彼方に継ぐ道化師   作:転生したらアメリカザリガニだった

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第二話 舞台裏(カーテンコール)

 雲一つない爽やかな青空であった。淡い陽射しが市壁を飛び越えて差し込んできている。愛すべき初眷族の記念日を迎えるにはピッタリな晴天で、文句のつけようがない程に心地よい風を全身で感じながらヘスティアはバイト先に向かう街路を歩いていた。

 

「ふふ~ん、ベ~ルくん、ベ~ルくん~♪」

 

 家族(ファミリア)の仲間入りとなった子供の名を口ずさみながら、石畳を軽快に鳴らして歩く足取りは正しく彼女の気持ちを表しており、例えそれが逃げ出したいジャガ丸くんの売り子兼マスコットキャラという、お仕事であっても今日だけは元気一杯でやり遂げる自信があった。

 

 項垂れることなく、気だるいことなく、萎びれることなく、目指せジャガ丸くん売り上げNo.1なんて浮かれ有頂天な笑顔でバイトをするのであった――――が。

 

「――――何も恩お返しを出来ないままでは妖精(エルフ)の名折れだ! な、なんでもいい私に礼をさせて欲しいっ」

「いや、礼だなんて大したことじゃないですよローリエさん」

 

 苦笑交じりになんてことはないと軽く手を振る少年。その手を逃がすまいと必死になって掴んでは懇願するようにグイグイと壁際まで迫るエルフの少女。そんな青い春が、この大通り(メインストリート)の一角に構えるジャガ丸くん屋台の目と鼻の先で行われては消えるようにして裏通りに入っていった。

 

 普段であれば男女の仲睦まじい様子を微笑ましく思うものではあったが、今だけは思えない。何故ならば現在進行形で口説かれていること間違いなしの少年はまごうことなき自神(ボク)の眷族、ベル・クラネル。そうボクだけのベル君であったのだから。

 

「ジャガ丸くん売ってる場合じゃねぇっ!!」

 

 ヘスティアは激怒した。必ず邪知暴虐(ベル君の手を握る)かつ無知蒙昧(ベル君の外套を羽織ってる)かつ厚顔無恥(顔が真っ赤)妖精(エロフ)を除かなければならぬと決意した。ヘスティアには労働はわからぬ。ヘスティアは、善良な女神である。炉を守り、友神の家で寝っ転がってはぐうたらと暮らしていた。けれどもベル君の所業に対しては、神一倍に敏感であった。

 

 愛すべき眷族が間違いを犯す前に……いや、犯される前に阻止すべく、あの二人の元へ、ガバっと勢い良く屋台を乗り越えて飛び出した。走れヘスティア。

 

「こら! ヘスティアちゃん、バイト中にどこ行くんだい!」

 

 そして、呆気なく阻止された。

 

「ぐはっ! おばちゃん!? お願いだから離してくれっ~~~~!!」

「忙しい昼時に逃げるんじゃないよ、全く。ほら、ヘスティアちゃん、お客さんが来た来た」

 

 奮闘空しく雇用主に取り押さえられたロリ神は、さながら罠にかかった小動物のように鳴くしかない。「ベル君の裏切者おおおおおお~~~~!!」という魂の叫び声は悲しくも行き交う雑踏と良く通るおばちゃんの掛け声によって散っていった。

 

 

 そんなやり取りがあったとは露知らず。押し切られるようにして入った裏道通り。多種多様な種族達が入り乱れては賑わう蚤の市で神様の非難めいた叫び声を耳にしたような気がした。思わず、首を回しては傾げるように辺りを見るが神様の姿は見えない。気のせいだろうかと思っていると。

 

「ベル君、やはり迷惑だっただろうか。すまない、無理強いするつもりはなかったんだ! 本当だ! 信じて欲しい。私自身、この気持ちをどうしようもなく持て余してしまって仕方なく――――ではなくてッ!? 少しでも早く君にお礼がしたいと思う、この気持ちに噓偽りはないんだ! だ、大聖樹に誓ってもいいっ! ……って、私は何を口走っているのだ、これではまるで告……いっ、卑しくもけしからんアマゾネス達と変わらないではないか! ち、違うんだベル君、誤解しないでくれ不純で邪な考えは無い! 断じて!! ただ、どうしようもなくお礼がしたくて仕方ない! そう、仕方ないんだっ!?」

 

 患った妖精少女の苦しいうわ言。丁寧に結わえた金髪は既に見るも無残に振り乱れ、湯気を放つ相貌は喜怒哀楽を目まぐるしく慌てふためかせ急かすように無惨を晒している。そして、トドメと言わんばかりに放たれる挙動不審の動きは『都市の憲兵』の目にでも留まれば間違いなく不審尋問されること間違いない不審者であった。

 

 事実、人混み賑わう蚤の市通りの真っ只中、少年少女を囲むようにして謎の空白地帯が生まれていたからだ。邪魔だと舌打ちをする者、巻き込まれたくないと離れる者、迷惑だからと憲兵に通報する者、遠巻きで見守る者、「アオハル尊い……」と呟いては涙を流す者、等々と注がれる視線は実に様々である。

 

 僅かながらに回復した理性がそれに気づくと最早、ローリエの羞恥心は半ば峠を迎える一歩手前であり、天を仰ぎ見て幻視したのは祖先の同胞達のお迎えであった。

 

「――――ロ、ローリエさん!!」

 

 主神から言い渡されるエルフあるまじき重労働と生娘エルフには供給過剰な出会い(イベント)により呆気なくローリエ・スワルは昇天する。未だ冷めることなく真っ赤な長耳に届く少年の声を最後に一人の妖精は少年の腕に抱かれて眠った。

 

 

 ――――そんな目を覆ってしまうような光景を……実際、見るに堪えないとため息交じりに視線を落としているのだがと内心で自嘲しては、その眼鏡の奥にある碧眼を細めて少年の後ろ姿を見守る。

 

 呆れながらも同情の念を禁じ得ない眼差しを倒れた仲間(ファミリア)に注ぐ彼女はアスフィ。アスフィ・アル・アンドロメダである。今なお気絶という名の現実逃避をしているローリエと同じく共にする【ヘルメス・ファミリア】の副団長(・・・)であり、例に漏れず彼女も主神の謀に一枚嚙んでいた。

 

(こんなことになるのなら無理にでも『案内役』の方を選べばよかった……)

 

 二度目のため息を深く吐いては自身が作製した魔道具(マジックアイテム)、装着者に『透明状態(インビジビジリティ)』を付与する『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を気怠げに外しては注意深く姿を現した。

 

 この立ち行かぬ状況に苦労人らしさを更に滲ましては人差し指で眼鏡をかけ直す。事ここに至り、主神の言葉を思い返しては『保険』とはそう言うことだと理解する。そして、本拠地(ホーム)に帰ったら一発、いや十数発、重たいのをお見舞いしなければと心に固く誓った。

 

(絶対に間違いなく団長もグル!)

 

 思い返すのは数日前、借り上げた倉庫街の一角にて行われた秘密の会議。主神であるヘルメス様と余裕しゃくしゃくで遅刻してきた団長に挟まれて下された二つの指令(ミッション)。一つは外で活動していたファミリアの眷族の一人をこの迷宮都市オラリオまで送り届ける『案内役』。そして、もう一つがダンジョン内で発生する異常事態(イレギュラー)の管理、誘導を主とした『見届け人』であった。

 

 前者は単純明快ですぐにその内容も飲み込めたのだが、後者の方は首を傾げて疑問に思った。多かれ少なかれダンジョン内では日々不測の事態が起きているものだ、それ故に異常事態(イレギュラー)というのはまさしく不慮の事故と言う他ならない。備えることは出来ても予知することは不可能。それなのに主神の口からは明確に、あの【ロキ・ファミリア】が遠征帰りの途中で大量発生したミノタウロスと遭遇するという異常事態(イレギュラー)に巻き込まれると珍しく言い切った。

 

 いくら遠征で疲弊しているとはいえ、あの【勇者(ブレイバー)】がその程度の異常事態(イレギュラー)に遅れを取るとは到底、思えない。それに『案内役』で預かる、その眷族とミノタウロスの異常事態(イレギュラー)がどう繋がると言うのか全くもって意味不明の理解不能である。問わずにはいられない疑問が泡のように浮かんでいく。

 

 だが、そんな疑問等、我関せずとばかりに先に口を開いたのは団長――――リディス・カヴェルナであった。

 

「はいはいはーい! ヘルメス様~私、『案内役』やりまーす。ビッシとバッチっと誘拐してくるぜー」

 

 秘密の会議だというのにやたら通る声で放たれる平常運転のリディス団長。そんな光景に頭を痛ませながらしっかりと話をまとめようと相談を持ち掛けるのだが――――。

 

「オイオイ、私はリディスだぜ! ――――だから全部面倒事は任せたよアスフィ、キャハ☆ 」

 

 ……これである。

 

 黙っていれば(本当に)大人しくしていれば(お願いだから)静かにしていてさえくれ(真面目にして)れば女神顔負けの美人なのに、どうしてバツグンの美貌(ルックス)からあれほどまで不一致(アンバランス)な言動が出るのか分からない。あまりに精神年齢が低すぎて逆に怖いまである。

 

 そうして半泣きの副団長と愛想笑いをする主神を放って団長は一人、秘密の会議から嵐の如く抜け出していった。八つ当たり紛れに問い詰めるが言葉尻を捕らえさせない口調でにこやかに誤魔化す主神を分からせて、結局アスフィは当日まで不眠不休で備えに備えて準備をするしかなかった。

 

 そうして、迎えた『見届け人』当日。半信半疑ながらもミノタウロスが出現する階層に網を張って【ロキ・ファミリア】を待ち構えていると……。

 

(――――ほ、本当に起きた!?)

 

 場所は17階層。無骨な岩窟が広がる広間(ルーム)にて突如として地響きの如く震撼する咆哮(ハウル)が響き渡った。複数の通路に繋がる道々から雄叫びの主達が姿を現すのが見える。まるで最初からそうなることが筋書きとしてあったかのように赤銅色の体皮を漲らして牛頭人体のモンスター『ミノタウロス』と【ロキ・ファミリア】の邂逅。

 

 あれだけ広大であった広間(ルーム)が闘技場のように様変わりをしていた。都市最大派閥の片翼を担う、あの【ロキ・ファミリア】を囲むようにして築き上げた肉の壁。迷宮都市オラリオを運営管理している実質的、支配者である管理機関(ギルド)が公開した階層領域ごとに定めた脅威評価がある。上層、中層、下層、そして真の死線(トゥルー・デッドライン)である深層。今、いる17階層は区分として中層に割り当てされており、そこに出現するモンスターの中でトップクラスに危険なのがミノタウロス。

 

 ――――その脅威評価・三ツ星(最高値)

 

 仮にこの中層を狩場にしている冒険者達がこの異常事態(イレギュラー)と遭遇すれば一も二もなく逃げ出すだろう。それこそ今日の稼ぎである『魔石』や『ドロップアイテム』等が詰められたバックパックなど枷となる重しにしかならない。酷ければ最悪、仲間を切り捨てることだって選択肢に入る。これはそんな光景。

 

 だが、そんな末恐ろしい光景も相対する存在が故に酷く弱々しく映った。何故ならば、相手はあの【ロキ・ファミリア】なのだから……。彼等の主戦場は更に奥の奥――――深層。この程度の異常事態(イレギュラー)異常事態(イレギュラー)になりえない。

 

 それを裏付けるように【ロキ・ファミリア】に動きがある。陣形の組み直しと再編による移動。その指示を出すのは、あの有名な【勇者(ブレイバー)】――――ではなく【超凡夫(ハイ・ノービス)】の二つ名を持つラウル・ノールドという名のヒューマンの青年であった。一糸乱れずとまではいかずとも場馴れした指示を飛ばしていく。その彼を見守るようにして老兵――――ノアール・ザクセン、【弓弦の剣葉(ユズルハ)】が汗を流す青年の背中を叩いて笑っていた。

 

(盤石……覆しようがない。でも、動かしようは幾らでもありますね【超凡夫(ハイ・ノービス)】)

 

 人を動かす苦労、そして大変さを分かっているからこその称賛。しかし容赦なく塞がれていない穴を指摘しては行動に移る。序盤、中盤にかけて展開されていた下位の団員達が後方に下がって『魔石』や『ドロップアイテム』を回収する動きを見せ始めたからだ。【経験値(エクセリア)】稼ぎという名のボーナス・タイムは終了し、一方的な蹂躙が始まる。

 

 【ロキ・ファミリア】が誇る最高戦力――――第一級冒険者達が投入される終盤。その拙い指示の穴を穿つようにして『透明状態(インビジビジリティ)』のままアスフィは一匹のミノタウロスめがけて『針』を放った。

 

 それはモンスターを興奮状態にし、同士討ちを誘発させる飛針。魔道具(マジックアイテム)紅針(クリゼア)』……の改良版、名づけて『黒針(パニコス)』。睡眠不足故の安直な命名だとは自覚しながらも間に合わせた自信作。その効果はモンスターを恐慌(パニック)状態に陥らせて、その恐怖を同種のモンスターに伝播させるという漆黒の飛針。

 

 その効果は絶大で第一級冒険者の圧も加わり、瞬く間に恐怖は伝染して前代未聞のモンスター集団逃走が開始された。

 

(深層ならともかくモンスターが『逃げる』という選択肢が抜けていましたね)

 

 『見届け人』としての仕事を終えたが、事の成り行きを見守ることなく針が刺さったままのミノタウロスを処理すべくアスフィはその場から去った。しこりのような罪悪感はあるものの【ロキ・ファミリア】ならば『最悪の事態』が起きぬよう対処できる信用が頭にあったからだ。それは過去の実績や成果から来る妥当な評価の打算。その考えは自身が所属するファミリアの主神にも当てはまり、僅かにある淡い信頼を無視しても意味も無いことをやらせる神ではないとアスフィは期待していた。

 

(……お願いですから失望させないでくださいよヘルメス様)

 

 念の為にと用心を怠らず、やって来る【ロキ・ファミリア】や遭遇する他の冒険者と顔合わせしないよう『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を被ったまま、追跡速度が落ちても痕跡が残らぬように証拠隠滅を目指す。

 

(ああ、こんなことならばと自壊も組み込むべきでした私もまだまだですね……)

 

 神々から授かった自身の二つ名【万能者(ペルセウス)】。神の十八番である『奇跡』に近いことが可能となるレアアビリティ『神秘』の保持者であり、このオラリオに五人も満たない稀有(レア)な才能である。

 

(その名に恥じぬよう教訓とさせていただきます)

 

 そうして、アスフィの攻撃が届く有効射程まであと少しというところで問題が起きる。運命の悪戯なのかダンジョンの悪意なのか、はたまた神の気まぐれか……。よりにもよってミノタウロスと曲がり角の鉢合わせを決める冒険者達が登場したのだ。

 

(間に合わないッ! 仕方ない――――飛翔靴(タラリア)!!)

 

 心の中で叫んだ瞬間、金の翼が巻き付くように施された見事な靴に翼が生える。二翼一対、左右合わせて四枚の翼が広がると、瞬く間に空を蹴るように飛んでは一気に距離を縮めた。

 

(よし! 間に――――なっ……ローリエ!?)

 

 ミノタウロスに襲われかけている冒険者の一団(パーティー)に思いもよらぬ顔ぶれが存在した。それは『外』で諜報活動をしているエルフの団員、ローリエ・スワル。思わず喉から出かける彼女の名をすんでのところで飲み込むが結果、致命的な遅れを生じて……後の祭りである。

 

 玩具で遊ぶ児戯のように近くにいた冒険者を掴み上げては此方に投げ捨てる。勿論、依然として透明であり、気配はバレていない。そう、本当に運悪く此方に向かって剛速球が襲いかかってきたのだ……まるで罰するように。

 

「ひっ、ひぃいいいいいい!?――――がはッ!」

 

 隠密行動など地平線の彼方に涙目で悲鳴を漏らしては気絶したドワーフの冒険者とぶつかる。貫く衝撃と共に何故かチラついた団長とヘルメス様を恨みながら吹っ飛んでいった。

 

 ……幸い、起動していた飛翔靴(タラリア)のお蔭で肉体的損傷(ダメージ)は軽微だったが、それはそれとして年頃の女性としては中々な精神的損傷(ダメージ)を受けるのである。とはいえ、地面に倒れたままの冒険者に非は無く恨むのはヘルメス様ただ一柱のみ。

 

「早くローリエを助けなければ……しかし、この冒険者を見捨てる訳にも……ああ、もう!

絶対にヘルメス様殴る!!」

 

 突然、突きつけられる悪趣味な二択の責任を主神に負わせては逃避したい気持ちに駆られるアスフィであったが、洞窟をけたたましい速度で駆ける存在に気がついた。そう、【ロキ・ファミリア】である。

 

 閃いたアスフィの機転。そこからの持ち直しは流石ではあったが、同時に羞恥と憤怒に震えるというごちゃ混ぜとなった感情から繰り出される迫真の演技を誰が批難できたか。

 

「きゃあーミノタウロスだー誰か助けてー!! ぐっ……ぐああああ!?」

 

 質はともかくとして真に迫る悲痛な裏声は確かに通じており、すぐさま猟犬のような速度を以て駆け抜けてくるのが涙を伝って感じ取れた。

 

 数秒後にやって来る【ロキ・ファミリア】の救援にこのドワーフの冒険者を任せて自身は仲間を助けるべく涙を散らして疾走する。

 

 そして、ミノタウロスと対峙する見知らぬヒューマンの少年と口では憚れるイチャイチャな雰囲気をまざまざと見せつけられた上に人々が行き交う道の真ん中で気絶をするという、あっ痛たたたな光景を繰り出されては苦笑を更に深ませて何が『見届け人』だと思うのも無理のない話であった。

 

 

 

 ――――その日の夜、リディスは神を見捨てて逃げた。その神も頑張って逃げたが、捕まった。アスフィに。他の団員達は見て見ぬふりをした。ヘルメスはボコボコであった。

 





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