転生したら禪院直哉だったので日ノ元軍司を目指したい。 作:遊び人の旅行記
【夏油傑 視点】
「お久しぶりです、黒井さん…足の具合は大分良くなってるみたいですね、直哉から聞きましたよ。」
あれから、一週間と数日が経った…理子ちゃんの意識は眠ったまま、黒井さんの足はリハビリと直哉の反転術式で少しだけ動かせるようになってきたが、それでも杖での歩行がやっとの状態だった。
「ええ、最近になってから漸く車椅子から離れられる生活が過ごせています…理子様のお世話を満足にすることはできなくなってしまいましたが、五条家と禪院家の方々から支援金を、高専側からも生活費を援助して戴けているので、なんとかやっていけています。」
直哉が言うには魂の傷は肉体と違い反転術式での治療が届きにくいようだ、反転術式を他者に施す際にはどうしても出力が下がるらしく、直哉が自身の失った腕を生やすことはできても、他者の腕を繋げるのは難しいうえに、呪力の消費は更に激しくなると言っていた…それが魂にまで干渉するのだから、当然ながら一筋縄ではいかないだろう…反転術式は勿論、魂の知覚すらできない私には、この現状をどうすることもできないでいた。
「あの…最近、直哉君の顔色が優れないようですけど傑君は大丈夫ですか?…高専の任務もあって忙しいでしょうに、皆さん頻繁に顔を見せに来てくれていますが…少しだけ心配です。」
「ああ………この時期になると毎年呪霊の発生が増えますからね…例年と比較して増加傾向にあることを踏まえれば、暫くの間は術師全体の任務量が増えることになると思いますが直に収まりますよ、その間は私達もあまり顔を見せにはこれなくなりますけど心配はいりません…それに、こちらに顔を出すのは休暇の範囲内です、直哉の方には近いうちに会いに行きますので、黒井さんが心配していたと伝えておきますね…理子ちゃんの様態を定期的に報告するのは間接的に高専で呪術師の治療に専念する硝子と直哉の負担を減らすことにもなりますから。」
反転術式は通常の倍近く呪力を消費する、悟の様に六眼を持っているならばまだしも、直哉の呪力効率は私とそう変わらない、最近では京都高専で通常の任務とは別に、他の術師の治療にも追われて忙しいだろうに、理子ちゃんと黒井さんの様態を定期的に確認しにきているらしい…硝子と一緒に医療免許を高専と御三家のコネで取得しようとしているそうだけど、この調子だと直哉が体調を崩すのは目に見えている…医者の不養生って事態にだけはならないでほしいものだ。
◆
ハロウィンの前日、任務の帰りで久しぶりに会った直哉は、どうやら従姉妹の双子と一緒に外出するようだった。邪魔しては悪いとも考えたのだが、真希ちゃんの誘いと真依ちゃんの同意があって私も同伴させてもらうことになった。
「なあ、直哉兄ちゃん…やっぱりその格好で外出るのはどうかと思うぞ、あっちに洋服屋あったから適当に普段着とか揃えようぜ。眼帯も外せよ…治したんだろ?」
真希ちゃんが直哉を引っ張って先導するのを横目に微笑ましい気分になる。
これから呪霊の繁忙期は更に加速して、それに伴い任務の頻度も増える、既に高専の呪術師達にも多くの被害が出ていた。
硝子は術師の治療で高専に、悟と後輩達は任務で出張、私は任務の帰りだが、この後に県外への出張任務が控えている。
盤星教の運営に問題が発覚して解体された後、直哉は高専からの呼び出しを受けていた、そのせいで暫くの間は高専外を自由に動けなかったらしい。
聞いてみたら、薨星宮で天元様となにかしらの話をしてきたようだったが、星漿体…理子ちゃんが天元様の器にならずに済んでいることに関係があるのだろうか?…だが、こうして親戚の子ども達と一緒に遊んでいる直哉を見ていると、一時とはいえ日常に戻ってこられたのだと実感できる。
「別に良いんじゃないか直哉、急いでる訳でもないんだから…それに真希ちゃんの言う通り、その格好は流石に目立つから私としても普段着を買ったほうがいいと思うよ…まぁ、今日は大丈夫かな?」
ハロウィンは明日だというのに、ちらほらとコスプレをして歩く人が見受けられた…この調子ならば思っていた程の悪目立ちはしないだろう。
しかし、それと同時に低級の呪霊が至る所に潜んでいる…放っておいても問題のない蠅頭ばかりだから心配はないだろうが、念の為だ…適当な呪霊を飛ばして祓っておこう、取り込むのは…また後で良いだろう。
真依ちゃんは呪霊が怖いらしく直哉に隠れてやり過ごそうとするが、肝心の直哉は態々呪霊の潜んでいる人通りの少ない道の端ばかりを積極的に歩いては祓っている…まぁ低級とはいえ、非術師に危害を与える呪霊を放っておけないのは分かるのだが、もう少しくらいは真依ちゃんの心情を考えてあげれば良いのにね。
「?こんなに晴れてるのに…なんで日陰ばっかり歩いてんだ?」
やはり、真希ちゃんには呪霊が見えていないのだろう…あの“術師殺し”とは違って、中途半端に呪力を持って産まれてしまった天与呪縛のフィジカルギフテッド…今も、自身に巻き付いている武器庫呪霊の気配にすら気づいてはいないのだろう…まるで、怖いものなど何も無いかの様に…光の当たる場所を迷いなく走っていく。
そんな姉を追いかけようとする真依ちゃんを直哉が手で制する。
「道は端を歩け、そこは非術師が歩く場所だ。」
殆どの呪霊は見られていることに気がつくとその者に襲い掛かってくる場合が多い…呪霊が見えて、それらをまともに祓うことができない真依ちゃんは呪霊にとって格好の餌食になってしまう。
私と直哉が傍にいるうちは大丈夫だろうが、それでも呪霊が他の非術師を巻き添えにして襲ってくる可能性が少しでもあるのならば、それは仕方がないことなのかもしれない。
それでも…真依ちゃん〝だけ〟に〝呪術師〟としての歪にも思える教えを説いていた直哉には…少しだけ、ゾッとした…まるで、自分自身に何度も言い聞かせていた〝呪い〟が思いがけずに口から溢れ出てしまったかの様に…直哉は自然と、その言葉を紡いでいた。
◆
「どうしたんだい直哉?最近、顔色が優れないようだけど…素麺でも食べすぎた?」
あれから1年が経った…直哉はどうやら呪力を大量に消費したらしく、顔色は前に会った時より一段と悪くなっていたが、それは通常の任務とは別に領域の設定を変更して展開する練習を毎日のように続けていたからだそうだ。
領域の結界設定や必中対象を変更するのは確かに難しく、私は対象を閉じ込める結界を固定して領域を展開している。
呪力の無い無機物にまで必中効果を延長するのは私には不可能だった…それ以前に、私の領域は必中効果の対象を一人に固定しなければ展開する意味がまるで無かった。
直哉は私や悟にもアドバイスを求めていたが、領域の精度に関しては私では直哉に勝てない…悟は感覚派なので当然だが役に立たなかった…寧ろ、直哉のやりたがっていたことを実際に真似してみせた後に「領域の設定なんて相手と状況に合わせてその都度変えれば良いじゃん?…はァ?普通はできない?」「無駄な努力お疲れ様w」「諦めて、これからは普通に領域の精度を上げろ」とまで言い放つ程だ。
まあ、悟なりに手本を見せていたつもりなんだろうけどね…これは呪術師に限らず、目より先に手が肥えることはない…と、よく言われているけれど。
「見ただけで技術を真似できるのなら誰だって苦労はしないんだよ…悟」
天才には理解できないのかな?
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「君が夏油君?どんな女が好みかな?」
灰原と話している時に特級術師の九十九由基に出会った…どうやら、悟を訪ねに来たらしいが残念ながら入れ違いになってしまったらしい。
話を聞いてみると、彼女は呪霊の生まれない世界を作るために色々と研究しているらしく、その過程で天与呪縛によって呪力をなくした伏黒甚爾に興味があったらしいが…天与呪縛のサンプルが少なく、禪院家を訪ねたらしいが、直哉が邪魔をして真希ちゃんには会えなかったそうだ。
「私の今の本命は、全人類に呪力のコントロールを可能にさせること。」
術師からは呪霊が生まれないらしく、彼女は全人類を術師にする方法を模索しているそうだ。
更には、非術師を間引き続けることにより生存戦略として術師に適応させる、という手段すら提示された…かなり、呪詛師に寄っている思考だが…本人は〝それ〟をするつもりはないらしいから、咎めるのは違うのかな?
「その話…直哉にもしたんですか?」
「ああ、彼には魂と肉体の関係について色々と教えてもらったからね…勿論、私の知る限りの情報を共有させてもらったよ。けれど、彼は典型的な呪術師でねぇ…自分は呪霊を祓い続ける為の道具だから、それに疑問を持ったりはしないんだそうだ…残念ながら、研究への協力は断られてしまったね。」
呪術師は道具、か…確かに、直哉にはそういった部分があるように思える…否、これは呪術師全体での話なのだろう…直哉もそうだが、悟は呪霊を祓い続けることに疑問を抱かなかった…呪術師の家系ではそれが正しい認識なのだろう。
私は、呪術師に役割を求めた。呪術は非術師を守るためにある…私が悟に言っていたことは同時に自分に言い聞かせていたことでもあった…〝弱者生存〟それがあるべき社会の姿だ…弱きを助けて、強きを挫く…そうして非術師の心の平穏を守ることが呪霊の発生を抑制することに繋がり、延いては呪術師全体の被害を抑えることができる…そうやって自分に役割を与えることで、私は呪術師を続けることができていた。
呪霊を取り込むのは吐瀉物を処理した雑巾を丸飲みする様で、最悪な気分になるけれど…それでも、灰原が先程言っていた「自分にできることを精一杯頑張る」これをひたすらに続けることこそが呪術師として、非術師を守ることに繋がり…それから生まれた呪霊をまた祓って…本当に?
本当に、非術師は私が守るべき…私が守りたかったはずの〝弱者〟なのだろうか?
◆
あの後、任務先で灰原が片腕を失ってしまった…直哉が灰原に持たせていた呪物がなければこの程度では済まなかったのかもしれない…なんにせよ、二人とも生きて帰ってくれて、本当に良かった…本当に。
産土神信仰により発生した呪霊…二級呪霊の祓除だったはずなのだが…非術師の信仰心によって生まれた精霊に近い存在だった呪霊が、その土地を開発することになり、近隣の住民や作業員の神聖なものに対する後ろめたい感情が折り重なったことで、呪霊として完全に形を成したのだろう…問題は依頼した不動産開発業者がその情報を土地を高く売るために揉み消してしまったことで、補助監督が呪霊の階級を見誤ってしまったことにある…精霊に近い呪霊は特種な気配を持つことが多くあり、そういった呪霊は自然と一体化して気配を消すことが非常に上手いからね…窓の人員は、その呪霊が存在したことにすら気づかずに他の呪霊を報告してしまったのだろう。
非術師が、自分達に都合のいいように創り出した空想の神に、自分達に都合の悪い妄想を押しつけて殺されそうになるなんて、随分と間抜けな話があったものだ…そんなものを夢想せずとも、呪術師が命懸けで守っているというのに…結局、非術師は目の前で必死に手を差し伸べる者より、目に見えぬ自分達に都合の良い神を崇めるのだろう…それが自分達を呪う存在だったとしてもだ。
◆
「これはなんですか?」
村落内での神隠しや変死が起きたとなって派遣されたが、その原因と思われる呪霊は簡単に特定して既に祓除を完了させた…だが、村の住民に案内された座敷牢の中には呪術師の姉妹と思われる子どもが監禁され、所々に暴行を受けたであろう形跡がみられた…直哉が昔、言っていた…強者と弱者の立場、その境は曖昧で移ろいやすい…故に、呪術師には個の強さが求められるのだと。眼の前の光景はそれを正しく表していた…〝弱者生存〟私が本当に救うべきだった弱者とは……そこから先は、駄目だった…私は既に、非術師を同じ人間として見れなくなってしまっていた、取り込んだ呪霊を使役して、村の住民を皆殺しにさせた。
その後に双子を救出した…私は、全ての非術師が憎い訳ではなかった…それでも、私が自分自身に役割を与えるとするのならば…誰に看取られることも無く、非術師の日陰で死んでいく呪術師の為に…私は、全ての呪術師が〝光の当たる場所〟で暮らせる世界を望んだ。