異世界でもお前のパンチを見せてやれ!   作:Hetzer愛好家

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 本編の描写に少し行き詰まってますので、今回はこっちを更新しました。


第3R前編 怒れる瞳は何を見る

 その後も俺は、危なげなくトーナメントを勝ち進んでいき、決勝まで駒を進める事ができた。

 

 試合の回数を重ねるにつれて、俺の動きも洗練されてきている。常日頃からルーティンワークとして無茶苦茶な量と質を両立した練習との相乗効果もあり、ほとんど拳打を貰わず試合が終わってしまう事もあるぐらいだ。

 

 この頃になると、K.O.アッパーカットをForの打ち方からSPの物に変えた事で大幅な威力向上に成功したり、最速でありながら最大の威力を発揮できる究極の左ジャブも完成した。更には必殺とまで称される連携技の手札の多さもあり、俺はボクシング界隈ではちょっとした有名人になっていた。

 

 ボクシングを始めてからたった数ヶ月で、全国大会のトーナメントを勝ち上がる猛者、だけで俺の評価は終わらない。グローブに何か細工をしているのではないか、あるいは薬物に頼っているのではないかとイチャモンを付けられるぐらい、小さな身体から途轍もないパンチを繰り出す期待の超新星であり、いつか人の命を奪いかねない怪物。

 

 基本的に俺への評価は二極化しており、数々の必殺技を大いに評価してくれる人もいれば、何かトリックがあるはずだと疑いの目で見てくる人もいる。

 

 そして、世の中で目立つのは悪評の方だ。正当な評価は目に触れる機会が減り、少しずつ埋もれていく。

 

 ネットではやれインチキだの賄賂を渡してるだの。試合後、会場に姿があれば真っ先に優奈のところへ駆け寄るので、そっち方面で色々言われているのを見た事もあったな。

 

 学校でもヒソヒソと、しかし聞こえる声で「やってるよね」と噂されている。正直鬱陶しいが、実害は皆無なので無視を決め込んでいる。

 

 そんな世間からの評価を聞いても、俺自身はあまり気にしてなかったのだが。同じジムで鎬を削っているボクサーやオーナーはかなりご立腹の様子であった。ちなみに、誰よりも憤慨したのは他でもない優奈だったりする。

 

「文句を言ってる人は、1度ケン先輩のルーティンワークである筋トレを体験してみて欲しいって思ってるよ」

「まず間違いなく死人が出ると思うんだが……」

「別に良いんじゃない? バカは一旦三途の川を見るぐらいで丁度良い」

「穏やかじゃないねぇ」

 

 こうして激しく彼女が腹を立てるぐらい、俺の事を信じてくれてる表れでもあるので、こちらとしては悪い気はしない。

 

 万人を信じる必要はない。そもそも、父親を始めとする人間不信フルコースを体験した俺からすれば、土台無理な話だ。

 

「ま、身の潔白を自分から無理に証明しようとはしない事だな。淡々と勝ち続ければ、そのうち評価は好転していくだろ」

「そうだけどさぁ。誰よりも頑張ってる先輩を知っているからこそ、見当違いな悪評はちょっと許せないんだよね、私は」

「別に許す必要はないと思うぞ。ただ、心の中でバカだなァ、可哀想な頭してるなァと思っときゃ良い。全てに反応していたら、それこそバカ共の思う壺だ。勝てる試合も勝てなくなっちまう」

 

 今の俺を崩さず、ただ勝っていけば良いだけだ。どんな妨害があっても。どんな事を言われても。

 

 誰にも話した事はないが、俺には密かに無敗で世界を取り、そして引退するという目標がある。

 

 目標達成のためにも。何より、優奈に勝っている俺の姿を見せるためにも。有象無象の発する音声に、いちいち反応している暇はないのだ。

 

「なあアンタ。次の試合、負けてくれるなら莫大な金を渡してやっても良いんだが、どうかな?」

「帰れクソ野郎」

「良いのかい? アンタの身辺調査は既に完了している。誰と、どのような関係にあるのか。こちらは全て把握している」

「……で?」

「この儲け話にアンタ乗らなかった場合。誰が、どんな目に遭うのかな? そうだね、例えば……」

 

 アンタと格別仲が良い、病弱な少女とか。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 優奈side

 

 素晴らしい秋晴れだなと、降り注ぐ陽光に目を細めた。

 

 今日は、ケン先輩が出場している全国大会の決勝戦だ。それと同時に、私が現地で先輩を応援できる最後の試合でもある。

 

 最近、寝込んでマトモに動けない日数が増えてきたので、心臓への負担の大きい外出はこれ以降基本的にNGとなる。

 

 何なら、今回の試合観戦は既にグレーゾーンだったりするのだが。担当してくれている主治医の先生を始めとする病院の関係者が、私の気持ちに理解を示してくれてるお陰で、こうして大切な試合への観戦ができる事になった。

 

 私が試合を見に行けるのは最後って事は、当然ケン先輩であったり、ケン先輩が通うジムの人も把握している。そのため、今回に限り私はリングに近い関係者席に座れる。どうやら、ジムを経営するオーナーさんの計らいらしい。

 

「うわあ、こんなに近くで見れるんだね」

 

 車椅子を押してくれている主治医の先生は、普段の座席とは全く違う景色に圧倒されているようだ。まあ、リングが本当に目と鼻の先だもんな。こんな近くで戦う姿を見せられたら、臨場感はとんでもない事になるだろう。

 

「ボクサーの表情まで見えそうなぐらい近いこの席での観戦は、ファンからしたら夢のような場所だよ。私にとっても、それは例外じゃない」

「はは、こんな近くでカッコいいマックくんを見れるんだもんねぇ。そりゃあご機嫌にもなるか」

「うそ、そんな顔に出てる?」

「とっっても分かりやすく。やれやれ、マックくんだけ何で気がつかないのかねぇ……」

 

 鈍感なのもそうだが、前提として愛される人間ではないと強く思い込んでいる事。そして、そもそも愛情を理解できていないのが原因だろう。

 

 実際は全くそんな事ない。私以外にも、友愛といった形で愛している人はいる。特にケン先輩の同僚たちは、ズバ抜けた才能に胡座を一切かかず、努力を決して怠らない姿に惚れ込んでいる人も多い。

 

「仕方ないよなって、先輩の過去を聞いた私は思うかな。それに、さ。聡いケン先輩なら、何かキッカケがあれば、絶対に気がつけると信じてる」

「……そっか。果報は寝て待てって事か」

 

 キッカケとなる出来事の例は、敢えて口にしなかった。

 

 口にすれば、きっと主治医の先生は悲しそうな表情を浮かべるだろうから。

 

「お、マックくんの対戦相手が入場してきたね……って、凄いオーラだな」

 

 先生の言葉の通り、入場してきた決勝戦の相手は、空気が歪んでいるのではないかと錯覚するぐらいに強烈な威圧感を携えていた。

 

 確か、前回大会のチャンピオンである。プロも大いに注目するレベルのボクサーであり、全ての要素において穴がないタイプだ。特定の必殺パンチはないが、全てのパンチが必殺となるだけの技量を持っている。打たれ強さやスタミナも1級品。リーチも長い。フットワークも中々に軽く、素早さまで兼ね備えている。弱点らしい弱点は、全く見当たらない。

 

 強敵だろう。間違いなく。

 

 それでも、彼は勝つ。そう信じてる。

 

「お、ケン先輩の入場だ……って、え?」

 

 先輩が来たと分かって目を輝かせた私は、すぐに眉を顰めた。

 

 明らかにおかしいのだ。ケン先輩が身に纏う空気が。

 

 試合時に見られる、メラメラとした熱い闘志ではない。もっと、冷たくて鋭利で、ドロドロとした物だ。ルールが明確に定められているこの場で必要になるとは思えない、強烈な殺気である。

 

 誰もが息を呑む。ケン先輩が放つ、凶悪な殺気に。威圧感に。

 

 ケン先輩をよく知る私もまた、唖然としていた。

 

 彼がリングインしてからも、異様な空気は崩れない。呼吸をしても、酸素が全く取り込めないのではと錯覚するぐらい、空気が重たいのだ。

 

「おーおー、お通夜みたいな空気だねぇ。ま、仕方ねえ事だろうけど」

 

 そう大きくない声のはずなのに、呑気な調子だからなのか、静まり返った会場にやけに響き渡る。

 

 私の真横に、いつの間にか座っていた男が声を発したのだと気がついたのは、私より先に我に返った先生が男に話しかけてからだった。

 

「ちょ、何で君がここに?!」

「何だよ、来て悪いか? ライバルの成長を見れる、またとないチャンスじゃねーか」

「いや悪くはないけど、人目のある場所に来て大丈夫なのか心配になって。疑いは晴れたとは言え、まだ姿を隠していた方が良いって自分で言ってたろ?」

「まあ、それはそうなんだけどよ」

 

 普段から人とフランクに接する先生が、更に砕けて遠慮のない口調になる当たり、この男とは旧知の仲であるらしい。

 

 それにしてもこの男。明らかにケン先輩の事をライバルだと口にした。

 

 無双状態と言っても過言ではないケン先輩と、対等なライバル関係になれる人物なんて、この世に存在しているのだろうか……いや、待てよ?

 

「もしかして、心臓病で倒れたケン先輩を病院に運んだ……」

「おっと、お嬢ちゃんはもしかして俺の事を知ってるのか? あのボクサーが話したのか、それともこいつが話したのかは分からんが」

 

 ビンゴ。この人は、かつてケン先輩と死闘を演じた格闘家だ。

 

 見方によっては、この人は私とケン先輩が出会うキッカケとなった人物である。しかし、アングラな世界を渡り歩いていた時代の先輩と戦い、ギリギリのところではあるが勝利した、ある種の危険人物とも言えよう。

 

 警戒心を緩めないまま、私は男の事を観察する。

 

 ケン先輩にどこか似ている……いや、より洗練された独特な雰囲気を持っている。敵意は感じられないが、全く隙がない。あり得ない話だが、襲ったらまず確実に返り討ちに合うビジョンだけが脳裏に浮かぶ。

 

 この雰囲気を持つ人間は、もれなく強者だ。世界チャンピオンのボクサーや、スマブラの絶対王者もまた、こんな感じの雰囲気を身に纏っている事を知っていた私だからこそ、短時間で男が只者ではないと判断できた。

 

「……ケン先輩か私に用事? それとも、何か頼まれた?」

 

 ライバルの成長を見れる場だと、この男は最初に言っていた。だが、それ以外の理由がおそらくある。

 

 ただ成長を見るだけなら、試合会場に足を運ぶ必要は全くない。ルールで縛られた先輩が戦っている姿を見ても、この男が満足する物は目にできないだろう。ルール無用で、何者も邪魔に入らない場でない限りは。

 

 ケン先輩に用事があるのか。これも、多分だけど違う。それこそ予定の合う日に、電話なりメールなりでやり取りすれば良いだけだから。

 

 残された線は、私に用事があるのか、それともケン先輩がこの男に何か頼み事をしたのかだ。私は後者であると直感で判断し、男に尋ねた。確信に近い何かを胸に抱いて。

 

「鋭いな。それに利口だ。本当にアイツより年下なのか?」

 

 スウェットを脱ぎ捨て、漆黒の殺意が宿る瞳を顕にした先輩を指差しながら、男が笑う。

 

「お嬢ちゃんの予想通りだ。俺は、アイツに頼まれてここにやって来た。お嬢ちゃんを守るためにな」

「守る? 私を?」

「まあ、本当は他にも守って欲しい人がいると頼まれてるんだが。流石に数が多いから、そっちは別の奴に任せた。今頃、この会場のどこかで目を光らせてるぜ」

 

 先輩から過去に何があったのかを聞かされていたお陰で、何とか話について行けている。多分、施設でお世話になった人たちを守ってくれと頼んだのだろう。私以外でケン先輩が大切にしている人は、施設関連の人しかいない。

 

 何故、この男が会場に来たのかは分かった。ならば、次の疑問を解決させるとしよう。

 

「誹謗中傷されても、大衆から受け入れられなくてもそこまで気にしないケン先輩が、あんなにも分かりやすく殺意を見せるなんて、よっぽどの緊急事態だよね。彼に何があったの?」

「八百長試合をして一儲けしないかって話されたらしい。で、仮に断ったら身内に不幸が起きると脅されたんだってさ」

「ふーん……えっ」

 

 ものすごくサラッと言われたが、言葉の意味を理解した瞬間に脳が理解を拒みそうになった。

 

 八百長試合って、あの八百長試合か。格闘技とは切っても切れない関係があり、多額の金に目が眩んで手を出す残念な奴も多い、あの八百長試合なのか。まだアマチュアなのに。

 

 思わず前回大会の王者の様子を凝視してしまう。まさか、これまでの勝ちは全て金で……と、邪推せずにはいられなかった。

 

「前回王者の実力自体は本物だ。それは間違いない。だが、奴は楽に勝てる方法を知ってしまった。疑われないように実力は磨くが、金さえ払えば絶対王者の座に居座り続けられる事が分かってしまった。更に、自身が勝てば払った以上の金が他所から手に入る構図も完成させてしまった。1度甘い汁を吸ってしまえば、後は堕ちていく一方だと、心のどこかで察せていても」

「……幻滅なんてもんじゃないね、これ」

「ついでに言うと、今回裏で糸を引いてる連中は、少なからず真久野ケンと因縁がある奴らだ。決勝戦のタイミングでわざわざ仕掛けたのは、どうしても栄冠を手にする事が許せないからだろうよ。それに、八百長に乗っても乗らなくても、連中は確実に真久野ケンの身内に手を出す」

「それを先輩は、見抜いてた」

「ああ。表向きは八百長に乗ったような発言をしたらしいが、実際はあの通りさ。怒り狂ってる」

 

 ゾッとするぐらいに冷たい殺意を隠そうともせず、前回王者にぶつけているケン先輩。

 

 彼は、ボクシングに対してもスマブラに対しても、真摯な姿勢で取り組んでいる。こちらが眩しいなと感じてしまうぐらいに。

 

 だが、それだけでは理由として弱い。あそこまで怒り狂うのには、きっと他にも理由があるはずだ。

 

「お嬢ちゃんは、アイツから戦う理由について聞いた事はあるか?」

「……いえ」

「そうか。んー、この場で言っちまって良いのか微妙なとこだが、まあ良いや。アイツはな……」

 

 そのタイミングで、試合開始のゴングが鳴り響いた。

 

 溢れ出る殺意によって作られた一触即発な空気とは裏腹に、両者共にすぐには攻め入らず、サークリングしながら機を伺っている。

 

 互いに全く隙がない。どちらも、飛び込めば返り討ちにしてしまいそうな凄味がある。

 

「そのままの状態で聞いてくれ。アイツが戦う理由はな、笑顔のためだ」

 

 その言葉を最後に、男は黙ってしまった。

 

 時折牽制のジャブを飛ばし合う両者を眺めながら、私は脳を働かせる。

 

 程なくして、理解した。

 

 ケン先輩が、何のために戦っているのかを。

 

 同時に、愚か者たちがとんでもない地雷を全力で踏み抜いた事も。

 

 怖さは、ある。殺意全開の先輩に対して、ほんの少しだけ。

 

 でも、それ以上の多幸感が、私の弱った心臓に早鐘を打たせた。

 

「ケン先輩……」

 

 愛おしい。どうしようもなく、愛おしい。

 

 ああ、もう。こんなにも想われてるんだと分かってしまったら、今日死んでも悔いはないと思えてしまうじゃないか。

 

 前回王者が繰り出す攻撃を、全て身体に触れるより前にパーリングで叩き落とし始めたケン先輩の姿を、瞼の裏にまで焼き付けるようにして見つめる。

 

 貴方の勇姿を。貴方のパンチを。そして、不屈の闘魂を。

 

 どうか、私に見せてくれ。

 

「お前のパンチを見せてやれ、先輩!」




・身内に手を出すと脅す→言わずもがな。例えで優奈の名前を出した時点で怒りはマックス。更に施設関連の人を仄めかした事で完全にキレる

・ボクシングで八百長を持ち掛ける→ボクシング好きな優奈を泣かせる行為

・八百長によって負け試合を強制される→よりによって優奈が見に来れる最後の試合で? ははっ、殺す!

 こんな感じ。思いっきり地雷を踏み抜いてる。

 次回はブチギレて自動ジャスパマシーンと化したマックくんVS前回王者。生きて帰れるかな?
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