異世界でもお前のパンチを見せてやれ!   作:Hetzer愛好家

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 ありふれ二次創作と言うか、もはやただの恋愛小説な過去編。描写がいちいち生々しくなりがち。


第4R後編 濡れた黒水晶

「よお、優奈。体調はどうだ?」

「ボチボチ。あまり今日は苦しくないかな」

 

 試合の2日後。俺はいつものように、放課後になってから優奈がいる病院へ足を運んだ。

 

 病状がかなり進行している優奈は、ほんの1カ月前の姿からは考えられないぐらい、常にぐったりしている。トイレに行く時すらも車椅子を利用しなければならないぐらいだ。ほんの少し歩いただけで、派手に息切れしてしまうらしい。

 

 ゲームをする元気もあまりないようで、ここ最近は俺が足を運んでも、取り留めのない雑談ばかりで終わる事が多い。それが嫌という訳では全くなく、ただ優奈と話しているだけでも十分に俺は楽しめているが。

 

 ベッドの縁に腰を下ろすと、優奈がモゾモゾと動いてすぐ近くまで寄ってきた。相変わらずの距離の近さだが、特に気にする事もない。これが、俺たちの間では当たり前の距離感だから。

 

「そうだ、ケン先輩。エキシビションマッチの勝利と、初出場のオフ大会でいきなりベスト8入り、おめでとう!」

「ありがとう。 ……そっちの方も、しっかり確認されてたか。エキシビションマッチは見ての通りだとして、オフ大会の方も随分と頑張ったよ。試合の翌日だったから、過密日程でメンタル的に死にそうだったけどな」

「それでもしっかり成績を残している辺り、先輩はスマブラの才能もピカイチだと思うけどね」

「伝説のスーパー幼女スマブラーに褒められて、俺は感無量だよ」

「その呼び方懐かしいけど結構恥ずかしいから止めて!?」

「ははっ、前向きに検討してから善処するさ」

「絶対に改善しないやつ……!」

 

 優奈が大会に出ていた期間はそこまで長くない。だが、残した爪痕は大きい。未だにこの呼び名を認知しているスマブラーはかなり多いからな。弱キャラに対戦権はないとまで言われたとんでも環境で、リトルマック一筋で大会を勝ち抜いた幼女。そりゃ記憶に残って当然だろう。

 

 どんな形であっても、その人だと1発で分かる呼び名を付けられるのは、正直羨ましかったりする。ボクシング界隈ではそこそこ名が知れ渡ってきたが、スマブラ界隈ではまだまだなもんでね。

 

 一応、オンラインでもスマブラをガチる時間を取っているのもあって、完全に無名って訳でもないが。

 

「そ、そうだ。ケン先輩のスマブラの試合は全部見たけど、ジャスガする率の高さ異常じゃない?」

「まあ、行けそうならなるべくジャスガするようにはしてるけど。そんなに多い?」

「明らかに他の人より多いなと感じてるよ。特に際立ってるのが、攻めが強いキャラ相手に差し返しを狙ってる時。ジャスガが多いからなのか、差し返しの成功率が妙に高く感じたんだよね。だから相手にターンを全く渡さない」

「あー……確かに差し返しの成功率は高いかも」

「あと、ストックを失ってからの粘り強さと不利状況時のK.O.アッパーの当て勘かな、目立ってたのは。キャラの性能上、どうしてもストック先行される事が多いけど、最終的にギリギリまで粘ってK.O.で勝ってる場面があまりにも多かった」

「復帰が弱い分、そもそも外に出されない立ち回りを徹底しているのが大きいのかもなァ。K.O.アッパーは……当たれば勝ちだから、死ぬ気で当てなきゃでしょ」

 

 やはりスマブラの事になると、優奈は普段以上に饒舌になる。達観している部分がある事を知っているだけに、こうやって年相応に興奮しているところを見ると、自然と俺は笑みが溢れてしまう。

 

「強攻撃で相手の飛び込みや飛び道具を打ち消すのも上手いよね、先輩って」

「感覚的にはボクシングのパーリングと似ているから割と得意にしてる。ジャスガの多さも、もしかしたらボクシングが何かしら好影響を与えている結果なのかもしれん」

「十分にあり得る話だね。ボクシングは人読みの競技とも言えるから、それがスマブラにも活きてるかもって考えると面白いな〜」

 

 ボクシングの立ち回りを、そのままスマブラのリトルマックに流用しているのかもしれない。確かに面白い話だ。それによる競技成績の向上の、科学的根拠が仮に証明できたら、全スマブラーが何かしらのスポーツを始めるかもしれないな。

 

 そんな取り留めのない雑談だが、全く途切れる事なくずっと続いていく。雑談に夢中になれば、時間が経つのもあっという間だ。ふと時計を見れば、面会終了の15分前となっていた。

 

「もうこんな時間か。もうちょいしたら、練習場に顔出しをしに行かないとだな……」

 

 何の気もなしに呟いた言葉。だが、今日の優奈は、何故だか俺の言葉に大きく反応を示した。

 

「……なんか、嫌だな。行って欲しくない」

「えっ」

「ケン先輩と、もっと一緒にいたいよ」

 

 言葉の意味を完全には理解できず、俺は中途半端に立ち上がろうとした状態で、思わず声を上げてしまった。

 

 主治医の先生もよく口にしていた事だし、俺自身も感じていた事なのだが、彼女がワガママを言う事はほとんどない。ゼロに限りなく近いと言っても良いぐらいだ。

 

 だからこそ、俺は面食らってしまった。そんな俺に畳み掛けるように、優奈が言葉を紡ぐ。

 

「ダメ、かな。ほんの少し、数分だけでも良いから……ううん、ダメだよね。先輩、練習場に行かないとだもんね。ごめん、やっぱ忘れて」

 

 俺は、すぐには言葉を発せなかった。いつもなら、優奈であろうと「行かないとだから」と言い切れるのだが。今日は、言えなかった。

 

 捨てられた子犬のような、寂しさと悲しさ。そして、そんな中でも俺を気遣う優しさが1つになったような表情を浮かべている優奈を見て。俺は、ベッドに改めて腰を下ろしてからスマホを黙って取り出した。

 

「もしもしオーナー。今日の練習なんだけど、ちょっと遅れて行っても良いかな。 ……うん、ちょっと野暮用。えっ、何でバレてるの? うん、うん……え、良いのか? じゃあ、お言葉に甘えて。うん、ありがとう。ちゃんと基礎練習はやっておく。それじゃあ、また明日」

「先輩……?」

「今日は自主練……という名の休みにしてもらった。ボクシングのエキシビションマッチにスマブラのオフ大会と、立て続けに大舞台に立って疲れが溜まってるだろうからってさ」

「……その、良いの?」

「たまには、良いんじゃないかな。自分で言うのも変な話だけど、最近かなり頑張ってたし。ほんのちょっと休むぐらいなら、バチは当たらないと思う」

 

 練習に行ったとしても、多分今日は軽い基礎練習しかやらせてくれないだろう。なら、自主練でも大して変わりはしない。

 

 自主練だろうと手抜きは一切しない事を、オーナーも理解している。だから、彼の方から自主練にして良いと言ってくれたのだろう。

 

「取り敢えず、面会時間の更なる延長をお願いしないとだな。流石に渋い顔をされる気もするが、まあ、何とかなるだろ……って、優奈?」

 

 急に黙りこくった優奈の方を見ると、彼女はホロホロと涙を流していた。

 

 これにはギョッと目を剥いて驚いてしまい、危うく冷静さを完全に失ってしまう寸前まで行ってしまった。すぐに優奈が首を横に振り、涙を流しながらも微笑んでくれた事で、何とか正気を保てたが。

 

「ちょっと、感情のコントロールが上手くできてないだけだから。悲しいとか、苦しいとか、そんなじゃない。むしろ、凄く嬉しいの。嬉しすぎて、涙が出ちゃうぐらい」

「……嬉しいと、泣くのか」

「人が涙を流すのは、負の感情に呑まれた時だけじゃない。正の感情に呑まれた時もまた、こうやって涙を流すものなんだよ」

「そう、なんだな」

 

 濡れて更に輝きを増した、黒水晶のような瞳に吸い込まれるようにして、優奈の事をジッと見つめる。

 

「な、なに? 急に見つめて、どうしたの?」

「……俺にも分からない。何でだろうな」

 

 何故、ここまで優奈の事を見つめているのか。そして、さっきから増していく一方の胸の高鳴りの正体は何か。無知な俺には、何1つ分からなかった。

 

 ただ、気がつけば。無意識に優奈の頬を濡らす水滴を拭う俺がいた。

 

「あ、すまん。いきなり顔を触っちまって」

「ううん。嫌な気分は全然しないから、大丈夫。 ……ねえ、もっと撫でて欲しい」

「撫でる……って、こんな感じか?」

 

 アングラな世界に足を踏み入れてからは、一切やらなくなったのだが。かつて施設で一緒に暮らす年下の子たちを愛でる時、どんな撫で方をしていたか。それを必死に思い返しながら、優奈の頬と頭を要望通り撫でる。

 

 割とぎこちない動きではあるが、優奈は特に文句を言う事なくされるがままだ。時折、頭を俺の手に擦り付けてくるのでくすぐったい。

 

 良いとも悪いとも口にせず、ただ撫でられ続けている優奈に、俺は堪らず質問する。

 

「なあ、優奈。俺の手から、血の臭いはしないか?」

「? 先輩の匂いしか感じない」

「……そうか」

 

 ならば、良い。時折手櫛を混ぜながら、黙って手を動かし続ける。

 

 優奈が動く度、女子特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。胸の奥がギュッと掴まれているような、そしてムズムズするような感じがどんどん強くなっているが、悪い気はしない。

 

 チラリと時計を見れば、面会終了の時刻から既に15分ぐらい経過していた。その後も適当なタイミングで時計を見ると、まるで時間が切り取られたのかと錯覚するぐらい、スルスル針が進んでいく。

 

「不思議だな。こんなに時間が経つのが早いなんて……」

 

 優奈からの言葉は返ってこない。ただ、俺の耳には、彼女が立てる規則正しい呼吸音が聞こえてきた。

 

 どうやら、いつの間にか眠ってしまったようだ。顔を見ると、穏やかな表情を浮かべている。

 

「優奈ちゃん、検温の時間よ……って、マックくん? もう面会終了時刻はとっくのとうに過ぎてるけど……」

「あ、えっと。これには深い事情がありましてね」

 

 そのタイミングで入ってきた看護婦さんに、俺は盛大に驚きたくなる気持ちを必死に抑えながら、どこから話そうかフル回転で脳を動かして考える。

 

 だが、俺が口を開くよりも先に、看護婦さんが優奈の顔を覗き込んで息を呑んだ。

 

「……こんな穏やかな表情で眠っている優奈ちゃん、凄い久しぶりに見たかも」

 

 改めて優奈の顔を見る。さっきと特に変わらず、穏やかな寝顔のままだ。どこか幸せそうにも見える。

 

「最近の優奈ちゃんね、病状が進行してきているからなのか、上手く眠れてなかったんだ。睡眠薬を飲んだり、気絶するような形で寝れたとしても、ずっと苦しそうな寝顔をしてた」

「そう、だったんですか。すぐに息切れするぐらい体力が落ちてるのに、睡眠の質が下がりに下がっている状態って、最悪のコンディションじゃないか……」

「でも、マックくんはそんな優奈ちゃんを、薬も何も使わずに安眠へと導いた。一体どうやったの?」

「え、と……面会終了時刻ギリギリのタイミングで、まだ帰って欲しくないと優奈に言われて。その後、彼女の頼みでずっと頭を撫でてました。多分、30分ぐらいぶっ続けで」

「なーるほど、そういう事か。ちなみに、ルール的にダメだと分かっていても残っていた理由は?」

「優奈のワガママなら、何だかんだ文句を言われても最終的には通るんじゃないかと思って」

「素直に白状したね。まあ、確かに彼女のワガママを通さないとは言えないけど……」

 

 激甘だもんな、優奈に。

 

 分かっていて実行する俺も、中々に邪悪だと思うが。まあ、こっぴどく叱られるみたいな事はなさそうで良かった。

 

 ただ、これ以上の滞在は流石に怒られるだろう。そう考えて、俺はベッドの縁から立ち上がった。

 

「じゃ、そろそろ帰ります。お騒がせしました」

「あ、ちょっと待って。帰る前に、先生のところに寄ってくれる? 今日の出来事を話してから帰って頂戴」

「……うっす。そのぐらいなら」

 

 今後の治療の参考にしたいのだろう。一瞬だけ面倒くさいと感じたが、すぐに思い直して了承した。

 

 最後に優奈の頭を軽く撫でてから、俺は看護婦さんにペコリとお辞儀をして病室から出た。

 

「ケン、先輩……」

「! ……寝言、か」

 

 部屋を出る直前に聞こえた優奈の寝言が、やけに長い時間耳に残るのだった。




 過去編の山場はもうすぐそこです。第1R前編時点で、8月中頃。夏祭り(8月末)を挟み、全国大会の決勝が9月の末。そしてエキシビションマッチがその1ヶ月後の10月末です。今回はそこから2日後なので、もう11月に入った頃合いですね。

……本編の描写を覚えていらっしゃる方なら、何となく分かるのではないでしょうか。
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