トントントントン……。小気味良い包丁の音。どこか懐かしくも、聞き馴染みのある音。あの後ソファーで二人、一枚の毛布を被って、もたれ合って眠った。星歌は密着して眠ることで、PAの女性らしい柔らかな肉感、艶やかな肌を知った。体温、汗、心音。ベッドの上で襲われるよりもドキドキした。こうしてカラダ寄せ合う方が、中途半端なセックスよりも相手の存在を感じられると星歌は思っている。もちろんセックスのことなど何も知らないが。
時間は早朝。キッチンの音と窓からさす光が健やかな目覚めに導く。睡眠時間はそれほど長くないが疲れが取れたような気がする。
「おはようございます♪ キッチンお借りしてますね」
「おはよう。って……お前、料理できたのか!?」
「独り暮らし長いですから。家事は一通りできますよ。……普段ロクにしないだけで。さ、配膳手伝っていただけますか?」
「わかった。そういやお前、今日は早起きできてるじゃないか」
「なんか今日はきちんと起きれたみたいですね。星歌さんに癒されて、元気いっぱいです♪」
「……ちょ、恥ずかしいこと言うなよ」
二人で朝食をテーブルに並べる。PAには似合わない純和風の朝食だ。ネギとお揚げの味噌汁に卵焼き、きゅうりとナスの漬物。きんぴらの小鉢も添えてバランスがいい。きんぴらは虹夏がタッパーに作り置いていたものらしい。幸いご飯は炊飯器に2人分残っていたようだ。
彼女は高校を中退した理由を『朝起きれなかったから』と周りにはうそぶくが、本当のところは誰も知らない。彼女がどんな思いで今まで生きてきたのか、笑顔の裏に隠している涙を星歌は知らない。派手な恰好をしている割には、影のように存在感が薄い。でも居てほしい時には、傍にいてくれる。短い付き合いだが、星歌はそんな彼女を好ましく思っている。
「……う、美味い! 美味過ぎる! こりゃ虹夏の次ぐらいには美味いぞ!」
「あはは……。誉め言葉として受け取っておきますね」
「もちろん褒めてるぞ! 特にこの卵焼きは最高だ!」
「うふふ。お口に合いましてなによりです」
人を褒めるのにこんな言い方はないと思うが、これでも星歌にとっては最大級の賛辞だ。母の手料理と妹の手料理。星歌にとってこの二つがメシの上手さの基準だ。自分自身は相変わらず酷いものだが。
(フフ、まずは胃袋からゆっくり攻めていきましょうか……。私はまだまだ諦めませんよ)
「ごちそうさまでした。美味かったよ、ありがとな」
「うふふ、お粗末様でした。また作ってあげますね」
食後のお茶を飲んで、まどろむ二人。虹夏がいる食卓とも仕事が遅い時の独りぼっちの食卓とも違う、なんとも言えない心地良さを感じる星歌。そういや新婚夫婦ってこんな感じなのだろうかと想像する。
「これからも二人きりの時は、星歌さんって呼んでいいですか?」
「別にいいけど、スターリーでは店長と呼べ」
「はぁい。分かりましたー。あ、私のこともプライベートは名前で呼んでくださいね」
「……考えておく」
気恥ずかしさで、ぷいとそっぽを向く星歌。
「んもう。いぢわるですね」
「うっせ」
「後片付けは手伝ってくださいね。星歌さん♪」
「わーってるよ」
(たまになら、こういうのも悪くないな……)
二人とも、いつもの調子に戻る。今日も午後から仕事だ。……とはいえ、今は後片付けをしよう。せめて今だけは、二人きりの特別な時間を楽しみたい。心からそう思う星歌であった。
――あいつの名前、なんだっけ?
PAさん編終わり。この展開に一番戸惑っているのは作者なんだよね。
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クレイジー下北沢2(仮)主人公は誰がいい?
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