「ストーム君、九時頃に部活動用の備品が届く予定なので、警備から連絡があったら対応を頼めますか?」
「問題ありません。ところで轡木さん、今日は入学式ですが……学園長と共にいたほうがよいのでは? 今年は何かと騒がしいでしょう」
「気遣いをありがとうね。でも大丈夫ですよ。妻は長話が嫌いでね、後二十分もすれば入学式は終わるでしょう。話題の織斑一夏君は入学式には参加させず、時間をずらして教室へ向かうようにしてありますから」
「なるほど」
そんなやり取りをしている朝。だだっ広い倉庫の隅に用意された四畳半の畳を敷いた空間。
少し大きめの丸机の上に置いたノートパソコンを使って各方面からの申請を確認している俺の向かいでは、轡木さんがカタログを開いて発注書に次々と要望品を書き込んでいく。
IS学園は情報漏洩防止とかでネットワーク制限が厳しく、発注とかの外部連絡は特定の連絡手段でしか行えない。そして基本的に発注は用務員がまとめてする事になっている。
そして今回は織斑一夏の入学の関係もあり、外注工事の申請等も行うとのことで轡木さんに色々と手伝って貰っていた。
「自分の時も色々としてもらいましたが、こうしていると手間をかけさせたなと実感します」
「実はストーム君の時は外注とかはしていないんですよ」
「そうなんですか? シャワー室とキッチンとトイレ、この畳とかは元は無かったと聞きましたが」
「畳をお願いしたのは私で間違いはないんですがね。ここも含め、増設は篠ノ之博士が一日でご用意したものなんです」
「あー……なるほど」
随分と準備が早いとは思ってはいたが、束さんがした事だったか。一ヶ月も一緒に生活をしていれば、その技術力が飛び抜けているという事は理解していたが、そんなポンッと増設できたりもしたんだな。
あれから会ってはいないが元気にしているだろうか。
やっと落ち着いてきた事もあり、お礼をしなければと思う事が積み重なっていくばかりで、どうしたものかと悩んでいたりもするのだが……。
「この際ですから、ストーム君も何か必要であれば頼んでいいですよ」
「特にはありません。体が鈍るかもと心配もありましたが、動かすだけならこの広さがあれば十分ですし」
「ストーム君はいい体をしていますからね。トレーニング器具でも用意しましょうか?」
「有り難いですが仕事に支障が出そうなので」
「ストーム君は無欲ですね」
「そうでもないですよ」
未だに頭の中では、もっといい結果があったんじゃないかと過ぎた戦いのシミュレートを何度も何度もするし、こんな事なら武装をコンプリートしてくればよかったなんて思う時もあるぐらいには貪欲だ。
あと普通に遠慮とかではなく、トレーニング器具なんて置かれるとせっかくの広い空間が狭くなるからやめてほしい。天井こそ高さが足りないが、俺がミスりさえしなければ室内でもスラスターを吹かせられる今の状態でそんなものを置いたら……次の日には器具は粗大ごみになっているだろう。
「ミニマリストというやつですか?」
「いえ、ゴツい方がロマンを感じて好きです」
「……?」
「…………?」
あー、これは勘違いしてるな俺。ミニマリストってなんだっけ。
「……確かにロマンは大事ですね」
「モチベーションに関わる時もあります」
轡木さんが優しい。絶対俺の返答が間違えていたのに、微笑みながら話を続けてくれる優しさは温かいものだ。それに甘えて即答する俺はポンコツなものだ。
ただ、もうエアレイダーのテンペストや、アシスト無しでは打てないリバイアサンを使えないと思い、少し寂しいと感じてしまっている俺を許して欲しい。きっとそこから勘違いしてしまったんだ……きっと。
「ちなみにですが、今のミニマリストは必要最低限のものだけで暮らす人やそのライフスタイルの意味でお聞きしていました。収集癖が少しあるもので先日それで妻に叱られてしまいまして、もしコツがあるのならお聞きしようかと思ったんです」
「あぁなるほど。そういう事であれば、残念ながら役立てそうにはありません。どちらかと言えば自分も収集家寄りな所が……」
「飾って並べてみたりして、悦に浸りたくなる時がありますよね」
「下位互換だと分かっていても細部や色が違うだけで手元に置いておきたい事なども」
お互いに合図もなく手を出し、ガッチリと握手を交わす。
集めていた物は違えど、同士に――ん、力強く厚い手だ。齢七十近いと聞いていたが、随分と鍛え上げられている。穏和な初老だとばかり思っていたが、意外と昔はやんちゃしてい「「「きゃああああああああ!!!!」」」――悲鳴? 何かトラブルですかね?」
「んー、時間的に織斑先生のクラスでしょう。去年も似たようなことがありましたから」
「……織斑先生は新入生歓迎に巨大蜘蛛でも持ち込んでいるんですか?」
ここまで聞こえるとは相当な悲鳴だと思うのだが、轡木さんの落ち着きを見るに本当に去年もあったんだろう。
まぁ、トラブルがあれば連絡が来るだろうし、織斑先生ならある程度は対処できそうではある。そう考えると気にしても仕方ないか。
「"ブリュンヒルデ"という存在はそれだけ大きいということですね」
「生きる伝説ですか」
「そういうことです」
アイドルみたいなものか。いや、あの悲鳴……もしかしたらそんな生易しいものではなく、宗教レベルの偶像崇拝かもしれないな。
そういえば、向こうで最後の通信は卵神話狂いのナビ子ちゃんだったか。何かと背負い込むタイプだったが、変に思い詰めていなければいいが。
「しかしそうなると、血縁の織斑一夏への期待も大きそうですね」
「そうですねぇ。彼の存在は世界が注目していますし、まだ入学すらしていない時ですら日本政府から度々連絡が来ていたぐらいです。今日も朝から、特例で専用機の用意もしているからそれに関する情報管理について、としつこく確認の電話がきました」
「それはなんとも」
「事情が事情なので理解はしているんですがねぇ。その確認も四回目、深夜帯にも連絡してくるので老骨には堪えますよ」
「そんな状況なのに、仕事を手伝わせてしまって申し訳ないです」
「いいんですよ。こうして話し相手もいますし、落ち着いてお茶を飲めますし、私にとっても良い息抜きになっていますから」
「そう言っていただけると有り難いです」
俺の言葉に軽く笑い返した轡木さんは、残っていたお茶を飲み干して腰を上げた。
ふと視線を下げてテーブルを見てみれば、既に発注書はまとめ終えてある。話しながらだったはずなのに、流石としか言いようがない。
「さて、そろそろ私は妻の元へ戻ります。私は息抜きできたので、次は妻に息抜きをさせてあげなければ」
「分かりました。夕刻までには業者への連絡も終わると思います」
「ストーム君も根を詰めすぎないように」
「はい」
出ていく轡木さんを見送り、立ったついでに軽く体を伸ばして時計を確認してみれば、もうすぐ九時だ。
予定ではそろそろ備品が届く時間だな……荷物を入れる前に榊原先生に連絡を入れておくか。向こうも新入生関連で忙しいだろうし。
そう思い、支給された連絡用の携帯を取り出すと、見計らったかのようにコール音が鳴る。
どうやら相手は織斑先生のようだが、さっきの悲鳴関連でトラブルでもあったか?
「はい、こちらストーム1」
『織斑だ。今、大丈夫か?』
「これから部活備品の搬入をする予定だが、少しならば問題ない」
『来週のアリーナの空きを確認をしたい』
早速訓練の準備か。来週は……まだどこからも申請は無いな。放課後以外であればいつでも空いている状態。
入学早々訓練とは大変だな。頑張れ新入生。
「放課後から三時間は打鉄、ラファール・リヴァイヴ含めアリーナは二年三年の生徒達が予約はしているが、それまでであれば来週はまだどこも空いている」
『では来週の月曜、九時から一時間の予約を頼む』
「打鉄とラファール・リヴァイヴは何機予約しておけばいい」
『念のために一機ずつ頼む。はぁ、アリーナもISも使わずに済めばいいんだがな』
「……? 分かった。とりあえず予約しておこう」
『時間を取らせた。次の授業の準備があるからこれで失礼する』
「あぁ」
切れた携帯をポケットに戻しながら考える。
今の言い方から察するに、別に授業で使うとかではなさそうだが一体何に使う気なのだろうか。織斑先生的には不本意そうな感じがまた謎だ……っと、今度は警備からだな。榊原先生には移動しながら確認を取るとしよう。もしすぐには無理なら一旦ここに持ってくればいいだろう。
「はい、こちらストーム1」
――
―
『夜分にすまない……織斑だ』
夜。
今日の分の仕事を終え、日課も済ませてチャーハンを食べていると、仕事用携帯に本日二度目の織斑先生からの電話が掛かってきた。
「別に構わないが、何かトラブルか?」
『トラブル、そうだなトラブルだ。明日で構わんのだが、生徒寮の部屋用扉を一枚用意しておいてくれ』
「扉? 鍵の紛失でもあったのか」
『色気づいた小娘が木刀で穴を開けてな』
「……合金製はすぐには用意できないぞ」
『そんなくだらん特別扱いしてたまるか』
ほのぼの。
轡木さんはきっと癒やし。
織斑先生とは、この三ヶ月で2回飲みに行ったぐらいには仲良くなりました。
あとあの学園、部活棟とかあったんですね。
榊原 葉月先生の存在を初めて知りました。
誤字報告や感想等々ありがとうございます。