彼方に継ぐ道化師   作:転生したらアメリカザリガニだった

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第八話 送り兎②(ボディーガード)

 空が白を帯びてはオラリオの市壁から新しい一日を告げるように顔を出す朝日。昨日の出来事がまるでなかったかのように今日も今日とてギルド職員であるエイナは業務に追われていた。心身ともにのしかかる疲労が抜けきらぬまま、事の経緯。昨晩の出来事を知ることとなった同僚たちの心配をよそにエイナは平静を保ちながら窓口に立つ。

 

 早朝も抜けきらぬ頃、これからダンジョンに向かうだろう冒険者たちでごった返す受付窓口に突如として白大理石が広がるロビーに轟くような大声が響き渡った。

 

「エイナちゃあああああんんッ!!」

「お、おはようございますドルムルさん……」

 

 まさに破鐘のような砲声、その声の主はドワーフの青年である。ドワーフにしては珍しく巨漢であり、被る(ヘルム)からは土色の髪が短く覗かせている。また、男性ドワーフの特徴とも呼ぶべき髭は剃っているのか綺麗に見当たらない。瞳の色は分からず、双眸は常に弓なりだ。そして、最後に印象を強く与えるのは彼の口調、まるで田舎から抜け出してきたかのように訛りが強い。

 

 そんな、一度会話をすれば忘れることのない冒険者。

 

 その彼が、白大理石の床を蹴っては息を切らして長台(カウンター)を飛び越えんばかりにまで迫る勢いでエイナの元までやってきた。これからダンジョンに向かうだろうことは明白とばかりの、ドワーフらしい見事な重装備。伝わる熱気に思わず一歩引いてはエイナの脳裏に嫌な予感が立ち込める。

 

「だッ、大丈夫なのか! オ、オラ聞いたぞ! 恐ろしい目にあったんだってなあっ!!」

 

 ――――嗚呼、予感的中。

 

 悔恨の極みと言わんばかりに、握り締めた拳が長台(カウンター)に落とされる。ドルムルの言葉にエイナはやはりと内心で苦笑した。思わず遠くなる視線の先で捉える我関せずの同僚たち。その端で捉えた先に動く小柄な影が目に留まる。そう同僚のミィシャだ。

 

 むっ、としては視線に圧をこめて飛ばすエイナ。それを受けてミィシャも白状するように、小さな腕で抱えた書類の束で顔を覆っては小走りで廊下の奥に消えていった。

 

(ミィシャだけじゃなくて他にも噂にしていそうだけど……)

 

 不安を紛らわせるために出社早々に昨日の出来事を皆に喋ってしまった自分に後悔するエイナ。しかし、事なきを得た事件であり、ここまで打ち震えては悲痛を訴えるドルムルにエイナは首を傾げる。はたして何を吹き込んだのだと嘆息。

 

「どどどっうなんだエイナちゃん!」

「ええっと……その件でしたらガネーシャ・ファミリアの方に助けて頂いたので大丈夫――――」

「とんでもねえ安心なんてできるわけなか! 知らねえ男に襲われたって聞いたからには居ても立っても居られなねえ!」

 

 ――――ですよドルムルさん。っと歯切れが悪いながらも言い切ろうとしたエイナであったが刹那、被せるようにしては声音を強くするドルムルにたじろいでしまう。助けを求めるように視線を飛ばすが同僚たちは仕事が忙しいと我関せずな態度で華麗にスルーよろしく業務に没頭している。冒険者たちも同様で関心だけは向けたまま関わろうとはしてこなかった。

 

「――――そこまでにしろ、野蛮なドワーフめ。周りから好奇の目を向けられて迷惑をしているのが理解できないか」

「あんだと!」

 

 直後、鋭い非難の声。ドルムルの後方からその声の主がやって来た。振り向くドルムルを無視してやって来る声の人物はエイナの知る冒険者であった。

 

「ルヴィスさん……」

「大丈夫ですか、エイナさん。なにやら下賤なドワーフの大声に迷惑をしていたようで……ですが、もう安心ですよ」

 

 ドルムルとエイナの間に入ってきたのは眉目秀麗という言葉が似合うエルフの青年。なびく金髪と線の細い容姿。ドルムル同様に冒険者らしく装具をまとっている。エルフらしく背には矢筒と短弓を装備し、腰には細かな意匠が施された短剣(ショートソード)

 

 並ぶ両者を見て、エイナの脳裏に浮かぶドルムルとルヴィスの記憶。過去、幾度となく繰り広げられた光景がまたもやと思いながら困り顔が生じる。

 

「ムッ、黙って聞いていればひょろひょろの優男(エルフ)が! オラのどこが野蛮で下賤なドワーフなんじゃ!」

「エイナさんが困っているのが分からないのか? はっ、粗野なドワーフには機微を捉えることができないようだな」

「あんだとっー!!」

 

 始まったとエイナは遠い目をした。両者一歩も引かぬ口論が熱を上げて盛り上がる(ヒートアップ)。そう、これなのだ。ドルムルとルヴィスは世間一般的なドワーフとエルフが抱える種族間に根ざす禍根を示すかのようにいがみ合う。

 

 その原因が他ならぬエイナ自身であるということは本人も十二分に理解している。自慢するわけでもなくエイナは自身の容姿がハーフエルフであるということを加味してもある種、抜きん出て恵まれていることを自覚している。自惚れでもなく、そうでもなければ勤めることが叶わないのが、この職業――――ギルドの受付嬢。

 

 求められる能力は元より、多種多様な種族で入り乱れては乱暴者のイメージがどうしてもついて回る冒険者。そんな彼らを相手にする以上、延いては世界の中心だと誇示する以上、彼らの橋渡し役となる受付嬢も相応に魅力的な少女、女性たちが抜擢されるのだ。

 

「――――迷惑というのならお前こそ、前にどこぞの花屋で買うてきたナントカの花を無理やりエイナちゃんに渡していたじゃろうが!」

「ナントカの花じゃない、ラーレだ。無知なドワーフめ」

 

 もはやこの手の騒動は名物だと、いがみ合いが見世物となっては輪が広がっている。その外れではウヒヒと、今日も暇を持て余しては退屈しのぎにと神達がちょっとした賭け事を始めていた。

 

 まさに頭痛が痛いという二重の辛さがエイナにのしかかる。

 

(悪い人たちではないんだけどなぁ……)

 

 両者、種族も身に纏う武具も性格も何もかもが違うが彼等も立派な冒険者なのだ。両者、Lv.3の強者であり第二級冒険者。神々から立派な二つ名も拝命して同業者界隈ではちょっとした有名人の位置にいるドルムルとルヴィス。そして、過去にエイナがアドバイザーを務めていた二人。その時にどうにも気に入られてしまったのか、それ以来このいがみ合いは続いている。

 

 オラリオの門を叩いた経緯は違えど、エイナが二人のアドバイザーを務めたのは、ほぼ同時期。言わばエイナという先生から教えを乞う同級生。最初こそ、この熱意を糧に切磋琢磨してはエイナの繰り出す難問不落の『妖精の試練(フェアリー・ブレイク)』に挑み続けた数少ない猛者。

 

 その甲斐が少しでもあればこそ、今の二人の成長は嬉しいものがあるエイナではあったのだが、少々……いや、正直なところ困っているのが本音だ。

 

「取り込み中のところ悪いがチュール、ちょっといいか?」

 

 そんな感慨という名の逃避をしていた頃。肩を叩かれるようにエイナを呼ぶ声が届いた。

 

 誰も助けてはくれぬ、この泥沼劇場に鶴の一声。数枚の羊皮紙を束ねた書類を脇に挟む犬人(シアンスロープ)の男性。エイナの上司であり、所属する部署を統括する班長レーメルが助け舟でも出すかのように目配せをしてくる。

 

「は、班長! はい、今いきますー」

 

 未だ冷めることのない熱い男たちの戦い。それを尻目に小声で「ドルムルさん、ルヴィスさん失礼しますね……」と、告げては小さく頭を下げて獣人の上司の元に向かっていくのであった。

 

「助かりましたレーメル班長。それで、お呼びになった件はなんでしょう……」

「まぁ、座れチュール。話はそれからだ」

 

 獣人の上司に促されては素直に席に座るエイナ。上司の背中を追って案内されたのはギルド職員専用に用意された面談個室。前置きにと謝意を述べたはいいものの内心、ここに案内された時点で単純な善意でないことに一抹の不安が過った。

 

「さて、白昼堂々と熱いやり取りの最中にお呼び出しをしたわけだが」

「な、班長~勘弁してくださいー」

 

 開幕、投げかけられる上司の冗談に緊張の空気を吐き出してしまうエイナ。珍しくも仏頂面で知られるレーメルに薄く笑みが浮かんでいた。

 

 が、それも一瞬。引き締まるように真顔になった獣人の上司がエイナにある物を見せる。

 

「……駄目、ですか……班長」

「ああ、駄目だチュール」

 

 突きつけられたのはレーメルが肌身離さず抱えていた数枚の羊皮紙。身に覚えのある書類である。なにせ提出したのがエイナ自身なのだから当然といえば当然だ。

 

「ですが班長! 私は上の言う通りに話を聞いて、まとめた活動記録書です! そんな無体な……」

「ですがもそんなもじゃない。お前な……こんなもの認可して上に提出できるわけがないだろ」

 

 パンっと羊皮紙を軽く叩いては小気味いい音を鳴らすレーメル。渋面をして机に置く、それはエイナが重労働と件の少年のアドバイザー業務の傍らに作成した書類である。

 

 『ベル・クラネルの活動記録書①』そう締めくくられた表紙を見下ろす二人。

 

 獰猛なモンスターが跋扈する魔窟――――ダンジョンという名の修練所が存在しない外の世界は必然的に『器』を鍛えて昇華させることが難しい。だというのに迷宮都市オラリオにおいても、その数が少ない第一級冒険者という実力者に名を連ねてしまった少年、ベル・クラネル。

 

 まだ、齢十四のヒューマンの少年が如何にして外界で成長したのか、どのような『冒険』を繰り広げて偉業を打ち立てたのか。それをギルドの上層部は知りたがっている。

 

 ベル・クラネルの成長の道程を明らかにして作成した成長模範(モデル)。それを公開して他の者たちを高みに押し上げる糧になれば、オラリオの権威は更に盤石となるだろう。

 

 ……とはいえ一般的な冒険者の成長模範(モデル)から大きく脱線している内容になることは明白で、重要性も加味しては多分に含まれる少年の成長模範(モデル)はエイナの予想通り、近々オラリオに戻って来る海上学術機関特区――――通称『学区』に在籍する学生たちに活用されることが上層部の会議で決まり、社内秘で知らせを受けた。

 

 諸外国各地を巡る修学旅行(ワールド・ツアー)の日程計画を繰り上げての帰還。予定していた大点検大修理(オーバーホール)を前倒しするという一報を受けたのが、ほんの数日も前と最近のことだ。無論、帰港する港町であるメレンでは阿鼻叫喚という名の苦情が連日と押し寄せているらしく、メレンにあるギルド支部は忙しない業務を課せられていた。

 

 ……そこはかとなく因縁染みたものを感じるエイナであったが、そんな余裕は皆無であり早々に余分な思考を打ち切る。そびえ立つ市壁の向こう側で繰り広げている漁港問題より、今は机の上に置かれた問題の方が先決だ。

 

「せめてお蔵入りという方向にはいかないでしょうか班長……」

「チュール、有耶無耶にできるなら俺だってそうしている。だが、こればかりは無理だろうな上は景気のいい話で盛り上がっていたぞ」

「そ、そんなぁ勘弁してほしいです~」

「まぁ……なんだ、この案件を上手くまとめれば立派な幹部候補に抜擢されるだろうさ」

 

 件の会議に同席していた上司。告げられる無慈悲な通告に天井を見上げては泣き言をこぼすエイナと励ましと共に訂正を促すレーメル。けして外に漏れることの無い面談室で一進一退のやり取りが交わされる。

 

「――――別に俺はなにも一からやり直しをしろと言ってるわけじゃないチュール。せめて上層部が満足する程度には要点を抑えて欲しいわけでな」

「ですから班長! ベルくん……ううん! コホンっ、クラネル氏の活動記録はそれはもう膨大でしてまとめるのにも時間を要します。なので、今回は間を挟むためにも軽い内容をまとめたわけでして」

「ほう……軽い内容だと」

 

 時計の針が軽快な音を立てて時間が過ぎ去っていくのを知らせる。それと同じくして二人の会話は熱を上げていくのだが、先に根負けしたのは獣人の上司であった。部下のハーフエルフが発した言葉に我慢できず、睨むようにして机の上に置かれた活動記録書を手に取る。やや乱暴に表紙をめくっては自身が気になった箇所を指差しては部下の前に突き出して言葉を投げた。

 

「チュール……一体、これのどこが軽い内容なんだ。説明してくれ」

 

 まじまじと突きつけられた文面を緑玉色(エメラルド)の瞳が追っていく。そして、得心する。

 

「分かります班長。私もクラネル氏から話を聞いた時は色々と衝撃を受けました。ですが、噓偽りなく真実です!」

「……お前()疑っていないチュール。俺だって信じたい! ……いや、すまない無理だ。荒唐無稽にもほどがある、本当にお前が書いたこの内容は真実なのか? 嘘だと言ってくれ」

「証拠もあります、裏もしっかりと取りました。かの里も当時の出来事を覚えています」

「……冗談だろ」

 

 その言葉をして、真顔の部下に仏頂面で知られる上司の顔に引きつった苦笑が浮かぶ。チクタクと音を立てる時計の秒針に苛まれるようにキリキリとした痛みが腹部を襲うのを感じる上司が呻くようにして会話を再開した。

 

「恩恵を授かっていない無所属(フリー)の子供が竜を倒したのが軽い内容……だと」

 

 懊悩しては受け入れがたい事実を言葉にして吐き出す。そう、分かる。理解できる。全くもって同情する。実際、その話を嬉しそうに語る少年とのやり取りを思い返しては見事な銅像になったのが遠い記憶のように思えて懐かしいエイナであった。

 

 エイナが記した『ベル・クラネルの活動記録書』の内容。それは遡ること七年も前になる出来事だ。まだ、七歳の少年……いや、子供のベル・クラネルが成し得た最初の『冒険』の記録。

 

 事の経緯を今一度、受け入れる為に丁寧な字で書きつづられた文章をよどみなく読み進める上司と今一度、思い返すエイナ。

 

 始まりは少年がとあるエルフの里を訪ねたことから始まる。

 

 その里の名はウィーシェの森。

 

 大陸の中央に位置した広大な大森林群。通称『森の大河』と呼ばれる大自然の中に、そのエルフの里は存在している。大陸の中心部という位置からか人々――――行商人から旅人と往来の中継地として昔から広く受け入れられているエルフの里は世間一般でいうところの潔癖なエルフのイメージとはかけ離れたと言っていいほどに開放的な里であった。

 

 そも、ウィーシェの森を除いて他のエルフの里が他種族を受け入れること自体皆無といって差し支えない。精々が先祖代々に受け継いでは契約をした専用の商人を除いて例外は極めて僅かだからだ。

 

 エルフという種族が根ざす気質もさることながら、各里にあるといわれる大聖樹の管理と保護。それにのしかかる一族の掟からかどうしても閉鎖的な営みとなっている。

 

 その中において正しく異端であった、このエルフの里に新たな来訪者が訪れた。まだ幼さを残す少年、ベル・クラネルとその保護者である義母アルフィア。二人がどうしてウィーシェ森を訪ねたのか、今はそれを割愛する。

 

 ――――経緯を省き、どうしてか。年端も近く案内役に選ばれた、とあるエルフの少女とベル・クラネルは緑の大河より出現したモンスターと対峙してしまう。

 

 少年と少女が出会ってしまったモンスターは数ある中でも最強の能力(スペック)を誇るといわれる竜種。例え、ダンジョンから這い出て繁殖し、劣化したモンスターであっても、その脅威は依然として変わらない。

 

 少年の深紅(ルベライト)の瞳に映る竜は翼を持たぬ怪物であった。琥珀色の竜鱗に長い尾と鋭い爪を持つその竜の名は小竜(インファント・ドラゴン)

 

 ダンジョン。上層と呼ばれる領域に出現するモンスター中では間違いなく頂点に位置する存在。絶対数も少なく広大な出現階層において五匹もお目にかかることはない希少種(レアモンスター)。故に遭遇(エンカウント)すること自体が稀であるものの、ひとたびかち合えばその場にいる冒険者――――上層で活動する下級冒険者たちが【ファミリア】の垣根を越えて共闘するしか討伐しえない脅威を誇っているのが、この小竜(インファント・ドラゴン)だ。

 

 モンスターであれば存在する心臓ともいうべき魔石を分割して繁殖し、その数を増やす。その結果としてダンジョンから生まれた同種とは比べる間でもない劣化をしている怪物であったとしても、無力な少年の前ではなんの慰めにもならないのは明白だ。

 

 振り落とされる凶悪な爪や牙にひとたまりもなく、約束された死があったはずであった。非情ではあるが、それが当たり前と思えてしまう程度には世界の何処かで似たような惨劇が繰り返し繰り返し日常として流れている。

 

 だが、どうだ。そんな惨劇を鼻で笑うかの如く、結末はレーメルの思い描く物語ではなかった。

 

「――――本当にあの怪物(インファント・ドラゴン)を倒したのか」

 

 独白であった。エイナに投げかけた言葉ではなく、何か思い耽るような独り言であった。緑玉色(エメラルド)の瞳に映る見知った獣人の上司の顔に去来する感情を悟ってしまう。

 

(きっと班長も誰かを……)

 

 それもそうだと心の中で頷くエイナ。今でこそ役職に席を置くレーメルであったが当初からそうではなかったはずだ。エイナと同じように冒険者に寄り添った過去があってもなんら不思議じゃない。そして、別れの数などエイナ以上になることも。打ち立てた実績の裏には、もの悲しい離別があったことなど問わずとも分かる。

 

「……裏を取ったということはウィーシェの森宛に書簡でも出したか」

「あ、はい、そうです。必要とあればやり取りの内容も提出しますが」

 

 気づけば読み終えていた班長の声に我に返るエイナ。少年の虚偽の申告を疑ったわけでもなく、こうなることを見越したうえで行ったエイナの独断専行。あまりに早いやり取りである以上、ギルドの公的な印章を持ち出して使っただろうことは流石に上司も察した。

 

 しかし、あえて目を瞑ることにした。

 

「いや、必要ない。それにこれだけの騒動をしでかしたんだ相当に盛り上がっただろうな。ギルドからの確認も容易だろう」

「ええ……それはもう」

 

 事実である。滅茶苦茶盛り上がったと分かるほどに寄越された返事の文は山であった。

 

「だが、なんだ」

「はい、なんでしょう班長」

「こんな出鱈目な話が、序の口といわれると呆れてしまうな。いや、皮肉じゃないぞチュール」

「なんでしたら他の話でもまとめましょうかレーメル班長。あの剣製都市が改名した理由とか」

「やめてくれ胃がもたない……」

 

 軽く手を振っては今にも口を滑らそうとする部下の話を打ち切る。視線は自然と机の上に向けられた。見飽きた悲劇など一蹴して示した物語は、いっそ喜劇であった。机の上に置かれた少年の確かな偉業は認めざるをえない英雄譚。

 

「むしろ納得するべきなのかもしれないな。こういう命知らずでもなければ高みに至れないといったところか」

「ベル君は――――ではなくて、クラネル氏は命知らずではありません!」

「なるほど、更に納得した。あのエルフとドワーフは袖にされるな、賭けてもいい」

「なっ、どういう意味ですか! 私はアドバイザーとして寄り添っているだけです!ギルド職員として節度ある態度で接しています、変な勘ぐりはやめてください!」

「分かった、分かった。俺が悪かった」

 

 顔を真っ赤にして怒る部下を宥めながら会話を進める。

 

「さて、長々と引き留めてすまなかったなチュール。改めて言うが……」

「……では!」

 

 軽い咳払いしては重い腰を上げる上司の言葉に息を吞むエイナ。足りない時間を工面して作成した少年の活動記録書である。その苦労は一塩に。庇う想いはその倍の結晶である。まさしく零細新規。少年が所属する【ヘスティア・ファミリア】に危険が及ばないように努力した結果が報われるのではと淡い期待感が高まる。

 

「ああ、そうだな」

 

 その期待感を煽るように重々しく頷く獣人の上司。しかして、その結果は如何に……。

 

「無論、駄目だ。当然だろチュール……上が納得するわけがない」

 

 THE・無慈悲。それが答えであった。

 

「そんな! 納得したんじゃないんですか班長!」

「にわかに信じ難い話だが、一応な。だが、上はこんな奇想天外な成長模範(モデル)なんて納得するわけがない! まだ、無所属(フリー)の子供がゴブリンを退治しましたと報告するほうが現実味を帯びている……いや、これも苦しいな」

 

 非現実的すぎる少年の軌跡。これが大きな要因だろう。他の文面一つ取っても半ば受け入れるのを拒否してしまうような物語である。『木刀で竜を単独撃破』そう書かれた文章に視線を落とすエイナはやはり不味かったと絶句しては顔をうつむけた。

 

「……流石に分かるよなチュール」

「はい……」

 

 皆まで言わせるなという言葉を理解できないほどエイナは愚かではない。あまりに現実離れをした内容に書いた本人ですら半ば呆れてしまうような感想を今でも抱いてしまうのだ。勿論、欠片も疑ってなどはいないが、だからといって素直に受け止める人がいるのなら、きっとぶっ飛んでいる感性を持っているだろう。

 

昇格(ランクアップ)に関する内容ではなく、他の戦闘履歴を記すのは俺もいい着眼点だと思う煙に巻くには悪くない内容だ。でもな、だからといってボヤ騒ぎにしていいわけがないだろ」

 

 つまるところ内容のスケールダウンをしろと指摘する上司の言葉。上層部が要求する少年の活動記録書にインパクトを与えるという点については文句もない内容ではある。しかし、あまりに浮世離れしては却って反感を買うのが関の山だ。

 

 とはいえ難しい塩梅。さじ加減ひとつ取っても少年が歩んだ道程はきっとどれもがデタラメなものばかりなのだろうことは上司であるレーメルも理解しているし同情を寄せている。

 

「そも、真似できるわけがない。強くなりたければ死んでこいと言っているようなものだ」

「ごもっともです……」

 

 どっと襲いかかる疲労感を滲ませながら返事をするエイナ。そんな部下を冷静な目でみつめ、暫くの間を置いてから苦いため息交じりに言葉を吐き出した。

 

「……一先ず、これは保留だ。最悪、ギルド長の堪忍袋の緒が切れる前には提出するかもしれないが、ないよりはましだろうな」

「え、却下……やり直しなのでは……」

 

 その言葉に狼狽えてしまったエイナを見て、今度こそレーメルは深々とため息をついた。

 

「突き返したところで返って来る内容は然程、今と変わらないだろう。俺も上から急かされているからこうして確認したわけだが、どうにもな……まぁ俺も俺で上層部の動きには思うものがあるということだ」

「なにか引っかかると?」

「当たり前だろう、組織人として与えられた仕事はこなすが疑問は抱くさ。そもそも、こんな逸材をどうして検問所の連中は報告もせずにスルーしたんだ? 門兵のガネーシャ・ファミリアだって同じだ」

 

 上司が口にした内容に確かにと頷くエイナ。兎にも角にもオラリオは世界の中心と呼ばれるだけのことはあり、連日連夜ひっきりなしに足を運んで来る人達で列をなしている。流石に日が落ちれば受け入れの対応は時間外となってしまうが、それでも冒険者志望が何百、何千とやって来る。また、それ以上に商人も多い。オラリオが――――いや、ギルドが独占する『魔石製品』その魔石産業に関わろうとする者や技術を盗もうとする者。問題は後者であり、度々に問題としてあがる悩みの種でもあった。

 

 所謂、産業密偵(スパイ)。子飼いの眷族から傭兵に、果てには暗殺者等々と外で神の恩恵(ファルナ)を授かった者をオラリオ内に放って魔石産業に関わる情報を盗む。そういった漏洩を防ぐためにも水際作戦と評しては大門であるオラリオの玄関口にて、あの手この手と方々に尽くしている。

 

 一つに割高な通行許可書。ギルドが公式に販売している信用ある確かな印であり。東西南北の大門に配置されたギルド職員の確認が取れ次第、順次手早く済まされる。利用する多くの層は裕福な旅行者と実利を取る商人。

 

 そして、通行許可書を持っていない者。そもそも知らない者たちの多くは冒険者を志す者が多い。身一つでやって来る者も特段に珍しい光景でもないのだ。そういった状況であっても職員による質疑応答による会話で何しにオラリオにやって来たのかを確認する。旅行者か新たな冒険者かと。そうして、ある程度にふるいにかけたあと最終確認に恩恵の有無を確かめるのだ。

 

 然る高名な魔術師 (メイジ)が作製したといわれる魔道具(マジックアイテム)。素早く正確に神の恩恵(ファルナ)を宿しているか、その有無が確かめられる優れもの。その時々の混み具合や状況にもよるが、どれだけ忙しくてキリがなくても、この最終確認だけは怠らないよう徹底されているはずだ。

 

 ――――故に、おかしいと。

 

「ええっと……この話、聞いても大丈夫なのでしょうか」

「無論、ここだけの話になるな」

 

 明かされる少年の新たな情報。「ヘスティア・ファミリアとギルドの橋渡し役である、お前には話そう」と、まるで内緒話でもするように上司は声を落とす。

 

「どういうわけかベル・クラネル関する情報が一つも残されていない。当日、検問を担当していた職員たち全員に取り調べをしたみたいだが、結果は白だと会議で発表された。あとはガネーシャ・ファミリアからの回答待ちのようだが、望み薄だな」

 

 エイナの抱く一抹の不安。あらぬ疑いにかけられた担当の冒険者に思わず顔をしかめると、「安心しろ、密偵の線はないと判断された」と見透かすように言葉を返し、もったいぶって続けた。

 

 ベル・クラネルのような特大級の逸材は史上初ではあるものの、稀にそういった逸材がオラリオの門を叩くことがある。オラリオで呼ばれる第三級冒険者に該当するLv.2の猛者達。中にはLv.3という、もろ手を挙げて歓迎してしまうような規格外も数年に一回はあるらしい。

 

 そういった外で経験を積んだ者たちには前述のセオリーから外れて、ある条件が課せられる。

 

 オラリオの中に入りたいのであればオラリオに属する、いずれかの【ファミリア】に所属すること。これが条件。いってしまえば首輪をはめるということだ。一度、【ファミリア】に所属してしまえば上級冒険者である彼等はおいそれと外に出ることが叶わなくなる。理由は戦力の流出防止。無論、外で活動していた【ファミリア】そのものがオラリオに居を移す場合も同様の措置が取られる。そういったこともあり、逸材にはそれなりに優遇措置。

 

 ギルドからの推薦状――――大手派閥に口添えを貰えるという破格の待遇が約束される。無論、強制ではないがむざむざ、絶好の機会を捨てる者は皆無といっていい。

 

 こういった過去の例を話す獣人の上司。つまるところ本来であればベル・クラネルにあってしかるべき対応――――過去最大規模でおこなわれたであろう有力な大手派閥による奪い合いがあったと。

 

 しかし、結果はご覧の通り。少年は検問所を素通りして、なにを考えているのか零細新規派閥である【ヘスティア・ファミリア】に所属してしまった。これは大きな損失だとギルド長ロイマンは憤激していたと語る。

 

「えっと……聞けば素直に話してくれると思いますが、どうしますか」

「いや、無理にほじくり返さなくていい。調査自体は進めるようだが、このまま闇に葬るそうだ。まぁ醜聞でしかないからな、下手に露見すれば信用問題に繋がる。それに個人的な感想を述べるのなら十中八九、糸を引いているのは神様だろう。証拠なんて出やしないさ」

 

 聞けば随分と後ろ向きな対応。だが、世界の中心であるが故に敵も多い迷宮都市オラリオ。独占する魔石産業から端を発して諸外国が、おいそれと太刀打ちできない冒険者という武力。そして、ギルド長ロイマンの強気な外交戦略。ほんの小さな穴だとしても埋めてなかったことにするのが常套手段。そういうことだ。

 

 その言葉で締めくくられ、沈黙が流れる。獣人の上司からもたらされる初耳の話。

 

 はたして本当にそうなのだろうかと、そう考えるエイナ。ギルドの目を逃れて無名のファミリアに所属してしまった事実を覆い隠すためだけに、今もベル・クラネルという存在を公式発表しないのかと。

 

 絶対に違う。上層部、幹部達がどう考えているかはともかく、ギルド長の思い描く筋書きはもっと単純なものだ。ベル・クラネルの成長模範(モデル)――――当然、欲しいに決まっている。『学区』との取引材料として見込みある教材なのだから。上層内の未開拓領域のルート開拓も当然ながら重要視しているだろう。学生と冒険者の摩擦は時として流血沙汰も辞さない衝突が多々発生している。その問題を除いても多くの下級冒険者が活動する領域であるため、新たに確保されたルートのお蔭で更に『魔石』や『ドロップアイテム』といった利益がオラリオに還元されるのだ。

 

 そも、設立して日も浅いヘスティア・ファミリアの等級審査。少年の戦力を鑑みても下した内容はあまりに乱暴といえる。その上、厚かましくも早々に強制任務(ミッション)を課してきたのだからギルド長ロイマンの狙いはエイナが思っていた通り、有力派閥への移籍が妥当。

 

 しかし、最大の問題が浮上する。ベル・クラネルを他派閥に鞍替えするにあたって避けて通れない壁。再契約の儀式――――改宗(コンバージョン)するには最低でも一年の期間を要する。そして、ヘスティア・ファミリアに所属したのがつい最近の出来事。ほぼ一年まるまる猶予期間が残っている問題をどう解決するのか、その答えは――――

 

 ――――徴税金の未払い。強制任務(ミッション)の失敗。ともすれば密偵の嫌疑。ギルドが本気でヘスティア・ファミリアを追い込むというのなら理由は幾らでも作れる。それもあくまで規則(ルール)に則り行う行政処分だ。仮に徴税金や強制任務(ミッション)を無事にやり遂げるのなら越したことはない。どちらにしろギルドは損をしない形に気づけば形成されている。

 

 巷で揶揄される渾名。冒険者でいうところの二つ名であるロイマンのもう一つの呼び名が当てはまるが如く、実にギルド長らしい損のないやり口だ。

 

 改宗(コンバージョン)をするのに必要な一年という期間。その間は『半入団』という形も取れる。また、所属派閥の消失――――主神の送還という野蛮な手段まで取らなくとも、オラリオの追放処分から契約の解除。これは現実的にありうるものと思えた。

 

 なにせ無名のファミリアと素性を伏せれた、ただ一人の眷族。最初からなかったことにして振り出しにしようとする目論見を予見したところで事実、その確固たる証拠は見つからない。

 

 そんな思いを巡らせて面談室を退出し、気付けば仕事机(デスク)に座っていた。

 

「エイナさぁ~ん……」

 

 思案深げな顔をして、無言で机を睨む同僚に恐る恐る声をかける者が一人。ミィシャである。普段とは違う呼び方に胡乱な顔しては意識を向けるエイナ。しかし、疑問はすぐさまに氷解して覚醒する。

 

「あーミィシャ! 私を売ったなー」

「ごめんなさーい!」

 

 逃げようとする友人の両肩をがっしりと掴んで問い詰めるエイナ。して、噂を言いふらした元凶の言い訳はいかに。

 

「ちょっと皆と話をしていたら、たまたま聞かれちゃって……えーとドドメルさん? ドドバスさん? だっけ」

 

 しっかりとミィシャらしく名前を間違えているのに溜息を吐いて、話の続きを聞くエイナ。昨晩、エイナが見知らぬ謎の人物に追跡された件を他の同僚たちと雑談まじりにしていたところに出くわしてしまったドルムル。ドワーフの凄い圧(ミィシャ談)により、立て板に水とばかりに全て喋ってしまったのが事の発端らしい。

 

「変な脚色してないよね、ミィシャ? ドルムルさん凄い動揺していたけど」

「う、うーん。賞金首のあれ……人攫いに狙われたかもって言っちゃいました!」

「ミィシャー!」

 

 途轍もない脚本作りに頭痛を堪えるかのようにこめかみを抑えるエイナと素直に謝っては「怒らないでー」と泣くミィシャ。昨晩の話をしてしまった自分に後悔する。不安を払拭させたくて口が緩んでしまったのだ。『人攫い』という最近、オラリオで多発する事件を出してしまったのも不味い。Lv.2である第三級冒険者が被害にあったことからギルドも賞金首のリストに加えられた記憶に新しい出来事。

 

 とはいえ、一介のギルド職員――――受付嬢の自分を狙う理由はなく、悪い予感がほろりと口に出てしまっただけの言葉であり、それを広めてもらっては面倒事になりそうな気がして本格的に頭が痛くなってきた。

 

「そういえば、ドルムルさんとルヴィスさんはあの後……」

 

 ロビーの広間にて盛大に口喧嘩をおっぱじめた二人の姿が今では見えない。一安心を覚えるも気になる安否ならぬ経緯。

 

「二人なら、あの後すぐにニヤケ面を引っさげてやって来た主神達と一緒にどっかに消えたわよ」

 

 加わる新しい声。赤い長髪を揺らしてやって来た狼人(ウェアウルフ)の美女。先輩の受付嬢ローズである。携わる仕事が一区切りついて休憩していたところに届く二人の会話に嫌気がさした風を漂わせてやや不機嫌なのが分かる。

 

「チュール、あんたねそうやって寄って来る冒険者に優しくするから誤解されるって何度も言ったでしょ」

「うぐ……」

 

 ハーフエルフの後輩に投げた小さく鋭利な言葉。後輩の返す反応に琥珀色の瞳を閉じて苦笑を結んだ。その背に抱えるは大きな責任。ハーフエルフの後輩の背後に件の少年を庇っている。まったくもって理解しがたいが、それがごく自然で当たり前のことのように。

 

 そんな行動理念にローズの胸の中の何かが、ざわめきが波紋のように広がる。

 

 ――――柄でもない。

 

「それで? 流石に今日は定時で上がるんでしょうね。昨日、散々怖い目をみたんだがら」

「ええっと……今日は当直の当番でして……」

 

 言葉尻怪しい返事に半眼を向ける狼人(ウェアウルフ)の先輩と後方、オロオロとする同期の友人。

 

「えー! 流石に危ないよエイナ! ガネーシャ・ファミリアに頼んで用心棒お願いしたほうがいいって絶対」

「ミィシャ、大げさだって」

「なんなら、あのドワーフとエルフにでも頼めば喜んで用心棒役を引き受けてくれるでしょうね無料(タダ)で」

「ローズさんまで……」

 

 昨晩の出来事に火がついて話が広がりをみせる。ギルドと深い関係にもある有力派閥の名前まで上がっては頭痛の種が増える思いだとエイナは頭を抱えそうになった。

 用心棒。この言葉が意味を持ってギルド職員に根付いたのは十五年前。『神の眷族の到達点』とまで呼ばれた昔日の最強二大派閥、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が黒竜に敗れてオラリオを去り、一つの節目が生まれた。

 

 およそ千年にも及ぶオラリオの安全神話は終わり迎え、新たな時代の到来である。

 

 混沌が渦巻く最悪の時代。『暗黒期』と呼ばれる『悪』の台頭による戦乱の幕開け。神時代の象徴が敗れ去り、それまで大人しくしていた闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる邪神と名乗る神々が率いる過激派ファミリア達がオラリオ……いや、世界に牙を剥いた。

 

 その最悪の時代が最も隆盛を誇ったのが七年前。世界の中心と呼ばれる、この迷宮都市オラリオにまで悪の手が伸びた時代。当然ながらその脅威は中立と公正を掲げる『ギルド』にも被害が及んだ。自衛手段を持たないといっていいギルドの職員たちを守るために作られた制度、それがこの用心棒(ボディーガード)雇用である。

 

 個人契約から懇意にしている冒険者等々と雇用条件は様々に。いってしまえば各職員の意向を尊重しては広く用心棒を雇っていた。そんな暗黒期も今を誇る彼の二大派閥と正義を掲げる派閥の尽力のお蔭で終わりを迎え、半ばとして形骸化しつつある制度でもあった。

 

 今となっては精々がローズの言うように美女、美少女で構成された容貌優れる受付嬢の応対に勘違いしてしまった、暴走する冒険者の対応策として用いられているのが実情。また、幹部陣営や長たるロイマンなどは敵も多く堂々としては特権を行使してガネーシャ・ファミリアが抱える象仮面の強者を警護兵として雇い入れている。

 

 そんな用心棒(ボディーガード)雇用制度であり、上に抱く疑念と対抗心からどうにも受け入れがたい話。

 

「でも、偶々ってのもあるかもしれませんし……それに賞金首ですよローズさん。他の冒険者さん達も冒険者依頼(クエスト)を受けていることですし、なにより追ってるのはあのアスト――――」

「ミィシャの噂が真にでもなったら、どうするのよ」

 

 エイナの苦しい言い訳を聞く耳持たずとばかりに今度は語気を強めて被せるローズ。腕を組んで半眼する琥珀色の瞳に気後れしてはミィシャ同様にたじろいでしまう。

 

 だが、同時に別の声が投げかけられた。

 

「おーい、エイナー担当の冒険者がお前を呼んでいたぞー」

 

 そう声を飛ばす同僚の獣人の受付嬢。いったい誰と返事する間もなく、知らせを送った受付嬢は自分の持ち場に戻るべく仕事に戻っていった。

 

 突然の知らせであったが、すぐさま頭に浮かぶのは一人の少年。そもそも、自身が受け持つ担当の冒険者は彼一人だ。そうと我に返ればやることは一つである。

 

「すみません、ローズさん! その話はまた今度で!」

「あっ、コラ。逃げるなチュール!」

 

 不意に投げかけられた知らせに虚を突く形で鳴りをひそめた、先輩狼人(ウェアウルフ)の包囲網をくぐり抜けて脱する。遠くで名を叫ぶ彼女の怖い声を胸中で謝罪して無視するハーフエルフの後輩であった。

 

 

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