彼方に継ぐ道化師   作:転生したらアメリカザリガニだった

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第十話 送り兎④(ボディーガード)

 エイナは暫く真剣な面持ちでベルを見つめていた。自身の胸の中で繰り返す言葉が出てしまわないように。余計なことは言わないようにと一人、無言で頷いた。

 

 ダンジョン内ならいざ知らず、ここはオラリオ。夜も眠らぬ迷宮都市である。これだけの騒動が起きたのだ。様子をうかがいに来るものや騒ぎに便乗する愉快神が現れてもおかしくない。ひょっとしなくても騒ぎの鎮圧に駆り出される『都市の憲兵』――――ガネーシャ・ファミリアにどう事情説明をすべきか頭を悩ませる。

 

 湿気を伴った夜風が路地に流れる。あおりを受けるように星々を覆い隠す、どんよりとした雲に切れ間。隠れていた月の断片が輝きを路地に落とす。その月明りのおかげで今回の下手人、散々に不安がらせた犯人がやはり見知った顔の冒険者であると確認ができた。ドワーフの青年、ドルムル。彼は大の字になって沈黙を守ったまま伏している。

 

 無事とは言い難いが、エイナの耳にもしっかりと呼吸音が聞こえるので一先ず、安心と分かる。冒険者とは丈夫な存在である。それこそ恩恵を授かった時点で一般人とは一線を画す。いわゆる『超人』という存在に変身するのだ。その中でも二度に渡り、器を昇華(ランクアップ)させたドルムルはドワーフ故の頑強を加味しても多分に頑丈である冒険者だ。

 

 とはいえ、ベルも加減をしてくれたのだろうと内心でこぼしつつ。

 

 胸にちくりと痛みが生ずる。思わぬ知り合いの犯行に緑玉(エメラルド)の瞳を細めて悲しげに落とす。けして、このようなことをする人ではない。どうしてと問いただしたくなるが彼が意識を取り戻すまではお預けだ。

 

 そんな整理つかぬ気持ちを押し黙らせてエイナは口を開く。

 

「ベル君、あとは私が引き受けるから今のうちに此処から離れよ」

 

 用心棒役を引き受けてくれた少年に声をかけながら、ひび割れた路地を危うげに歩く。こうまで派手にやり合ったのだ、しかも一方的に。複数人いるとベルは言っていたが、こうまで彼我の差を突きつけられたら逃げるに決まっている。今も大の字になっているドルムルのように痛い目にあいたい物好きがいるとは思えない。

 

 故に今度はベルの安否の確保である。これ以上、面倒な厄介事を背負う必要は無い。

 

「――――まだです」

 

 その言葉とともに振り返る少年は依然として警戒を解いてはいなかった。はっきりとした口調に思わずエイナの足が止まる。今日、何度か目にした冒険者の面構えに双眸を見開きながらうろたえた。ベルとエイナの間にある僅かな空白地帯。

 

 それを埋めるようにエイナが手を伸ばす。が、それより先に鋭い影が飛来してきた。

 

「――――っ!」

 

 ベルの姿が急に霞む。その直後、ベルが立っていた場所。陥没(クレーター)――――その位置に火花が散った。砕けた石畳に突き刺さったのは計二本の矢。無音で正確に射られたそれは丁度ベルの頭部と胸部を狙ったようにして放たれていた。

 

 更に飛来する。雨のように無数で正確無比の射撃がエイナの知覚を置き去りにして通り過ぎていく。

 

 こうなっては石になるしかないエイナと霞む勢いで全てを迎撃するベル。その最中で暗闇の向こうにいる射手の気配を寸分違わず、掴み取った用心棒。時間にして数秒の攻防戦。

 

 深紅(ルベライト)の瞳に射抜かれた、新たな襲撃者は確かに驚倒を暗闇に落とす。気配を消して追跡し、常に死角となる高所と位置を確保してきたのだ。無策にも挑んだドワーフを睥睨しては先を越されたと動揺はあった。そして見せつけられた一太刀に慢心なく虚を突くようにして矢を放った。

 

 だが、それらは全て切り伏せられた。一息に十を超える矢の雨をただの一閃だけで終わらせたのだ。恐怖にも似た戦慄が体を走り抜ける。逃げろと訴える本能の誘惑を断ち切って挑んだ結果に、矢をつがえた指が震える。

 

(……元より欲しかったのは距離だ)

 

 鼓舞するように奮い立たせる言葉を胸中に落とす。背に背負った矢筒、収まった矢の本数は僅かである。その残り全てを握り締め、短弓(ショートボウ)の弦を限界まで引き絞った。

 

 見知った顔であり、因縁あるドワーフ。あのドルムルが、ああも容易く敗れたのだ。援護の間もなかった一方的な激突。既に目的は切り替わり、撃破ではなく守護対象の逃走距離の確保。

 

 この最後の一斉掃射を以て大きく引き剥がす。そう決意して張り詰めた弦を放そうとした瞬間である。

 

 ひゅっと、風切り音ひとつ。突風が通り過ぎていった。

 

「――――は?」

 

 知覚、反応するのに半瞬遅れて気づく。ぷつりと、張り詰めた弦が切れる音。やけにはっきりと聞こえる。続いてするりと滑るようにして短弓の弓束(ゆづか)が断たれて手から落ちた。

 

 到底、理解不可能な光景に自失。受け入れ難い現実。飲み込むことを許さない事実は音を大きく上げて続いた。

 

 短弓だったものを凝視し、耳朶を叩く音に驚愕を打たれる。襲いかかる浮遊感と地崩れのような音。可能な限り接近し、狙撃場所として選んだ高台――――武器屋の屋上の片隅、そこだけが綺麗に切り取られて崩れ落ちていく。

 

 一瞬である。理解の追いつかない状況とともに落下、轟音。

 

 散らばる瓦礫が全身を打ち据える。堪らず土煙を巻いて飛び出す。そして相対してしまった。この状況を作り出した埒外の相手に。不意を突くように放った狙撃から今に至るまで、時間にして一分にも満たない交戦時間。

 

 『規格外』そんな言葉が浮かぶ。

 

 それでも退くことはできない。偉大な祖先、そして身に流れる血に誓って勝つことはできなくとも一矢報いなければならない。

 

「……逃げてください、エイナさん。このルヴィスが一命を賭して貴女を守るっ!」

 

 瓦礫の山、土煙の中から姿を見せた襲撃者は半ばまで切り飛ばされた革鎧(レザーアーマー)をかなぐり捨てる。気炎を吐いては正体を明かし、宣言するようにして短剣(ショートソード)を抜き放った。

 

「えっ! ル、ルヴィスさん!?」

 

 エイナの素っ頓狂な声が上がった。目も回る状況の移り変わりに頭を抱えそうになるエイナ。そんな彼女の瞳には堂々とした立ち振る舞いで金髪を揺らす妖精(エルフ)の青年、ルヴィス。銀に輝く短剣の切っ先を果断なくベルに向ける顔見知りの冒険者にエイナは今日、何度目になるのか分からない驚きを覚えた。

 

「行くぞ下劣な犯罪者!!」

「ルヴィスさん! ま、待って――――」

 

 なんとか振り絞った言葉。その終わりを聞くまでもなく覚悟を決めたルヴィス。

 

 どうして毎度毎度、彼らは……ドルムルもルヴィスも話を聞かないのかと顔を振ったエイナ。大の字になっているドルムルを傍らに立つルヴィスと相対する形になったベル。整理が追いつかない状況。用心棒であるベルに万に一つもということはないだろう。心配なのは寧ろルヴィスである。きっとベルは同様に加減をしてくれる……筈だ。

 

「――――ふッ!!」

 

 一矢報いる。その言葉を有言実行するかのようにしては体現してみせる突撃姿勢のルヴィス。自身を一本の矢に見立てては地を踏み抜く勢いを持って振り絞り、放つ――――突貫。

 

 ドルムルと同じくLv.3の第二級冒険者、ルヴィスの姿が霞む。守りを捨てた、己を省みない攻撃は既に音速。対する少年――――ベルは静かに瞑目し、両刃の長剣を背に背負う鞘に納剣。その姿に双眸が大きく開かれるルヴィス。敵を前にしてする行動ではないからだ。彼我の差は歴然としても軽んじられたと憤りを覚えるのは無理もない。

 

 半ば諦念を滲ませた相貌。その感情は一転して怒りに燃えた。銀の切っ先に殺意を乗せて疾駆する。

 

 貫かんとする標的、少年の更に背後にいるエイナをして肌を粟立てさせる重圧(プレッシャー)。それでもベルは瞼を閉じて自然体。鞘に収まった長剣の柄に手をかけたまま動かない、不退転の構え。

 

 両者の間合い、四歩。

 

 その境界線に触れて、超えた瞬間。音速をもって肉薄するルヴィスが感じたのは『風』である。短弓を壊されたときに吹いた風より鋭い颶風(ぐふう)が一閃、駆け抜けた。飛び去った真空の刃に攫われる銀の輝きが綺麗な弧を描いて路地に舞う。

 

 矢のように流れる走馬灯を見舞った衝撃。甲高い金属音が打ち鳴らし、我に返る。

 

「ぁ……そんな……」

 

 握りしめた柄だけをのこして綺麗に斬断された短剣。その剣身は地面に刺さったまま結果だけを知らせている。両者の間合い三歩といった距離。既に抜かれた少年の長剣は鋭さを携えたまま据えられている。まるで時間そのものを切り捨てた速度――――神速の抜剣でルヴィスの武器を破壊してのけたのだ。

 

 無茶苦茶だと胸中で愚痴る。瞬きの間すら捉えることができなかった剣閃に心が、戦意までもが切り捨てられた。茫然自失する二歩手前、ルヴィスの細長い耳に声が届く。

 

「あの……もう、止めにしませんか?」

 

 青天の霹靂の如く、届いたのは名も知らぬヒューマンの少年の言葉。誰でもない、ルヴィス自身に向けられた台詞。だが、状況故にか上手く飲み込めず喉から声が出ない。交戦していたときの気迫は雲散霧消して今では年相応の表情する少年。此方の身の安否を気にする態度にどう反応すればいいのか分からない。まるで別人だ。

 

「あ、ああ……」

 

 だからか、言葉にすらなっていない返答が半ば漏れ出てしまった。目の前にいる少年は敵である。そう至る根拠と理由を持って明確に排除しようとした存在だ。だが、その身に流れる血が訴えるのか、勘違いをしているのではと疑問が浮かびつつあるルヴィス。そして、それを肯定するかのようにして少年の隣にはルヴィスが守ると誓った女性――――エイナが逃げずに立っていた。

 

「無事そうですね……ルヴィスさん。ドルムルさんみたいに吹っ飛ばすかもって心配しちゃったぞベル君」

「す、すみませんエイナさん。まだ、ちょっと……」

 

 親し気に語らう二人に狼狽えては更に衝撃を受けるルヴィス。ヒヤヒヤしたと言いながらも信頼しきった態度のエイナ。そして、ベルは何度か肩を回して感触を確かめるように持て余すような戸惑いの表情。

 

「エイナさん……そのヒューマンの少年とはどういった関係で……」

「ベル君……ん、コホン。ええっと、彼は……」

「……彼は?」

 

 ルヴィスの問いに微妙な間が生まれる。なにか思案するような、それでいて困った表情をするエイナ。こんがらがって結ばれた紐のように、妖精(エルフ)の青年もつられて困惑の色を深くする。

 

「さ、先にルヴィスさんから! どうしてこんなことをしたのか喋ってくださいっ!!」

 

 心身ともに打ちのめされた衝撃が抜けきらぬうちにエイナは押し切った。力技ではあるがいたたまれなさを抱いていたルヴィスには効果てき面であり、一つ頷き素直に口を開こうとした。

 

 正に、その瞬間である。

 

「――――だあああああああッ!!」

 

 破鐘のような声が三人の耳朶を叩く。轟く雄叫びの主に意識と視線が一斉に集まった。

 

「ド、ドルムルさん。ご無事で……」

「ドワーフめ……なんて頑丈な奴だ」

 

 地震のように体を振動させては二本の足で屹立して復活したドルムル。満身創痍の彼を見てそんな言葉を落とす二人の妖精(エルフ)。ベルにいたっては驚きのあまり半ば仰け反っている。その屈強ともいうべき鋼の肉体を震わせて唾を吐いたドルムル。

 

「これならどうだあああああああッ!!」

 

 落下の衝撃で、ひび割れて欠落している強固だった全身型鎧(フルプレート)。その背に備え付けられた、もう一振りの戦鎚を振り抜いてはベル達に突きつけた。

 

「なっ!? よせ、ドルムル!」

 

 素早く反応して制止の声を叫ぶのはルヴィス。だが、ドルムルは止まらない。死にもの狂い、悲鳴をあげる肉体を酷使して起き上がったドワーフの目には白い髪、赤い目、ヒューマンの少年しか映っていない。

 

 ドルムルが突き出す巨大な槌。そのド派手な黄色と装飾過多な得物を一目見て、エイナも喉の奥から悲鳴が漏れる。

 

 ドルムルが手に取った武器、それは『魔剣』と呼ばれる代物。

 

 その名の通り、武器でありながら魔法の効果を発揮する強力な切り札。本来、魔法は一握りの才能ある者に許された御業であり、生粋の魔法(マジック)種族(ユーザー)である妖精(エルフ)の得意とする分野。

 

 精神力(マインド)を消費して『魔力』を注いだ詠唱――――呪文を紡ぎ、構築されるのが魔法。その工程を省いて即席で魔法を放つことができるのが『魔剣』の最大の特徴であり強みだ。

 

 魔導士が歌う魔法(オリジナル)から数段、劣化するものの『魔剣』の効果は同様にして、困難な状況を打ち負かす起死回生の一撃を秘めている。

 

 そんな物騒な代物。危険極まる切り札を引っさげては突きつけるドルムルは止まらない。

 

 瞬間。バチリと音をかき鳴らして魔剣から閃光が生ずる。

 

 使い手のドルムルの意思を汲み取っては迸る激流――――光粒を吐いて唸りをあげた。

 

「喰らええええええええッ!!」

 

 ドワーフの雄叫びを合図に黄色の魔剣が力を炸裂させた。付与された雷属性の魔法を解き放ち、逃げ場のない路地に雷条の網が襲いかかる。時を止めてしまいたくなるような光景。エイナは呼吸を忘れて立ち竦んだ。その前には盾となるべく両手を広げるルヴィス。

 

 そして、ベルは――――

 

「――――ッ!」

 

 ――――誰よりも速く、光の前にいた。

 

「はあああああッ!!」

 

 裂帛の気合とともに気炎を吐く。同時に空間が軋みを上げた。雷光を思わせる眩い光、衝撃が辺りを突き抜ける。途方もない力――――いや、開放された少年の力は個人の範疇を飛び越して轟く。

 

 ベルを喰らわんとする雷の暴力。それに斬りかかった。触れる事すら叶わない雷に向かって神速の刃が振り落とされる。手応えは軽い、当然だ。相手は雷であり、空気と同様に切れるものではない。その感触はむしろ触れたに近い。だが一度、刃に触れた雷は吸い付いたかのように長剣から離れようとはしなかった。

 

 振り落とした剣を捻り、切っ先を反転させる。銀の軌跡を描いて、同心円。襲いかかる全ての雷を巻き上げては体を半回転。追いすがる雷の激流をその身一つ、剣ひとつで纏っては頭上高くに向けて切っ先を跳ね上げる。

 

 真上、曇天とした夜空めがけて雷の斬撃を打ち上げた。

 

 瞬間。誘導されるようにして雷は矛盾するかのように空に向かって迸っていった。空を焼く雷光、轟かせる雷鳴を散らして残響だけが響いた。

 

「……あ、あんだとー!?」

 

 ドルムルの常に弓なり双眸が今日二度目の開眼。信じられない光景。全力で放った魔剣の一撃。それがどうしたら天高くに方向転換するというのか。受け入れ難い現実に口は大きく開いたまま呆然とするしかない。

 

 しかし、紛れもなく現実だと握っている『魔剣』が無言で告げる。

 

 精神力(マインド)を消費せずに即席で魔法を行使できる『魔剣』にも代償は存在する。その使用回数に限りがあるのだ。最初から消耗品として作られた『魔剣』は使い手――――半身を容易く見限る。

 

 ドルムルが握る『魔剣』にも、その時が来た。ド派手な黄色が急激に色を漂白させて硝子細工のように伽藍になる。そして、無数の亀裂が入ると間を置かず飛散。呆気なくドルムルの手から崩れ落ちて消えていった。

 

 砕けた『魔剣』と同じく戦意が粉微塵に砕けたドルムル。疲労困憊、心身ともに打ちのめされては脱力するように尻餅して肩を落とす。

 

「オ、オラの負けだ……」

 

 火の粉舞う、崩れた路地にそんな言葉がこだまする。

 

「……正気に戻ったか、危うく巻き込むところだったぞドルムル」

「ぬあっ、ルヴィス!?」

 

 ルヴィスのさり気なくたしなめた言葉にたじろいで反応。鼻を鳴らすような仕草をするがいつもの憎まれ口を叩く気配はなく、口を真一文字にして黙ってしまうドルムル。

 

 沈黙ばかりが残ってしまう、ぶっ壊れた路地。その空気を破るようにエイナが一歩前に進み、尋ねた。毅然とした声だった。

 

「ドルムルさん、ルヴィスさん。お二人の話を……事情を説明してもらえますか」

 

 彼等の間に割って入るエイナ。二人の男が彼女に注目する。浮かぶのは沈痛な表情、見られたくなかった情けない姿。色々な意味で目も合わせづらい状況である。だからなのか、返事の声はもれるようで、喘ぎに近かった。

 

「エ、エイナちゃん……そいつは誰なんだ」

「……確かに」

 

 話の矛先を変えるように言葉を落とすドルムル。相槌を打つように続いたルヴィス。二人が向けた視線の先、両者を散々に打ちのめした謎の少年の存在に疑問を投げかける。

 

「二人とも話してもらえますか! どうして襲ってきたのか、詳細かつ簡潔に全て!」

「あ、僕――――」

 

 が、そんな言い訳じみた言い逃れを容赦するわけもなくエイナは切り捨てる。一拍の間を置いて一瞬、自己紹介を滑らせようとしたベルも口を閉じては押し黙るように、この場の主導権を握ったエイナに譲った。

 

 痛いところをつかれたのか両者、視線を左右に泳がせては逡巡。ほどなくして事の経緯を白状するように喋った。

 

 両者の言い分。多少の齟齬はあったものの内容は同じたった。遡ること一週間前、二人は自身が所属している【ファミリア】の主神から、ある話を聞かされた。それは最近オラリオで噂されている賞金首の『人攫い』である。第二級冒険者が被害にあったことから、耳にすることはあり闇派閥(イヴィルス)との繋がりもあるのではと噂にもなっていた事件。

 

 その『人攫い』の次なる標的がギルドの人間だと風の噂で拾ったという主神たち。無論、聞く耳など持たなかった。が、実際に被害が起きてしまった。襲われたギルド受付嬢、他ならぬ懇意にしていた女性であるエイナ・チュール。その人と知っては既に遅きに失した不覚。

 

 そして、ギルド本部にてエイナ本人に事実確認。また、同僚たちに聞いて回って情報収集。その途中で恋敵に遭遇しては口喧嘩を挟みつつ、絶妙ともいえるタイミングで出会った主神たちに相談を持ち掛けた。

 

 ドルムルは主神であるマグニのアドバイスを参考に陰ながら見守り、事が起きたら即決断で返り討ちにしろと勧められてそうした。

 

 ルヴィスも主神であるモージの案を念頭に置いた上で行動し、見知った顔のドワーフがやられていることから相手が『人攫い』だと思い至って攻撃した。

 

 多少の食い違いはあるもの、話の節々に必ず出てくる二人の主神たち。

 

 ……つまり、そういうことだ。

 

 そんな独白がエイナの中で浮かぶ。二人をよく知るエイナだからこそ、らしからぬ行動に疑問を抱いた。この騒動の黒幕、その一端を垣間見ては腑に落ちた。

 

 オラリオにいる多くの神たちがそうであるように、ドルムルとルヴィスの主神も例に漏れなかったということである。娯楽好きで刹那的、扱いに困る愉快神。きっと常ならば、そのような甘言も跳ね返す冷静さや器量はあっただろう二人。だが相手は神である以上、手のひらで弄ばれるのも仕方がない。

 

 オラリオに住む住人、冒険者たちからしてみれば不謹慎としか思えない悪戯も神々からすれば、大いなる『刺激』を期待しての行いである。無論、迷惑であることに変わりはないのだが。

 

 神の助言を仰いだ結果、彼らは……いや、この場にいる全員が弄ばれたのだ。

 

「……」

 

 そんな結論を出しては沈黙ばかりが残る。エイナはこめかみを抑えて嘆息。ドルムルとルヴィスは今思えば、あれっておかしくなかったかと思い返しているような表情。ベルに至っては当然ながらとしかいえないが、慣れていない神の悪戯に苦い顔をしている。

 

 そんな空気の中、まさしく絶妙な機を見計らったかのように闇夜に笑い声が落ちた。

 

 壊れた路地を囲んで聞こえる喧騒すら置き去りにして、よく耳に届く笑い声だ。落ちた笑いは真上、一斉に上に向くベル達は屋上から姿を見せる二人組を見た。

 

「嘘っー! ドルムルーお前、負けちゃうのかよー!」

「くぅー! お父さん、ルヴィスが負けてくやしいー!」

 

 雲の切れ間から露わになる月を背にして堂々と、そんな言葉とともに笑みを落とす二人。どちらも同じく土色の瞳と髪をした男神。名はモージとマグニ。神であると証明するかのように整った面立ちは浮かべる軽薄な笑みのせいで台無しになっている。

 

 呆然としている子供たちを見下ろしては屈強な冒険者と比べて、なんら劣らない偉丈夫を盛大に震わせて呵呵大笑。

 

 神の『娯楽』であり、暇つぶし。『刺激』を満たしては惜しげもなくゲラゲラと笑い声がこだまする。最近、めっきり遊んでくれない眷族(こども)達――――ドルムルとルヴィスの恋心を利用して計画した遊び。それが思わぬ展開を広げて決着したものの、見物としては満足するものだった。

 

「本当はどっちが先に倒すか、賭けてたんだけどなー」

「まーどっかで自爆するんじゃないかって思ってたけどなー」

 

 軽薄な笑みを刻みながら会話をするモージとマグニ。その中で、ひとつ釈然としないのか、ちらりとベルに視線を飛ばしては内緒話でもするかのように声を潜める。

 

「なぁ、俺たちヘルメスに騙されたんじゃね?」

「でも、あのヘスティアの子供だろ?」

 

 二人の間だけで交わされた会話は風に流されて闇夜に溶け込んだ。

 

 今も下で呆気に取られている子供たちの耳には届かず。そして特段、気にすることもないモージとマグニは満足気に神身の子供たち――――眷族であるドルムルとルヴィスの反応に満足する。

 

「まー損することもなかったし、いいか!」

「ルヴィスー! 美味しいご飯、奢ってやるからどんなやられ方したか教えてくれー!」

 

 あまりにもあんまりな親子の会話である。男神達の抱腹絶倒の勢いは増していく一方で、モージとマグニの遊びに振り回された二人……ドルムルとルヴィスは怒り心頭という様子で相貌が燃えていた。

 

 仮にである。その手に魔剣が、短弓と矢が健在であったならば一も二もなく見舞っていただろう。そう思わせるに十分な気迫が二人の周りに渦巻いていた。

 

「「死ねえええええええっ!!」」

 

 ドルムルとルヴィスのあらん限りの怒声。ルヴィスに至っては中指を立てている。そんな子供たちの反応も想定内とばかりにゲラゲラと笑っては、捕まって殴られないうちに退散の構えをするモージとマグニ。

 

 闇夜に紛れて逃げようと翻った瞬間。背後でドンッ、と爆音。

 

「「――――え?」」

 

 鼻先を掠って落ちてきたソレを凝視する男神たち。鉄の棒らしき物が深々と突き刺さっていた。降ってきたのは当然、真上。夜空を思わず眺めると、月を背にして迫る黒点が一つ。迫ってくるソレはまるで二人の行いを罰するが如く、月から降ってきた。

 

 それはドルムルが愛用していた巨大な戦鎚の成れの果て。特大級の鉄の塊が隕石となって襲いかかってきた。

 

 正に今になって戻ってきたのである。

 

「「ギャアアアアアアッ!?」」

 

 両神の逃走経路を潰して粉砕。見舞った衝撃は亀裂を走らせて轟音。

 

 衝撃に打ち据えられては、堪らず落下。でこぼこの地面を転がりながら涙目で起き上がる男神たち。その二人が次に目にしたのは(オーガ)の面持ちで、こちらに向かって来る眷族たちである。

 

「あっ、待って! ちょっとタイム!」

「悪ノリしすぎた! 反省しまーす! ドゥユーアンダスターン!?」

「問答無用ッ! どりゃあああああッ!!」

「今こそ、積年の恨みを晴らす時!」

 

 怒れる眷族、ドルムルとルヴィスは聞く耳持たず、暴れ牛のように猛攻。捕まったが最後、ボコボコにされると理解した主神たちは全力逃走。すぐさまあと追う二人の怒声に本気(マジ)の叫び声を振り絞りながら……ほどなくして、摩天楼の頂きまで響く悲鳴が聞こえたのはいうまでもない。

 

 そうして、過ぎ去った嵐。無事な箇所など何処もありはしないと分かりきった路地。未だ、燻る火の粉とひび割れた石畳に立つ、取り残された二人。ベルとエイナ。

 

「えっと……ベル君」

「はい……エイナさん」

 

 交差する視線、頭に浮かぶのはこの状況を隠蔽するのは無理じゃないかと思うエイナ。壊れた路地や武器屋の弁償代、ただでさえ足りない尽くしの【ファミリア】の財政状況に顔を青くするベル。この騒動の片棒を担いだ彼らを止めること叶わず、どうしようと声を同じくする。

 

 幸いといっていいのか、喧騒は広がりをみせるも野次馬は集まってきてはいない。恐らく、巻き込まれるのを危惧して顔を出さないのだ。ほんの僅かの間に、何度も鳴り響いた轟音に恐れをなして立ち入ろうとはしない。

 

 だが、そんなことはお構いなしと二人の背を叩く声が一つ路地に響いた。

 

「――――ベル君!!」

 

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