ヘスティアは嬉しそうに鼻歌を口ずさみながら廊下を歩いていた。帰路の途中、雲行き怪しくなった夜空を危ぶんでは少年の腕に抱かれて帰ってきた我が家。
オラリオに来訪してから暫くの間、世話になった
小窓の向こう側から聞こえる雨音と合わせるような鼻歌をしながら、上機嫌で踊ってしまいそうな気分まで上昇したヘスティア。眷族であるベルに促されて、一足先にシャワーを浴び終わり着替えをしている最中だった。
ちらりと、長い黒髪をぶら下げて器用に顔だけを曲がり角の廊下から覗かせるヘスティア。
ベルの姿は見えない。同時に上からきぃきぃと音鳴りが耳に届く。どうやら古びた教会の本堂にいるようだと目線を天井に向けて頷くヘスティア。夢のマイホーム、二人だけの『愛の巣』はその言葉とは裏腹に倒壊間際、臨終間近、半壊同然の悲惨模様なのである。
その有様は教会の外観を一目見ただけで十分、察してしまうオンボロ物件。それを裏付けるように本堂も荒れている。屋根は穴ぼこだらけで雨風が我が物顔で通り過ぎるし、床の
今頃、えっちらおっちらと降り注ぐ雨が地下に浸透してこないよう、悪戦苦闘している少年の涙ぐましい行動に感謝しながらヘスティアは着替えを終えて姿見の前に立った。
「よっと……あっ」
器用に艶のある黒髪を一束にしてまとめようとした瞬間。ぷつん、という音が部屋に悲しく響いた。ヘスティアの手に残された黒い紐。なんとも味気ない髪留めだったものを凝視して、ため息をつく。
「まぁ、よく持ったほうじゃないかな」
傍目から見て臨終間近だった髪留めに哀悼の意を投じて、姿見を一瞥するヘスティア。ふりふりと艶のある漆黒の長髪を背に流しては揺らして見やるヘスティア。そんな自神の姿にニヤリと口角を上げる。
「――――今のボクならベル君を誘惑することだって出来るっ!」
デデーンと頭の中で効果音を鳴らして腕組みする
ならば逃す手はない、思い至ったが吉日。そんな、極東の言葉を過らせては手を伸ばして手繰り寄せたベルの衣服。そこからポロリと、ヘスティアの足元に小箱が転げ落ちた。
「うん? これって……」
呟いては拾い上げるヘスティアの瞳が見開く。蒼いリボンにまとめられた小さな箱。誰がどう見ても誰かにプレゼントするために用意されたものだと分かる。
どうしても過ってしまう少年のアドバイザーでありハーフエルフの女性。思ず、むむっとなるが階段を降りてくる音が聞こえて慌てふためく。不可抗力とはいえ眷族である少年の私物を勝手に漁っているところを見られでもしたらどうなるか、言うまでもない。
ドアが開くよりも素早い動きでソファーにダイブ。
「……や、やぁベル君。お疲れ様!」
タッチの差で危機一髪。心の中で汗を拭うように平静を装いつつ労いの言葉をかける。
「雨漏れは大丈夫でしたか、神様?」
「うんうん、危うく……じゃなくて! 全然、大丈夫!」
「よかった、一先ずはしのげそうですね」
ソファーに小さな体を沈めて、両手を後ろに回すヘスティア。傍から見れば怪しさ満点である彼女の恰好。しかし、ベルはそんことに頓着せずに天井をしきりに見回しては雨漏れがしてないか確認している。ややあってどこも異常がないのを確認すると胸をなでおろしている。その後ろではヘスティアが下手くそな口笛がぴゅーぴゅーと響かせていた。
「えっと神様……なんで口笛を吹いているんですか?」
「き、気分ってやつさ!? そんなことよりベル君っ!」
「なんでしょう」
手のひらサイズに収まる小箱がやけに重く感じるとばかりに重しとなって身動きの取れないヘスティア。どうしたものかと考えを巡らせて名案を思いつく。
「そうだ! ベル君、シャワーを浴びてくるんだ! 風邪でもひいたらどうするんだい」
流石は神であるとばかりに『全知』をかつてないほどにフル動員フル活用。ビシっと視線を廊下の先に飛ばして誘導しようと目論む。
「あ、はい。それはそうと神様、髪留めはしなくていいんですか?」
「ああ、ちょうど役目を終えてね……」
そう問われて、ちぎれた髪留めに視線を投げる。思わず、しょげるヘスティア。何故かそれをみて妙にソワソワしだすベルにヘスティアは首を傾げた。回れ右をするようにベルが置かれた衣服に手を伸ばす。思わず、嫌な予感を感じながらもおくびにも出さないで、じっと成り行きを見守るヘスティア。
ベルの軽い足取りから感じ取れる浮かれた様子にむむっと思いながらも背中で隠した重しが手のひらにずっしりと確かにあるヘスティアは無言を貫く。
「……あれ?」
不意に何事かと言葉を吐き出すベル。一度、二度、そして三度。掴み取った衣服をしきりにまさぐっては焦っているような仕草を見せ始めた。ついにはぶつぶつと喋り始めている。それもなにもない空中……天井に向かってだ。ここからでは聞き取れないヘスティアだったが、よほど切羽詰まった様子がした。
そして、ギクシャクとぎこちない動きで振り返ったベルと目が合う。すごく気まずい。視線を逸らしたい。
「神様……」
「うっ……なんだいベル君」
短いやり取り間に静寂。こうなっては仕方がない。素直に謝るしかないとヘスティアが口を開こうとした、その時である。
「ちょっと僕、外の様子みてきます!!」
思ってもみなかったベルの言葉。そのまま戸惑うヘスティアを残して飛び出そうとする勢いのベルに我に返る。
「ま、待つんだーベル君!? それはフラグだ! 外はドシャ降りの大雨だぞー!」
「大丈夫です、すぐに戻りますからっ!」
制止の声を投げかけるも素直に引き下がることはなく、慌てた様子で外に出ようとするベル。一瞬の躊躇いを飲み込んではベルの背中に追いすがる。
「これだろ……ベル君が探していた大事なものって」
そう言ってベルの背中に押し当てた小箱。振り返っておもむろに受け取るベルの視線が箱とヘスティアを行き来する。もうこうなっては仕方がないと素直に謝ってしまえと口に出そうとした瞬間。
「あ、ありがとうございます神様、拾ってくれてたんですね!」
「……ふぇ!?」
またしても虚を突かれる。どうやら何かの拍子で落ちたと誤解してそれを拾い上げたのだと思っているのだろう。その明るさに感心しつつも疑うことを知らないのかとツッコミを入れたくなりつつ、罪悪感のボディーブローがじわじわと浸透するヘスティア。
そんな主神の心情を知らず、にこやかにほころばせているベル。そんなに大事な物なのかと恨めしそうに思いつつも、それがただのやきもちだと十分に理解しているヘスティア。そのプレゼントを渡す相手は誰なのだろうかと、考えたくもない想いが過ぎっていく。
最初に浮かんだのはやはりハーフエルフ。だが、感じからして多分違う。ならば誰だろうか? もしかしてあの
さらに考えたくもないのだが、思考は止まらず暴走。
一緒に買い物をしていたベルのアドバイザーもハーフではあるが
などといった数々の打撃を勝手に受けてながら彷徨う視線がベルの瞳とぶつかる。
「えーと、神様……これを」
「……えっ?」
三度目の不意打ち。泣く泣く返した小箱を手渡されて素直に受け取ってしまう。空気の抜けたような返事をしたまま面を食らったヘスティア。
「その……開けて、いいのかい?」
雨音に混じって消え入りそうな小さな声。促すように「どうぞ」と言われて小さな箱を開く。
「ベル君……」
丁寧に結ばれた蒼いリボンをほどき蓋を持ち上げる。ヘスティアの瞳に映る箱の中身。それを見て戸惑うように語尾が揺れる。あったのは二つの髪飾り。蒼い花弁をモチーフにしたリボンと銀色に輝く小さな鐘がつけられた髪飾り。
年頃の女性が身につけるような可愛らしい装飾品。とても見覚えのある髪飾り、二人を追いかけて目に留まった
「もしかしてだけど、このために君はアドバイザー君と一緒にいたのかい?」
「ええと、半分は……そうです」
「因みにもう半分っていうのは……」
「知らない人に尾行されていたらしく、その
言葉尻を濁しては気恥ずかしそうに後頭部に手をやるベル。そんな少年の仕草に妙に胸が熱くなる。
しかしと。
――――じゃあボクは? ボクは何をやっているのだろう。
少年から差し伸べられた手を握り、笑顔で迎え入れながら心の片隅では離れてしまうのではないのかと疑ってしまった。どうしてか? 少年の過去を問いたかったから――――との『
でも、聞けなかった。一歩踏み出す勇気もなく、足を止めて地団駄を踏むしかなかった。少年の背に新たに刻んだ
――――まさか、このボクがそんな感情を抱くなんて……。
少年の背に
ヘスティアは無言で頷き、そして顔をほころばせた。
「……ベル君。お願いがあるんだ」
「なんでしょう神様」
出会った時から変わらない少年の態度と口調にほっとしつつ、にっこりと笑みを浮かべる。
「君からの初めての
やや冗談ぽく言った台詞にベルの笑顔が微かに引きつった。しかし、そんなことはお構いなしに姿見の前に移動して椅子に座る。ややあって意を決したのか背中に言葉が投げかけられた。
「わ、わかりました神様」
姿見越しに見なくてもベルが緊張しているのが手に取るように分かる。細心の注意を払うように震える手で艶のある漆黒の髪に触れていく。触れる度、なんともいえない心地よさに身を委ねながら口を開いた。
「ごめんねベル君」
「えっ? すみません神様、今なにか言いましたか」
「ふふっ、髪留めありがとう」
「いえ、喜んでくれたならそれで」
どうやら気が気でないらしい。
「ベル君、君に出会えて良かったよ。ボクの最初の
出会ってから言い出せなかった感謝の言葉。それが何故かすらすらと口から出てしまっていた。ちらりと姿見越しでベルを見る。漆黒の髪に触れたまま驚いたような表情をしている。重すぎたかなと内心で苦笑を落とすが今更だと開き直る。
「僕もですよ神様。僕も神様と出会えて本当によかったです」
噓偽りの欠片もない笑みの返事であった。本当に嬉しそうだと、そう思わせるような微笑みだった。
姿見を通して映る屈託のない少年の笑顔がヘスティアの瞳の奥に刺さる。そしてドクンっと胸打つ鼓動に促されるまま、小さな女神は自覚する。
――――そうか、ボクはこの子が好きなんだ。
ずっと少年に寄り添って共に歩む。これから、その背に刻まれていく物語を見守っていきたい。だから、今は我慢しよう。いつの日か少年の口から聞かされるの心待ちにしながら、今この瞬間を大事にしたいとヘスティアは瞳を閉じて頷いた。
その夜、雨音に混じって小さな鐘の音色が響いた。少年と女神、一人と一柱にしか聞こえない澄んだ音色を奏でながらオラリオの片隅で新たな物語の一
キャラステイタス情報その①
アーディ・ヴァルマ
所属【ガネーシャ・ファミリア】 種族:ヒューマン
職業:冒険者 到達階層:37階層≪修正済み≫
武器:星剣≪フィーデスイン・ユースティティア≫ 所持金5500000ヴァリス
Lv.4
《基本アビリティ》
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
耐異常:H 治癒:I 激励:I
《魔法》
【ガーナ・アヴィムサ】
・拘束魔法。
・効果対象の全
・高確率で効果対象を
【ディア・カウムディ】
・回復魔法。
・対象人数は
・一定時間、効果対象の
《スキル》
【
・
・
【
・
・発現者の一定範囲内に存在する全眷族への
・
・加算値及び効果範囲は
【
・忘却抵抗。
・発現者の一定範囲内に存在する全眷族への
・
・加算値及び効果範囲は
・想起の丈により効果上昇。
《装備》
【フィーデスイン・ユースティティア】
・匿名希望の
・砕けたセイクリッド・オース、『リュミルアの森』の大聖樹の枝、
・推定価格は第一級冒険者が頭を抱える値段。ガネーシャは気絶した。
・セイクリッド・オース同様の
・使い手が信条とする『飴と鞭』。その両方を体現した武器あるまじき武器。
・冠する名は『信義の詩』。
【象面のタリスマン】
・主神からもらったなんとも微妙にダサいお守り。
・魔力が増幅するので何気に凄い効果を持つ。
・汗臭かったが今ではすっかりフローラルな香りが漂う。
【想い出の
・■■からもらった大切な贈り物。
・かつては強力な『身代わり』の魔法がこめられた
・アーディ自ら修繕して肌身離さず身につけている。
キャラステイタス情報その②
モルド・ラトロー
所属【オグマ・ファミリア】 種族:ヒューマン
職業:冒険者 到達階層:18階層
武器:長剣 所持金130ヴァリス 借金100000000ヴァリス
Lv.2
《基本アビリティ》
力:F334 耐久:G279 器用:H102 敏捷:H149 魔力:I0
耐異常:I
《魔法》
《スキル》
【
・条件達成時、発動。
・一定以上の装備過重時における速度上昇。
・一定以上の叫喚時における伝播機能拡張。
・対象者のみ距離制限無しの遠隔感応可能。
《装備》
【アンダーファング】
・長剣の
・冒険者として長く活動するために経験した知恵を注いだ一品。
・柄の長さから重心に至る細部までこだわった特注品。
【記憶にないミスリル製のナイフ】
・モルド曰く、全く身に覚えのない第一級武装のナイフ。
・
・色々あった末、ヘルメスが仲裁。一括返済を条件に支払期限を猶予してもらった。
・払えなかった場合、極東に伝わる最上位の謝罪『切腹』が待っているらしい。
・そんな経緯からか売るに売れず、使うには不得手の武器。よって不本意ながら肌身離さず身につけている。顔に似合わず毎日手入れをしている。