今回はストーム1はほぼお休み。
夜、どこかの海底。
「邪魔するぞ」
「あ、ちーちゃん! んちゅぅ~~~ぐがぁいだだだだ!! 蟀谷が凹んじゃう! 潰れちゃう! ちーちゃんそれ以上は束さんの脳髄がぷちっってなっちゃう!!」
「なんだあの扉は。ストームから話だけは聞いていたが、いつあんなモノを取り付けた」
「うぅっ……最近だよぉ」
「撤去しておけ。どうせストームの所にもあるんだろ? それで満足しろ」
「え? 嫌だけど――も~、ちーちゃんの愛情表現は激しいなぁ。連続で受け止めると束さん壊れちゃうよ~」
解放した頭を再度掴もうと手を伸ばすが、織斑千冬の手は虚しく空を切り、当の狙われた篠ノ之束本人はニヤニヤと笑いながらどこからかテーブルと二人分の椅子を用意して腰を下ろしている。
その様子を見た織斑千冬は、小さく舌打ちをしてから向かい側へと座った。
対して篠ノ之束は視線を扉の方へと移し、一向に開かない様子に首を傾げて心底不思議そうに織斑千冬へと問いかける。
「あれ? スーくんは? 来ると思ってたけど」
「どっかの誰かが侵入者を招き入れたせいで、今頃仕事を終えて始末書を書いているところだろう」
「あらら大変だー。スーくんも内緒にしておけばよかったのに」
「反抗的な二足歩行の兎ロボットを見せたら白状したぞ」
「一つ消えたな~って思ってたけど、ちーちゃんに捕まってたのか! 納得納得。まぁでも、ちーちゃんにとっても私にとっても、そっちの方が都合がいいかな?」
二人は数秒視線を交わし、それに合わせて空気が徐々に張り詰めていく。
そして――どちらからともなくクスッと笑い始め、張り詰めていた空気も緩くなり、互いにいつの間にか篠ノ之束が用意していた紅茶を一口飲んだ。
「お前の方から話すか?」
「ちーちゃんからでいいよ。私のは大したことじゃないからさ」
「では遠慮なく。ストーム・ワン……あの男は何者だ」
「まぁ、それ聞くよねぇ」
「当然だ。電話では誤魔化されてばかりだからな。妹以外に興味を持たない、あの篠ノ之束が興味をもった男だ。気にならんほうがおかしいだろう」
「チッチッチッ、それは違うよちーちゃん。私はちーちゃんといっくんの事もちゃーんと見てるよ」
「……今はそこにストームが加わると」
「まぁね。さてさて、何をどれだけ、どんな風に説明しようかなぁ」
体を伸ばしながら考える素振りを見せた篠ノ之束は、ニヤリと笑みを浮かべて織斑千冬へと一つの問いを投げかける。
「ちーちゃん、スーくんって何歳だと思う?」
「なんだ突然。確かお前が用意した資料では……二十六だったか?」
「私がスーくんの話を聞いて用意した資料ではね。外見的にもそれぐらいかなって」
「何が言いたい。仮に多少上だろうが下だろうが何の関係が――「推定百四十七歳」――は?――「スーくん本人がその辺は無頓着でね。実年齢の把握は束さんにもできてないんだよ。百四十七っていうのもスーくんの話を聞いて、血液検査して、束さんなりの観察眼で得た情報を元にして出した推定で、もしかしたらそれ以上の可能性も高いね。仮に以下だったとしても間違いなく百は超えて」――待て、話がついていけん。何かの映画の話か? 私が知りたいのはストームの事だ」
「スーくんの事だよ? ちーちゃんが知りたがってるストームワンの事」
織斑千冬は向かい合う篠ノ之束の瞳を見るが、そこに嘘でおちょくっている様子はない。本気でそう言っていることは分かった。
しかし、それを理解するにはあまりにも突拍子もない内容であることも確かであり、まさかの可能性として一瞬浮かんだのは自身の出生。だがそれもありえないと切り捨て、少し悩んだ織斑千冬は眉間をほぐしながら話を続けるように促した。
「あぁ! 安心していいよ。あの研究は再開していないし、スーくんは一切無関係で間違ってもいっくんに伝わる心配もないから。続けるけど、有象無象の言う束さんの様な
「その"とーっても緩やか"というのが、推定百四十そこそこに繋がるんだな?」
「うんうん。スーくんは後天性に時間をある程度行き来できるようになったらしくてね、多分その影響かな? 不老ってわけじゃないけど、どう考えてもスーくんの肉体は老いがとっても緩やかなんだ。流石の束さんも最初見た時は、初めて自分の目を疑ったよ! こんな凡人が居るんだって!」
「ふむ……なるほどな。耳も目も疑うような話だ」
「でしょでしょ! まぁ元々スーくんはこの世界の人間じゃないから細胞スペックに誤差があるとしても、それでも大差はない。でもなんの因果か、スーくんは二十代をず~~っと繰り返して、今の状態になっててね! 簡単に言うと、記憶の加算だけじゃなくて肉体経験の加算、本来DNAが長い時間をかけて世代を繋いで記憶・成長する流れを一人でしてしまって、あ、ちーちゃんはここは興味ないか!」
「たしかに興味はないな」
「でねでね」
「束」
「ん? 何かなちーちゃん? スーくんのすごい所はここからだよ? 考えてもみてよ、ループのトリガーは何も任意だけじゃなくて、スーくん曰く死んでもするらしいんだ。何千何万とループして、そんな長い時間戦い続けて――「お前、ストームに惚れたか」――ヴェ"」
今まで目を輝かせながら饒舌に語っていた篠ノ之束は、その一言でピシリッ!と音がしそうなほど動きが硬直し、織斑千冬は友人のあまりの分かりやすさに笑いを堪える。
だがいつまでもそのままでは話が進まないと考え、目の前の友人を再起動させるため、紅茶用の角砂糖を向かい側で開けっ放しにされている口へ放り込んだ。
「正直、別の世界の人間だとかループをしているとか、そうかとは言えるが真に受けることはできん。過去に私と会っていたとしてもループされれば私は気付かんのだろう? 対策のしようが無い」
「ムグムグ……それなら大丈夫だよ。スーくんはこの世界じゃ任意でループはできないみたいだから。死んだらどうなるかは分からないけど、スーくんの感覚的には死んだら普通に死ぬんじゃないかなとは言ってた」
「こちらに害があるとかではないんだな?」
「うん。それは保証するよ」
「それならいい……で? ストームのどこに惚れたんだ?」
「え? ち、ちーちゃん? え? 掘り返すの? 何その笑み! ず、随分と楽しそうだねッ!!」
「そりゃあな。どうせ一時的な気まぐれかと思っていれば、随分と熱弁してくれるじゃないか」
ぐぬぬと唸り声を上げ、視線を右へ左へと泳がせる篠ノ之束の姿は織斑千冬にとっても新鮮なものであり、友人のそんな一面を見れた嬉しさと同時に安堵した自分が居る事にも少し笑えてしまっている。
そして何より、以前までの様な危うさが大分マシになっていることには、ストームに感謝をしなければなと織斑千冬は思いながら、目の前で未だに唸っているうさ耳を眺めながら紅茶を飲む。
そうして少し待っていれば、やっと腹が決まったのか篠ノ之束は小さく話し始めた。
「束さんは科学者なんです……。スーくんは未知でした……。科学者は未知に惹かれるものなんです……」
「悪い、ちょっと笑いを我慢できそうにないから普通に話してくれ」
せっかく話し始めたのだから邪魔はしたくないと思いはしたものの、顔を俯かせたまま、メカうさ耳が言葉に合わせてヒョコ、ヒョコ、ススス...と動く様子に、いままでを知っている織斑千冬は頬が緩んでいくのを堪えることに必死で内容が頭に入ってこない。
「ぐぅ……だからぁ、最初はただの興味だったのは多分本当なの! 凡人なのも確かだし、スーくんへの興味は未知があるからだと思ったの! スーくんの境遇に多少なりともシンパシーを感じたり、同情してたのもあるけど……。でもさ、スーくん、私を知っても何も変わらないしさ……一緒の空間に居るのも嫌じゃないっていうか、安心したっていうか。勉強の休憩中になんとなくスーくんと一緒に空を見上げた時間が、とっても落ち着いたりもしてさ……」
「ククッ……それで?」
「スーくんにすごいなって言われると、嬉しいなって思っちゃったりしてさ。スーくんとご飯食べた時とか、ただの栄養摂取でしかないのに楽しいとか、なんかいつもより美味しいとか……セロトニンが効いてないっていうか、ドーパミンが溢れてるっていうか、フェニルエチルアミンが異常分泌するっていうか……。でも記憶を辿ると、会った日の夜にはもうそんな感じだった気がするっていうか……」
「ンフフフッ……あー、御託が多いな。つまりはなんだ、一目惚れか」
「……」
途中から椅子の上で器用に膝を抱え顔を埋めて話していた篠ノ之束は、織斑千冬の言葉に小さく頷いた。
友人が初めて見せる一面の微笑ましさと、日頃の自信は何処かへ旅立ったのかと思うほどにいじらしいその姿に、織斑千冬は思わず声を上げて笑ってしまう。
「アッハッハッ! そうかそうか、あの篠ノ之束が一目惚れか!」
「もー! 笑わないでよ!! 私だって思ってるんだから! チョロいよ! チョロすぎるよ! ちょろろん束さんだって!」
「ハー、ハーッ、だが好きなんだろう?」
「ぅん……すきぃ...」
「アッハッハッハッ! 今日は本当にストームが来なくて良かったな!」
「んー!! んー!!」
いきなり空間が割れてミサイルの様に飛んでくる無数のクッションを、最初に掴み取ったクッションでテーブルに被害を出さないように弾き落とすという攻防は、片や弾切れ、片や笑いが収まってきたということで終了を迎える。
そして笑いすぎで乱れた息を整えた織斑千冬は、未だに顔の赤みが抜けない友人を見て、ふと気になったことを聞くことにした。
「ストームには伝えたのか?」
その問いかけに対してまたクッションミサイルでも飛んでくるかと身構えていたが、織斑千冬の予想に反して篠ノ之束は少しだけ寂しそうな表情を浮かべて答えた。
「まだかな」
「言わないつもりか?」
「……少しだけ話が戻るんだけど、スーくんは前の世界でずっと戦ってたんだよ。その世界で守りたいって思った皆と平和な空を見上げるためにずーっと戦って、戦って戦って……戦い抜いたはずなのに、まだスーくんはそれを叶えられてない」
「戦友を失ったのか」
「ううん、そんなんじゃないよ。多分それだけならスーくんはループを何度繰り返しても戦い続けるだけだと思う。世界が違うんだよ。スーくんが戦い抜いたのは三回。でもその全部で、本来叶えられるはずだった目標をリセットされた。気が休まる暇もなく、落ち着いて平和になった世界の空を見る事を許されなかった」
「そして次はこの世界に来たと」
「うん。スーくんがどういう割り切り方をしているか、それは束さんにも分からない。束さんが関わっちゃってるからずっと平和は無理だし、私だってほら、結構我儘だからちょっと会いに行きたくなっちゃうし。でもスーくんには今は少しでも平和だなって思って欲しいなって……って、ちーちゃん、何その顔」
唖然。
その一言で全て語れる表情を織斑千冬は浮かべている。
「いや、ここまで変わるものかと……。まさか我儘の自覚があった上で自制して相手を気遣うとは……」
「ちーちゃんが束さんの事をどういう風に見ているか気になってきたよ。いやでも、うん、まぁ、ほら、色々と言ったけどさ、そもそもスーくんに彼女居るかもしれないじゃん? 居なくてもスーくんは既に好きな人が居るとかあるかもじゃん? そこに束さんがアタックしちゃうとさ、スーくん困っちゃうじゃん?」
「つまりは勝負をする前に負けてる可能性が怖いんだな」
「言い方!! でもそこ重要だと束さんは思うんです!!」
「ククッ、いいだろう。素直になった友人に協力をしてやろう」
そういい懐から携帯を取り出した織斑千冬は、何かを察した篠ノ之束の妨害を躱しながら手早く発信をし、スピーカーになった携帯からコール音が鳴り響く。
『はい、こちらストーム1』
三回目のコールが鳴る前に繋がった電話から聞こえた声に、篠ノ之束の動きはピタリと止まり、一瞬にして静寂が生まれる。
「織斑だ。始末書の進捗はどうだ?」
『書き終えてはいる。明日の朝一で轡木さんに提出する予定だ。それを聞きに? それともまた弟君の部屋の扉に穴が開いたか?』
「次にやったらあのバカ共には野宿だと言ってある。数日は大人しいだろう。始末書の進捗が気になっていたのも確かだが、少し聞きたいことができてな。今は大丈夫か?」
『問題ない』
視線を息すら殺している友人へと向ければ、携帯をジッと見つめ、メカうさ耳もピン!と聞き逃さない意志を示すかのように伸び切っている。
その様子に織斑千冬は、変に誤解を与えてはいけないと笑いを抑えつけ、至って自然にストーム1へと問いを投げかけた。
「ストームは彼女とか居るのか? もしくは想い人が居たり」
『居ないが? そもそも記憶喪失だ。居たとしても分からん』
ストーム1の答えに二人は「あっ……」と声を漏らす。
そういえばそういう事だったと、今になって思い出した。
『……? 山田先生でも居るのか?』
「す、スーくん? 束さんだよー! ちーちゃんにはある程度話したから、記憶喪失設定は今は気にしなくていいよー」
『束さんだったか。そういえば捕まえた兎を返しに行くと言ってたな。まぁだからと言って答えは変わらない。特にそういう相手は居たこともない』
「ふ、ふ~ん。やっぱりループが問題だったり?」
『それもあるにはあるが、暇が無かったというのもある。今は束さん達のおかげでゆっくりさせてもらっているがな。さて、生憎恋バナとは縁遠い人間だから面白みは無かっただろうが、少しは肴になっただろうか』
ストーム1の答えに少し考えた織斑千冬は、嬉しそうな表情のまま今にも話を切り上げようとしている篠ノ之束の口に角砂糖を投げ込み会話に割り込んだ。
「織斑だ。少し束が席を外してな、最後にもう一品追加しろ。恋人が欲しいとは思わんか」
『恋人か……考えたこともなかったから分からない。欲しくないわけではないが、そこまで強く願ってもないというのが現状だ』
なるほど。と呟きながら織斑千冬が友人の様子を見れば、なんとも表現が難しい表情をしていた。
先程までは嬉しそうにソワソワとしていたくせにと苦笑いを浮かべつつ、次で本当に最後だと言葉を続けてストーム1に質問ではなく確認をする。
「欲しくないわけではない。ということは、別に恋人を作ることに問題は無いんだな?」
『問題ない……これは問題ないで返答は合っているのか?』
「十分、いい肴になりそうだ。あぁ、ちなみにだが束が相手というのはどうだ?」
『酔っているのか? 流石に返答に困るというか、幾ら本人が席を外しているとはいえ、気恥ずかしいものがあるぞ』
「恥ずかしがるということは、嫌ではないんだな?」
『……否定はしない。素敵な女性だと思っているが…………俺は何を言わされているんだ』
「いや、満足だ」
『あぁ、まぁ、それならいいが。そういう話題は他の人物を相手にしたほうが楽しめると思うぞ。どうにも俺は耐性がないようで面白みのある返答はできん。それと、織斑先生もあまり深酔いして束さんに迷惑をかけないようにした方が良いと思うぞ。明日も授業があるだろう』
「そうだな。甘ったるい酒が存外進んでしまってつい。気をつけるとしよう」
『では切っても?』
「あぁ、また明日」
『また明日』
「……と、言うことらしいが?」
電話を切り、懐に戻した織斑千冬が向ける視線の先では、先程弾き落として山となったクッションに埋もれ、バダバダと足を動かしている篠ノ之束の姿があった。
いつまでも止まらないバタ足を横目にクッションの山へと足を運び、一つ一つ放り投げていけば、七つ目をどかした辺りで顔も耳も真っ赤にした篠ノ之束が現れる。
「良かったじゃないか」
「……うん」
「さて、私が聞きたいことはもう一つあったが、お前の話から先にするか?」
「どっちもパス。ちょっと今は頭が回らないや。それに変に誤解もさせてもしょうがないなって」
「そうか。じゃあ今日は、もうしばらくこのままだな」
空いているスペースに腰を下ろした織斑千冬は、隣で未だに煙でもあげそうな頭からメカうさ耳のカチューシャを外し、邪魔する物も無くなったその頭を優しく撫でる。
「うぅ~~ちーちゃんが優しくて嬉しいけど、その余裕そうな感じがくやしぃぃい」
「そうかそうか。ではもっと撫でてやらんとな」
「んんん~~~ぅ~~ちーちゃんだって彼氏居たこと無いくせにぃぃ――アダッ?! イダダダダ」
夜、どこかの深海。
ミシミシと頭を締め上げられる兎の声が響いたものの、そこにはなんの思惑もなく、穏やかな空気に満たされていた。
Q.クロエは?
A.織斑先生が来るとの事で束さんに許可を貰ってシミュレーションルームに引きこもってます。
私個人の中でのイメージなんですが、なんだかんだ織斑先生って恋バナ好きそうですよね。
祝・PC版地球防衛軍6決定!
やっと、やっとです。今から待ち遠しいです。
誤字報告、感想等々ありがとうございます。