2月22日 火曜日 (第1話速報日)
俺、シュージン、見吉の3人で仕事場に集まっていた。
1話の速報待ちだ。
シュージンが緊張しているのが伝わってくる。
俺は、緊張しているけど、それよりも眠気が勝っていた。
「ふあーあ……」
思わず、あくびをしてしまう。
「サイコー、眠そうだな。昨日は、作業を休むって言ってたのに、あんまり寝れなかったのか?」
「高木、察しがわるーい。あれでしょ。ミホから1話読んだよのメールがきて、やりとりしてたんでしょ」
「まあ……そんなとこ」
実際は、亜豆からのメール待ちで、寝不足気味だった。
察しが悪いのは、見吉の方だ。
「4話のスケジュールってきつめなんだろ。大丈夫か?」
「まあ、下描きまで終わってるからなんとか」
理想を言えば、月曜からペン入れを始められれば、スケジュールが破綻することなく金曜日に原稿をあげられるはずだ。
今週は、火曜日に連絡をもらってからスタートするので、少しきつい。
明日にはアシが入るので、それまでに4,5枚はペン入れを終わらせておきたい。
「電話まで寝とく」
「わかった」
ソファーで横になるけど、本当に寝るわけじゃない。
軽く目を閉じて休むだけでも、マシだ。
目を閉じたまま、亜豆に連絡を入れるべきかどうかを考えてみた。
「…………」
こちらから感想を催促したくない。
だから、何も言わずに待っていたけど、いつもの連絡がこないのは、おかしい。
亜豆に何かあったのかもしれない。連絡を入れよう。
横になったまま、携帯を取り出して亜豆にメールを送る。
『亜豆さん元気ですか?』
シンプルだけど、こんなもんだろう。
僕が送信したタイミングで、シュージンの携帯が鳴った。
「来たっ」
緊張が走る。
「3位おめでとうだって。ネームは、最初の方で」
3以か。
結果としては、上々だと思う。
けど、1位を獲る最大のチャンスは、逃してしまった。
おじさんが獲れなかった1位は、甘くないか。
先週始まった平丸さんの『ラッコ11号』が1位だったのもあり、僕達はまだまだだ、と読者に言われている気がする。
「おめでとー」
「…………あ、ああ」
見吉から祝福されたけど、素直に喜べない。
「あれ? いい結果なんだよね?」
「いい結果だけど、人気マンガの初回は大体1位。1話はページ数も多いし、巻頭カラーだから票が入りやすい」
1話は、当たり前の1位。
そんな言葉があるくらいだ。
おじさんが1度も獲れなかったみたいに、当たり前と言うほど1話で1位を獲るわけでもないらしいけど。
「まあ、終わったものは、仕方がない。勝負の2話だ」
「うん、勝負の2話だったな……もう原稿提出済みだから、何もできないけど、大丈夫か」
「言うなよ、シュージン。俺だって怖いんだから」
3話までは、提出済みだ。今からできる事は、ネームが決まった4話の原稿を進める事。ソファーから起きて、作業机へと向かう。
「最初のネームだな。俺はペン入れに入る」
「わかった。俺は、やっぱり港浦さんに時間取れないか聞いてみる。取れそうだったら5話以降の相談しに行ってくる」
僕の邪魔にならないように、シュージンはベランダに出ていった。
さっきの電話では、詳しい話は金曜日の本ちゃんが出た後でって事だったけど、3位という結果に、シュージンは焦っているみたいだ。
ペン入れ作業でシュージンにやってもらう事はないので、特に異論はない。
「1時間後に集英社ならって事で取れた。行ってくる」
シュージンが港浦さんの所へ向かった。
ここでの打ち合わせなら見吉が顔を出す事もあるけど、さすがに見吉を打ち合わせに連れて行く事はない。
自然と、見吉と二人きりになった。
◇◇◇
「ふー……」
とりあえず、1枚目完了。
人物が少なかったのもあって、30分だ。
1位を獲れなかった事、亜豆の事。
頭の中は、割り切れていないけど、それでも手は動かせるようになった。
僕の手が止まって、迷惑をかけるわけにはいかない。
これもプロ意識の表れなんだろうか。
「真城、リクエスト聞いたげる。今日は何食べたい?」
一息ついている事に気づいた見吉が、声をかけてきた。
「見吉」
「は? 何言ってんのよ」
「見吉が食べたい」
「あんた、今週はスケジュールきついんでしょ」
「うん。だから、スッキリして原稿に集中したいんだよ」
頭の中のモヤモヤをどうにかしたい。
そのためには、スッキリするのが一番だ。
「真城。高木は、仕事に行ったんだけど」
「うん、だから1時間は帰ってこないと思う」
シュージンが港浦さんと打合せ中に、彼女の見吉に手を出すのはどうかと思うけど、シュージンが仕事中だからこそ安心して手を出せる。
最低だけど、最高な理屈だ。
「終わったら原稿描ける?」
「描く。約束する」
「……ま、いっか。1回で終わりだかんね」
「原稿進めないとまずいし」
シュージンがいつ帰ってくるのか分からないし、あんまり時間をかけると原稿がやばい。
一発勝負だ。この一発に全てをかけるしかない。
「見吉」
「真城」
「「バクマン(バクマン)!!」」
こうして、3位に終わったムヤムヤを見吉へのムラムラに変えて、昇華することができた。
スッキリしたところで、携帯が鳴ってメールが届く。
「真城、裸の女の子を目の前に、携帯触るのはどうなのよ」
「ん?……うん、まあ」
「聞いてないし」
見吉には申し訳ないけど、今は見吉よりも亜豆だ。
亜豆からのメールには、ちょっとHなのも撮る写真集をやってもいいか、と尋ねるものだった。
いつもの俺なら、亜豆の仕事には口を出さず、亜豆が決める事だと送ったと思う。
今の俺は別だ。賢者タイム真っ最中で、冷静に考える事ができる。
ダメだ。返事を出すにもまだ情報が足りない。
見吉の胸を枕にして、仰向けになる。
「おもっ」
「見吉、最近の亜豆、変じゃなかったか?」
「えっ」
「何か悩んでるとかあるなら、言えよ」
「メールの相手、ミホね」
「早く!」
「……えっと、このままだと声優の仕事なくなるかもって、元気なかった」
という事は、亜豆が悩んでいるのは、写真集は出したくない。でも、出す事が声優で売れるための条件みたいになっているんだろうか。
「見吉、ありがとう。愛してる」
「ミホの事しか考えてない真城に言われても、嬉しくない」
見抜かれてるな。
見吉のことは、今はいい。
亜豆が写真集を出したいけど、僕に遠慮しているとかだったら、反対はできなかった。でも、写真集を出したくないのなら、僕は堂々と反対する事ができる。
『はっきり言うけど、嫌だ。亜豆さんの写真集なら見たいけど、他の人に見せたくない。独り占めしたいです』
話を聞いて感じた気持ちを直接伝えると、メールではなく電話が掛かってきた。
久しぶりの亜豆との電話だ。
「答えてくれてありがとう。写真集はやらない」
「いいの?」
「うん。声優として評価されてから写真集を出すのは分かるけど、売れるために写真集を出すのは違うと思う。もしかしたら遠回りになっちゃうかもしれないけど」
「……僕も同じかも。シュージンとコンビ解消してる時に、別の人と組まないかって声を掛けられた事があった。原作者として賞を取った人で、その人と組んだ方がマンガ家として早く成功できたかもしれない」
蒼樹さんの原作を僕がどこまで表現できるのかは未知数だけど、マンガ家になるだけならその方が近道だったと思う。
「でも、亜豆に告白した時の約束、シュージンが原作で僕が絵を描いた作品がアニメ化。そのヒロインを亜豆がやる。この約束が浮かんだら、別の人と組むってのがイメージできなかった。たぶん、その時の気持ちを大事にしてるんだと思う」
シュージンと組むか、一人でやるか。
選択肢は、このどちらかしかなかった。
「今、シュージンと組んでデビューできて、あの時の選択は間違いじゃなかったと思ってる。まだ成功したとは言えないし、これからも壁にぶつかったりするんだろうけど、乗り越えて夢を叶えたい」
「そうだよね。真城くんと話して、気持ちの整理がついた。声優として評価されるために、頑張りたい。今は、無理かもしれないけど、一歩一歩実力をつけていく」
「よかった」
「うん、ありがとう。真城くんに相談してよかった。意地っ張りでごめんね。これからは、何でも話します」
「……うん」
僕は、何でもは話せない。
見吉の胸を枕にしてるとか、絶対に言えない。
と思っていたら、
僕の下から抜け出すと、入れ替わりで上になる。
「真城くん…いつか2人で海行こ」
「うん。必ず。やくそっく」
「真城くん?」
「だ、大丈夫」
音を出さないように、見吉に向かって必死に首を振って拒否する。
おい、見吉、待て。
亜豆と電話中に、バクマンはまずいって。
それじゃ、バクマンじゃなくて爆弾だろ。
「夢に向かって頑張ろう」
「うん、僕も今、から……げ、原稿を描くぅ」
「頑張って、私も頑張る。それじゃ、寂しいけど切るね」
「う、うぅん」
「またね、真城くん」
「また……な、亜豆さ」
見吉がついに、本格的に襲い掛かってきたので、余韻とか無しで慌てて電話を切る。
「真城」
「……見吉」
「「バクマン(バクマン)!!!」」
もう僕、お嫁にいけない。
見吉の声が、亜豆に聞こえてたりしないといいけど。
亜豆の問題をスッキリして、2回目のスッキリをした。
亜豆と電話しながらって不謹慎だけど、かなり興奮した。
見吉が襲い掛かってきたのは、嫉妬したかららしい。
シュージンの彼女のくせに、悪いヤツだ。
「しまった」
30分でスッキリするつもりが、1時間以上経っている。
見吉が可愛かったからいいけど、思った以上に時間を使ってしまった。
原稿に追われて、この後、メチャクチャペン入れした。