彼方に継ぐ道化師   作:転生したらアメリカザリガニだった

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第四話 白兎を追いかけて(ワンダーラビット)

 ――――黄昏時。

 

 部屋の窓、硝子越しの向こうで夕陽が揺らめいて空を茜色に染め上げている。浮かぶ感情は『狭間』昼と夜の中間点。どちらにも寄り添わない曖昧で移ろう時間だと、陽炎な茜空を見る金眼金髪の少女――――アイズはそう思った。まるで夢でも見ているかのような幻想的な光景。あの少年との出会いもいっそ夢であったらと思ってしまう。だが、精巧に作られた木製の机の上には夢ではないと誇示するようにミノタウロスの片角が置かれていた。

 

 そっと触れては転がす、小気味いい音を立てて思い返すのは処女雪を連想させるような白い髪と陰りのない真っ直ぐな深紅(ルベライト)の瞳をしたヒューマンの少年。その姿から兎を連想させる彼を追っては邪魔をされて見失ってしまった。

 

 その時のやり取りを思い出しては心の中の幼女(アイズ)が『ベートのばかっ!』と不満を募らせている。

 

 危うく盗られそうになったミノタウロスのドロップアイテムをめぐってムキになり、無言で脱兎のように疾駆しったのが不味かった。仮に『(エアリアル)』を纏っても【ロキ・ファミリア】最速の狼、相手に駆けっこなど勝てる筈もない。

 

 結果、怒れる狼に捕まり、滅茶苦茶に問いただされては口を噤んで待つこと暫く。ミノタウロスを追って、方々(ほうぼう)に散った仲間たち――――アマゾネス姉妹のティオネ、ティオナが駆け寄っては更に面倒になり、挙句には口喧嘩になった。実に泥沼だった。

 

 そうしてダンジョン内に響く狼とアマゾネス姉妹の口論を辿ってやって来た本陣。苦笑を深ませるフィンと呆れ顔のガレス。そしてリヴェリアに怒られては見せる三者三様ならぬ四者四様。キレる狼、喜ぶ姉、ぶーたれる妹、押し黙る姫。遠征帰りのごたつきもあり、呼ばれるまでアイズ達は自室にて待機となっている。否が応でもリヴェリアに小言を言われるのが想像出来てしまい、心の中の幼女(アイズ)、共々キュッと身を縮めた。

 

 さながら判決を下される罪人のような心地で、開け放った窓の向こうの景色を眺めては行き交う人々を目で追っていく。此処からでは随分と遠い街の喧騒も幾度となく昇華(ランクアップ)した五感は容易く捉えてしまうが、目当ての兎はついぞ見つからなかった。

 

 そこへ、コンコンっと秦皮(トネリコ)製のドアを叩く音がする。続いてドア越しに響くのは「アイズ―いるー? リヴェリアが呼んでるよー」という明るい声。ドア開ければいつもと変わらず、にししっ、と笑みを浮かべているティオナがいた。

 

「ティオナ、あんた少しは反省ってものをしなさいよね。これ以上、団長を困らせたら怒るわよ?」

 

 廊下の奥から長い髪を揺らしてやって来た(ティオネ)が能天気な(ティオナ)を説教しては、ため息を吐いている。

 

「いーじゃん、別にー悪いのはベートなんだからさぁ。ねぇーアイズー?」

 

 しかし、そんな説教もどこ吹く風とティオナは両手を頭に回して、笑みを絶やさず、けろりとしていた。

 

「まったく……で、実際どうなのよアイズ。なにがあったのか聞かせなさいよ」

 

 相変わらずな(ティオナ)を無視して、切り替わるように真面目な表情をする(ティオネ)。それに同意するようにティオナも「うん、うん」と大きく何度も頷いた。三首領、個別の事情聴取も終わり、アイズを呼びに来た二人も結局、事の始まりを知らず気になっていたのだ。どうせ、日を改めば知ることになるかもしれないことだが、二人は心配して直接こうして本人の口から聞くことを望んでいる。

 

 勿論、それは他者との交流(コミュニケーション)が苦手なアイズでも察しており、二人の心配は嬉しくも、申し訳なく、板挟みであった。素直に言えば、どんなに楽なのかと思うが言葉が出ない。恥ずかしいからだ。

 

 無言の空間。その綺麗な金眼を泳がせては、もじもじとするアイズを眺めるアマゾネス姉妹。アイズのきめ細かな白い肌、その頬が薄っすらと茜色に染まるの見た後、不意に開けっ放しの窓から吹いてくる風に揺られてきぃきぃと音を立ててドアが閉まる。そして、廊下の曲がり角やって来た新たな人物。開いていたドアの死角が消え去り、見事なタイミングで重なって運悪く。

 

 件の狼人(ウェアウルフ)――――ベートが気まずいとばかりに立っていた。

 

 ベートの琥珀色の瞳にはありありと「げっ、バカゾネス」という罵倒の文字が浮かんでいる。だが、アイズの無言の視線を浴びた途端に挙動不審になり、舌打ちを鳴らして視線を切るのだが、ちらちらと横顔を送ってはアイズの表情を窺い知ろうとしてるのが手に取るように分かった。

 

 延長時間(タイム)に入る無言の空間である。気まずさ三ツ星の空気であった。だが、空気を読まない者がこの場にいた。……いや、正確には読もうともしないのが正しい。下界の誰が言ったか、長所と短所はコインの表裏のようだと。それを体現するように、取り合わない少女、ティオナがマイペースにずいっとベートに近づいては口を開いた。

 

「ベートさー、今度はどんなちょっかいかけたの? あっ!? 分かった、ミノタウロスだ! アイズに先を越されて悔しいんだー、口の悪さと足の速さは【ファミリア】随一だもんねっ!」

 

 最後にドンマイっと肩をポンポンと叩いては破顔するティオナに悪気はない。それはベートも分かっていた。口端を軽く痙攣させながら、琥珀色の双眸を引きつらせる。薄氷の上を踏み歩くかのように薄皮一枚でグッと堪えてはやり過ごそうとして――――。

 

「でも、人のドロップアイテムを盗るのは駄目だと思うなー」

 

 ――――薄氷が音を立てて割れた。無理だった。

 

「なッ、ざけんなッ! くだらねぇ雑魚なことするか!! このド貧相女が!?」

「ぐわぁあああ、ド貧相とか言うなあああああっ!!」

 

 二人のやかましい怒鳴り声の応酬が開戦する。廊下を瞬く間に駆け抜けては本拠(ホーム)である『黄昏の館』を三周して尚、響いた。そして、その戦場に団長を熱く想う狂戦士(ティオネ)が参戦すれば手の付けようがない。ただ、一人を除いて……。

 

「舌の根の乾かぬ内に廊下で騒ぐでない、お主等ッ!!」

 

 騒ぎを聞きつけてやって来た、ドワーフのガレスに力づくで分からされる三人は仲良く特大の拳骨を頂戴して項垂れて黙った。

 

「まったく年寄りを労わらんか……アイズ、お主も早うリヴェリアのところにいかんと拳骨を貰うことになるぞ」

「えっ、それは……嫌だ」

 

 ぶるりと小さく震えるアイズ。幼き頃の記憶(トラウマ)を思い出してはタンッと廊下を叩き、急いで部屋に向かって走った。

 

「――――遅いぞ、アイズ! 一体、何をもたついていたんだ」

 

 鉄拳は飛んで来なかったが、怒鳴り声は飛んできた。これでも迷惑にならない程度には抑えて駆けて来たのにと、表情の変化に乏しいアイズの相貌には見慣れた者しかわからない程度に、膨れては小さく口がむすっとなっていた。

 

「ほう……? どうやら不服のようだな」

 

 リヴェリアの柳眉がピクリと逆立って、冷ややかで静かな声色になったのを、アイズが察した時には既に遅かった。一瞬、空気が冷たく感じたのと同時にアイズは久しぶりに、本当に久しぶりに恐怖を覚えた……いや、思い出した。

 

 

 窓の向こう側、空はすっかりと明るさを落として星々が爛々と煌めいていた。そんなことなど露知らず、心の中の幼女(アイズ)は『ぐわぁー』と痛みに悶えてはゴロゴロと転がっている。涙目に非難するような視線をリヴェリアに送るアイズの表情は何故か幾分と柔らかい。長年、親代わりに接してきたリヴェリアの賜物だろう。

 

「そんな目で訴えるなアイズ。まるで私が悪者みたいではないか」

 

 そう声をかけてはアイズが座るソファーに腰掛けるリヴェリア。両膝を抱える少女の頭にそっと手を置いて言い聞かせる。ややあってアイズがぽつりと独り言のようにあの場で起きたことを話し始めた。ミノタウロスの気配を辿った先で、出会った少年が一人の妖精を助けようと怪物と対峙するお伽噺。

 

 ぽつぽつと語るアイズと肩を合わせながらリヴェリアは得心した。感情が殊更、表に出にくいアイズはよく誤解される。だが、本当は年相応に何処にでもいる一人の女の子なのだ。ただ、巡り合わせが悪く、こういう生き方でしか己を世界に写せない少女。数少ないアイズの過去を知る高貴なエルフは今日まで共に苦楽を分かち合って寄り添って進んできた。

 

 だからこそ、アイズは抱えていた感情をストレートに吐露することができた。

 

 持て余していた感情も経緯も全て話して、どれくらいそうしていただろう。秒針を刻む時計の針の音だけが耳朶を打つ。無言であったが気まずくはなかった、むしろ逆であった。ほっとするような導いてくれるような安心感を抱かせる静かなひと時。

 

「お前はどうしたい、アイズ?」

 

 ややあって最初に口を開いたのはリヴェリア。彼女の翡翠色の瞳に促されるようにアイズは自問自答する。そっと胸に手を置いて瞼を閉じ、心の奥に語りかけるのだ。

 

『あの白い兎に会いたい』

 

 両手を振り上げて、即答する幼い自分の答えは変わらず頑固。あの少年に出会って抱く後悔と謝罪、そして羨望。それは時間をおいても変わらなかった。

 

「会いたい……うん、会って謝りたい。でも……」

 

 次に繋がる言葉が言い淀む。どうやって少年を見つけるかだ。【ロキ・ファミリア】の名を使えばギルドを通じて探し出すのも難しい話ではないと思える。だが、これ以上、自分の我儘で皆に迷惑をかけるのは嫌だった。だから自分一人で少年を見つけようと思っていたのだ。でも、どうすればもう一度、会えるのだろう。

 

 迷宮都市オラリオは広く、そこに住む冒険者は数多だ。最大で最後の好機を逃した自分はどうすればいいのだろうと悩み、結局リヴェリアに相談してしまった。そして、答えを乞うようにリヴェリアに眼差しを向ける。

 

「難しく考えるなアイズ。足し算ではなく引き算で考えれば物事は簡単だ」

 

 片目を閉じて人差し指を上に向けるリヴェリアの言葉に、アイズは思わず。幼いアイズ共々、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。それを見て苦笑を浮かばせるリヴェリアは言葉を続けた。

 

「低く見積もっても単独(ソロ)でミノタウロスを討伐したことから考えて上級冒険者、つまりこの時点で半分は候補から外れる。そして、アイズ。お前が見惚れる程の剣技の持ち主となれば、それこそ私達と同じ第一級冒険者相当と見て間違いないだろう。このオラリオにどれだけの同格が存在するか分かるか?」

「多分、四十人もいない……かな?」

 

 まるで出来の悪い教え子を導いてあげるようにリヴェリアはアイズを促していく。やや自信なさげな回答に内心、久しぶりに勉強でもしてやるべきかと思案しつつ肯定した。昔日の男神(ゼウス)女神(ヘラ)が君臨していた時代と違い、今のオラリオが世界に誇る第一級冒険者は把握できる程度にまで数を減らしている。

 

 答えは出ていたのだ、該当者はいない。少なくともギルドが公開している第一級冒険者の情報に該当するだろう、アイズが探す、その白い少年は存在していない。少なくない可能性として最近、昇格(ランクアップ)して伸し上がったというのも捨てきれないが、それならば探す手間が省けるというものだ。だが見込みは薄い。ギルドが定義付けた冒険者の格付けである、下級冒険者、上級冒険者、そして等級。

 

 オラリオで活動する冒険者は須らく、そのように格付けされている。

 

 誰もが通るLv.1は下級冒険者に区分され、その割合は全体の半数を占めている。そして、冒険に挑み偉業を成し遂げた者が辿り着くLv.2は上級冒険者に。ここから更に細分化されて等級がつけられていく。

 

 Lv.2は第三級冒険者。Lv.3、Lv.4は第二級冒険者。Lv.5以上が第一級冒険者と呼ばれている。明確に設けられた定義には当然、意味があるのだ。誰もがぶつかる才能の限界、冒険に挑む勇気。一つしか違わない数字だというのに超えるには途方もない壁を越えなければいけない。誰もが乗り越えられる簡単なものではないのだ。再起(リトライ)は無い、失敗すれば当然あるのは死。

 

 一つ、また一つと超える度に求められる偉業も質が上がる。身も蓋もない話だが、結局のところ才能の有無なのだ。天運もさることながら肉体的、精神的に問わず求められる英雄としての資質。早い話、その資質、才覚の種があれば早々に名は知れ渡ってしまう。だからこそ英雄の都と呼ばれるのだ。

 

 だからこそ、一層際立って第一級冒険者相当の実力を有する無名の少年の存在が不可解だった。

 

 もしかしたら『学区』の卒業生かもしれないとリヴェリアは思った。浮かぶ可能性を取捨選択して切り捨てる。最後に残ったのは都市外からやって来た実力者。あながちありえない可能性ではない。『学区』の卒業生であるレフィーヤを筆頭に他国から来たティオネ、ティオナの例もある。些か、常識外れではあるが有望な人材を育成する機関である、あの『学区』の卒業生が巡り巡って、最近やって来たというのが一番、道筋が通っている話だろう。

 

 勿論、憶測の域を出ない話ではあるのだがと最後に付け加えリヴェリアは口を閉じる。最後まで静かに清聴していたアイズは目を輝かせ、手を打って感嘆した。それに満足気な笑みを浮かばせながらもリヴェリアの心にはしこりのように謎が残ったままだった。

 

 もし仮にアイズに聞かせた話がその通りだったとしたら何故、影の一つも噂に上がらないのだろうということを。確かに遠征中であり、都市の情報は入ってこない。それでも小耳に入っておかしくない特大級の知らせだ。それだけ第一級冒険者は貴重であり、一人加わるだけで容易にパワーバランスが崩れる。

 

(それとなくロキに聞いてみるか……)

 

 そう、心の中で留めるように主神の名を出した瞬間、リヴェリアの頭の中で何かが重なった。それはまるで落としたパズルの欠片がたまたま運よく重なって絵になったような感覚。普段から酒を飲んでは、女性団員達にセクハラ行為をして叩かれる残念な神の面影。だが、ある意味でフィン以上に目鼻が鋭く利き、僅かでも不審な物事や策動があればそれを利用して立ち回るだけの器量と駆け引きができる神でもあった。一言で表すならば、つかみどころがない。ロキの飄々とした物腰から連想させられるのは自身の背にも刻まれたエンブレム。それが耳元で囁く。

 

「――――道化師(ジェスター)

 

 意味のない独り言であった。隣にいるアイズもきょとんとした顔をしている。だが、その言葉が落ちた雫のように波紋を広げていき、奇妙にも繋がってしまった。

 

「――――七年前の暗黒期を覚えているかアイズ?」

「……うん、覚えてる」

 

 こくりと頷くアイズ。二人の視線は自然と窓の向こう側に注がれる。今の活気あふれるオラリオからは想像もできない地獄があの時、七年前にあった。世は暗黒期、最盛期。男神(ゼウス)女神(ヘラ)の下に集った最強の眷族達が挑んだ三大冒険者依頼(クエスト)。古の時代から存在している三体の魔物を討伐目標に据えた世界の悲願。その内の二体である陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)を討伐し、最後に残る『生ける終末』と名付けられた黒竜に敗れて、世界は色を変えた。悪夢の始まりである。

 

 道徳は軽んじられ、尊厳は踏みにじられ、人道を弄ばれ、気づけば隣人が凶器を振りかざす最悪の時代、それが暗黒期。その中で隆盛を誇ったのが闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる過激派集団。『邪神』と名乗る神々に率いられた過激派ファミリアの総称であり、様々な犯罪活動を各地で行っては神、冒険者、一般人と無差別に襲い、多くの傷跡を残した。

 

 目障りな存在(ゼウス・ヘラ)が消え去ったことで増長して勢いを増す闇派閥(イヴィルス)が定めた次なる目標が世界の中心、迷宮都市オラリオ。この英雄の都が陥落すれば、時代は逆戻りしてしまう。それこそ、人類がモンスターに蹂躙された『古代』と呼ばれる暗雲の時代に……。

 

「なら、道化師(ジェスター)も覚えているな」

「……うん、誰?」

 

 またしても、きょとんとした顔をして今度は首を傾げるアイズにリヴェリアは片目を閉じて、ため息を吐いた。だが、アイズがその名を覚えていないのも仕方のないことだった。七年前の頃のアイズは今と違い頑固で言うことを聞かない問題児だったのだから。一振りの剣のように無機質にモンスターを切り捨て、無価値に己を投げ捨てる、そんな少女(アイズ)だった。思えば随分と感情を表に出すようになったと喜ばしい。

 

 ただ、ひたすらに強さ(孤独)を求めた少女(アイズ)に他者が入る余地は無かった。だから仕方ない。あの、終わりが見えない暗黒期に一筋の光を灯した存在を。

 

 当時、音も無く姿を見せては消える闇派閥(イヴィルス)に対応は後手に回っていた。『都市の憲兵』や『正義の使徒』の奮闘があっても足りない暴力。挙句の果てには当時どうやって侵入したというのか、ダンジョン内での襲撃も酷く手を焼いたものだ。

 

 そんな中、ある日を境に事態は急激に変化した。都市を守る冒険者の誰よりも早く駆けつけては闇派閥(イヴィルス)を鎮圧、無力化。不殺を貫く謎の存在が一躍台頭することとなった。その動機、目的も不明のまま最後まで世に存在を明かさなかった謎の人物。第一級冒険者相当の実力を有していることだけが唯一の手がかりのまま、今となっては真相は闇の中だ。

 

 名誉を求めない、そんな『彼』の行いに羨んでフィンが名付けた二つ名が道化師(ジェスター)。放置するにはあまりに勿体ない駒であった。十二分に彼の活躍を【ロキ・ファミリア】に還元させつつ、闇派閥(イヴィルス)に牽制させる手腕は見事である。当時は、卑劣だと非難したものだがフィンの抱く夢を知っている以上、強くは出れなかった。それに、そんな余裕は無かった。少しでも早く混沌とした世が正されればと願っていたから。

 

 道化師(ジェスター)の快進撃は続き、遂に形勢は逆転する。闇派閥(イヴィルス)の幹部である、あの妖魔達が道化師(ジェスター)に敗れたのだ。あの暗黒期の転換期、岐路はあの瞬間にこそあった。後に続く、派閥連合による人造迷宮クノッソス攻略、そして暗黒期の終わりを告げた27階層の決着。疑いようもなく道化師(ジェスター)の活躍があったからこそ今の平和の世、オラリオがあるといっていい。

 

 当時、同じ時を歩んだ者だというのに知ろうとしなかったアイズに『彼』の活躍を改めて教えて、リヴェリアは一息つく。

 

「じゃあ、もしかして……」

「ふっ、それはないなアイズ。同一人物だとするならば、当時のお前と同じ年頃で高みに至っているということになる。あくまで、その白い少年と道化師(ジェスター)の境遇が似ていると思っただけだ」

 

 薄く笑みを浮かべて訂正するリヴェリアにアイズは少しだけ頬を膨らませて、抵抗の意思を見せるようにそっぽを向く。流れる金の長髪を眺めては、未だ強さを求めるアイズにそれだけの意識を向けさせる少年に関心を抱き、そして感心するリヴェリア。話を戻そうと軽く咳ばらいをして口を開く。

 

「少々、話がそれたがなアイズ。私が言いたいのは無理に追おうとせず、焦らなくてもいいということだ」

「……どうして?」

「他ならぬ、お前が興味を持った人物が易々と無名のまま終わるわけがない。この英雄の都が放ってはおかないさ」

 

 然るべき時、あるべき場所で、再び少年と相まみえることがあるだろう。そう言うリヴェリアの言葉には力が籠っていた。

 

「うん、分かった……」

「こう見えても、占いは当たる方だ。それまで、その角はお守り代わりに持っているといい」

 

 そう言われて、アイズの顔がはっとする。その手には少年と繋がる唯一の宝物が握られていた。ただ、眺めているだけで何故か胸がほっと安堵して安らいでいく。壊れないように撫でてはリヴェリアの方を向いてアイズはお礼を言った。

 

「ありがとう、リヴェリア。……うん、楽になれた」

「ああ、それなら良かった」

 

 翡翠色の瞳に見守られながら、アイズは重なる母の面影を抱いて微笑んだ。安心するようなひと時だった。

 

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