「亜城木先生来ましたねーーーっ」
新年会のスタートは、両手にグラスの新妻エイジとの再開だった。
いつものスウェット姿だ。
これだけ自然体で楽しんでいるエイジを見ると、高校生なのにスーツをバシッと決めたシュージンが哀れに見えてくる。
お上りさん丸出しだ。
エイジの隣には、目つきの悪い成人男性が立っていた。
胸元を開けているのがセクシーだ。
「仲良くなった平丸先生です」
今度始まる新連載のラッコの人だ。
「はじめまして亜城木夢叶です」
「よろしくお願いします」
平丸先生は不機嫌そうに、終始ぼやいている。
「道を間違えてしまった。魔が差した。働きたくないんだ」
急に何を言いだすんだこの人。
どこぞの『るろうに』じゃないんだから。
剣心はそんな事言わない。
エイジはジュースだけど、平丸先生が飲んでるのは、お酒だよな。
ぐいぐい飲んで大丈夫だろうか。
「俺は動物園のパンダにでも生まれたかった。寝たいだけ寝て、食いたい時に食う」
パンダってやりたい時にやれるんだっけ。
子供が生まれるだけで国民に祝福される子作りとか、ぜんぜん気楽そうじゃないから嫌だ。
「吉田氏、吉田氏は生きてる事は楽しいか?」
「3話目の決め台詞はそれでいいこう。平丸くんらしくていい」
平丸先生の独演会を見守っていると、担当が平丸先生を見つけて連れて行った。
担当がついていてくれるのなら大丈夫か。
「平丸先生変わってて面白いです」
「新妻さんに変わっているって言われるなんて、本当に変わっていると思います」
エイジも相当変わり者だ。
「ところで阿良々木先生」
「僕達の名前は亜城木だ」
「失礼、噛みました」
「定番ネタだけど、せめて集英社のネタにして」
ジャンプの新年会でやるネタではない。
エイジと話していると、緊張もどこかに飛んでいく。
「電話でも話しましたケド、連載開始コングラチュレーション。約束通り競争しながら頑張れるの嬉しいです。負けません」
「はい。新妻さんに負けないように頑張ります。これから宜しくお願いします」
「こちらこそヨロシクです」
などと話しているうちに、開始時間となったようで、新年会が始まった。
それからは、港浦さんに連れられて挨拶回りだ。
みんなオーラみたいなものを持っていて、挨拶するだけでも緊張しまくりだ。
全員覚えられたかって言ったら、ちょっと自信ない。
いつも通りシュージンを頼りにさせてもらおう。
挨拶回りが終わってようやく一息つけると思いきや、ビンゴ大会が待っていた。
せっかくの美味しそうな料理なのに、味わっている暇がない。
料理を楽しむのは来年以降に持ち越しか。ちょっと残念。
ビンゴ大会では、シュージンがビンゴ1号として、目玉の最新テレビをゲットした。
これで、仕事場のテレビもデジタル対応できる。
そろそろ買い替えないといけないと思っていたので、正直、助かる。
仕事場のレトロ感残る雰囲気に、最新テレビだけ浮きそうだけど、そこは諦めるか。
その後、日本一有名なジャンプ編集者の鳥嶋さんと話す事ができた。
おじさんの事を気にかけてくれていたのが嬉しかった。
せっかくなので、僕の目標を宣言してやる。
「おじさんができなかった事、やりのこした事をやりたいと思ってます」
おじさんのできなかった事、やり残した事。おまけで、これは言わないけど、やりたかった事。
マンガで一生食べていく事。
アンケートで1位を獲る事。
マンガ家になってモテる事。
全部、僕が達成してみせる。
最後の最後でジャンプスクエア編集長から爆弾が投下された。
「こ…困ったですね」
あの新妻エイジを困らせるほどの事が、起きてしまった。
中井さんの原作担当だった蒼樹さんが、間界野昂次と組んでスクエアで連載を開始するらしい。
中井さん大丈夫だろうか。
蒼樹さんに捨てられた中井さんが、どうなってしまうんだろう。
何も起きなければいいけど。
◇◇◇
「サイコーが、ここで降りるのなら俺も」
「1話の原稿があとちょっとで終わりそうだから。水曜からアシスタントが来るし、2話のペン入れを進めておきたいんだ。無理にシュージンが付き合う必要ないよ」
「でも」
「せっかくなんだから、ハイヤーで自宅まで送ってもらえって、じゃあな」
仕事場かそれぞれの自宅か希望するところまで送ってもらえると聞いて、僕が選んだのは仕事場だった。
新年会前に、ハイヤーが来るまでの間に描いていた原稿が、ページの途中で中途半端だったからだ。
未成年なので飲酒はしていないけど、パーティーの賑わいにあてられて、ちょっと浮かれてしまっている自覚があるので、家に帰る前に軽くトーンダウンもしたかった。
浮かれてなければ鳥嶋さんに、あんな大胆な宣言はしない。
というので、シュージンをハイヤーに載せたまま、僕だけマンションの入り口で降ろしてもらう。
「あれ? 灯りがついてる。消し忘れたっけ?」
仕事場の階でエレベーターを降りると、灯りが漏れている事に気づいた。
ってカギも開いてるし。
もしかして泥棒か。
シュージンを帰らせるんじゃなかった。
警戒しつつも、そっとドアを開ける。
「あ、真城。帰ってきたんだ。おかえりー」
「……見吉かよ。何してんだ?」
どっと力が抜ける。
基本的に見吉の出入りは、シュージンか僕と一緒なので忘れていたけど、そういえば、見吉にも合鍵を渡していたんだった。
「トーンの練習。あとちょっとで手伝えそうだから、マスターしたくて」
悪戦苦闘しながら、トーンの切れ端を使って書き損じた原稿に貼りつけていたみたいだ。散らばるゴミから察するに2~3時間は、やっていたらしい。
僕達が新年会に出るのと入れ替わりで、ここに来たみたいだ。
なんだかんだで頑張り屋だよな。
空手は壁にぶつかってすぐに諦めちゃったって自虐してたけど、そもそも努力していたからこそ全国大会に出れているわけで、恥じるようなことじゃない。
今、切っているトーンを見る限り、単純に貼るだけなら任せても問題なさそうだ。
トーンを削るのは、まだまだだけど。
「見吉のそういうところ、好きだ」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ。って痛っ」
「大丈夫か」
「ちょっと切っちゃっただけだから。いたた……」
思いを伝えるタイミングに失敗したみたいだ。
刃物を持っている相手に、することじゃなかった。
動揺して、勢い余ってカッターで指先まで切ってしまったらしい。
原稿用紙に赤の雫が垂れる。
「ああーー、原稿が……ごめん」
「どうせ使わないヤツだから大丈夫。それより自分の心配しろよ」
「そうだけど、なんか汚すのやじゃん。真城が頑張って描いたやつなのに」
練習でチグハグトーンを貼っていたのはいいのかよって、ツッコミは飲み込む。
原稿についた血をティッシュで拭きとろうとする見吉の手を掴んで、そのまま血が垂れる指を咥えた。
鉄の味が口の中に広がる。
本人の言う通り、そこまで深くない。大丈夫そうだ。
血の味を感じなくなってから、指から口を外す。
「真城……」
「流水でしっかり流して、絆創膏貼っとけよ。どこにあったかな……」
見吉の目が潤んだのを見て、照れもあって背中を向けて距離を取った。
救急箱があったはずだけど、どこだっけ。
マンガを描くのに必要なものは、どこにあるのか知ってるけど、日用品とかは、見吉の方が把握している気がする。
「そっちじゃないし」
「見吉、胸あたってる」
「あててんのよ」
棚を探していると、見吉が背後から抱き着いてきた。
一撃目!
「真城、チューしよ、チュー」
「おまえ……それはシュージンに悪いからって」
「いいじゃん。あたしがしたいって思ったんだから」
肩を掴まれると強引に反転された。
見吉と正面から向き合う。
シュージンの彼女にキスしていいんだろうか。
本人がいいって言ってるんだから、いっか。
キス以上の事もしてるんだから、今更だ。
「先に治療しろよ」
「チューしてくれたら治療する」
「おまえなぁ……」
軽く唇と唇を触れ合わせて離れた。
「もっとするー」
「チューはチューだろ。指の治療が先だ」
「真城のケチ」
これ以上すると止まれそうにない。
そうなると、指が気になってしまう。
ここから先を気兼ねなく楽しむためにも、まずは指の治療だ。
血がつかないように、ずっと人差し指を立てているのを不憫に思ってか、見吉もここは引いてくれた。
「そこだったのか」
「なんで真城が知らないのよ」
台所の引き出しに入っていた救急箱から絆創膏を取り出して、流水で傷口を流す。
キッチンペーパーで水気を切って、絆創膏でくるんで治療完了だ。
これで準備は完了だ。あとは、さっきの続きを。
「見吉」
「真城」
「「バク『ピンポーン』」」
さあ、これからって時にチャイムが鳴った。
「…………」
「…………」
誰だよ、こんな時間に。
一瞬、シュージンが引き返して来たのかなって思ったけど、シュージンならカギを持っているんだから、わざわざチャイムは鳴らさない。
どうせ勧誘とかロクな相手じゃなさそうだ。無視だ無視。
今は、目の前の見吉が大事だ。
「見吉」
「真城」
『ピンポーン、ピンポーンピンポーンピンポーン』
無視しようとしたら、今度は連打だった。
どうしても出てほしいらしい。
だが、断る。
マンガ家らしくNOを突きつけてやれ。
「あーもう。気になるからあたし見てくる」
残念ながら、見吉はマンガ家ではなかった。
まだ服を脱ぐ前だった事もあり、そのまま玄関へ向かう。
僕もドアが見える位置まで動く。
「え、ええええーー!?」
覗き穴 から外を見た見吉が、驚きの声をあげてから慌ててドアを開けた。
「お父さん!?」
ドアの外には、熊のような見知らぬおっさんが立っていた。
って、お父さんって見吉の父親かよ。
どういう事だ!?