との会話はまるでダメだ。
ダメ押しとばかりに、話題がなくてひたすら気まずい空間が流れてる時間も苦手なので、はじめましての人と関わりを持つのが非常に厳しい状態だった。
ただのコミュ障? その通りだよクソッタレ。見ず知らずの人にいきなり襲撃される日々が常な奴に、マトモなコミュニケーション能力がある訳ないだろ。
割と人生でも最大級じゃないかって思うぐらいの絶望感を味わいながら、俺の入院生活はスタートした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2人部屋へ移動する前日。呼吸器を取り外しても大丈夫なぐらいになったは良いものの、ボンヤリ窓の外を眺めながら翌日からの地獄を想像して絶望している俺を呼ぶ声によって、現実世界へと引き戻された。
「よお。随分と顔色が良くなったな」
「っ、アンタは……」
声の主は、意識を失う直前まで戦っていた男であった。
「おいおい、そんな警戒しないでくれ。流石に病人を襲うなんて仁義外れな真似はしない。そもそもお前を病院に運んだのは俺だぞ? それで襲うとか、色々と意味分かんなさすぎて引かれるわ」
どうやら、彼が俺を病院まで運んだらしい。とても信じられないのだが、あの場で俺を病院へ連れて行ける人物はこの男だけである。
真っ先に浮かんだのは疑問だ。
「……なんで」
助ける理由なんて、一体どこにある。少なくとも俺には、全く見当がつかなかった。
俺はこれまで何度も喧嘩したが、打ち倒して気絶した相手を病院へ運んだ事は1度もない。今回、仮にこの男に勝ったとしたら、多分そのまま放置していただろう。
ルールなしの喧嘩で気絶でもしようもんなら、場合によってはトドメを刺される可能性だってある。恨みを買っている俺は尚更だ。
だからこそ、気になった。何を思って、俺を助けたのかを。その理由を。
「助けた理由か? うーん、何でだろうな。俺もイマイチ分からん」
「は?」
「そうした方が良い気がしたってのも、理由としちゃ弱いし。理由、理由……あっ、1つあった」
男は、人懐っこい笑みを浮かべながら言葉を口にした。
「今度は万全な状態のお前と、心置きなく戦ってみたいと思ったからだ」
「……?」
「お前、病気が治ったらもっと強くなれるだろ? 鍛錬にも一層精が出るようになるだろうし」
「いやまあ、確かにそうだけど……何だその理由。また喧嘩したいとか、お前正気なのか?」
「喧嘩と言うよりかは『拳で語り合う』だけどな」
「拳で……?」
ダメだ、サッパリ分からん。
俺にとっての拳と、彼にとっての拳の認識に差異がありすぎる。
殺意と怨み以外何を語れると言うのだ、拳で。
「拳をぶつけて相手に伝わるのは、単純な痛みとこっちの殺意、怨みだけだろ」
「そうか? 俺からすりゃあ、これまで積み上げてきた努力や、戦う意志の強さや気持ちの熱さ……なんて物も伝わると思ってるが」
「良く言いすぎだろ。そもそも、俺が使えるのは凍りついた殺人拳だけ。そんな代物をアンタにぶつけて、一体何を語り合えるって言うんだ。マイナスな感情や思いしか伝わらねえだろ」
「殺人拳、ね。そいつは俺も同じなんだがなぁ」
頭をポリポリ掻く男。
どうやら、彼が扱う体術も殺人術が基になっているらしい。俺が殺人拳を扱ってると口にしても、全く動揺する事はなかった。
「まあ、あのオッサンと同じような拳打をブチかましてたしな。殺意を拳に余す事なく乗せて、それを破壊力に変換した上で100%相手に伝える、だったか。マイナスな感情が先行して伝わるのも分からん話ではないけどよ。実際、お前の拳からは〝殺す〟と〝倒す〟がめっちゃ伝わってきたし」
「っ、師範代を知ってるのか」
「え、そりゃもう。お前が〝闇の鉄拳〟なら、あのオッサンは〝鉄拳王〟だ。有名なんて言葉で片付けて良いのか分からんぐらいには名が知れ渡ってる……って、今回それは正直何でも良いんだわ。俺が言いたいのは、病気の治療とマイナスな感情……主に殺意に振り回されず、しっかり戦う理由の〝明確化〟をすれば、もっとお前は強くなれるって事だよ。で、その強くなったお前とまた戦いたいんだ」
「……?」
殺意に振り回されない。そして、戦う理由の明確化。
今なら、少しは分かる話である。殺意と言う感情は、確かに途轍もなく強い物だ。どこまでも鋭く尖っているから、戦うための燃料としては最適な感情にも見える。
だが、強すぎる感情は時に制御不能となってしまうし、自分自身をも傷つけていく。心技体を揃える事は、正直なところ非常に難しい。何かしらは必ず欠けるだろう。
理由もなく戦う事も、やはり心技体を絶対に欠けさせる行為だ。何か1つ、善でも悪でも貫き通せるだけの理由があれば、それは己を支える強固な柱となる。
何かしらが欠けている状態だと、心技体が揃った真の強者に勝つ事は難しい。今なら、分かる。しかし、当時は分からなかった。
だからこそ。まず、戦う理由について知りたかった。俺より強い男が、一体何を目的に戦っているのかを。
「アンタは、何で戦うんだ」
「俺か? ……最初は、自分の拳を試したいって理由だったな。鍛え上げた俺の拳が、どこまで通用するか知りたかった。それが気がつけば、〝家族を守る〟と〝強者と拳を交えて更に強くなる〟の2本柱になってたよ」
「守る。そしてそのために強くなる。だから戦う、か。俺とはまるで違うな……」
「ま、理由なんざ人それぞれだからな。そこまで気にする必要はない。知り合いの中には、〝俺より強い奴に会いに行く〟を延々と貫いてる奴もいるし」
「はっ、何だそりゃ。向上心の塊か?」
「飽くなき探究心が擬人化した存在とも言うと思うぜ」
親友なのだろう。やや呆れた様子ではありながら、内に隠れた友への想いの深さが滲み出ている。
この男は、俺とは何もかもが違うな。テロリスト疑惑によって身を隠さなきゃいけない状況になっても、ブレずに戦えるだけの理由がある。心が折れそうになっても、頼れる仲間が確かにいる。俺とは、違う。
少し、羨ましく思った。様々な葛藤や困難を乗り越えて来たであろう男だが、他人の俺からすると心技体が揃った今の姿しか知らない。故に羨ましくも、妬ましくも思うのだ。
「お前の戦う理由は? 何か1つぐらいはあるだろ」
「……初めは、ドブカス未満の父と似た表情を見るのがどうしようもなく嫌だったから。弱者を虐げる事にしか人生の価値を見出だせない。人を自身のストレス発散道具としか見てない。そんな顔を、視界から消したかった」
「それから?」
「それからは……忌み嫌われて延々と復讐だ報復だと言われて襲撃されたのを、何とかして退けるために戦った。俺と知り合いってだけの人まで奴らが襲うようになってからは、警告も兼ねて一切の情け容赦を捨てるようになったよ。まあ、そのせいで無駄に名が知れ渡ってしまったんだが」
「今や有名人だもんなぁ。しかし、他者が巻き込まれるのは良しとしないのか」
「当たり前だろ。無関係の人が巻き込まれて良い訳がない」
傷つくのは、俺だけで良い。
俺が始めた喧嘩なのだ。他者まで傷つく必要はどこにもない。既に心に深い傷を負っている、施設の人たちは特に。
まあ、どこまでも自分本位には違いない。〝俺が〟傷つく施設の人たちを見たくないだけだから。
「なーんだ。お前もしっかり世話になった人を守るために戦ってるじゃん」
「……結果的にだ。俺は、結局自分のためにしか戦ってない」
「そこまで卑下する必要あるか?」
何者よりも、あの忌まわしい父親の血が流れている自分自身が嫌いなのだ。卑下するのも仕方ない事だろ。
「まあ、ゆっくり探していけよ。焦って見つけようとするもんじゃないし。自然と現れるのを待つのが1番さ」
「見つかるとは思えんけどな」
「やれやれ、自虐に走りすぎる気質は中々に難儀だねぇ」
最後に「お大事にな」と言い残し、男は去っていった。
男が去り、主治医の先生が観ていると言う女の子と同部屋になるまでの時間が迫る中でも、俺はボンヤリ戦う理由について考えていた。
見つかる訳がない。男の言うように、自然に出てくるもんか。そう思っていた。
思っていた、はずなんだが……。
「え、と。初めましてっ」
少しはにかみながらも、血に塗れた俺に対しても普通に挨拶をしてくれた女の子に。
いや、君に軽く見惚れて。
「えっ、スマブラ知ってるの?!」
たまたま成り行きで好きなゲームの話になった時、誰かを気遣う事もない、彼女本来の笑みを目にして。
俺は。俺は……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「先輩。ケン先輩!」
「っと。すまん、少しだけボケっとしてた」
歩きながら病院へ戻ったは良いものの、話が一向に終わる気配がなかったので病院の入り口付近で話し込んでいたら、看護婦さんたちに見つかって中の待合室に座らされたのが……今から1時間前ぐらい。
やっと優奈と出会った辺りの出来事まで話せたは良かったが、それにしても時間を使った。時折、優奈が涙ぐんでしまい、先へ行こうにも難しかったのが原因である。
「……それにしても、ヘビーすぎない? 私の2つ上とは思えない経験してる気がするんだけど」
「否定はしない。同年代で同じような経験をした人間がいるなら、是非とも会ってみたいぐらいだよ」
もはや父とは思っていないただの男から受けた仕打ちだったり、その後の展開だったり。下手でつまらない小説よりも、更に酷い出来事の連続だったと自分でも思っている。神様は俺の事を嫌いすぎだろとも。
ま、そんなドブ色の過去を経験はしたが。案外、そこまで引きずっちゃいないのが実際のとこである。
戦う理由とやらを、しっかり見つけられたからだろうな。
「それで、ケン先輩。先輩は、戦う理由を見つけられたの?」
「まあな」
「教えてくれたりは?」
「んー、まだ秘密で」
「えー! ここまで来て最後の最後に秘密にしちゃうの!? 先輩の意地悪!」
「まあまあ。いつかは必ず話すさ。ただ、今日は勘弁してくれないか」
大っぴらに口にできる程に、俺はまだメンタルが強くないからさ。
その後、何としてでも吐かせようと戯れてきた優奈をしばらくは上手い事捌けていたが、頭に鬼の角を生やした看護婦さんにぶっ叩かれたのは別のお話である。
以下、マックくんが拳を握る理由。結構な頻度で変わってます。
どんな理不尽も跳ね除けられるぐらい強くなりたい
↓
その腐りきった表情を俺に見せるな
↓
俺以外を巻き込むようなクソは、警告も兼ねて2度と足腰が立たなくなるぐらい殴る。自分が傷つくのは構わないが、施設の人たちまで傷つくのは絶対に嫌だ
↓
売られた喧嘩を買わないと、世話になっている施設の人たちにまで被害が及ぶので本心を押し殺して戦っている
↓
魅せられた〝君〟の笑顔をもっと見たいから、ボクシングとスマブラの世界で戦う。なお、ボクシングの世界へ足を踏み入れた事を上手く利用して、「ボクシング以外で勝負しようとする輩は、そうしないと勝てない生まれながらの負け犬って事だよなァ?」と煽りまくる事で、アホどもをボクサーにジョブチェンジさせてる。罵倒術ばんざーい
自分で描いてて言うのもアレだけど、優奈さんに脳を焼かれすぎだろこのボクサー。