守部桜と幻想   作:KRYP

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日暮れの塔③

 昨晩と違って、まだ朝日が昇ってきたばかりの薄明るい空が窓の外を流れる。あまり他の車が走っていないハイウェイを順調に進んでいく。まだ完全に覚醒していない頭が異国の風景を捉えて、ああ私は今は日本にいないのだったなとぼんやり思う。

 早朝、桜はエリカを連れて足早にケイリの城を後にした。というのも、食事を出してもらったのを差し引いてもケイリとの食事は精神的にあまりよろしくないという評価を桜はしたのだ。

 食事とシャワーを終えてあてがわれた部屋に戻った桜は、疲労のためにすぐ就寝した。その疲労は旅疲れなどではなく、ほとんどケイリとの食事によって負ったものだった。そうして眠りに落ちる寸前、朝食も一緒はかなり疲れるなと思った桜はまだ朝日が顔を覗かせるよりも少し早く起床し、エリカをたたき起こして城を出たのだ。

 桜は朝食まで世話になるのは申し訳ないと言い、エリカもまた桜を観光に連れていくといったうまい言い訳を残した。その実エリカもまたケイリと食事をともにするのは遠慮したいようだった。

「すぅー……すぅー……」

 隣に座るエリカはまだまだ早朝ということもあって、今はかわいらしい寝息を立てて寝ている。それを隣で聞いていると、なんだか私までもう一度眠たくなってくるのだった。

 窓の外には緑に覆われたなだらかな岩肌が続いていた。それほど急でもなく、木もあまり見えない山は新鮮な光景だった。この山々も空も私の目的地にはつながっているのだろうが、果たしてこの車はいまどこに向かっているのだろうか。

 スイッチがオフになっている頭で考えようとしたけれど、浮かぶ考えはすぐに眠気の波が押し流していく。何度か流された後、私はどうでもいいかと睡魔に身を任せることにした。どうせこれから行く場所も日暮れの塔も、空や大地でつながっているのだから。

 

 

 

 そうして再び眠りこけていると、いつの間にか起きていたエリカに起こされた。寝ぼけ眼のまま車から降ろされ電車に乗せられ、そして駅から出た私は目の前に広がる景色を見て眠気が吹っ飛んだ。

 目の前には夜の気配を取り払ったばかりの朝日できらきらと輝く水路と町が広がっていた。

「ぁー……これがあのヴェネツィア」

 頭や視界に掛かっていた靄がそれこそ突風で吹き飛ばされて一気に晴れやかになったようだった。

「まあイタリアで観光と言ったらここでしょ。他にもあるけど、ここが日暮れの塔からは一番近いからね……ふう」

 景色に見惚れてぽーっとしていた私の隣でエリカが欠伸を噛み殺しながら大きく伸びをした。それは何ともすがすがしいヴェネツィアの朝に合っているような気がした。

「さて、人があんまりいないうちに観光したいけど……まずは朝食を食べようか」

 目当ての店でもあるのか、先に歩き出したエリカの横に少し駆け足で並ぶ。まず初めに釘を刺しておかねばならなかった。

「いいけど、あんまり高い場所はやめてよね。私、そんなに持ってきてないわよ」

 ここイタリアは日本に比べて少し物価が高いし、何よりここは観光地である水の都ヴェネツィアだ。観光地は総じて物価が高いというのに加え、車も巨大な輸送船も十分に使えないようなヴェネツィアでは高価な輸送費も相まって更に物価が底上げされる。

 値段に囚われず自由に金が使えるくらい稼げてない桜は、どうしてもそんなことを考えてしまったのだ。それに元々の旅行行程ではそれほど金を使う予定ではなかった。

「へえ、桜ってば人の道から外れてもまだそんなこと考えてるんだ」

 エリカはそんな桜がおかしいのかくすくす笑う。

「それはそうよ。今のこの世界は人間が支配してるんだから、この世界で生きていこうとしたらどうしたって人のルールに従わなくちゃいけないわ」

「いやほんと、人間の決めたルールに従ってほしいよねえ……」

 桜は資本主義、つまりは金について大げさに言ってみたが、どうやらエリカにはもっと別の意味に聞こえたらしくその顔からすぐに笑みが消える。きっと彼らの宿敵である打破すべき邪神のことを考えているのだろう。

 けどすぐにまたいつもの決めてはいるがどこかおちゃらけたような表情に戻った。コロコロ変わる顔に桜もため息が漏れた。

「けどそんなのは人の道から外れてるボクが言えた事じゃなかったね。それに安心してよ、桜の予定を壊したのはこっちなんだから金はこっちが持つよ」

「……ならお言葉に甘えるわ」

 とりあえず助かったと一息吐く。

 また今度エリカが日本に来たときは私が面倒みてやろうと、桜は隣を見て思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶんイタリア人の店員がイタリア語で何か喋りながらパンなんかをテーブルに置く。それにエリカは同じくイタリア語でたぶんありがとう的な返事をした。

 小さくかちゃかちゃとエリカがカフェラテをかき混ぜている。桜も何の気なしに同じようにスプーンを動かした。

「そういえばさ、何も気にしてなかったけど桜って普通にご飯食べてるよね」

 カフェラテをスプーンでかき混ぜながら、ふとエリカがそんなことを言い出した。

「……食べるよ」

 当然のことに少々困惑しつつ怪訝な表情を浮かべる桜。エリカはハハハと笑いながら、でもと言った。

「桜は尸解仙だ。命は体の中にある刀に宿しながら外側の肉体を悍ましい材料と精神力とで織り上げている。なら別に食事は必要ないじゃない」

「運動するにはエネルギーが必要だし、それに生まれてこのかた……いえ遺伝子に刻み込まれているくらいずっと続けていたのを私で止めるっていうのも難しい。それに体だって少しずつすり減るんだから補填しなきゃ」

「ふうん、そんなもんか」

 全くおかしな会話だった。もっと薄暗い部屋でオカルチックかつ不気味なインテリアに囲まれながら蝋燭でも点けながらしているなら、まあまあ妥当な会話ではあるだろう。けれど少なくとも朝ののどかなカフェでしていいような会話ではなかった。周りに日本語のわかる客がいたならその会話に耳を立て、それに注目しているはずだった。

 けれど日本語がわからなくたって、店内にいる少ない客は総じて二人のテーブルに運ばれてくるものすごい量の食事に釘付けだった。

「まあだからってこんなに食べる必要はないんだけどね」

 桜も周囲の客と同じく、運ばれてくる料理に苦笑いしながら口に運んでいる。昨晩もそうだったがエリカと食事をするときはいつも常人よりはるかに多い量がテーブルに並ぶのだった。

 桜はそれが彼女に限った事だと思っていたが、どうやら彼女の属する組織もそうであるらしかった。

「いやいや運動するにはエネルギーが必要だって桜も言ったじゃない。ボクたちはこれくらい食べなきゃいけないくらいの事を成すんだからさ」

「まあそうか」

 桜はパンとは別に運ばれてきたピザを食べながら、今日しないといけない事、つまりはイタリアまでやってきた依頼の事を考えた。死神に嫌われた預言者の魂を肉体から解き放つという依頼を。そのためには桜が死神の御業を代行しなければならない。

 確かにそれは重労働だと、桜はピザをぺろりと平らげるとまだまだテーブルに残っている料理に手を伸ばした。

(それにしても……)

 ちらりと見る。まさか朝からステーキとは……。

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