真実の愛に目覚めた伊地知星歌(29)   作:三十路スキー

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時間軸はスターリー開店前。この世界のPA星、エピソードゼロ。
伊地知星歌の独り相撲。
新作扱いにしようかと迷ったけど、こちらで様子見。


食の星歌 黒衣の女

 私、伊地知星歌は悩んでいた。新しくオープンする私のライブハウスで採用する、パブリックアドレスいわゆるPAの採用についてだ。PAはライブの音響を取り仕切る大切な役目。ライブハウスの要といっても過言ではない。

 他のスタッフは順調に決まった。培ってきたコネをフル活用したおかげだ。加えて接客兼雑用としてアルバイトを2名雇用した。妹の虹夏とその友人の山田。虹夏はともかく山田は若干不安だ。顔立ちは端正だが性格は一癖ありそうだ。余裕が出てきたらあと2人ぐらいは雇いたい。

 時間的余裕はそれほど無いが、PAについては慎重に選びたい。すでに何人かは面接しているがどいつもパッとしない。今度また候補が来る予定だがあまり期待はしていない。理由は私より若い女だから。職人仕事の音響スタッフに経験の少ない者を採用する余裕はうちには無い。私自身29歳で店長としては小娘のクセに何言ってんだって気もするが、それとこれとは別問題だ。まあ、意外と掘り出し物かもしれないから面接だけはしてやることにしよう。

 

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか?」

「1人です」

「お席ご案内いたしまーす!」

 

 もうすぐ時計は6時。晩飯の時間だ。私はイタリアンファミレスを選んだ。軽く飲みたい時はこの店に限る。単品料理でも安くて、一人客が気軽に入れる。それにしても疲れた。今日やることは全部終わったし、手早く食事を済ませて、早く帰って寝てしまおう。明日も大変だからな。

 

「こちらの席でよろしいでしょうか?」

 

 二人用の小さなテーブル席に案内される。軽く頷いてから、手前の席に腰掛ける。

 

「ご注文はこちらからお願いします」

 

 タッチパネルか。最近増えているが、私はあまり好きじゃない。

 

「……」

 

 視線を感じる。

 

「……」

 

 なんだこの感じは。思わず視線の方に目を遣る。

 

「……」

 

 右斜め前のテーブル、若い女の一人客。肩を出した黒いワンピース、長い黒髪の女。顔は黒マスクで目元しか見えない。マスクは最近では珍しいものでもない。こちらに気づいた若い女は、目元に笑みを浮かべ会釈してきた。……知り合いにこんな奴居たか? 思い出せない。

 だが、会釈された以上無視するのも失礼か。私はすぐに会釈を返す。しかし、真顔でぎこちないものになってしまった。むーん。やはり誰かは思い出せない。

 

「お待たせしました」

 

 店員があの女のテーブルに注文の品を置いていく。……あれは、まさか!

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 一人飲みでマグナムボトルだと!? 内容量およそ1.5リットルの白ワイン! 見かけによらず、なんて呑兵衛だ! そして一緒に来た料理は! 地中海の覇者ムール貝!! 一皿目からムール貝のガーリック焼きとは……。明日の口臭をも恐れぬ所業! この女、デキるな! 相手にとって不足なし! これより標的を『黒衣の女』と呼称する!

 

「……」

 

 マスクを外し、髪を整える黒衣の女。素顔が露になる。……ち、治安が悪い! 重めの姫カットに黒マスクという時点で地雷系の匂いをプンプンとさせていたが、露になった耳にはバチバチのピアス。おまけに口元にも大きめのピアス! まあ、バンド業界がそこそこ長い私ならこの程度の恰好では驚かないが、ますます誰か分からなくなった。こういう恰好の知人は限られるからだ。

 

「うふふ、いただきます♪」

 

 食事の前にしっかりと手を合わせ、小声で『いただきます』をする黒衣の女。意外と礼儀正しく好感が持てる。貝殻に収まったムール貝を左端から食べ進める。上品な食べ方だ。ワインを飲む姿にも品がある。なるほど、私もファミレス者の端くれ。

 

 ――負けられん!!

 

「……これで、よし」

 

 タッチパネルで注文する。会心の注文に、思わず声が出る。私が注文したのはデカンタ。独特の容器に入った内容量500mlの赤ワイン。今日の赤ワインは食卓の顔役。バンドで言えばフロントマン。率先してみんなを盛り上げる陽気なギターボーカル。

 これに合わせるのは…まず青豆の温サラダ。グリーンピース嫌いの虹夏をして、これだけは別物と言わしめた実力者。地味ながら食卓を引き締める仕事人。一流ベーシストのような存在感。

 次にたっぷりコーンのピザ。私にとっては今日を締めくくる大切な食事。腹にたまる炭水化物は欠かせない。後ろでどっしり構えてみんなを支えるピザは、経験豊かなドラムスに似ている。

 そしてトドメの……生ハムだ。こいつは一見浮いているようだが、実は他の三品どれと合わせてもいい。塩味がサラダの良さを引き立て、ピザにもアクセントを加える。赤ワインとの相性は言うまでもないだろう。リードギターのように欠かすことができない。そう、食卓のヒーローだ!

 ふふふ。我ながら見事な注文だ。食卓というライブハウスを彩るフレッシュなガールズバンドのようなメニュー編成。ワインの赤、サラダの青、ピザの黄、そして生ハムは桃色。

 

 

名付けて結束四連環の陣!!!

 

 

 お前らの事、ちゃんと食べるからな。

クレイジー下北沢2(仮)主人公は誰がいい?

  • ぽいずんやみ
  • 伊地知星歌
  • ファン2号
  • 結束バンドおばさん
  • PAさん
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