崩壊3rd読み切り集   作:影元冬華

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 冬コミに出した本の再録です。イエーイ。
 pixivだと挿絵を表紙絵にしています


意識の境界

 うっすらとしていた意識が徐々に鮮明になっていく。ぼやけていた視界には夜よりも暗く黒い空と白い砂、そして波が写る。耳には波が静かにさざめく音のみを捕らえ、それ以外には自分の呼吸音しか無い。

此所はどこだろうか、それを考えようとしたが思考回路は靄が掛かったかのように鈍い答えしか返さない。

 ざり、と一歩踏み出すごとに砂が擦れる音がする。海か、川か、それとも湖か。そのどれかかも分からない暗く黒い空間の水に、なんとなく引き寄せられていく。

 

 波打ち際より一歩前、水の中に足が入る。水はまるで氷のように冷たく、そのまま入っていれば自分の温度はあっという間に奪われてしまうだろう。

とてもつめたい。

理性は戻れと命じるのに体はそこから動かない。このまま水の中に、足だけでは無く前へと進みたい。そう思う自分もいる。

 

 星すらも見えぬ漆黒の空、先の見えない水、自分の温度を奪う冷たさ。その全てがどこか自分が求めていた何かだったような気がして離れようと思えない。

 

 足首までだった場所から更に奥へと歩む。ちゃぱちゃぱと静かな水音が少しずつ大きくなり、太ももの半分ほどの深さまで浸かっていく。

 このまま進みたい、戻らなければ。矛盾する二つの意思が争っているのにそれをどこか他人事のように感じてしまう。考えることすら放棄して、このまま全て沈んでしまえば。

 

 一歩、また水の中へと足を進めようとしたとき。後ろから声がした。

 

「朴念仁。どこに行こうとしてるんですか」

 

 

 聞き慣れた声、なのに誰なのか思い出せない。靄の掛かった思考は聞こえてきた声すらも半分拒絶している。だが声を掛けられた以上、進んではならないと判断して足を止める。

 

「そのまま沈んでしまえば、戻れなくなりますよ」

「──もど、る」

「ええそうです。朴念仁が自分を犠牲にしてでも守ろうとしたバカ達が居る場所ですよ」

 

 緩く、鈍く、思い出す。ああ、そうだ。私は誰なのか、此所はどこなのか。

 少しずつ思考の靄が晴れていく。だが体が思うように動かない。命すら奪うほどに冷たい水は戻ることを認めず、もっと先へ歩むように誘惑する。

 後ろに居るのは誰なのか、それだけはなぜかゆっくりと戻ってきた思考の中でも思い出せない。聞き慣れた声なのに、自分が大切に思っている誰かなのに。

 

 いつまで待っても戻ってこない大馬鹿者に痺れを切らせたのか、声を掛けてきた誰かがじゃぱじゃぱと苛立ちを感じさせるほどに荒れた歩調で水の中へと入ってきた。そしてそのまま、ずっと水に引き寄せられたままの、冷え切った体の、掴み慣れたその腕を力強く握る。

 

「──いい加減に起きろ!フカ!」

「……し、き?」

「ええそうですよ!この偉大なる識の律者様が堕ちかけの朴念仁を連れ戻しに来たんですよ!」

 

 強く握られた腕から伝わる温度が、今目の前に居るのが誰かなのかを思い出させる。ゆっくりと、奥へと進もうとしていた体の主導権を少しずつ取り戻していく。いつの間にか呼吸すら忘れていたのか、息を吸い始めたところで自分の体が冷えきっている事に自覚を持った。

 どこか胡乱げだった目も少しずつ光が戻ってくる。そうだ、ここに居てはならない。まだ、この奥に行くには早いのだ。

 

 そう、此所は彼岸と此岸の境界。この水に沈んでしまえば。

 どこか無意識に願ってしまった『終わり』が、目の前にある。だがまだ、この目で見届けたいものがあるのだ。なにより、託された願いも想いもある。

 

「ようやくまともになったみたいですね」

「…えぇ、ありがとうございます。お陰でちゃんと戻れそうです」

「そうですよ。まだ約束通りの神州巡りは終わってないですし、貸した借りだって返して貰ってないんですから。こんなところでぽっくり死なれちゃあ困ります」

 

 しっかりと思い出したフカは、自分の腕を握って離さない識の律者の顔を見る。言葉ではいつも通りに感じたが、その顔には怒りと恐怖が混ざったような表情の名残があった。

 だからフカは、識の律者へとその頭を預けるように押しつける。自分はちゃんとここに居ると、教えるように。

 

「もう、大丈夫です。戻りましょうか、識」

「───ふん、こんな何もないツマラナイ場所、さっさと出たくてしょうがないんですよ」

 

 ぐい、と識の律者がフカの体を引き寄せ、抱き上げる。冷え切った体は満足な抵抗もできず、されるがままに抱かれた。

 先ほどよりも伝わる温かい温度に、どこか安心してしまったのか、それとも限界だったのか。フカはそのままゆっくりと目を閉じる。

 

 識の律者は自分に抱き上げられたまま暢気に眠った朴念仁をみて、そしてその呼吸音を聞いて、ほんの少しだけ、安心したように笑った。

 




(この作品書いたときの総執筆時間が1時間で「頭おかしいよ」と言われました)
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