異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
寝ても覚めても、ずっと優奈の顔が脳裏に浮かぶ。
そう気がついたのは、全国大会優勝後のエキシビションマッチが始まる直前であった。
このエキシビションマッチは、元は想定していた物ではない。今回のお相手さんから直々に、全国大会優勝後に申し込まれたのだ。
受験がボクシングの実績だけで何とかなりそうで、勉強しなくても大丈夫と分かった矢先のこれである。なるべく優奈との時間を取りたいと考えていたのだが、申し込まれた以上こちらは応えなければである。
全国大会の決勝戦が9月末で、このエキシビションマッチは10月末。1カ月程度の猶予しかなく、体重管理が中々大変であった。
当然、その間もスマブラの技術向上にも努めていたので、控えめに言って死んだ方がマシだったのではと一瞬だけ感じるぐらいシンドかった。愚痴を零す俺に、中途半端は許さない優奈が何度も励ましてくれなければ、途中で投げ出していたかもしれない。
お陰様で肉体はバッチリ仕上がっているし、並行してスマブラ力も順調に高まっている……が、ここ最近は暇さえあれば優奈の事を考えている。
これまでも優奈第一主義だったのに変わりはないが、ちょっと最近の俺は異常な気がするのだ。具体的には、優勝後に優奈と写真を撮ってからである。事あるごとに、彼女の笑顔を想像してしまう。
「腑抜けてる……訳じゃない。熱量は増していく一方だし、そもそも手抜きは俺も優奈も忌み嫌う。けど、うーん」
そう深刻に悩む事じゃないのは分かっている。強くなれてるなら、別に良いじゃないかって意見も分かる。だが、どうも解せないのだ。
寝ても覚めても優奈、優奈、優奈。こんな経験、これまでなかった。
「……取り敢えず、今は目の前の場合に集中するか。エキシビションマッチと題うっているが、負けて良い訳ではないし」
スウェットのフードを目深に被りながら、今回のお相手さんの情報を確認していく。
今回はエキシビションマッチと言う事もあり、対戦相手は俺より階級が上のボクサーである。しかもアマチュアではなくプロ。完全に格上だ。年齢はボクサーにしてはそこそこ行っている方だが、世界戦にも出場したその実力を侮ってはいけない。
そもそも、何で実績のあるプロボクサーがアマチュアの、しかも歴がまだ浅い俺とのエキシビションマッチを申し込んできたのかが謎だが。オーナー曰く、死に場所を探しているのではないかとの事だった。
世間じゃ若い芽を潰すプロボクサーと大批判されているみたいだが、それでもこのエキシビションマッチをオーナーが受けたのには、多分死に場所を与える以外にも何か理由があるのだろう。
オーナーの意図を全て読み取れる訳ではないが、俺なりにこの戦いの意味を考えるのも、今回の課題だったりする。
「しっかしまあ、体重差20kgか。明確に勝ってる部分が素早さぐらいしか見当たらんな……」
パンチ力は五分、または微不利ぐらいだと思っている。耐久力は言うまでもなく不利だ。いくら気合いや根性があっても、耐えられる範囲には限界がある。
考えれば考える程、俺に勝ち目があるのか分からなくなってくる。本当に行けるのかこれ。
ボクシングで考えてもダメだと悟った俺は、自分と対戦相手をスマブラのキャラクターに置き換える事にした。こっちの方が、俺としては考えやすい。
「……見えた」
数分後には、俺の脳裏には勝ち筋となる戦闘パターンがいくつか完成していた。
どれも針の穴に糸を通すような勝ち筋で、あまり成功する確率は高くないと感じている。だが、複数の勝ち筋があるだけまだマシな方だ。
真の詰み対面となる状況は、勝ち筋が完全にない場合のみである。そうでない限り、勝利を諦めてはいけない。あのスマブラFor末期をリトルマックで乗り切った優奈の受け売りである。
……また、優奈か。
全く嫌な気分はしないが、気になりはする。
何なのだろうか、この気持ちは。
胸が苦しい、この感じは。
「いや、全部後回しだな。集中しよう……」
フードの裏地に縫い付けられた、優奈から贈られた言葉を瞼の裏にまで焼き付けながら、深く静かに集中力を高めていく。
控室にオーナーが入ってきた頃には、俺はすっかり超集中状態に突入していた。
身体の隅々まで神経が張り巡らされている感覚。神経の一筋だけであっても、正確に動かせる確信を持てる全能感。そんな自分を、冷静に判断できるだけの落ち着きも失ってはいない。
「マック、準備は……良さそうだな」
俺の顔を見たオーナーは、特に口出しする事なく頷いた。
何も言わずに立ち上がると、俺はオーナーに連れられて試合会場へと向かった。
その途中、独り言のようにオーナーが口を開く。
「マック、お前にはいつも驚かされてばかりだ。これまで様々なボクサーを育ててきたが、お前のようなタイプは初めてだよ。日々成長を止めず、試合の度に大きく進化するボクサーなんてのはな」
会場入りする直前。オーナーは、俺の肩をポンと叩いた。
「ワシは信じている。お前が既に、階級がいくつも上のプロボクサー相手でも負けない強さを持っていると。だから今回、世間から大バッシングされるであろう選択を敢えて取ったんだ」
オーナーの事を、俺は真っ直ぐに見据えた。
彼の瞳に浮かんでいるのは、疑いの感情が欠片もない信頼の眼差し。
応えたい。そう思わされるだけの真っ直ぐさが、確かにあった。
「オーナー。負けない、じゃあない。勝つんだ、絶対に」
勝ち筋がどれだけ細くても、必ず掴んで見せる。俺ならできる。
「行こうぜ。俺たちのパンチを見せてやろう!」
少しだけ目を見開いてから、オーナーは豪快に笑う。
アンタのその笑い方が、俺は好きだ。どんな不安も吹っ飛ばしてくれそうなぐらいに豪快な笑い方が。
「そうだな。度肝を抜かしてやるぞ、マック!」
互いの拳を突き合わせてから、俺たちは会場に入るのだった。
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優奈side
YouTubeのライブ配信をテレビに映し出し、ジッと私は画面を見つめる。もうそろそろ、先輩が入場するはずだ。
対戦相手であるプロボクサーは、既にリングインを済ませている。画面越しでも分かるぐらい仕上がった肉体と強者特有の覇気を感じるが、そちらにはあまり興味が沸かない。
「来た、ケン先輩!」
入場曲〝ランニング・カウントダウン〟と共に会場へ入ってきたケン先輩に、私の視線が一瞬で釘付けになる。相変わらずのカッコ良さだ。
時折フードの影から見える、大胆不敵な笑みがたまらない。
かつての参戦ムービーのように、ジョルトブローで派手にリングインしたケン先輩は、そのままスウェットをバサリと投げ捨てた。
「すっご、完全再現じゃん! 流石先輩だな〜」
初手から大興奮である。iPadを支えるのもシンドい身体である事を忘れてしまうぐらいに。
今回のエキシビションマッチの開催は、批判的な意見が大多数である。理由は体重差とか、アマチュアがプロに勝てる訳ないとか、まあ色々ある。だが、私のように純粋に楽しみにしている人も、確かにいる。
「わあ、並んで立つと、本当に体格差が凄い。ガノンドロフと並び立つリトルマックみたいだなぁ」
スマForではなくSPのガノンとリトマを思い浮かべる情景だ。
お相手のプロボクサーは、それこそガノンドロフみたいにスピードはあまりないが、そこそこのリーチから繰り出す重く破壊力のある一撃を得意としているのもあるだろう。百戦錬磨な点も、ガノンと通ずる物がある。
そんなプロボクサーに、ケン先輩の実力がどこまで通用するか。世間は全く通用しないと考えてる人が多いみたいだが、私はそうは思わない。
あのリトルマックを再現できるケン先輩だ。必ず、何かやってくれる。
『ボックス!』
試合開始のゴングとほぼ同時。ケン先輩は、プロ相手でも全く臆する事なく距離を一気に詰めていく。
プロは特段驚きもせず、冷静にジャブを飛ばそうと腕を伸ばした。
だが、ケン先輩はジャブが被弾する寸前に顔をズラし、そのままクロスカウンターの形でスマッシュストレートを叩き込みに行く。
初手の初手。対戦相手のジャブのスピードに慣れていない状況ながら、いきなり強烈なクロスカウンターを決めたケン先輩は、スマッシュストレートが着弾して怯んだプロに猛ラッシュを仕掛けた。
一呼吸で弱3連を2ループ入れ、ドラゴンフィッシュブローのような形でDA……じゃなくてハンマーパンチを叩き込んだところで、プロがダウンを喫した。
「やった!」
早すぎるプロのダウンに、会場は悲鳴のような声が飛び交う。体重差を鑑みれば、常識的に考えるとまず通用しないはずのパンチである。
だが、彼はケン先輩。リトルマックをリアルの物としてしまった怪物だ。その一撃の破壊力は、重量級相手だろうと全く引けを取らない。
そもそもの話、常識に当てはめながらリトルマックと対戦する事自体が間違ってるのだが。
「お、しっかり8カウント聞いてから立った。案外冷静なのかな。それとも、油断は一切してなかったか」
そうこうしていると、プロが何事もなかったかのように立ち上がった。
最大限ダメージを回復させてから立った辺り、冷静さは全く失ってないようだ。
そして冷静さを失っていないのは、ケン先輩も同じらしい。プロがダウンしてから立ってくるまでの間、パフォーマンスをする事なく乳酸を散らすように腕を振っていた。
異様に盛り上がっている会場とは裏腹に、リングに立つボクサー両名は不気味なぐらい落ち着いている。
試合が再開すると、観客の〝熱〟とボクサーの〝冷たさ〟のギャップの凄まじさが更に浮き彫りになっていく。
最初の激しい攻防が嘘のように、今度はお互いに様子見をする時間が続く。プロは不用意に動けば手痛いカウンターを受けると身を持って体験した訳だし、ケン先輩も下手な事をしたら一瞬で流れを取られると分かっているからだろう。
時折ジャブが飛ぶ以外は、ぱっと見あまり動きがない。しかし、目には見えにくいものの激しい心理戦を繰り広げている。肩や目線のフェイントの応酬をしているのだと分かる人は、あの場にどのくらいいるのだろうか。
かく言う私も、細かい動きまで凝視したくなるケン先輩でなければ分からなかったと思うが。
……ちょっと変態っぽいな。恥ずかしい。
少し熱くなった頬を片手で押さえながら、先輩の事をジッと眺めていると、彼がちょっとずつ肩の力を抜き始めているのが分かった。
緊張が抜けてきている……ではない。あれは、必殺にも成り得る技を放つための予備動作だ。
固唾を呑んで見守る。マトモに決まれば、試合がそれで決まる可能性も秘めた技だ。私の中で期待が高まっていく。
だが、一筋縄ではいかないのが今回の対戦相手だ。
ケン先輩の技は、どれも強烈なインパクトを残す物ばかりなので、真面目なボクサーたちの間では既に手札がバレているだろう。おそらく、先輩と対峙しているプロも例外ではない。
その場からのパンチがギリギリ当たらないところで構え、先輩の動きをジッと観察している。少しでも甘い動きがあれば、すぐさまカウンターを返せるように。
緊張の一瞬の後、先に手を出したのはケン先輩。半歩だけ前に出たとほぼ同時に、腕を伸ばした……と思った時には既にもう引っ込める動作に入っていた。
最速、かつ最大の破壊力を有した左ジャブ。マトモに入れば、これだけでもダウンを奪える代物だが……どうやら寸でのところでプロはガードに成功していたようだ。何事もなかったかのように前進して、一転攻勢に出ようとする。
どれだけ速いジャブでも、ガードされた瞬間に接近されれば少なくない隙を晒す事になる。ケン先輩の左ジャブは、極限まで後隙を削っている事もあり、何とかガードが間に合いそうな感じではあったが。それでも接近を許してしまった。
襲い来る重量級の拳打。スピードはそこそこでも恵まれた体格から繰り出されるパンチの威圧感は凄まじい。故に、回避が一瞬だけ遅れている。
カウンターへ繋げやすいパーリングやスリッピングの使用が多いケン先輩だが、珍しくガードを主体に相手の攻撃を受けている。それもわざわざ、非常に堅い守りとされるクロスアームブロックを使用していた。
クロスアームブロックをしながら普段よりも大きくスタンスを取るケン先輩。体格差がある事を逆に利用して、的を首から上に絞らせているようだが、たまにプロが混ぜてくるボディアッパーへの回避だけ大きく遅れてしまっている。このままでは危ない。
ガード一辺倒ではなく、隙があれば先輩も反撃のパンチを飛ばしているが、プロは中々離れようとしない。ダウンまで奪えずとも、少なくないダメージを与えるつもりのようだ。
「先輩……」
無意識に胸の前で祈るように手を組む。ケン先輩なら、このピンチも必ず乗り切ってくれる事を、神様に祈る。
この短時間で、全ての防御技術を使用している先輩の顔には、確かな疲れの色が見えている。だが、その瞳までは死んじゃいない。
クロスアームブロックを崩すように放たれるボディアッパーをスウェーで躱し、移動先に置かれたワン・ツーも連続ダッキングで回避。距離が少し詰まったところで、お返しとばかりにケン先輩がワン・ツーでプロを押し戻した。
そのまま超インファイトの距離にまで詰め寄ろうとする先輩。だが、そこまで怯んでなかったプロの腕が不意に伸びる。
前進しようとしたところへ刺さる、強烈なカウンターパンチだ。これは躱せない。
ケン先輩の顔面に吸い込まれるようにして放たれた右ストレートに、思わず私は息を呑む。マトモにカウンターパンチを食らったら、流石に効いてしまう。
……そう一瞬でも考えた自分を、私はすぐに恥じた。
確かにパンチは、ケン先輩の顔面部に吸い込まれていった。だが、クリーンヒットはしなかったのだ。ストレートが命中した瞬間、インパクトが伝わる前に首ひねりをした事で。
明らかに食らったように見えたが、首ひねりをした勢いで後ろに傾いた重心を、持ち味である瞬発力を最大限に活かして強い反動に変換し、また大きく前進しながらアッパーを叩き込んだところで、ようやく先輩がノーダメージだと分かった。
攻撃を食らったフリをして反撃する。やっている事は完全にスリッピングカウンターだ。しかし、攻撃の予兆が分かりやすいスマブラならともかく、現実世界でやってのける辺り、本当に人間を辞めている。
打ち終わりで体勢が悪いプロの顎に刺さったのは、スリッピングカウンターと更なる追撃として繰り出されたスマッシュストレート。大きく蹈鞴を踏み、あっという間にロープ際まで後退させられた。
それでもプロは倒れない。ロープの反動を使って前進すると、そのまま張り付けにされる事を避けると同時に、スマッシュストレートを打つ体勢を取った先輩に突っ込んだ。
構わずケン先輩は地面を踏み抜く。強烈なチョッピングライトを打とうとするプロを見ても、一切動じない。
ほとんど同時に、両者の腕が伸びた。
バァン!
テレビ越しで分かる、とんでもない炸裂音が鳴り響く。
半ば走りながら打ったのが功を奏したのか。先にパンチを当てたのは、プロの方であった。
今まさにスマッシュストレートを打とうとしている先輩の顔面を、綺麗に打ち抜いている。
一瞬心臓が止まりそうになる。だが、すぐさま鳴り響いた2度目の轟音が、私の意識を現実世界の方へ戻した。
ズダァン!
一際大きな炸裂音と共に、プロの身体が大きく弾け飛んだ。
「……マジ?」
たった今、目の前で起こった異常事態を、脳が中々理解しようとしない。
何度も見てきたの光景のはずだ。ゲーム内で。
スマブラに参戦するに当たって、何故か強靭な肉体を手に入れたリトルマック。特にスマッシュ攻撃やK.O.アッパーに付与されたスーパーアーマーは、全てをひっくり返す可能性を秘めた固有の特性だ。
どれもこれも、ゲーム内での話である。どんな攻撃でも受け止められるスーパーアーマーなんて物は。
そう、思っていた。
拳を精一杯振り抜くため、身体を前に出した瞬間にチョッピングライトをマトモに受けたにも関わらず。体勢が悪いプロの顔面を、そのままスマッシュストレートでブチ抜いたケン先輩を見るまでは。
今度こそマトモに顔を打ち抜かれたはずのケン先輩は、プロがダウンしたのを見て、何事もないかのようにニュートラルコーナーへ引っ込んだ。大勢に影響するダメージは負っていないらしい。
「いやいやおかしいって! 同体重のボクサーが相手ならギリギリ……いやその時点でも既に何かおかしいけどさ! 今回の相手は20kg差あるんだよね!?」
何で体格差がある人と相打ちして、割と余裕で勝ててしまってるんだよ。
これまでも何度か、打たれながらも全く怯まず打ち返して勝ってしまう場面は見ていたが。今回のはブッチギリでヤバい光景である。
ぶっちゃけ、K.O.アッパーカットよりもとんでもないのではないだろうか。
「……って、そのK.O.アッパーもスマッシュ系統と同じようにアーマーあるのかもしれないのか」
ますます恐ろしい。誰が勝てるんだよ、こんな超性能ボクサー。
プロなんて枠組みで収まる器じゃない。階級でガチガチに縛られた戦場は、彼には窮屈すぎるだろう。
「もしかして、先輩なら行けちゃうのかな。リトルマックと同じ、無差別級に……」
10カウント寸前でプロは何とか立ち上がるも、ファイティングポーズを取れなかった事で勝敗が決し、雄叫びを上げて両腕を天に向かって突き上げるケン先輩を眺めながら。そんな可能性未来について夢想する。
日本人で、何故だか過小評価されがちな軽量級で。それでも無差別級に殴り込み、世界の強豪を捻じ伏せていくケン先輩。うん、無理なく想像できるな。
「新しい夢、か」
無差別級へ挑めるようになるのは、プロテストに合格してからである。
ケン先輩がプロテストを受けられる年齢になる頃には、私は……。
「取り敢えず、そうだな。オーナーさんに意見具申してみようかな?」
今は。今だけは、考えたくない。
この命の終わりがいつなのか、なんて事は。
残酷な現実が、すぐ近くにまで迫ってきていると、頭の中で理解できていたとしても、だ。
マックくん最大の強みは、自分と対戦相手をスマブラキャラに置き換えた上で勝ち筋を探し出せる点にあります。次点でリトルマックを再現できる身体能力と、異様な打たれ強さ。