改変童話■■■『狂演蔓延兎穴 ロスト・ワンダーランド』 作:リック・デッカード
「どうぞ、こちらに。今は主人はいませんので」
そう言って兎の女性に案内された先は、まるで宴を終えた後のような席。
冷めた紅茶の入ったカップに、重なりあった帽子たち。
一つの席には粘着質の透明な液体がべったりと付いている。
……その隣には白く粘着質の液体も。
「……ハッタたちの席か。彼女たちは?」
だがノーデは答えることはなかった。
ただ静かに、本を手にして俺たちとは反対側の席へと座った。
「……説明はなしか? グリムがいないから気乗りがしないのか?」
「ルイス様、どうかその辺りで。お互い未だ混乱なされているのでしょう」
「……ああ、すまない……僕もまだ、何が何やら」
ルイスは眉間を押さえながら、近くカップに入っていた冷めた紅茶を飲み干す。
味がどうだったのかはわからないが、少し嫌そうな顔をしていた。
「藤丸様は何があったか、覚えていらっしゃいますか?」
「……何も。俺、アリスを探しに来たんです。アリスを探して、特異点に……それ以外、何も」
「どうやってきたのか、それすら覚えていないと。それではカルデアのことも?」
「……かる、であ……ぐっ……!」
その言葉を思い浮かべた瞬間、強烈な頭痛が走る。
カルデア……何か──大切なことを、俺は忘れている。
アリス……アリスより大切なものはない。
だが! それ以上に! 何か──!
「……わからない。俺は、一体、なにを……」
「おいおい思い出していけば、問題ないはずです」
だんだんと頭痛が治まって行く。
冷めた紅茶を一気に飲み込むと、頭痛は完全に治まっていた。
何も思い出せはしなかった。
すごく大切なことのはずなのに。
……きっと、アリスを追っていれば思い出すものなんだろう。
そのはずだ。
俺が頭を抱えていると、隣でルイスがノーデに向かって聞いた。
「それで、ノーデ。何が起きているか、君ならある程度は把握しているんだろう」
「私の力は十全に扱えることはありませんでしたが、それなりには。しかし……ルイス様も把握はなされているのでは?」
「……聖杯戦争、起きてるんだろう。この特異点がどうして成立したのかはわからない。だけど、聖杯戦争が起きているか。しかも正規の英霊など一人もいない。英霊だけの殺し合いだ」
ノーデは頷いて立ち上がる。
「今、この地は大幅に改変され、この地にいる人物たちには全員、聖杯戦争のルールが組み込まれています」
「ルールが?」
「クラス……この世界に住まう者たちは全員、クラスを所有しています。私で言えばキャスターなど」
「……なるほど。だが全員が全員で殺し合いというわけでもないだろう?」
「はい。その中でも特に強力な七人。正規の英霊を組み込まれた七人が、聖杯戦争の参加者としてあちこちで戦いを繰り広げています」
そう言って懐から、一冊の本を取り出す。
タイトルは伝話【聖騎士ジャンヌ】。
「クラス、セイバー。真名ジャンヌ」
「ジャンヌ・ダルク、ではないんですか?」
「はい、藤丸様。貴方様の知る英霊たちではございません。彼らは全員、混ざっているのです」
「混ざっている?」
「私はそう言った者たちを『改変英霊』。そう呼んでいます」
改変英霊……改変された英霊、という認識でいいのだろうか。
少なくとも普通の英霊ではないことだけは確からしい。
「聖騎士ジャンヌ。彼女は英霊ジャンヌダルクとの交ざり物です。本来ならばルーラーなのでしょうが、今はその位置に」
そして二冊目、童話【雪の少女】だ。
「クラス、アーチャー。真名ゲルダ。彼女はアンデルセンとの交ざり物です」
「ちょっと待てくれ。グリムがいるなら……」
「英霊の彼と人間の彼は、違うものとみて問題ないかと」
「……それならば納得はできるが……」
三冊目、伝話【エリザベート・バートリー】。
「クラス、ランサー。真名エリザベート。彼女はエリザベート・パートリーとの交ざり物です」
四冊目、伝話【黒髭】。
「クラス、ライダー。真名エドワード。彼はエドワード・ティーチとの交ざり物……ですが、かなり不安定なようです」
「と言うと?」
「ガワだけを借りて、なんとか存在出来ている。そんな状況です。あまり刺激はお勧めしません」
五冊目、伝話【ジキル博士とハイド氏】。
「クラス、キャスター。真名はジキル&ハイド。彼はヘンリー・ジキル&ハイドとの交ざり物……ですが、ライダーと同じくかなり不安定です。クラスもキャスターになるぐらいには」
「アレがキャスターか? もっといい奴がいただろうに」
六冊目、童話【ナイチンゲール】。
「クラス、バーサーカー。真名はフローレンス。彼女はフローレンス・ナイチンゲールとの交ざり物です」
「そう、か……彼女もまた表に」
考え込むルイスを他所に、ノーデはこれで終わりですと本を重ねておく。
俺はすかさず聞いた。
「ノーデさん。アサシンは?」
「あ、ああ。そう言えば」
「それが……」
そう言って少し顎に手を当て考え込む。
が、少しすると口を開いた。
「私も真名がどちらか、分かり兼ねているのです」
「どちらか……?」
「そればかり出会ってみればわかるかと」
「……まぁ、わかった。それで、僕たちはどうすればいい?」
ルイスがそう聞くと、ノーデは一息置いて答えた。
「どうか。この聖杯戦争を終わらせ、聖杯を手にしてください。そうしなければ、この世界……いや、それどころか。全て終わって、消えて無くなるでしょう」
ただ淡々と、そんな事実を突きつけてきたのだった。