異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
それにしてもタイトルが不穏すぎる()
中学3年生の11月半ば。多くの人が、高校受験に向けてギアを更に上げていく時期である。進学校への入学を希望する人は、既に多すぎるぐらいの勉強量を、ダメ押しとばかりに追加していって、やがて鬱病を発症しやすくなる時期でもある。良くも悪くも、様々な面で変化が起こりやすい時期と言えるだろう。
早々に受験が何とかなる事が確定した俺も、それは例外ではなかった。
優奈のワガママを受け、俺は主治医の先生から1つ頼み事をされたのだ。
「来れる日だけで良いから、優奈ちゃんが穏やかに入眠できるまでの間は病室に滞在して欲しい」
この言葉を最初に聞いた時、失礼ながら俺は、先生が正気を失ったのではないかと一瞬考えてしまった。
病院として。そして医者として。その判断は、本当に大丈夫なのかと、俺は何度も聞いた。あまり言いたくはなかったが、1個人を優遇しすぎではないかとも。
俺の指摘に思うところはあったのか、少しだけ苦い表情を先生は浮かべていた。だが、すぐに大丈夫だと言い切った。
「僕はね。担当する患者に関しては、病院の運営が限界ギリギリまで厳しくならない限りは、絶対にワガママを聞くって決めてるんだ。たとえ、医者として大いに間違ってると、何度も指摘されようとも。これは、曲げようのない僕のポリシーなんだよ。どうしても曲げろって言われたら、この病院を即座に出ていくだろうね」
先生の瞳には、揺るぎない信念の光が宿っていた。そんな光に、俺は絆されてしまったのである。
オーナーと相談し、練習時間を当面の間は通常よりも遅い時間にしてもらった上で、俺は先生からの頼み事を聞き入れる事にした。
ぶっちゃけると、俺にはそこまでデメリットがない頼み事ではあった。デメリットは帰るのが遅くなるぐらいで、それ以外は基本的に俺にとってプラスに働く。まあ、だからこそ、心配になったとも言える。無茶しすぎではないか? と思ったのだ。
主治医の先生と、その他の病院関係者からも大丈夫だと言われたら、もうそれを信じるしかない。
俺自身、日々体調が悪化していく優奈に対して、何かしてあげられたらと考えていたところではある。俺の存在が、優奈の心の支えとなるなら。そして、体調の悪化を少しでも遅らせる事ができるなら。俺は、法外の事以外であれば何だってできるだろう。
昏眠状態が少しずつ増えてきた事もあり、病院へ行く予定がドタキャンになる事もちょくちょくあるのだが、そうでない限りは必ず足を運ぶようにしている。授業が全て終わった瞬間に速効帰宅するため、学校内でのコミュニケーションを益々取らなくなり、以前と比べてあからさまに腫れ物のように扱われるようになったが。まあ、正直あまり気にしていない。慣れっこだからな。
学校の人間なんざ、大して関わらなくても生きていける。俺には、優奈とジムの仲間と、そして家族同然の施設の人たちがいる。学校だけが、俺の生きる世界ではないという事だ。
「……おっ、美味そうな饅頭だな。買ってくか」
今日も変わらず、俺は優奈への手土産を買ってから、病院へと向かった。
一定の周期で、ほぼ同じぐらいの時間に病院へ足を運ぶ。使う道も全く変えない。人けのない道も、近道だからと特に気にせず利用する。別にそこまで変な事ではない。普通に生活している人からすれば、気にする必要のない些事である。
もはや呪いなのではないか。そう思うぐらい厄介な因縁と結ばれたままの俺にとっては、ちょっと迂闊すぎたと猛省しなければならないのだが。
「やっと、見つけたぁ」
病院への近道である、人気の少ない小路に足を踏み入れた瞬間、俺の背後からそんな言葉が飛んできた。
聞き覚えのある声。そう認識した俺は、瞬時に半身となって後ろを見る。
「テメエら、ドブカス共か……」
声の主を見た俺の第一声はこれだ。我ながら口が悪すぎるとは思うが、仕方のない事だろうと自身を納得させる。
片方は勝手に野垂れ死んだと結論づけていたし、もう片方は檻の中にいると考えていたのだが。どうやら、どちらもしぶとくまだシャバで生きていたらしい。
手にナイフを持つ俺の父親と、その背後からニタニタと意地汚い笑みを浮かべてるハリボテチャンピオン。そいつらをまとめて呼称するには、この言葉がピッタリであろう。
「今更何用だ……って、聞くまでもないか。テメエらどちらも、俺にぶん殴られた事で人生が崩壊した者同士だもんなァ」
父は、まだ小学生だった俺にボコボコにされた事で、家から逃げ出して行方知らずとなった。その後どうやって生活していたのかは知らないが、身なりがホームレスのそれである事を鑑みるに、マトモな生活はできてなかったのだろう。
元からマトモに生活できるような人間ではなかったが、俺をサンドバッグにする事で何とかなっていた部分はおそらくある。だが、そのサンドバッグにボコボコにされた。何なら殺されかけた。精神的にぶっ壊れていてもおかしくはない。
金と法外の暴力で八百長試合を作り、名誉と地位を手にしたハリボテチャンピオンは……直近の話だから語る事はあまりない。警察に連れて行かれたって話を聞いてからは、どうしているか全く知らなかったが。まあ、少年院辺りから上手い事やって脱走してきたのだろう。それか、怪我が治るまで警察が管理する病院に入院していたところを、俺への復讐心だけで抜け出してきたか、だ。
「ベタベタな話ではあるがな。俺はお前が、のうのうと生きているのがどうしても許せねえんだよ、現チャンピオン」
「そうかい、ハリボテチャンピオン。随分と可哀想な思考回路をお持ちのようで、もはや笑えてくるぜ。で、わざわざドブカスを引き連れてるのは?」
「1人でお前を殺すのは骨が折れると思ったんでね。身辺調査をした時の情報を使わせてもらった。そしたら、少し金を恵んでやれば協力してくれそうな奴が丁度良くいたもんでねぇ。薬漬け酒漬けで、正常な判断力は残っちゃいないがな。お前への殺意だけは、何年も何年も忘れずにいたらしくてよぉ」
奴の言う通り、本当にベタベタな話だ。つまらない三文小説より笑えないぐらいに。
だが、違和感を覚える。
俺を殺したいのは間違いないだろう。復讐が目的なのも、間違いない。
ならば、わざわざこんなドブカスを拾うのではなく、沢山いるであろう取り巻きを引き連れてきた方が良かったのではないだろうか。
動き出そうとするドブカスを視線で牽制しながら、高速で思考を回す。このハリボテチャンピオンが、俺を絶望の淵へ叩き落とすためにやりそうな事を、次々と脳裏に浮かべていく。
……1つの可能性に、俺は至った。
それを悟られぬよう、俺は表情筋を固めたまま1歩、2歩と後退する。
「っ! 殺すぅ!」
それを合図に、ドブカスが理性のない獣のように突っ込んできた。少し遅れて、ハリボテチャンピオンもこちらに向かってくる。ドブカスの背に隠れて。
ルール無用の殺し合いと仮定するならば、ハリボテチャンピオンがわざわざ接近戦を挑んでくるとは思わない。何なら、接近戦は勝ち目がない事を誰よりも理解しているはずだ。
ならば、奴が狙っているのは……。
「左右に回避する俺、か」
ナイフを突き立てるべく、更に大きく踏み込んだドブカスに合わせ、俺は荷物を投げ捨てながら、体勢を低くした状態で滑るように大きく後退した。
それによって目測が狂ったようで、無理にナイフを突き出すも、俺の眼前で刃先が止まる。相当に勢いを乗せていたのもあって、ドブカスの体勢はかなり悪い。今にも前に倒れ込みそうだ。
すかさず俺は右足で跳躍。階段でも登るかのように、ドブカスの肩に左足を乗せると、そのまま強烈に蹴り込んで斜め前へ飛び出した。
意外と近くまでハリボテチャンピオンが来てくれていたのが功を奏したのと、左右の動きに集中していたのか、立体的な動きへの対応がほんの僅かだが遅れたのもあり、俺は奴が拳銃を撃つよりも早く横を通り抜け、背後へ降り立つ事ができた。
すぐさま方向転換すれば、慌てて照準を合わせるハリボテチャンピオンの姿が目に映る。
迷う事なく前に出た。銃口はブレブレ。殺気もダダ漏れ。拳銃持ちを相手取るにはかなり近距離になる……が、これは躱せる!
バァン!
「見えたっ!」
「何だとぉ!?」
凶弾は、霧足で体軸をズラした俺の頬を掠めて後方へ消えていった。
頬に灼熱感を覚えながらも、低い体勢のままスピードを落とさず前に出る。尚も発砲しようとしているが、動揺している状態で2発目は間に合わない!
拳銃で両手が塞がっていては、拳打のガードを完璧に行う事は難しい。一瞬で懐へ入り込むと、俺は中途半端に顎を隠そうとする腕を、右のショートアッパーで弾き飛ばしながら、そのまま顎に命中させた。
「ぐ、あっ」
この前の試合でのダメージは、未だ完全には抜けていなかったようだ。1発で大きく蹌踉めいた。
すかさず〝雷神拳〟を繰り出し、再度顎を強くぶん殴って意識を刈り取ると、倒れゆくハリボテチャンピオンを一瞥する事もなく脇を通り抜けてドブカスの方へ向かう。
今度は奇声を発しながら、近寄らせまいとナイフをやたらめったらに振り回すドブカス。その瞳に色濃く浮かび上がるのは、底なしの恐怖心。
振り回せば、確かに近寄りにくくはなるが。しかし、カバーする事が難しい場所が1つある。それは、膝より下だ。
俺には、一瞬で膝下まで深く踏み込むステップがある。こんなナイフを回避するような使い方は想定してなかったが、まあ使えるなら使っておくべきだろう。
多少斬られる事は覚悟の上で、俺は膝を深く曲げて体勢を一気に低くしながら前へ踏み込んだ。
めちゃくちゃに振られるナイフが、俺の背中を何度か薄く切るが、臆する事なく超至近距離まで潜り込むと、低い体勢のまま左拳でフックカットを繰り出す。
あたかもリトルマックの下スマのような動きで放たれた一撃は、容赦なくドブカスの脛を打ち砕いた。
受け身も取れず地面に叩きつけられたドブカスの手から離れたナイフを、俺は遠くに蹴り飛ばす。
「キイッ――」
「黙っとけ、もう」
それでも暴れようとする元気はあったドブカスの顔面を思いっきり踏み抜いて無力化すると、急いで多方面に電話をかけながら走り出す。
杞憂で終わるならそれで良い。と言うか、杞憂で終わってくれと願っている。
……そうは行かないんだろうな。悲しいけど。
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優奈side
いつもなら閑散としている病院内が、今日は何故か途轍もなく騒々しかった。
病院内もだが、病院の外も何だか騒がしい。何があったのだろうか。
誰かの手を借りなければ移動すらままならないので、この足で様子を伺いに行く事ができないのが、今は腹立たしい。
バタンッ!
「優奈ちゃん!」
「えっ、先生?」
扉を壊すのではと思うぐらいの勢いで開け放ち、病室に入ってきた主治医。声の調子からも分かるが、今までにないぐらい焦ってる。
「急いで屋上に避難するよ! さあ早く!」
「ちょ、何があったのか説明して欲しいんだけど!?」
車椅子にやや苦労しながら乗り込んだのを確認した主治医は、早足で病室から出てエレベーターに向かった。
私以外の入院患者も、皆慌てた様子で屋上を目指し移動している。それをサポートする病院関係者の顔には、主治医と同じよに極度の焦りの表情が浮かんでいた。
「先生、一体何が……」
「外に凶器を持った不審者が複数名いるんだ。出入り口を封鎖して今は何とか持ち堪えてるけど、それもいつまで持つか分からない。だから、ひとまず患者様を優先的に避難させようと思ってね」
「凶器、不審者……? いや待って、何でそんな物騒な連中が!?」
「マックくん絡みだ。彼からついさっき緊急事態って連絡が来て、その数分後に不審者たちがやって来た。本当にギリギリのところだったよ。もう少し連絡が遅かったら、既に不審者たちはこの病院内を闊歩していたかもしれない」
かなり端折った説明ではあるが、取り敢えず何があったのかは理解でき……いや、理解できるかこんなの。あまりにも非現実的すぎる。
だが、今は事実として受け止めなければならないな。現実逃避する時間はなさそうだ。
「警察は?」
「呼んだ……けど、到着まで15分ぐらいかかるっぽい」
「……決勝戦の時、私たちを守ってくれたあの格闘家は、呼べないの?」
「彼は、マックくんが暮らす児童養護施設の方に向かっている。あっちにも、不審者が複数名現れたってさっきメールが届いた」
マジか。完全にケン先輩が大切にしている人を全力で狩りにきている。
施設の方は、あの格闘家がいるなら何とかなるだろう。だが、この病院はどうだ。出入り口を塞いでいるとは言え、相手は凶器を持っている。いつ突破されるか分からない。
「先輩は」
「こっちに向かってる……けど、電話している最中に発砲音が聞こえた。多分、マックくんがここに来るまでの時間を遅らせるための邪魔者が、無数に設置されてる可能性がある」
「そんな、ケン先輩……」
まず、無事に辿り着けるかどうかも分からないって事だ。ほぼ詰みと言っても良いのではないだろうか、この状況。
出入り口が壊される前に警察が到着するとか、不審者たちが病院内に突入したは良いものの避難した私たちを見つけるのに時間がかかるとか。一応、全員が助かる可能性が残されていない訳ではない……が、相当厳しい運ゲーになるだろう。
こんな事なら、車椅子に武装でも施しておくべきだったか。そんなボケた事を考えてしまうぐらい、私は絶望した。
元より死が近いこの身体だが、病ではなく人に殺される事なんて望んでいない。何なら、ただ殺されるだけで済まないと分かってるのもあって、余計に絶望感が深くなっている。
好きな人の腕の中で、眠るように息を引き取りたいなんてバカな願いを持っている私だが。それすらも許されないのか。
無意識に俯く。そうする事で零れ落ちそうになる、目尻に溜まった雫。
重力に逆らう事なく、ホロリと落ちそうになった。まさにその瞬間である。
「泣くな、小娘」
声に反応して、私は無意識にピンと背筋を伸ばしてしまった。そうさせる圧とか、言葉の強さと言うのか。とにかく、身体が勝手に動いてしまった。
顔を上げると、いつの間にか私の目の前に男が立っていた。顔に刻まれたシワの深さや、色素の抜けた量の少ない髪の毛から、かなりの高齢者だというのが分かる。
しかし、身に纏う空気は異様の一言に尽きる。まるでケン先輩……いや、それ以上に洗練された覇気だ。あの格闘家と似た物を感じる。明らかにただ者ではない。
「誰、ですか」
「儂の素性など何でも良かろう。敢えて言うならば、単なる老い先短いジジイじゃ。そんな事よりも、痴れ者を如何にして食い止めるかの方が先決じゃろう」
まあ、確かにそうだが。しかし、奴らは凶器を持ってる。しかも聞いた感じだと、拳銃辺りを装備している。丸腰の人間が、強力な飛び道具を持つ下手人を相手に時間稼ぎをするなど、とてもではないが現実的ではない。
それこそ、ケン先輩のような真正の怪物でなければ、土台無理な話で……いや待てよ。
さっき私は、この老人についてどのように評した?
「……自信の程は」
「さあ。何せこの老体。どこまで動くか分からぬ」
「身体が動けば、余程のイレギュラーがなければ負けない。違いますか?」
「クハッ、面白い事を言う。少ない言の葉から、そこまで読み取るか。気に入ったわ、小娘」
獰猛な。しかしどこか安心感のある笑みを浮かべた男は、迷いのない足取りで屋上の出入り口となっている戸に手をかけた。
「本来ならば、あの時消えるはずだったこの命じゃが。大恩を受け、今こうして立っておる。ならば恩を返すべく、この命をどこまでも燃やしてみせよう」
そう言って、老人は風のように姿を消した。
呆然とその後ろ姿を見送ってから、私は主治医に尋ねる。あの老人を知っているか、と。
「1年前、活火山の火口付近で倒れていたところを奇跡的に救助されて、ウチに搬送されてきた人なのは知ってるけど……素性までは分からない。何を聞いても話してくれないからさ。担当が確か院長だったから、彼なら何か知ってるかもだけど……」
「教えてはくれない、か」
「まあ、患者様の個人情報を無意味に詮索する訳にも行かないしね。担当でないなら尚更だ」
それもそうか。しかし、あの格闘家と同等か、下手したらそれ以上の覇気を身に纏う男である。興味は尽きない。
素性が一切分からないという不安要素はある。だが、心強いには違いない。もしかしたら、何とかなるかもしれないと言う希望が、少しずつではあるが湧いてきた。
「ケン先輩……」
あとは、祈るだけだ。
最愛の人の顔を、再び目にできますように、と。
刃牙というか、ヒューマンバグ大学レベルの治安の悪さです。てか、主人公の運の悪さも異様。どこぞの赤髪元ヤンみたいに、マックくんは戦い続ける運命にあるのかもしれません。
描いてて思ったけど、1つでも運命の歯車が狂っていたら、マックくんはメンタルブレイク→自身の正義にのみ従う殺し屋と化してもおかしくないなって。施設の人たち、紅蓮の格闘家、そして優奈ちゃん。1つでも欠けていたらと思うと……。