異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
さて、今回を描写するに当たって、圧倒的に資料が少ない事もあり、かなーりオリジナル要素が強いです。結果、魂魄魔法を持っていると一層辛くなる仕様の大迷宮に仕上がっちゃいましたが()
襲い来る〝物体〟を全て滅すると、俺は少しだけ肩の力を抜いて、凍らせていた聴覚を元に戻した。
まだ遠くの方で狂気が風に乗ってこちらに届いており、現在進行系で戦争は終わっていないのを嫌でも俺に伝えてくるので、いつでも動き出せるだけの余力は残しているが。
「……ケン」
優花が、心配そうに俺の顔を覗き込む。ユエもそれに続いた。どうやら、彼女も俺の状態が何かおかしくなった事を感じたようだ。
「戦闘には全く支障はない。それより、2人は大丈夫か。怪我もそうだが、あの光景は結構な気色悪さだっただろ」
そう尋ねると、2人は軽く頷いた。精神が達観している部分があるユエでもキツかった辺り、相当である。
だからこそ、俺はこうして五感を凍らせて感受性を極力薄くしている。あの狂気を、真正面から受け止めたら一瞬で壊れてしまうだろう。
どこまでも冷たく、そして機械的に。人殺しを成した際に、必死に壊れそうになっている心を守ろうとした結果辿り着いた境地だ。罪の意識や、人を殺した時の独特な感触が完全に消える事はないが、それで立ち止まる事もない。
本来の使い方からは外れているが、今回のように受け止めたくない感情をスルーする事にも使える。利便性は、極めて高いだろう。
欠点は……。
「確かに気持ち悪かったけど……それよりもケンの方が心配よ」
「ん、顔色が明らかに悪い。それに、纏う空気も変」
これだ。めっちゃ分かりやすく顔と雰囲気に出る。普段と全く変わらないように見せる事ができるようになれば、真の意味で完成したと言っても良いとは思うのだが。流石にまだそこまでの完成度ではない。
味方に気を遣わせるのも、敵に俺の変化を悟らせるのも利口とは言えない。要鍛錬である。
まあ、それは大迷宮の攻略が終わってからにしよう。今は、このままが良い。何も感じるべきではない。
「繰り返すが戦闘に支障はない。それよりも大迷宮の攻略が先だ」
都の奥の方には、立派な王城らしき物がある。
取り敢えずそこを目指してみるべきだろう。中に何か攻略のヒントみたいな物があるかもしれない。
まだ何かを言いたそうにしている2人に背を向け、俺は「行くぞ」と告げて歩き始めた。
途中、何度も狂気を宿した瞳を持つ人間と魔人族に襲われたが、あいも変わらず俺は無感情に撃破していく。見つけ次第真っ先に全速力で突っ込んでいるので、優花とユエの援護が間に合わず手傷を多少負いはしているが、問題ない。
斬られても、撃たれても、完全に凍った心は痛みを感じないから。多分、四肢がもぎ取れでもしない限りは何も感じないだろう。
「ケン、あまり無茶しないで……」
「痛くないから平気だし、わざわざ気にしてたら攻略スピードが落ちる。それと、あの狂気は長時間浴びたらこっちの気が狂ってしまう。こちらに向けられるよりも早く、消し飛ばしてしまった方が精神衛生上良いと思うが」
「……マックが大丈夫そうじゃないから、優花はこう言ってる。私も、貴方が心配」
「自分の事は自分が1番分かっている。平気と言ったら平気だ」
肉体面は言わずもがな、精神面も何とかなってる。何故なら、何かに狂わされた人を見るのは慣れているからだ。
魔力を通した拳で殴ると、光の粒子となって消える今回の敵は、神々の手によって〝狂わされた〟被害者でもあるので、ほんの少しだけだがマシかもとすら思い始めている。
自身のエゴと欲望によって暴走した奴らの方が、よっぽど気持ち悪い。過去、そんな奴らとばかり拳を交えていたからこその考え方だ。
そんな考え方が、知らず知らずのうちに心を蝕んでいるとは気がつかぬまま。俺は酷く心配する2人の言葉を切り、大丈夫だと力説した。
もはや何を言っても聞かぬと思ったのか、それ以上は何も口にしなかった優花とユエ。しかし、優花は俺の手を強く握り、ユエが先頭に立って歩くようになった。これではすぐには飛び出せない。
文句を言うつもりはないが、前衛が最適性の俺が最前線に立つべきではないだろうか。そう提案するも、ユエは黙って首を横に振る。優花は、一層俺の手を強く握る。
結局その布陣は崩せぬまま、俺たちは王城らしき建造物に辿り着いた。これまでと同じように、途中目を血走らせたバケモノ共が寄ってきたが、近場の者は優花がナイフを操ってあっという間に全滅させ、後方で魔法を使おうとしていた者はユエが巨大な竜巻を起こしてひとまとめに屠ってしまった。完全に出る幕なしである。
巨大な建造物を警護してる守衛も躊躇いなくブッ飛ばし、王城へと足を踏み入れる。戦争状態の外とは異なり、中は不気味なぐらい静かだ。
だが、奥へ奥へと進むにつれて、大勢の人が何かを話している声が耳に入った。念の為に建造物内を全て見て回ったが、声がする最奥の部屋以外には誰もいなかったので、俺たちはそこを調べてみる事にする。
最奥の部屋は、かつて神山やハイリヒ王国で見た教会の大聖堂のようになっている。仰々しいエヒト神を模したであろう像と、備え付けられた祭壇が特徴的だ。結構な数の人が見えるので、真正面ではなく気配を消して天井に張り付く形で侵入する。
高そうな法衣を身に纏い、祭壇に寝かされたまだ幼い女の子の前に立った男は、集められたのであろう大量の女子供と国の重鎮らしき者たちに何かを話している。
最初は何を言っているのか聞き取れなかったが、時間が経つにつれて徐々に理解が及ぶようになってきた。
まず、海底都市を魔人族が攻め込んできた理由。それは、魔人族の絶滅を願った国の重鎮の1人が、わざと村を襲わせて戦争する大義名分を得た事が全ての始まりだと言う。だが、気がついた時には、既に収まりがつかないほど戦火は拡大し、遂に、返り討ちに合った人間側が王都まで攻め入られるという事態になってしまった……という状況だったらしい。
そしてその陰謀を企てたのは、聖教教会の前身である光教教会の高位司祭だそうだ。国との繋がりが強いが故に、強大な権力を得てしまった事による大暴走と言って良いだろう。
「既に我らは進退窮まった状況にある! このままでは、穢らわしい魔人族共の手によって我々は討ち滅ぼされてしまうであろう! だが、このまま何もせず滅びを待つのは、我が主エヒト様が決して許さぬ! よって……!」
いつの間にか、高位司祭は手に一振りの剣を手にしていた。
本能的に、俺は飛び出そうとした。何が起こるか、察してしまったからだ。
だが、何か壁のような物に阻まれ、下に降りる事ができない。魔力を込めて殴っても、ビクともしない。
「これより、エヒト様に神の御加護を願い出る! 生贄として招集された女子供は、前の者が首を刎ねられたら順に祭壇へ登るように! ああ、エヒト様! どうか、どうか我らをお救いください! 新鮮な女子供の首と生き血を依代に、憎き魔人族共を討ち滅ぼす力を我らにお与えくだされぇ!」
そうして始まった、大虐殺。祭壇に手足を力ずくで押さえつけられて寝かされた女子供が、高位司祭が持った剣によって次々と首を飛ばされていく。斬り落とされた生首は、お付の騎士が丁寧にエヒト像の前へ並べていった。
大聖堂に響き渡る泣き声、怒鳴り声、断末魔、そして哄笑。とてもではないが、マトモな感性を持つ人間が直視できる光景ではない。
視覚以外の五感と感情を限界まで凍らせ、ただの情報映像として処理するだけでも強烈な吐き気を催すレベルの凄惨な光景だ。
蛮行を止める事は叶わない。これは、ユエの憶測通りなら過去の事象を再生しているだけだから。全てが終わるまで、俺たちは手出しを許されない。なら襲ってくる奴らは何なのかと言いたくなるところだが、多分別枠なのだろう。神によって狂わされたバケモノ共から目を逸らさず向き合えってところか。本当に趣味が悪い。
下へ降りられるようになった頃には、全ての女子供が首を飛ばされ、その地獄絵図を作り出した奴らが侵入してきた魔人族によって殺されていた。
着地した瞬間、目を血走らせた〝物体〟たちが襲ってくる。より強く心と五感を凍らせて、俺は拳打の嵐を繰り出して強大な狂気を振り払っていく。
――辛いよ
声が、聞こえる。
――助けて
女子供の、声が聞こえる。魂に直接響くような形で。聴覚を凍らせてもお構い無しだ。
――何で、死なないといけないの
魔人族とは別で、半透明の女子供が無数に俺の視界に映る。
皆、斬り落とされた首を手に持って。
――何故お前は生きてるんだ
――お前が死ね
――お前も死ね!
尽く無視する。どれだけ心を凍らせても、五感を殺しても聞こえてくる怨嗟の声を。
魔人族と、城内へ駆け付けた人間族を討ち滅ぼす事だけに集中する。
全ての〝物体〟が、俺の〝敵〟だ。
思い込む。強く、強く。胸の奥が引き裂かれるような苦痛を感じ始めても、一切構う事なく。
魂魄魔法を拳に宿らせて殴り抜くと、半透明な女子供も光の粒子となって消えていく事が分かってからは、延々とその動作を繰り返した。神代魔法の魔力消耗は凄まじく、あっという間に残存魔力が消し飛んでいくが、俺の動きは止まらない。
唯一変わりなく生きていた視覚も、必要のない情報を得ないために色覚を失っていく。そのうち、俺の脳は灰色の世界と、そこで俺に敵意を向ける〝物体〟だけを認識するようになった。
何も聞こえない。そして、何も見えない。ただ、〝敵〟を殺すだけの機械と化した俺が振るう拳は、エヒトの像を木っ端微塵にした瞬間大量に姿を見せた戦士たちを、攻撃行動に移るよりも早く消滅させていく。
時折飛来するナイフや魔法も、全てノールックで弾き飛ばしていった。もはや、俺を止められる物はいない。
「殺す……」
そうだ、殺せ。〝敵〟は殺せ。
ボタボタと真っ黒な墨汁を、真っ白な紙に容赦なく垂らした時のように、思考が凄まじいスピードで塗り替えられていく。その急激な変化を拒む心も確かに残っており、一瞬で殺人マシーンになる事はなかったが、時間の問題だろう。
遠くで俺の名を叫ぶ声が聞こえたような気もするが、今はもう聞こえない。聴覚から得る情報は不要な物として、脳が切り捨ててしまった。
――ケ……輩
魂に直接問いかける聞き馴染みのある声も、少しずつ聞こえなくなっていく。一体、誰の声だったか。それが瞬時に判断ができなくなるぐらい、俺の脳は〝敵〟を殺す事しか考えていない。
だが、黒染めとなった思考は、俺の両頬を中心に広がった温かい感触によって、ようやく止まる事になった。
「ケン先輩」
急速に、世界が色を取り戻していく。
濃密な鉄錆の臭いは、いつの間にか消えていた。あれだけ鼓膜を破らんばかりに響いていた金属音も、断末魔の叫び声も、聞こえない。あるのは、どこか神聖さを持つ静寂だけだ。
両頬にある感触は、誰かの両手。だが、優花の物ではない。当然、ユエでもない。
「あ、やっとこっち見てくれた」
「……待て。実体が何故ある」
「今日、たまたま皆既月食だったから。私が何かと天体ショーと縁がある女だって、ケン先輩は知ってるでしょ?」
声の主は、優奈だった。いつものように半透明ではなく、ハッキリとした実体を持っている。
あまりの異常事態に、らしくもない硬直を晒す俺の頭を、優奈は優しく胸元に抱き寄せた。
彼女から心音は聞こえてこなかったが、温かみは生前と変わらず感じ取れる。それがまた、俺の脳が混乱を起こす一因となる。
「誰よりも人の狂気に触れ続けていた先輩だからこそ、その対処を高精度で実行できる。でも、高精度すぎたが故に、心が気がつかない間に酷く摩耗してって感じかな。こうなるの、1度目じゃないもんね……」
そうだ。こうなるのは、1度目ではない。過去に何回かあった事だ。
その度に、俺は寸でのところで思い留まったり、完全に思考が黒く染まり切る前に気絶する等で運良く乗り切る事ができていたのだが。今回ばかりは、色々と間が悪すぎた。
危なかった。俺が俺ではなくなるところだった。あと少し遅ければ、残っていた人間性が完全に死に、殺人マシーンとしてしか生きられない状態になっていたかもしれない。
不意に、背中側にも人の温かみが広がる。誰が抱き着いたのかは、確認せずとも分かった。
「優花」
「手の届かないぐらい遠いところに行っちゃうかと思った、この甘え下手」
「……ごめん。返す言葉もない」
「昔からだよ、優花お姉ちゃん。だから、強制的に甘えさせちゃった方が色々と良かったりするんだ」
「そっか。私に足りてなかったのは、多少強引にでも甘えさせる意志だったか……」
俺から離れて、優奈と何やら不穏な話を始めた優花。バレないように1歩だけ下がると、ユエが俺の隣に立った。
「もう、大丈夫?」
「ああ。 ……すまん、本当に迷惑かけた」
「ん、気にしてない。殺意に呑まれそうになったり、心を殺そうとして辛い出来事を乗り越えようとするのは、誰にでも有り得る事だから。私も、かつて経験した」
「ユエもか」
「殺意に完全に呑み込まれたらどうなるかも、その思考回路も分かっているつもり。だから、もしも今後、マックが殺意に呑み込まれたら。私が、殺してでも止める。これは、優花たちに任せるには酷すぎる事だから」
「……ありがとう。鬼畜以下の外道になる前に、頼む」
彼女は、長い年月を生きた吸血族。まだ10年と少ししか生きていない俺たちより、ドライに割り切る事ができるだろう。
ユエならば、必ず殺してくれると信じて、俺は正式に依頼した。
「ところで、あの子は誰?」
「んー、優花の従妹で、俺の初恋の人。普段は霊体だけど、何故か今は実体を持ってる」
「……詳しく」
「良いけど、攻略が終わってからな。ほら、ぶっ壊れたエヒト像の近くに転移陣がある。早く行こうぜ」
ちょっぴり残念そうなユエと、未だに不穏な話をしている優花と優奈を引き連れて、俺は転移陣に足を踏み入れるのだった。
優奈ちゃんまさかの実体化&超ファインプレー。彼女は皆既月食だからと言ってますが、無数の亡霊が住み着くメルジーネ大迷宮が持つ独特な波長も大きく影響しています。マックくんの暴走も、サイレントで精神を圧迫する大迷宮のせいだったり。全部大迷宮が悪い。
ちなみに現時点では、短時間なら五感を凍らせた方が強いです。自身の脅威となる〝敵意〟に対して全自動で反応&ジャスガするので。ただし〝敵意〟以外には基本的に反応しないので、それをいち早く見抜いた優奈ちゃんの〝愛情〟のお陰で今回は止まる事ができたって感じです。無論、優花さんでも可。それと、時間を使いすぎると優奈ちゃんや優花さんとの思い出まで凍るので一気に弱体化します。
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