真実の愛に目覚めた伊地知星歌(29)   作:三十路スキー

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大胆な誘惑も陰キャの特権 前

「まったく、酷い目にあった」

 

 今頃、虹夏たちは遅い夕食を食べている頃だろうか。虹夏は鍋にカレーを作り置いてくれているが星歌は食べる気がしなかった。PAのせいですっかり疲れてしまった。イマジナリーぼっちちゃんは今日の一件で機嫌を損ねてしまったのか、想像上の押し入れから出てきてくれない。今日の洗いっこは無しだ。明日ケーキでも買ってこよう。早く機嫌直してほしい。

 

「ふう。今日は疲れた」

『うふふ、大丈夫ですか? 私のおっぱい揉みますかぁ?』

『揉みたいなら、わわわ、私のを! か、感度は負けませんから……』

「いや、なぜイマジナリーPAとイマジナリー廣井がいるんだよ!」

 

 星歌は最近この二人がなぜか性欲を自分に向けてくることに困惑していた。二人ともかなり美人で恋愛に困ることなんて無さそうなのに。私なんかを揶揄うより、さっさといい男見つけて付き合えばいいのにと星歌は思っている。

 星歌だってバンドしてた頃は、それなりにモテた。彼女自身卑下するほどの容姿ではないつもりだ。結構な数の男から告白されたが全て断ってきた。たまに女からも告白されたが、もちろん付き合わなかった。

 ギターが恋人、バンドは家族、ロックさえあればいいとあの頃の星歌は本気で思っていた。このまま恋なんて知らずに一生を終えるはずだった。まさか29歳にもなって運命の人と巡り合うなんて、つゆほども思っていなかった。

 

「黙れイマジナリーども! ぼっちちゃんへの想いは性欲なんかじゃない! 純粋な愛だ!」

 

 星歌は勝手に沸いてきたイマジナリー知人たちを蹴散らす。歳の差なんて関係ない。伊地知星歌は後藤ひとりを愛している。彼女は未成年だから今は遠くから見守っている。

 

 

 

 

 

 ピンポーン♪

 

「今頃なんだよ。はーい、今開けます」

 

 星歌は、今日のぼっちちゃんへの愛を綴った『手紙』を書き終え保存すると、玄関へ向かう。

 

「あ、あの!」

「なんだ廣井か。また風呂タカりに来たのか?」

 

 扉を開けると廣井きくりが居た。いつものお下げ髪ではなくストレートヘア。上着はゲロ臭いスカジャンの代わりにピンクのジャージ。

 

「お風呂は入ってきました。妹さんはぼっちちゃんとお泊りですよね?」

「え? なんで知ってるんだ」

「この間ぼっちちゃんに偶然会って、そのとき聞きました」

 

 廣井は今日もシラフだ。下を向いてもじもじする姿は星歌に大学時代の廣井を思い出させる。

 

「どうしたんだ? やけにそわそわして」

「き、今日は渡したいものがあって来ました……」

「とりあえず上がれ。コーヒー飲むか? ミルク多めでいいよな」

「あ、はい。お邪魔します……」

 

 星歌は独りぼっちの寂しい部屋に廣井を招き入れる。

 

 

 

 

 

「今日も酒飲んでないんだな。感心感心」

「先輩に会う時は、お酒飲まないようにしています。ふ、普段は相変わらず……ですが」

「それで渡したいものって?」

「これです。受け取ってください……」

 

 新宿FOLTのライブチケットとフライヤーだ。フライヤーにはこう書かれている。

 

『廣井きくり初のソロライブ。普段のイメージとは全く異なる甘く切ない歌声と芸術的なアコースティックサウンドをお楽しみください』

 

「え! これ、廣井なのか!?」

 

 フライヤーの写真はギターを持ってアンニュイな表情を浮かべる女性の横顔。

 

「アー写はスタジオでプロのカメラマンに撮ってもらいました。店長が全部出すって言うんで」

 

 白いドレス姿が女神を思わせる一枚。普段絶対に見せない廣井の表情は、女の星歌でさえ見惚れるほどの美しさ。

 

「でも岩下と清水はいいのか? ソロ活動とか揉め事の原因にもなりかねんぞ」

「志麻とイライザも応援してくれています。バンドの方はお酒飲まなきゃ無理ですけど」

 

 そう言うと、廣井は少しだけ笑みを浮かべる。

 

「お前のアコギとか大学以来だな」

「実は最近ストリートで弾き語りを少しやってるんです。お酒ガマンするために始めたんですが、バンドではやらないラブソングとか作ったりして。なんか家で年金問題とか考えるよりはマシかなと思いましてね。しばらくしてから店長に見つかっちゃって、ぜひFOLTでライブやってほしいと強く勧められました……」

「あのおっさん、心が乙女だもんな」

 

 星歌は少し笑いながらキッチンに向かう、コーヒーメーカーから2杯入れる。ブラックとミルク多め。

 

「ほら、飲めよ」

「ありがとうございます」

 

 廣井のマグカップを両手で受け取るしぐさがかわいらしい。

 

「チケットいくらだ?」

 

 星歌は穏やかな表情で廣井に尋ねる。

 

「え? お代なんて頂けません! ご、ご招待します。先輩にはぜひ私の音を聴きに来てもらいたいんです」

「何言ってんだ。私は先輩だぞ。後輩に奢らせるわけにはいかないよ。今日はこれしかねぇや。足りるか?」

 

 星歌は財布から1万円取り出して廣井に渡す。

 

「え、わ、あ! こ、こんなに! でもいまお釣り出すお金が……」

 

 廣井のたこ踊りを手で制して星歌が続ける。

 

「釣りはいいよ。ライブ期待してるから。その金で美味いもの食え。でも酒代には使うなよ」

「あ、ありがとうございます! 申しわけなくて、私涙が……」

 

 涙目になる廣井。星歌は後輩の新しい挑戦が純粋に嬉しかった。

 

「今日は泊っていけ。終電もうないだろ?」

「い、いいんですか? 家賃……払えませんけど」

「いいよ。家主の私が言ってんだから遠慮すんな」

 

 ふたりでコーヒーを飲んで少し落ち着く。まどろみのひと時。廣井は相変わらずミルクと砂糖をたっぷり入れないとコーヒーが飲めないようだ。酒は辛口が好きなくせに、と星歌は思う。

 

「コーヒーおいしかったです」

 

 廣井のマグカップには少し口紅の跡が残る。

 

「そうか。豆は結構こだわってるんだ。まあ、淹れてるのは妹だけどな。カップ洗ってくるわ。お前はテキトーにしとけ」

 

 星歌は2つのカップを持ってキッチンに向き直る。

 

「あ、あの!」

「あん? どした」

 

 

 星歌が廣井の声に振り返ると……。

「家賃は……か、か、カラダで払います!」

「なにやってんだ! おおおお落ち着け!」

 

 そこには下着姿の廣井きくりが!!!

 

 

 

 

 

――ぼっちちゃん! わ、私はどうすればいい!?




後編に続く。

評価がオレンジに低下。辛いです。星歌が好きだから。
最終回までにはなんとか赤に戻れるよう頑張ります。
なにとぞ高評価よろしくお願いします!

クレイジー下北沢2(仮)主人公は誰がいい?

  • ぽいずんやみ
  • 伊地知星歌
  • ファン2号
  • 結束バンドおばさん
  • PAさん
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