11月3日 木曜日 文化の日(祭日)
平均睡眠時間が3時間を切るようになったまま、11月に入った。
最近の『TRAP』順位
33話 女忍者リターンズ編2話 11位
34話 女忍者リターンズ編解決回 9位
34話の解決編でも9位と『TRAP』は、苦戦を強いられている。
前半の貯金のおかげか、10月末にあった連載会議を問題なく突破した事だけが、朗報って感じだ。
「真城ー。あんた、今日は寝なさいよ」
「大丈夫だって。せっかくの祭日だから、遅れを取り戻さないと」
構図にこだわっている結果、3時間睡眠でもペン入れが遅れてきている。
午後からはアシが入る。それまでに用意しておかないと、手持無沙汰にさせてしまう。
「すまん、サイコー。ネームが遅れたせいだよな」
「別に、シュージンのせいじゃないって、今日をあてにして描いてただけだから」
シュージンにはそう言ったけど、実際はシュージンが遅れたから、文化の日をあてにしてずれていた。
半分本当で、半分嘘って感じか。
ただ、シュージンが悪いとは思っていない。
粘っただけあって、今描いてる原稿からの新シリーズは、アクションに頼った前回とは違って、正面から推理ものとして話が作られている。
熱い推理バトルだ。読んでいてワクワクさせられた。
全4回と長めなのからも、シュージンがこのシリーズで勝負をかけてきている事が伝わってくる。
だからこそ、このネームを完璧な原稿にしたい。
シュージンの頑張りに応えたい。
1話から伏線を自然な形で入れるには、どうしたらいいのか。
目立たせすぎても丸わかりでダメだし、隠し過ぎるのも不平等だ。
読者に小さな違和感を抱かせるには、どう描けばいいのか。
作画としての力の見せどころで、大変だけど充実している。
こういう苦労は、嫌いじゃない。
「真城……少し瘦せたんじゃない?」
「食べてるはずなんだけどな……」
見吉がうるさいから、面倒でも食事をしている。
朝も昼もパンだけって事が多いけど。
「明日から、朝も昼も作って学校に持って行くから」
「食べてるって」
「足りてないから、痩せてるんでしょうが」
「……シュージン、見吉を止めてくれ」
見吉が作ってくれるのは嬉しい。
けど、最近は疲労のせいか、ほとんど味を感じなくなってしまっている。
わざわざ見吉に作ってもらっても、そんな状況じゃ申し訳ない。
今の僕ならコンビニ飯でいい。
「すまん、サイコー。こうなった見吉は止められない。俺もサイコーが心配だし」
「……シュージンだって、最近あんま寝てないんだろ。次のネーム出来てるなら今日くらい寝とけって」
せっかく顔が良いのに、最近は目の下のクマがチャームポイントになりつつある。
ってチャームポイントだとプラスの評価じゃん。
くそ、イケメンは寝不足でもイケメンだから困る。
「サイコーが頑張ってるのに……って意地張っても邪魔になるだけか。悪いけど、そうさせてもらう」
「高木ー、ご飯もうすぐだから、それだけは食べていって」
「見吉、今日は何?」
「野菜食べられるように鍋にしたから。水炊きー」
「昼から鍋かよ」
シュージンがいるからか、見吉も気合を入れたみたいだ。
鍋か。あんまり食べるのに時間が掛かるのは、避けたいんだけど、贅沢は言っていられないか。
コラーゲンたっぷりでお肌つるつるになれば、不健康そうには見えなくなるかも。
そんな事を考えながら、味のしない鍋をつついた。
翌日。
35話。アクション要素が強いシリーズの1回目は、本ちゃん16位に終わった。
『チーター』以外にもミステリー要素の強いホラー作品の読切が掲載されたのが、大きく響いたみたいだ。
とはいえ、後ろから数えて片手の指で足りる順位だ。
追い詰められた感が強い。
ここから、どうにかできるんだろうか。
いや、やるしかない。
元々このシリーズの1話は、動きが少なかった。
2話からのアクションに気合を入れたので、伸びてくれるはずだ。
◇◇◇
11月13日 日曜日
36話。アクションシリーズの2回目は、本ちゃん12位だった。
前回よりは上げたけど、低い事に変わりはない。
ほんの数ヵ月前は、エイジに勝ってアニメ化しようって盛り上がってたのに、すっかりどこまで粘れるのかに、なってしまっている。
港浦さんも、どことなく元気がなくなってしまった。
苦しい。次の解決編は、どうなるんだろう。
ジャンプの掲載2週前に納品するってシステムが、もどかしかった。
不安だけど、既に納品済みで、動かす事ができないからだ。
「真城。そろそろ寝ないと」
「まだ大丈夫だから」
「あんた、金曜から寝てないんでしょ」
「原稿を描かないと……」
言われてみたら、金曜日の朝方に、3時間寝たのが最後か。
50時間以上起きているせいか、眠いという感情もどこかに飛んでいる。
疲労が溜まっているのに、調子は悪くない。
今のテンションを保ちたかった。
一気に下描きを終わらせて、ペン入れに入りたい。
「昨日もそういって、明日は寝るからって言ってたじゃない」
「うるさいな……」
見吉の相手をするのすら、煩わしく思う。
「うるさいって……あたしは真城を心配して」
「それが余計だって。これくらい寝てない事、前にもあっただろ」
「その頃は、授業中寝てたじゃない。最近、授業中もずっと絵を描いてて寝てないし、いつ寝てるのよ」
2学期になっても席替えが実施されなかったため、ずっと見吉が後ろの席のままだ。後ろから見れば、僕が起きているのか寝ているのかは、丸わかりだと思う。
見吉が後ろだと便利だと思っていたけど、不便な事もあったみたいだ。
最近は、授業中にずっとネームを見直して構図を磨いている。
「どっかで工夫できないか探さないと」
「でも、それで真城が身体壊したら……」
「人間そう簡単に壊れないって。ちゃんと三食食べてるし」
苦しくても食べ続けている。
見吉が居なかったら、食べるのもやめていたはずだ。
こうして、今も描けているのは、見吉のおかげ。
だからこそ、見吉に邪魔されたくなかった。
「あたしは、お父さんに真城の体調管理しろって言われてるんだけど」
「だから食べてるって」
「食べるだけじゃだめでしょ。休まないと真城のおじさんみたいに──」
「──ここでおじさんを出すなよ!!」
机を叩いた音が響く。掌が痛い。
自分でも驚くような大声を出してしまった。
見吉が息を飲んだ。
僕を止める理由に、死んだおじさんの事を使われたくない。
「『TRAP』は、今が大事なんだ。ここで手を抜いたら終わってしまう」
「それで真城が倒れたら元も子もないじゃん」
「倒れないし、仮に倒れたとしても、納得いかない原稿を出すよりマシだ」
「それで死んでも?」
見吉が強く睨みつけてきた。
でも、引けない。
プロのマンガ家としてもそうだし、亜豆との夢のためにもそうだ。
「それで死んでもだ」
「ばっかじゃないの」
「いたっ」
見吉にぶたれた。
熊には殴ってでも止めるって言ってたけど、実践するなよ。
暴力ヒロインは、いまどき流行らない。
たぶん、僕が悪いんだけど。
「あたしが何を言っても、休むつもりがないのね」
「見吉には悪いけど、今、こうしてる時間すらもったいないと思ってる」
「……休まないっていうなら、真城のこと嫌いになるから」
「好きにしたらいいだろ」
「……わかった。今日はもう帰る」
見吉がバタバタと音を立てて部屋を出ていった。
バタン、と大きな音を立ててドアが閉まる。
「……原稿やらないと」
心が痛まなかったといったら嘘になる。
それでも、僕がやらないといけないのは、見吉を追いかけることじゃない。
亜城木夢叶として、読者に『TRAP』を届ける事だ。
ダメだ。
雑音を消して集中しないと。
無理やりにでも気合を入れると、ペンを手にして、原稿と向き合った。
「あれ? シュージンから着信が入ってる」
コーヒーを取りに立ち上がったところで、携帯が点滅している事に気づいた。
着信は、30分前か。夜11時を回ってるけど、まだ起きてるよな。
「……シュージン、どうしたんだ?」
「サイコー、見吉となんかあったのか?」
「あったといえばあったけど、こっちは忙しいから見吉に聞けよ。用件がそれだけなら切るぞ」
「待った。港浦さんから、伝言」
「なんだよ」
「コミックス3巻の表紙デザイン案はまだかって」
「あ……」
しまった。
1巻と2巻の単行本作業は、合併号の休みで終わらせてたから、完全に忘れてた。
まだ先だと思って後回しにしてたんだっけ。
カレンダーを慌ててチェックすると、締切は来週の水曜日だった。
原稿も終わってないのに、どうしよう。