翌日。
見吉の父親が仕事場に来た事と、行われた約束をシュージンに説明した。
「本気と書いてマジか?」
動揺しているのか、リアクションが古い。
「残念だけど……」
「……け、結婚の許可を取りやすくなったんだよな?」
「たぶん。亜城木夢叶の事を応援してくれるって」
「なによ。高木はあたしとの結婚が嫌ってわけ?」
「嫌じゃないけど、話が急すぎて」
そりゃそうだ。いきなり彼女の父親との話が進んでいたら、男なら誰だってビビる。
「なさけなー。男らしくビシッとしなさいよ」
「って言われてもな……」
「昨日の真城は、お父さんとビシッとやりあっていたのに。もうあたし、真城と結婚しようかな」
「亜豆に、フラれたらな」
「それって可能性ほぼ0じゃないの」
「いや、ほぼじゃなくて0だから」
そういうシャレにならない冗談は、やめてくれ。
見吉と結婚か。見吉がいいヤツなのは知ってるし、何よりこの豊満な身体を独り占めして自由にできると思ったら、悪くないと思う。
けど、僕には亜豆がいる。見吉と結婚はできない。
と、こんな感じで、僕達は、順調に前に進んでいた。
◇◇◇
1月26日 水曜日
ついに、1話目の原稿を納品した。
1話分仕上げてもらって、アシスタントの実力も大体わかってきた。
まずは、プロアシの小河さん。
実質的にチーフとして、加藤さん高浜さん、そして、僕の指導をしてくれている。
細かく指示しなくても、話に合う背景を描いてくれるので、とても助かっている。絵の実力も高く、上手くて速い。仕上げも丁寧だ。
こうなってくると、凄腕アシの中井さんと比較したくなるけど、個の実力としては中井さんの方が上だと思う。
ただ、中井さんとは違って、周りを使うのも上手いので、チームとして見たら小河さんの方に軍配が上がりそうだ。
次に、紅一点の加藤さん。
彼女の仕事は丁寧だ。手の速さでは小河さんや高浜さんに水をあけられているものの、仕上げの綺麗さでは、高浜さんより上で小河さん並だ。
メインとしては物足りないものがあるものの、コツコツと作業を進めてくれるので、安心して任せることができる。
何よりも、素直さがあり、下手な癖がないのもあって、小河さんの教えを吸収して、まだまだ伸びてくれている。今後に期待できるアシスタントだ。
最後に、マンガ家希望の高浜さん。
人物も背景も、どちらもこなせる万能型だ。
マンガ家を目指しているだけあって、手が速いので助かっている。
小河さんから、少しでも学び取ろうとする貪欲さもすごい。
とはいえ、まだまだ経験不足で、粗削りな部分も目立つ。
量をこなしていくうちに、もっとよくなるはずなので、丁寧にやらないといけないところ、勢いで終わらせていいところの違いとかを、学んでいって欲しい。
高浜さんも、今後に期待だ。
あと、できればもう少し喋ってくれると、もっといいんだけど、それを強要する事はできなかった。
僕がチェックする前に、小河さんが一通り見て、問題点は直してくれるので、僕はほとんど確認するだけで、直すところは少ない。
順調に、ペン入れした原稿が仕上がっていく。
こんな感じで、亜城木夢叶の『TRAP』の原稿は、つつがなく進んだ。
港浦さんに『この1話は、絶対に1位だ』とお墨付きをもらったくらいだ。
……港浦さんのお墨付きが、どれだけ役に立つのか分からないけど。
問題が起きていたのは、僕達じゃない。
チーム福田組の仲間である中井さんだ。
新年会で、蒼樹さんが間界野昂次と組んでジャンプスクエアで連載する事が発表された。中井さんからしたら青天の霹靂で、蒼樹嬢を取り戻すべく動き出した。
福田さんからの連絡によれば、エイジの所でのアシスタント以外のすべての時間を使って、蒼樹さんのマンション前の公園で、原稿を描いているらしい。
「中井さんの事は任せろって言われたけど、気になるよな」
「ああ。でも、今のうちに、進められるだけ進めとかないとってのも正しいし」
シュージンと2人で気になっている。
連載を控える僕達は、福田さんに任せるしかなかった。
「もう何日だ」
「先週の水曜からだから、今日もやってたら8日目」
「寝てないんだろ」
「エイジの所でペン入れ待ちしてる時間は寝てるらしいけど、どれだけ眠れてるのかは……福田さんも止められないって言ってるし」
「ひどい女だと思わない? 嫌なら警察に通報すればいいだけじゃん」
見吉が蒼樹さんを非難した。
見吉の言う事は正論だと思う。ただ、それだけじゃすまないのがマンガ家の原作と作画の関係だ。
僕もシュージンと揉めた事があるから分かる。
簡単に割り切って失敗した苦い経験が、嫌でも思い起こされる。
「……それが出来たら早いんだろうけど」
中井さんの事を気にしつつも、言葉を濁すにとどまった。
原稿に集中しよう。2話、3話と仕上げて行かないと。
翌日。
途中で夕食の買い出しに出た小河さんが、濡れて帰ってきた。
「はーーっ、外すごい雪だ」
「これから大雪になるみたいですね。早く帰った方がいいかも」
大雪!?
慌ててカーテンを開けると、外は白く染まりつつあった。
エアコンの効いた室内にこもっていたせいで、気づかなかった。
「今日は、ここまでにします。遠慮せず早めに切り上げて帰ってください。原稿は順調に上がってますし、帰れなくなったら困りますので」
とりあえず、アシスタントを帰らせた。
いつもより1時間ほど早いけど、それで給料を引くほどブラックな職場じゃない。
中井さんの様子を福田さんに確認すると、いつも通り仕事を終わらせて蒼樹さんの元に向かったらしい。
「そっちは、雪、大丈夫ですか?」
「雪? ちょっと待て……うわ、すげー大雪だ」
カーテンを開く音の後で、福田さんの驚く声が響いた。
「中井さん、こんな雪の中、外で描くとか、下手したら死んじゃいますよ」
「しかし、テコでも動かないだろうな。中井さんの男気を止められるか」
「何、言ってるんですか。中井さんもチーム福田の仲間でしょ。僕は止めに行きますよ」
「……わかった。三鷹駅まで来てくれ」
「はい!」
僕とシュージンと見吉。
3人で指定された駅まで向かい、福田さんと合流して、中井さんの元へと走った。
コンビを組んでいた中井さんはともかく、福田さんがなぜ蒼樹さんの家を知っているのか、気になるところだけど、今はそんな事より中井さんだ。
雪で滑らないように注意しつつ、福田さんの先導で傘もささずに走る。
地味に寒いし、きつい。
「そこの公園だ」
蒼樹さんのマンションが駅から遠くなかったのが助かった。
角を曲がって、公園に飛び込んだところで、4人同時に衝撃の景色を見てしまった。
「………」
福田さん曰く『血も涙もない冷酷女』の蒼樹さんが、中井さんに傘をさしだしていた。
それも巨体の中井さんを優先して、蒼樹さん自身は、雪に身を晒している。
「ごめんなさい。悪いのは私の方なのに…」
「そんな事はない。僕の絵の力が足りなかったんだ」
「部屋に入って温まっていってください」
「えっ!? いいんですか!?」
なんて羨ましい。いや、なんて危険な事を。
中井さんみたいな彼女が欲しいって、夜中に泣きじゃくる男を一人暮らしの女性が部屋に招き入れるなんて、どんな間違いが起こってしまうのか。
「は、反応が異常です。撤回します」
ナイスだ蒼樹さん。
そして、声がカワイイ*1。
「余計なお世話だったみたいだな」
「骨折り損でしたね」
わざわざ雪の中、中井さんを助けにきたつもりだったけど、中井さんの男気は蒼樹さんに無事に届いていたようだ。
僕達が来るまでもなく、中井・蒼樹ペア再結成だ。
見吉とシュージンが涙ぐんでいる。
「ライバルがよりパワーアップして戻ってきたな」
「ああ」
この後、中井さんは熱を出して、3日入院したらしい。
中井さん不在の間は、エイジのアシは福田さん1人となってしまった。
福田さんは中井さんのために、メチャクチャ頑張ったらしいけど、復帰してきた中井さんの第一声が「蒼樹さんが見舞いにきてくれてさー」で始まり、福田さんの説教から職場復帰したそうな。
中井さん……
◇◇◇
2月21日 月曜日
2話目、3話目と順調に上がり、ついに『TRAP』1話目が掲載されたジャンプの発売日となった。
連載作家として本当のスタートラインに立ったんだと思うと、熱いものがこみあげてきた。
このまま仕事に情熱をぶつけたいところだけど、今日は小休止だ。
スタート記念で休んでいるのではなく、4話目のネームが確定していないからだ。
1話の速報を待って、最初に考えていた路線で行くのか、路線変更をするのかを決める。どちらにも対応できるように、ネームを2本平行で用意し、2本とも下描きまでは終わっている。
連載開始まで時間があったのをフルに活用した結果だ。
あとは、明日の速報を待ってペン入れとなる。
1話の結果が気になって、仕事どころじゃないので、今日くらいは休んでよかったのかもしれない。
しかし、こうなると手持ち無沙汰だ。
久しぶりに、亜豆とゆっくり連絡を取ってみるのもいいかもしれない。
亜城木夢叶の原稿が載った雑誌の発売日に、いつも亜豆から感想メールが届く。
それをきっかけに、何度かラリーしてみよう。
「…………」
アンケート結果と携帯を気にしてソワソワして待っていたけど、結局、日付が変わっても亜豆からの感想メールは届かなかった。