一般士官学院生A   作:フッ軽布教女サッチ

1 / 3

【挿絵表示】


オレは、どうしようのないほど普通の人間だった。


一般士官学院生A

かり、と愛用の万年筆が紙を削る。

残りページの少なくなってきた手記に書かれた、自分の綺麗でも汚くもない……至って普通の字を眺めて、青年はひとつため息をついた。

外では小鳥が囀り、何もない平和な日のように、時が穏やかに過ぎている。しかし、部屋の外からは平和とは程遠い、鉄錆の匂いがふわりと漂ってきていた。

 

昨日、このタイタス門を守るための防衛戦があった。

正規軍の詰所であるこの門には高スパンで貴族連合の最新兵器────機甲兵が投入されてくる。

少年はタイタス門で唯一、その機甲兵と渡り合える実力の持ち主だった。だから、防衛戦にも出ずっぱりだ。今日に至っては夜の見張り番明けだし。

つい2ヵ月前まで新品同様だった導力銃だって、すっかり傷だらけで歴戦の形相を醸し出している。

 

こんな生活だ、いつ死ぬかわからない。だから少年は、ずっと手記に言葉を連ね続けていた。

いつか自分を探しに来るだろう学友たちへ、思い出を残すために。

 

 

 

 

 

 

 

5月2日。

トールズ士官学院において貴族平民問わず集められた異端のクラス、Ⅶ組。

何の因果か、女子たちが足早に出ていってしまった放課後の教室内には6名の男子のみが残されていた。

いつも通りリィンとエリオット、ガイウスは固まって話しているし、マキアスは図書館から借りてきたらしい参考書を開いて勉強に精を出している。ユーシスはどうやら詰めチェスを行っているらしい。片手で本を開いて、度々左手を動かしていた。

 

皆が何かしら行動を起こしている中、廊下側最後尾の机でぐーすかと惰眠を貪る男が一人。後頭部に倒れ込んできた教科書を載せ、いびきまでしっかりかくというおまけ付きだ。

彼の名はアルバート・ターナー。帝国最南端の町・パルム出身、雑貨屋の長男である。

最後の授業がなかなかに子守唄だったためこのように全身全霊全力で眠りに行っているが、普段は割と真面目な男だ。

 

「ターナー。おい、起きろターナー」

「……んがっ」

 

あまりに大きないびきに痺れを切らしたのか、アルバートから見て正面の席に居たユーシスが彼を揺する。

まるで鼻提灯がぱちんと弾けたかのようにいびきを止め、うっすらと金色の瞳を覗かせた。

 

「あえ……もう授業終わったん?」

「とっくの昔に終わっている。イビキが喧しいから起こした」

「いびきかいてたの?やば、オレ無呼吸症候群じゃん」

 

明後日の方向へ逸れていくアルバートの発言に思わずユーシスは頭を抱えた。そもそも授業中に寝るなと物申したいが、そこまで面倒を見てやるつもりもない。

 

すっかり目を覚ましたアルバートはせっせとカバンに荷物を詰めていく。いくつもの教科書に筆箱、何故か入っている折り紙、ヨーヨー、縄跳び。

登山用なためそこそこ大きなリュックの殆どは娯楽道具で埋まっているらしい。縄跳びなどいつ使うのだろう。

 

「なぁアルバレア」

「何だ」

「ARCUSにポムっと!って入るかな」

「知らん。エプスタイン財団に聞け」

 

これほど遊び道具を持っていてもまだ足りないらしい。配られた導力器にゲームを入れる相談をされている間に、今度は机の奥からトランプが出てきた。

もりもり出てくる道具に、いつの間にか他の面子も驚いて手を止めていた。いくつ出てくるんだ。ルービックキューブまで出てきたぞ。

 

最後にいつも手にしている傷ひとつない革手帳を最後に、ようやく全て詰め終わったらしい。パンパンになったリュックを一度景気良く叩いて、アルバートはユーシスに向き合った。

 

「そういや一緒に飯食うって約束したよな。今夜どう?」

「構わん」

「っしゃ、決まりな。行儀のいい坊ちゃんに深夜の罪の味を教えてやるよ」

「……待て、一体何時に食べるつもりだ」

「決まってんだろ? 0時だよ」

 

深夜ラーメンのお決まりは0時である。この背徳感がたまらんのだ。アルバートは腕を組んで頷いた。

起こしに行くからな!と宣言を受けたユーシスげっそりとしている。昨日の特別実習で奴の故郷へ行ってとんでもない目にあったというのに、原因であるこいつにまだ振り回されるのか、と。

 

 

 

 

 

 

ずず、と麺を啜る音が厨房に響く。

時計の針が両方とも上に向いた頃、宣言通りアルバートとユーシスは厨房にて深夜の背徳感マシマシラーメンを食していた。

慣れたように割り箸を操り勢いよく麺を啜るアルバートと、箸を使ったことがないからとフォークで麺を巻き取り、丁寧に少しずつ麺を食べるユーシス。育ちの差がハッキリとした瞬間だった。

 

「うめぇ〜……コイツにビール合わせると天才らしいぞ」

「飲んだことあるかのような口ぶりだな」

「地元のオッサン達に飲まされたことならあるけど、コイツと合わせたことはない。でも絶対うまい」

 

あぁ……とユーシスは少し遠い目をする。この田舎息子の、少し、いやかなり豪快な父親を思い出していたのだ。あの人ならば酔っ払った拍子に息子の口へ酒を注ぎ込む様子も想像できる。

飲むように食事をしていたアルバートは最後の仕上げと言わんばかりにグッと紙コップを煽る。

中の具材と出汁が混ざり合って良い感じの味を醸し出している。ぷは、とイイ顔でご馳走様と告げるアルバートの隣で、ユーシスはまだモチョモチョとパスタのように麺をフォークに巻きつけて食べていた。

 

「もっと一気に啜れよ。キマるぞ」

「単語のチョイスを怪しくするな」

「そーれイッキ!イッキ!」

「やめんか」

 

手拍子に合わせてコールを始めたバカの頭にチョップを喰らわせる。所謂深夜テンションに入っているのだろう、普段でさえ面倒なのにさらに面倒になっている。

ようやっとスープだけになったカップを、アルバートの真似をして(アレよりも少し控えめだが)思い切り煽った。

 

「美味かっただろ」

「……あぁ。偶には悪くない」

 

ふ、と僅かに口角を上げたユーシスに、アルバートはにぱりと笑った。

 

そのまま生ゴミを入れているゴミ箱へとカップを潰して捨て、二人して並び、黙って水を飲んでいた。

なんだかこのまま部屋へ帰るのはお互い勿体無い気がしたのだ。今は仲良くラーメンを啜っていたが、これまでの1ヵ月間は特別実習が始まるまで一言も言葉を交わしたことがなかったのだから。

どこ となく気まずい空気の中、ふとユーシスが口を開く。

 

「……お前は、身分で騒ぐことはしないのだな」

「まぁ、貴族さんはあんな田舎にゃ滅多に来ないし。身分差とか、マキアスに言われるまで考えたこともなかった」

 

アルバートは雑貨屋の息子だ。パルム産の布を扱った土産物中心の。

父親はパルム生まれパルム育ち、母親は肝っ玉の座ったオルディス出身。

自分に続いて生まれた妹は健やかに可愛らしく育ち、父の真似をして裁縫を始めたばかりだ。

 

「オレは周りの人間が幸せならそれでいいんだよ」

 

遠い帝都で何が起こっているのかは知らない。知る気もなかった。アルバートの日常は、パルムの優しい人々で完結していたのだから。

しかし、村から出る気のなかったアルバートは父に無理やり外へ放り出されてしまった。ちったぁ外のことも知りな、と。

 

「なぁアルバレア、お前もだぞ」

「一体何がだ」

「お前も幸せにならなきゃ許さねーってこと」

 

貴族の事情はよくわからないが、ユーシス含めクラス全員が何かしら抱えていることに、アルバートは薄々気づいていた。

恐らくこの中で何も抱えていない、呑気な人間は自分だけなのだろうと。

リィンも、アリサも、皆んな何か抱え込んでいる。せっかく仲間が出来たというのに、相談すらせずに。

 

傲慢かもしれないが、アルバートはそれを分けて欲しかった。みんなと同じ重みが欲しかった。

自分だけ軽いなんて、なんだか仲間はずれみたいで寂しかったから。

そして何も持っていない身軽な自分に、皆少しづつ分けてくれれば、と。

 

「なんか悩みあったら言えよ、ユーシス。相談なら乗ってやるから」

 

拳を向けてそう伝えれば、ユーシスは一度目を丸くして、しばらく呆気に取られたように口を間抜けにぽかんと開けた。

 

「……フ、俺相手に乗って“やる”などとほざいた平民はお前が初めてだ、アルバート」

 

そして穏やかに笑い、アルバートの拳に己の拳をぶつけたのだった。

 

 

 

『5月。ユーシスと深夜ラーメンをキメた。サイッコーに美味かった。また食う。絶対だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月10日。

寮のロビーで、アルバートは雑誌を読みながらぐでりと液体のように潰れていた。癖っ毛の黒髪はそれはもう爆発しており、ふわふわして仕方がなかった。

 

「お前なんで爆発してないの?」

「そういう髪質」

「か〜っ!羨ましいこって!」

 

そんな潰れている黒マリモをツンツン弄ぶこれまた癖っ毛の少女────フィー。

完全羊毛タイプのアルバート違って猫っぽいとはいえ、癖毛ながら湿気で爆発しないらしく、いつも通りストンとスッキリしている白髪はフィーが動くたびにふわふわと揺れていた。

 

「オレの髪いじってて楽しい?」

「うん」

「そっかぁ〜」

 

一般男子らしく短めに揃えている癖毛を、無理やり三つ編みにして遊ぶフィーに問えば、気だるげではあるもののハッキリとした返事が返ってきた。

既にアルバートの髪には大量のちび三つ編みが量産されており、トゲトゲのウニのようにピンと立っている。

 

「器用だな、クラウゼル」

「ん。何も考えなくていいから、爆薬の扱いより楽」

「人の頭と爆薬を一緒にするな〜?」

「あいたっ」

 

先日の実習で元猟兵であることを大暴露したらしいフィーは、アルバートにデコピンされても変わらずちまちまと三つ編みを作り続けている。どうやらかなり暇らしい。

そのうちドレッドヘアにされそうだ、とクロスベル出版の雑誌をぺらりとめくった。

 

「それ、何?」

「ん? 導力器の最新情報が載ってる雑誌。結構おもしれーよ」

「読み終わったら貸して」

「おけまる。けどちゃんと返せよ」

 

何かの戦術に使えると思ったのだろうか。フィーは手元の雑誌に興味を示した。中身はなんてことない、自作コンピュータの作り方なのだが。

パーツの選び方から導力ネットへの繋ぎ方までしっかり書いている。技術棟のジョルジュと一緒に作ろうと考え買った雑誌に興味を持つとは思っていなかった。

 

数分後、ついに結べる髪が無くなったのか、突然三つ編みが解かれ始めた。

ぴん、ぴん、と薄茶色の小さなヘアゴムが取れるにしたがって、黒ウニが黒マリモに変貌していく。

 

「わ、だいばくはつ」

「そうだよなんか悪いかコンチクショウ」

「おもしろいなって」

「自分が爆発しねーからって好き勝手言いやがってよぉ……」

 

Ⅶ組はストレートな奴らが多いため、アルバートは珍しいものを見るような目で皆に観察されていた。

唯一マキアスは少しボリュームが増していたが、それでも少しである。精々0.2リジュくらいしかふんわりしていない。10倍の2リジュと比べる方が馬鹿である。

 

「普通なら湿気で不発になるはずなのに」

「だから人の頭を爆薬扱いすんなっつの」

 

そう平然とツッコミを入れ、再び雑誌に目を戻すアルバートを、フィーはじっと見つめる。

そう見つめられては敵わんと、青年は少女に向かって呼びかける。

 

「なんだ、また三つ編みすんのか」

「……アルバートは、やじゃないの?」

 

何が、と問えば、猟兵っぽいことされるの、と帰ってくる。

アルバートの脳裏に過剰反応していたラウラがよぎる。他のみんなも、どことなくフィーとの距離が少し開いていたようだった。

 

「別に? クラウゼルの好きにすりゃいいんじゃねーの」

 

ぱちくり、とフィーの瞳が瞬きを繰り返す。

 

「例えば。クラウゼルは今、オレが突然狂ったように縫い物始めたら引くだろ」

「……うん。まぁ、それはそう」

「でもオレにとってそれは普通のことだ。オレの実家は布物メインの雑貨屋だからな」

 

つまり、実家が猟兵なら突然猟兵っぽい行動をされるのにも納得がいく。そういう世界もあるのか、と持ち前の呑気さで納得した。

かなり理論が跳躍しているが、それでもアルバートのお花畑脳内では納得がいくから、アルバートは頭を爆薬扱いされてもそんなもんかと受け入れた。

 

「それがお前にとっての常識なんだろ? ならいいじゃねーか。ま、ちょっと物騒だから抑える必要はあるだろうけど」

 

みんなは────ラウラはきっと、突然目の前に広がった猟兵という世界に戸惑っているだけだ。

アルバートほど呑気じゃないから。先を考えて、ハッキリとした自分の道を見つめているから、他の道を歩む者が突然横にポンと現れたことにびっくりしているだけだ。

 

「……ありがと。お礼にもっかい三つ編みするね」

「全力でいらね〜〜〜」

 

ちょっと真面目な話を終えて、二人は一気にぐで、ゆるむ。

その後、アリサが夕食を作りに来る頃に、二人は兄妹のように互いにもたれて眠っていたのだった。

……アルバートをウニにしたまま。

 

 

『6月。毛が爆発してたせいでフィーにウニにされた。そういやあの時貸した雑誌まだ帰ってきてないからいい加減返せ。』

 

 

 

 

 

 

7月16日。

ついに半袖となった制服に袖を通し、アルバートはこれと言って特徴のない部屋の扉を開ける。

……一階から随分といい匂いがする。新たにこの学生寮の管理人となったシャロンが朝食を作ってくれている香りだろう。

いつも通りレンガ作りの廊下に足を踏み入れ、階段を軽快なリズムで降りた。

 

「あれっ、おはようアルバート」

「早いな。鍛錬か?」

 

雨季が過ぎ、漸く落ち着いた髪の毛を掻きながら現れたアルバートを迎えたのは、エリオットとガイウスだった。

普段ならリィンもセットで仲良しトリオの筈だが、今日はその黒髪人たらし野郎は居ないらしい。

 

「はよ、二人とも。なんか目、覚めちゃったんだよな」

「それなら一緒に教室まで行く?キルシェでご飯食べてもいいし」

 

エリオットの提案に、アルバートは寝ぼけ眼を擦りながら頷いた。

するとアルバートから見て左手の扉────あの日ユーシスと共にラーメンを食べた厨房の扉が開き、菫色の髪がちらりと覗く。

 

「あら、それならばちょうど良かったですわ」

 

シャロンさんだ。

彼女は優しげな微笑みでアルバートへと朝の挨拶を告げ、軽いバスケットを3人に握らせた。

 

「わ、いい匂い」

「これは……パンか?」

「ハニートーストだな。絶対美味いやつ」

 

ご明察です、とシャロンは笑う。ついでに牛乳も小瓶に分けて入れてくれたらしい。

焼いたパンの香りと、蜂蜜の優しい香りが混ざって最高にお腹が空くそれがアルバートの空いた腹を刺激する。なんならもうここで食べていきたかったが、せっかく包んでくれたのだから、3人は教室で食べることにしたのだった。

 

先月まで雨まみれだった空は雲ひとつなく、突き通るような晴天だ。同時にジリジリと夏の暑さもやってきたが、そこは半袖でカバー済みだ。

ただ、高原暮らしで慣れているガイウスとは対照的に、室内主義であるアルバートやエリオットはその少しの暑さでも溶けそうになり、へばっていた。

 

「ふ、心地いい風だ」

「確かにそうだけどそれ以上にあちぃ……」

「ジリジリ照りつけてきてる……」

 

シャロンが持たせてくれたバスケットには保冷剤が入っているらしく、ハニートーストと牛乳はしっかり守られているようだ。底の方を持つと冷たいから、とへなちょこ二人はバスケットをまるごと抱えていた。

 

やがてへばりながらもたどり着いた校門には、いつもの人たらし野郎ことリィンがぼーっと空を見上げていた。

汗を流すエリオットとほぼ液体と化したアルバートに、平然と歩くガイウス。3人の気配に気づいたのか、リィンはぴくりと反応してからこちらへと振り向いた。

 

「おはよう……って、どうしたんだアルバート」

「……耐えられなかったようだ」

「普段引きこもってるからだよ」

 

ぐさりとエリオットの正論が刺さる。

普段学校以外は部屋に引きこもり導力器いじりしているせいで環境の変化に耐えられなかったのだ。

まぁ逆に言えばアルバートの部屋は常に空調が整っているため、自習する時にリィン達もたまに間借りしてはいるのだが。確かにあの快適な部屋を一度作ってしまっては中々外にも出たくなくなるというものだ。

 

「だーっ!オレのことはいいからとっとと入る!!暑い!!」

「フフ、突然大声を出す物ではないぞ」

「うっせ!暑いのが悪い!文句は太陽に言え!!」

 

大地とハグをしそうな勢いのアルバートを見下ろし、ガイウスは微笑ましそうに笑う。一番日光を吸収しそうな色合いの癖に涼しげな様を見て、引きこもりはケッと悪態をついた。

 

「クソ、超人どもがよ……一般市民Eのオレをちょっとは気遣ってくれよ」

「リィンとガイウスはともかく、僕も一般市民なんだけどなぁ」

「お前は音楽の才能が超人だろうがよ! オイ照れんな褒めてねぇ!!」

 

アルバートの怒りの言葉にエリオットが少し恥ずかしそうに頬を掻く。どうやら音楽の才能を褒められたのが嬉しかったらしい。

「とにかく校舎に入ろう」と先ほどまでぼーっとしていたリィンのおまいう発言で、4名は校舎に向かって歩き始める。

 

ふと振り返ったトリスタの街にはどうやら一匹セミが迷い込んでいたようで、ひとりでミンミンと元気に鳴いていた。

 

ふと、自分と重ねる。

たった一人で、周りは皆優秀で。何か抱えてて。

素人に毛が生えた程度の導力器弄りしかできない、場違いにもほどがある自分と、一匹先に生まれてしまったセミを。

 

 

『7月。クソ暑かった。皆との差を感じた。皆と違って、何もない自分を意識してしまった』

 

 

 

 

 

8月22日。

 

「おいリィン!スイカ割りしようぜ!」

「しようぜ!」

 

自由行動日だというのに馬鹿みたいにやかましいノックの2重奏によって強制的に起こされたリィンが部屋を出てすぐ目にしたのは、大きなスイカを3個ほど抱えたクロウとアルバートだった。

珍しく休日に部屋の外へと出ているアルバートにも驚きだが、何より抱えているスイカが馬鹿みたいに大きい。クロウが比較的小玉な2つを両脇に抱え、アルバートは特に大玉な一つを赤子のように抱いていた。

 

「なんだそれ……」

「なんだ、ってスイカに決まってんだろ?なぁアルバート」

「おう! 昨日教頭センセーの手伝いしたらお駄賃で貰ったんだ。見ろよ、クソデケェぞ!」

 

きゃっきゃとはしゃぐ一般平民コンビに、リィンは朝からとてつもなく巨大なため息をついた。まだしっかり絡むようになって数日しか経っていないというのに、仲の良いことだ。

聞けばシャロンさんの許可を得てロビーで割るらしい。向かってみれば、既にロビーにはビニールシートが引かれ、その上に二人が持っていたものとは別の大玉スイカがデンと乗っかっていた。

 

「む。おはよう、リィン。そなたも呼ばれたのか」

「あぁ、おはようラウラ……他のみんなは?」

「まだ寝ている。起きているのは我らとシャロンさんと、教会へ祈りに行ったガイウスだけだ」

 

既に鍛錬を終えたあとなのか、しっかりと制服に着替えたラウラがリィンに声をかける。

時刻を見てみると、まだ6時台であった。そりゃあラウラ以外起きていない筈である。

 

「なぁリィン!目隠し状態でスイカ切れたりする!?」

「切れるけど……そんな事に刀使いたくないんだが」

「ちゃんと木刀用意してるに決まってんだろ!よっしゃ一番手リィンな!」

 

やたらハイテンションなアルバートに木刀を持たされ目隠しされ、ぐるぐると回されてから「スタート!」と合図をもらう。

 

「右だ右!」

「いーや左だな!おいリィン、アルバートのやつ嘘ついてるぞ!」

「まったく……正面だ、リィン!そのまま行くがよい!」

 

真っ暗な視界の中、仲間の声援だけを頼りに気配などないに等しいスイカを探し当てる。

せい、と振り下ろした木刀はすかんと空を切る。どうやらアルバートの言葉は信用してはいけないようだ。クロウは間違いなくからかって来るし、もはや頼れるのはラウラしかいない。

 

「────そこだっ」

「「おおーっ!!」」

 

木刀の腹に何か固いものが当たり、そのまま割れたような感覚がする。

雑に巻かれた目隠しを取ると、そこにはまるで刀で切ったかのような美しい断面が。

 

「八葉一刀流すげ〜!!」

「クク、木刀でそこまで綺麗に行くたぁな」

「よし!次は私が行こう。そなたに負けては居られぬ」

 

意気揚々と木刀を手にして肩を回すラウラと、やいやいと導力銃コンビがヤジを飛ばす。

たまにはこんな朝も良いか、と笑い、リィンはラウラにバトンタッチしたのだった。

 

 

 

 

『8月。クロウ先輩とリィン、ラウラを巻き込んでスイカ割りをした。割ったスイカはシャロンさんがシャーベットにしてくれて、後から起きてきたみんなで食べた。すげー美味かったからまた食いてぇな』

 

 

 

 

 

 

 

9月1日。

昨日、目の前で大量の人が死にかけた。

軍人の戦場をこの目で見た。

テロリストのせいで、大勢の人間の命が脅かされた。

勇猛果敢にも正義感を燃え上がらせ、武器を握り走り出すクラスメイト達の後ろで、セーフティをかけた導力銃をホルダーごと握り、見ていることしかできなかった。

 

ユーシスは「無理をするな」と言った。

フィーは「私が守るから大丈夫」と言った。

ラウラは自分を後ろに下がらせた。

マキアスはただ、元気づけるように背中を叩くだけだった。

エリオットは震えながらも立ち上がっていた。

 

リィンは先頭で、皆を引っ張って進んでいた。

 

 

余計に皆との差を感じた。

軍人さん達の死体を見て、腰を抜かして、怯えていただけの自分はここにいていいのだろうか。

前だけを見て突き進んでいく皆には到底ついていけないと思った。

8月始めにクロウ先輩にお古として貰って以来しっかり手入れをしていた、新品さながらに煌めくスティンガーは、ただ眺めているだけじゃうんともすんとも言わない。ちゃんと教わった通りセーフティを外して、引き金を引いてやらないと鳴かない。

そんなこと知っていた。

 

気づけば、退学届を出していた。

自分でもどうかしているとは思う。それでも、ただ限界を感じていた。

これ以上あそこにいたら劣等感で壊れてしまうような、そんな気がした。

出された書類を書き終わった後、学院長が黙ってオレの頭を撫でた。

何だか泣きそうになった。

 

その後、さほど必要なものも置いていなかった部屋で荷物をまとめた。

作った導力器はジョルジュ先輩に譲ることにした。田舎町じゃ使う必要もないやつばっかりだし、わざわざ持ち帰るのは面倒だった。

その他諸々置いているものは煮るなり焼くなり好きにしてくれとだけARCUSと一緒に置いたメモに書いて、ボストンバッグと共に駅へと向かった。

寮を出て行く時、シャロンさんが人には向き不向きがある、とオレの考えを肯定してくれたのが嬉しかった。

 

パルム行きの列車の中で、この手記に色々記している。

じいちゃんの真似をしてつけてた手記だけど、書くだけ書いて全く読み返していなかった。

まだユーシスと第二回深夜ラーメン祭をやってない。フィーに雑誌を返してもらってない。

もう一回シャロンさんのご飯を食いたかった。クロウ先輩に訓練をつけてもらいたかった。エリオットのバイオリンを聴きたかった。スイカ割り、めちゃくちゃ楽しかった。

 

別れも十分にしていない。

衝動で飛び出してきた。

みんな、怒ってるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月31日

 

街道で領邦軍と正規軍が争い始めた。

 

親父が死んだ。

 

オレが、家族を守らなきゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「おぉい、アルバート! 機甲兵が来た、出るぞ!!」

軍の将校のオッサンの声が聞こえる。
オレは筆を置いて、椅子からガタリと立ち上がった。

「……おう! いっちょやってやらァ!!」

から元気を回すように、己を鼓舞するように。
震える足は見ないまま。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。