異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
大迷宮の攻略を終え、エリセンに戻ってきてから3日後。再生魔法についての理解を深めたり、ミュウにちょっとした戦闘の訓練を施したりしながら過ごしていた俺に、1つの〝念話〟が届いた。
〝コースケさん、すみません。ソウです〟
〝何か、緊急の用事ですか?〟
〝ええ。実は……〟
久しぶりに聞いたソウさんの声は、随分と固い調子である。
自然と身構えて話の続きを促した俺は、内容を聞いて、思わず椅子を蹴倒しながら立ち上がってしまった。
〝……それは正しい情報ですね?〟
〝フューレンのギルド長からの電報と〝念話〟があったので間違いないかと。他の2点も、物的証拠を残しています〟
〝承知致しました。すぐに向かいます〟
俺は急いで優花やハジメたちに事情を説明すると、ミュウと別れを済ませてエリセンを飛び立った。
ソウさんから伝えられた内容は、以下の3点である。
まず、身元を拘束されていたはずの、中村と檜山が突然姿を消したとの連絡が、イルワ支部長からあったようだ。ハジメの手で地下要塞と言っても過言ではない牢獄に閉じ込めていたはずだが、何の前触れもなく姿を消したと言う。
次に、ハイリヒ王国に異端者認定を行う可能性のある人物が表記されたビラが配られたらしい。複数名の記載があったようだが、その中には〝元神の使徒〟の名前があったとか。
最後に、国政の急激な変化である。エヒト神をこれまで以上に崇拝、盲信を不自然なまでに勧める法案が出され、それが反対意見もなくすぐさま可決された。仮に他の神を信仰しようものなら、即刻打首だとも。
異常事態が立て続けに起こっている事を不安に思ったソウさんは、かつて俺が手渡した連絡手段を思い出し、すぐさま報告を入れてくれたらしい。
「一体何が……」
ハジメの手で更なる改造を施され、全体的な性能向上を果たした魔力駆動戦闘機を最高速で飛ばしながら、独りごちるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ソウさん、お久しぶりです」
「コースケさん、ユナさんもお元気そうで何よりです! ささ、家の中に入ってください!」
久方ぶりに顔を見たソウさんは、前と変わらず穏やかな笑みを浮かべている。家の中で待っていたルウさんも、年相応の純粋な笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
緊急事態とは言え、可愛い妹のような存在のルウさんに会えて嬉しいのか、優花の表情も柔らかい。飛びついてきたルウさんを受け止めて、優しい手つきで髪の毛を梳いてやっている。
ルウさんの事は優花に任せると、俺は早速ソウさんに本題を切り出した。
「取り敢えずビラと、イルワ支部長からの電報を見ても良いですか?」
「ええ、どうぞ。新しく定められた法律と、以前の物との比較を紙に書き出したので、そっちも読んでください」
「感謝します」
ビラには、南雲ハジメを異端者として認定する手続きを進めていると記載されている。理由については、俺や優花、そして白崎といった神の使徒を洗脳した事と、中村と檜山が外道に落ちる要因を作った大罪人だからとの事だ。
あの馬鹿勇者が1枚噛んでいる可能性がある。ハジメの事を洗脳使いと口にするのは、アイツぐらいだ。しかし、まだ可能性でしかないため、断定はできない。
怒りを一旦押し殺し、次にイルワ支部長からの電報を見ながら、彼に直通で〝念話〟を飛ばした。
〝イルワ支部長、俺だ。あのクソッタレ2人が牢獄から姿を消したと聞いたが〟
〝ああ、マックくん。私も丁度、その件について連絡をしようとしていたところだ。もしかして、前の事件の被害者から話を聞いたのかい?〟
〝御名答。今、彼の家にいる。で、何か奴らについての情報はあるか?〟
〝まず、死体同然の2人を生かし、そして拘束するためにハジメくんが制作した生命維持装置。それが、身柄と共に姿を消している。まるで、牢獄内のそこだけを綺麗に切り取ったかのように。外部から何者かが侵入した形跡が全くない事も不可解な点だね〟
〝牢獄内の映像記録はどうだ〟
〝ほんの一瞬。1秒にも満たない時間だけど、暗転した時間があった。その暗転が終わると、もう2人の姿は生命維持装置と共に消えていたから、脱獄した時刻の特定までは済んでいる。けど……〟
〝犯人までは分からない、か〟
どのような手口かの予想はある程度できる。防犯カメラの役割を持つアーティファクトの機能を一瞬だけ奪った隙に、空間魔法で奴らを転移させたのだろう。
問題は誰がやったのかだが。まず、空間魔法の使い手である魔人族のフリードやサンドマンではないだろう事は分かる。確かに空間魔法を扱える2人だが、ハジメお手製のアーティファクトの機能を一瞬だけ麻痺させるという、普通に機能を封じるよりも難しい事をできるとは思えなかった。更に言えば、一瞬だけゲートを開いてまた閉じるような神業を、何の痕跡も残さず実行するのは実力的に無理がある。多分、魔法の天才であるユエでも無理だ。
次点で候補に上がるのは、かつて激戦を繰り広げた神の使徒。奴らが空間魔法を使えるのかは知らないが、できる確率はフリードたちより高いと考えているの。ハイリヒ王国の異変に関わっている可能性もあるので、取り敢えず筆頭候補として頭に入れておいて良いだろう。
あと考えられるのは、第3勢力の仕業である。ただ、この可能性については今は置いておいても良い。兎にも角にも情報が少なすぎる。
〝支部長。何か、他に有力そうな情報はないか? 奴らに関する物ではなくても良い。魔人族の最近の動きとか、小さな異変とか。取り敢えず、今はできるだけ多くの情報が欲しい〟
〝うーん、そうだね……魔人族は、少し前までは散発的に目撃情報があったんだけど、ここ1週間ぐらいはゼロだ。ここまで目撃情報がないのは珍しい。あとは、魔人領上空の落雷数が、ここ数日は異様に多いとの報告が上がっている。今すぐに出せる有力そうな情報はこのぐらいかな……〟
〝いや、十分だ。いきなり無茶を言ってすまない。取り敢えず、俺は王国内でいくつかの可能性をケアできるように動いてみる〟
イルワ支部長との〝念話〟を終えると、俺は高速で思考を回し始める。
まず、ケアをしなければいけないのは魔人族による王都の襲撃だろう。別にハイリヒ王国が滅びるのはどうでも良いのだが、ソウさんとルウさんに危険が及ぶ。身勝手ではあるが、俺としてはあまり望ましくない。
次に、真の神の使徒の襲撃。この可能性は高い確率で有り得るので、警戒心を高めておくべきだ。1度戦った相手に負けるつもりは毛頭ないが、奴の力は強大である。油断したら最後、間違いなく俺はあの世へ直行である。
第3勢力の介入も、ケアできるように動いた方が良さそうである。特にアンカジで戦ったギガクッパや、エリセンでのマスターハンドの大群から予測できる第3勢力に関しては、絶対に頭の片隅にでも留めておくべきだ。仮に奴らがこの世界にやって来ているのだとすれば、凄まじい戦いになるだろうから。
「……ソウさん。もしかしたら、私たちでは守り切る事ができず、貴方にも戦ってもらうような事態になるかもしれない。それだけは、先に言っておきます」
俺と優花だけでは、対処できない可能性がある。最悪、俺の懸念している事態が全て一気に起こる可能性もあるのだ。仮にそうなった場合、とてもではないがソウさんとルウさんを守りながら戦う事は難しい。
だから、自分の身は自分で守る必要が出てくる。
それを伝えると、ソウさんは何も語る事はなく。しかし、力強く首を縦に振った。
それからは、ひたすらに準備である。俺の持つ装備の中から、ソウさんが使えそうな物を渡して一緒に鍛錬したり。優花と手分けして、王城に潜入して様子を伺ったり。イルワ支部長と連携をしながら、世界各国の情報を集めたり。
ハジメにも情報がある程度集まってから〝念話〟を飛ばして、アンカジに立ち寄った後に増援に向かう約束をした。わざわざアンカジに立ち寄るのは、再生魔法を使えば汚染したオアシスを元通りにできるかもと考えたかららしい。それと、無事を報告したいのだとか。義理深いハジメらしい考えだ。
そうやって慌ただしく準備を進めていると、気がつけば、王国に到着してから3日が経過していた。
ここ数日のルーティーンワークである王城への潜入を果たした俺は、全力で〝気配遮断〟を行ってとある場所に入り込んだ。
「……以上で、ウルの町で発生した神の使徒の裏切り、及び大量の魔物の侵攻に関する詳細報告。そして、勇者一行の救援に関する詳細報告を終えます」
俺が入り込んだのは、王城にある会議室である。会議室と言うよりは、もう大広間と称した方が良さそうな広さであるが。
そこには、ハイリヒ王国の重鎮たちに加えて、畑山先生も出席していた。話を聞く感じだと、どうやらつい先程ハイリヒ王国に戻ってきたようだ。
ウルの町で起こった一連の騒動は、ハジメの手によってに鎮められた。そんな内容の報告をした畑山先生であるが、ハイリヒ王国を治めるエリヒド国王は、何も聞いていなかったかのように〝南雲ハジメの異端者認定〟の話を始めた。
……いや、最初から話し合うつもりはなさそうだ。形式的に会議を開いているだけで、彼の異端者認定はほぼ確定しているようである。
「待ってください! 彼は、南雲くんはそのような人物ではありません! 第一に、彼は人を洗脳する術は持っていないと、最初にステータスを確認した際に分かっているではありませんか!」
「愛子殿。たとえ大罪人であろうと同胞を気に掛ける崇高な精神は御立派であるが、我らは神敵に堕ちた者を野放しにはできないのだ」
「お父様、私も南雲ハジメ様の異端者認定は反対ですわ。状況証拠が過不足なく揃った上での異端者認定であれば、当然ながら擁護する事はできません。しかし、今は全く証拠が集まっていない状況です。証拠不十分のまま異端者認定を行えば、それこそ国の威信が傷つく事態になりかねませんわ」
「リリィよ。証拠なら既に揃っているであろう。勇者殿の証言と、エヒト様からの御告げだ。それ以上、何を求むと言うのだ」
「仮に彼を大罪人と断定するならば、南雲さん本人の自白や、彼の持つ魔法に加えて所有物のの開示が必要でしょう! まさか、お父上はその2点のみで異端者認定を承認すると言うのですか!?」
「のみ……? リリィ、よもやエヒト様の御告げと、勇者殿の証言を偽であると、あるいは信用に値せぬと言うのではあるまいな。たとえ実の娘であろうと、エヒト様への粗相は到底許す事はできぬぞ」
「っ、決してエヒト様を信用できないのではありません。ですが、あまりにも集まった情報の数が少なく、この場で異端者認定を確定させるのには早計ではないかと言いたいのです。もっと、確実で動かしようのない証拠が出揃ってからでも、遅くはないのではないでしょうか?」
「ならぬ。彼奴は神敵。神敵に対する異端者認定は、速やかに行わなければなるまい。リリィ、貴様はまだ、エヒト様への信仰心が足りていないから、そのような考えに至るのだ。より精進するように」
「お父様!」
「……よもや、貴様も神敵ではあるまいな」
畑山先生も、リリィ……リリアーナ姫だったか。彼女も、強行採決をしようとする国王に猛抗議をしばらく続けていた。だが、強迫観念に囚われているかのように頑なであるエリヒド国王と、その他の国の重鎮の意見を変えるには至らず、2人は引き下がる事になった。
会議の終盤では、実の娘や立場がかなり上である畑山先生に対して、国王たちは親の仇でも睨みつけるかのような目で見ていたのが、何か危うい物を感じさせる。つい最近、あんな感じの目をしている者がどうなるのかをこの目で見てきたばかりだ。
悄然と会議室を後にした畑山先生と、会議室から逃げるようにして追いかけるリリアーナ姫の元へ、俺は足を運ぶ。
「畑山先生」
「ひえっ!? え、あ、真久野くん! 帰って来ていたんですか!?」
「っ、マックさん……?!」
途中まで気配を消していたので、畑山先生とリリアーナ姫を随分と驚かせてしまったが、今はそこを気にする場面ではない。
「色々と事情があって、ハジメの異端者認定についても調べるために盗み聞きしてたんですけど……何すかアレ。強行採決にも程がある。重鎮たちの様子もおかしい。ずっとこんな感じなんですか」
「……いえ、普段のお父上からは考えられない強行採決ですわ。思えば、ここ1週間前程からお父上を始めとする国の重鎮たちの様子が変なのです」
リリアーナ姫は、震える声でそう答えた。彼女の目から見ても、ハジメの異端者認定されるまでの手順は異様だったと言う。そして、実の娘の意見に全く耳を傾けない国王は初めてだとも。
唐突に出された、あの狂った法律もそうだ。法案が出されてから、僅か1日で国の法律として認められたと言う。
あまりにも急激な変化すぎて、リリアーナ姫自身もまだ混乱しているようだ。同時に、底知れない恐怖も感じている様子である。
無理もない。リリアーナ姫の目からしたら、いきなり身内と顔見知りが狂ったようにしか見えないのだから。
俺も彼女から話を聞いて、穏やかな心情ではない。
「似ている……」
そう。今の国王たちは、〝末期状態〟にある狂人たちと酷く似ていたのだ。
その原因は何にあったか。神である。神への信仰心1つで、どんな蛮行も許すようになる。
「! リリアーナ姫、魔人族は今どうしてる?」
「え、と。先日、大量の魔人族が魔国ガーランドに集結しているとの情報は入りましたが……」
「……魔人族が、ハイリヒ王国に侵攻してくる可能性が出てきたな」
「なっ!?」
「いや、あくまで可能性の話だが。しかし、絶対に有り得ないと切って捨てるような戯言でもないも思っている。似すぎてるんだよ、過去の出来事と」
畑山先生とリリアーナ姫になら話しても大丈夫だろうと判断し、俺はメルジーネ海底遺跡で見聞きした事を語った。
狂った神々に対する、行き過ぎた信仰の成れの果て。要点を語り終える頃には、2人の顔色は真っ青になっていた。
「す、すぐにでも対策をしないと! 神殿騎士や、ハイリヒ王国を拠点にする冒険者たちに声掛けを……」
「待て姫さん、焦るな。まずは、神を盲信まではしていないクラスメイトに話を通す方が先だ。魔人族どうこうよりも、神々が如何に狂っているかを理解する方が良い。説明は、俺と畑山先生でやろう。先生も、神々がどれだけ狂った存在なのか、ハジメから聞いているはずだからな」
「ええ、ウルの町で聞きました。今日の夕食時にでも、生徒たちに話そうかと考えていたところです。 ……ただ、1つ懸念点が」
「天之河だな?」
先生はコクリと頷く。リリアーナ姫も、同様に渋い表情を浮かべた。
最近の奴は本当に聞く耳を持たないようで、ハジメの事を異様に目の敵にしているようだ。今回の異端者認定も、天之河の発言による物が大きいと言う。
軽く怒りが噴火しそうになるが、必死に堪えて俺は口を開く。
「あのバカは俺が何とかするよ。確実にハジメが嘘をだの何だの言うだろうが、俺が黙らせる」
「「ひえっ」」
……めっちゃ怖い顔をしているだろうな、俺。
取り敢えず、今のうちに〝ハジメの戯言〟という意見を真っ向から封殺する方法を考えよう。そう思った俺だが、第六感がいきなり警鐘を鳴らした事で、咄嗟に先生と姫さんを抱えてその場を離脱した。
離脱した瞬間に、ついさっきまで俺が立っていた場所を銀閃が走り抜ける。それは、俺はよく知っている物だ。また見たくはなかった、クソッタレ。
「出やがったな、神の木偶人形」
壮麗な銀髪と、それが良く似合うだけの美しさを持つ顔。ただ、瞳だけは永久凍土の如く冷え切っているが。
「イレギュラー。やはり、貴方の持つ力は危険すぎます。予定にはありませんでしたが、ここで排除します」
「褒め言葉をどうも。 ……やっぱり、お前がハイリヒ王国の異常を引き起こしたんだな」
無言で、神の使徒は片手剣を手にした。狭い空間での戦闘になるからなのか、以前見た双大剣は見当たらない。
リーチは双大剣に劣るが、取り回しの良さは圧倒的に片手剣の方が上だ。前の戦闘経験は、あまり当てにしない方が良さそうである。
加えて、言い方は最悪だが足手まといを2人も抱えている状況だ。本来なら、優花の手を借りたいところだが……。
〝ケン。神の使徒が襲ってきた〟
〝俺もだ。気をつけろよ〟
絶賛、彼女も激しい戦闘を繰り広げている。手は借りれない。
普段は機動力と破壊力の両立で押し切る戦闘スタイルだが、今回はいつものように戦う事はできないだろう。地に足をつけて、強大な力を持つ神の使徒と殴り合わなければならない。しかも、後ろに攻撃を通してはいけないプレッシャーを常に抱えながら。
「私はアハトと申します。貴方の事は、全て解析済みです。無論、貴方の恋人に関しても同様です。以前使った手が、2度通用するとは思わない事です」
「へえ。まさかとは思うが、俺たちがこの前の戦闘で全てを出したと思ってるのか? そしてあの時の強さのまま、止まっていると本気で信じているのか? だとしたら、随分と可哀想な思考回路をしているな」
俺は畑山先生にオスカーメガネを、姫さんに緑のスウェットを投げ渡し、装着してなるべく目を閉じるように頼むと、1つ深呼吸をする。
対策なんてもんは、やって当たり前である。2度と、同じ負け方をしないように。
だからこそ、勝って兜の緒を締めるなんて諺を意識して、対策の対策をしなければならない。俺も、絶対に負けられないから。
丁度いい。ここ最近、過去を思い返す時間が長かった事だし。腕が錆びついていないか、確かめるとしよう。
最大倍率で〝身体強化〟を行うと、ドッシリ構えてから指で手招きをする。
「来いよ」
「では」
足音と気配を限界まで消したアハトが、残像を引き連れながら接近してくる。
俺は目を閉じると、深く呼気を吐きながら脱力した。1ターンキルを狙うために。
以前の戦法は通じないと豪語されているとは言え、時間をかければ勝てる相手だ。だが、背中側で畑山先生とリリアーナ姫を守りながらの状況では難しい。それに、ここで騒がしくして、様子を見に来た第三者が更に増えたら余計に面倒になる。
優花やハジメたち以外は基本的にどうでも良いスタンスではあるが、無関係の人間が俺の戦闘に巻き込まれて死ぬのを、無感情に切り捨てられる程に心は死んじゃいない。
視界を自ら封じた事で、一層鋭さが増した聴覚と触覚がアハトの動きを捉えようとする。
大した高速移動だ。技量も高い。風切り音以外は、全く聞こえてこないのだから。多分、目を使おうとしたらアハトの動きを追いきれない。
故に、俺はただ1つを探り続ける。
それは、〝殺気〟だ。
「……そこ!」
ギインッ!
アハトが幾度のフェイントを混ぜてから繰り出した激烈な突きを、俺は目を閉じたまま中段受けで弾き飛ばした。
その後も無数のフェイントと共に、袈裟や唐竹割りが繰り出されるが、尽く受けで弾いていく。無論、目は閉じたままだ。
アハトから、僅かに〝焦り〟の感情を感じ取れる。1度たりともフェイントに引っ掛からず、本命の攻撃を弾き続けられては、精神的に焦りを生むのは仕方のない事だろう。だが、それが命取りである。
ほんの、ほんの僅かだが、速度が緩くなった突きを見逃さず、俺は首の皮一枚で外しながら右フック……忌怨拳を叩き込んだ。
カウンターヒットとなり、グラリと崩れ落ちるアハトを、俺は開眼して霧足で追う。
アハトが膝を地面につく。まさにその瞬間に、俺は〝纏雷〟でスパークする右拳で最速風神拳を顎に入れて浮かせると、また再度大きく左足から踏み込んだ。
以前は。中学生の頃は、様々な条件が重なって実行できなかった忌怨風からのK.O.アッパー連携だが、今なら行ける!
無言で強烈に振り上げた右拳は、グルリと回転して落ちてきたアハトの顔面中央にめり込んで、そのまま血飛沫を上げて貫通した。
すぐに亡き者となったアハトを、一旦指輪の中へ放り込んで死体を隠す。そして念入りに、使用した籠手に新しく搭載された再生魔法を起動させて、付着した血をなかった事にした。
「ふう……」
着地すると、大きく息を吐いて精神統一する。狂気に、殺人衝動に呑まれないように。
やはり、慣れない感触だ。当然ながら、好きにもなれない。
まだ、人間らしい心を失っていない証拠他ならないだろう。この嫌悪感は。
「ま、真久野くん……」
「……先生。このクソみたいな世界で、日本に帰るという目的のために、クソッタレな神とやらの魔の手を振り切るには、こうするしかないんだ。手を汚さずに進むなんて、毛頭無理な話なんだよ。今回みたいに、神の手駒が意に反する〝異端者〟を殺しに来るんだからな」
ショックを受けただろう。教え子が、こうして躊躇いもなく人の形をした物体を破壊する光景は。
だが、1つだけ先生には信じてもらいたい事がある。
「だけど。俺は、決して殺人鬼には堕ちない。人の心を、もう簡単に捨てたりはしない。悲しむ人がいるから」
「そう……ですか」
優花が。優奈が。ハジメたちが、悲しむから。俺は人間で有り続ける事で、延々と苦しみ続ける事を。
「南雲くんにも言いましたけど、真久野くんがそう決心した事なら、先生は無理には止めません。いえ、止める資格自体がありませんね。そう心に決めなけらばいけないぐらい辛い時に、私は貴方の傍で寄り添ってあげられなかった。貴方にも、南雲くんにも、より良い決断をするお手伝いを、してあげる事ができなかった。私は、先生失格です……」
「……こればっかは、先生は悪くないよ。俺は、何で寄り添ってくれなかったんだと責めるつもりは全くない。それに、先生は異世界に来てからもずっと、俺たちの事を1番に考えてくれてるだろ。それだけで、救われる人もいるさ。きっとな」
さて、いつまでも話している時間はない。場合によっては、優花の加勢に行かなければだし。
と、そのタイミングで優花の繰るナイフが数本こちらにやって来た。
〝こっちは終わったけど、そっちはどう? 一応、援軍としてナイフ飛ばしてるけど〟
〝俺も終わったところだ。んじゃあ、ちょっと今から畑山先生とリリアーナ姫を連れてそっちに向かうよ。優花も交えて、色々相談したい事がある〟
〝分かった。中庭辺りで落ち合いましょ〟
忙しくなるぞ、ここから。
原作で言うところの、大切な人以外の一切合切を切り捨てる〝寂しい生き方〟には、マックくんもハジメくんもなるべく踏み込まないように描いています。
人間らしい心を捨て去らず。そして、人と人の繋がりを大事にした結果、巡り巡って今回の愛子先生拉致イベントのキャンセルに行き着きます。
それにしても、神の使徒が雑処理ですね。何か、新しい強敵を登場させましょうか……。
マックくんの新たな恋人候補
-
〝初恋枠〟優奈ちゃん
-
〝妹枠〟ルウちゃん
-
〝大穴枠〟恵里さん
-
ハジメくんの嫁候補以外のクラスメイト
-
アルテナを始めとする亜人族の皆様方
-
〝英雄〟に嫁ぎたい帝国住まいの方々