はらり、一枚の羽が地面に落ちる。その羽を散らせた本人は下に落ちた羽を拾い、静かに息を吐く。
「終焉」との決着からある程度経ち、事後処理なども安定した頃。フカは自身の体のある症状をコントロールできず困っていた。
人為的崩落、融合戦士が人と崩壊獣の境界を意図的に越え、多大な力を得ると共に完全に人ではなくなる行為。それを終焉との戦いの最中で使用した。
その反動が今来ているのか、フカは自身の体の中で崩壊エネルギーの制御が上手くいかず、未だに人為的崩落の影響が残っていた。
両手の甲と首元、腰部からは朱い炎と羽が存在し、そこから羽は少しずつ抜けている状態になっている。
その他に、神の鍵である渡世の羽も影響を受けているのか、擬似的に識の律者のように他人の意識や感情を無意識に受け取っていた。
周りに対して攻撃的なものでないことは幸運ではあったが、フカは自身の崩壊エネルギーの制御で手一杯になっており、渡世の羽による情報のオーバーフローによって今は自室で横になっていた。
「っ、はっ、はっ…」
制御から外れた崩壊エネルギーは体をじわじわと炙るように渦巻き、渡世の羽から流れてくる意識と感情の処理が追いつかず、熱に浮かされたように意識が安定しない。処方された制御薬も使用しているが、融合戦士は他の戦乙女と体組織が違う関係で効果が薄いようだった。
ぐらつく視界と体に籠もった熱、そして制御から外れた崩壊エネルギーがフカの体を奪い、今までに無いほどに弱っている自覚があった。
はらりとまた一枚、渡世の羽より朱が強い羽が落ちる。この羽もまた崩壊エネルギーの塊である以上、回収しておかなければならない。床に落ちた羽に手を伸ばそうとしたその時、別の方向から手が伸びてきて、朱色の羽をフカよりも先に拾った。
「へぇ、ケビンを相手にしていたときとはまた違う羽ですか。それにしても、朴念仁がここまで弱る事なんてあるんですね」
「…識」
羽を面白そうに眺める識の律者は珍しくぐったりとしているフカを見て、何を思ったのかその手をフカの額に添えた。
フカの目はうっすらとしか開かれておらず、その目も焦点が合ってないのか反応が鈍い。何より、触れた額から伝わる温度は明らかに高すぎるものだった。
「ちょっと!?制御ができないとは聞いていたけども…!」
異常に高すぎる体温はもちろんの事、識の律者はその視線をフカの手の甲と首にも向ける。人の肌ではない朱い部分は表面をうっすらと炎が覆い、溢れた崩壊エネルギーが羽の形を取って落ちている。大体は落ちる前に霧散して消えているようだが、密度の高い羽はしっかりと形を残したまま先ほどのように落ちているらしい。
そして識の律者はもう一つ、自身が持つ権能の関係でフカが今抱えている最大の問題を理解した。
それを認識した識の律者は一瞬、真面目な顔になる。いくら渡世の羽を扱っているとはいえ、崩壊エネルギーが制御できていないフカにとってそれはさらなる負担を掛ける。
恐らくフカは体のことは説明していても、渡世の羽のオーバーフローについては説明していない。
識の律者はいつものようにフカに突っかかろうとして───弱々しく額に添えた手を握る姿を見て、溜息を吐くだけに抑えた。
「はぁ……。皆が心配してるから揶揄おうと思ってきてみれば、想定以上に駄目になっていて──それで、渡世の羽の事を話していないのはどうしてなんですか?」
「…鍵が制御、から外れ、たのが……少し、ま、え」
「で、話そうにも情報の逆流でロクに動けず。朴念仁にしては油断しまくりですね」
添えていた手を離すと、フカは名残惜しそうに手を握ってきた。普段のフカからは思いつかない行動の数々に、識の律者は多少疑問を持ったものの、先に渡世の羽の制御をする方が先決と判断し、フカの意識に権能を使って触れる。
「渡世の羽を少しの間、こっちで持つ。その間に体の崩壊エネルギーをなんとかして、いつも通りに出てきて、約束通り神州巡りに行きたいんだけど」
「もう、少し…バ、ラン、スが、あんて、いする、まで…」
「はいはい、ちゃんと待ちますから」
渡世の羽から流れる情報が無くなったことで、大分楽になったのかフカの意識が徐々に弱くなっていく。それに伴って、荒く浅かった呼吸もゆっくりと元に戻っていく。
しばらくして規則正しい呼吸音がし始め、部屋に入ってきた時よりも朱色の炎が小さくなっていた。このまま大人しくしていれば二、三日ほどでいつも通りに戻れるだろう。
識の律者は穏やかに眠るフカを確認し、床に落ちたもう一枚の朱色の羽を拾う。それを自分の意識空間に仕舞い込み、静かに部屋を出て行った。
▼▼▼
「フカ、体調はどう?」
「えぇ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました、学園長」
「そう…よかった。でも、もし何かあればすぐに報告すること。それだけは必ずね」
数日後、体内の崩壊エネルギーのバランスも戻り、復帰したフカはテレサの元に報告に来ていた。まだ多少人為的崩壊の影響が残っている部分があるが、それも一週間以内には元に戻る目算である。
あの時、識の律者がやけに自分に対して突っかかってこなかったことが気になるフカではあったが、気まぐれな識ちゃんのことである。余り深く考える必要は無い、と思っている。
「それでは、学園長。これから医療部の方へと行くのでこれで」
「えぇ。───あら?」
学園長の部屋を出ようとしたとき、テレサが少し面白そうな声で何かを見つけたらしい。
扉を潜る直前、テレサはフカに向かって今し方起きたことを言った。
「フカ、羽が落ちてるわよ」
「えっ」
フカの体がちゃんと戻るまでの数日、聖フレイヤ学園の中で朱色の羽が何枚か拾われたと言う報告が上がった。