陰の復讐者は空を駆ける 作:アルファ好こ好こ侍
暗闇に吸い込まれる光の数。1、2、3と、赤い血と共に消えていく儚い光を遠目に見ながら、少女は冷酷な眼差しで目の前に転がる男を見る。
声にならない嗚咽と共に、派手に転げ回る男は、向かいに立っていた他のメンバーに足で止められ、そのまま顔面を踏みつけられる。
「………私はね、あまり無駄な事をしたくないの。分かる?ゴミでカスで存在価値の無い塵芥である貴方の相手なんて、クソしょーもないぐらいの感覚でしか無いの。貴方が。貴方が情報を持っていると思ったから、こうやって生かしてるのよ?分かる?ねぇ、分かる?私の有意義な時間を貴方の我儘で無駄に浪費させないで貰えないかしら?」
まるで汚物を掴むように、ボロボロになった男の髪を嫌悪感丸出しで掴み、その恐怖と怯えで朦朧している目ん玉を覗き込む。
2つに結んだ空色の髪がフリフリと動き、まるでその動きは苛立ってます体現しているような。その美しいまでに整った顔は一種の芸術の様な煌びやかを孕み、そこから覗く殺意に満ちた真っ黒な色はまさに一枚の絵画。
シャドーガーデン七陰
イプシロンの向かいに立つ、シャドーガーデンの戦闘服に身を包んだ構成員
情報を売る代わりにシャドーガーデンへの忠誠を提案されたが、最初は拒否。しかし復讐に身を焦がす
カイも最初はシャドーガーデン内では少し浮いた存在であった。元ディアボロス教団の精鋭という事もあり、ディアボロス教団に恨みを持つ構成員は少なくない。
カイはその視線や態度は当然だと思っていた。実際ディアボロス教団として
そんなカイにも転機が訪れる。友とも呼べる存在が現れた事だ。
彼女は
彼女の存在が現れた事で、カイは今までの気持ちがゆっくりとだが晴れていく。オメガの存在は、カイにとってかけがえのないものに変わっていった。
そしてオメガからイプシロンの紹介をされる。七陰の1人であるイプシロンに声をかけるなど恐れ多いと多くの者が思うが、イプシロンは気にすること無く受け入れた。そこからカイは、オメガと共にイプシロンの部下として任務をこなす様になるのだが。
カイはふと隣に立つオメガに視線を送る。オメガはその視線に気付くが、首を横に振るしかしない。
(何が起きてる?)
(いつもの事だ)
阿吽の呼吸で会話する2人だが、会話的にはこうだろう。カイは今の今までこんな姿のイプシロンを見た事は無かった為、誰かに説明を求めたかったのだが。
肝心のオメガがこう言う返答では?カイも大人しく流れに身を任せるしかない。一歩間違えたら、あの場にいたのは自分だったかもしれないと肝を冷やしながら、ただの傍観者となりきるカイ。
そんな事露知らず、イプシロンはグリグリと男の頭をゴツゴツした地面に擦り付け始める。尖った石や細かい石が頭に食込み、少しずつだが皮膚を傷付け血が流れ始める。
「非常にね、不服なんだけど。貴方の為に言っているのよ?今私がこうやって貴方に吐かせようとしてるのは、もし貴方がここで吐かなかったら私以上に怖くて恐ろしい人達が情報を抜き出そうとしてくるのよ?考えても見て?気絶したくても直ぐに叩き起されて、死にたくても死なせてくれない。痛みに我慢なんてできるはずも無いし、こんな現実から解放されたいって涙ながらに訴えても、誰も許してくれない。そんな事、貴方に耐えられるかしら?」
男はその屈強なガタイには似つかない程に恐怖に顔を歪ませ、ちょろちょろと股関節辺りから水音もし始める。男がどんな想像をしているのかが容易に理解出来た。
イプシロンはそんな男にクスリッと妖艶な笑みを浮かべると、優しく男に言い聞かせる。
「私はね、貴方の為に言ってるのよ?ここから先は怖くて痛くて仕方がない所しかないの。だったら、ここで今、全てを吐き出して楽になりたいと思わない?解放されないのなら、今すぐここで解放されたいと思わない?……大丈夫、私は怖い思いなんてさせないわ。貴方が望むように終わらせてあげる。だから、ね?私に全てを吐き出して、楽になろ?ね?」
「……は、はは……」
「貴方はちゃんと喋れる。貴方は誰?どこから来たの?家族は居た?全部吐き出して?私が全部聞いてあげる。力を抜いて、貴方が体験した事を、知ってる事を全部話して、ね?」
慈悲深く、踏みつけていた足を退かして男の頭を優しく扱う。男の表情は恐怖に彩られていた歪んだ表情から、まるで子供が母親に縋るような甘えた表情に変わる。
男がイプシロンに対して母性を感じている。それはなんとなく分かった。イプシロンもまるで子供をあやす様に男に接しはじめる。宛らそれは、まさに親子の様な風景。血腥いこの場とは思えない程の神聖な光景に、周りの構成員達は唖然とした。
そこから情報を吐き出すのは早かった。イプシロンが質問し、男が甘えた声で洗いざらい吐き出す。えらいえらいと返答したら褒め、その行動一つ一つに男の心は少年期まで戻っていった。その情報は一文字も聞き逃す事無くカイが執筆。あまりの情報の多さに、カイはかなり絶句していた。
「……もう、全部吐き出した?」
「……
「ふふ、そう。偉いわね。全部ちゃんと言えたのね?」
「……うん、全部言ったよ。だからママ……、僕を
──────ザシュッ。
カイが見た男の表情は、幸せに満ちた表情だった。暖かい場所で眠る者の様な、安らいだ顔だった。
カイはゾッとする。殺気を見せず、淡々と命を刈り取ったイプシロンに、これ程までに味方であって良かったと思える存在はいないだろうと思い知らされる。いや、他の七陰の方々もそういう人ばっかなのだろうとカイは補足して思うのであった。
「……愛するわけないでしょ。安らかに眠りなさい」
瞬間、遺体として転がる男達の身体がイプシロンの足元に
「……イータの開発したこの薬品は本当に凄いわね。火が完全に消えたら砂をかけておきなさい。消えたとはいえ、火がまだ残って木々に移ったら大変だわ」
イプシロンはそう言うと、カイとオメガを連れてその場を後にする。
後始末は残りの構成員の仕事である為、イプシロンはそのまま拠点に戻る。カイとオメガはイプシロンのお世話係である為、基本的イプシロンの傍から離れる事は少ない。
イプシロンは先程の恐ろしい雰囲気とは変わって、普段の煌びやかな立ち振る舞いに戻っていた。こういう気持ちの切り替えが出来るのはイプシロンの実力が凄いと言う素直な感想しか浮かび上がらないのだが、カイはイプシロンに先程の事を聞いてみる事にした。
「イプシロン様、少しお尋ねしたいことが」
「ん?何かしら?」
「先程のイプシロン様の雰囲気、私がイプシロン様の部下として働かせていただいてる今まで拝見した事が無かったのですが、何かあの男が気に触るような事があったのでしょうか?」
濁して聞こうとも思ったが、カイは素直に聞くことにした。発言しておいてなんだが、ディアボロス教団の組織メンバーという時点で、シャドーガーデンに所属する者達にとっては逆鱗に触れると言っても過言では無い地雷原なのだが、カイにはそこまでディアボロス教団への怨みは抱いてなかった為気が付かなかった。
イプシロンは少し考えたのち、そうねと口ずさんだ後に言葉を紡ぐ。
「別に私に限った話じゃないけど、ディアボロス教団の情報を掴む時って大抵ああなるのよね。七陰の皆もそうだし、
「私は初めてイプシロン様のあのお姿を拝見しました。私やオメガはあまりそういう感情にはなれないようで……」
「まぁ全員が全部ああなるわけじゃないし。そこは気にしなくていいわ。シャドーガーデンに忠誠を誓っているってだけでも十分なんだから。……出来れば、主様やアルファ様の事も敬愛してくれると嬉しいんだけどね」
「そこはご心配なく。我等一同、リアル様やアルファ様、何より七陰の皆様に多大なる敬意を持っております」
「そう、ならいいのよ。忠誠を誓ってませんなんて、私の前で言っちゃったら、すぐさま諜報部が情報規制を施すために尋問もとい忠誠を誓うまで痛くてつらーい事が起きるから」
拷問部屋は凄いのよ?と悪どく笑うイプシロンに、カイとオメガはゾゾッと背筋に冷たい何かが走る。
実働部隊であるイプシロンの部隊では捕虜の扱いを受け持っている訳では無い為、実際何が行われているかは分からない。しかし捕虜を扱う、所謂
噂ではかなりやばい集団の集まりだとか。
「……話の続きだけど、私の場合は怒ってああなるのかしらね。やっぱり復讐の相手だとどうしても抑えきれないって言うの?まあ特に我慢する気もサラサラないし、とっとと吐き出してくれたら凄い楽なんだけどね」
「それはまあ……。分からなくもないですが」
「しかし、あの雰囲気と言いますか。七陰の皆様はやはり教団に対する怒りが誰よりも強い方々が多いのでしょうか?」
「……うーん。教団、も確かにそういう風に思ってるけど、一番は
「
どういうことなのだろうか。確かに、教団を撲滅する為に設立したこの
「……あまり詳しく言えないけど、主様は
成程、とカイは思う。
はっきり言って、リアルの戦闘力は異常だと思う。
シャドーガーデンの構成員達は皆家族と言っても過言では無い。仲間意識が強いのはもちろん、長であるリアルやアルファに対し親愛や恋愛、母性や父性を見るものが殆どである。
はっきりいって身体が疼いて疼いて仕方がないというのは彼女達の実話。リアルもそれに分かってか、あまり深堀はせず子供のようにあやす様にしているのだが。
イプシロンのそれも、慕うリアルの辛さや悲しみ、そこまでしなくてはならなかったリアルの人生を尊み、悲しみ、そして二度と同じ事を繰り返して欲しくないと、悲しみから少しでも早く解放してあげたいと願い動く姿は、ある種の信仰心故の行動に他ならない。
普通ならば、そこまで心酔している事に嫌悪感を向けるのだが、彼女達も
強いて言うならば、カイやオメガが抱く感情よりももっと強い想いであった為に流石ですと敬意を払っているぐらいか。
「……とっととこんなこと終わらせて、主様には幸せになって欲しいの。主様は私達の幸せを願ってる。けど、主様が最初に幸せにならなかったら、誰も納得なんてしないでしょ?」
「七陰の皆は直接主様に救われた。特にアルファ様の尋常ではない思い、それを叶える為にも、時間のかかることはしちゃ行けない」
「喋らせられるなら喋らせる。諜報部は確かに時間もコストもかかりますし、我々が情報を聞き出せるに越したことはないと」
「そういう事よ。有意義な時間には当然準備する時間も必要。だけど、悠長に時間だけを浪費させるのは愚の骨頂。準備も早く、それでいて万全に。主様のお言葉よ。その先にあるものに完璧に近付くなら、足場を完璧に作らないと上には上がれないもの」
シャドーガーデンが何故ここまで大きくなったのか、カイやオメガはなんとなくだが理解出来た。
まずその心意気。リアルの為に何かしたいと考えた結果が今の形だが、常に準備を怠らず、早く、そして万全にした結果、たった数年という短い期間でシャドーガーデンはこの王国の裏を牛耳るまで至った。
一重に七人の猛者達が。効率よく、迅速に、そして対応を柔軟にしたからこそ出来た偉業。
カイとオメガは改めて、七陰という存在。そしてリアルという存在の凄まじさに驚かされた。
「……あ、私これから表の仕事があるんだったわ。ごめんなさい2人とも。私はここから別行動になるわ」
「いえ、お構い無く。どうぞ其方を優先なさって下さい」
「お気を付けて」
そんな情緒は露知らず、イプシロンは思い出したかのようにポンと手を叩く。
カイやオメガは離れていくイプシロンに頭を下げて見送り、その姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
暫くして、オメガがカイに声をかける。
「……何故さっきあんな質問を?」
「……いや、ただ単に興味が湧いただけだ。やはり、シャドーガーデンの根本的なものは、リアル様への忠義と幸せを願う祈り、という事なのだなと」
「私もそんなに強い訳じゃないが、こんな組織を作ったんだ。私達よりももっとお辛い経験をなされたんだろうな」
過去に何があったのか。気になる所だが、知っている者はきっと話してはくれないだろう。
過去は過去。そこに何時までも執着しているから歩みを進められない。復讐の道も過去を嫌って歩み出してることから、ある意味過去に執着していると言われても可笑しくない。しかしそれは捉え方で見方が変わるので、シャドーガーデンに所属する者達は皆、その道に間違いが無いのだと思って歩んでいるんだろう。
カイはそこまで忠誠を誓っている訳では無い。滅ぼされた一族の誇りを、忘れない為に教団と戦う。だがそれではやはり、覚悟が弱い様な気がした。やり遂げる気持ちはある。しかし、教団に対する思いは周りよりも劣っているのだと感じざるを得ない。
「……難しいんだな」
「?何がだよ」
「思いの丈だよ。私も復讐したいとは思うが、あの方達に比べるとどうにも私の復讐心と言うのは浅いものだなっと」
「いや私もそんなもんだよ。私らナンバーズ含む殆どの構成員は自分の復讐の為にうごいてるヤツらが多い。リアル様の為に動くなんて結構稀な人達だぞ」
「……それはそれで組織的にはどうなんだ?私利私欲の為に動く組織って……」
「誰も指摘してないからいいんじゃね?別にリアル様達にも報いたいって気持ちはあるんだから」
「……それもそうか」
また一歩シャドーガーデンについての理解を深めたカイとオメガは、次の作戦に動くべく早々とその場を後にするのだった。
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ふむ、成程。
訝しげに、しかし表情に変化は見せず、アレクシア・ミドガルは隣で歩く少年、シド・カゲノーを注意深く観察していた。
彼から告白されて早数日。最初は周りから身分違いの恋愛だの、あの顔でいいなら俺でもいいだろとか、アレクシア王女は見る目が無い等と散々の言われようだったが、今は比較的落ち着いている。
告白された次の日、シドの姉を名乗る先輩がアレクシアに勝負を挑んできたが、受ける気にならなかったのでそのままスルー。以降、事ある毎に姉、クレア・カゲノーが勝負を吹っ掛けてくるようになった。なんなのだあの姉は。
今日も放課後デートと洒落こみ、特に目的もなく街中を歩くのだが、アレクシアはシドに対して訝しげに見つめる。
何故アレクシアがシドと付き合い始めたのか。それにはちゃんとした理由があるのだが、別段誰でもよかったわけじゃない。告白されるのが面倒くさかったことも勿論ある。彼氏の様な存在がいれば告白も減るだろうと考えたのだが、その相手も可もなく不可もなくといった顔面偏差値を選べば、それよりもイケてる顔面の男が告白してくると考えたので、出来るだけ顔面は整っていた方がいいと思ったのだが、
要は直感である。何となく、自分の感に流れてみようと無意識に考えた結果である。それが本来の理由では無いが、
告白以降、別段特にシドからのアプローチがある訳でもない。
だが、この隣にいるシドを見ていると、不思議に思う事がある。
この男、私に
自分で言うのもなんだが、容姿はかなり整っていると思うし家柄も悪くない。いやアレクシアの家柄で悪くないレベルなら、その下に存在する公爵伯爵家の家々は相当格の低い低俗家になってしまうが。まあこの国で言うならば、右に出るものは居ないであろう家柄であるのは確かだ。
出世欲や世間体を気にする男ならば、自身のステータスとしてアレクシアの事を何としても自分の元に引き入れたいと思うのが通説。シドの家は田舎の男爵家だ。爵位を持つ貴族の中では最底辺。アレクシアと夫婦になるのなら、公爵家になる可能性だってある。そうなれば出世、大出世だ。地位と権力にしか目が無い貴族社会において、それは間違いなく他の家を毛落とせる千載一遇のチャンスなのだ。
しかしシドにはそのような気が感じられない。告白の時は面白いと思った。しかし今は面白くない。
冷めている、冷え込んでいる。何故なのだろうか。思い出すだけでも、あの時の告白がまるで嘘っぱちだった様な気分になる。
というか、そもそも何故告白してきたのかさえ分からない。罰ゲームの一環なのだろうか?告白して玉砕して来いとでも言われたのか。
まあアレクシアにとって、彼氏の様な存在が居るという事実さえあれば問題無い。こうやって適当に街中を歩いていれば、別段仲が悪いとか噂されることも無いだろうから、寧ろこの関係の方がやりやすいまである。
「……あれ?」
ふと、目の前を横切る真紅の髪が視線を定めた。黒い帽子を被り、落ち着いた黒と白の涼し気な服装で歩くあの後ろ姿。あの真っ赤な炎の様な赤い髪色は、アレクシアが知っている髪色だった。というか知り合い、身内である。
「お姉様?」
「━━━━━ひょえっ?!ア、アレクシアっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、勢いよくこちらを振り向くアレクシアの姉、アイリス・ミドガル。不味い見つかったと言わんばかりの表情で、まさにそれは密事を隠す盗人の様。
普段見る堂々としたアイリスとは違い、この明らかに何かありそうでそれを隠すのが物凄い下手な人は本当に自分の姉なのかとアレクシアは疑っていた。
「……あー、えっと。お、お出かけですか?」
会話するつもりは更々無かった。しかし声をかけたのはアレクシアだった為、少しだけ話さなければ気まずい。世間話を少しだけして離れようとアレクシアは決める。
「……え、あ〜あ〜、そ、そそそそうなのですはい。これからラ、ランチでも……」
「へぇ、そうなのですね。アイリスお姉様にしては珍しい」
アイリスは基本、自衛団である『紅の騎士団』の団長を務めている為か、中々に多忙な日を過している。休日も鍛錬に勤しむのが彼女の日課。こうしてお洒落に身を包む姿等、アレクシアはあまり見かけることが無かった。
しかし、ランチとは。友人同士で……とアレクシアは考えたが、少し引っかかる。
アイリスお姉様に、ご友人らしい人いたかしら?と。
いや流石に失礼だと言いたいのだが、アイリスは王女という事もあり、そこまで親しい人間関係が上手く作れなかった。アレクシアもそうだが、王女故に周りが皆一歩下がった感じで接してくる為、親友、所かお友達という存在が全くもって存在しないのだ。
しかし当人達は知らないだろうが、他国の王女である
「ご友人の方ですか?同級生の方とか?」
「……え、えーと、ど、どうきゅ……うせい……、ですねはい。そうですそうです!!ひ、久しぶりにお会いするのです、少しばかり……き、緊張をですね……」
ビシャリッと冷水をかけられた時のように、アレクシアは一瞬体を硬直させる。再びアレクシアの思考に引っかかる。これ、友達じゃねぇな。と。
アイリスも緊張するとは言え、ここまで過度な緊張の仕方は見た事ない。去年の武神祭で緊張していると発言しているのを聞いたアレクシアは、アイリスに対して鼓舞し、緊張を和らげようと試みていたが、これは流石になんか度を越してると言うかなんというか。どうやって声かければいいのか分からない。
そしてアレクシアは考える。この緊張の意味を。
最近のアイリスは、いや、学園に通い始めてからまでで何か変化があったのかもしれない。取り敢えず、何となくカマをかけてみる。
「……お姉様、つかぬ事を聞きますが……。その同級生の方って、男性の方……ですか?」
「え、ええええっ!?な、そ、ななななんなわけないじゃないですか!?ア、アレクシア……か、揶揄うのはお辞めなさい……っ」
アレクシアは思った。あ、これ確定だ。絶対男だ。間違いない。
頭の中は宛ら広大に広がり続ける宇宙空間。その先の神秘にたどり着いた様な気分だった。思わず顔から正気が飛び出して行った。
いやだって考えても見てほしい、とアレクシアは自問自答する。
あのアイリスお姉様が異性と食事なんて……。実家でもお見合い以外そんな話聞いた事がなかった。いやそれは同じなのだけど。結婚適齢期と言っても過言では無い御年齢なのに男っ気ひとつも無い事務作業鍛錬ばっかの社畜生に成り下がったあのアイリスお姉様に男の影とは。
アレクシアの中の猫が確認を取った。良し、いや良しじゃない。
「お姉様、同級生の方にそのようなお付き合いをされる方がいるなんて初耳です。どうして言って下さらなかったのですか?私も御協力しましたのに」
「……いえ、その。さ、流石にそれは申し訳無いので。……それに、
ピキリッとアレクシアは硬直する。再度アレクシアの思考に引っかかった。これ、同級生じゃねぇな?と。
アイリスの口調は緊張気味だが、アレクシアも長年アイリスとなんとなしに姉妹をやっていた訳では無い。姉の教養を、立ち姿を学んで今のアレクシアがある。会話にちょろちょろと垣間見える違いも、当然の事ながら捉える。
アイリスは
詰まり、アイリスと会う男は同級生では無く歳上の男性、という事になる。
そしてアレクシア的には背筋に電流が走る。衝撃的だ、いや今浮かんだ考えしか考えられない。
アイリスは、入学当初からある
名を
卒業後も、アイリスはライズと関わりがあった。アレクシアも直接では無いが遠目から2人の関係は見た事がある。
ライズは全てにおいてのスペックが高い。容姿、身体能力、魔力量とそれを自在に操る魔力操作。教え方も上手いと評判であるし、何よりライズを倒せるものはいないと言われる程の実力者。これだけ聞けば、ライズはかなりの良物件である。
しかし、ライズには致命的な欠点がある。性格がクソなのだ。
誰に対しても生意気な態度で接し、口を開けば煽りの言葉がポンポン発射。それを割とガチ目に言ってくるのだから、そんな悪口を常に言ってくる人と恋人関係にはなりたくないのが正直な所。
アレクシアが見かけたのも、アイリスがライズに煽り散らかされて、顔を真っ赤にしながらプリプリ怒っている所だった。ライズは笑いながらアイリスの攻撃を
何より、アレクシアは本当に、本当に一時期。アイリスとライズの恋人関係の噂を学園中にリークした者がおり、後日すぐに誤解だとアイリスが撤回の声を上げていたのだが。彼処まで親密ならば、交際していても可笑しくは無いとは思うのだが、アイリスが頑なに否定してくるので流石に思い違いだと思っていた。
だがそれもどうやら思い違いの様で。
アレクシアはガッとアイリスの両肩を掴むと、その挙動が怪しいアイリスの目を見つめて真剣な眼差しでアイリスに囁く。
「……お姉様、頑張ってくださいね」
「……え、はい。……え?」
アレクシアはアイリスの門出にエールを送る。脱独り身、脱灰色の人生。アレクシアは取り敢えずアイリスに祝福の言葉を思い浮かべたながら立ち去る。
勿論今まで空気とかしていたシドの手を引いて。
突然離れていくアレクシアの後ろ姿を唖然として見つめるアイリス。
本人の中では
深い溜息の後、よしっと気合いを入れ直したアイリスは、先程とは打って変わって堂々とした立ち振る舞いで歩いていく。
そんな後ろ姿を物陰から見つめる
「………ふふふっ、行ったわね」
「……ねぇ、シドくん」
「……?はい?」
多分今日初めて口を開いて言葉を発したのではないかという、偽彼氏のシドが疑問に思いながらも返事をする。
「……ちょっと、いい事しない?」
後にシドは、その顔はまさに遊ぶ玩具を見つけて心底嬉しそうにする
女の子がしていい顔面では無いと、シドは仲良くなった
シド(可笑しいな。何でこうなっんだ????僕のパーフェクトムーブは完璧だったのに???)