A.182ぐらいで
「では、今まで世話になった」
「どうせスーくんの方からは来れないだろうから、たまに束さんの方から会いに行くよ」
「それまでには、なるべくもてなしができるように生活を整えておく」
「それとおさらい。一応パワードスーツは待機状態にできるように説得はしたけど、それでも今まで通り手入れとかは忘れないであげるんだよ」
「むしろ手入れをしないと俺が落ち着かないから問題ない。半IS化して意思が生まれている事には驚いたが、だからといって俺にできる事も特に無いんだろう?」
「うん、まぁ、スーくんの意思に関係なく勝手に自分で待機状態になるぐらいはするかもだから、手入れ道具の選り好みするようになるかも?」
「そこまで意思が豊かなのか。手入れ道具の選別が楽になりそうでむしろありがたい」
ふと揺れた気がして視線を落とせば、シルバーリングの後に追加された黒いプレートにEDFの文字が刻まれたタグが目に入る。
随分と首周りがジャラジャラしてきた気もするが、基本は服の下だから問題もないだろう。パワードスーツに至っては、移動時ぐらいにしか待機状態にはしないしな。
「正直そのパワードスーツは、まだ束さんにとっても未知な部分が多いんだよ。相変わらずアクセスは拒否するし、コアネットワークにも上がらないくせに、一応こっちの会話は認識してるみたいで束さんを偶に煽る。完全に分解して初期化すればとも考えたけど」
「勘弁してあげてくれ。何度か行った戦闘シミュレーションでも支障はない。座学で
「スーくんならそう言うと思ってたし、実際そんな事をしようとしたらその子が何するか分からないからね。今回は勘弁――んなっ!?」
急に変な声を上げたと思えば、束さんの頭にあるメカうさ耳がピコピコカチャカチャと忙しなく動いている。
どうやら束さんはメカうさ耳を介して簡単なものであればパワードスーツとのやり取りが可能らしい。そして束さん曰く、俺のパワードスーツは寡黙なくせに口を開けば煽るとのことで、最近忙しなくあの耳が動く時は大体言い合いをしているんだとか。
会話内容こそ聞こえないが、グリムリーパー隊*1とスプリガン隊*2のやり取りを見ているようで個人的には微笑ましい。
「二人ともそこまでに。約束の時間だろう? 親睦はまた会った時にでも深めればいい」
「ぐぬぬ……本当、スーくんの言う事には素直だね! まったく……あぁそうだ、ちーちゃんに会ったらこれを渡しておいて欲しいなっ!」
「自分で直接渡したほうがいいのでは?」
「渡そうとするとアイアンクローしてくるんだよ。ちーちゃんには困ったものだ」
今から会う人物については、一応束さんから事前に説明は受けている。
織斑千冬――第一回IS世界大会『モンド・グロッソ』の格闘部門と総合部門で優勝し、ブリュンヒルデの異名を持ち、世界最強と称される女傑。今ではIS学園で教師をしている。
そして俺からすれば、物語の主人公の姉で重要そうなキャラの一人という認識もあるが、なんか黒い水着でビーチバレーしてたような気がする記憶しかない。
「スーくんからも、束さんにもう少し優しくするように言っておいてね」
「伝えはしておく」
差し出された手紙を受け取りながらテーブルに置いてある時計で時間を確認すると、約束しているという時間までもう五分もない。まだラボなんだが……。
「ところで待ち合わせはこのラボで?」
「いや? IS学園だけど」
「……IS学園は東京湾沿岸の人工島だったと記憶しているのだが」
「うんうん! ちゃんと勉強の成果が出てるね!」
「特に気にしてなかったが、このラボはどこにあるのか聞いてもいいだろうか」
「この後、束さんは少し用事があるから、今はフランス近海だね」
「なるほど。遅刻確定か」
海を移動するより、パワードスーツを使って全力で横切った方が少しでも早く付くだろうか。だが流石に人目に付くのは避けたほうがいいはず。そうなると、良さげなルートを束さんから聞くのと、後は織斑千冬に事前連絡をしていてもらうのがいいな。
「残念ながら確定じゃないんだなぁ~」
「ん?」
「量子格納の応用で、まだリンクを繋いだ扉同士でしか確立できないし、実験段階だから一箇所だけしかリンクも結んでないんだけど束さんの隠し玉を一つお見せするよ!!」
「見たい気持ちは山々だが、あまり時間が――」
「ではでは、ちーちゃんによろしく~~」
俺の言葉も聞かずに言い切った束さんにドン!と押され、その強さには踏ん張りも意味がなく背後にあった扉にぶつかってしまい、俺は勢いそのままに開いた扉を通過してしまう。
唖然とする俺に手を振る束さんは閉じた扉で完全に見えなくなり、状況が理解できずにもう一度扉を開けてみれば、そこにはどこかのホテルの様な廊下が広がっていた。
「……状況が分からん」
「そうだな。それには私も同感だ。だがひとまず貴様を拘束しようと思うが、何か言う事はあるか?」
立ち上がりながら声のする方へとむけば、長い黒髪を後ろで一本に結び、ビシッとしたスーツ姿の女性が立っている。
束さんに見せられた写真そのままで、そうでなくとも若干覚えているビーチバレーの記憶が訴えている所から察するに、この人が織斑千冬で間違いないだろう。
つまりなにか? もしかせずともここはIS学園なのか。色々とまだ混乱気味だがまずは敵意を収めてもらうところからだな。
「こちらに敵対意思はない」
「仮にそうだとしても、私の部屋から出てきた事実は変わらないな」
あー……なるほど。いきなりリンク云々意味の分からない事をと思ったが、あの扉とIS学園にある織斑千冬の部屋の扉がソレか。
テレポーションアンカー*3とかの話もしたし、そのうちリンクした扉を打ち出したりしそうだ。まぁ、何にせよ今回は明らかにファーストコンタクトとして最悪な気もするけど、約束の時間にはギリギリ間に合ってはいるな。
「今日、約束をしていたストーム1だ。篠ノ之博士から連絡がいっていると思うが」
「奴からそんな話は聞いていない。嘘をつくならば、もっとマシな相手を利用するんだったな」
その言葉の次の瞬間には、姿勢を低くした織斑千冬が俺の内側に入り込んでいる姿が見えた。そして振り抜かれようとしている手刀。
まぁ、移動速度には驚いたが手刀はそれほどでもないな。死ぬ様な感じはしないし、何より金蟻の酸より遅い。
「ほう」
首元に伸びてくる手刀を受け止めると、織斑千冬から少し驚いたような声が聞こえた。そしてそのままお互いに視線を交わして止まる。
しかしどうしたものか。何か食い違いでもあったのか、束さんから連絡は無いと言われると困ったな。いや、そういえば渡して欲しいと言われていた手紙を預かっていたな。それでなんとかなるか?
「今から篠ノ之博士から預かっている手紙を取り出す。敵対行動ではない事を理解していただきたい」
「いいだろう。不審な行動や物を取り出せば敵対行動と見做す」
「話ができるようで何よりだ」
手刀を止めていた手を挙げ、一旦もう片方の手も挙げてからつなぎのポケットに入れた手紙を取り出し織斑千冬に手渡す。そしてまた大人しく両手を挙げて無抵抗アピールをしておけば……多分大丈夫だろう。これでダメなら、うん、次は手刀を受け入れて気絶しよう。
「……はぁ、両手はもう下ろしていい。嘘と決めつけてしまった事と制圧行動に移った事を謝罪させて欲しい。すまなかった」
「頭をあげてくれ。何かの食い違いがあっただけだろう」
「いや、おそらくわざとだ。どうやら束のやつは君の事を高く評価しているらしい。しかしまさか本当に束の知り合いとは思わなかったな……手紙の内容は見たか?」
織斑千冬の言葉に首を振って返すと、中に入っていた三枚のうち一枚を手渡してきた。俺が読んでいた方がいい内容でもあったのかと思い目を通すと――
~~
愛しのちーちゃんへ
ちーちゃんがかまってくれないので、私はスーくんにめちゃくちゃにされてしまいました。
とても悲しいと思いませんか? 思うと思います。
なのでちーちゃんは、もっと私に優しくするべきだと思います。スーくんもそう言っていました。
毎朝毎夜七時のラブコール待ってます♥
ちーちゃんの愛しの束さんより
PS.
彼、中々いいでしょ~?
ストーム・ワンの身元は私が保証するよ。
~~
――上手く言葉が出てこない。何を俺は読まされてるんだ。
「言っていたのか?」
「言った記憶はないが、言ってくれとは言われた」
「フフッ、どうやってあの捻くれきった堅物な寂しがり屋を懐かせたかご教授願いたいな」
この手紙から何をどう取れば懐いているのかが分からん。分からんが、とりあえず言っておいたほうがいいことはあるな。
「念のために言っておきたいのだが、一ヶ月ほど世話にはなったが寝室とかは別で何もなかった」
「ハハハッ、奴が一ヶ月世話を焼いたというだけでも異常なのにあったらあったで驚きどころではない」
織斑千冬は俺が返した手紙をぐしゃっと握り潰し少しだけ開けた自室の扉の向こうにソレを投げ捨て、どこかへ電話を掛けるとついてくるように言い歩き出す。
なんだかんだ言いながらも機嫌がよさそうな織斑千冬を見るに、束さんの事を気にかけてはいるということかな?
あんな手紙への反応も慣れたものだったし、二人は仲がいいんだな。
「そういえば自己紹介がまだだったな。束から聞いて必要ないとは思うが、織斑千冬だ。そちらの事情は大方理解している。記憶喪失とは大変だったな。ストーム」
ん? あぁ、そういう設定でいくのか。束さんがすんなり受け入れていたから何も考えていなかったが、確かに普通に考えれば前の世界の話とかは酒の場の戯言だな。
ただ名前も覚えていない設定なのだろうか。
「しかしストーム・ワンとは、まるでコールサインだな。束にしてはまともだと思うが、もっとまともな名前を付ければよかったものの」
まるでどころかコールサインなんだがな。
どうやら名前まで覚えていない設定のようだが、まぁ正直もう本名で呼ばれるより聞き慣れているし、束さんの配慮を無下にする気もないから別にいいか。
「ところでストーム、君は何か武術を嗜んでいるのか? 互いに本気ではなかったとはいえ、ああも簡単に手刀を止められるとは思わなかったぞ」
「……いや、特に何かしていたという記憶はない」
「……なるほど、記憶喪失だったな。目の良さはまだしも、肉体や佇まい、纏う雰囲気といいつい最近まで戦場に立っていた者のようだが、記憶喪失ならばそれも分からんか」
「すまないな」
「謝ることではないさ。答えられる奴に聞けばいいだけの話だ」
勘がいいのか何なのか。追求してこないのはありがたいが、でもこれ、俺が記憶喪失じゃないのバレているよな。
「さて、今後についてだが今は学園長室へと向かっている。君は用務員として雇われるだろう。名はストーム・ワン、記憶喪失の事は一部の人間以外には伏せていく方針だ。その一部数人に関しては、おって名簿を用意するから頭に叩き込んだら処分をするように。ここまでは問題ないな?」
「問題ない」
「では続ける、業務に関しては現在用務員をなさっている轡木さんから引き継ぎがあると思われるので省くとして、IS学園で男は轡木さんのみ、君で二人目となる。だが轡木さんは立場が特殊だ。故に君が一人目と言ってもいいだろう。そしてこの学園にも大なり小なり女尊男卑の思想も持っている者もいる」
女尊男卑……束さんとの勉強でそんな話もあったな。確かISが女性しか扱えないからということだったか。
大変そうだな。
そういうのはどうにも苦手な話題だから、できれば関わり合いたくないものだ。
「そこまで愚かだとは考えたくないが、そういった輩が君に無理難題を押し付けてくることもあるかもしれない。他にも何かと不自由な所が出てくるかもしれん。そこで私のプライベートの連絡先を渡しておく。対応に困った時は連絡をしてくるといい。全てを解決はできないが、ある程度ぐらいであればなんとかなるだろう」
「感謝する。何か困った時は頼らせてもらう」
「あぁそうしてくれ。束のやつに貸しを作るのも悪くないからな」
「仲が良いようで微笑ましい限りだ」
楽しそうに声を殺して笑っていた織斑千冬は、俺の言葉に目を見開いて驚いた様子で見てきた。
そんなに驚くような事だっただろうか。束さんも偶に織斑千冬を話題に出す時は、今みたいにいたずらを仕掛ける子供の様な笑みをしていたし、仲がいいんだなと返せば照れてメカうさ耳がご機嫌に動いていたぐらいなんだが。
俺の思い違いの可能性が出てきたな。
「そう見えるか?」
「少なくとも仲が悪そうには見えないが……気に障ったのなら謝ろう」
「いや、そういう評価を受け慣れていなくて少し驚いただけだ――っと、ここが学園長室になる。記憶喪失という事で君自身の事は問題ないだろうが、束が身元を保証するということで幾つか質問があるかもしれない。それには無理して答えず、白を切ってくれて構わない。最悪の場合は私も保証すると言えば押し通すさ」
「心強いな」
「では改めて、これからよろしく頼む。ストーム」
「こちらこそよろしくお願いする。織斑先生」
その後、無事に用務員として雇ってもらえることとなり、当初こそ他の職員から反発の声も上がったようだが織斑先生の一声もありすぐに聞こえなくなった。
寝泊まりは敷地内の端の方にある放置されていただだっ広い物置小屋を使わせてもらっているが、轡木さんの配慮でシャワーやらキッチンやらが設置され、正直ここまでしてもらっていいのか不安なところもある。
ただここならパワードスーツを見られる可能性も低く、ゆっくりと手入れもできるので可能な限りはこのまま使わせてもらうつもりだ。
そんなこんなで用務員となって三ヶ月とちょっと。
仕事もそれなりにこなせる様になり、それまで特に織斑先生に頼るような事もなく、今日も日課のパワードスーツの手入れをしていると、BGMにしていたラジオが何やら騒がしい。
『速報です! 世界で初、男性がISを起動させました! 詳細は未だ不明ですが、情報が入り次第おってお伝え致します! 繰り返しお伝えします――』
あぁ、主人公。そういえば今まで学園で主人公の話は聞かなかったな。まだ入学していなかったのか。
『なんと世界初の男性操縦者は現在中学生との――』『男性IS操縦者の誕生の噂が広まっています――』『先程、驚くべき情報が入りました――』
どこのチャンネルも似たようなものだな。
「今日一日はどこもこんなものか」
聞いていても仕方がないと思いラジオを切って、なんとなく窓を開けて空を見上げると、いつもと変わらず青く、風が気持ちいい。
いい空だ。
「~~♪」
ヌルッと学園に行ってそのままグッジョブキャンセルで原作時間にIN。
最後でストーム1がした鼻歌は、もちろんアレです。勢いで5のバージョンまで奏でました。
誤字報告や感想等、ありがとうございます。