ようこそ橋本正義の教室へ 作:ふわふわプリン
夏休み、そして豪華クルージングのお話になります。
4話
この学校に入学してから、すぐに水泳の授業が始まった。
しかし私はその授業に参加していない。
雨の日も風の日も毎日体育館の中を走っていた。
身体的理由ではなく、私が小学6年生の頃から水泳が出来なくなってしまったのだ。
夏休みに入って友達にプールに誘われる事もあったが、毎回断っている。
可愛らしい水着を着て友達と笑い会うのも青春なのだろう。
憧れる気持ちはあるがそれでも私はプールで遊ぼうとは思わなかった。
「…ん?」
とある夏休みの日のことだ。
私は生徒会の見回りをしていると、図書室から騒々しい音が聞こえて来た。
図書室に近づくにつれ、その正体が分かった。
Dクラスの生徒が本を借りに来たようだが、Cクラスの生徒に煽られて言い合いに発展してしまったらしい。
Dクラスは得られるポイントが中学生のお小遣い程度なので、ストレスも溜まるはず。
そしてその元凶である少年がCクラスに煽られ、暴れそうになっているみたいだな。
「うるせえ!俺は何もしてねぇんだよ!お前らが先に煽ってきたんだろうが!!」
「ハッ、先に殴ってきたのは須藤だろ。それにその事件は既に終わってるんだよ。」
「うるせぇ!」
須藤が拳を振るおうとした時、流石に不味いと思って須藤の脇にチョンと触れた。
「ふぎょお?!」
くすぐったそうに脇を閉じ両手で自分自身を抱きしめる様は、まるで乙女だ。
須藤はその場に蹲り、須藤を煽っていたCクラスの生徒達も顔を青くして固まっている。
別に生徒会は学校の風紀を取り締まるだけで、特段強い権力を持っている訳では無い。
それにこの程度の騒ぎなら注意喚起で終わるのがオチだ。
そんなに怖がらなくても良いのに!
「ノンノン!君達、ナンセンスだよ。」
「そ、その腕章はせ、生徒会の!」
「そのとおーり!私は1年Aクラス、福智院光。生徒会役員を務めてまっす!」
「やっぱりかよ!」
逃げようとする彼らの前に立ちはだかり口を開く。
「別に減点したり罰を与える訳じゃないよ。ここには受験勉強に励む上級生の先輩方もいらっしゃるわ。図書室は本を読む場所。つまらない言い争いがしたいなら、図書室に騒音が届かない場所ですることね。」
「す、すまねぇ。」
「頼む、もうすぐバスケの大会があるんだ。今騒ぎになると、大会に出られなくなっちまうかもしれねぇ。」
石崎が不安そうな顔で謝り、須藤も必死な形相で謝り頭を下げる。
「はーい、反省してくれたならいいよ。これからは気を付けてね。」
「わりぃ、ありがとよ。」
須藤達が去っていた為、図書室に平穏が訪れた。
微かに聞こえるページをめくる音、紙に文字を書く音が響く図書室は酷く居心地が良かった。
実家にいた時のような安心感がある。
ほんの少し人の気配を感じながらも、自分の世界に浸る事の出来る空間。
1人暮しをしている今、その空間を得られる事は無いと思っていたが、意外にも身近な場所に存在していた。
図書室をぐるりと回って生徒会室へ戻った。
生徒会室では橘と南雲が事務作業しており、堀北は席を外しているようだ。
「ただいま戻りました。」
「お、巡回お疲れ。そこの冷蔵庫にアイスが入ってるから、好きな時に食べていいぜ。」
南雲が冷蔵庫を指さし笑う。
南雲はチャラそうな見た目とは裏腹に、親切で優しい優等生だ。
部下への気配りも忘れず、些細なことでもこうして労ってくれる。
南雲はよく、生徒会に差し入れとしてアイスやケーキを買ってきてくれる。
それも自腹で。
この学校ではポイントは重要な武器なのに、南雲はケチる事なくポイントを他者の為に使用してくれる数少ないお人好しだ。
「わあ、ありがとうございます。ゴリゴリ君ですか?」
「ああ。期間限定のマンゴー味だ。」
「わーい!私マンゴー大好きなんですよ。ありがとうございます!」
マンゴー味のゴリゴリ君を袋から取りだし、齧り付く。
夏の暑さを忘れさせてくれるようなひんやりとした感触が心地良い。
「美味しいー!南雲先輩のセンス最高ですね!」
「褒めても何も出ないぜ。」
南雲先輩はニヒルに笑い、また書類作業へ戻った。
アイスを食べ終わると、橘が近付いてきた。
「光ちゃん、お疲れ様です。」
「お疲れ様です、橘先輩!」
「来月の生徒総会で発表するいじめアンケートの集計を手伝って頂きたいのですが、お時間はありますか?」
この学校では、クラスや資産の有無によって格差が発生している。
身分が低い人ほど、嫌悪され、軽蔑され、侮蔑の対象となってしまう。
これは現実社会でもよくあることだが、この学校は特にそれが顕著だ。
被害者達が虐げられ、酷いイジメに発展するケースも多く、生徒会はイジメ問題を深刻なものとして捉え、解決の為に様々な策を用いている。
実力主義、弱肉強食である為仕方ない事なのかもしれない。
しかし、だからといってイジメを許す事は出来ない。
他者に対して悪意を持って虐げる行為は許されてはならない。
イジメに関する情報を集めるため、生徒会では2ヶ月に1度、イジメアンケートを行っている。
9月の総会では1学期のイジメアンケートに関する結果の開示、イジメに関する新たな対策についてを説明する為、今こうして資料作りを行っているのだ。
「大丈夫ですよ!私でよければお手伝いさせてください。勉強アンケートの方はもう片付いているので、お手伝いさせてください。」
「ありがとうございます!じゃあ、こっちの束をお願いします。」
「はーい!」
用紙を1枚1枚確認していく。
アンケート結果をPCに入力し、仕分けを行っていく。
最終的にこの結果と橘の結果を合わせる為、私がやるのはあくまでデータの仕分けだ。
黙々と作業を行い、12時のチャイムが鳴った。
「よし、今日はここまでだ。俺は今から職員室に用があるから、鍵は返却しておくぜ。」
「本当ですか?では南雲君にお任せしますね。」
「さすが南雲先輩!気が利きますね!」
その後、私と橘は一緒に帰る事にした。
荷物を纏めて外に出る。
「ではお先に失礼します、南雲先輩。」
「おう。気を付けて帰れよ。」
「南雲君、鍵はお願いしますね。ではまた明日、生徒会室で会いしましょう。」
「はい、橘先輩もお気を付けて。」
南雲に別れを告げ、1階の下駄箱へと向かった。
外に出て、寮へ繋がる通りを歩く。
「橘先輩、夏休みの御予定はもうお決まりですか?」
「そうですね…生徒会のお仕事が大半を占めていますが、同じクラスの友達とプールに行く予定です。」
「プール、ですか。確か大きなプールの施設がありましたよね。」
「はい。流れるプール、ウォータースライダー、波のプールと様々なプールがあるんですよ。」
「クラスの子達がそのプールについて話していた気がします。」
「そうでしたか!とっても楽しい場所なので、光ちゃんも是非行ってみてください!」
プールか。
私は何年もプールに入っていない。
泳ぎ方も忘れてしまった。
浅瀬で遊ぶ程度なら、私にも楽しめるだろうか?
「考えてみます!教えてくれてありがとうございます。」
「いえいえ!素敵な夏の思い出を作ってくださいね。」
「…はい。」
少し悩みはしたが、結局プールに行く事は無かった。
クラスの友人達は、私が身体的な都合でプールに入れないのだと勘違いしており、プールに誘われる事がそもそも無かったのである。
そうして、ようやく待ち侘びたバカンスの日がやってきた。
豪華客船の中には有名ブランドのチェーン店に加え、プールや高級レストランや料亭、プラネタリウムにホールといった様々な施設が入っており、客室のベッドも寝心地が良かった。
「うーん、最高の夏休みだなぁ。そう思わない?橋本君。」
「確かにな。こんな経験、なかなか出来ないし、今のうちに満喫しておかないとな。」
豪華客船の密室で、男女二人で行う事なんて…
ゲームに決まってるよね!
「えいっ!いっけえ!」
「ああ、クソ!上手すぎんだろ!」
ゴーゴーカートという超人気テレビゲームで競い合い、これで私の12連勝だ。
私は幼い頃からゲームをよくしていた。
ゴーゴーカート、ゴーゴーブラザーズ、ゴーゴーパーティー、ゴーゴー大冒険とゴーゴーシリーズは特に好んでプレイしていた。
他にもFPSや謎解き、脱出ゲームなんかも好きだったが、1番好きなのはゴーゴーカートだった。
ゴーゴーカートは、レースを行い順位を競い合うゲームだ。
ステージ内にアイテムが落ちており、それを活用してライバルを出し抜いたり、妨害したりする事が出来る。
私は持ち前の運の良さから、欲しいアイテムが必ず手に入る為、勝率は9割を超えている。
ドライビングテクニックも相当なものだと自負していた。
「雑魚キャラのピンキーでこんな負けるなんて…福智院さん強すぎだろ。」
「フッフッフ!私に勝とうなんて100年早いよ!パワー最強を選ぼうと、スピード最速を選ぼうと、バランスの良いキャラを選ぼうと、技術面では私に勝てないよ。」
「それにしても運良すぎだろ。ロケットや地雷ばっかりゲットして、俺は毎回ミカンの皮だぜ。」
他のクラスメイト達の多くはプールで遊んだり、プラネタリウムに行ったりと自由に過ごしている。
私も誘われたが、気分が乗らなかった為部屋で過ごす事にした。
しかし、そこにたまたまゲームソフトを持った橋本が通り掛かり、意気投合してゲームをする事になったのである。
「ねぇ、そろそろ休憩しない?ずっとゲームだと目が疲れてきちゃうよ。」
「そうだな。ルームサービスでも頼んで、休憩しよう。メニューはそこにあるから、先に見ていいぜ。」
メニュー本のページを開き、欲しいものを注文パッドに入力する。
私はフライドポテトとチキン、ほうじ茶生チョコわらび餅パフェを注文することにした。
ポテトとチキンに関しては、橋本も注文する予定だったので、先に入力を済ませておいた。
ここのルームサービスの名物はこのほうじ茶生チョコパフェなのだ。
なんでも特別な食材を使っているとか。
「橋本君、私は決まったから橋本君も注文を決めて。」
「ああ…これとこれにしよう。」
橋本は注文を決め、注文完了ボタンを押した。
「何を注文をしたの?」
「サンドイッチセットとコーヒー。」
「普通だね。つまんなーい!」
「つまらなくてわるかったな。」
約20分が経過した頃、注文した料理が到着した。
「美味しい〜!ほうじ茶アイスときなこの生チョコが最高のハーモニーを奏でてる。」
「それ一番人気のやつだろ?ほうじ茶アイスって美味いのか?」
「うーん、好みがはっきり分かれそうな味かなぁ。」
パフェにスプーンを突っ込んで下からほじくり返す。
ホイップクリームとあんみつ、生チョコの相性はよく、普通の甘さに飽きた人間にはオススメだ。
「そういえば橋本君、さっき有栖ちゃんが居たんだけど、見間違いだったりするのかな?有栖ちゃん今回のバカンスはお休みって言ってたよね?」
「…坂柳は休みなんだろ?なら見間違いなんじゃねぇか?」
「でもあの低身長に銀髪って珍しいよね。」
「おい、それ言うと坂柳に殺されるぞ。」
「何言ってるの?優しくて親切な有栖ちゃんがそんな事する訳ないでしょ。」
飽きにくいとはいえ、ずっと甘いものを口にしていてはしょっぱいもので味変したくなってしまう。
断じて飽きたわけでは無い。
「ん〜♪ポテトも揚げたてで美味しいねぇ。」
そうこうしていると、部屋のチャイムが鳴った。
「ん?誰?ルームメイトの人かな?」
「俺が出よう。アイツらは鍵を持ち歩いているから違う。」
そういい彼が入口へ向かう。
錠を外し、扉を開けると想定内のお客様が立っていた。
「ふふふ、少し見ないうちに随分と日に焼けたようですね、橋本君。」
「さ、坂柳?」
1年Aクラスの女王、坂柳有栖がチェス盤を持って立っていた。
彼女の背後には鬼頭が控えており、彼女のものであろう鞄を手に持っている。
「あれまあ、有栖ちゃん今回のバカンスに参加していないって聞いていたんだけどなぁ。…どういう風の吹き回しかな?」
「ふふふ、やはり学生らしい夏の思い出が欲しいと思いまして。無理を言ってバカンスに参加させて頂く事になりました。」
不敵な笑みを浮かべ彼女はとち狂った発言をした。
「橋本君、チェスをしませんか?」
「…は?」
橋本が固まって何も言えなくなってしまった隙に彼の横を通り部屋の中に入ってきた。
鬼頭も一例し部屋の中に入る。
「とりあえず人数分の飲み物を用意するね。た、置いてあるチキンとかポテトは適当につまんでいいよ。有栖ちゃんと鬼頭君は飲み物何にする?」
彼らが席に着いたのを見計らって、彼らの分の飲み物を用意する為希望をとる。
「なんでも構いませんが、強いて言うなら緑茶が飲みたいですね。」
「俺はいらない。」
「うん、分かった。緑茶とお水を頼むね。」
「俺はいらないと言っているだろう。」
鬼頭の反対を他所に私は飲み物を注文する。
暑い夏に水分を取らないなんてイカれてる。
敵とはいえ、倒れられては困るので飲み物は絶対に必要だ。
そして本当に坂柳はチェス盤を出した。
「…チェスのルールはお分かりですね?」
「いや、まあ分かるけど、弱いぞ?」
「ええ、貴方が私に勝てるとは思っていませんよ。ですが、チェスをする事で貴方の戦略や性質を確認する事が出来るのです。いわばこの戦いは情報収集の一巻に過ぎません。」
駒の動かし方で相手の癖を把握し、それを今後の派閥争いに生かす。その為に橋本と勝負をするらしい。
儚い外見によらずこの少女は恐ろしい化け物だ。
そして結果は橋本の惨敗。
「…」
「…失礼、橋本君、本当にチェスのルールを理解していますか?」
「だから弱いって言ってるだろう!」
あまりの弱さに坂柳は呆れ、橋本は悔しそうに震えている。
この分だと将棋も苦手なんだろうなぁ。
「…本当に橋本君、貴方はリーダーに向いていませんね。」
「いや、そもそも俺は「そんな事ない!そんな事ないよ!」えー…」
橋本の発言に被せるように私は話し出す。
「橋本君はいつも自分より周りを優先してくれる。派閥の利益ではなく、クラスの利益を優先して他派閥の生徒にもメリットのある行動をしてくれた。山菜定食を食べるようなストイックさ、高いコミュニケーション能力と運動神経を持ち、その力をクラスの為に発揮してくれる。彼ほど思いやりを持つリーダーは存在しないわ。」
橋本正義はリーダーとして相応しい生徒だ。
坂柳ほどではなくとも頭が良く運動神経の高い生徒だ。
そして何より彼にはカリスマ性があった。
一学期のテストでは毎回過去問を配布し、クラスの地位を守り抜いた。
龍園との裏取引のおかげで資金源も確保した。
他クラスとの交流も盛んで、多くの情報を持っている。
彼ほどリーダーに相応しい生徒はいない。
何故なら坂柳も葛城も今のところ何の成果も得られていないからだ。
「…そう、ですか。ふふふ、福智院さん、貴方ほどの方が言うのであれば彼にはまだ何かあるようですね。」
「当たり前でしょ!橋本君はまだ本気を出していない。きっと練習すればチェスだって貴方に負けないわ。」
「…へぇ?だそうですが、橋本君は私に勝てると、そう仰るんですね?」
「いや、俺は勝てるなんて「勝てるよ!有栖ちゃんにも葛城君にも勝ってAクラスのリーダーになるのは橋本君だよ!」…いやだから、そんな事言ってねーだろ。」
なにかブツブツ呟く橋本の姿は少し気持ち悪いが、橋本正義は負ける訳が無い。
いつの時代も正しいのは正義。
最後に勝っていた人が正義?いいや違うね。
「正義は必ず勝つんだよ!」
「そうですか、期待していますよ?橋本君。せいぜい足掻いて見せてください。」
哀れな橋本正義。
彼は別に坂柳に勝てるなんて思っていない。
最後に勝ち馬に乗れればそれで良いと思っていただけの哀れな青年なのだ。
悪気もなく橋本を盲信する福智院のせいで彼には敵が多かった。
何とか取り入ろうとしても、裏があるのではと疑われ、彼の味方が増える事は無かった。
「なんでこんな事になってるんだよ!」
彼の声は届かない、無念、残念、また来年。