異世界でもお前のパンチを見せてやれ! 作:Hetzer愛好家
壁、天井、地面。どこを見渡しても、俺たちの姿が映り込んでいる。光を向ければ乱反射するので、まるでミラーハウスである。
上空を覆う雪煙以外は、まさに無限回廊といった様子だ。透明度が高い等というレベルではないので唯の氷壁ではないのだろう。冷気を発していなければ、そもそも氷だと気がつかないかもしれない。
光だけではなく、音も強く反響する空間のようで、ただの吐息1つでも無駄に響き渡る。それだけで何かある訳ではないが、居心地が良いとは言えない空間である。
ボンヤリしていると、前後左右の平衡感覚を喪失してもおかしくないだろう。
一層気を引き締め、いきなり現れてもおかしくない物理トラップを警戒しながら、全員で魔力駆動二輪に乗って先に進もうとする。まさにその時であった。
――人殺しが、誰かを愛する資格はない
何者かは分からないが、男の声が俺の耳に入った。
思わず周囲を強く睨む。この空間に、男は俺1人だけである。俺が口を開かない限り、基本的に男性の声という物は聞こえてこないはずだが……。
――お前は2人の善意に甘えているだけのクズだ
「……また、聞こえた」
聞き間違いではない。確かに、聞こえた。聞き覚えのある声で、不快感を覚える言葉が。
しかし、普通に声を耳にする時とは異なる感覚である。〝念話〟のように、頭の中に直接響き渡るような聞こえ方をしているので、おそらく俺以外にこの声を聞いた者はいない。
そう思っていたのだが、優花と優奈もやや渋い表情を浮かべている。何か、聞こえたのだろうか。
「声、聞こえたか?」
俺の問いかけに、2人は首を縦に振った。
「どれだけ足掻いても、努力しても、ケンの1番にはなれないって言われた。あとは、優奈ちゃんに叶うはずがないとも」
「私は、死後も生前と変わらず愛されたいなんて、傲慢にも程があるって内容だったよ」
「……人によって、聞こえる言葉は異なるのか。俺は、2人の善意に甘えているだけのクズと言われたよ」
聞こえてくる言葉は抽象的であり、何かを強制したり良くない方向へ誘導しようとする直接的な物言いではない。人の行動を惑わすには、ちょっと間接的すぎる言葉の数々だ。
しかし、不快感は相当な物だ。まるで、自分自身の深く柔いところに、土足でズカズカと遠慮なく入られたような感じがする。
「どうするかな。このまま進んだ方が良いのか? それとも、打開策を考えた方が良いのか……」
「うーん。この迷路を一気に走り抜けてしまえば、よく分からない声に振り回されて、精神的に摩耗する前に終わってしまう気はするけど」
「ゴールはお姉ちゃんがあらかじめ見つけてるもんね。だったら、バイクを飛ばしてサクッと迷路を抜けてしまうのが得策な気がする。多分だけど、この声って私たち自身の声で、普段は隠している本心を無理やり認識させるための、大迷宮の仕掛けだと思うんだ。声を聞こえなくする方法を論じるのは、不毛な時間になると思う」
優奈の考察に、俺と優花はなるほどと頷いた。聞き覚えのある声だとは思ったが、こいつは自分の声だったか。
普段耳にする自分の声と、客観的に聞いた自分の声とでは認識に差が生まれるので、即座に気がつく事ができなかったが。そう言われてみると、自分の声だなと納得できる。
声に対してかなり強く不快に感じたのも、ひた隠しにしていた汚い本心を、遠慮なく暴かれたからだろう。誰だって、秘密を暴かれる事を良しとはしない。
「なら、最高速でブッ飛ばすか。優花、ゴールまでどれぐらいだ?」
「3キロぐらい。二輪ならあっという間じゃないかな」
「オーケー。じゃ、振り落とされないようにしろよ!」
二輪に魔力を流し込み、一気にトップスピードまで加速させ、その前を飛ぶナイフを追い掛ける。
さっき駆け抜けた迷路と同じく、時折顔を見せるフロストオーガや物理トラップを、轢き逃げという形で攻略しながら先へ先へと進んでいく。
――血に染まった手で、愛する人を抱けるのか?
少しすると、また声が聞こえるようになった。
――争いが嫌いだと口にしながら、戦闘を楽しむ事もあるお前は異常者だ
――内に潜む殺人鬼を飼い慣らせないお前が、2人を幸せにできる訳がない
遠慮も容赦もない。ひたすら囁き続け、俺の心を摩耗させていく。
――そもそも、複数人を同時に愛せるか?
――愛せない。日本の法律が許さない。お前の覚悟も決まっていない
――だが、脆く弱い精神を持つお前は彼女たちを手放せない
――彼女たちの人生を縛り付けているくせに、随分と自分本位な行動だな
――ドブカス未満だと蔑んだ親父とそっくりだな?
ハンドルを握る力が、無意識にだが少しずつ強くなっていく。
全て、俺の本心である。普段は決して表に出さないだけ。だが、心の奥底では常に自問自答を繰り返していた。
自分が最も忌み嫌う人種に、無意識に近づいているのではないか。俺はどこまでも、あのドブカスの血が流れる真性のクズなのではないか、と。
胸の奥に、強い冷風が吹いた感覚に陥る。本当に風が吹いた訳ではないが、途轍もなく寒い。心が、魂が。凍えそうだ。
――抑えられないんだろ。なら呑まれてしまえよ。身を任せてしまえよ
――その方が楽だろ
――永遠に隠し通せるとでも思っているのか?
徐々に思考が黒く染まっていく。ギリギリのところで、前後から挟まれる形で優花と優奈の存在を感じ取る事で、最後の一線を越えずに済んでいるが、そう長くは保たない。そんな予感がある。
魂を凍らせてしまえば、俺は暫くの間は何も感じなくなる。ひたすら大迷宮を攻略しようとする、マシーンのような存在と化すだろう。だが、元の精神状態に戻れる確証はない。
――五感を凍らせるのは、辛い現実から逃げるためだろ
耳に、そして心の深い場所に刺さる言葉。
分かっている。俺自身が、誰よりもそれは分かっている。一時的に、嫌な現実を直視しないために。感じ取らないための、逃げの手段なのだ。
あと何回、この逃げの一手を打てるか分からない。いつ、完全に殺意に呑み込まれてしまうかも、分からない。もう1度、五感を凍らせたら呑まれるかもしれないし、数回は大丈夫な可能性もあるが、ハッキリとは分からないのだ。だから、おいそれと五感を凍らせる事ができない。
擦り減っていく精神をどうする事もできないまま。だが、必死に耐え続けた事で、心が壊れるよりも先に俺の眼前に広大な空間が広がった。
部屋の奥には、荘厳な雰囲気を纏う巨大な扉がある。おそらく、あれがゴールだろう。
一瞬だけ二輪を止めて、肩の力を僅かに抜いてから再び二輪を走らせる。広い部屋ではあるが、扉までは一気に突っ切ってしまえると思えるぐらいの距離感である。
だが、開けた場所に出たら敵襲がデフォルトである大迷宮は、今回も俺たちに容赦なく牙を剥いた。
部屋の中程まで辿り着いたところで、地面にクレーターを生み出しながら何かが落下してきた。
すぐに二輪から降りて指輪に収納し、落下物に目を向ける。落ちてきたのは、反対側まで透けて見えそうなぐらいの透明度を持つ3つの氷塊であった。
更に、頭上からいきなり太陽のような光が降り注ぐ。洞窟内だと言うのに、だ。明らかな異常事態に、一瞬で警戒レベルを跳ね上げる。
氷塊が形を変えていき、片手にハルバードを、片手にタワーシールドを持つ巨大なゴーレムへと変化し。天より降り注ぐ光が、空気中に散りばめられている細氷を介して強い輝きを発し出した段階で、俺は風神ステップからジョルトの踏み込みを敢行。横一列に並んで堂々と待ち構えるフロストゴーレムに突っ込んだ。雪煙によって徐々に視界が悪くなってきているが、関係ない。技能を駆使すれば感知できる。
今すぐ、〝敵〟は排除してやる。
フロストゴーレムの胸元には、実に分かりやすく赤黒い魔石が輝いていた。言わば魔物の心臓部。破壊すれば、その時点で活動を停止する。
タワーシールドを焦る事なく構えて防御の姿勢を見せるフロストゴーレムだが、俺は攻撃をキャンセルする事なく拳を振り上げた。
「!? ギギャアアア――!?」
タワーシールド諸共、フロストゴーレムをジョルトブローで真っ二つに引き裂き、魔石を一撃で粉砕する。
直後、周囲の細氷からかなりの威力があると思われる純白のレーザーが照射された。こちらをロックして照射している訳ではないらしく、完全にランダムな方向に撃っているらしいのが、逆に厄介だ。当たりたくないと思わせる破壊力を持ちながら、読みによる安定した回避を封じようとする辺りが、実に嫌らしい。
それでも、対処法は存在する。すぐさま右の籠手をオスカー作の物に変えると、〝瞬光〟を発動させて動体視力を大幅に跳ね上げた。そして、その状態で次の標的に目を向ける。
〝瞬光〟によって爆発的に向上した動体視力が、ゆっくりとした速度で頭部にハルバードを振り下ろすフロストゴーレムを捉えるが、それは半ば無視してレーザーの動きを〝熱源感知〟で注視する。ランダムに発射されるとは言え、レーザーが放たれる直前の細氷の向きが把握できれば、どこに射線が向いているのかは一定読めるからだ。
ハルバードを1度上段受けで弾き飛ばしてから、後方から迫るもう1体のフロストゴーレムからの攻撃を〝霧足〟による軸ずらしでノールック回避する事で、僅かに生まれた時間を移動に費やす。
所定の位置まで移動すると、俺は再度振り下ろされたハルバードを、左ジャブで受け止めてそのまま破壊。そのタイミングで放たれた、頭部目掛けて飛来する純白のレーザーを右拳で吸収すると、流れるように右ストレートをフロストゴーレムの胸元に叩き込んだ。
拳の着弾と同時に、破壊力が増したレーザーが籠手から放たれる。フロストゴーレムは、抵抗する間もなく魔石を撃ち抜かれて地面に崩れ落ちた。
ワン・ツーパンチのうち、一撃目で相殺をしてから本命の二撃目で粉砕する。スマブラでもたまに狙う攻撃方法だ。弱い威力の飛び道具と共に攻めようとする相手とか、雑に地上で技を振る相手にはよく刺さる。マックの強攻撃はどれも判定勝負に強いので、近接キャラに対してなら待ち戦法は結構強かったりする。アーマーを盾にしたガン攻め戦法も中々楽しいけどな。
さて、残りは1体だ。そう考えて振り向いた俺だが、雪煙を切り裂くほどの勢いで無数の小さな流星と共に神速で突っ込んできた優花が、ハルバードとタワーシールドを吹き飛ばされたフロストゴーレムの魔石にナイフを突き立てた事で、戦う前に終わってしまった。
途端に辺りを焼きまくっていたレーザーが収まり、雪煙が渦を巻き始める。
その渦は竜巻のように螺旋を描いて一直線に伸びていく。竜巻の目のように、螺旋の中心は氷片一つなく、レーザーも通って来ないようだ。そして、その先は、ゴールの扉となっていた。
――残念だったな、自らの手で殺せなくて
耳障りな声を無視して、俺は優花の元に歩み寄る。
「ナイス攻撃。〝瞬光〟使ってたのにクソ速く見えたわ」
「ホント? じゃあ自信持っちゃおうかな」
「優奈の撃った流星と同じスピードだったろ。あれを対処するのは困難を極めると思うぞ」
普段はオールレンジ攻撃用のナイフに意識を割いている優花だが、全リソースを近接戦闘に振った時の爆発力はとんでもないのではないだろうか。近距離専門の俺やハジメとタメ張れる気がする。
まあ、そんな事しなくてもオールレンジ攻撃と近接戦闘を高い次元で両立している時点で、驚異的な戦闘力を保持していると断言できるのだが。
合流した優奈も、優花に「めっちゃ速かったね!」と手放しに称賛している。彼女の目から見ても、さっきの優花の攻撃は凄まじい物だったようだ。
再び3人で手を繋ぎながら、ゴールの扉に向かって歩を進めていく。
出口となる扉はいつの間にか開放されており、その先には光の膜のような物が広がっていた。見た目は、転移に使うゲートと似ている。
「……ま、行くしかないよな」
「嫌な予感はするけどね」
「でもまあ、何とかなるよ。仮に分断されても、私たちすっごく強いからさ!」
そうだな。色々あるだろうが、最終的には何とかなるか。
多分、優花と全く同じ苦笑いを浮かべているだろうな、俺は。
どこか柔らかい雰囲気のまま、俺たちは光の膜に飛び込むのだった。
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視界を潰していた白亜の光が、徐々に収まっていく。
ついさっきまで両の手にあった温かな感触は、いつの間にか消え去っていた。どうやら分断されたらしい。
目を開けて辺りを見渡す。縦横ともに2メートルぐらいのミラーハウスと言うべき通路に、俺は立っているようだ。
出入口らしき物はどこにも見当たらないので、取り敢えず通路を進む事にした。念の為、襲われても大丈夫なように右の籠手を衝撃波が飛ばせる物に変えてから。
何も言わずに歩く事10分。俺は、中央に天井と地面を結ぶ巨大な氷柱のある大きな部屋に辿り着いた。鏡のような氷壁と同じく、円柱型の氷柱もしっかりと俺の姿を反射している。
「……どこからどう見ても、リトルマックだな」
思わずそう呟く。
サーモンピンク色の上下スウェットを着込み、見た目をボクサーグローブに偽装している籠手を装着している俺の姿は、誰が見ても「リトルマックだ」と口にするだろう。
もう、真久野ケンと名乗る必要はないのかもしれない。そう思ってしまうぐらいに、顔つきも纏う雰囲気も、真久野ケンの要素はなかった。
……いや、それで良い。現状、正確に俺の人物像を知っているのは優花、優奈、ハジメぐらいだが、これ以上無駄に増やさなくても良いだろう。俺としては、もう十分である。
『徹底した自己の否定か。昔から全く成長してねえな、
「……なるほど。よく最大の敵は己自身と言うが、どうやらその通りらしい。薄々予想はついていたが、これがこの大迷宮のコンセプトか。自身を模した虚像が相手とは、相変わらず解放者は随分な性格をしてやがる」
円柱型の氷柱に映る、
『で、そのコンセプトってのは?』
「〝己に打ち勝つ事〟だろ。更に言うなら、これまでひた隠しにしてきた自身の汚い部分、目を背けたい部分、不都合な部分、矛盾と真っ向から向き合って、潰れる事なく乗り越えるまでがセットの試練だ。違うか?」
『正解だ。相変わらず、頭の回転〝だけ〟は素早いなァ』
勿体ぶった様子で、全く心の籠もっていない拍手をする虚像の姿を見た俺は、何も言わずに構えを取った。
虚像の俺は、それを見てもニヤついた表情を崩さない。オンラインの専用部屋で、同キャラの同カラーが被った際に見られる、ほんの少し黒ずんだ姿に変色すると、当たり前のように氷柱の中から出てきた。
鏡合わせのように、全く俺と同じ構えを取る虚像は、開戦の合図を口にする。
『さあ、お得意のミラーマッチだ。簡単にくたばってくれるなよ、
「絶対に安定しねえから嫌いだと公言していたんだけどなァ、ミラーマッチ……」
互いに地面を陥没させながら、強烈な踏み込みと共に前に出る。
考えている事は、コンマのズレもなく同じだろう。奴は俺自身なのだから。
勝機を見出すならば、人性能の急成長による超越。それ以外にない。
覚悟を決めた俺は、能力のバフを行う技能を全て発動させて、超接近戦へと雪崩込むのだった。
ある意味壊れていた方が攻略は楽でしょうね、氷雪洞窟の大迷宮は。
次回はマックミラー。過去1の殴り合いになると思います。
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