異世界でもお前のパンチを見せてやれ!   作:Hetzer愛好家

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 何にでもなるでしょう、彼なら。


第5R中編 君の笑顔のためなら

「チッ、無駄に数が多い……!」

 

 もう、何人この手で打ち倒しただろうか。

 

 病院まで近道となるはずのこの道が、今日は途轍もなく長く感じる。病院まで、気が遠くなるぐらい離れている気がしてならない。

 

 相手は必ず凶器を持っており、中には拳銃を使う者も相当数いる。勝てない訳ではないが、刃物や鈍器の時以上に集中しなければならないので、戦闘の回数が重なる度に俺のメンタルは大きく削られている。叶う事なら、少しだけ休みたいとすら考えたぐらいだ。

 

 俺を殺す事に執着するのではなく、足止めを優先して戦闘してくるせいで、無駄に戦闘時間が長引くのも悩みどころである。だからと言って、無視すれば背後から襲われて終わる。実に面倒くさい。

 

 台有りでガン逃げする飛び道具キャラと連戦しているような物だ。とにかく急がなければならないこの状況においては、尋常じゃないぐらいイライラする。

 

 そのせいで、無駄な被弾が増えてきているのも事実である。小回りの利くナイフであったり、拳銃による攻撃を完全には躱し切れていない。所々出血している。今は浅い傷しか負っていないが、緊張の糸が切れた瞬間に重大なダメージを負うだろう。

 

「死ね!」

「退けクソ野郎がっ」

 

バァン!

 

 また現れた拳銃持ち。前進を止めず、撃つ瞬間の目線と殺気を読んで、皮一枚で何とか躱す。頬がまた銃弾によって切れたが、命には届かないと心に言い聞かせる。

 

 すぐに2発目を撃とうとするが、前に出ながら回避した事でそれよりも早く拳の制空権内に入った。

 

 ならばと取り出したナイフによる刺突は、刃物を持つ手を強めのパーリングで弾き飛ばして無力化。小さくない隙を作り出し、ワン・ツーパンチで鼻っ柱を殴り抜いてブッ飛ばした。

 

 鼻から出血するも、何とか倒れずに踏み止まった奴にダメ押しの頭突きを叩き込んで意識を奪うと、一息だけつく。

 

 ようやく病院が見えてきた。この小路を抜ければ、あとは大通りを行くだけである。ほんの少しだけ、肩の力を抜きそうになってしまった。

 

 が、すぐに思考を切り替える。辿り着いたらゴールではなく、むしろ真のスタートと言えるからだ。今、ゴールはもうすぐだと肩の力を抜いたら、2度と気持ちの切り替えをできなくなる。

 

「……!」

「うっ、奇襲を読んだのか!?」

 

 そう思い直した事で、俺の気配読みは途切れずに済んだ。僅かな足音と金属音を察知した瞬間に大きく前へ出れば、背後から忍び寄っていた奴が繰り出した斬撃が空を切る。

 

 更に前からも1人、日本刀を持った野郎が現れた。チラリと後ろを見れば、奇襲を仕掛けた下手人も日本刀を持っている。ここにきて、リーチの長い武器持ちが襲撃してきたか。それも2人同時に。

 

 仕留められたらラッキー。仕留められなくても、長めにこの場に張り付けて消耗させればオールオッケー。そんな目的が透けて見えるような位置取りをする剣士たち。俺を囲い、グルグル周りながら様子を伺っている。

 

 下手にこちらから仕掛ければ、あっという間に斬り刻まれるだろう。かと言って、この場に留まり続ければ奴らの思う壺。全く動かない訳にもいかない。

 

「「疾っ!」」

 

 少ししてから、剣士たちは同時に動き出した。ほんの僅かタイミングをズラして、左右から襲い来る。

 

 俺はある程度引き付けてからバックステップを踏むと、一瞬だけ2人の剣士を視界に映してから回避行動を始めた。

 

 まずは右から来る袈裟。これは難なく外す。

 

 それを回避した先に置かれた左側からの突きは、日本刀の腹の部分を思いっきり裏拳で殴る事で切っ先をズラして躱す。軽く手の甲が切れたが、まだ軽傷だ。問題ない。

 

 休む間もなく右側から面が飛ぶも、ダッキングをしながら半回転して身体の向きを変え、また2人を同時に視界に映す。

 

 180度向きが変わった事で、今度は右側から突きを弾かれた剣士が逆袈裟を打ち込んできた。これを俺は、日本刀が振り下ろされるよりも早く懐に潜り込んで無力化し、一呼吸で顔面に3発フックを入れてから離脱。その勢いで、背後から延髄を斬ろうと迫ってきた剣士にも肉迫し、刀の根元を掴む事で押さえてから、頭蓋を割らんばかりの強烈な頭突きを叩き込んだ。

 

 俺は体勢を低くしながら、頭突きを受けて大きく怯んだ剣士の背後に回った。そうすれば、また後ろから斬ろうとしていた剣士に対する即席の肉壁となる。

 

 流石に仲間ごと叩き斬るだけの度胸はないようで、踏み込みを止めてしまった剣士。バカめ。

 

「ジェッ!」

 

 立ち上がりながら右フック……〝魔神拳〟を繰り出す。ボクシングで使うには難しい技なので、ちょっと久しぶりにやってみたが、意外と身体は覚えてる物だ。あの頃と変わらず、キッチリ骨盤を打ち砕いた。

 

 当然、骨盤を砕かれたら立ってはいられない。糸の切れた人形のように、カクリと剣士は崩れ落ちた。すかさず後頭部を軽く蹴って地面に押し倒す。

 

「くっ、とんでもない強さだな。何が、そこまでお前を強くする……!」

「……守りたい笑顔がある。だから、強くなった。それだけだ」

「っ、ならその笑顔諸共、俺が斬ってやる!」

 

 そう言って刀を鞘に納めたもう1人の剣士は、腰を低く落として居合の態勢を取る。

 

 構えが随分と堂に入っている事から、この剣士は斬り合いよりも居合による一撃必殺の方を得意としているのかもしれない。

 

 奇しくも、カウンター型の俺と同類である。

 

……だからこそ、どのように打ち崩せば良いのか。それを人一倍知っている!

 

「これ、どうぞ」

 

 倒れている剣士から日本刀と鞘を奪い、それぞれ投げつけてから俺はスタートを切った。

 

 日本刀は軌道が逸れて構えを取る剣士の横に落ちてしまったが、鞘は回転しながら真っ直ぐ顔面に向かっていく。殺傷力はそこまで高くないとは言え、マトモに受けるのは憚られるのだろう。鞘の不規則な回転を見切り、額で鞘を受け止めた。

 

 その時点で、俺は拳の間合いまであと1歩ぐらいのところにいた。すなわち、日本刀の間合いである。

 

「カアッ!」

 

 迸る銀閃。切っ先を目で追う事は不可能だろう。そのぐらい、速く鋭い。

 

 だが、居合いには分かりやすく初動が現れる部位がある。それは肩だ。

 

 初動。そして俺のどこを狙っているのか。それさえ分かっていれば、容易ではないがタイミングを合わせて躱す事はできる。

 

 とは言え、ヤマカンで予め回避を行わなければ、完璧に外す事は難しい。カウンターに対するカウンターは、綺麗な形で終わらせられる事の方が稀だ。

 

 初動を見た瞬間、俺は膝の力を限界まで抜いて、あたかも落下でもしたかのように一気に体勢を低くした。

 

 完璧には躱し切れず、刀の切っ先が俺のこめかみ付近をビッと斬り裂いた。灼熱感と、少しだけ遅れてズキズキと痛み出す。

 

「それが、どうした!」

 

 だが、命までは届いていない。俺はまだ生きている。

 

 そして、剣士の体勢は最悪レベルに崩れている。居合い後の隙は、あまりにも大きい。

 

 バネのように跳ね上がり、〝風神拳〟と打ち下ろしの左を一呼吸で叩き込んだ。

 

 居合いのようなカウンター攻撃は、本来であれば攻撃が返される事を想定しない痛烈な一撃である。だからこそ、それをカウンターできた時のダメージもまた深い。

 

「く、が……」

 

 たった2発。だが、意識外かつ想定外の2発だ。意識を断ち切るには十分すぎた。

 

 ガクリと崩れ落ちた剣士の横をすり抜け、俺は周囲への殺気読みを止めないまま先へ進んだ。

 

 幸い、小路に更なる邪魔者が現れる事はなく、襲撃の可能性が限りなく低いであろう大通りへ一気に辿り着いた。

 

 病院まであと少し。気が緩みそうになるのを必死に抑えながら、スタートダッシュを切る。走れば数分もないうちに着くだろう。

 

 遠くからは、パトカーのけたたましいサイレンの音が聞こえる。制圧のための部隊も来てくれているだろうが、包囲されていると分かった下手人たちがどんな動きをするか予測できない。俺は、普通のダッシュ姿勢からリトルマックのような超前傾姿勢に切り替え、足の回転数を劇的に上げていった。1秒でも早く、病院に辿り着かなければ。

 

「……!」

 

 病院の敷地内に足を踏み入れたところで、俺は剣呑に目を細める。

 

 破壊された正面玄関に、見張りとして残っているであろう下手人を発見したからだ。

 

 もはや一刻の猶予もない。俺は逃げも隠れる事もせず、真正面からの突破を試みる。

 

 当然、俺の姿は早いうちに捕捉され、見張りの男は嘲笑を浮かべながら拳銃を構える。まだ距離が離れてるため、拳銃を持つ男が圧倒的有利な状況だ。馬鹿だなと蔑みたくもなるだろう。

 

 機械的に、淡々と俺の事を狙えば良いのにな。そうすりゃ、随分と当てやすくなるのに。

 

「死ねや!」

 

 銃口と男の纏う殺気を凝視しながら、スピードを一切落とさないで突っ込む。

 

バァン!

 

 発砲した瞬間に、僅かに右へ体軸をズラして躱す。

 

バァン! バァン!

 

 銃口がブレブレ。回避行動を取る必要はない。弾丸は遥か後方へ飛んでいった。その間に大きく距離を詰める。

 

 バァン!

 

 今度は左へ軸をズラして躱した。発砲した瞬間を狙って動いているため、どちらに動くか仮に読まれても関係ない。

 

 奴さん、ここにきて苦しげな表情を浮かべたな。流石に焦ってきたか。

 

バァン!

 

 ハズレ。弾はあらぬ方向に飛んでいった。

 

バァン!

 

 またハズレ。俺の手前で弾丸は落ちた。跳弾が俺の横を通り抜ける。少しだけ頭を上げた。

 

バァン! ガチッガチッ

 

 上がった頭部を狙った凶弾を、再度低くする事で躱す。最初から頭を狙わせるつもりだったので、タイミングさえ分かっていれば回避するのは容易である。

 

 さて、もう弾切れらしいな。慌てて弾を再装填しようとしているが、楽しそうに奴さんが発砲している間に距離をかなり詰めた。もう、俺が得意とする間合いだ。

 

「クソッ!」

 

 それに気がつき、近接戦闘用のナイフを抜こうとしても、もう遅い。

 

 ダッシュで生まれた加速のエネルギーを拳に乗せ、オーバーハンドブローで殴ってやれば、男は1発で地面へ叩きつけられた。

 

 後頭部を強く打ったようで、足が震えて立ち上がれない男を一瞥する事なく、俺は病院内へ突入する。

 

 僅かな人の声と、喧しいと感じる発砲音が上から聞こえてくる事から、下手人は上の階にいるらしい。

 

「はあ、はあ、ふう……」

 

 これ以上呼吸が荒れないようにコントロールしながら、病院の階段を登っていく。連戦に次ぐ連戦で、流石にスタミナが切れてきたのだと分かる足の重だるさを感じるが、そっちは無視だ。気にしている余裕はない。

 

 それよりも、どこに下手人がいるのかを考えるべきだろう。

 

 5階建ての病院で、入院患者が生活しているのは2階から4階である。だが、この状況で病室に留まってるとは考えにくい。俺の連絡からすぐに、どこかへ避難していると考える方が賢明だ。

 

 受付や診察室がある1階はもぬけの殻だった。当たり前だろう。下手人が侵入した際、真っ先に探索するであろう1階に避難、あるいは隠れる事はリスクが高すぎる。そうなれば、5階の屋上以外に避難できる場所はない。

 

 俺が主治医の先生連絡を入れてから、ここに辿り着くまで使った時間は10分少々である。下手人が病院内に侵入したのがいつ頃かは分からないが、もぬけの殻となっている生活スペースを全て探し終えるぐらいの時間はあるだろう。

 

 取り敢えず、屋上へ足を運ぶべきか。そう思い、4階に到達したところで、俺は一際大きい発砲音を耳にした。

 

「っ、近い!?」

 

 考え事に意識を回しすぎて今まで気がつかなかったが、随分と近くから無数の人の声も聞こえる。耳を劈く発砲音もだ。相当に近い。

 

 屋上へ繋がる階段は、俺が登ってきた東階段とは反対側にある。何にせよ、4階の西側まで向かわなければならないのだが。明らかにこの階層で戦闘が起こっている事に、俺は疑問を抱いた。

 

「誰だ……?」

 

 尋常ではない数の発砲音と、悲鳴が入り混じった怒号。まるで、何かに怯えているような……。

 

 無抵抗の人間を甚振っている時の悲鳴ではない事が、逆に脳内を混乱させる要因となっている。

 

 怪訝に思いながらも、屋上へ行く事ができる階段の近くまで歩を進めた。

 

「……何だ、階段の前に人だかりができてる。あそこで戦闘しているのか?」

 

 目の前に現れた人だかりを不思議に感じながら、更に近づいた俺は。思わず息を呑んだ。

 

 階段を背にして立つ血濡れの人物を、俺はこの場の誰よりも知っているだろう。

 

 すぐさま奇襲を仕掛けたら良かったのに、俺はついつい言葉を口にしてしまった。

 

「師範代……?」

 

 全員の視線が、俺に集中する。

 

 下手人たちは酷く慌てた様子だが、そんな事はどうでも良い。ただ俺は、氷のような眼を持つ血濡れの男を、真っ直ぐに見つめた。

 

「師範代」

 

 今度は、確信を持って呼んだ。多少老け込んでいようとも、この俺が見間違う訳がない。

 

 最後に見た時より、白髪が随分と増えた。顔のシワも深くなっている。身体だって細くなったように見える。だが、その眼光の鋭さ。そして全身から発する鉄色の威圧感は、全く変わっていない。以前よりも鋭利に研ぎ澄まされているようにすら感じる。

 

「小僧」

「承知っ」

 

 師範代の言葉に乗せられた想いを理解し、俺は未だに動揺が抜けない下手人に襲いかかった。

 

 数は4人。全員が拳銃と、プラスアルファの武器を提げている。

 

 真っ先に反応し、早撃ちを仕掛けてきた下手人が放った弾丸を躱すと、〝閃光烈拳〟を顎に叩き込んで意識を刈り取る。3回も顎から脳を揺らされるのはシンドいだろう。

 

 次。拳銃を捨て、ナイフを抜いて突っ込んできた奴と、トンファーを握って距離を詰めてきた奴を同時に相手取る。

 

 なお、もう1人は棍棒を手に師範代に襲いかかったが、一撃で気絶させられてた。南無三。

 

 顔に向かって放たれたナイフの刺突を左の上段受けで弾き飛ばすのと同時に、胸元に正拳を落として突き放す。その隙を狩るようにトンファーを利用したワン・ツーパンチが飛来するが、風神ステップで横を抜けて難なく外した。

 

 横を抜けたらすぐに振り向き、低い体勢から立ち上がるついでに〝魔神拳〟を繰り出す。だが、これは毎日のように喧嘩していた頃の俺の十八番なため、予見していたトンファー持ちが裏拳を放つ動きで旋棍を半回転させながら迎撃してきた。

 

 裏拳の動きにプラスして回旋エネルギーが乗ったトンファーと、生身の拳が繰り出す右フック。どちらが有利か不利かなんて論じる必要はない。

 

ボギッ!

 

「んなっ!?」

 

 鉄塊と化した拳の方が強い。それ以上、俺から言う事はない。

 

 すかさず〝風神閃焦拳〟を繰り出した。咄嗟にトンファーを持った腕でガードをしようとしてきたが、全くの無意味である。俺の拳は簡単にトンファーごとガードした腕をへし折り、そのまま止まる事なく顔面へと突き刺さった。

 

 勢い良く吹き飛ばされ、壁に激突したトンファー持ちを、間抜け面を晒して見ているナイフ持ち。信じがたい光景ではあったかもしれないが、戦闘の最中に茫然自失としてどうする。

 

「う、早い!?」

 

 ヌルリとした足捌きで難なく懐を侵略する。俺を引き剥がそうと逆手で持ったナイフが横薙ぎに振られるが、軽く重心移動をした事で、服を浅く切っただけで終わった。奴にできる事は、もうない。

 

 最後の最後まで諦めず、ナイフを切り返そうとしてきたがもう遅い。〝忌怨拳〟がカウンターで突き刺さった。

 

 崩れ落ちそうになっている男をすぐさま霧足で追いかけて〝最速風神拳〟を命中させ、重力を失ったかのように浮かび上がった無抵抗の身体に、トドメのスマッシュストレートをブチ込むと、トンファー持ちと同じように壁に激突。そのまま完全に意識を失った。

 

「……!?」

 

 軽く残心をしてから師範代の方を向こうとした俺だが、背後から猛烈な殺気を感じた事で、すぐさまその場でしゃがみ込みながら2回転半した後に、その勢いを全て左拳に乗せて跳ね上がる。

 

 師範代が教えてくれた拳打の中で、最大の破壊力を持つ左アッパー……〝真・鬼神滅裂〟は、背後から強烈な飛び蹴りを仕掛けてきた師範代と真正面から激突した。

 

「ぐ、うう……!」

「ほう、面白い」

 

 ほんの僅かな間だけ拮抗していたが、最終的には何とか俺の拳が師範代の蹴りに打ち勝ち、軽く弾き飛ばす事に成功した。

 

 しかし、この一撃を繰り出した事で、俺のスタミナが完全に切れた。師範代の殺気が恐ろしすぎるがあまり、自分が重度の疲労状態であるにも関わらず、全力で真正面から迎え撃ったのが原因だ。アホか俺は。蹴りを躱せば良かっただろうに。

 

 膝をつき、肩で大きく息をする俺を、師範代が見下ろしている。

 

「相変わらずじゃな、小僧。儂の蹴りを迎撃しようとする癖は」

「師範代の殺気が恐ろしすぎるのが原因だよ。全く、本当に心臓に悪い」

「ククッ、そうは言いながら、初めて迎撃に成功したではないか」

「あっ……」

 

 そう言われて、俺は初めて気がついた。過去にもこうして師範代が仕掛けてきた奇襲を、俺は何度も迎撃しようとして。そして押し潰された記憶を。

 

「1日たりとも怠らず、今日まで鍛錬を続けていたようじゃな、小僧よ」

「……鍛錬もだけど、師範代の言う通りに病を治したら、随分と強くなれた」

「病の完治。確かに要因の1つじゃろうが、それだけではなかろう」

 

 師範代の言葉に目をパチクリさせたが、すぐに何を言いたいのか理解した。

 

 そうだな。守るべき者を見つけられて、俺は更に強くなれた。

 

「当初の予定通りに、貴様の病を治す事ができたなら。そして、その後も変わらず儂の元で修練を積んだならば、どんな拳士になったか。 ……らしくもない事を考えさせるようになったな、ケン」

「えっ、師範代。今、俺の名を……」

「さあ、早う行け。貴様の事を待つ者がいるのだろう。長く待たせる事は無礼に値するぞ」

「っ、承知。師範代、全て終わったら聞きたい事と話したい事が山程あるから、逃げないでいてくれよ」

 

 師範代にそう言われちゃ逆らいようがないので、俺は屋上への階段を登り始めた。

 

 戸を開ける寸前、師範代の気配が遠ざかったような気もするが。まあ、師範代は俺の前から逃げたりはしないだろう。

 

 ガチャリと戸を開き、屋上に足を踏み入れると、視線がこちらに集中する。さっきも体験したが、今回のは何だか居心地が悪い。

 

「ケン、先輩……?」

 

 だが、まずは優奈たちを安心させなくては。

 

「もう、大丈夫。ここに誰かが凶器を持って攻め入るなんて事はない。到着した警察が、不審者を次々と確保しているから」

 

 実際はまだ突入してないと思うのだが、まあ遅かれ早かれだろう。下手人は全員気を失ってるからな。

 

 一瞬の静寂の後に、誰かが安堵のため息を吐いた。それが伝染していき、極限まで張り詰めていた空気が一気に弛緩していく。

 

「マックくん」

 

 俺の前に、優奈が乗る車椅子を押す主治医の先生が現れた。

 

「先生、ありがとうございます。それと、すみません。いきなり突拍子もない事を言って、めちゃくちゃ混乱したでしょう」

「いやいや、あの連絡がなかったら、今頃この病院はどうなってたか。それより、マックくんは大丈夫なのかい?」

「あー、まあ一応。ただ消毒液とガーゼ辺りは欲しいかもです。浅く済ませたとは言え結構斬られたり撃たれたりしてるんで」

「全然大丈夫じゃないじゃん!? ちょ、すぐに応急処置するから待ってて!」

 

 ドタバタと動き出し、看護婦さんたちを巻き込みながら応急処置の準備をしてくれている主治医の先生を尻目に、俺は優奈に視線を向ける。

 

 当然と言えば当然だが。優奈の顔には、深い疲労の色が見えた。

 

「優奈も、ごめん。俺が変な奴らを引き寄せる体質のせいで、随分と疲れさせてしまったな」

「確かに摩訶不思議で、何なら呪われた因果に愛されてるなとは思ってるけど。でも、気にしてない。怖かったし、この通り疲れてもいるけど、またこうして先輩の顔が見れたから、それで良いんだ」

 

 そう言って静かに笑ってくれた優奈の頭を思わず撫でようとして、すぐに手を引っ込めた。

 

 今はダメだ。血の臭いが濃すぎるから。

 

「? ケン先輩、どうしたの?」

「……ついつい、最近の手癖で撫でようとしてしまった。流石に血の臭いが濃すぎるからって理由で、こんな不自然に手を引っ込める形になったんだ。ごめん」

「謝らないで。それと、先輩は先輩の匂いしかしないから、私は気にしないよ。よく血の臭いがって言うけど、私には優しくてだいす……ンンッ。先輩の優しさを感じさせる匂いしか感じてないから」

「そうは言ってもな。せめて、応急処置が終わってからにしたいんだ」

「うーん……まだ怖かった時の感覚が残ってるから、それを和らげて欲しいって言ってもダメ?」

「流石にその言い方はズルいぞ……」

 

 結局撫でた。相変わらず、優奈に対しては激甘対応である。

 

 なお、応急処置の最中も撫でる手は止めなくて良いと先生から言われた。車椅子に座る少女を撫でる男子を、複数人の医療従事者が囲んで応急処置する様は、かなり奇妙な絵面だったに違いない。

 

「……優奈って、撫でられるの好きだよな」

「うん。どんなにシンドい時でも、これされると落ち着くからね。てか、嫌いな人はいないと思うよ。ケン先輩も撫でられてみる?」

「えっ、いや俺は」

「遠慮しないで。もう応急処置も終わったみたいだから、体勢変えても大丈夫でしょ。ほら、屈んで頭下げて。このままじゃ届かない」

 

 言われた通り屈み、優奈と同じぐらいの目線まで頭を下げる。

 

 優奈は戸惑う様子もなく、俺の頭に手を置くと、優しい手つきで髪の毛を梳き始めた。

 

 こうやって頭を撫でられた事はあっただろうか。まだ母親が生きていた頃の朧気な思い出の中には、それらしい記憶があるのだが、それ以降は全く記憶にない。父親はドブカス未満のクソッタレだし、施設内でもされた事はないと記憶している。まあ、あそこでは大体の人から〝強い人〟という認識をされているので、仕方のない気もするけど。

 

 遠き日の母の記憶を呼び起こされている気分である。どこか懐かしくて、胸の奥が温かい。そんな感覚だ。悪い気は全くしないが、ちょっとむず痒い。

 

「どうかな?」

「んー、何かむず痒い。あと、胸の奥が温かい気もする。錯覚かもだが」

「そっか。 ……先輩、その感覚を忘れないでいてね。錯覚と思ったみたいだけど、それは違う。本当に胸の奥がポカポカしてるんだよ」

「へえ……」

 

 あまり理解できてないが、優奈がそう言うなら正しいのだろう。

 

 これが何なのかまでは教えてくれなかったが、いつか分かるとも言ってくれた。その日が来るまで、ゆっくり待っていれば良いとも。

 

「……ふう。結構疲れるね、撫でるのって。先輩はぶっ続けで何分もできて凄いなぁ」

「まあ、そこはボクシングで鍛えた耐久力があるからだろ。腕が下がったら終わるし」

「はは、違いないね」

 

 優奈と共に笑い合う。お互いに気を遣う事なく、本心から。

 

 ああ、そうだ。その笑顔だ。その笑顔が守りたくて、必死に戦ったんだ。穢されなくて、壊されなくて、本当に良かった。

 

 鬼にも、悪魔にもなれるだろう。優奈の笑顔のためなら。

 

「ケン先輩? 私の顔、何か変?」

「いや。世界一の笑顔だと思っただけさ」

「ふえっ」

 

 屋上にやって来た警察を眺めながら、そんな事を口にするのだった。

 

 事情聴取、面倒くさいな。優奈と離れたくない。

 

……さっさと終わらせるか。




 優奈ちゃんが自重しなくなってきてますが、まあ時期を考えたら仕方ないかなと。

 これでも気がつかない辺りがニブチンすぎますが、マックくんは優奈ちゃんの愛情を受け取って失った人間性を取り戻している最中なので、いつか必ず気がつきます。

 ちなみに施設の方で、偶然近くを通りかかったありふれた学生が逃げ遅れた幼子を複数人保護して、命懸けの隠れん坊をしたとか。

「あの学生がいなけりゃ、犠牲者が出ていたかもしれないな」

 そう紅蓮の格闘家は語っています。

 あと師範代は、マックくんが事情聴取を終えた頃には病院から姿を消していたそうです。手紙を院長に託したそうですが、その内容は果たして……。
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